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The blank of 2years

 

 

 

 

 

「お父様!ここに誰か倒れてますわ!」

 

そう叫んでいる少女が居る。

年の頃は14か15くらいだろうか、綺麗な乳白色の髪、そして黒い瞳を持っている少女。

彼女が居るのは草原。

青々と茂る草、そしてその広い草原の真ん中に立っている一本の巨木の下に少女は立っている。

少女は視線を落とし、そこに倒れているものを見る。

1人の青年。

少女は何故かその青年から目がそらせなかった。

彼は二十歳少しこえたくらいだろうか。

気絶しているのか死んでいるのか、とにかくその両目が閉じられている。

 

「・・・どなたかしら?・・・」

 

風が、その青年の髪をなびかせる。

その髪の色は、白。

少女と同じ、いや、それよりも白い髪。

その髪が木漏れ日を受けてキラキラと輝いている。

 

「・・・綺麗・・・」

 

知らず知らずのうちに呟いていた少女は、しゃがみ込んでゆっくりとその青年の髪に手を伸ばす。

その時。

 

「どうした、カオリ?」

 

少女の背後から声がかかる。

その声に、カオリと呼ばれた少女は急いで立ち上がり、自分の背後にいる人物に向き直る。

年の頃は、20代後半くらいだろうか。

とにかく、少女に父と呼ばれるには若すぎる男だった。

 

「ここに誰か倒れていますの、お父様」

 

そう言って巨木の根本に倒れている人物を指差す。

その言葉に、お父様と呼ばれた男は、少女を退かして青年の側に立つ。

 

「・・・こんな時代に行き倒れか?・・・珍しいな・・・」

 

そう言いながら青年の容態を調べ始める男。

青年は靴を履いておらず、服装も薄手の・・・そう、パジャマのような物を着ているだけである。

 

「お父様・・・いかがですか?」

 

心配そうに聞くカオリ。

誰に対してでもそうなのか、カオリは知り合いでもない青年の事を心配をしている。

 

「死んではいないようだが・・・・・・お前にはわかるか?」

 

その言葉を受けて、しばらく目を瞑るカオリ。

そして、それを黙ってみている男。

すると・・・ふいにカオリが涙をこぼした。

 

「・・・可哀想・・・」

 

「・・・とりあえずこのままにして置くわけには行かないな。家に連れて行くぞ」

 

そう言って青年を抱き上げると歩き出す男。

涙を拭い急いで後を追うカオリは、男の横に追いつき、心配そうに青年を見る。

 

「この方・・・どうなされたのでしょうか?・・・こんな事初めてです。・・・こんなに・・・こんなに心が疲れ切っている方を見るのは・・・」

 

少女の言葉、その本当の意味を理解できるのは一部の人間だけ。

 

「・・・俺にはわからん・・・だが・・・」

 

カオリの問いにそこまで言うと、一瞬言葉を切る男。

 

「?」

 

黙って男の言葉を待っている少女。

しばらく黙って歩いていた男が、ややあって口を開く。

 

「時間が・・・必要なんだろうな・・・」

 

そう言って青年を見る男。

未だ眠る青年の胸元には、美しいロザリオが光り輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The blank of 2years

〜妖精の守護者 外伝〜

 

第1話「白い髪の男」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火星。

人は何時からこの星に文明を築いたのか、それを正確に知っている者はすでにない。

あらゆる歴史的文献においても、その事を正確に記している物はない。

火星は緑の惑星である。

過去、人も住めない星であったと言うことが記録には残っている。

ただ、今現在は確実に緑の惑星である。

人の文明はとどまるところを知らない。

人は、火星に森を、多くの動物達を、そして海までも創造してしまった。

この時代の火星の民達は、森など簡単に作ることが出来た。

そう、ほんの数日でジャングルを作ることもできるのだ。

それ程の技術力を、火星の民は持っていた。

余談だが、彼ら火星の民はこの星が再び人の住めぬ荒れ果てた星になるとは思ってもいない。

これからずっと未来、一度人の住めなくなるほど荒廃してしまう火星。

火星に再び人が住んだとき、そこに残る遺跡が元で人々が争うことになるとは、誰も思わなかっただろう。

さて、火星の都市、セントラルシティーにある病院に1人の男がいた。

カシワギ・トウヤ、年齢は26歳である。

 

