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DUAL MIND  第12話

 

 

 

 

 

「確認できている使徒の最大射程を初号機が走破できるまでの時間は?」

 

「サードチルドレンの先日のシンクロ試験の結果から計算しますと10.772秒です」

 

「使徒のもとにたどり着く前に一撃くらって終わるわね。それに、使徒のあの強固なATフィールドを中和できるとも限らない」

 

そう言って天を仰ぐミサト。

ミサトが先にレイにやらせようとした作戦は、根本の部分から問題があった。

使徒のATフィールドが強硬で、それを中和することが難しいのである。

シンジなら望みはあるだろうが、もともとレイ1人では不可能だったのである。

強力なATフィールド、あらゆるものを破壊する加粒子砲、そしてその長大な射程。

使徒のその攻撃システムは完璧と言っていいほどのものだった。

たとえ初号機を突撃させても加粒子砲で狙い撃ちされて終わりだろう。

 

「白旗でもあげますか?」

 

「あら、ナイスアイデアね。・・・でも、それはこの次にしておくわ」

 

日向マコトの軽口にそう応じるとミサトはゆっくりと椅子から立ち上がり、大きな声で宣言する。

 

「技術部に連絡。使徒の加粒子砲を防げる防御壁、ないし装甲板の有無を確認して!それと、日本のどこでも良いわ。超長距離から使徒のATフィールドを貫通できるだけの出力の出せるライフル、ないしそれに相当する兵器を探し出して!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUAL MIND

第12話「レイの決意」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何年も前の話である。

小学生くらいの少女が膝を抱えて座り込んでいる。

その少女の名前は綾波レイ。

彼女は1人自室に籠もり、ただ黙って部屋のすみを見つめている。

 

『どうしてみんなわたしをいじめるの?』

 

泣きはらした目から、枯れることのない涙が次々と流れ落ちる。

彼女は常に孤独だった。

 

『わたしのおとうさんとおかあさんがいないから?』

 

レイに両親はいない。

彼女を育ててくれるのは親戚のおじさんとおばさん。

その2人はレイのことをとても大切にしてくれるが、それでも彼女はなかなか心を開こうとしない。

そのおじさんとおばさんは彼女を私立の小学校にいれてくれた。

だが、彼女はイジメに遭っていた。

 

『わたしのかみがこんないろだから?』

 

そう言って彼女は自分の空色の髪を指で摘む。

おじさんとおばさんはとても綺麗だと言ってくれるが、レイは自分の髪の色が嫌いでしょうがなかった。

 

『わたしのめがうさぎさんみたいにあかいから?』

 

自分の赤い瞳もレイは嫌いだった。

誰も、自分と同じような瞳の人間などいなかったから。

小学校の同級生、そして近所の子供達がみんなで『ウサギ!』といってレイのことをからかう。

 

『わたしなんて・・・うまれてこなければよかったのに・・・』

 

彼女は毎日部屋で泣いていた。

他人を信じられず、部屋に引きこもり毎日毎日泣いている。

それが、学校から帰って来た後のレイの行動だった。

誰1人信用できない。

皆自分をいじめて喜んでいる。

レイは幼いながらも人生にすでに絶望していた。

そして、救いもなくただ繰り返される日常。

その日もレイは自宅近くの公園でイジメに遭っていた。

 

(もう・・・こんなのいや・・・)

 

為す術もなく、周囲からのイジメにただひたすら耐えるしかなかったレイ。

だが、その日は違った。

いじめられているレイに救いの手を差し伸べてくれる存在がいたのだ。

それが、碇シンジである。

彼はレイをいじめていた子供達を追い払い、優しく手を差し伸べる。

そして、シンジは優しい笑顔を浮かべながら言った。

 

『だいじょうぶだよ、れいちゃんはぼくがまもってあげるから』

 

レイは未だにその時のシンジの瞳が忘れられない。

ルビーのように美しい、赤い瞳。

レイの瞳と同じ、赤い瞳。

シンジに助けられてから、レイは可能な限りシンジの側に居ようとした。

シンジだけが彼女を助けてくれる存在であり、レイにとってシンジはまさに王子様だったのだろう。

やがて時は流れ、いつしか誰もレイの事をいじめなくなっていた。

 

