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DUAL MIND  第11話

 

 

 

 

 

「確かに・・・『一尉』のあの戦闘能力はまさに驚異。一体何が彼をあそこまで変えたのか・・・」

 

「2年前、某国で行った非合法破壊活動が原因とも言われていますが・・・」

 

そこで、部屋の中をしばし沈黙が支配する。

彼らの脳裏に『一尉』の圧倒的な戦闘能力が浮かんでいる。

人でありながら人を超えた、圧倒的な力。

 

「・・・まあいい。とにかく彼にはサードの足止めをしてもらう」

 

「ネルフは最近力を強めています。ここらで彼らのあの玩具が何の役にも立たないという事をわからせてやる必要があります」

 

「そのためのサードチルドレンの足止め。ファーストチルドレンだけではあの正体不明の化け物には勝てないだろう」

 

痩身の男はそう言うと、何が面白いのか大声で笑い出す。

そして、それに同調するように他の2人も笑い出す。

彼らには面白くないのだ。

ネルフの決戦兵器のみ敵に有効な攻撃手段で、他の現存する軍事力がまったく役に立たないと思われているのが。

昔から日本を護ってきたとの自負がある彼らには、それは耐え難い屈辱だった。

 

「ネルフめ・・・いい気になるなよ。貴様らの誇っているモノがいかに無力か、それを教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUAL MIND

第11話「一尉」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイジ。

神の力を持つ獣が閉じこめられている檻を、1人の可憐な少女が歩いている。

空色の髪と赤い瞳をもつ少女、綾波レイ。

彼女はいつもの笑顔ではなく、強ばり、明らかに緊張しているとわかるような表情だった。

しばらく歩いた後、一体の獣の前で立ち止まる。

彼女が乗り、そして操ることの出来る神の化身、エヴァンゲリオン試作零号機。

 

「・・・」

 

レイは無言で零号機を見上げている。

彼女はこれから零号機を操り、使徒と一対一の戦いをしなくてはならない。

本来ならば共に戦うはずの碇シンジは、未だにネルフ本部に到着していない。

ミサトが必死に連絡を取ろうとしているのだが、最初の「これからすぐに行きます」との連絡を最後に、音信不通になっていた。

 

「私・・・死んじゃうのかな?」

 

ポツリと呟いた少女は人類の運命を背負うには余りにも幼く、そして繊細すぎた。

ミサト達は忘れていたのだ。

ファーストチルドレンは決して特別な存在ではなく、ただの14歳の少女であるということを。

初陣だから緊張するだろう、などというレベルの話ではない。

ただの少女が謎の化け物と戦うという時点ですでに無理があった。

それを、ミサト達上層部は多少の緊張という形で片付けたのだ。

全ては、サードチルドレンの特殊性からくる誤解の産物だった。

 

「私・・・怖いよ・・・」

 

レイのその心情は彼女がまともな人間だという証明でもあった。

碇シンジは異常だった。

初陣で使徒を平然と処理し、脈拍の乱れさえ見せなかった。

 

「お兄ちゃん・・・」

 

もしシンジと共に戦うのであれば、レイはこれ程恐怖に震えたりしなかっただろう。

もしシンジが側に居たら、レイはこれ程孤独感を覚えなかっただろう。

だが、シンジはレイの側に居ない。

 

「・・・お兄ちゃん、1人はやだよ・・・」

 

戦いの時は、迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃シンジは、ネルフへの緊急連絡通路のR−12区画、第六ゲート付近にいた。

ここから少し行ったところにエレベーターがあり、それを使いネルフ本部へ入ることが可能だった。

だが、シンジは使徒が迫っているこの状況下において、その場から進むことが出来なかった。

前方から感じる強烈なプレッシャーが、彼の足を止めていた。

 

「まいったな。急がなくちゃいけないのに・・・」

 

<シンジ、現在の武装は?>

 

(ナイフ・・・細身の投げナイフが3本だけ)

 

<・・・今度からはちゃんとしたコンバットナイフも持っていろ。それと、ガンは?>

 

(あのね兄さん・・・中学生が銃なんて持てるとでも思ってるの?)

