TOPへ/第2書庫へ/「木馬」艦橋へ












DUAL MIND  第14話

 

 

 

 

 

「ねえ、兄さん」

 

唐突に口を開くシンジ。

 

<何だ?>

 

「セカンドってどんな子なんだろう」

 

<なんだいきなり?・・・・・・そう言えば他のチルドレンの事は一度も調べたことがなかったな>

 

さすがのリュウヤもセカンドチルドレンの事は全く知らないらしい。

 

「まあ、会えばわかるよね?」

 

そう言ってシンジはその場で一回伸びをすると、側にあったベンチに身体を横たえる。

星空が、広がっていた。

日頃の殺伐とした生活を忘れさせてくれる、そんな美しい星空。

 

「セカンドが来て、こちらの戦力はますます上がることになる。そうしたら、僕たちは生き延びる事が出来るのかな?それともやっぱり、滅びの道を歩むのかな?」

 

<さあな>

 

シンジはしばらく空を見上げていたが、やがてゆっくりと立ち上がる。

 

「明日はセカンドのお迎えか・・・。一緒にやっていく仲間だから、いい人だと良いな」

 

<・・・そうだな・・・>

 

そして、シンジはリツコとマナの待つマンションに向かって歩き出す。

運命の再会、その前夜のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUAL MIND

第14話「運命の再会」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンちゃん、アレよ」

 

ここはヘリコプターの中。

見下ろせば大海原が続いており、ミサトとシンジの視線の先に何隻もの船が見える。

民間船ではなく武装された艦隊の中、一際目を引く空母がある。

オーバー・ザ・レインボー。

そこに、セカンドチルドレンが乗艦している。

 

「あんなのがまだ浮いているんですね。博物館に来たみたいですよ」

 

セカンドインパクト前に活躍した空母は、シンジの世代から見たら骨董品のように見えるのだろう。

シンジの言葉に、さすがのミサトも苦笑いしている。

 

「それでミサトさん。あれにセカンドが乗っているんですか?」

 

「そうよ。シンちゃん期待して良いわよ。スッゴイ美少女だから」

 

「ふーん」

 

シンジまるで興味がないのか、気の抜けた返事だけを返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれにサードが乗ってるのね」

 

1人の金髪の少女が、遠くから来るヘリコプターの機体を見ながら言う。

彼女の名は、惣流・アスカ・ラングレー。

そして彼女の隣に年の頃は20代後半か、髪を後ろでまとめている優男が立っている。

加持リョウジ。

無精髭が何とも言えない雰囲気を醸し出している。

 

「ああ、サードチルドレンは男の子だそうだ。それに、かなりのハンサムらしいぞ」

 

アスカが同年代の男に興味を示さないことを知っている加持。

だからあえて言ってみる。

 

「あたしは興味ないわ。あたしは・・・」

 

いつものアスカなら『ガキに興味はない』というのだが、今回は何故か切なげに呟く。

そんなアスカを見て加持がからかうように言う。

 

「おや、もしかしてアスカ。もう心に決めた人でもいるのか?」

 

その言葉を聞いて、赤くなるアスカ。

そんな彼女を目の当たりにして、加持は内心動揺してしまった。

 

(おいおい・・・本当か?あのアスカが・・・)

 

彼は、この自分の妹のような少女が、こんなに顔を赤くしているところなど見たことが無かった。

余りの事に言葉を失っている加持に、何かを決心したかように向き合うアスカ。

 

「加持さんには・・・・・・話しておこうかな」

 

そう言ってから、再び顔を赤らめモジモジしているアスカ。

一瞬唖然とする加持だが、そこは大人の男、すぐに立ち直ると優しげな微笑みを浮かべた。

その笑顔を確認し、アスカは頷く。

 

「あのね、1年前なんだけど。加持さんがガードから外れてるときに・・・」

 

少女はその大切な想いを、ゆっくりと語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年前、ドイツ。

その日アスカは特にする事もなく、1人で街をふらついていた。

家にいてもネルフに監視されているだけなので、監視兼護衛の人間達に黙って家を抜け出してきたのだ。

間抜けな監視役は、まだ家を監視しているだろう。

 

『これからどうしようかな』

 

そう言いながら街を歩くアスカ。

誰にも監視されずに街をに歩くなど久しぶりのことである。

特に何かを買うというわけではないが、色々な店を覗いたりしているアスカ。

だが、やがてそれにも飽きてしまい、散歩がてら公園に向かう。

公園にいたるその途中の道で、見知った顔に出会った。

 

