DUAL MIND 第15話
「ア、アスカ?」
シンジがそう言うと、彼に抱きついている女の子はシンジの胸に顔を埋め涙声で言う。
「シンジィ〜、会いたかったよ〜」
<あははは!!まさかアスカちゃんだとはね・・・これだから人生は面白い!!>
(あのね・・・人の人生で面白がらないでよ)
そう思いながらも、抱きついてくる少女を優しい眼差しで見つめるシンジ。
そして、ゆっくりとアスカを抱きしめると、その耳元で優しく囁く。
「久しぶりだね、アスカ」
DUAL MIND
第15話「母と共に」
BY ささばり
少し前、空母の上で1人の少女が暴れていた。
ミサトから、サードチルドレンが未だヘリの中にいると聞いて、その少女・・・・・・アスカの表情が見る見るうちに険しくなる。
「何ですって!この私自ら出迎えてるのに!ちょっと使徒を倒しているからって、調子に乗ってるんじゃないの!?」
「まあまあ、アスカ。チョッチマイペースすぎる子なのよ」
悔しそうに地団駄を踏むアスカを、何とか宥めようとするミサト。
アスカは、ミサトが昔会ったときと何も変わっていないように見える。
気むずかしく、わがままな少女。
(やれやれだわ。シンちゃんもきっと苦労するわね)
そう思いつつも顔には出さないミサト。
ちなみにミサトは、アスカがどんなわがままでシンジを困らせるか、個人的には非常に興味があるようだった。
「シンちゃ〜ん、早く出ていらっしゃい」
怒りの矛先が自分に向く前に、シンジの事を呼ぶミサト。
すると、彼女の横にいたアスカが、何故か驚くほどの反応を見せる。
全身を震わせ、ミサトの方を怖いほどの目つきで睨み付けている。
「あら、どうしたのアスカ?」
「えっ・・・・・・ううん、何でもないわよ」
アスカがそう言って、ヘリの方に視線を向けると、そこから1人の少年が降りてきた。
その少年は、ヘリから降りるとアスカ達の方は見ずに、そのままジッと海を眺めている。
少年はその顔に、優しい微笑みをたたえている。
そしてそれは、アスカのよく知っている笑顔だった。
「う、うそ・・・・・・」
アスカは呆然と呟く。
いつもは聡明な彼女の頭脳が、今回ばかりは上手く働いていなかった。
1人の少年の存在が、アスカの全てを捕らえて離さなかった。
「彼がサードチルドレン、碇シンジ君。格好いいでしょ」
そんなミサトの声も、アスカには届いていなかった。
なぜなら、その時すでにアスカは走り出していたから。
(シンジ・・・・・・シンジだ!!)
会いたくて仕方なかった少年。
いつも夢見ていた少年の笑顔。
ずっと想っていた人が、アスカの手の届くところに居た。
「シンジ〜!」
アスカは、少年に飛びつき力一杯抱きしめた。
もう二度と離さぬように・・・・・・。
シンジと再会したアスカが落ち着いたところで、シンジ達は場所を移していた。
ここはオーバー・ザ・レインボウの中の休憩室。
皆でコーヒーを飲んでいる。
ミサトの向かいにシンジ、その横にアスカが座っている。
(しっかしアスカがこんなに可愛くなっちゃうとわね〜)
シンジの腕にしがみつきながら赤くなっているアスカ。
ふにゃ〜としている。
何となく猫っぽい。
「アスカ、いい加減離れなさい。シンちゃんも困ってるでしょ」
だが、そんなミサトの言葉を完全に無視しているアスカ。
シンジも特に困った様子はなく、いつも通りニコニコしている。
はじめは面白そうにからかっていたミサトだったが、からかっても相手が狼狽えてくれなくては面白くない。
今では、余りの鬱陶しさに額に青筋を浮かべている。
「シンちゃんとアスカ、知り合いだったんだ」
内心の腹立ちを押さえ、意外そうな顔をして訊ねるミサト。
その言葉に、チラッと自分の腕にしがみついているアスカを見るシンジ。
「ええ、一年くらい前にドイツに行った時に知り合ったんです」
シンジのそんな言葉に、彼が何故ドイツに行ったのか聞きたくなるミサト。
だが、シンジと初めてあったときの彼の視線を思い出し、口を噤む。
(知らなくていいこと・・・・・・か)
以前シンジは、外国を旅している理由について話すことを拒絶した。
その時のシンジの視線は、ミサトを恐れさせるだけの冷徹さを持っていた。
だから、ミサトは今回も、シンジがドイツに行った理由を訊ねない事にした。
「しっかしあのアスカがこんなになっちゃうなんて、シンちゃんも以外と手が早いわね」
そう言ってクスクス笑うミサト。
<俺もそう思う。さすがだシンジ、兄さんは嬉しいぞ>
(あのねえ・・・・・・・・・って、あれっ?)