 

<必要があればな・・・>

 

油断なく正面に視線を向けるシンジ。

すると通路の正面から、誰かが歩いてくる足音が聞こえてくる。

そして正面の暗がりから現れたのは、スーツを着た男だった。

身長は180cmほどあるだろか、端正な顔をした30歳ほどの男だった。

 

「お前が・・・サードチルドレンか?」

 

そう言ったスーツの男を、シンジは何も言わずに見据えている。

スーツの男はシンジが動かないので、さらに彼に近付こうとして歩み寄ってくる。

そこでシンジが口を開く。

 

「殺したの?」

 

その一言に、シンジに歩み寄る事を止めるスーツの男。

そして同時に、ゆっくりと通路内に濃厚な死の気配が広がっていく。

恐らく男はこの先でネルフの人間を殺しているのだろう。

鼻を突く血の香りが先程から臭ってきていた。

 

「なるほど・・・。子供だと思っていたがなかなかどうして、やるもんだな」

 

そう言ってスーツの男はにっこり笑った。

今の状況には似合わないとても爽やかな微笑みは、何気なくシンジの心に残る。

 

「僕は先を急いでいるんだけど・・・道をあけてくれませんか?」

 

「・・・駄目だ。お前には少し痛い目にあってもらうう。大丈夫だ・・・殺しはしない。ただの足止めだと思ってくれ」

 

「足止め・・・ね。ついさっき人を殺してきた人間の言葉なんて信じられると思う?」

 

シンジは通路の先から漂ってくる血の臭いに、ずっと前から気付いていた。

それでもシンジがこの通路を選んだのは、障害を排除したほうが他の通路を選ぶよりはるかに早いからである。

だが、予想をはるかに上回る障害の存在にシンジは思いのほか時間をとられていた。

レイのためにも早く本部に行かなくてはならない時に限って、である。

 

「道を開けてくれないのなら、力尽くで通らせてもらい・・・!!」

 

シンジが言葉を切り咄嗟に後ろに跳ぶ。

刹那、男のナイフが先程シンジの居た空間を横凪にする。

常人なら今の一撃で首を切り落とされていただろう。

それほど鋭く、殺意に満ちた一撃だった。

初撃は何とかかわしたシンジだったが・・・。

ドカッ!

 

「グッ!!」

 

頬を殴打されて通路に転がったシンジは、咄嗟に起きあがり敵との間合いをとる。

ナイフはどうやら本命ではなく、その後の拳こそ敵にとっての本命の攻撃だったようだ。

咄嗟に打点を逸らしダメージを減らしたものの、多少は効いてしまったようである。

 

「さすがサードチルドレン・・・。使徒を退けたのはまぐれでは無いようだな」

 

そう言ってゆっくりと歩み出す男。

シンジは敵の初撃も避けたはずなのに、頬がうっすらと切られて血が出ている。

そして、その後の拳での一撃は常人なら昏倒してもおかしくないほどの重みがあった。

シンジの頬が徐々に痛み出してくる。

 

「おじさん・・・ただ者じゃないみたいだね」

 

殴られた頬を自らの右手で撫でていたシンジが、それ程焦った風でもなく言う。

シンジは相手の予想以上の強さに戦慄を覚えていたが、それを顔に出すような真似はしない。

彼はこの状況に置いても、表面上冷静さを保つことが出来た。

だが、シンジはこの時点ですでに気付いていた。

敵が、自分を殺せるだけの手練れだということに。

 

(一瞬でも反応が遅れていたら殺られてたよ)

 

<奴は強い。今のお前には荷が重いかも知れんな>

 

そのリュウヤの言葉にシンジは内心かなり驚いた。

リュウヤが他人のことを『強い』などと表現したことは殆ど無かった。

言ったとしても『今のお前よりは強い』という表現を使っていたのだ。

そのリュウヤがハッキリと『強い』と言ったのだ。

 