『おにいちゃん!』

 

その頃からレイはシンジのことをお兄ちゃんと呼ぶようになっていた。

シンジの両親にも心を開き、本当の父と母のように慕っていた。

だが、レイは成長していくと共に、あることを感じるようになった。

それはシンジと、その両親であるゲンドウとユイが妙によそよそしいということである。

レイは、ゲンドウとユイの事も、シンジの事も大好きだったので、お互い仲良くして欲しかった。

だが、レイがそう感じるようになった頃には、シンジと両親の溝はもはや修復することが出来ないほど深かくなっていた。

 

『ねえ、みんなでどこか出かけようよ!』

 

レイはそう家族に訴えかけたこともあった。

だが、ゲンドウとユイが一緒に出かける時はシンジは1人どこかへ行ってしまい、逆に2人が出かけられないときはシンジが必ずレイと共にいてくれた。

シンジはレイのことはとても可愛がっていたが、両親とは常に距離をとり、必要最小限しか接触しなかったのだ。

ゲンドウとユイも、そんなシンジにどう接すればいいのかわからず、結局シンジとの溝が深まるばかりだった。

そして、レイが恐れていた日は唐突に訪れた。

学校から戻ったレイが兄の部屋に行くと、そこにシンジはいなかった。

家具などは有り全てがいつもと同じだった。

だが、シンジが毎日欠かすことなく練習していたチェロと、以前2人で遊園地に行った時に撮った写真がどこにもなかったのだ。

そして、その日シンジは家に帰ってこなかった。

 

『お兄ちゃん・・・どこ?』

 

翌日からレイは必死になって兄を捜した。

夜遅くまで、ネルフの保安諜報部が彼女を補導するまでずっと探し続けていた。

それでも、碇シンジは見つからなかった。

シンジはその頃すでに日本にはいなかったのだ。

だが、レイはそんなことはわからない。

来る日も来る日も、彼女はシンジのことを探した。

だが、シンジはいなかった。

 

『お兄ちゃん・・・本当に居なくなっちゃったんだ・・・』

 

その事に気付いてしまったレイの落ち込みかたは、それはもう大変なほどだった。

それをゲンドウとユイは必死に慰め、レイはすぐに落ち込む前の明るいレイに戻った。

やがて3年の月日が経ち、レイは中学生になっていた。

そして彼女はシンジと再会することになる。

彼は成長していた。

シンジは3年ほど親元を離れて何を経験して来たのかはわからないが、確かに見違えるほど成長していた。

それはレイにとって嬉しくもあり、そして寂しくもあった。

 

『私はファーストチルドレン・・・。でも・・・お兄ちゃんの役にも立てない。ただの飾り・・・』

 

起動実験を何回行ったかわからない。

シンジが来てからは起動実験の回数を倍に増やしてもらい、夜も遅くまでがんばっていたレイ。

シンジはサードチルドレンとして初号機を駆り、迫り来る使徒を2体も倒している。

苦しみながら、傷付きながらも倒した。

だが、レイは1人本部の零号機の中で、兄の戦いを見ているだけ。

本来シンジと肩を並べて戦えるはずの彼女が、彼の戦いを黙ってみることしかできない。

大好きな兄が苦しんでいるのに、それを助けることすら出来ない。

 

『私がお兄ちゃんを助ける・・・・・・・私が零号機でお兄ちゃんと一緒に戦う!』

 

その決意のもと、彼女は零号機の起動に成功した。

彼女は零号機も起動できるようになったし、その後の苦しい訓練もこなした。

それも全て、シンジと共に戦うため。

 

『これでお兄ちゃんと戦える・・・・・・・・・これで、お兄ちゃんと一緒に居れる』

 

もう離ればなれになりたくない。

そんな想いがレイを戦いという過酷な世界に引きずり込む。

だが、彼女はそれでも構わなかった。

レイはたとえ自分が死ぬことになったとしても、もう二度と大好きな兄と離ればなれにはなりたくなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・おいてっちゃやだよ・・・」

