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The blank of 2years

 

 

 

 

 

「・・・やめろ・・・」

 

アキトの口から漏れる言葉は、普段の彼からは想像の出来ない程の冷たさを持っていた。

ミカも、アキトの様子がおかしいことに気付き口を噤む。

アキトは全身をガタガタと震わせながら、暗い瞳でミカを睨み付けていた。

 

「テンカワさん・・・どうしたんですか?」

 

「・・・先生、今日はもう良いですか?・・・少し疲れました」

 

アキトの視線が、ミカの心を貫く。

彼女は、アキトに逆らうことが許されないかのような錯覚まで覚えてしまう。

それ程の力を持った眼光。

 

「ご、ごめんなさい。それじゃあ、また3日後来てくれるかな。それと、次からはちゃんとした治療も始めるから・・・」

 

「わかりました。また来ます・・・」

 

アキトはそう言って、足早に診察室を後にした。

診察室に1人残ったミカは、ドアをジッと見つめている。

先程のアキトの冷たい視線が、彼女の脳裏に焼き付いて離れなかった。

睨み付けられただけで、心が凍り付くかと思うほどの、暗い瞳。

 

「私は・・・・・・・・・私はちゃんと彼のことを癒してあげられるのかな・・・」

 

ミカは、アキトの心の傷の深さに肌寒さを感じていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The blank of 2years

〜妖精の守護者 外伝〜

 

第2話「戒めの鎖」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトが火星に来てから、一月が過ぎようとしていたある日。

食卓で、夕食が出来上がるのを待っているのはテンカワ・アキト。

そして彼の目の前で、忙しく動いているのはカシワギ・カオリである。

 

「兄様、美味しいカレーを作りますから期待していて下さいね!」

 

そう言って笑顔を向けてくるカオリに、優しい笑顔を向けるアキト。

本来なら、辺りに漂うカレーの香りが食欲を誘っていることだろう。

だが、アキトに臭覚はない。

その上、味覚もないので、彼にとっての食事とは、必要な栄養価をとるだけの存在でしかない。

それでも、自分に美味しい食事を作ろうと努力している彼女には、アキトは感謝の気持ちでいっぱいだった。

ちなみに、カオリの父、トウヤの話では、カオリの料理の腕はかなりのものらしい。

 

「ねえカオリ、トウヤさんは今日も残業なの?」

 

「今日は、ミカさんの所に行くって言ってました」

 

「ミカさん・・・・・・サエキ先生の所?」

 

「はい、お父様とミカさんは恋人同士なんですよ」

 

そんなカオリの言葉に、アキトは自分の主治医である女医の事を思い出す。

美しいと言うより、可愛いという表現が似合う女性。

いつも少し大きめの白衣を着ている彼女は、アキトより年上には絶対に見えない。

だが、実際はトウヤと同い年らしい。

その彼女とトウヤは恋人同士。

彼女が、自分に対して良くしてくれている理由も、アキトにはわかるような気がした。

 

「お父さんとミカさん、それと他に2人の方がいて、子供の頃からずっと一緒だったって言ってました。『昔は4人で無茶をしたよ』って、まるで子供みたいに笑いながら言うんですよ?」

 

そう言ってカオリは、カレーをかき混ぜる。

彼女のポニーテールにした乳白色の髪が、軽く左右に動いている。

アキトは『ふ〜ん』と生返事をしながら、黙ってそれを目で追っている。

 

「あの・・・・・・兄様、この髪型は似合いませんか?」

 

「えっ!?」

 

「ジッと見てますし・・・・・・止めた方が良いですか?」

 

「えっ?いや、とても似合ってるよ」

 

そう言って、ぎこちなく微笑むアキト。

そんな彼に、少しだけ拗ねたような表情をするカオリ。

 

「ほ、本当だって!!」

 

カオリの拗ねたような表情に、慌ててしまうアキト。

彼は、カオリにはどうも頭が上がらなかった。

年齢的には、アキトの方がカオリより10歳近く年上である。

それなのに、この少女が拗ねたり怒ったりすると、アキトは例外なく狼狽えてしまうのだった。

 

