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DUAL MIND  第16話

 

 

 

 

 

アスカは笑顔で、起動した弐号機を動かしている。

 

「さあ、アスカ。後は使徒を倒すだけだよ」

 

「うん、まかせて!ママが力を貸してくれるから・・・・・・それに、シンジもいるし!」

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

「うん。さあ、行くわよ!」

 

アスカがそう言った次の瞬間、弐号機が宙に舞い、輸送船から巨大な空母に着地した。

そして、流れるような動きで肩からプログナイフを取りだし、構える。

前方の海面が、波打つ。

そして、いきなり巨大な物体が、宙に舞い上がった。

第六使徒ガギエルは、その巨体に似合わぬ跳躍力で、一気に弐号機に躍りかかった。

だが、弐号機パイロット達は焦らなかった。

子供の頃からパイロットとしての訓練を積んでいる、惣流・アスカ・ラングレー。

初号機パイロットとして圧倒的な戦闘力を持つ、碇シンジ。

そして、碇リュウヤ。

使徒が殲滅されるのに、1分も掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUAL MIND

第16話「邂逅」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗な部屋。

その存在自体が異様なのか、とにかく部屋全体の雰囲気がおかしかった。

巨大なモノリスが並ぶその部屋には、ただ1つ静寂のみが流れている。

そして、それらモノリスに囲まれるように座っている男、碇ゲンドウ。

彼は机に両肘をつき、手を重ねるようにして自分の口元を隠している。

そして、愛用のサングラスの奥では、鋭い視線でモノリスを睨み付けていた。

 

「この弐号機の動き、どう説明する気だ?」

 

部屋を支配していた沈黙が破れる。

威厳に満ちた声が辺りに響きわたるが、ゲンドウは何ら表情を動かさない。

 

「質問に答えろ、碇」

 

「大したことではありませんよ。ただ弐号機が想像以上の動きをした。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

全ては、彼の掌で躍っているのだ。

すると次は、少し甲高い声が聞こえてくる。

 

「碇、そんな言葉で我々を騙せるとでも思っているのか?報告では、弐号機にはお前の息子も乗っていたそうではないか」

 

「それが何か?」

 

「それが何か・・・・・・だと?いちいち説明せねばわからぬか?」

 

その言葉を聞いて、ニヤリと口元を歪めるゲンドウ。

クイッとサングラスを上げる。

 

「たかがサード1人で何が変わりましょう」

 

ゲンドウがそう言った瞬間、辺りが騒然となる。

それを嘲笑うかのように口元を歪めているゲンドウが、さらに言葉を続ける。

 

「確かにサードの行動は予想外ではありました。しかし、それが弐号機の覚醒に影響を与えているとは考えられません。その事は、すでに報告したはずですが・・・・・・」

 

「確かに聞いておる。だが、情報の偽証など貴様には容易い事だろう。それに、お前の息子は異常だ」

 

その言葉に、ゲンドウは何も答えずにいる。

自分の息子のことを異常だと言われても、ゲンドウは顔色1つ変えない。

その程度で顔色を変えていたら、この場にいることなど不可能だろう。

 

「碇よ、何を企んでいる?今回の事、シナリオにも響くことになるぞ」

 

「全てにおいてイレギュラーは付き物です。しかし、この程度では、人類補完計画は何の影響も受けません。全ては予定通りに進んでおります」

 

「何の影響も与えない?予定通り?・・・・・・現時点で弐号機と弐号機パイロットのシンクロ率が90%を超えているのにか?」

 

「セカンドチルドレンは、幼い頃よりパイロットとしての教育を受けております。何の教育も受けていないサードチルドレンがいきなり初号機とシンクロした事を考えると、しっかりと教育を受けたセカンドが高いシンクロ率を得ることは当たり前かと」

 

ゲンドウは全く動じずにそう答えた。

しばしの沈黙。

 

「わかった、もう良い」

 