 

「えっ?」

 

飲み物でも買ってこようと立ち上がったシンジの耳に、レイの呟きが聞こえてきた。

シンジはハッとして振り返りレイの方を向くと、レイが弱々しく手を伸ばしている。

 

「もうやだよ・・・おいてっちゃやだよ・・・」

 

そう言って手を伸ばしてくるレイは、今にも泣きそうな弱々しい表情でシンジのことを見つめている。

シンジは急いでベッドのわきに駆け寄り、レイが伸ばしてきた手を握りしめる。

病的とまでいえるレイの白い腕が余りにも弱々しく、シンジは思わずその手を自分の頬に持っていく。

 

「大丈夫・・・レイのことを置いていったりしないよ」

 

「良かった。お兄ちゃん、また・・・・・・・・・またどこか行っちゃうのかと思った」

 

「どうして?僕がレイのことを置いてどこかに行くわけ無いじゃないか」

 

「だって・・・また3年前みたいに急にいなくなっちゃうかと思って。えへへ・・・」

 

そう言って弱々しく笑うレイを見て、シンジは胸が締め付けられる思いがした。

笑ってはいるが、レイの心は泣いている。

シンジが再び自分から離れていく事を、異常と言えるほど怖がっている。

自分が両親から逃げたことが、これ程レイに寂しい思いをさせていたとは知らなかったのだ。

 

「レイ、大丈夫だよ。今だってこうしてレイの側にいるだろ?」

 

「・・・うん・・・・」

 

シンジの言葉に頷きながら、少しだけ赤くなるレイ。

そんなレイを見ながら優しい笑みを浮かべているシンジ。

そのシンジの笑顔を見ていたレイが、シンジの頬にある腫れに気付いた。

 

「あれ?お兄ちゃん、そのほっぺた・・・どうしたの?」

 

「えっ?ああ、これ?あわててネルフ本部に来たから途中で転んじゃったんだ。僕もドジだよね」

 

「そんなことないよ・・・でも気を付けてね。お兄ちゃんが怪我したら私やだよ」

 

レイは自分が死にかけたというのに、シンジの怪我のことを心配している。

今にも泣きそうな顔をしながら、必死にシンジに訴えかけてくる。

そんな妹が愛おしくなり、シンジは思わずレイを抱きしめたくなってしまった。

だが、何とかその誘惑に耐えて、レイの頭をぽんぽんと手で叩く。

 

「ありがとう、レイ。・・・でも、今は人の心配より自分の心配をしなくちゃ駄目だよ」

 

「うん。ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねえお兄ちゃん・・・私、まだ眠いよ」

 

「・・・そうだね。もう少し寝てたほうがいいよ」

 

そう言ってシンジは、眠そうに欠伸をするレイにゆっくりと手を伸ばしその髪を梳く。

シンジの行為を黙って受け入れるレイは、やがて静かな寝息をたてはじめる。

病室の中に、医療器具の出す無機質な音だけが響いている。

シンジはレイに笑顔を見せているものの、その内心は穏やかではなかった。

シンジがレイを見舞っている今でも、使徒は第3新東京市上空に留まっている。

 

(レイ・・・遅れてごめんね)

 

そう言ってレイの頬をなでるシンジ。

レイはよほど疲れていたのか、まったく起きる気配がない。

 

(あんな所で、邪魔が入るから・・・)

 

悔しそうに唇を噛みしめるシンジ。

彼は、使徒接近という報を受けて急いでネルフに向かったのだが、途中で足止めを受けてしまったのだ。

そのためにネルフ到着が遅れ、結果レイは1人で出撃することになった。

 

<まあ、命があっただけマシだな。レイちゃんも、シンジもな>

 

(うん。・・・でも、次は負けない)

 

先程戦った男の驚異的な戦闘能力と妙に場違いだった爽やかな笑みが、シンジの脳裏に浮かぶ。

シンジをあしらえるほどの実力を持った男。

その男とシンジは、いずれまた戦わなければならないだろう。

 

<シンジ、今はその事を考えるべきではない。まず、目の前の敵を倒すことに集中しろ>

 