「もう、兄様なんて知りません!」

 

そう言って、プイッとそっぽを向いてしまうカオリ。

彼女は実際に拗ねているのではなく、わざと拗ねて見せているのだ。

そんなカオリの仕草が、何かと重なった。

 

(なんか・・・・・・懐かしいな)

 

そう思いながら、アキトは自分の思考を訝しく思った。

懐かしいとは、何が懐かしいのか。

過去の記憶がない自分が、一体何を懐かしんでいるのか。

 

「!!」

 

その時、アキトが突然身震いした。

彼の脳裏に、突如何かがよぎる。

 

「あれ、なんだ?」

 

「・・・・・・兄様、どうしました?」

 

いきなり頭を押さえて呟くアキトに、カオリが心配になって声をかける。

だが、アキトにはその言葉は届いていないようで、彼は頭を押さえたまま動かない。

 

「誰だ・・・・・・・・・・・・これは何だ?」

 

「兄様、兄様!しっかりしてください!」

 

コンロの火を切ると、すぐにアキトに駆け寄るカオリ。

だが、アキトはカオリの問いかけには答えず、ついには食卓に倒れ込んでしまう。

 

「なんだよこれ・・・・・・どうなってるんだよ?」

 

そう呟いているアキトに、さすがにらちが明かないと感じたカオリは、アキトに触れるとゆっくりと目を瞑る。

そして、集中する事により、彼女の能力が最大限にまで発揮される。

人の心を読む力。

彼女の脳裏に、ゆっくりと光が広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道の真ん中に、ぽつんと1人で立つカオリ。

彼女には、そこが何処だかわからなかった。

そんな彼女の視線の先には、ラーメンと書かれたのれんを出している屋台がある。

寒空の下、湯気を立てる鍋がおいてあり、数人の客が談笑している。

そして、客にラーメンを振る舞っているのは、1人の少年。

 

(・・・・・・あれは、兄様?)

 

カオリは、そこにいる少年がテンカワ・アキトだと言うことは、一目でわかった。

年の頃は17、18くらいだろうか、美しい黒髪をしている少年。

髪の色もそうだが、カオリが何より驚いたのはその笑顔。

客に対して、彼は笑顔を浮かべている。

カオリがいつも見ている、何処か儚げな笑顔ではない。

彼女はその笑顔に引き寄せられるように、ゆっくりと屋台に近付いていく。

 

(これが、昔の・・・・・・私の知らない兄様)

 

カオリは頬を赤らめながら、その情景に見入っていた。

しばらく見ていると、1人の客がアキトに話しかけた。

 

『なあアキト君。今日はルリちゃん、来てないのかい?』

 

『えっ?・・・・・・どうかな。来るとは言ってたけど、もう遅いから来ないんじゃないかな』

 

その会話を聞いて、カオリの耳がピクピクと動く。

心なしか、アキトを見つめるその視線も鋭いものに変わっている。

 

(ルリちゃん?・・・・・・・・・・・・・・・・・・兄様と、いったいどういう関係の方なのかしら?)

 

カオリがそう考えていると、さらに他の客がアキトに言葉を掛ける。

 

『ルリちゃんは真面目だから、来るって言ってたんなら絶対来ると思うぜ』

 

『はあ・・・・・・』

 

アキトは中途半端に返事をしながら、手際よくラーメンを作っていく。

実際カオリは、アキトの手際の良さを見て驚いていた。

彼の動き、そして客の満足そうな笑顔を見れば、ラーメンの味も自ずと見えてくる。

 

『はい、テンカワ特製ラーメンの大盛りおまちどうさま』

 

『お〜、来た来た!何度見ても美味そうだぜ!』

 

そう言って、目の前のどんぶりを見て目を輝かせる客。

それを見て、アキトも嬉しそうに笑顔を浮かべる。

その時カオリは、道の向こうから誰かが走ってくるのに気付く。

その人物は、まっしぐらに屋台まで行き、そこで止まると荒い息を吐く。

 

『はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。ごめんなさい、アキトさん。遅れてしまいました』

 