「何か解ったか?」

 

彼はそう言って、ベッドに寝ている白髪の青年を見る。

そんな彼の横に立ち、手にした書類をぺらぺらめくる女医は、サエキ・ミカ。

彼女は、トウヤの幼なじみである。

 

「名前は着ていた衣服に書いてあったわ。随分下手な字、まるで子供が書いたような字で『テンカワ・アキト』って・・・。ところでトウヤ、この人をどうしたの?」

 

「ん?・・・庭で拾った」

 

ミカの質問にサラッと答えるトウヤ。

まるで、そこらに落ちている石ころを拾ったとでも言うような口調である。

だがミカは、いつものことだから気にすることはなかった。

 

「また?・・・でも、彼はこの前の女の子とは違うよ。出来ることならもう関わらない方が良いと思う・・・」

 

「・・・駄目だ。カオリに嫌われたくない」

 

「ふふっ・・・相変わらずなんだから」

 

そう言ってクスクス笑っているミカ。

彼女はトウヤの幼なじみだけに、彼が自分の娘に頭が上がらない事を良く知っている。

 

「・・・それで、こいつは一体なんだ?」

 

「う〜ん・・・・・少し調べてみたけど、この人の遺伝子は滅茶苦茶なのよ。ハッキリ言って正常な人間の遺伝子じゃない。あちこちにいじられた痕跡があるから・・・」

 

その言葉に露骨に顔をしかめるトウヤ。

彼の脳裏に、昔自らに降りかかった忌まわしい災いが浮かぶ。

一部の愚か者達のために犠牲になった、沢山の人たちのことが頭をよぎる。

そして、ミカもその事を知っているだけに、悲しそうな表情を浮かべている。

 

「・・・オリオングループ・・・奴らなのか?」

 

「・・・ドールプロジェクトね。ううん、そんなに丁寧なモノじゃないと思うの。方針が固まる前の、試行錯誤の段階で色々された・・・そんな感じだと思う。ほとんど悪戯ね」

 

オリオングループ。

軍需産業で大きなシェアをもっている企業である。

町中を歩いていても、どこかには必ずオリオンのロゴが入っている商品があるほどの大企業である。

その代わり、裏ではかなり汚い事もやっており、麻薬の密輸から、武器の密売による戦争のコントロールということまで行っているらしい。

特に、オリオングループが12年ほど前に行っていた生体兵器開発計画、通称『ドールプロジェクト』では、平然と人体実験が行われていた。

その実験で、多くの少年少女達が研究という名の下に命を失ってきた。

推定では、1000人にも及ぶ子供達が犠牲になったとされている。

その事は社会的問題になったが、真相は闇に葬られ、被害者は今も心と身体に障害を負い苦しんでいた。

 

「この白い髪・・・これもそのせいか?」

 

トウヤが寝ているアキトの頭髪に手を伸ばしながら言う。

トウヤの娘も白い髪をしているが、アキトのそれは雪のような白さだった。

 

「うん・・・それと、これを見て」

 

そう言ってミカがアキトの全身にかけられたシーツを取り払うと、アキトの裸体が露わになる。

全身に様々な傷跡がある。

それは、アキトが修羅に生きてきたという証だった。

 

「・・・それなりの修羅場をくぐっていると言うことか」

 

「これだけじゃないの。左眼球は無い、残る右目は失明。左腕も肩の少し下から無くなっている。感覚検査に置いて、上半身の触覚は常人の10分の1もない。痛覚に到っては完全に感じなくなっている。一応彼の体内に無数にあるナノサイズのマシンが、彼の感覚をカバーしてるから、死ぬことだけは避けられているけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・酷いよね、こんなの」

