船橋オートレース体験記

 あの時の記憶がよみがえる。それは3月。場所は静岡。鈴木誠−浜口高彰の
150倍を2000円仕留め、一躍、お大尽様になったあの日のことだ。
 ひとり総武線に揺られながら、一路、船橋を目指す。目的地は南船橋。ザウ
スの付け根にあって、爆音が轟く船橋オートレース場である。なぜ静岡がよみ
がえるのか。それは、このツアーのメンバー構成にほかならない。オートレー
スと競輪の権威であるSさん、それに、くずNo.2さん、やまももさんとい
うメンツ。あの時とまったく変わらないメンバーなのである。思い出さずにい
られるはずがない。
 競馬、競輪については、かなりの知識を持っていると自負している。競艇も
大レースの時に舟券を買ったりしたし、あまりにヒマな時に平和島と江戸川に
遊びに行ったことがあった。素人というわけではないのだ。しかし、これがオ
ートレースとなると一変する。このオレ様が、まったくの未経験なのだ。以前
メンバー書きのアルバイトをしたことがあり、8人で、主にハンデ戦で行われ
るという知識だけはある。が、そんなことは知識とは呼ばない。金につながる
情報、それがギャンブルにおける知識というものだ。というわけで、先入観を
持つことなく、Sさんに頼り切るつもりで船橋へ向かう。
 ただ、到着が遅れたのは誤算だった。ちょっとした仕事の都合で待ち合わせ
に間に合いそうにない。仕方なく、最寄り駅まで向かわず、船橋駅から乗り合
いのタクシーに乗ることにしたのだが、運悪く、直前に出てしまったばかりで
、乗り合わせる客が来るまで待つハメになった。「本来なら5人乗せるところ
だけど、兄ちゃんは荷物が重そうだから、前にひとりで乗せてあげるよ」。た
とえるならば、人のいいチンピラ。そんな風体の運ちゃんがやけに恩を着せて
くる。前に2人乗せるなよ。恩着せがましいというレベルじゃねえぞ。相手に
聞こえることのない心の中の抗議を繰り返しつつ、待つこと数分。後ろのドア
が開いた。
 本物である。人のいいチンピラ、なんてなまやさしいもんじゃねえ。サング
ラスにスキンヘッド。松山千春じゃねえぞ。モノホンのやーさんだ。なんたっ
てアンタ、シャツが違いますわな。うまく表現できないけど、黒と白のマダラ
模様。第2ボタンのあたりまでバッチリ開けてる。このうえないくらい、見事
なヤクザ稼業とおぼしき方の登場でございます。しかし、突如、このお方(敬
称を用いさせていただきます)は、「忘れとった」と独り言をつぶやいて、車
の表に飛び出していった。表で待つ運ちゃんに一言告げ、おもむろに薬局へ。
一目瞭然、ドリンク剤を服用しているのである。とりあえず、ヤバイ薬をお注
射してらっしゃる様子ではないので、ひと安心。再び車に戻ってきた時には、
明らかにオレに対してはなかった、運ちゃんによるドアを開けるサービス付き
である。ふざけるんじゃねえぞ。コラ。もちろん、この場合も、文句は常に心
の中で言う。それがオレのポリシーだ。君子、危うきに近寄らず、ってな。し
かし、ヤクザ屋さんと車に同乗するのは初めてだ。貴重な経験である。しかし
ものの数秒もしないうちに、また運ちゃんが来て、こうのたまった。
「あ、もうひとり来たらすぐ出しますから」
 おい、5人乗せるんじゃねえのかよ。いったいどーいう基準なんだ。言うま
でもないが心の中に巻き起こった、魂の叫びである。しかし、ここでふとシミ
ュレーション。もし、ボクが運ちゃんだったら…。うん。もちろんおんなじ行
動をするよね艨@というわけで、心の中の抗議デモはこれにて終了。考えてみ
れば、運ちゃんも日が悪かったってことだ。ほどなく、ごくごく普通の一般人
ひとりが現われ、いざ出発。どのギャンブル場に行く時でも、乗り合いタクシ
ーは沈黙が続くが、いつになく緊張感の漂う車内だったように感じたのは、恐
らく気のせいではないだろう。なにせ沈黙と沈黙の合間に、時々サングラスの
お方が「ちっ」と舌打ちをなさるのだ。誰もかもが、自分の行動に不備がない
かを速攻でチェックしていたはずだ。さしあたって、助手席のオレ様は最も無
罪の可能性が高い。もちろん、生きた心地がしないのは、裏道をスイスイ抜け
て親切心をアピールしているはずの運ちゃんである。時折、チラリと後ろを振
り返るが、なんたって自分の真後ろの席にいるのだから、針のむしろだろう。
意味もなくオレに恩を着せようとした報いを受けるがよい。オッホッホッホ。
 くだらないことを考えてるうちに、ついにレース場に到着。ここまででこん
なに行数がいっちまってるよ。どーしよう。
 3人はすでに到着済み。やまももさんはすぐお仕事に向かってしまい、すぐ
にヤロウ3人の集団となってしまった。しかし、2人はオートを十分に経験し