ミサトに便乗するリュウヤに呆れてしまったシンジが、何かに気付く。
その時、ミサトの背後から抱きしめてくる者がいた。
「シンジ君の手の早さ、俺と良い勝負かもしれないな」
「えっ、ちょっと!加持、加持じゃない。どうしてこんな所にいるのよ!」
後ろから抱きついてきた男、加持リョウジを振り払いながらミサトは言った。
だが内心の動揺は隠しきれない。
「アスカの護衛さ」
さらっと言う加持。
それを聞いたミサトが、あからさまに悔しがる。
「くっ、私としたことが、どうしてこいつが来る可能性を考えなかったのかしら」
「そんなに喜んでくれて光栄だな」
加持はそのまま自然の流れて、黙ってミサトの隣に座る。
ミサトは何かショックなことがあったのか、頭を抱えてブツブツ言っている。
加持はあえてそれを無視し、自分の向かいに座っている少年を見る。
「やあシンジ君、久しぶりだね」
「はい。加持さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「ははは、これでも一応20代だからね。・・・・・・それにしても、君がアスカの王子様たったとはね」
その言葉を聞いたアスカが真っ赤になる。
ミサトに何を言われても反応しなかったアスカだったが、加持の言葉には反応してしまった。
「ちょっ、ちょっと加持さん!王子様って、そんなこと・・・・・・」
モジモジしながら言うアスカに、加持は笑顔を向ける。
どちらかというと、からかっているような笑顔。
「アスカ、その体勢じゃあ説得力ないぞ」
確かにアスカは、未だにシンジの腕に両腕でしがみついている。
加持の言葉でさらに真っ赤になるアスカだが、それでもシンジを離さないところが可愛いところか。
「もう!・・・・・・でも、加持さんはどうしてシンジのこと知ってるの?」
「ああ、昔ちょっとな。しかし良かったなアスカ。シンジ君に逢えて」
「うん!あたしも、こんなに早くシンジに逢えるとは思わなかった!!」
そう言って、シンジにますますしがみつくアスカ。
ちなみに、先程からアスカにしがみつかれているシンジは、特に困った様子もなく加持を見つめている。
そのシンジの視線に含まれている色を敏感に感じ取り、加持が口を開く。
「アスカ、ちょっとシンジ君を借りても良いかい?少し2人だけで話をしたいんだ」
「え〜!別にここでも良いと思うんですけど・・・・・・」
「悪いなアスカ。男ってのは、たまには女性抜きで話したくなるものなのさ」
そう言う加持に渋りながらも、仕方なくシンジの腕を放すアスカ。
「うん、加持さんだから良いよ。でもシンジ、もう居なくなったりしないよね」
シンジの服の裾を握りしめながら言うアスカ。
その、少し潤んでいるアスカの瞳を、真っ直ぐ見つめ返すシンジ。
「大丈夫だよ、アスカ。心配しないで」
シンジが優しい微笑みとともにそう答えると、アスカは見る見る顔を真っ赤にする。
そんな彼女の頭をぽんぽんと叩くとシンジは席を立ち、加持と連れだって歩いていった。
そしてシンジが加持と立ち去った後。
そこには頭を抱えてブツブツ言っているミサトと、顔を真っ赤にしたまま頬に手を当て、何故かくねくね身悶えしているアスカが残っていた。
ここは加持に割り当てられた船室。
そこにシンジと加持の2人きり。
2人とも笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていない。
「久しぶりだね、シンジ君」
「本当にお久しぶりです」
「ああ。もう二年ぶりくらいになるのか」
いつも通り、少し軽薄そうな笑みを浮かべる加持。
そんな加持に、クスッと笑うシンジ。
「変わりませんね、加持さん。どうですか、真実には近づけましたか?」
「ああ、君のおかげだな。君に会わなかったら、真実に近付くことさえ出来なかっただろうからな」