(でも・・・・・・逃げることもできそうにないね)

 

シンジは口の中の、血の混じった唾を吐き出し相手に向かって一歩前に歩み出す。

 

「道をあけてくれないのなら相手をさせてもらうよ。迂回するよりその方が時間的に早そうだからね」

 

シンジはそう言って相手の事を見据える。

その余りにも冷静な眼差しに、男・・・『一尉』が生唾を飲み込む。

彼も気付いたのだ。

シンジは彼が今まで戦ってきたどの相手よりも強いであろう事が。

 

「ふふっ、楽しくなりそうだ」

 

一尉が、とても嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルフ本部、発令所。

零号機の初陣を前に、辺りは程良い緊張感に包まれていた。

 

『目標、芦ノ湖上空に侵入しました』

 

『エヴァ零号機、発進準備完了しました』

 

様々な報告が飛び交う中、ミサトがレイに話しかける。

 

「レイ、緊張してる?」

 

『あっ・・・はい、少し』

 

サブモニターに映るレイは、少しだけ緊張した面持ちでミサトを見ている。

ミサトはそんな彼女に優しい笑顔を浮かべながら、手をひらひら振って見せる。

 

「大丈夫よ。あなたは訓練通りやれば必ず勝てるわ。だから肩の力を抜いて、リラックスしなさい」

 

ミサトはそうは言ったものの、レイは未だ緊張しているようだった。

ミサトは今回、第3新東京市の防衛システムを最大限利用しようと考えていた。

零号機は自己の防衛とATフィールドの中和のみに専念し、その間に都市の防衛システムにより敵を殲滅しようと考えていた。

使徒に通常兵器が効かないのはATフィールドがあるからで、それさえなければこの都市の攻撃能力でも充分使徒を殲滅できると考えたのである。

もし、使徒を殲滅できなくても、弱らせその隙に零号機で止めを刺させる事もできる。

 

「レイ、作戦は頭に入っているわね。あなたはATフィールドの中和に専念して」

 

『わかりました・・・あの、お兄ちゃんは?』

 

「シンジ君?あのバカはまだ来てないわよ。まったく、どこほっつき歩いてるのやら」

 

『そう・・・ですか』

 

「大丈夫よ。シンジ君が来たらすぐ出すし、今は使徒を倒すことだけを考えて」

 

『はい、わかりました』

 

この間にも使徒は着実に進行してきている。

そして、ミサトの考えている作戦開始のポイントまで使徒が進行してきた。

レイに一言かけ、そして作戦を開始させる。

 

「エヴァ零号機、発進!!」

 

ミサトが宣言し、零号機が地上に向けて射出された。

そして、ここから悪夢が始まった。

 

「目標内部に高エネルギー反応!」

 

「何ですって!!」

 

オペレーターの言葉を聞いて、一気に騒然となる発令所。

零号機は未だ地上には出ていないのに、使徒が動いた。

使徒は明らかに、ネルフ側の動きを読んでいたのだ。

 

「円周部を加速・・・収束していきます!!」

 

「まさか・・・加粒子砲!?・・・まずい、射出中止!!」

 

「間に合いません!!」

 

マヤの悲痛な叫びと同時に地上に出現する零号機。

次の瞬間、零号機に圧倒的な光の奔流が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急連絡通路。

はじめに動いたのはシンジだった。

無造作ともいえる動きで一尉に接近して、そしてお互いの手が届く位置で足を止めた。

 

「おじさん・・・僕の足止めだなんて誰に頼まれたの?」

 

「フッ・・・言うと思ったか?」

 

「・・・訊いてみただけだよ!!」

 

シンジが拳を繰り出すが、それをほんの一歩だけ下がりかわす一尉。

だが、その隙をついたシンジの中段蹴りが一尉を蹴り飛ばしていた。

相手が常人であれば、今の一撃で全てが終わっていただろう。

だが、一尉は特に効いていないのか、平然と立ち上がる。

 

「・・・良い蹴りだ。だが、相手が悪かったな!」

 

刹那、一尉が動いた。

圧倒的なスピードでシンジとの間合いを詰めると、持っていたナイフで斬りつけてくる。

だが、シンジも冷静だった。

上体を動かしナイフをかわすと、ほんの一歩踏み込み敵の懐に入り込み強烈な突きを放つ。

ズシン!