そんな声が辺りに響いた瞬間、ゲンドウの姿がそこから消えた。

残るのは、複数のモノリスのみ。

 

「どう見る・・・・・・あの碇の態度を」

 

落ち着いた老人の声が辺りに響く。

彼らをまとめている、中心的人物のようだ。

 

「わからん。だが、問題は先の第六使徒だ。あんな行動を起こすとは全くの予想外だ。あの場面でエヴァ弐号機と交戦状態になるなど、我らのシナリオにはないぞ」

 

「仕方があるまい。昔、あれを捕獲したときは、それをどうこうするような技術力は我らにはなかった。多少の改良によりある程度の支配は可能だったが・・・」

 

「左様。この先も油断は出来ん。あれらは所詮拾いものを改造しただけで、我らが作り出した存在ではないのだからな」

 

「もっとも、我らが作り出したとしても、思い通りに動くとは限らないがな」

 

その言葉には、ありありと皮肉の色が浮かんでいた。

その理由は、その言葉を聞いた全ての人間が知っていた。

 

「タブリスは・・・・・・まだ眼を醒まさんか?」

 

「あれは、神の意志で動いているのかも知れん。それを、我らがねじ曲げることは不可能だよ」

 

「タブリスは役立たず。さらには、我らが作りし『あれ』は我らに敵対しおった。まあ、『あれ』はすでに死んでおるがな」

 

「『あれ』の話をするな!!」

 

老人の怒声が辺りに響くと同時に、周囲にあったモノリスが一瞬にして消える。

その中に1つだけ残るモノリス。

 

「碇・・・・・・お前は我々を裏切るなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、1人の少女が歩いている。

長い金髪と青い瞳をした、整った容姿の少女。

近くの中学の学制服に身を包んではいるが、そのスタイルは明らかに年齢標準を凌駕している。

彼女の名は、惣流・アスカ・ラングレー。

エヴァンゲリオン弐号機のパイロットとして、ネルフドイツ支部より来た少女である。

 

「うーん、この辺だと思うんだけど・・・・・・」

 

キョロキョロしている所を見ると、何かを探しているようだ。

そんな彼女の視界に1人の少女が入る。

その少女は、アスカと同じ制服を着ている。

アスカは渡りに船とばかりに、早速その少女に話しかける。

 

「ねえ、ちょっと良いかしら?」

 

その声に振り返る少女。

穏やかな顔をしたお下げ髪の可愛い少女、洞木ヒカリ。

いきなり声をかけられて、少々面食らったようだった。

 

「えっ・・・・・・何ですか?」

 

「このマンションって何処にあるのかしら?・・・・・・あたし、まだ日本に来たばかりだから、道が良くわからなくて」

 

ヒカリは、随分流暢な日本語だなと思いながらも、アスカの提示した紙を見る。

そこに書いてあるマンションは、ヒカリが行こうとしていたマンションだった。

 

「このマンションだったら、私も今から行くところですけど・・・・・・」

 

「ほんと?もし良かったら私も一緒に連れていってくれない?」

 

「ええ、いいですよ」

 

「ありがとう。あっ、私は惣流・アスカ・ラングレー。よろしくね」

 

「私は洞木ヒカリです。よろしく、惣流さん」

 

そう言って軽く会釈するヒカリ。

そして、2人で並んで歩き出す。

 

「本当に助かっちゃった。日本に来たばかりだし、この辺りの道も知らないからいきなり迷っちゃったのよ」

 

「そうなんですか。こちらにはご家族といらっしゃったんですか?」

 

「ううん、1人で。それで、今日から第一中学って所に通うんだって。でも、今更中学に行けって言われてもね〜」

 

そう言って、面白くなさそうな表情をするアスカ。

そんな顔ですら、彼女の場合は魅力的に見えてしまうようだ。

 

「えっと、惣流さんは何年生なんですか?」

 

「・・・・・・14歳だから、日本で言う中学2年かしら?」

 

「えぇ!?」

 