「でも、本当に無事で何よりです」
「ああ、君たち2人には感謝してるよ」
以前はネルフ以外にも組織に所属し、スパイをしていた加持。
その内の『ゼーレ』という組織のかなり奥の方まで知ってしまった加持は、危うく消されそうになったのだ。
そして逃亡しているときに、世界中を彷徨っていたシンジに出会い、命を救われたのだ。
「しかし本当に驚いたよ。まさかアスカが好きになった子が君だったとはね」
「僕は、アスカがセカンドチルドレンだって事の方が驚きましたよ。ネルフの人間達は、一体何処まで腐っているんでしょうか?」
シンジは、レイに引き続き、アスカまでエヴァのパイロットであることに、かなり腹を立てている。
「まあそう言うなシンジ君。彼らも生き残るために必死なのさ」
そう言いながら加持はコーヒーを入れ、カップをシンジに手渡す。
それに口を付けながら、シンジは加持を見据える。
「それで加持さん。この後は、僕がアスカの護衛をするらしいです。本来護衛されるべきチルドレンを護衛に使うなんて、ミサトさんは一体何を考えて居るんでしょうか?」
「あいつは別に何も考えちゃいないさ。それよりも、シンジ君が護衛なら俺も安心だ。君を出し抜いて、アスカに手を出せる奴も居ないだろうしな。まあ、ついでに寝室でもしっかりガードしてくれ」
「ブッ!!ごほっ、ごほっ!」
飲んでいたコーヒーを吹き出すシンジ。
ミサトにからかわれた時は顔色1つ変えなかったシンジが、目に見えて狼狽えていた。
「おいおいシンジ君。大丈夫か?・・・・・・ちなみに、俺は結構真面目に言ったんだが」
「真面目って言っても、寝室ってのは・・・・・・」
そう言ったシンジの頬は、何となく赤い。
彼は、一体何を想像したのだろうか。
「さて、シンジ君をからかうのはこれくらいにして、彼と・・・・・・・・・・・・リュウヤさんと話せるかな?」
「はあ、少し待ってください」
シンジがそう言うと、彼の瞳が赤く輝く。
そして、シンジの纏っていた雰囲気が、先程とはまるで別人かの如く変わる。
加持は、そんなシンジの変化に目を奪われている。
そして、先程のシンジとは違い、鋭い眼光が加持を射抜く。
「リュウヤさん?」
加持がそう訊ねると、シンジが口元を歪めてニヤリと笑う。
普段のシンジでは決して浮かべないような、皮肉っぽい笑み。
「リョウジか・・・生きていた様だな」
「ええ、せっかくシンジ君とあなたに助けてもらった命だ。無駄には出来ませんよ」
「フッ、そうだな。そうしてくれ・・・シンジも喜ぶ」
そう言ったときのリュウヤの視線は、心なしか優しく見えた。
「・・・ところでリュウヤさん、私が何でここにいるかわかりますか?」
「おそらくは・・・第一使徒アダム」
そのリュウヤの言葉を聞いて、加持は心底驚いた。
この男に知らない事は無いのではないかと。
「まさか、そこまで知っていらっしゃるとは・・・・・・。仰るとおりです。硬化ベークライトで固めてはありますが、間違いなく生きています」
「だろうな。この空母に乗る前から感じていたよ。その圧倒的な存在感を・・・」
「・・・・・・わかりますか?」
「ああ。しかし、義兄さんがアダムを手に入れ、手元に置こうとするって事は、第3に封印するつもりだな?」
「ええ。あれは老人達の『人類補完計画』の要。それゆえに私達が押さえれば切り札にもなります」
「どうやら義兄さんも老人達と事を構える決心をしたようだな。面白くなりそうだ・・・」
そう言って、心底嬉しそうな顔をするリュウヤ。
戦いになれば、それだけ人が死ぬ。
心に歪みを持ったリュウヤには、その事がとても嬉しいらしい。
加持は、リュウヤの笑顔に気分が悪くなるのを感じるが、それを直接言うわけにもいかず、我慢して話を続ける。
「勝てますかね・・・・・・あの老人達に」