(・・・わかったよ、兄さん)

 

リュウヤの言葉に頷いたシンジは、ゆっくりと立ち上がる。

彼はしばらく黙ってレイの寝顔を見ていたが、ややあって病室から出るためにドアの前に歩いていく。

 

「・・・おにいちゃん・・・」

 

ドアから出ていくときに、レイの寝言がシンジの耳に届く。

シンジは一度だけ振り返り、そして笑顔を浮かべて口を開く。

 

「レイ・・・今は・・・・・・今はゆっくり休んでね」

 

そして、シンジは病室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂。

少しお腹がすいたので1人ラーメンを食べているシンジ。

そのシンジの前に、右手にコーヒーの入ったカップを持った金髪の美女が立つ。

赤木リツコである。

 

「シンジ君、少し良いかしら?」

 

「リツコ姉さん・・・別に構いませんが、もう少しだけ待っててくれませんか?」

 

シンジのその言葉に、向かいの椅子に腰を下ろすリツコ。

シンジはチラリとリツコの方を見ただけで、後は黙ってラーメンを食べている。

リツコは黙って持ってきたコーヒーをすすっている。

しばらくしてラーメンを食べ終わると、そこで初めてリツコと視線をあわせる。

 

「シンジ君、あなたその頬の腫れはどうしたの?」

 

「・・・これですか?転んでタンスの角にぶつけた・・・じゃ駄目ですか?」

 

そう言ったシンジを、キッと睨み付けるリツコ。

その視線があまりにも厳しかったので、さすがのシンジもそれ以上軽口を叩くのを止めた。

 

「襲われました。どこの誰だかわかりませんが、どうやら僕がネルフに行くのを足止めに来たようです」

 

「それで、相手は何か言っていたの?」

 

「ええ・・・『殺しはしない。ただの足止めだと思ってくれ』って言っていましたよ」

 

シンジはそう言いながら、知らず知らずのうちに自らの頬を触っていた。

敵の一撃を受け、醜く腫れあがっている頬に鈍い痛みが走る。

 

「・・・あなたを足止め出来るほどの手練れだった・・・という事?」

 

「いえ、僕を簡単に殺すことの出来るほどの・・・ですよ」

 

シンジの言葉に、信じられないという顔をするリツコ。

碇シンジがプロの軍人と戦っても引けを取らないことはリツコも知っている。

 

(シンジ君を簡単に殺すことが出来る相手・・・・・・そんなの居るの?)

 

リツコがそんなことを考えていると、シンジが再び口を開く。

 

「大丈夫です。次に会ったときは負けませんよ」

 

そう言ってにっこり笑うシンジに、リツコは安心してしまった。

シンジが勝算がないのに『負けない』などと口にするはずがないと、リツコは思っていたのだ。

だが、実際のところシンジに勝算は何一つ無かった。

ただ、本当のことを言うとリツコが心配するだろうから嘘をついただけのことだった。

 

「それよりリツコ姉さん。ミサトさん・・・随分大胆な作戦を立てましたね」

 

「そうね。超長距離からの狙撃でATフィールドごと使徒を貫くだなんて、まともな考えじゃないわね」

 

そう言って苦笑いするリツコ。

リツコ自身も、ミサトがまさかそんな作戦を立てるとは思わなかった。

だが、突飛ではあるが成功率も高い作戦である。

どうやらミサトの作戦立案能力は、常識で計ることは不可能なようである。

 

「高エネルギー集中帯による一点突破により、ATフィールドを中和せずに目標を破壊。突き破れなければ、突き破れるだけの力をぶつければいい。単純ですがとても理論的ですよ」

 

「でもね、使徒のATフィールドを貫くほどの大出力を出すのに、どれだけの電力が必要かわかる?」

 

「ええ。何でも日本国内総電力を徴発したらしいですね。それよりも、よくそんな大出力に耐えられるライフルがありましたね。さすがリツコ姉さん」

 

そう言ったシンジに、少しだけ申し訳なさそうな顔をするリツコ。

その表情を見たシンジが、『あれ?』といった顔をする。

 