アスカの答えに驚きの声を上げると、固まってしまうヒカリ。

そして、まじまじとアスカのことを見る。

ヒカリの目の前に居る少女は、どう見てもヒカリと同い年に見えない。

顔立ちも、スタイルも、全てがヒカリを凌駕していた。

 

(神様・・・・・・あなたは不公平です)

 

そう思いながら、心の中で涙を流すヒカリ。

そんなヒカリを、不審そうな目で見ているアスカ。

 

「あのさ・・・・・・何ブツブツ言ってるの?」

 

「えっ!?ううん、なんでもないの。惣流さん、私と同い年なのに綺麗で羨ましいなって・・・・・・」

 

「何言ってるのよ。あなただって充分可愛いじゃない?・・・・・・それより、あたし達って同じ歳みたいだから、その他人行儀な呼び方は止めてよ。アスカで良いわよ、アスカで」

 

「えっ・・・・・・うん。じゃあ、私のこともヒカリって呼んで」

 

そう言って微笑んだ少女に、何となく目を奪われるアスカ。

とても優しい笑顔に、アスカは思わずシンジを思い出してしまった。

シンジと同質の、とても温かく優しい笑顔をこんな所で見るとは、夢にも思わなかっただろう。

そして、2人は他愛のない話をしながら10分ほど歩いただろうか。

 

「もしかして、これ?」

 

「ええ。ここがそうよ」

 

ヒカリはそう言って、目の前にそびえ立つマンションを指し示す。

そして、2人はマンションの敷地内に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションからほど近い場所に、一台の車が止まっていた。

その中には、1人の男性がいた。

スーツを着込み、端正な顔をしている男性。

彼は、2人の少女達がマンションに入っていくのを見て、手元にあった携帯端末を操作する。

そこに映し出されていたのは、アスカとヒカリのパーソナルデータだった。

そのデータは、MAGI内部にあるものと同一のデータである。

コンコン。

不意に車のウィンドウがノックされる。

車内の男は特に気にした様子もなく、黙ってウィンドウを下げる。

むせ返るような夏の熱気が、エアコンで冷え切った車内に、大量に流れ込んでくる。

 

「広瀬三佐、いかが致しますか?」

 

車外の男はそう問い掛ける。

だが、『広瀬三佐』と呼ばれた男はその問いに答えることはなく、ただ黙々と携帯端末を操作している。

その様子を見て、車外の男は溜息を付くと、そのまま反対側のドアから車に乗り込んだ。

結局開かれたウィンドウも閉じられ、車内にまた冷たい空気が充ちてくる。

 

「セカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレー。それに、サードチルドレンの幼なじみである洞木ヒカリ・・・・・・か」

 

「ええ、間違いありませんよ。で、どうしますか三佐?」

 

「・・・・・・中学生の女の子を拉致するなど、気が進まない」

 

それだけ答えると、広瀬は再び携帯端末を操作する。

そこに映し出されていたデータは、いつの間にかサードチルドレンのものに替わっていた。

 

「あなたならそう仰ると思いました。しかし、よろしいのですか?上の命令では、セカンドチルドレンを・・・」

 

「あのな、お前もわかっているだろ?今の状態でセカンドに手を出せば、こちらとて無傷では済まない」

 

広瀬はそう言って、スッと目を細めると、辺りに視線を向ける。

先程から、自分達に対して向けられている視線を、彼は敏感に感じ取っていた。

そして、それは一緒にいる男も同じだった。

 

「ええ。それどころか、セカンドを手に入れられるかも微妙ですね。相手は、かなり訓練されています。今までのチルドレンの護衛とは格が違います」

 

「ここまであからさまに殺気を叩き付けてくる事など、ここ数日前まではなかったからな」

 

「やはり、先日のサードとの件でしょうか」

 

その言葉に、広瀬は僅かに口元を歪める。

だが、すぐに表情を戻すと携帯端末に目を向ける。

男はしばらく広瀬の表情をうかがっていたが、ややあって口を開く。

 