「さあな。くだらない人類が滅亡しても、俺は別に構わんがね」
「あなたは相変わらずですね。ですが人間は、そんなにくだらない・・・・・・価値の無い存在ですか?」
「リョウジ。人間に価値があると思うこと自体、愚かしいことだとは思わないか?」
「私は、あなたほど人間に失望していませんよ」
そう言った加持を、口元に笑みを浮かべながらジッと見つめるリュウヤ。
そして、その瞳から目を逸らせなくなる加持。
その赤い瞳は、あらゆるものを狂気の世界に誘う、妖しげな光をたたえていた。
「・・・人の心の闇は深い・・・」
そう言って、一歩加持に近付くリュウヤ。
その瞳は、逸らさない。
「お前もそれを知っているはずだ。それなのに、どうしてそんなセリフが吐ける?」
「どうしようもない闇の中にも、ほんの僅かな光が必ずあると思います。・・・・・・・・・私は、そう信じています」
加持はリュウヤを睨み付ける。
人間として、自分達の存在が価値のないものだとは思いたくなかったのだ。
加持の言葉にリュウヤはキョトンとしていたが、やがて面白そうに声を上げて笑う。
「アハハハハハハハハハハハハ!・・・面白いよお前。・・・イイ・・・実にイイ・・・」
リュウヤが目の端に涙を浮かべ、腹を抱えながら笑っているのを、加持は釈然としない様子で見ている。
そんなことが1分ほど続いただろうか。
目の端の涙を拭いながら、呼吸を整えるリュウヤ。
「お前は本当に面白いことを言う。フフッ・・・・・・あのなリョウジ、人間如きに価値なんてあるわけないだろ・・・・・・」
そう言ってから、再び肩を震わせ笑い出すリュウヤを、何も言えずに黙ってみている加持。
彼は、自分の目の前にいる存在が、厳密に言えば人ではないという事を知っていた。
だから、彼が人に価値を見出せない事も、多少は理解できるような気がした。
「リュウヤさん、私は人間を信じたいんですよ。たとえ人が、その心の中に闇を持っている存在であったとしても」
そんな加持の言葉に、ぴたりと笑うのを止めるリュウヤ。
彼は、しばらくその赤い瞳でジッと加持の事を見つめていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。
その笑顔は、加持を馬鹿にするような笑顔ではなく、とても優しい感じのする笑顔だった。
「闇があるからこそ、光の尊さがわかる・・・・・・か。まあいい。とりあえず、シンジが何とかしてくれるだろうよ」
「そうですね。シンジ君ならきっと・・・・・・」
加持がそう言ったとき、リュウヤが一瞬視線を逸らす。
「やれやれ、お姫様はホント心配性だな」
「お姫様って、もしかしてアスカのことですか?」
「ああ。というわけでリョウジ、今日はここまでのようだ」
そう言って、一方的に会話をうち切ると、リュウヤのその瞳が黒くなる。
加持は、その瞳に意思が宿るのを待ち、そして改めて声をかける。
「シンジ君?」
「あっ、はい。それじゃあ、今度は第3新東京市で会いましょう」
「ああ、そうだな。君とも、もう少しゆっくり時間をとって話してみたいが、それは今度会った時にしよう」
その言葉に頷き、シンジは船室から出ていった。
閉まったドアを見ながらホッと息を吐く加持。
「しかし、リュウヤさんと向かい合うと寿命が縮むよ。あの赤い瞳・・・・・・さすが、『Evil Eye』と呼ばれていただけのことはある」
加持はそう言うと、それっきり黙ってドアを眺めていた。
「これがあたしの弐号機。どう、凄いでしょ」
そう言うアスカの目の前にある赤い物は、エヴァンゲリオン弐号機。
機体の色がどう考えても野戦向きではないが、そんなことは誰も言わない。
「とても綺麗な色だね。うん、アスカにピッタリな色だ」
シンジはそう言って、しばらく弐号機を見上げている。