辺りに重い震脚の音が響き、シンジの拳が男の胸元を捕らえる。

シンジの一撃にはじき飛ばされながらも体勢を崩さず着地した男は、多少驚いたかのようにシンジを見る。

 

「なるほど、上の連中が俺を差し向けるわけだ。・・・サードチルドレン、お前は強すぎる」

 

そう言って打たれた自分の胸元を撫でている敵に、シンジは驚きを隠せない。

先程と同じ、シンジの一撃はクリーンヒットしたはずだった。

彼の拳に残る感触からその事はわかったのだが、男は平然としている。

 

(兄さん・・・様子がおかしいね)

 

<ああ・・・何らかの薬物を使用している可能性もある>

 

シンジの一撃は、彼の身につけている武術の特色上かなりの威力を持っている。

それなのに、男は特に何ともないかのように、再び構えをとる。

シンジの今までの戦いで、ここまで自分の攻撃が効かない敵などいなかったのだ。

一尉の顔に浮かんだ余裕の表情が、シンジの心に警鐘を鳴らしている。

 

「どうした、もっと楽しませてくれ!!」

 

そう言って一尉が接近してくる。

シンジが咄嗟に後ろに下がろうとした瞬間、一尉が持っていたナイフをシンジに向かい投げつけた。

 

「チッ!」

 

シンジは一瞬目を細めると、自らに向かって飛来するナイフの腹を冷静に手の甲で弾く。

だが、そのわずかな動きで出来た隙を、一尉は見逃していなかった。

一尉が今まで以上の速さで跳んだ。

それはすでに人の限界を超えた動きだった。

次の瞬間、反応すら出来なかったシンジは、襟を掴まれて一尉に引き寄せられていた。

ドン!

 

「ガハッ・・・」

 

腹部に衝撃を受けて一瞬意識が飛びそうになるシンジに、ニヤリと笑ってみせる一尉。

 

「まだだ、まだ終わるな!」

 

そう叫びながら一尉は襟を掴んだままシンジを振り上げ、次の瞬間床に叩き付けた。

シンジは何とか頭を庇うものの、全身がバラバラになるかと思うほどの衝撃をうける。

たまらずその場からの逃れるように距離をとるシンジを、ニヤニヤしながら見ている一尉。

 

「クッ・・・なんて力なんだ」

 

腹部を押さえながら、苦しそうに呟くシンジ。

腹部の痛みと全身を襲った衝撃が、男の尋常ではない膂力を表していた。

それだけのダメージを受けて未だ立っているシンジを、感心した様子で見ている一尉。

 

「見かけは細いが・・・なかなか頑丈だな」

 

そう言って、さらに一尉が迫った。

今度もシンジは逃げずに、自ら一尉の懐にはいると、彼の鳩尾に肘打ちを入れた。

だが、男は一歩も後ろに下がらない。

 

「そ、そんな・・・」

 

それは悪夢だった。

シンジ自身、文字通り『必殺』と感じるほどの自らの一撃が、まったく通用していないのだ。

 

「効かんな、サードチルドレン!!」

 

ドン!