 

そう言って涙ぐむミカを、軽く抱きしめてあげるトウヤ。

昔から泣き虫だった彼女を、トウヤはいつもこうして慰めていた。

 

「バカ・・・そんな顔するなよ」

 

「うん・・・ごめんね」

 

そう言ってトウヤから離れると、ハンカチを取り出し涙を拭うミカ。

だが彼女は、相変わらず泣きそうな顔をしながらアキトの事を見ている。

 

「・・・この人の身体はもうボロボロなの。どうやらすでに施されている延命処置もあるようだから、すぐに死ぬということはないと思うけど、きっと辛いと思う・・・。自分の身体が徐々に壊れていくのを、この人は自ら感じなくてはいけない・・・」

 

「治してやれないのか?お前程の腕があるなら何とかなるだろ。この業界でお前のことを知らない医者は居ないくらいだからな・・・」

 

「ごめんねトウヤ・・・・・・・・・もしかしたら目の方は何とか出来るかも知れないけど、保証は出来ないの」

 

「目だけか?」

 

「・・・ごめんね・・・」

 

ミカは、少し悲しそうに言う。

患者を前にして、治してあげることもできない。

ミカは医者として、自分の無力さを感じているのだろう。

そして、ミカが出来ないと言うことは、事実上現代医学の限界だということを示している。

 

「お前のせいじゃないだろ・・・気にするな。お前は、よくやっている」

 

「うん・・・ありがとうね、トウヤ」

 

ミカが、少しだけ笑顔を見せてくれたのを確認して、トウヤは部屋から出ていった。

そして、残されたミカも、アキトのオペの手続きに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間後。

火星の都市からほど近い場所に丘がある。

火星の都市を一望できるこの丘に、一軒の家が建っている。

『カシワギ・トウヤ』と表札にはある。

その一軒家の中、1人の少女がキッチンから出てくる。

カシワギ・カオリ。

彼女はこの家の家主、カシワギ・トウヤの娘である。

乳白色のロングヘアがとても綺麗で、誰が見ても好感を持つような魅力的な顔立ちをしている。

彼女は正確にはトウヤの義理の娘で、彼との血の繋がりはない。

ちなみにカオリ自身はその事を知っているし、特に気にしてもいない。

なぜなら彼女は父トウヤの愛情を、確かに感じていたからだ。

 

「兄様、何を見ていらっしゃるの?」

 

カオリがそう言う。

彼女の視線の先には、黙って窓から外を眺めている、雪のような真っ白な髪をした青年がいた。

青年の名はテンカワ・アキトという。

彼は1ヶ月前、家の前の丘、そこにある巨木の根本に倒れていた。

彼が誰なのかわからない。

名前だけは、着ていた服に書いてあった。

『テンカワ・アキト』と・・・。

だが、他に彼の身元を示すものは何一つ無く、彼に関しては名前しかかわからなかった。

何故なら、目が覚めたアキトですら何一つ思い出せなかったのだから・・・。

そう、彼は記憶を失っていたのだ。

 

「ああ、ごめん・・・カオリ・・・ちゃん」

 

そう言って振り返るアキト。

 

「・・・兄様・・・目、まだおかしいのですか?」

 

心配そうな視線を向けてくるカオリに、曖昧な笑顔を浮かべるアキト。

その瞳は金色。

アキトは発見されたとき、身体には様々な障害をおっており、特に目は失明していたのだ。

カオリの父トウヤは、医療関係に知り合いがいて、そのつてでアキトの目を治してもらったのだ。

ただし、右目だけである。

左目は元々眼球が存在しなかったので、すぐさま複製を作成し移植手術を行った。

だが、ついに見えるようにならず、現在ではある特殊なクリスタルを義眼として埋め込んである。

その他の障害に関しては、その医師の腕を持ってしても直せる物ではなかった。

 