「誉めてくれるのは嬉しいけれど、残念ながらこれは私達ネルフのものではないわ」

 

「・・・ネルフの物ではない?それじゃあ・・・」

 

「戦略自衛隊が提供してくれたのよ」

 

リツコのその言葉に、シンジはスウッと目を細めると、腕を組み何かを考えるような素振りを見せる。

リツコが黙って見つめていると、シンジはしばらくして口を開いた。

 

「戦自か・・・。なるほどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

シンジ達は、双子山と呼ばれる山の麓にいた。

今回この双子山から使徒に対しての狙撃を行おうとしていたのだ。

 

「2人とも作戦の概要は頭に入っていると思うけれど、これからする説明を良く聞いてね」

 

ミサトはそう言ってシンジとレイを交互に見る。

シンジは鋭い眼差しでミサトを見返し、レイは少し気負ったように頷く。

 

「あそこのあるのが今回使用するポジトロン・ライフル。戦略自衛隊から提供してもらったわ。計算上ではこの超長距離からでも充分使徒のATフィールドを貫くことが出来るわ」

 

そう言って側にある巨大なライフルを見上げるミサト。

レイも同じようにそのライフルを見上げ、「大きいね」とシンジに話しかけている。

シンジはレイの言葉に頷きながらも、黙ってミサトを見ている。

しばらくして視線を戻したミサトが口を開く。

 

「一応防御の事も考えて盾を用意したわ。リツコ、説明お願い」

 

ミサトの言葉を受けて、彼女の横に立って書類を見ていたリツコが一歩前に出る。

 

「急ごしらえで悪けれども、SSTOの底部を盾として用意したわ。これは超電磁コーティングされているので、使徒のあの加粒子砲にも連続17秒は耐えられるわ」

 

リツコの言葉に頷いているシンジ。

彼は、リツコの言うことならほとんどを信じるのだろう。

 

「それじゃあ、シンジ君は初号機で砲手を担当。レイは零号機で防御を担当して。・・・で、何か質問ある?」

 

「僕が砲手の理由は?・・・まあ、大体察しはつきますけど・・・」

 

ミサトの言葉に短く質問するシンジ。

シンジの視線の鋭さに一瞬言葉につまるが、すぐにシンジに対して説明を行うミサト。

 

「理由はまず、シンジ君と初号機の方がレイと零号機よりシンクロ率が高いからよ。今回はより精度の高いオペレーションが必要なの。それともう一つ、あなたの方が銃器の扱いになれているから、狙撃の際の集中力がレイより優れているはずなのよ」

 

そう言ってシンジを睨み付けるミサトに、シンジは一言「わかりました」とだけ答えた。

そして、シンジは視線をリツコに向ける。

 

「リツコ姉さん、陽電子は地球の自転とかの影響で直進しなかったはずだけど、それで発生した誤差の修正はどうなってるの?」

 

「大丈夫よ。その辺りの修正はすべてこちらでするわ。あなたはロックオンする事だけを考えてくれればいいわ。それと、第二射を放つまでに時間がかかるから、可能な限り第一射で使徒を倒してちょうだい」

 

「わかりました。任せてください」

 

そう言ってリツコに微笑むシンジ。

リツコはそのシンジの笑顔を見て、今回の作戦の成功と戦いの勝利を確信した。

 

「それじゃあ、時間だから2人とも準備して」

 

そう言ったミサトに頷くと、シンジは身を翻し初号機に向かう。

 

「あっ!待ってよお兄ちゃん!!」

 

そう叫びながら、レイは急いでシンジの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双子山の仮設基地の脇に、初号機と零号機が待機している。

そして、作戦開始を前に、シンジとレイはエヴァに乗り込むための足場に並んで座っていた。

その2人の目の前で、街の明かりが次々と消えていく。

今回の作戦でネルフは日本中の電力を徴発したので、現在日本全国は停電している。

 

「お兄ちゃん、明かり消えちゃったね」

 

「うん。日本中が停電しているみたいだからね」

 

