木村元彦『ユーゴスラビアサッカー戦記 悪者見参』

 名古屋に出かけた際に、名古屋グランパスエイトのサポーターグッズショップに行って見つけた本。ありがちなストイコビッチ伝記本みたいな感じかと思ったら断然硬派で、国家分裂と内戦に揺れるユーゴスラビアを敢えて「サッカー」に徹して書こうという、異色のノンフィクション。

 話は1998年フランスW杯直前、スイスでの日本対ユーゴスラビア戦から始まる。元々東欧に注目していた筆者は、ストイコビッチのプレーに魅了されてユーゴに興味を持つようになったらしい。導入部は旧ユーゴの状況や文化に明るくない読者向けに軽い話題が続くが、ユーゴやクロアチアについて紋切り型の報道しかしない日本のメディアをのっけからこき下ろすなど、なかなか辛辣な文章も見える。そこから話はユーゴへと移り、(今もなおユーゴスラビア連邦の一部であるはずの)コソボ自治州におけるサッカー事情を綴る。コソボではユーゴ代表はほとんど無視されており、ユーゴのサッカーリーグをボイコットしてコソボ独自のリーグに身を投じる選手が多いのだそうだ。

 筆者はさらにユーゴ代表サポーターと同道してフランスへ取って返し、さらに森山がいたスロヴェニア、カズがいたクロアチアと回って、それぞれの国における選手や関係者、サポーターへのインタビューを通して、この複雑なるバルカン半島の国と民族の構図を紐解こうと試みる。ユーゴに反発してリーグを去って浪人生活を送る選手、セルビア人とクロアチア人の混血で国の選択を迫られる者、民族主義のツジマン大統領にチーム名をいじられて反発するディナモ・ザグレブのサポーターなど、旧ユーゴという地域が「線で引けるような場所ではない」ことが彼らの言葉から伝わってくる。そしてまた、ユーゴが崩壊したにも関わらず、「セルビア」ではなく「ユーゴ」の看板を背負いつづけなければならないユーゴ代表たちの声も。

 この本は週刊ヤングジャンプの連載を元にしているそうだが、その取材の真っ最中にコソボ紛争とセルビア空爆が起きた。筆者はその直前と直後にコソボとセルビアを取材し、自分の見たことと西側メディアの報道とのあまりの乖離に唖然とする。NATOの「3倍速ビデオ」問題などを記憶している人も少なくないと思うが、このことにとどまらず筆者はセルビアが「米英によって作られた悪者」であることを強く主張する。そして、ストイコビッチやJリーグで戦う多くのセルビア人選手による空爆抗議行動を通して、彼らの「セルビア人としての意地」を見る。

 クライマックスはEURO2000(欧州選手権)予選でのユーゴ代表の戦いだ。空爆で延期や開催地変更を余儀なくされ、またアイルランドの不当な嫌がらせを受け、本大会出場権は最終戦までもつれ込む。しかも最後の試合はザグレブでの対クロアチア戦。あまりに出来すぎた舞台に、ユーゴ代表はまさに「悪役」として立つ。しかし、ユーゴはこのがけっぷちの状況を2-2で引き分け、本大会への切符を手にするのだ。

 筆者のユーゴ・サッカーへの思い入れは相当なものらしく、それが昂じて時おり「公平性」を越えてユーゴに肩入れしてしまう部分もないではないが、ユーゴを直接歩いて見聞きした文章の説得力は凄いものがある。ストイコビッチのプレーに惹かれた人にも、旧ユーゴの現状を単に「セルビア=加害者、それ以外=被害者」としてしか捉えていない人にも必見の一冊だろう。


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