「・・・別に大丈夫だよ・・・」

 

そう言って笑顔を浮かべるアキトは本当に大丈夫そうに見える。

だが・・・。

 

「兄様、嘘を付いてもすぐわかりますよ!」

 

ちょっと怒ったような顔をするカオリ。

彼女はアキトのことを兄様と呼ぶが、当然本当の兄妹ではない。

だが、カオリはアキトのことを兄様と呼び慕っている。

 

「・・・そうか・・・ごめんねカオリちゃん・・・」

 

すまなそうに謝るアキトに優しそうに微笑むカオリ。

 

「いえ・・・・・・それに兄様、いつも言っていますけれども私のことは『カオリ』と呼び捨てにしてください』

 

アキトは『うん』と答えて、再び窓から外を眺める。

そのまま微動だにしないアキトに、カオリは少しだけ力を使う。

 

「・・・また何かが見えるのですか?・・・」

 

その声には振り返らないアキト。

実はカオリは不思議な力を持っており、それは俗に超能力と呼ばれているものである。

彼女の場合、その能力は多種多様に及ぶが、特に人の心を読む能力に優れているらしい。

どういう理論でそのようなことが可能なのかはわからないが、彼女には他人の考えていることがほぼ完璧にわかるのだ。

もっとも、その能力で彼女は幼少の頃とても辛い思いをしていたのだが・・・。

カオリはゆっくりとアキトの横に並び、その右腕に腕を絡ませる。

彼女はアキトの義手が嫌いなのか、決してアキトの左に並ぼうとはしない。

 

「幽霊って・・・本当にいるんだね。やっと最近その現実を受け入れられるようになったよ・・・」

 

「そうですね。私は直接見ることは出来ませんが、その存在を感じることは出来ます」

 

そう言って自分の胸に手をおいて目を瞑るカオリに、アキトはつい目を奪われてしまう。

清楚・・・そんな表現がよく似合う美しい少女。

アキトは、無意識のうちに胸元のロザリオに触っていた。

 

「そう言えばそのロザリオ・・・兄様のお守りですか?いつもとても大切にしていらっしゃいますが・・・」

 

「・・・わからない・・・何も覚えてないから・・・」

 

確かにアキトは何も覚えていない。

だが、彼はこのロザリオが好きだった。

触っているだけで、とても安らいだ気持ちになる。

 

「焦っては駄目です。いずれ思い出しますから・・・だからそんなに焦らないでください」

 

そう言ってアキトの腕にぎゅっとしがみつくカオリ。

押しつけられた胸に何となく赤くなってしまうアキト。

だが、彼女の想いは感じた。

 

「・・・ありがとう・・・」

 

アキトはそう言ってゆっくりと目を閉じる。

そしてしばらくして目を開けたとき、先程見えていた人外の者は居なくなっていた。

その時、敷地内に誰かが入ったことを報せる信号音が鳴り、ウィンドウが表示される。

そこには『カシワギ・トウヤ、帰宅』と書いてあり、現在の外の状況がモニターされる。

そのモニターには、1人の男が丘の草原を歩いてくるのが映し出されていた。

上背もあり、かなり精悍な顔つきをしている男。

わずかに風になびく、それ程長くない黒髪が見るもの全てに爽快感を与えるだろう。

 

「あっ、お父様ですわ!」

 

そう言って玄関まで迎えに行くカオリを黙って見送ったアキトは、再び窓の外を見る。

 

「・・・僕は・・・テンカワ・アキト・・・」

 

1人呟くアキト。

自分が誰なのか。

それを思い出せないことが人間にとってどんなに辛いことか・・・。

だが、もしかしたらアキトにとってはその方が幸せだったのかも知れない。

人は、必ずしも良い人生を送っているとは限らない。

思い出さない方が幸せなことも、世の中には沢山ある。

 

「僕は・・・誰なんだ・・・!!」

 

その時いきなりアキトが振り返る。

それも、無意識の行動だった。

バシ!