(嫌な奴にあっちゃった)

 

アスカはそれ以外の感想を持たなかった。

 

『おやおや?これは天才のアスカちゃんじゃないか。今日はお勉強してなくて良いのか?』

 

そう言って連れの3人と笑い声をあげる男が、アスカは嫌いだった。

その男とアスカは同じ大学に通っているのだが、彼は事あるごとにアスカに絡んでくる。

人間としての器は非常に小さいのだが、態度だけは人一倍大きい。

格闘技の腕はかなりのものらしく、さらには彼の父親もそれなりの権力者らしい。

結局、傷害事件ともみ消しを繰り返している男である。

 

『どいて、通れないでしょ!』

 

そう言うアスカの行く手を塞ぐように立っている男達。

 

『つれないな。これからデートしょうぜ』

 

いやらしく笑いながら言う男。

それを聞いて、まるで小馬鹿にするかのように鼻で笑うアスカ。

 

『いやよ、アンタなんかとデートするほど安っぽい女じゃないわ』

 

『へえ・・・言ってくれるね』

 

そう言って、アスカに詰め寄っていく男達。

 

『近寄らないで!』

 

アスカの身体に悪寒が走る。

彼女は、その男に関する危険なうわさも聞いていた。

その男は、大人の女性にではなく、まだ少女というような年齢の女性にしか興味がないらしいのだ。

その事を考えると、彼にとってアスカは、まさに理想的な獲物だった。

近付いてきた男に、アスカは咄嗟に蹴りを放つが、それは男に難なく防がれてしまう。

 

『いたずらっ子にはお仕置きしないとな』

 

そう言ってニヤリと笑った男は、アスカを路地裏に引きずり込もうとする。

 

『ちょっと、なにすんのよ。放して!』

 

ジタバタと暴れるアスカだが、所詮男の力にかなうはずがない。

 

『ちょっと・・・誰か・・・』

 

そう言ったが、人々は遠巻きにその様子を見ているだけ。

誰も助けようとはしない。

誰もが、こんな厄介ごとに巻き込まれたくないのだ。

その内に、アスカは廃墟になっているビルにつれて行かれる。

そして、その中に入った途端、その男がアスカに覆い被さってくる。

 

『お前は前から気に入らなかったんだよ!幸い今日はいつものボディーガードも居ないようだし。たっぷり躾けてやる!』

 

そう言って、アスカの服に手をかける男。

手足も残り3人に押さえつけられていて、1人ではどうすることもできないアスカ。

いかに気丈な彼女といえども、今の状況がどれだけ危険かはわかった。

 

『や、やだよ。助けて、お願い・・・やめて、ねえ』

 

弱々しい声を出すアスカを見て、恍惚とした表情を浮かべる男。

まだ子供のアスカを組み敷いて喜んでいる・・・その表情は醜いとしか言いようがない。

 

『へへっ、普段生意気なガキが泣き入れるのはいつ見ても最高だな』

 

ビリビリビリ!

男は一気にアスカの服を引き裂く。

 

『や、やだ・・・助けて!』

 

『こんな所には誰も来ねーぜ。なーに、すぐに気持ちよくしてやるよ』

 

『誰か助けて!加持さん!加持さん、助けて!!』

 

『誰もこねーていってんだろ!』

 

パン!

男がアスカの頬を男が平手打ちする。

頬の痛みとショックに、一瞬言葉を失うアスカ。

彼女は、男の目を見る。

そこにあるのは狂気。

男はそのまま両手をアスカの首に持っていき、口元を歪めて笑う。

 

『へっ、そうやって大人しくしてりゃいいんだよ。次騒いだら、この首へし折るぞ!』

 

男の言葉にアスカが震えた。

一瞬、彼女の脳裏をよぎるおぞましい記憶。

自分の母親の笑顔。

母親が笑いながら、自分の首を絞めてくる光景。

その母の瞳に宿っていたのも、狂気。

 

『イッ・・・・・・・・・イヤー!!』

 

『チッ・・・このガキが!!』

 

急に狂ったように暴れ出したアスカ。

そんな彼女を大人しくさせようと、男が片手をあげて再び殴ろうとしたまさにその時。

 

『何をしてるの?』

 