そう言ってアキトに頭を下げたのは、小さな女の子だった。

年の頃は12歳くらいだろうか、瑠璃色の髪をした可愛らしい女の子。

 

『ルリちゃん、そんなに急いでこなくても良かったのに』

 

そう言って、ルリという少女に水の入ったコップを差し出すアキト。

すると、ルリは黙ってそれを受け取り、こくこくと一気に飲み干す。

 

『・・・・・・はぁ・・・・・・ありがとうございます。やっと落ち着きました』

 

そう言って、ぺこりと頭を下げるルリ。

それを見ていた客が、笑みを浮かべながらアキトに声をかける。

 

『ほらなアキト君。ルリちゃんはちゃんと来たじゃないか。俺様の言ったとおりだろ?』

 

『ははっ、そうみたいですね』

 

そう言って苦笑いするアキトに、キョトンとしているルリ。

そこに、新しく客が来る。

 

『こんばんは、アキト君。おや・・・・・・今日はルリちゃんも来てるね』

 

『あっ、はい。いらっしゃいませ!』

 

ルリはすぐに持ってきたエプロンを身につけ、客に水の入ったコップを差し出す。

アキトは客の注文を聞き、麺をゆで始める。

 

『いや〜、ルリちゃんはいつ見ても可愛いね』

 

客の1人がそんなことを言う。

すると、ルリは少し嬉しそうに、はにかんだ笑顔を見せる。

 

『アキト君が羨ましいね。こんな可愛い妹がいるだなんて・・・』

 

客は特に意識せずにそう言った。

だが、何故かルリは先程とは表情を一転させ、暗く沈んだような顔をする。

それを見ていたカオリが、何となく辛そうにルリのことを見ている。

 

(・・・・・・この方は、兄様のことが好きなんですね・・・・・・・・・)

 

そう思いながら彼女がルリを見ていると、ルリの横にいたアキトがその手を伸ばし、ルリの頭をぽんぽんと叩く。

ルリが驚いて顔を上げると、そこにはアキトの笑顔があった。

そのとても優しい笑顔に、ルリが頬を赤らめる。

カオリも、アキトの笑顔に言葉を失っていた。

その笑顔は余りにも優しく、そして魅力的すぎた。

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・素敵です・・・)

 

カオリは、やっとの思いでそれだけを言う。

ルリも、アキトの笑顔が見られて嬉しいのか、にこにこ微笑んでいる。

 

『あれ?そう言えば・・・・・・ルリちゃんって今日、髪型違うよね』

 

そう言ったアキトに、ルリは「やっと気付いてくれた」というような顔をする。

ルリの今の髪型は、ポニーテール。

カオリには普段のルリの髪型はわからなかったが、今のそれはとても似合っているように思えた。

 

『はい、邪魔になるといけないので。それで、あの・・・・・・どうですか?』

 

『えっ?』

 

『・・・・・・この髪型、似合いませんか?』

 

『いや、その・・・・・・・ 』

 

そう言ってハッキリしないアキトに、少し拗ねたような顔をするルリ。

その顔を見て、アキトの心に警鐘が鳴り響く。

 

『あっ、いや・・・・・・似合ってるよ。うん、凄く良いよ』

 

そう言うアキトだが、ルリはプイッとそっぽを向いてしまう。

 

『もう、アキトさんなんて知りません!』

 

ルリがそう言ったとき、カオリの身体に電流が走った。

カオリは、何故アキトが失われた過去を見ているのかわかったような気がした。

 

(兄様・・・・・・私とルリさんを重ねていらっしゃるんですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッと気が付くと、カオリは自分のベッドに寝かされていた。

カオリは状況を確認するために、キョロキョロと辺りを見回す。

そして、自分のベッドの脇に座っている人物の存在に気が付く。

テンカワアキト。

彼はベッドに頭を乗せるようにして、寝息を立てている。

 

「兄様が、運んでくれたのですか?」

 

カオリはアキトの頭に手を伸ばし、彼の白い髪を梳く。

そして、思い出す。

黒い髪のアキト。

笑顔を絶やさなかった、少年のアキト。

そのどれもが、すでに失われていた。

 

「私にも、あんな笑顔を見せて欲しいです」

 