すると、アスカはシンジに対して、得意気に弐号機の説明を始める。
その説明を、笑顔を浮かべながら聞いているシンジ。
「この弐号機は、世界初のプロダクションモデルなの。シンジには悪いけど、弐号機が最強なのよ」
「うん、強そうだね」
バッと手を広げて胸を張っているアスカに、のほほんと答えるシンジ。
すると、突然アスカの顔が曇る。
そのことにシンジは気付いたが、何も言わず黙ってアスカのことを見つめている。
しばらくして、アスカが口を開く。
「でも、あたしは未だに起動できないの。ただの人形のくせに、あたしの言うことを聞かないの・・・・・・」
<人形か・・・・・・。それじゃあ起動しないな>
(ねえ兄さん、もしかしてこの弐号機にも?)
<ああ、間違いない。この弐号機にはアスカちゃんの母親がいる>
リュウヤの言葉を聞いて、シンジが拳を握りしめる。
またネルフ。
ネルフの存在は、シンジだけではなく、アスカにも悲劇をもたらしていた。
(僕は、ますますネルフが嫌いになったよ)
シンジはそう思いながら、アスカのことを見ていた。
一年前逢った時、彼女の心はとても傷付いていた。
彼女の母親、惣流・キョウコ・ツェッペリンは、ネルフの技術者だった。
そして、彼女は自らエヴァの実験に参加し、その実験の失敗がもとで、精神汚染を受けてしまう。
その精神汚染がもとで、彼女は自殺してしまうのだが、その際、アスカのことを道連れにしようとしたらしい。
幼い頃に、実の母に殺されそうになったアスカは、今でもその心の傷を引きずっている。
シンジと出逢い、多少は癒されているのだろうが、心の傷を完治させることは難しい。
「ねえアスカ・・・・・・エヴァのことを、人形だなんて思っちゃ駄目だよ?」
「えっ、どうして?だってこいつ、私達の言うとおりに動くだけの存在でしょ?どう考えても人形じゃない!」
「いや、そういう事じゃなくて・・・」
シンジが続きを言おうとしたまさにその時、リュウヤの警告がシンジの頭に響く。
<来たぞ!>
それに続くかの様に、衝撃波が船全体を襲う。
「な、何?何なの!?」
シンジにしがみつきながら、焦った様子で辺りを見回すアスカ。
遠くで水柱が上がり、真っ二つに折れて海中に沈む巡洋艦。
それを見て、シンジが口を開く。
「アスカ、使徒が来た。弐号機に乗るよ」
「使徒、あれが・・・・・・」
「アスカ!」
「でっ、でも、あたしはまだ起動も出来てないのに・・・・・・」
自信なさげに俯くアスカ。
そう言ったアスカを励ますように、シンジが口を開く。
「どうしたのアスカ?僕の知っていたアスカなら、そんなに弱気にならないでしょ。大丈夫、僕も乗ってあげるから」
「ほんと?」
「うん。きっと起動するから大丈夫だよ。アスカ、自分を信じなきゃ」
しばらくじっと考えていたアスカが、不意に顔を上げる。
何かを決意した様な眼差しで、シンジのことを見つめていた。
「やる。シンジ、一緒に来て」
「駄目、やっぱり起動しない・・・・・・」
そう言うと、ガックリとうなだれてしまうアスカ。
弐号機のエントリープラグ内に、アスカとシンジは着替えず私服姿で居た。
アスカは何度もレバーを握りしめるが、弐号機は全く反応しない。
プライドの高いアスカには、それは屈辱でしかない。
「人形のくせに・・・・・・人形のくせに!」
そう言って、レバーをドンと叩くアスカ。
シンジはそんな彼女を斜め後ろから見ながら、悩んでいた。
エヴァは人形ではない。
その事をアスカに伝えるには、彼女の母親のことも話さなくてはならない。
だが、その話題がアスカにとっては禁忌である事を、シンジは知っていた。
<シンジ、アスカちゃんを何とかしろ。目の前で騒がれるとマジで鬱陶しい>
(鬱陶しいって言っても・・・・・・・・・でも、本当に言っても良いのかな?)