「ここ数日のネルフ側のガードにはまったく隙がありません。確か・・・・・・ネルフ保安諜報部で、一部人事異動があったそうです」

 

「ほう・・・・・・誰かわかっているか?」

 

「ええ。ネルフドイツ支部から異動になった、加持リョウジ。・・・・・・あの、加持リョウジが、事実上、現在のネルフ保安諜報部を取り仕切っています」

 

「なるほど、あいつが帰ってきたか。奴の布陣なら納得できるな」

 

そう言って、嬉しそうに笑う広瀬。

そう、まるで長く別れていた旧友にあったかのような、とても嬉しそうな笑顔。

 

「加持リョウジをご存じなんですか?」

 

「まあな。腐れ縁ってやつだ。それよりも、あいつが居るとなると、これからは今までのようには行かなくなるな」

 

「何故です?『一尉』ともあろうお方が、随分と弱気なことを・・・・・・」

 

男がそう口にした瞬間、広瀬の鋭い視線が男を捉える。

 

「言葉には気をつけろ」

 

「これは、失礼しました・・・・・・三佐」

 

男が謝罪したので、広瀬は視線を逸らし携帯端末に目を向ける。

そこには、チルドレン3人の詳細なデータが並んでいる。

 

「ほう・・・・・・パイロットとしては、サードよりセカンドの方が上か」

 

「シンクロ率・・・・・・でしたか?ですが、それだけでは実際の戦闘力はわからないのでは?」

 

「もちろんだ。あのロボットでは、生身での戦闘力が顕著に反映されるらしい。だからこそ、サードはこれまで使徒を倒せた。サードの戦闘力は、ハッキリ言って異常だよ」

 

広瀬はそこまで言って、携帯端末をしまうと、ゆっくりと伸びをする。

眠そうに欠伸をしながら。

 

「広瀬三佐。そろそろ戻りますか?」

 

「いや、俺は今日は直帰だから、ここから歩いて帰るよ。あいつも待ってると思うし、さっさと家帰って寝るよ」

 

そう言いながら、ゆっくりと車から降りる広瀬。

ドアを閉めた後、ウィンドウが半分くらいまで下がっていく。

 

「それでは、配置した奴らに関しては、私の方で引き上げさせておきます」

 

「そうしてくれ。それと、お前も早く帰って休め。いくら若いと言っても、徹夜は疲れるからな」

 

「はい。それでは、お疲れさまでした」

 

そう言って男が広瀬に軽く頭を下げると、広瀬は笑顔を浮かべながらゆっくりと車から離れる。

そして、そのまま1人歩き出す。

そんな広瀬の背後から、車の走り出す音が聞こえてきた。

その音を聞きながら、広瀬は1人歩いていく。

彼は、自分にいくつもの視線が集中しているのを感じ取っている。

そこにあるのは殺意。

だが、広瀬は怯むことなく、ただ1人で歩いていく。

サードチルドレンの住んでいるマンションとの距離が近付くにつれ、辺りを取り巻く殺気も、次第に濃厚なものになっていく。

そして、マンションの敷地に入るかどうか、ギリギリのところで足を止めた。

あと一歩踏み出せば、間違いなく殺し合いが起こる。

そんな、危険な領域。

広瀬は、1人マンションを見上げると、声は出さずに、唇だけを動かした。

しばし、沈黙が辺りを包む。

 

「・・・・・・・・・・・・さて、帰るか」

 

広瀬は1人呟き、マンションに背を向けると、ゆっくりと歩き出す。

殺意は、彼を追っては来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『また会おう』か。あいつ・・・・・・」

 

そう呟き、苦笑いを浮かべているのは、加持リョウジ。

気配を消していたはずなのに、しっかりと目があった。

完全に、相手に居場所を悟られていた。

 

「相変わらずか。まあ、お互いの手の内は知り尽くしてるからな」

 

加持はポケットから煙草を取り出すと、それに火をつけた。

紫煙が、緩やかな風になびく。

 