一尉の拳を辛うじてブロックするシンジ。

だが、彼の腕が上段の防御にまわったのを一尉は見逃していなかった。

その至近距離から一尉は膝蹴りを繰り出し、それがシンジの腹部に突き刺さる。

 

「グハッ!」

 

シンジの身体が前屈みに折れ曲がるのを、その襟を掴み引き上げる一尉。

そしてシンジの顔をのぞき込み、少しだけ表情を引き締めた。

 

「どうした、サードチルドレン・・・ここで死ぬか?」

 

一尉がそう言った瞬間シンジが身震いし、その雰囲気が変わった。

そして次の瞬間シンジは一尉の腕をとり身体を捻った。

だが、一尉もシンジの思惑を察知してその腕を振りきると距離をとる。

 

「ふふっ・・・油断も隙もない。この腕を折ろうとするとは・・・」

 

一尉は危うく折られそうになった腕をさすりながら言う。

そんな彼を睨み付けるシンジの視線は、先程までの冷静な視線ではなかった。

 

「・・・殺してやるよ・・・」

 

「・・・何?」

 

「ぶっ殺してやるよ・・・おっさん」

 

<あ〜あ・・・シンジの奴キレやがった。敵さんも可哀想に>

 

その時、地響きが聞こえ常人では立っていることも出来ないほどの凄まじい揺れがシンジ達を襲った。

その揺れの瞬間、ほんの一瞬だが男が体勢を崩した。

シンジはその瞬間を逃さず相手の懐に飛び込むと、両掌を突きだし一尉の胸を打った。

ドン!

その衝撃にわずかに後ろに下がった一尉にシンジは追いすがり、両手で一尉の顔を掴み強烈な膝を放ち、同時に一尉の目に親指を突き立てようとする。

 

「眼突きだと!」

 

14歳の少年がそんな事をするとは思っていなかった一尉は驚きの声を上げる。

ドスッ!

咄嗟に顔を振りシンジの親指で目を潰されるのは避けた一尉だが、さすがに膝蹴りを防ぐことは出来なかった。

ほんのわずか前屈みになった一尉の懐にさらに飛び込むシンジ。

 

「速い!!」

 

そう叫んだ瞬間、一尉はシンジの見事なまでの背負い投げで地面に叩き付けられていた。

跳ね起きるようにして咄嗟にシンジから離れた一尉に、一瞬光りが襲いかかった。

それを見てわずかに顔を逸らす一尉。

彼はシンジの投擲したナイフを辛うじてかわしたように見えたが、かわし切れなかったのか頬から鮮血が弾ける。

さらにそこにシンジが迫った。

 

「死ね!」

 

ドン!

震脚の音が辺りに響き、一尉はシンジの掌底をうけ後ろにはじき飛ばされていた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

数秒の沈黙の間、通路にシンジの荒い息だけが響く。

 

「驚いたな・・・」

 

そう言って、一尉がゆっくり立ち上がってきた。

そして、服に付いている埃を払うような仕草をする。

 

「・・・それがお前の本当の実力か?」

 

そう問い掛けてきた一尉にシンジは黙って鋭い視線を向けている。

やがて男がゆっくりと口を開く。

 

「もう少し楽しみたいところだが、どうやら時間が来たようだ。・・・・・・・・・・・・・・・サードチルドレン、また会おう」

 

そう言って、フワッと背後に跳んだ男がそのまま闇にまぎれる。

シンジはそれを呆然と見ながら、1人立ち尽くしていた。

すでに辺りを包んでいた異様な空気も霧散していた。

 

<さてと・・・シンジ、少し深呼吸しろ>

 

リュウヤのその言葉に従い、ゆっくりと深呼吸をするシンジ。

それを何度か繰り返すと、彼の目つきが次第にいつもの柔らかさを取り戻してきた。

 

<どうだ、落ち着いたか?>

 

「あっ・・・うん、ありがとう兄さん」

 

そう言ったシンジの口調はいつもの口調と何ら変わりないものだった。

 

「でも・・・命拾いしたのかな・・・」

 

<ああ・・・今回はただの足止めだったようだからな>

 

シンジはその場にへたり込むと、天井を見ながら溜息を付く。

もし敵がシンジを殺す気でいたのなら、彼の命はなかったのかも知れない。

 

「世の中は広いね・・・。あんな強い人がいるなんて」

 

<ああ・・・あの戦闘能力は大したものだ。だが、キレたお前もなかなか強かったぞ?>

 

「誉められても嬉しくないよ」

 