カオリは、アキトがルリという少女に見せた笑顔が、頭から離れなかった。

ルリという少女に対して、嫉妬すら感じていた。

 

「いつか・・・・・・いつか見せてくれますよね、兄様」

 

彼女は、アキトが目を覚ますまで、優しく彼の髪を梳いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セントラルシティの、とあるマンションの一室に一組の男女が居る。

カシワギ・トウヤとサエキ・ミカの2人である。

トウヤはベッドに仰向けで寝転がりながら、何か考え事でもしているのか、鋭い視線を天井に向けたまま黙っている。

 

「ねえトウヤ、一体どうしたの?」

 

隣に寝ていたミカが、先程から黙っているトウヤに声をかけた。

ミカの問いかけに、トウヤは視線を天井に向けたまま口を開く。

 

「少し考え事をな」

 

「考え事?」

 

「ああ・・・・・・オリオングループの会長が、替わった」

 

そう言って彼はベッドから抜け出すと、自らが脱ぎ捨てていた服を着る。

ミカは、シーツで胸を隠すようにして身を起こすと、黙ってトウヤをみている。

やがてトウヤは、誕生日に娘のカオリから贈られた腕時計をし、着替え終わると側にあった椅子に腰を下ろす。

 

「確か・・・・・・つい最近だよね。前の会長が脳梗塞で倒れたんだっけ?」

 

「表向きはな。だが、実際のところ、前会長はどうやら暗殺されたらしい。俺の所にはその手の情報が沢山入ってくるからな」

 

トウヤの所には、普通ではおよそ知り得ない様な情報が多数舞い込んでくる。

彼は、表向きは、シミズ重工という会社のサラリーマンということになっている。

だが、実際の彼の仕事は別にあった。

シミズ重工の私設軍隊、そこの戦闘教官をしている。

シミズ重工は、昔からオリオングループとは双璧をなす存在で、軍需産業にも力を入れている。

ただ、オリオングループとシミズ重工の差は、オリオングループが裏で麻薬の密売など非合法行為を行っているのに対して、シミズ重工はそれらを行っていないことである。

最もシミズ重工がまともになったのは、若い現会長が就任してからのことである。

オリオングループとシミズ重工は私設軍隊を所有しており、その方針の違いから、過去何度もお互いの軍隊を使い、小競り合いを続けていた。

だが近年は、オリオングループの前会長と、シミズ重工の現会長が秘密裏に協定を結び、争いも収束していた。

 

「オリオンの前会長が死んだとなると、マサユキとマイがせっかく頑張ってくれたのが台無しになっちまうな」

 

トウヤが表情を曇らせながら言う。

シミズ・マサユキとその妻マイ。

シミズ重工現会長と、その婦人であり、オリオンの前会長と協定を結んだ実力者である。

ちなみにマサユキとマイ、ミカ、そしてトウヤの4人は幼なじみである。

 

「ちなみに新しい会長だが、あいつはドールプロジェクトの立案者だ」

 

「えっ!!」

 

驚きの声を上げたミカの顔に、彼女には似つかわしくない、怒りの表情が浮かぶ。

ここで少し、オリオングループが12年ほど前に行っていた生体兵器開発計画、通称『ドールプロジェクト』について記しておこう。

それは、今から12年ほど前に起きた悲劇。

オリオングループは、遺伝子改造と薬物投与により、人間の肉体を凶器とする生体兵器を開発しようとしたのだ。

そして、その生体兵器を裏で各国の軍隊に販売し、莫大な利益を上げようと考えていたのだ。

その為、被験者として多くの人間、特に若い少年達が誘拐されていたのだ。

結局事件は、最初の被験者が誘拐されてから4年後に、警察の介入により解決した。

ドールプロジェクトの被験者として誘拐されたおよそ1000人の内、生きて救出されたのはたったの50名ほどだった。

その内、心の病で現在も精神病院に入院している者が2名。

身体的な障害を負い、1人では生活すら出来ない者が4名。

社会復帰している者が2名。

残りは、救出後1年を待たずして死亡しており、その内の半数以上が自殺である。

皆、深い心の傷と、身体の障害を抱え、半ば諦めるように自らの命を絶っていった。

つまり、ドールプロジェクトは被害者にそれだけの傷を残したのだ。

そしてその悲劇は、当時14歳だったトウヤの大切な青春時代と、夢を失った。

 

