『この森で、天使はバスを降りた』

 おそらくメジャー系作品jじゃないだろうな、と思うのは、この物語が必ずしもハッピーとは言えない終わり方をするから。話はヒロインの元受刑囚が刑期を終えてある田舎町にやってくるところから始まります。もうこの時点で、「更正を目指すヒロインが周囲の無理解と戦いながら少しずつ町に解け込んでいく」なんちゅーお決まりのストーリー展開が見えてくるわけで、確かにそういう流れにはなっています。

 ヒロインが身を寄せるのは、田舎町の古びたレストラン "The Spitfire Grill"(これは原題でもあります)。最初はここの老女将に煙たがられたりするものの、やがて意気投合。女将の次男坊にバカ呼ばわりされる気の弱い嫁とも仲良くなって、この3人がレストランを切り盛りしていくという展開になります。元々店を売るつもりだった女将は、2人の提案した「店を賞品にして、参加費100ドルで作文コンクールをする」という方法で、20万ドル以上を手にすることになりますが、次男坊はこの金をヒロインがネコババするのではと気をもむ小心者として描かれます。女将には本当はもう1人の息子がいたのですが、ベトナムで死んだということになっています(が、裏山に出没する謎の人物がその息子であろうことは容易に想像可能)。

 で、このまま(クライマックスでいろいろ誤解とか事件とかがありながら)ハッピーエンドに行くのかなあと思いきや、ヒロインは女将との些細な行き違いと、さらに運悪く女将の次男坊の浅はかな企みに巻き込まれて、事故死してしまいます。その現場で次男坊は裏山に隠れ住んでいた長男と再開し、それが契機になったのか次男坊は事故死の責任を自ら告白します。次男坊にこき使われるだけだった嫁は自立し、女将の元には長男がやってきて、要するに「ヒロイン以外は何となくややハッピーめな感じの結末」といった雰囲気になります。

 まず、ヒロインを「天使」の比喩とするならば、確かに天使が現世利益を得るよりは「周りの人を幸せにして去っていく」方が理にかなっているので、監督はアメリカ的ハッピーエンド主義にとらわれずにヒロインを死なせたのでしょう。また、ヒロイン自身への現世利益はないものの、作文コンクールの最優秀賞として店を得るのはヒロインと似たシングルマザーだった(ただしヒロインは実際には子供を流産させられて殺人を犯してしまった)という結末によって、ある種の救いを与えているとも考えられます。いずれにせよ、安直にハッピーを追うことなく人間の行いについていろいろ描いた佳作と言えるでしょう。


fujimoto@eva.hi-ho.ne.jp

Back to 映画の小部屋

Back to Fujimoto's HomePage