いきなり、男達の背後にある入り口の方から声がかかる。

不思議なほど澄んだ声。

そのとても澄んだ、美しい声を聞いて、半狂乱だったアスカも大人しくなり入り口の方に目をやる。

そこには、1人の少年が居た。

 

『なんだテメーは!』

 

『う〜ん。敢えて言うなら迷子なんだけどね』

 

少年の口からは、それ程流暢ではないがドイツ語が紡がれる。

 

『迷子だと?・・・・・・テメエ、良いところを邪魔しやがって!』

 

そう言ってアスカを放すと立ち上がる男たち。

だが、少年はそんなことはお構いなしにアスカに話しかける。

 

『大丈夫?』

 

アスカは、ショックの為か返事をすることが出来ないが、それでも何とか頷く。

彼女が頷くのを見て、少年は優しく微笑んだ。

 

『そう、良かった』

 

そう言った彼の笑顔に、アスカは自分の置かれた状況も忘れて見とれてしまった。

 

『こ・・・このガキが!』

 

男達の1人が少年に襲いかかった。

だが、少年は慌てることなく、男が繰り出した拳を僅かに体を動かしてかわす。

そして同時に男の腕を取り極めると、少年は何の躊躇も無くへし折った。

 

『ギャー』

 

情けない叫び声を上げながらのたうつ男を、つまらなそうに見る少年。

それは余りにも不自然な光景だった。

まだ年端もいかない少年が、大学生である男の腕をいとも簡単にへし折ったのだ。

少年は、軽く髪を掻き上げると他の男達に視線を向ける。

 

『もうすぐ警察が来ると思うから、逃げた方が良いんじゃない?』

 

『へっ、なんだそりゃ?そんなのでビビる俺達じゃないぜ』

 

『あいにくと、俺のおやじは警察にも顔が利くんでね・・・もみ消しなんて簡単なんだよ』

 

男達のそのセリフを聞いて、少し困ったような顔をする少年。

 

『・・・どうしようか、兄さん』

 

そう言った少年の言葉は、アスカにしか理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・どうしようか、兄さん』

 

そう日本語で呟く少年・・・碇シンジ。

当然ながら、警察が来るなどということは、ハッタリで言っただけだった。

すると彼の頭の中に、彼が最も信頼している男、リュウヤの声が聞こえてきた。

 

<殺せ。以上>

 

『・・・・・・・・・・・・・・・以上って、あのね・・・駄目だよ、人を殺したら』

 

そう言うシンジ。

余談だが、彼はこの当時、まだ人を殺してはいない。

それ故、人を殺すということは、彼にとってはそれなりの禁忌であった。

 

<・・・まあ、好きにすると良い。お前のその甘ちゃんな考えは今に始まった事じゃないしな・・・>

 

『ごめんね兄さん。でも、人殺しだけは駄目だよ』

 

そう言ってシンジは男達から視線を逸らし、壁に身を寄せて震えている少女を見る。

その時、少女と視線があったので、彼はとりあえず微笑んでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(日本語?何を言っているかはよく聞こえなかったけど、確かに日本語だった)

 

少し冷静さを取り戻したアスカは、そこにいる少年に注目していた。

身長は同じ年の少年の平均値より少し高めだろうか。

可愛いと言える顔立ちだが、彼は男の腕を極め、そして躊躇無くそれを折る冷酷さをもっていた。

ちょうどその時、少年がアスカの方に視線を向けてきた。

少年はアスカと視線が合うと、優しい微笑みを浮かべた。

ドキッ!

少年の優しい微笑みから、アスカは視線を逸らすことが出来なくなっていた。

 

(や、やだ。・・・なんかドキドキしてる)

 

惣流・アスカ・ラングレー。

恋する女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何ブツブツ言ってんだよ!』

 

そう言ってシンジに襲いかかる男達は、もっと早くに気付くべきだった。

彼らの目の前に居る少年が、彼らでは歯が立たないほどの手練れだということに。

シンジは自らに迫り来る男の1人を見据え、突然一歩踏み出した。

ドン!