「許せない。トウヤの夢を奪っておいて・・・・・・」

 

ミカは、自分の心に充ちてくる怒りを抑えることが出来なかった。

それも当然だろう。

物心ついた時から共にいて、ずっと好きだったトウヤが、誘拐されたのだ。

そして、4年後に再会したときには、彼は別人のようになってしまっていた。

まるで感情が無いかのような、無表情な顔。

人を傷付け、そして殺し、顔色1つ変えない。

そして、重度の薬物中毒による禁断症状。

結局トウヤが日常生活に戻れるようになったのは、事件解決から2年もかかった。

 

「奴らは、今のところ動いてはいないようだが、楽観はできないな。あいつは、きっとカオリのことを奪いに来る」

 

「それは考えすぎじゃないの?」

 

そう言って首をかしげるミカ。

トウヤの娘、カオリもドールプロジェクトの被害者だということは、ミカも知っていた。

その特異な能力ゆえに、彼女は被験者とされたのだ。

だが、今更相手が被験者の1人にそれ程固執するとは思えなかった。

 

「カオリはあのプロジェクトの要だった。俺のような物理的な戦闘を得意とするタイプと、カオリのような未知の力を持ったタイプ。その二つの開発が平行して行われていた」

 

そう言って、苦々しい表情をしたトウヤ。

自分と同じように、被験者として辛い日々を過ごしていた少女。

それが、カオリだった。

 

「とにかく、俺の居ないところでカオリが襲われたらまずい。マサユキに少し人をまわしてもらわないとな」

 

「うん。そう言うことなら、私からもマイに話してみる。マサユキは忙しくて会えないと思うけど、マイなら電話すればすぐ会えると思うから・・・」

 

「ああ、頼む」

 

そこで、ゆっくりと椅子の背もたれに寄り掛かるトウヤ。

彼は不安だった。

いくら警備を万全にしたとしても、安心できない。

恐らくオリオングループは、カオリを手に入れる為には手段は選ばないだろう。

それ程、カオリの能力は特殊で、オリオングループにとっては魅力的だった。

有事の際、シミズ重工の兵士達がどれだけカオリを護れるかは、誰にもわからない。

オリオングループは、それだけの力を持っているのだ。

 

「・・・・・・後は、アキトだけが頼りだな」

 

「えっ、テンカワさん?」

 

トウヤの言葉に、首を傾げるミカ。

何故トウヤがそんなことを言ったのか、彼女には理解出来なかったのだ。

 

「ああ。あいつは隠してはいるが、かなりの使い手だ」

 

「でも・・・・・・もしそうだとしても、テンカワさんは記憶喪失だよ?」

 

「お前は、本当にそう思っているのか?」

 

「えっ、違うの?」

 

驚いてそう訊ねたミカだが、トウヤの答えは返ってこない。

彼は、鋭い視線を窓の外に向け、何かを考えているようだった。

トウヤは、この時すでに感じ取っていた。

ユニオングループが、自分の周囲を嗅ぎ回っているということを・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、カシワギ家。

 

「うわああああああ!!!」

 

午前3時過ぎ、家中にアキトの絶叫が響きわたった。

何事かと跳ね起きたカオリは、パジャマの上に一枚羽織ると、急いでアキトの部屋に向かった。

 

「兄様、入りますよ!!」

 

そう言ってアキトの部屋に入るカオリ。

アキトが魘されるのは今日が初めてではないので、カオリはそれ程慌てていなかった。

だが、それも部屋に入るまでの話。

部屋に入ったカオリが見たものは、想像も絶する、狂気の世界だった。

 

「ぐあああああああ!」

 

アキトが左目の辺りを押さえながら、余りの激痛に悶え苦しんでいた。

 

「・・・そんな・・・」

 

余りの光景に、カオリは言葉を失った。

彼女の持つ特殊な能力が、アキトから放たれる死の気配を敏感に察していたのだ。

アキトの心がカオリに流れ込んでくる。

殺す!