アキトは目の前に飛んできた缶ビールを右手で受け止めた。

 

「おお・・・やるなあ、アキト」

 

そう言ったのは、部屋の入り口でニヤニヤしながらアキトを見ている男、カシワギ・トウヤだった。

だが、アキトはトウヤのことは見ずに自分の掴んでいる缶ビールを呆然と見ている。

アキト自身が、自分の無意識のうちの行動に最も驚いていたようだ。

 

「アキト、どうした?」

 

「あっ・・・お帰りなさい、トウヤさん」

 

そう言って笑顔を浮かべるアキトに対して、軽く片手をあげて答えるトウヤ。

 

「おう、ただいま」

 

トウヤはアキトに近付き、その手から缶ビールをとると冷蔵庫にしまう。

そしてトウヤはまじまじとアキトの事を見ていたが、しばらくしてニヤリと笑う。

 

「さすがだな・・・アキト」

 

「えっ?」

 

「いや・・・なんでもないさ」

 

トウヤはそう言ってアキトから視線を逸らすと、カオリの方をジッと見つめる。

その視線の意味に気付き、少し呆れ顔になるカオリ。

 

「はいはい。お父様も帰ってきましたし・・・お昼にしましょうか」

 

そう言ってエプロンを付け、キッチンの方に行くカオリを見ているアキト。

それを見ていたトウヤが口を開く。

 

「・・・アキト・・・」

 

「はい?」

 

「・・・あの娘はまだ14だ・・・手を出すなよ」

 

一瞬何のことだかわからないアキト。

 

「は?・・・へ!いや、そんな・・・」

 

すぐにトウヤの言った事の意味を理解して真っ赤になる。

もしこの光景をアキトの事を良く知っている人が見たら、余りの恐ろしさに気絶するかも知れない。

 

「冗談だよ、冗談」

 

トウヤは赤くなったアキトを見ながら面白そうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、アキトは病院に来ていた。

アキトは主治医であるサエキ・ミカによる診察を受けていた。

 

「右目の方は完全に機能しているみたい。もう大丈夫ね。後、この前テンカワさんが言ってた、不思議なものが見えるってのは、ちょっとまだわからないの」

 

「そうですか・・・お世話をかけます」

 

そう言って頭を下げるアキトに、ミカはクスッと微笑んだ。

彼女はアキトがこの病院に運び込まれた時から知っているだけに、彼の回復がとても嬉しいようだった。

 

「それで、他に何かおかしな所はないですか?少しでもおかしいと感じたら、遠慮無く言ってくださいね」

 

「はい。・・・今のところ、特に何ともないです・・・」

 

そう言いながら、アキトは目の前にいる女医のことを見る。

服装次第では、高校生と間違えられそうなほど幼い容姿をしている。

だが、実は彼女は火星全土にその名を知らしめている天才医師なのである。

その幼い外見からは想像もできないほどの知識と技術を持っている。

 

「・・・あのねテンカワさん。私はあなたの主治医なの。だから、ちゃんと本当のことを言ってもらわないと困るの」

 

そういって、少し頬を膨らませて怒っているミカ。

彼女の鋭い視線が、アキトの事を見据える。

彼女にとって、患者の嘘を見抜く事など、とても容易いことだった。

 

「・・・眠れないんです」

 

そう言ったアキトが身震いする。

 

「何かに魘されている。まるで子供みたいに悪夢に魘されているはずなんです。でも、目が覚めると何も覚えていない」

 

「テンカワさん・・・」

 

「先生・・・このままじゃ俺は気が狂ってしまいます」

 

そう言ったアキトの顔は青ざめていた。

普段カオリの前では多少沈んでいることはあっても、ここまで弱々しい表情はしない。

そんな顔をすれば、カオリに心配をかけることが目に見えていたからだ。

ミカはコンソールを操作し、ディスプレイに情報を表示する。

そこに表示されたのは、テンカワアキトのカルテだった

 