震脚の音が響き、シンジの繰り出した一撃が男をはじき飛ばしていた。

それを見て、他の男達の動きが止まる。

ふ〜っと息を吐き、構えを解くとシンジは恥ずかしそうに笑う。

 

『あの・・・一応言っておくけど、僕は強いよ?』

 

『ふ・・・ふざけんなよガキが!!』

 

シンジの言葉を信じず、残りの男達が襲いかかってきた。

彼らの内、1人はそれなりに格闘技をやっている感じのする男。

だが、シンジにとってはどちらも同じようなものだった。

シンジはこの歳にして、拳法の腕はかなりのものになっていた。

その彼から見て、2人は弱すぎるのだ。

 

『そう・・・やるつもりなの?』

 

シンジはそう口にすると、スウッと目を細めて、自らに迫り来る男達を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫?』

 

シンジが口にしたのは、それ程上手とは言えないが、心が暖かくなるような優しい声色のドイツ語。

シンジがアスカに上着をかけると、アスカはすぐにその上着で身体を隠す。

 

『だ、大丈夫よ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・一応礼を言っておくわね』

 

かなり強い調子で答え、最後の方に小声で礼を言う少女。

人によっては気分を害していたかも知れないが、シンジはそんなアスカに優しく微笑みを向けている。

 

『なっ、何よ!何か文句あんの!?』

 

そう言ってシンジにくってかかるアスカだが、シンジはそれを笑って受け流している。

 

『怖かったでしょ。我慢しなくて良いから、ね?』

 

そう言って、ジッとアスカのことを見つめるシンジ。

シンジのその視線を受け、アスカの瞳にじわりと涙が浮かんでくる。

そして、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちが。

 

『えっ・・・嘘・・・』

 

アスカ自身、信じられないと言った風に自分の頬に手を当てる。

まさか初対面の人間の前で、涙を流してしまうとは思わなかったのだ。

そんなアスカにシンジはそっと手を伸ばし、そして優しく抱きしめた。

アスカは一瞬ビクッとなるが、腕の中から徐々に嗚咽が漏れだしてくる。

アスカはいつしかシンジに力一杯すがりついていた。

 

『怖かった、怖かったよ〜。誰も助けてくれなかった。だから・・・だから!』

 

そう言ってしがみついてくるアスカの背中を、シンジは優しく撫でる。

『人に弱みを見せるなら死んだ方がマシ』とまで思っている少女が、初対面の、しかも同い年の少年の前で涙を流している。

シンジの笑顔は、アスカにつまらない意地を忘れさせるほどの優しさを持っていた。

 

『大丈夫だよ。もう君を傷つける奴らは居ないから、ね』

 

しばらくシンジにしがみついて泣いていたアスカは、やっと落ち着いたようで、シンジからパッと離れる。

 

『ありがとう。もう大丈夫』

 

恥ずかしそうに言うアスカ。

彼女は基本的に礼を言うことになれていないのだ。

 

『そう、良かったね』

 

そう言ってニッコリ笑うシンジを見て、ドキッとするアスカ。

 

『う、うん』

 

『それじゃ、気をつけてね』

 

そう言ってシンジは、いきなりアスカに背を向けるとどこかに行こうとする。

 

『ちょ、ちょっと。何処行くのよ?』

 

『ホテル・・・・・・迷子になっちゃったから探さないと』

 

迷子になったっと言う割には、シンジの口調は明るい。

シンジは、迷子になったことに対して何も感じていないようである。

 

『何処なの、お礼に案内するわ』

 

『え?・・・でも』

 

『ぐだぐだ言ってないで、さっさとホテルの名前を教えなさい!』

 

すっかりいつもの調子に戻ってしまったアスカ。

シンジが宿泊しているホテルは、アスカの住んでいる家からほど近い場所だった。

 

『そこならあたしの家の近くだから、これから案内して上げるわ』

 

そんな元気なアスカを見てほっとするシンジ。

 

『そうだ、アンタ名前なんて言うの?さっき日本語話してたから日本人よね?』

 

そう言ったアスカの流暢な日本語に驚くシンジ。

まさかこんな所で母国語を耳にするとは思わなかった。

 

『あたしは惣流・アスカ・ラングレー・・・ママが日本人とのハーフだったの・・・』

 

そう言ったアスカの表情が少し沈んだように感じたシンジだったが、特に何も聞かなかった。

 

『僕はシンジ』

 

『わかった、シンジね。それじゃあシンジ、私のことはアスカって呼びなさい!』

 

腰に手をあてて偉そうに言うアスカ。

少し大きいシンジの上着を着ているため、その仕草はとても可愛らしかった。

シンジはクスッと笑うと、アスカのことを見つめる。

その視線と笑顔に、頬を赤らめるアスカ。

 

『よろしくね、アスカ』

 

『よ、よろしく。シンジ!』

 

そう言ったアスカの心臓は破裂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、そんなことがあったのか」

 