そう言って肩をすくめてから、ふらつく足でゆっくり立ち上がるシンジ。

だが、全身の痛みと疲労感からすぐに膝をついてしまう。

緊張が切れ、戦いの怪我と疲れが一気に出てしまったのだ。

シンジはそれでも何とか力を振り絞り、自ら気合いを入れて立ち上がると歩き出す。

 

「さて、早いところ初号機に乗らないと・・・レイ1人じゃ使徒と戦えないから」

 

この時シンジは知らなかった。

すでに零号機が使徒に敗北し、レイも危険な状態に陥っていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央病院。

そこの廊下で、1人の少年が黒髪の女性の首を鷲掴みにして壁に押さえつけている。

少年はシンジ、女性はミサトである。

シンジはミサトを睨み付けているが、ミサトは俯いていて彼と視線をあわせない。

 

「・・・もう一度訊きます。なぜ、レイを1人で出したりしたんですか?」

 

わずか14歳の少年とは思えないほどの迫力のある声に、ミサトの身体がわずかに震える。

だが、彼女は何も答えられずにただ俯いていた。

 

「レイを1人で出して使徒に勝てるとでも思いましたか?」

 

レイの、零号機の初陣。

それは出撃わずか数秒で戦闘不能になるという、非常に不名誉な記録を作ってしまった。

零号機の射出完了と同時に使徒は加粒子砲を発射し、その一撃をもって零号機を戦闘不能にしてしまったのだ。

零号機専属パイロットのレイは一時心停止に陥るほど酷い様態だった。

幸い現在は身体に特に問題はなく、一応大事をとって薬で眠らせてある。

 

「どうして僕を待たなかったんですか?」

 

そう言ってミサトを責めながら、シンジは自分がどんなにつまらないことを言っているか理解していた。

ミサトがレイをシンジの到着を待たずして出撃させたのはあながち間違えではない。

シンジは予定の時刻になってもネルフに到着せず、使徒が迫っている本部では悠長にシンジを待っている余裕はなかったのだ。

シンジは遅れた。

だからレイが重傷を負った。

すでに事実は動かすことは出来ず、「もしもあの時」などという過程は無意味以外の何ものでもない。

 

「・・・ごめんなさい、シンジ君」

 

ミサトはただ俯きそう言うだけである。

シンジはしばらくミサトを睨み付けていたが、やがてゆっくり彼女を解放した。

 

「シンジ君?」

 

そう声を掛けるミサトに何も答えずに歩き出すシンジ。

そのシンジの気配の異様さに、すぐにシンジの後を追うミサト。

 

「シンジ君、どこに行くの!」

 

「今すぐ使徒を殺します」

 

「駄目よ!いくらシンジ君でも何の作戦もなしに出たら殺されるわ!それに、そんな身体で満足に戦えると思っているの!?」

 

<・・・そうだな。今回ばかりは葛城君の言うとおりだろうな。冷静さを欠いていて、ついでにさっきの戦いで疲弊しているお前がNo.05に勝てるとは思えないな>

 

ミサトのセリフに珍しく賛成しているリュウヤ。

シンジはレイを傷付けられた事で我を忘れている。

そんな状態では勝てる戦いも勝てなくなってしまうので、リュウヤとしてもシンジを止めるしかないのである。

 

(兄さん・・・でも僕はあの使徒が未だに生きているってだけで吐き気がしてくるよ)

 

<それでも今はやめておけ。まあ、使徒の加粒子砲にあえて撃たれたいという変態趣味の持ち主なら俺は止めないが・・・>

 

リュウヤにそう言われ、さすがに足を止めるシンジ。

シンジとて冷静になれば、相手の戦力とこちらの戦力を客観的に分析できるだけの頭は持っている。

今回の使徒は何の準備もなく向かっていって勝てる相手ではない。

 

<そうそう・・・少しは冷静になることだな>

 

(わかったよ、兄さん)

 