そう言った2人を照らし出しているのは、淡い月明かりだけだった。

天空に昇る美しい満月に照らされる2人は、寄り添った恋人同士のように見える。

だが、本人達にはまったくその意識はない。

あくまで、兄と妹。

 

「ねえお兄ちゃん」

 

「ん?どうしたんだい、レイ?」

 

そう言ってレイの方に顔を向けるシンジ。

その彼の目に飛び込んできたのは、今にも泣きそうなレイの表情だった。

 

「私・・・役に立つのかな?」

 

「えっ?」

 

「私、お兄ちゃんみたいに強くないし、この前もすぐ負けちゃって・・・お兄ちゃんの足手まといになるんじゃないかなって・・・」

 

そして、レイは俯いてしまった。

彼女は先の敗北で、完全に自信というものをなくしてしまっていたのだ。

シンジが黙ってレイの頭をぽんぽんと叩いてやると、レイは顔を上げてシンジの方を見る。

 

「でも、でもね・・・私はお兄ちゃんと一緒に居たいよ。・・・お兄ちゃんと一緒に戦いたいよ!」

 

そう言ってシンジに縋り付いてきたレイは、震えていた。

この少女は、何よりも1人になることを怖がっていたのだ。

シンジは、そんな彼女の恐怖を少しでも和らげるかのように、そっと抱きしめる。

レイも、シンジに温もりを求めるかのように力一杯抱き付いていた。

一分ほどそうしていただろうか。

レイの震えが収まったのを見計らって、シンジがそっとレイを離す。

そして、何故か頬を赤らめているレイの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「レイ、大丈夫だよ。レイが足手まといになるなんて絶対にないよ」

 

「でも、私簡単に負けちゃったよ?」

 

レイは、シンジの言葉に『信じられない』という様な顔をする。

だが、シンジはさらに言葉を続ける。

 

「データは見たよ。あの一瞬で使徒の加粒子砲を避けようとしたレイの反射神経は大したものだよ。もっと自信を持たなきゃ」

 

そう、レイは使徒の加粒子砲が発射されたとき、それを避けようとしたのだ。

前回の戦いで、使徒の加粒子砲は兵装ビルを突き破り、その先にいた零号機を破壊した。

だが、実はレイは加粒子砲が兵装ビルを突き破ろうとした一瞬、兵装ビルの表面に発生した異常を瞬時に見極め回避行動をとろうとしたのだ。

結局、零号機自体が射出口に固定されていたのでかわすことが出来ずに敗北したが、シンジはレイの能力を高く評価していた。

 

「ホントに?」

 

レイの表情が明るくなり、その瞳に希望の光りが宿る。

そんな彼女にシンジはクスッと笑う。

 

「うん。それともレイは、僕が嘘をついていると思うの?僕が、レイに嘘をついた事なんてあった?」

 

「ある・・・お兄ちゃんは昔、『ずっと護る』って言ったのに急にいなくなった」

 

その一言で、一瞬シンジの笑顔が固まったことにレイは気付かなかった。

 

<無様だな>

 

(うっ、うるさいよ兄さん!)

 

シンジは心の中でそう叫びながらも、レイには優しい笑顔を見せている。

ある意味凄い少年である。

 

「・・・確かに一度は離れちゃったけど・・・それでも、今はレイの側にいる。それじゃあ駄目かな?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ううん、それで良い・・・」

 

レイはそう言ってシンジに身体を預けるようにして寄り掛かり、黙って空に浮かぶ月を見つめる。

シンジも何も言わずに、黙って月を見ている。

2人とも言葉はなかった。

お互いに、作戦開始の時間まで何も話さなくても良いと思っていた。

ただ2人でこうしていることが、お互いにとって最良の時のように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦開始!!」

 

日本標準時、0時00分00秒。

双子山仮設基地内でミサトが作戦の開始を宣言した。

 

「第一次接続開始!」

 

周囲からポジトロン・ライフルへのエネルギー供給のプロセスの報告が上がる。

シンジの乗り込む初号機は腹這いになり、長大なポジトロン・ライフルを構えて狙撃命令が下るのを待っている。

レイの乗り込む零号機はその斜め後方に位置し盾を構え、何かあればすぐ初号機を護ることが出来るように待機している。

使徒は、まだ動かない。

 