殺す!

殺す!

殺す!

身の毛もよだつその殺意に、カオリはその場に座り込んでしまった。

その間にもアキトは激痛に悶え、苦しみ続けるアキト。

ドスン!

あまりに暴れたためアキトがベッドから転がり落ちる。

カオリはその音にハッとして、アキトに駆け寄る。

 

「兄様、しっかりして下さい!!兄様!!」

 

そう言って、床でもがいているアキトの事を揺すろうとして、彼の身体に触れるカオリ。

彼女は、アキトの苦痛を取り除くには、いつも通りに夢から覚まさせるしかないと思ったのだ。

だが、そんな考えはアキトに触れた瞬間、吹き飛んでいた。

闇。

アキトの心は、闇に蝕まれていた。

普段のアキトから感じる温かさと優しさは、冷たい闇に喰われて跡形もなくなっていた。

 

「にっ、兄様・・・・・・」

 

震える唇で何とかそう言うカオリ。

その細い首が次の瞬間、アキトの手で鷲掴みにされていた。

アキトのその瞳は、狂気の色に染まっている。

カオリの首が、徐々に強まるアキトの力に悲鳴を上げる。

あるのは、激痛だけ。

 

「かはっ・・・・・・やっ、やめて・・・・・・にいさまぁ・・・・・・」

 

「殺してやる・・・・・・・・・・・・殺してやるよ北辰!」

 

ドン!

カオリが、咄嗟にアキトを両腕で突き飛ばす。

アキトはよろめき後ろに尻餅をついたが、それも一瞬で、彼ははすぐに立ち上がる。

それを見て、カオリは後ずさり何とか部屋から出ようとする。

だが、アキトの右眼に宿る狂気の光に射竦められ、彼女は動くことが出来ないでいた。

 

「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・お願いです兄様・・・・・・・・・・・・正気に・・・・・・正気に戻って下さい」

 

カオリはそう声をかけるが、アキトは未だ正気に戻らない。

狂った眼で、獲物をみていた。

 

「殺してやる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺してやる!!」

 

そう叫んだ瞬間、アキトがカオリに襲いかかった。

 

「!!」

 

カオリは人の心を読む力を持っている。

そして、忌まわしい実験のためか、通常の人間よりも身体能力が優れている。

だが、そんな能力は、今のアキトに対しては全くの無意味だった。

たとえ肉体は衰えていたとしても、木連式柔を極めたアキトに、カオリが接近戦で敵うはずがないのだ。

カオリはアキトの動きに全く反応できず、再び首を鷲掴みにされて、壁に押さえつけられてしまった。

 

「クックックッ・・・・・・・・・・・・捕まえたぞ、北辰!!」

 

一瞬、カオリの身体が震えた。

アキトから、彼の失っているはずの記憶が、大量に流れ込んできたのだ。

深層心理に刻み込まれた彼の心の傷が、この生と死の狭間で、一気に表に出てきていたのだ。

ほんの1秒ほどの時間で、カオリはアキトの過去を見てしまったのだ。

両親との死別。

編み笠の男との出会いと、自らに降りかかる不幸。

愛する者を助けられなかった為の、激しい自己嫌悪。

愛する者を奪った者達への、飽くなき復讐心。

そして、戦いに敗れた自らへの、限りない憎悪。

アキトの過去は、血と憎悪に彩られた、まさに地獄だった。

 

「・・・・・・にっ、にいさま・・・・・・かわいそう」

 

カオリは、アキトの凄惨な過去を目の当たりにして、知らず知らずのうちに涙を流していた。

アキトが何故記憶を失ったのか、それすらも理解できた。

アキトの過去は、人が覚えているには、余りにも辛すぎる記憶だった。

 

「・・・・・・にいさま・・・・・・」

 

カオリは朦朧とする意識の中で、自らを狂気の眼で見ているアキトの顔に手を伸ばした。

そして、ゆっくりとアキトの顔を撫でた。

だが、アキトはさらに力を込めてカオリの首を締め付ける。

カオリの顔が苦痛に歪み、苦しそうにもがく。

その手が、アキトのパジャマの胸元をはだけさせる。

それは、全くの偶然だった。

アキトのはだけた胸元には、ロザリオがある。

そこには、想いがあった。

 