<真実なのだから、仕方ないだろう。それに、その事を知っていれば、恐らくこいつは起動する>
リュウヤのその言葉に、頷くシンジ。
このまま弐号機が起動しなければ、リュウヤが居るシンジはともかく、アスカは間違いなく海の藻屑となって消えるだろう。
どのみち、逃げることなど出来ないのだ。
「ねえ、アスカ?」
「何?シンジ」
シンジの呼びかけに、視線を彼の方に向けるアスカ。
そこには、真面目な顔をしたシンジが居た。
いつもの優しい笑顔は浮かべていない。
精悍で、厳しさを持つその視線に、アスカは目を逸らすことが出来なかった。
「良く聞いてね。このエヴァは、人形なんかじゃない。アスカには辛いかもしれないけど・・・・・・この弐号機には、アスカのお母さんの魂が封じ込められているんだ」
「は?」
しばし停止。
シンジの言葉の意味がわからず、アスカはしばし呆然としている。
だが、シンジの言葉は、着実にアスカの心の中に広がっていった。
そして、シンジは再び口にする。
「この弐号機のコアには、惣流・キョウコ・ツェッペリンの魂が込められている」
その言葉に、アスカは震えていた。
そんなこと、あり得るはずがなかった。
「う、うそ・・・・・・」
「本当だよ。この弐号機は人形ではなくアスカをいつも見守っていてくれるお母さんなんだよ」
アスカは、シンジの言葉をいまいち信じ切れないようだった。
シンジの言うことだから信じたいと思う反面、そんな非現実的な事を信じられないとも思っていた。
「そんなの、おかしいじゃない」
「やっぱり、口で言ってもわからないね」
そう呟き、シンジが行動に移す。
シートに座っているアスカの後ろに身体を割り込ませ、そして両手を伸ばし、レバーを握っているアスカの手を上から包み込むようにする。
「ちょ、ちょっとシンジ!何を・・・・・・」
いきなりシンジと密着してしまったため、真っ赤になってしまうアスカ。
お互い薄手の服しか着ていないため、その生地を通して感じる温もりに、アスカは平静ではいられなかった。
だが、シンジは特にそれを気にするでもなく、アスカを包み込んだままじっとしている。
やがてアスカの鼓動が少し落ち着いてきた時を見計らい、そっとその耳元で囁く。
「・・・アスカ、目を瞑って・・・」
シンジの声に心地よさを感じて、何の躊躇いもなく目を瞑るアスカ。
そんな素直なアスカに、シンジは微笑む。
「アスカ、何か感じないかい?」
「うん、なんだか暖かい。なんだか、とても良く知っているような気がする」
シンジに包まれながら、穏やかな顔をして話すアスカ。
彼女が、エヴァに乗ってここまで穏やかな気持ちになるのは、初めての事だっただろう。
「大丈夫、もっとリラックスして」
そう言ったシンジに、全てを委ねるつもりで身体を預けるアスカ。
普段ならドキドキしてリラックスどころではないのだろうが、今この瞬間では、彼女は驚くほどリラックスしていた。
(・・・ちゃん・・・)
「あ、なんか声が・・・誰?」
アスカは目を瞑りながら、何かを感じ取ろうとしている。
だが、何かを掴めそうで掴めない、そんなもどかしい時間が、ただ無駄に流れていく。
その時、見るに見かねたリュウヤが助け船を出す。
<シンジ、俺が少し手伝ってやる>
(えっ、良いの?っていうより、そんなこと出来るの?)