「シンジ君、レイ・・・・・・すべてをあなた達に託すわ」

 

指揮所のミサトが、ポップアップウィンドウに映るシンジとレイに声を掛ける。

 

『が、がんばります!』

 

そう答えたのは少し緊張気味のレイ。

だが、シンジは何も答えずに、黙って使徒のことを見据えていた。

その間にも、着々と発射準備を整えていくポジトロンライフル。

 

「第三次接続問題なし!!」

 

「最終安全装置解除!!撃鉄起こして!!」

 

ミサトの言葉と同時に、初号機はボルトハンドルを引き、ポジトロン・ライフルにヒューズを装填する。

シンジはただ作業をするだけで、先程から一言も話さない。

 

「まったく、いつ見ても驚くわ。あのシンジ君は落ち着きようは・・・」

 

ミサトが、チルドレンの情報が表示されているモニターを見ながら言う。

レイは少々血圧と脈拍が上がっているだけで、特に問題はない。

だが、シンジは少し異常である。

血圧、脈拍正常。

もしかしたら、それこそがシンジの最大の武器なのかも知れない。

全ての感情を押さえ込むことが出来る、氷の意思。

余談だが、この時実際のシンジの心は、使徒への殺意で満ちあふれていた。

妹を傷付けた使徒。

シンジにその存在を許せるはずがなかった。

だが彼は、心の中に渦巻く殺意を氷の意思で押さえつけて、後はただ使徒を殺せる瞬間を待っている。

ジッと息を潜め、闇にまぎれ、獲物を狩るときをただひたすら待っていた。

 

「目標内部に高エネルギー反応!」

 

マヤの報告に、ミサトがハッとして作戦フェイズの確認を行う。

現在、第六次接続が終了した段階だ。

 

「まずい、早すぎる!!最終接続急いで!!」

 

「了解、第七次最終接続開始。全エネルギー、ポジトロン・ライフルへ!」

 

「レイ、お願い!!」

 

ミサトが咄嗟に言った不明瞭な命令に、レイは驚くほどよく反応した。

一瞬にしてシンジの正面に立つと、片膝をつき盾を構えた。

次の瞬間、光の奔流が初号機と零号機に襲いかかった。

ドーン!!

 

『くぅぅぅ・・・』

 

余りの衝撃にレイが洩らしたうめき声が、指揮所にも聞こえてきた。

盾で防いではいるのだが、使徒の加粒子砲の威力は想像を絶していた。

零号機に乗っているレイにとっては、永遠と言っても良いほど長い時間だったのだろう。

 

『レイ、がんばって・・・。あと、5秒で止むから』

 

先程からずっと無言だったシンジが、状況にはそぐわないとても冷静な声でレイを励ます。

 

『うん、お兄ちゃん!私がんばる!!』

 

そう言って答えるレイが、零号機を一歩前に踏み出させる。

実は指揮所にも、シンジの冷静な言葉は届いていた。

そして、シンジの言葉通り、使徒の加粒子砲はそれから5秒で止んでしまったのだ。

零号機はなんとか使徒の加粒子砲をしのいだが、その手にある盾はすでに原形をとどめていなかった。

 

「第一射目、防ぎきりました。シールド、第一射目で8割方が融解!ほとんど防御能力がありません!」

 

「目標内部に高エネルギー反応!円周部を加速、収束していきます!」

 

マコトとマヤの報告を聞き、ミサトが唇を咬む。

敵に発見されるのが早すぎた。

 

「発射まで後10秒・・・駄目です!使徒より5秒遅れます!!」

 

その報告を受けたとき、ミサトの顔が歪む。

使徒の方が一足早く第2射を放つことが出来る。

だが、使徒の加粒子砲を防ぐ事の出来る盾は、後2、3秒程しか保たない。

 

「2人とも、すぐにそこから逃げなさい!!」

 

ミサトが必死になってそう叫ぶが、レイもシンジも何も答えない。

零号機はジッと初号機の前に佇み、溶けかけた盾を構えている。

初号機もライフルを構え、ジッとその場を動かない。

 