そう言った加持は、アスカに目を向ける。

当のアスカは、瞳をキラキラ光らせて悦に浸っている。

 

「は〜,格好良かったな。シンジ」

 

傍目から見るとかなり不気味なアスカだが、加持は少し嬉しそうな視線を向ける。

この天才少女の年相応なところがみられて、一安心といったところだろうか。

 

「で、彼とはそれっきりだったのか?」

 

「うん、しばらくそのホテルに居たから、毎日会えたんだけど・・・。色々話しを聞いてくれたし・・・ママのことも」

 

(ママのこと・・・キョウコさんのことも話した?おいおい・・・その少年は一体何者なんだ?アスカが自分の母親のことまで話しているなんて)

 

そう思いつつも黙って聞いている加持。

アスカの顔が真剣だからだ。

 

「あいつね・・・あたしが逢いに行くといつもチェロを弾いてくれたんだ。・・・あいつのチェロを聴いてると、なんだかとても不思議な気持ちになるの。まるで優しく包み込んでくれるような、そんな温かい音色だった。だから・・・あいつには何でも話せたんだと思う。・・・あっ、エヴァのことは話してないわよ?話したら、あいつに迷惑がかかるから・・・」

 

エヴァンゲリオンについては、今も昔もかなりのレベルの機密事項に属している。

最近では使徒が現れているので公然の秘密となっていたが、一年前などはかなり厳しかった。

もし彼女がエヴァのことを他人に話していたら、それを聞いた人間は恐らくネルフに捕まっていただろう。

アスカはシンジのためを思い、自分がエヴァのパイロットであることも含めて何も言わなかったのだ。

 

「アスカ・・・。少し気になったんだが、そのシンジ君って、『碇』って名字じゃなかったか?」

 

「えっ?・・・う〜ん、わかんないわ。一度だけ訊いたことがあったんだけど、凄く悲しそう瞳をされて『教えなきゃいけない?』とか言われて、それ以来訊かなかったのよ」

 

「そうか」

 

加持がそう言うと、アスカは一度伸びをする。

 

「あいつはあたしの心の傷をいやしてくれたんだ。あいつが居なかったらあたしはどうなっていたかわからない。あいつはあたしの心の支え。あいつが居なきゃあたしは駄目になってた」

 

アスカはそこまで言って口を噤むと、その表情は徐々に沈んだものになってくる。

アスカのその悲しそうな表情に、さすがの加持もどう声をかけて良いのかわからない。

すると、アスカが再び口を開いた。

 

「でも・・・あいつはあたしの前から居なくなった。あたしがあいつを頼りにしているということを知っていて、あいつはあたしを捨てた」

 

話しているうちに次第に泣きそうな顔になるアスカ。

しばらく黙っていた加持だったが、ややあって口を開く。

 

「アスカ。人ってのはお互いを支え合って生きていくものだ。他人に依存するだけでは、その人間は駄目になる。おそらく彼にはその事がわかっていたんだ。だから、アスカの前から姿を消した。アスカがその彼・・・シンジ君を頼り切っていることがわかったから・・・。アスカを駄目にしてしまわないように・・・」

 

「そうなのかな?」

 

加持の言葉を聞いて少し笑顔が戻ってくるアスカ。

信頼している加持の言葉だけに、少女は疑うことを知らない。

 

「ああ、彼はアスカのことを捨てた訳じゃない。本当にアスカの事を想っていたからこそ離れたんだ。男ってのはな、そういう馬鹿な生き物なのさ」

 

その言葉を聞いて赤くなるアスカに、加持は優しい笑顔を浮かべる。

本当の妹のように思っている少女が恋をしている。

兄としては、嬉しい限りなのだろう。

 

「アスカの事を嫌いになる男なんていないさ。だから元気出をだせ」

 

「うん、ありがとう」

 

そう言ったアスカに笑顔が戻ったのを見て加持は安心した。

そして彼自身、アスカの想い人が誰かということをすでに見抜いていた。

 

(シンジという名前とチェロ、これはもう決まりだな。・・・良かったなアスカ、もうすぐ逢えるぞ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわよ。ほら、シンちゃん!」

 

そう言いながらヘリコプターから降りるミサトを見ながら、シンジは深い溜息を付く。

 

(相変わらず元気だね、ミサトさんは)

 

<ああ、だがそれでみんな助かっている部分もあるだろ>

 