<ああ、まかせろ>
リュウヤがそう言った次の瞬間、シンジにもハッキリと聞こえた。
優しい、いたわるような女性の声。
(アスカちゃん)
それを聞いたアスカが、目を見開く。
そしてその顔は、今まで見たこともないほど、喜びに満ちあふれていた。
「ママ!!」
まるでその叫びがキーだったかのように、弐号機が起動する。
今まで1度も起動しなかった弐号機が、起動している。
アスカにはわかった。
自分が今、限りない優しさに包まれていることが。
惣流・キョウコ・ツェッペリン・・・・・・死してなお、弐号機の中から娘を見守る女性。
「ありがとう、シンジ!ママはここにいる!それをシンジが教えてくれた!」
「良かったね、アスカ」
「うん!」
まるで太陽のような、そんなアスカの笑顔を見てシンジは嬉しかった。
母親のことが、アスカの心に大きな傷として残っていることは知っていた。
それを何とか出来たことは、シンジにとって喜ばしいことだった。
(ありがとう、兄さん)
<なあに、少しキョウコさんと話をしただけだ。しかし、是非生きているうちに逢いたかったな。なかなか良い女だったぞ>
(あのね・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、まあいいや。とにかく、ありがとう)
<ああ。それから、キョウコさんが娘をよろしくだってさ>
まるでからかうように言うリュウヤに、シンジは一瞬言葉を失う。
だが、すぐに心の中で頷く。
(うん、わかってるよ)
<クククッ・・・・・・式には呼んでね、シンジ君>
(兄さん!)
心の中でそう叫びながら、意識を外に向けるシンジ。
アスカは笑顔で、起動した弐号機を動かしている。
「さあ、アスカ。後は使徒を倒すだけだよ」
「うん、まかせて!ママが力を貸してくれるから・・・・・・それに、シンジもいるし!」
「よし、じゃあ行こうか」
「うん。さあ、行くわよ!」
アスカがそう言った次の瞬間、弐号機が宙に舞い、輸送船から巨大な空母に着地した。
そして、流れるような動きで肩からプログナイフを取りだし、構える。
前方の海面が、波打つ。
そして、いきなり巨大な物体が、宙に舞い上がった。
第六使徒ガギエルは、その巨体に似合わぬ跳躍力で、一気に弐号機に躍りかかった。
だが、弐号機パイロット達は焦らなかった。
子供の頃からパイロットとしての訓練を積んでいる、惣流・アスカ・ラングレー。
初号機パイロットとして圧倒的な戦闘力を持つ、碇シンジ。
そして、碇リュウヤ。
使徒が殲滅されるのに、1分も掛からなかった。
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
今回のお話は、いかがでしたか。
今回目立ったのは、加持とアスカ。
加持リョウジは、TVとは違い、現在はネルフでだけ働いています。
ついでに彼は、リュウヤの秘密を知っている数少ない人間の1人です。
ヒカリとは違い、彼の正体も知っています。
今後も、ちょくちょく登場してくると思います。
アスカは、早々と母親の存在に気付きました。
何はともあれ、TVのように酷い状況にはならないと思います。
さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか?
よろしければ、ご意見・御感想等お寄せください。
それでは、次回をお楽しみに。
艦長からのお礼
くらげ使途・・・・
あまりにもあっけなさすぎですな(笑)
刺身のつまにもなりゃしない。
ま、なんからぶらぶなのでヨシとしましょう(爆)
さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!