ているため、何も困ることはない。両サイドを師匠に固められているため、困
ればヒマそうな方に問い掛ければいいのだ。
 スタートの5R、そして6Rと、いきなり連敗。ビギナーズラックなどとい
う言葉はまるで無縁のものと言うしかないのだろうか。続く7R。師匠・Sさ
んは「荒れる」と予言した。詳しくは専門的になるので省くが、「7−8、8
−7の軽ハンデ同士の裏表は買いだ」と何度も口にする。あまり資金を持って
こなかっただけに、ここは2000円の投資で見ていたのだが、Sさんの予言
はまさに実現した。後ろの人気選手が追うに追えず、あれよあれよの行った
きり。車連単7−8は2220円だ。「8−7ならもっとついたのによ〜」と
いうSさんの悲痛な叫びもあったが、Sさんは2000円購入しているだけに
ひと財産である。払戻所から戻ってきたSさんの手から御祝儀が手渡された。
こうした場合は、遠慮しない。逆の場合も、遠慮なく受け取ってもらいたいの
だ。要は気持ちの問題。絶対に受け取らない人は、自分が絶対に配らない人と
いうことでもある。うやうやしく御祝儀をちょうだいして、いよいよここから
が正念場。準決勝4個レースの始まりだ。
 ここでふと、記憶がよみがえった。そういえば、あの時も…。静岡ダービー
あれも準決勝だった。Sさんが中盤のレースで大儲けして、配ってくれた御祝
儀。あれが栄光の30万円につながったのだ。展開はあの時と酷似している。
 準決勝は、高額の賞金がかかる決勝進出を目指す真剣勝負。他のレースに比
べ、選手も多少は無理な仕掛けをしたりする分、面白味も増す。
 とはいえ、御祝儀以外に収入がないだけに、既にこっちの姿勢が守りに入っ
ている。軸は岩田で堅そうな8Rだが、当然のごとくハンデが重い。守りの姿
勢で、連単ではなく、連複勝負を決意した。道中で、岩田はあっさりとハナに
立った。もうあとは引き離すだけ…と思われたのだが、「岩田は後半に弱い」
というSさんの指摘通りに、なぜか穴見に抜かれて2着。連単46倍の車券が
連複では13倍だったが、見事に気弱な連複勝負が成功した。
 投資が、御祝儀でいただいた2000円だっただけに、「どーせオレの金じ
ゃねえ」という不届きな心が頭をもたげてくる。9Rは6500円勝負だ。こ
こは片平が断然の人気。「普通なら負けないが、0ハンで試走のいい尾内は怖
い」というのがSさんの分析である。半分は当たった。0ハンから好スタート
を切った尾内は、ハイペースでぶっちぎりの逃げ。後続に追いつく気配は見ら
れない。しかし、残り半分は想定外の流れとなった。片平がまったく伸びない
のだ。結局、2番手は仲口が入り、スケベ車券のつもりで勝った連単8−6が
またも的中。転がしがズバリで、連敗分の負けを取り戻してお釣が出た。準
決勝3番手の10Rは、7000円の投資。ここも360円の堅い配当を20
00円抑え、何とか200円のプラスで3連勝を達成した。
 そして最終レースである。中心は何と言っても島田。船橋が誇る、谷村新司
によく似た強烈なオッサンである。この日の新聞は3人が3通りのものを選択
していたが、特にくずさんの新聞はすごい。島田の談話が「準決は許さない」
である。勝つ負けるではない。許さない、なのだ。これじゃあ、かなうはずも
あるまい。こんな談話が載ってる新聞もスゴイが、言う人間はもっとスゴイ。
ここまで言われてはアタマは鉄板。問題は相手選びである。40線から出る島
田のすぐ前には阿久津。スタートダッシュが武器だ。この阿久津がスタートで
20線の4人をぶち抜けば、ほぼ2人で決まりである。しかし、阿久津の試走
は今イチ(もともと良くないが)。ならばと20線4人の中から相手を選ぶこ
とにしたのだが、狙いは牧野にした。まあ、シロウトか能書きタレても仕方な
いので、要は勘みたいなものである。結果は、阿久津がスタートで見事なダッ
シュを見せたにもかかわらず、予定通り島田が豪快に追い上げアタマが確定。
2着にも、最後の最後で牧野が差し返して、見事な決着となった。
 準決勝4個レースを4連勝。プロのSさんから見ても、たぶんに「運が良か
った」レースの連続だったことは否めない。が、このメンバーで臨んだ初のオ
ートレース。爆音のすごさにアタマが痛くなったことと、駅前のタクシーで味
わった恐ろしさと現金ささえ除けば、なかなかにいい体験であったといえるだ
ろう。これでもともと勝手知ったる競馬と競輪に続いて、オートレースの基本
も会得。残すは競艇だけとなった。その日も決して遠くないだろう。そして来
るべきその日に、再びこのような貴重な経験ができるであろうことを楽しみに
待ちつつ、船橋を後にしたのだった。

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