アトピー克服

      今年の夏は特に暑い。また出てしまった。7月の始め頃から突然肌が
     ザラザラして、かゆくなり真っ赤になる。所々掻き傷もあって皮膚がうすく
     ヒリヒリしている。血やかさぶたや黄色い汁で、夏の日差しも熱風もとにかく辛い。
     冷房の風もしみて思わず首をすくめてしまう。
      視力の弱い私は、毎年夏の間はなにも見えなくなってしまう。
     と言うのも、メガネのあたる所は汗で炎症がひどくなるし、コンタクトレンズは、
     目のかゆみと痛みで入れられなくなってしまうから。人の視線も気にならないので、
     調度良いのかも知れないが、家事をするにも仕事をするにも、とにかく不便である。
     大きなツバの黒い帽子を目深にかぶり、風通しの良い大きなTシャツを着て、
     パラソルを差している私に、誰も気付かないで通り過ぎてしまう事を祈る。


      6月まではあんなに調子が良かったのに・・・。
     いや、誰もが皆「治って良かったねー。」と 言ってくれていた。
     長年心配してくれていたおばさんも「治ったお祝いにスーツでも買っておしゃれ
     してちょうだい。」と お小遣いをくれたほど。
      おしゃれして仕事バリバリやって、子供と楽しく暮らす、そんな夢が叶う日
     も近いと考えられるようになった矢先に、なんということだろう。
     「あーやっぱり今年もだめかー。」
     太陽が怖い。夏が怖い。暑いのいやだ。
     海への旅行計画までも、すべてがいやになってしまう。


      アトピーの子を持つお母さんや、アトピーで苦しんでいる人や、離脱後の
     後遺症で悩んでいる人たちに、何か出来る事がないかとさえ、考えていた自分が
     こんなになってしまって・・・。


      救いなのは去年と比べて範囲が狭く、症状も軽い。でも今、お医者さんに見せたら
     きっと、びっくりするかもしれないけど。私にとって、こんなもんっていう程の症状
     なのは確かだ。早くもとに戻したい、という欲とあせりがあった。MRSAのような
     感染症にかかってしまうほうが恐ろしかった。


     「そうだ消毒だ!」
     うすめたオスバン液をコットンに取りそーっとふく。お風呂上りも消毒をする。毎日
     「ひどくならないように」とていねいに消毒する。
     目はホウ酸水でパチパチと洗う。
     「今のうち、今のうちに治してしまいたい。」と取り付かれたように必死で消毒
     をする。赤みはひかないが大分良くなったと安心した次の朝。起きてみると、空気が
     しみる。またもや寝ている間にやってしまった。見るも無残な姿になってしまった。


     「姉ちゃんどうした?」
     「またやっちゃった。寝てる間に掻き毟ったみたい。」
     「ちょっと辛そうだね。」
     「ちょっとどころじゃないよ。もうやんなっちゃうよ。」
     「うーん。」(かなり困っている様子)
     いつも決まって妹は、こんな時は同情もしなければ、変な励ましもしない。悲しくて
     どうしていいか混乱している私は、そんな味気ない返事がむしろありがたいと思った。
     私はこんなになって、どうしたらいいのかわからないと、絶望感をガンガン妹に
     ぶつけて困らせた。


     「姉ちゃん?そんなに辛いなら、仕事休めば?」
     「休んだら生活できないじゃん。」
     「道は一つじゃないよ。休んでゆっくり考えてみたら?」


      ふっとなにかつかえてたものが、取れたかのように楽になった。自然と涙がポロポロ
     と落ちた。
     次の瞬間私は、受話器を手にしていた。しばらく休む事を告げた。
     そしてのんびりとする覚悟を決め、この休みの間に自分を取り戻す努力だけを
     しようと考えた。


      昼間居間で1人「大の字」をかいて天井を見る。窓の外の空を見る。大きく息を
     吸ってはいてみる。空のさらに上を考えてみる。外の音に気を向けてみる。
     「未だに、夏を普通に過ごせるようになるには、体力がついてないのか」大柄で
     少し肉の付き過ぎた体は、エネルギーを持て余しているようにも見えるのに・・・。
     起きたくても、疲れという重い塊がのしかかっているかのように、起き上がる
     ことができない。
     「このまま起きないでいよう。」
     そう言い聞かせて目を閉じる。
     「なぜ皮膚が最悪の状態になると、精神的にも最悪に落ち込んでしまうの
     なにもかもがかったるくなり面倒に思え、
     だろう。一生懸命やっていた事も、大好きな事も、どうでも良くなってしまう
     のだろう。笑う事も 話す事も TVの音も 子供の声も、大好きな仕事や夢の
     話も。」


      しばらくして、寝ていた事に気付く。さっきの景色と変わらないが、少し明るく
     見える。気分もすっかり良くなっていた。
     目を閉じると10年近くも苦しんできた自分の姿が浮かんできた。
     4年前の薬との断絶、その後の離脱の苦しい体験、妹との心の離脱、20代の全て
     をアトピーで費やしてしまった自分の姿を・・・。
     無駄にしたくない。この10年間を無意味だった、空白だったと思いたくない。
     妹といつも話してきた事も思い出してみる。
     私たちが落ち込み、励ましあい、喧嘩をし、たくさんの話をして、病気への理解や
     自分探しや 自分たちに次々と起こる小さな事件や難題の解釈など、分かることが
     できたすべてを 今回のこの打撃だけで否定したくない。そう思った。


      「私は私が治す」「私を治せるのは私しかいない」
     無理やり力を込めて言葉にしてみる。少し勇気が湧いてきた。
     「何をやっていたんだろう。結局今回も頼ってしまった。」
     「消毒さえしていれば、感染症にかからないで済む。消毒をしなくちゃいけない。」
     と消毒をすることで、自分の力で治せることを忘れていたのだ。私は、自分の
     副腎機能も そこらじゅうにいる単なる細菌への抵抗力も信じてあげることが
     できなかったのだ。私は悔やんだ。
     消毒や保湿剤に、今は頼らなくても、私にできる事はもっと他にあることに気付く。
      食生活はどうだったか、生活のリズムは?睡眠は?この暑さで疲労しない方法は?
     ゆっくりと考えてみた。そして自分を信じてあげられることが、今回の危機を
     脱する近道であることを、知っていたではないか。
      「よし、もう一度自分を信じて治してみよう。今まで実際にそうしてきて良くなった
     のだから。そしてこれで良くなったら必ず、苦しんでいる人たちに なにかメッセージ
     を発信しよう。今回、絶対に良くなってやろう。」


      1週間ですっかりきれいになったことは、言うまでも無い。
     状況は毎回違うけれど、何かに頼るのを止めたり、自分を信じてあげたり、自分を
     受け入れたり、治った時になっていたい姿を描いたりし始めると、いつも決まって、
     ものすごいスピードで回復するのがわかった。
     もう絶対恐れない。もう2度と頼らない。そして自分を信じ、決して自分を
     見失わないように、たくさんの人たちに この事実を伝えようと思った。
     それ以来、私がアトピーであることを忘れてしまいそうになるくらい、状況は良好
     である。もし、また夏にかゆみが起こっても、あせらないで対処できると思う。