「初号機のシンクロ率、急激に上昇中。・・・・・・68.4%で安定」

 

マヤが驚きの声をあげる。

照準が、物凄い速度であわさっていく。

 

『レイ・・・2秒だけお願い』

 

『わかった、お兄ちゃん』

 

レイは多少緊張しているのだろうが、それでもしっかりとした声で答えた。

共にいるという安心感、そして共に戦えるという充実感。

その二つが、本来戦いを好まない優しい少女に勇気を与えていた。

 

『お兄ちゃんは私が護るの!!』

 

レイが叫んだ瞬間、使徒が第2射目を放ち、光の奔流が再び初号機と零号機に対して襲いかかった。

光りが弾け、零号機が加粒子砲を受け止めた。

全身に力を込め、必死に使徒の加粒子砲から初号機を護る。

たったの2秒間が、レイには永遠に感じた。

だが、その永遠を破ったのは1人の少年の言葉だった。

 

『死ね』

 

全てを凍り付かせるほどの冷たさの言葉と共に、初号機がライフルのトリガーを引き絞った。

運命の一弾が、一直線に使徒に向かっていき、そして貫いた。

ドグォン!!

使徒は内部から爆発し、そして炎と煙を上げながら倒れていく。

 

「やった!!」

 

「わずか2秒で使徒の加粒子砲との干渉の誤差を修正してライフルを撃つなんて・・・さすがシンジ君ね」

 

ミサトが拳を振り上げて声を上げ、リツコも笑顔を隠すことなく口を開く。

指揮所が一瞬にして歓声に包まれる。

 

「使徒沈黙。ネルフ本部直上に接近していたブレードの停止も確認しました」

 

「よし、作戦終了!!みんなお疲れさま」

 

ミサトがそう宣言し、戦いの幕は下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンジとレイは共にエヴァから降り、なぎ倒された木の幹に腰を下ろして寄り添って月を見ている。

ネルフの者達が迎えにくるまでの、そんなわずかな時間。

 

「お疲れさま、レイ。ごめんね、危ないこと頼んで・・・」

 

「ううん。役に立ててよかった」

 

レイがとても嬉しそうに言うので、シンジも笑顔を浮かべる。

妹の笑顔は、シンジにとって掛け替えのない宝物と言ってもよかった。

 

「言ったよね?レイは足手まといじゃないって」

 

そう言ってレイの頭を撫でると、彼女は頬を赤く染めながらも、そのままシンジにもたれ掛かる。

シンジは黙ってレイのことを片手で抱きしめると、天に浮かぶ月をジッと見つめる。

しばらくしてシンジは、自分に寄り掛かるようにしていたレイが寝息を立てている事に気付いた。

レイはシンジの温もりで安心したらしく、シンジに対して可愛らしい寝顔を見せている。

その寝顔に、シンジの心も温かくなる。

心の中に渦巻いていた殺意も、使徒を倒した今では跡形も無く消えていた。

 

<・・・まったく、大した娘だな。あれだけの局面で取り乱しもしないとは・・・>

 

リュウヤの称賛を聞き頷くと、ゆっくりと視線を月に戻すシンジ。

月は、作戦開始前にレイと共に見た月と何一つ変わらない。

淡い月明かりが、シンジとレイを幻想的に照らしだしている。

その美しい月を見上げながら、シンジは一言だけ呟いた。

 

「ありがとうレイ」

 

そう言って見つめたレイの寝顔は、とても幸せそうだった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話、いかがでしたでしょうか。

初めて初号機と零号機が肩を並べて戦いました。

今回、レイはがんばりました。

いつもは役立たずのミサトさんも、今回は少し活躍しました。

シンジ1人で出来ることは、さすがに限界がありますから。

さて、何か感想などありましたら是非お送り下さい。

よろしくお願い致します。

それでは、次回をお楽しみに。

 




艦長からのお礼


珍しい。
非常に珍しい。
起伏が少ない。
なんの起伏か?
シンジの感情かミサトのバカっぷりlかはともかく。
次回に期待しましょう(なにを!?)


さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!

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