「・・・・・・だれかたすけて・・・・・・・・・・・・おねがい・・・・・・にいさまを、たすけ・・・・・・て」

 

カオリは、ただひたすらアキトの事を心配していた。

自分がアキトに殺されそうなこの状況でも、彼女はアキトの事を案じていた。

その時だった。

カオリが部屋の中に、誰かが居るように感じたのは。

 

「あれ・・・・・・・・・・・・だれ?」

 

この部屋には、アキトとカオリしかいないはずなのに、他に人の気配がした。

すると、アキトがいきなりカオリのことを離し、振り返る。

 

「げほっ、げほっ・・・・・・・・・・・・・・・にっ、兄様・・・」

 

地面にしゃがみ込んで咳き込んでいたカオリは、何とか顔を上げてアキトを見る。

アキトは、黙って何かを見ている。

だが、不思議な事に、アキトから先程のような殺意、憎悪が感じない。

アキトの心を満たしているのは、とても温かいモノ。

 

『駄目だよ・・・・・・お兄ちゃん』

 

声が聞こえた。

心に残る、とても可愛らしい声。

 

「だれ・・・なの・・・」

 

遠くなる意識の中、カオリは、自然とアキトの視線を追っていた。

アキトが見ているものは、彼女がどんなに目を凝らしても、視覚的に見ることは出来なかった。

だが、彼女の超絶的な能力が、その存在を捉えていた。

アキトの目の前に立っている、1人の女の子。

 

『逃げちゃ駄目だよ。・・・・・・ちゃんと前を向いて、生きていかなきゃ』

 

ふわっ。

少女がアキトに抱き付く。

まるで翼を持っているかのごとく、ふわりと浮き上がりアキトに抱き付いたのだ。

 

「・・・・・・アヤカちゃん・・・・・・」

 

『まだ寝ていても良いよ。でもね、逃げちゃ駄目だよ・・・・・・お兄ちゃん』

 

そんな声を聞きながら、カオリは気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。

徹夜明けで帰宅したトウヤが、アキトの事を冷たい目で見据えている。

その視線からは、明らかに殺意がみなぎっていた。

 

「お前、自分が何をしたかわかっているのか?」

 

そう口火を切るトウヤに、アキトは俯いているだけ。

弁解のしようがなかった。

アキト自身、自分が何をしたのか全く覚えていなかった。

だが、自分の部屋の荒れようと、そこに倒れていたカオリを見れば、大体の見当はついた。

 

「・・・・・・ごめん・・・・・・」

 

アキトは震える声で、そう言うのが精一杯だった。

いつも自分のことを心配してくれて、世話を焼いてくれている少女。

その娘のことを、アキトは殺しそうになったのだ。

 

「幸い首に痣が出来ただけですんだからいいが、一歩間違えばカオリは死んでいたぞ」

 

そう言ったトウヤは、チラリとカオリの部屋の方を見る。

カオリは部屋で眠っている。

その首に付いた痣が、余りにも痛々しかった。

トウヤはアキトが何も言わないのを見て、溜息を付くと椅子に腰かけた。

そして、口を開く。

 

「お前は、何のために生きてるんだ?」

 

その言葉は、アキトには辛い言葉だった。

アキトは、自分が誰なのかさえわからない状態であり、さらにはその事に心を痛めていた。

自分が誰かもわからない者が、自分が何のために生きているかなど、知る由もない。

 

「僕は・・・・・・」

 

アキトがギュッと拳を握りしめたのがわかる。

だが、トウヤはそんなことはお構いなしで、さらに言葉を続ける。

 

「お前は、何のためにこの世界に来たんだ?」

 

その問いの意味が、アキトにはわからなかった。

「この世界」という意味がわからなかったのだ。

トウヤはすでに、アキトが別の世界から来た人間だということを知っていた。

アキトが来る前に、同じように女の子が来たので、彼女を彼女の居た世界に戻してあげたのだ。

相変わらずアキトは俯いているので、トウヤは溜息を付く。

 

