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2002年読破作品詳細 |
『おまえは世界の王様か!』原田宗典 6畳一間の王様として君臨していた頃の作者は、小説を読んでは京大式カードに自由奔放に感想文をしたためていた。この王様的感想文に対して、40代になった作者が面白可笑しくツッコミを入れつつ、世界の名作を紹介する作品。 というわけで、実はこれの紹介がしたいがためにこのコーナーを開設したと言っても過言ではないくらい紹介したかった作品なのだ。私ははっきりいって原田宗典の作品はこれの他に「スバラ式世界」くらいしか読んだことがない。にも関わらず、本屋でこの本を手にしたとき、ぱらぱらとページをめくり直ぐさまレジへ向かっていた。571円(税抜き)などという値段の高さには目もくれなかった(いつも文庫本を買うときは値段と内容を充分吟味して買うこの私が、だ)。そのくらい魅力ある内容だった。というのも20歳の原田青年は世界の王様ヨロシク、がしんがしん世界名作をぶった切っているのだが、それを40代の原田君が”いや〜スミマセン!”と弁明したり、あるいは”王様!本当に態度デカイよ”とツッコんだり、その語り口調がまた絶妙で笑いを誘うのだ。そして読み終わった後には、いや〜そこまで王様がケンカ売っているなら、どれどれ私もひとつその凄すぎるドストエフスキーでも読んでみますか、って気になっているのだ。その点で、非常に優れた作品紹介本であると言えるのではないだろうか?ーーと言っている自分もなにやら王様口調になっているのは、この本に影響を受けているからかも知れません(^-^; |
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『理由』宮部みゆき 荒川区の超高層マンションでで起きた一家四人殺害事件。一体なぜ四人は殺されたのか?事件の近くにいた人、遠くにいた人、様々な人間が交錯しあって事件が形作られていく複雑さを、ノンフィクションの手法でで描いた作品。直木賞受賞作。 一度、ハードカバーで買った。読み始めてすぐ、小説なのにノンフィクションな書き方に馴染めなくて挫折。そうこうするうちに、それは棺桶と一緒に灰になってしまった。いつか読もうと思っていたらこの度文庫化したので再挑戦した。 なんで前回挫折したのだろう?と自分に疑問を投げ掛けるほどだ。遅読の私があっという間に読んでしまった。 とにかく読んで思ったことは”これは他人事ではない”ということだ。いかにして事件は起きてしまうのか?その時人間はどう動くのか?ーー架空のインタビュアーが事件の関係者に丹念にインタビューをする。それをつなぎ合わせる。すると四人殺害事件だけだったハズのモノが増大しだす、あるいは人工的に作成され、いびつになっていくのだ。そうか、こうやって”事件”が出来上がるのかーーおそらく現実であってもそう大して変わりはないだろう思う。終始淡々とした筆致が逆に怖さとか虚しさを感じさせ、著者・宮部みゆきの底力を見る思い。やっぱり彼女はすごいです。 |
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『墨汁一滴』正岡子規 子規の死の前年、新聞「日本」で明治34年1月16日〜7月2日まで連載された作品。日本語のこと文化のこと病気のこと俳句のことなどについてつづられた随筆集。 読んでいて辛い作品でした。日本語の誤字について言及している回や、消えゆく文化を記録しておくことの重要性、また俳家として作品を批評している回などは読んでいて面白かった。明治時代、すでに現代と同じような問題を憂えていた人がいたのだと思うととても不思議な気持ちがしてきます。しかし、こと病気のことそれについて自分が考えていることが描かれた回は、いろいろ思い出すことも多く、ちょっと呼吸困難。文体は文語体なので慣れないと読みにくいかもですが、内容はわかりやすいのでオススメ。 |
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『人質カノン』宮部みゆき 7編からなる短篇集。そのうちの「八月の雪」を紹介。 主人公・充は事故で片足になってしまい、自暴自棄になっていた。こんな理不尽な人生を送るくらいなら、一生自分の部屋の天井を見て暮らしてもよいーーそう思いながら無為に暮らしていた。そんなある日、彼の祖父が他界し、遺品の中から祖父が書いた遺書が出てくる。その遺書は祖父が20才の時、2.26事件当時に書かれたものであることがわかった。20才の若さで遺書を書きながらも80の年までなぜ祖父は生きたのだろう?この世界はまだ生きるに値する価値があるのだろうか?充は生きる意味を探すために立ち上がるのだった。 「八月の雪」は電車で読んでいて本当にやばかった。もう少しで泣くところだった。 祖父の友人が言う、 「・・・頭が良くないのが悲しいって言ってたな。誰の言うことが本当なのかわからないのは、自分の頭が悪いからだろうって・・・」 この科白を読んだとき、時代の圧力と無知であることの悲しみーー自分で判断を下すことができなくて、自分で自分の道を選択することができない悲しさ、を思った。だからこそ、充は自分でこの世界に判断をくだそう、と動き始めたのだ。 読み始めは、充が片足をなくす原因となったいじめグループをぎゃふん!と言わせる話なのかと思って読んでいた。そしたら、生きる希望をなくしていた主人公が生きる意味を模索する話になっていた。読み始めはいじめグループに胸くそ悪い気分になるのだが、最後まで読むとそんなことは忘れていて、爽やかで、温かくて、切ない話に仕上がっていて、嫌な気持ちもなくなっていた。戦争と片足をなくした事故ーー一見、どう話を持っていくのかわからない二つのものを最後にはうまく絡ませてあって、さすが宮部さんだなぁ〜平伏す思い。 ほかにもいじめの話が入っているのだが、どれも最後には生きる勇気を得る話となっているのは、現代のいじめ問題に対する、宮部さんなりの励ましなのかもしれない。 |
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