「精神科の先生から、テンカワさんの病状についての連絡を受けていますよ」

 

「どうなんですか?」

 

「あなたはPTSD・・・心的外傷後ストレス障害と診断されたわ」

 

PTSD・・・心的外傷後ストレス障害。

通常の生活では遭遇しないような、生死に関わる様な事象を経験した人間が心に傷を負うと、その心の傷が原因で、事件後も何年にも渡り様々な障害を引き起こす。

その症状は人それぞれで違って、一概には言えないが、睡眠障害や、悪夢に魘されたり、感情の抑制がきかなくなったり、破壊的衝動に駆られる場合もある。

ある者は、ふとしたきっかけで事件の情景を思い出し、トラウマとなった事件で受けた苦痛を再び味わったりもする。

アキトは心の病であると診断されたのだ。

 

「恐らくあなたは耐えられないほどの辛い経験をしたの。そして、あなたの心には大きな傷が残った」

 

ミカの話を聞きながら、アキトは頭痛を感じていた。

そう、頭が何かを思い出そうとしている・・・そんな痛み。

 

「あなたの記憶障害の原因もそこにあると思うの。あなたは自分から記憶を封印している。辛い事から自分を護るために・・・」

 

「・・・やめろ・・・」

 

アキトの口から漏れる言葉は、普段の彼からは想像の出来ない程の冷たさを持っていた。

ミカも、アキトの様子がおかしいことに気付き口を噤む。

アキトは全身をガタガタと震わせながら、暗い瞳でミカを睨み付けていた。

 

「テンカワさん・・・どうしたんですか?」

 

「・・・先生、今日はもう良いですか?・・・少し疲れました」

 

アキトの視線が、ミカの心を貫く。

彼女は、アキトに逆らうことが許されないかのような錯覚まで覚えてしまう。

それ程の力を持った眼光。

 

「ご、ごめんなさい。それじゃあ、また3日後来てくれるかな。それと、次からはちゃんとした治療を始めるから・・・」

 

「わかりました。また来ます・・・」

 

アキトはそう言って、足早に診察室を後にした。

診察室に1人残ったミカは、ドアをジッと見つめている。

先程のアキトの冷たい視線が、彼女の脳裏に焼き付いて離れなかった。

睨み付けられただけで、心が凍り付くかと思うほどの、暗い瞳。

 

「私は・・・・・・・・・私はちゃんと彼のことを癒してあげられるのかな・・・」

 

ミカは、アキトの心の傷の深さに肌寒さを感じていて。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

皆様、お久しぶりでございます。

このお話は、『妖精の守護者』本編の15話と16話の間のお話です。

アキトが古代火星でどの様な生活を送っていたかを書こうと思っています。

場所が古代火星ということもあり、ナデシコのキャラがアキトくらいしか出てきません。

他のキャラは、回想シーン等で出てくる予定です。

ここで、一応キャラクターを整理しておきますので、読む際の参考にして頂ければ幸いです。

テンカワ・アキト・・・・・・・・・主人公、現在は記憶喪失。

カシワギ・トウヤ・・・・・・・・・行き倒れのアキトを拾った男。

カシワギ・カオリ・・・・・・・・・トウヤの義理の娘で、不思議な力の持ち主。

サエキ・ミカ・・・・・・・・・・・・アキトの主治医で、トウヤの幼なじみ。

皆様、今回のお話はいかがでしたでしょうか。

是非ともご意見、ご感想等をお送りください。

お返事は必ず書かせていただきますので。

それでは、次回をお楽しみに。



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

皆さんの期待の応えて、ささばりさんが外伝を書いてくれました。
感謝するように(笑)

しかし・・・・
私としてはやっぱり壊れたアキトが見たいな〜(爆)

ささばりさんにメールを出すんだ!(爆)


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