「いつまで自らの過去を封印しているつもりだ?・・・・・・お前が自分の過去から逃げるのは良い。だが、それにカオリを巻き込むな」

 

トウヤのその言葉に、アキトが震える。

 

「逃げる?」

 

アキトはやっと顔を上げ、トウヤのことを見る。

トウヤは軽く頷き、そして言葉を続けた。

 

「そう、逃げるだ。・・・・・・辛いことがあれば逃げたくなるのは、人間として当たり前だ。だがな・・・・・・お前だけが不幸だとは思わない方が良い」

 

アキトは、トウヤの言葉を黙って聞いている。

トウヤも口調を和らげ、まるでアキトを諭すように話す。

 

「確かに、忘れていたほうが幸せだと思えることが、この世の中には存在する。・・・・・・だがな、本当のところはどうだ?・・・・・・それで本当に幸せなのか?」

 

その問いに、アキトは答えることが出来なかった。

 

「俺はな・・・・・・お前がここに来たのは、何かの導きだと思っている。もちろん俺は神なんぞ信じちゃいないが、それでもお前が俺とカオリの前に来たのは、偶然だとは思っていない」

 

そこまで言って、トウヤはゆっくりと椅子から立ち上がる。

アキトは身動き1つせずに、トウヤのことを見ている。

トウヤはカオリの部屋の前まで行き、そこで振り返りアキトの事を見る。

 

「なあアキト・・・・・・もう逃げるのはよせ。人間、足掻けば何とかなるもんだからよ」

 

そして、トウヤはカオリの部屋の中に消えていった。

アキトはトウヤの後を追うことも出来ずに、ただ1人で立ち尽くしている。

彼の頭の中に、トウヤの言葉が何度も繰り返される。

 

(もう逃げるのはよせ・・・・・・か・・・)

 

アキトは無意識のうちに、自分の首に掛かっているロザリオに触れていた。

心が落ち着く。

何かを、思い出しそうな気がした。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

皆様、長らくお待たせいたしました。

妖精の守護者外伝『The blank of 2years』の第2話、いかがでしたでしょうか。

回想シーンで少しだけですが、皆様お待ちかねのルリが登場しました。

アキトとルリが未だ火星に住んでいたときの、まだ幸せだったときのシーンです。

今回の話しは、何だかアキトが酷いことになってしまいました。

トウヤもかなり怒っているようですし、アキトは次回どうなるのでしょうか。

さて、ここで今回も、主要キャラクターを整理しておきますので、読む際の参考にしてください。

 

テンカワ・アキト・・・・・・・・・主人公。相変わらず記憶喪失で、精神を病んでいる。その戦闘能力は、未だ健在。

カシワギ・トウヤ・・・・・・・・・カオリの父で、某軍隊に所属する戦闘のプロ。ドールプロジェクトの被害者。

カシワギ・カオリ・・・・・・・・・トウヤの義理の娘で、アキトを兄と慕う。その不思議な力に目を付けられ、ドールプロジェクトの犠牲となった。

サエキ・ミカ・・・・・・・・・・・・アキトの主治医で、トウヤの幼なじみ。ちなみに、トウヤとの仲は、カオリも了承済みらしい。

 

ホシノ・ルリ・・・・・・・・・・・・電子の妖精。火星に住んでいた当時は、暇を見つけてはアキトのラーメン屋台を手伝っていた。

ミズハラ・アヤカ・・・・・・・・・・故人。アキトが地球の病院で出逢った少女。死してなお、アキトの事を護っている不思議な存在。

 

皆様、今回のお話はいかがでしたでしょうか。

是非ともご意見、ご感想等をお送りください。

お返事は必ず書かせていただきますので。

それでは、次回をお楽しみに。

 




艦長からのお礼


ああ。

アキトは壊れているところがよく似合う(爆)
ま、こんな感じで5〜60人ばかり殺せばOKでしょうか(なにがOKや)

壊れているキャラほど愛着が湧きますねー。
現実でこんな人には絶対似合いたくはないですが(笑)


さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!

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