シンジはきびすを返し、再びレイのいる病室に向けて歩き出す。

ミサトは少しの間そんなシンジの背中を黙って見つめていたが、ややあって決意の表情と共に口を開く。

 

「シンジ君!作戦は全て私に任せて!!だから・・・だから今はレイの側にいてあげて!」

 

その言葉に、シンジは振り返ることなく軽く手を上げて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦部ミーティングルーム。

現在この部屋には作戦部長のミサトを始め、作戦部の主だった面々が集結している。

第五使徒ラミエル攻略の作戦を立てているのである。

 

「これまで採取したデータをもとに推測しますと、目標は一定距離内に侵入した外敵を自動的に排除するものだと思われます」

 

日向マコトがそう報告すると、ミサトはシートに座ったまま黙っている。

ただ一点、使徒の映るディスプレイを睨み付けたまま黙って何かを考え込んでいる。

 

「現在の使徒の状況は?」

 

「使徒は現在第3新東京市直上に位置し、直径17.5mのドリルブレードがネルフ本部に対して穿孔中です。後10時間足らずで22層全ての装甲板を貫通するものと予想されます」

 

「猶予は後10時間か・・・キツイわね」

 

そう言ってミサトが手に持っていたペンを口に当てる。

何かを考えている仕草。

ややあって、再びミサトが口を開く。

 

「加粒子砲はどう?隙はありそう?」

 

「命中率は100%。外す気配はまったくありません。それに、あの砲撃を防ぐだけのATフィールドは恐らく初号機でも生み出せないでしょう」

 

そう口を開くメンバーの1人に軽く視線を走らせ、静かに口を開くミサト。

 

「第1射目と2射目にはどれくらいタイムラグがあるの?」

 

「・・・はい、最短で7.542秒です」

 

その言葉を聞いて黙って目を閉じるミサト。

敵の情報を聞けば聞くほど難攻不落の要塞に感じてくる。

 

「確認できている使徒の最大射程を初号機が走破できるまでの時間は?」

 

「サードチルドレンの先日のシンクロ試験の結果から計算しますと10.772秒です」

 

「使徒のもとにたどり着く前に一撃くらって終わるわね。それに、使徒のあの強固なATフィールドを中和できるとも限らない」

 

そう言って天を仰ぐミサト。

ミサトが先にレイにやらせようとした作戦は、根本の部分から問題があった。

使徒のATフィールドが強硬で、それを中和することが難しいのである。

シンジなら望みはあるだろうが、もともとレイ1人では不可能だったのである。

強力なATフィールド、あらゆるものを破壊する加粒子砲、そしてその長大な射程。

使徒のその攻撃システムは完璧と言っていいほどのものだった。

たとえ初号機を突撃させても加粒子砲で狙い撃ちされて終わりだろう。

 

「白旗でもあげますか?」

 

「あら、ナイスアイデアね。・・・でも、それはこの次にしておくわ」

 

日向マコトの軽口にそう応じるとミサトはゆっくりと椅子から立ち上がり、大きな声で宣言する。

 

「技術部に連絡。使徒の加粒子砲を防げる防御壁、ないし装甲板の有無を確認して!それと、日本のどこでも良いわ。超長距離から使徒のATフィールドを貫通できるだけの出力の出せるライフル、ないしそれに相当する兵器を探し出して!!」

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話はお楽しみ頂けたでしょうか。

オリジナルキャラクター『一尉』が登場しました。

本名その他も決めてあるのですが、それはおいおい明らかにしようと思います。

レイは、TV版のシンジのかわりに秒殺されてしまいました。

シンジも今回はキレぎみで危ない少年になってしまいました。

まあ、次回はリターンマッチですのでご期待ください。

さて、今回のお話で感想等ありましたら、是非ともお送りください。

お願い致します。

それでは、次回をお楽しみに。

 




艦長からのお礼


キレたシンちゃん。
いいですねぇ。
出来ればもうちょいキレたまんまでいて欲しかった(笑)

私としてはのほほんとしたシンジもいいですが、キレたシンジの方がビリッときます(笑)

さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!

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