障害レースについて

唐突だが、障害レースの面白さをハッキリと認識している競馬ファンは
どれだけいるのだろうか。極めて疑問に思う。「落馬があるから」と馬
券を買わない人は仕方ないが、そういう次元ではなく、レースとして、
障害レースをきちんと見ている人がどれだけいるのか、という問題であ
る。非常に申し上げにくいことだが、マスコミにおいても、障害レース
の人気は高くない。中にはハッキリと「どこが面白いんだ」と口にする
人さえいる。まあ、競馬をみる個人個人の考え方だから、それを一概に
悪と決め付けはしないが、寂しいことだと思わずにいられない。

仕事柄、レースを豊富に見ることができる立場になって、一介のファン
の頃には気づけなかった魅力を十分に感じられるようになった。以来、
折を見て障害レースについて記事にしていきたいと思うようになり、た
またまその思いと呼応するような時期に、浜口前JRA理事長による、
障害レース振興策が発表された。グレード制が導入され、今年から国際
レースが始まる。うれしいことだが、海のものとも山のものとも知れな
い外国馬が来たところで、馬券の売り上げは心配な限りだ。だが、ここ
はたとえ馬券を買わずとも(最終結論の時に触れるが、ぜひ買うべき)
レースを十分に楽しんでほしいと思う。

障害レースのすばらしさ。それは、自分が接してきた限りすべての障害
騎乗騎手が口にする「人馬一体」の魅力である。むろん、平地のレース
にしても、この言葉は必要なことだが、障害レースでは比較にならない
くらいの一体感が必要とされ、それが体現されるのが実際のレースだと
いえるだろう。時には落馬がある。斜飛あり、着地ミスあり、踏み切り
の不安定な馬もあり、と美しいレースばかりではないが、人馬が呼吸を
整えて、決して低くない障害に立ち向かい、飛越するシーンは、注視し
てみれば必ず、美しいと感じられるはずだ。

その障害馬が完成される過程も、決して知られていない。確かに、いく
つかの外厩施設でも本格的な障害練習は可能だが、実際にトレセンに入
ってからの調教は、騎乗予定の騎手が行うことがほとんどだ。ごく一部
の調教助手も障害を飛ばすことはあるが、レースが近づけばまず間違い
なくジョッキーが調教をつける。小さな小さな丸太などを踏み越えると
いうくらいのレベルから始める馬もいるくらいで、いきなり大きな障害
が飛べるわけではない。しかし、それを徐々に徐々に覚えさせていき、
レースを使うまでに仕上げていくのが障害ジョッキー(便宜上、障害に
騎乗する機会がある騎手のことを、今回はそう呼ばせていただく)にと
っての大切な仕事なのだ。

最終的には、試験が行われて、それにパスして初めてデビューが認めら
れる。それでも、実戦ではまたうまくいかないケースも多い。前記のよ
うに斜飛などはいい方で、踏み切りがままならず落馬、というケースな
どは、デビュー戦の馬に見られるパターンだ。そして、何より最悪のケ
ースとして、着地の乱れによっては予後不良…という事態にもつながっ
てしまう。当然のごとく、騎乗者にも危険は及ぶわけで、まさに人馬が
命懸けのレースをしているのが障害レースだと思うのだ。

そのようなことを踏まえてみれば、勇敢な人馬が高いハードルに挑み、
数々の難関をクリアしていく障害レースのすばらしさが、少しは感じら
れまいか。初の国際レースを前に、自分なりの思うところを述べてみた
つもりだ。もちろん、大きなレースだけでなく、未勝利戦からじっくり
と楽しんでほしい。デビュー戦と、その後、順調に使われてからの飛越
などを比べてみれば、馬の成長なども見て取れるはずだ。

長くなったが、このような気持ちがある競馬ファンのひとりとして、さ
らなるジャンプレースの発展を願いつつ、このコンテンツを作りたい。

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