リュウヤの言うとおり、実際彼女の明るさで救われている部分は多い。

ネルフの仕事は、使徒を倒し、来るべきサードインパクトを未然に防ぐことである。

だが、使徒に負ければサードインパクトは起こり、人類は滅ぶ。

そのため職員達にかかるプレッシャーも、半端ではないのだ。

そんな中、そのプレッシャーを物ともしないミサトの明るさと笑顔は、他の職員達にも励みとなっている。

 

(確かに・・・あのお気楽さは羨ましいよ)

 

<まあ、ただの無能者・・・ではなかったということだな>

 

シンジもリュウヤも、ミサトの事をそう言う点ではとても評価していた。

もっとも、作戦担当のミサトとしてはそれ程嬉しくないだろうが。

ミサトがヘリから降りた今でも、シンジはヘリから降りずにボーっとしている。

 

『ハロー!ミサト、元気してた?』

 

外からそんな声が聞こえてきた。

とても元気な女の子の声。

こんな空母に乗っている女の子といえば1人しか居ない。

 

(セカンドか・・・。でも、なんか聞き覚えがあるような気がしない?)

 

<言われてみればそんな気がするな>

 

シンジとリュウヤがそんな風にのんびりと考えている間にも、ヘリの外での話は進んでいた。

 

『それでミサト、サードは何処なの?』

 

『まだヘリからで出て来ないのよ』

 

『何ですって!この私自ら出迎えてるのに!ちょっと使徒を倒しているからって、調子に乗ってるんじゃないの!?』

 

先程まで機嫌の良かった口調が、突然怒声に変わった。

これにはさすがのシンジも驚いたらしく、苦笑いを浮かべている。

 

(ずいぶん怒りっぽい子みたいだね)

 

<ああ・・・カルシウムが足りないんだろ。どうでも良いが、そろそろ行ってやればどうだ?お姫様はいたくご立腹の様だからな>

 

そんなリュウヤの言葉と同時に、ヘリの外からミサトが声をかけてくる。

 

『シンちゃ〜ん、早く出ていらっしゃい』

 

そんな声を聞きながら、ヘリから出て行きゆっくりと伸びをするシンジ。

そして彼は、目の前に広がる景色にしばし目を奪われる。

見渡す限りの海、そして広がる青空。

少し強すぎる風がなぜか心地良い。

日頃こういった情景を見慣れていないこの少年には、それはとても美しいものに思えた。

 

「綺麗だね」

 

<そうだな・・・しばらく見ていたいものだな>

 

(うん・・・そうしようか)

 

そう言ってこの絶景にしばし心を奪われるシンジ。

シンジの黒髪が、潮風になびく。

 

<そう言えば・・・シンジ、ミサトは?>

 

「あ、そうだった」

 

そう言ってミサトの方に目を向けるシンジ。

広がる金色。

 

「シンジ〜!」

 

そう言いながら飛び込んできた物を、咄嗟に受け止めるシンジ。

柔らかい感触、懐かしい甘い香り。

それは女の子だった。

陽の光を受け、光り輝いている美しい金髪。

同年代の異性が見れば、皆が目を奪われるであろう美しい顔立ち。

どれを取っても、シンジには見覚えがあった。

 

「ア、アスカ?」

 

シンジがそう言うと、彼に抱きついている女の子はシンジの胸に顔を埋め涙声で言う。

 

「シンジィ〜、会いたかったよ〜」

 

<あははは!!まさかアスカちゃんだとはね・・・これだから人生は面白い!!>

 

(あのね・・・人の人生で面白がらないでよ)

 

そう思いながらも、抱きついてくる少女を優しい眼差しで見つめるシンジ。

そして、ゆっくりとアスカを抱きしめると、その耳元で優しく囁く。

 

「久しぶりだね、アスカ」

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

皆様、大変お待たせいたしました。

やっと出てきました、惣流・アスカ・ラングレーさん。

このわがまま娘が、シンジとどう絡んでくるのか。

何だか、いろいろ暴れてくれそうな予感がします。

それと、加持リョウジ氏も登場です。

彼も好きなキャラクターなので、出てくる事が多くなると思います。

さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか。

宜しければ、感想等を送ってくださると嬉しいです。

それでは、次回をお楽しみに。

 




艦長からのお礼


掲載大幅に遅らせておいてこんなこと書くのもなんなんですが・・・

早く続きを(笑)


さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!

TOPへ/第2書庫へ/「木馬」艦橋へ