帰宅した途端、今日帰国したシンジのことで、アスカから文句と質問を突きつけられ、その上惚気とも、独白ともつかない話を散々聞かされ、ミサトは正直、辟易していた。
だが、少女がふと漏らした言葉が、ミサトの胸を締め付けた。
「・・・・・・あいつが居なくなってから判ったの。あいつが必要だったんだって。でも、あいつの前だと、どうしても素直になれないの」
それは、彼女にも当てはまる言葉。
「・・・・・・素直、か」
呟いて、ミサトは愛車のアクセルを踏み込んだ。
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ホテルの最上階にあるバーラウンジ。
カウンターに座った加持は、シェイカーを振るバーテンダーの肩越しに、復興しつつある第3新東京市の夜景を眺めていた。
時折、思い出したように、手許の琥珀色の液体を口に運ぶ。
不意に、柔らかな香水の匂いが、鼻腔をくすぐった。
「・・・・・・待たせたみたいね」
静かな声と共に、彼の待ち人が、隣のストールに滑り込んだ。
「葛城相手なら、いつまででも待つさ」
加持は、いつもの飄々とした笑みを浮かべて応える。
だが、ミサトは彼を一瞥しただけで、視線を窓ガラスの外に向けた。
「ご注文は?」
音も無く近寄ってきた、初老のバーテンダーが訊く。
「なに飲んでいるの?」
加持を見ようともせず、ミサトは尋ねた。
「ブッシュミルズのブラックブッシュ」
「・・・・・・同じ物をロックで」
「かしこまりました」
バーテンダーが下がると、二人の間に沈黙が降りる。
加持は、ストレートのアイリッシュウイスキーを一口、口に含む。
焼けるように熱い塊が、 喉を駆け抜けて行く感覚が心地よい。
「・・・・・・お待たせしました」
「ありがと」
ミサトは、目の前に置かれたタンブラーを両手で包み込んだ。
それを機に、加持が口を開く。
「・・・・・・久しぶりだな、こうやって飲むのは」
この2年間、ずっと放っておいた。
その前は8年間、連絡を取らなかった。
それでも彼女は、こうして付き合ってくれる。
盛大に文句を言いながらも。
「そうね。どっかの誰かさんは、糸の切れた凧みたいに、ふらふらしてるから」
素っ気無い口調の中に、僅かに痛みの響きを聞き取ったのは、付き合いの長さゆえか。
彼女をどれだけ心配させているか気付いたから、加持は一言だけ応えた。
「済まない」
ミサトはウイスキーを呷ると、ぽつり、と呟いた。
「・・・・・・済まない、ね」
ミサトは、手の中のグラスを弄ぶ。
グラスと氷の触れ合う音が、やけに大きく響いた。
「そう言いながら、また危ない橋渡ろうとしてるくせに」
加持はふっと、ミサトを見た。
遠くを見つめる、硬質な美貌。
「・・・・・・あなたが死んだって、もう泣いてやらないわよ」
その声は、泣いているかのようだった。
「死んだって、絶対に泣いてやらない。あなたなんかより優しくて、お金持ちで、ずーっといい男見つけて、幸せになって、あなたの墓の前で高笑いしてやるんだから」
「・・・・・・それは避けたい事態だな」
その言葉に、ミサトはここに来てから初めて、加持の顔を正面から見た。
見返してくる、真剣な眼差し。
「必ず帰ってくる。君を他のヤツに渡す気はない」
「・・・・・・約束よ」
酷く弱々しい声。
いつになく『女』をさらけだすミサトに、加持は包み込むような笑みを浮かべる。
「ああ」
ミサトは、安堵したように細く息を吐き出した。
「今夜はやけに素直だな」
ミサトは目を伏せる。
「・・・・・・意地張って、二度とあんな思いをしたくないの」
目の前の男が生死不明となったとき、どれほど嘆き、悲しみ、後悔をしたことだろう。
そして、アスカの言葉。
・・・・・・居なくなってから、必要だということが判った・・・・・・
今夜が最後になるとは、絶対に思いたくはなかったが、それでも後悔するような別れ方はしたくなかった。
「済まない」
加持は、カウンターの上に置かれたミサトの手を、そっと握る。
「・・・・・・今夜は謝ってばかりね」
ミサトは顔を上げて、微笑んだ。
「お互いに、らしくないな」
つられるように笑った加持を、女は軽く睨んだ。
「・・・・・・それ、どういう意味?」
いつもの彼女の調子だが、少しだけ拗ねたような台詞。
「感傷的すぎるってことさ」
加持はそう言うと、立ち上がった。
「即物的な俺達に、お似合いな場所へ行こうか」
ほの暗いルームライトが、ベッドの上に横たわる二人の陰影を濃く映し出す。
「・・・・・・私、寝てた?」
「ああ」
ミサトは、加持の胸から気怠げに身を起こした。
加持は、彼女の乱れた髪を手で梳いてやる。
「ずっと起きてたの?」
「君の寝顔に見とれてた」
「・・・・・・バカ」
気障な台詞をあっさりいう男を、女は軽く小突く。
そして、ベッドサイドの時計に目をやった。
「6時、か・・・・・・何時に発つの?」
「10時」
加持の手が、ミサトの頬に触れる。
優しい愛撫に、彼女は目を閉じた。
「・・・・・・もし、何かあったら、ダグを頼れ」
「え?」
思いがけない言葉に、はっとして目を開くと、『コークスクリュー』と呼ばれる男の目があった。
「近いうちに、ゼーレの動きがあるはずだ。それもとびきり大がかりで、手の込んだ仕掛けのやつが」
ミサトの表情が、厳しく引きしまる。
「報告書には書いてなかったわね」
「あくまで俺の予測だからな」
加持は視線を和らげ、苦笑する。
「アスカのそばに『資産』がいるって事以外、何一つ詳しい情報がない。だが、それを俺達に知られたこと事態、意図的なリークだと、俺は思ってる」
「・・・・・・またあの子達を辛い目に遭わせるのね」
ミサトの表情は、苦渋に満ちていた。
「葛城・・・・・・」
労るような声音に、女は一転して微笑んでみせる。
「あの子達は、必ず守るわ」
加持はそっと、彼女の身体を抱き寄せた。
「無茶はするなよ」
「それはお互い様でしょ?」
二人は、顔を見合わせて笑う。
そして、互いの温もりを忘れぬように、再び身体を重ねた。
「・・・・・・必ず帰ってきなさいよ」
「ああ・・・・・・約束だ」
囁きはやがて、熱を帯びた喘ぎに変わった。
え〜こんなもんで如何でしょうか?
なんか、二人とも別人っぽいですけど、最近お子さま相手にしてた所為か、しっとりした大人の風情が書きたくなりまして(笑)
納得行かなかったら済みません
ひとえに筆者の能力不足です
お目汚しで済みませんでした
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