「しかし、まさかあいつがシンジ君とやり合うとはね」

 

加持は、先日シンジを襲った相手の事を知っていた。

シンジからその人物の特徴を聞いたとき、彼の中では自然と犯人は限定された。

 

「あいつは真実を知らない。だから、シンジ君に敵対する」

 

煙草を携帯用灰皿でもみ消すと、悲しそうな目をする。

そう、まるで親友のことを気遣うように。

 

「まったく、あいつは何をやってるんだ?・・・・・・あの娘はお前に復讐なんて求めていないはずだ」

 

加持は再び煙草を取り出すと火をつけ、ゴロンとその場に寝ころんだ。

ゆっくりと、時間が過ぎ去っていく。

 

(お前は何もわかっていない。このまま、奴らの掌の上で踊るつもりか?)

 

加持は、煙草を吸い終わるとゆっくりと立ち上がる。

空に浮かんでいる雲が、ゆっくりと形を変えながら動いている。

加持は未だに悲しそうな眼をして、空を見上げている。

そして、しばらくして呟くように言った。

 

「タケユキ、お前はまだ気付かないのか?・・・・・・お前の本当の敵は、ネルフではなく、ゼーレなんだぞ?」

 

戦略自衛隊所属、広瀬タケユキ三佐。

加持リョウジの幼なじみにして、現在も親友としての付き合いのある男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカとヒカリは、マンションの敷地内を通り、その入り口に到達していた。

そこで、ヒカリがカードをスロットに通すと、入り口の自動ドアが開く。

ヒカリは、そのままマンションにはいると、ロビーを通り抜け、エレベーターに向けて歩いていく。

その後を、キョロキョロと見回しながら入っていくアスカ。

 

「ねえヒカリ。ヒカリは何でこのマンションに来たの?」

 

「お友達を迎えに」

 

「ふーん」

 

そのまま2人でエレベーターに乗り込むと、左右にあるボタンから、同時に同じ階をおす。

2人で顔を見合わせ、何となく笑ってしまった。

 

「ねえ惣・・・・・・アスカ。アスカは誰に用があるの?友達?」

 

ヒカリがそう訊いた瞬間、アスカの頬がポッと赤くなった。

そのまま希望の階につくと、ヒカリがアスカに向き直る。

 

「アスカは何号室なの?」

 

その問いの答えに、ヒカリは驚きで目を見開いた。

こんな偶然が、あるのかと。

そしてヒカリはアスカを連れて歩くと、「赤木」と書かれている部屋の前で立ち止まった。

 

「あ、ここよ。ありがとうヒカリ。おかげで助かっちゃったわ」

 

「ううん、いいよ。私もここだから」

 

ヒカリはそう言うと、いきなり呼び鈴を押す。

すると、すぐにインターホンから声が聞こえてくる。

 

『ヒカリ?ちょっと待ってて』

 

「ヒカリ・・・・・・シンジの知り合いなの?」

 

「うん」

 

そう言っていると、ドアが開き制服を着ているシンジが出てきた。

その上からつけているエプロンが、何故だかわからないがとても似合っている。

 

「おはようヒカリ、今日も時間通りだね・・・・・・・・・って、あれ?アスカ、どうしたの?」

 

その言葉を聞いて、アスカがぷるぷる震えだした。

いかにも自分がおまけかの様な言い草。

しかも朝迎えに来る女の子、ヒカリの存在が彼女の怒りをより強いものにしていた。

 

「まあいいや。ヒカリ、とりあえず入って。・・・・・・あ、アスカも入って」

 

それを聞いたアスカが、ついに爆発した。

 

「まあいいやって何よ!ちょっとシンジ、説明しなさいよ!」

 

碇シンジ。

朝から不幸な少年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤木リツコ宅。

キッチンには4人の人物がいる。

まずは碇シンジ。

弁当を作っている彼の頬には、見事な紅葉が付いている。

そして、そのシンジを睨んでいる少女は、惣流・アスカ・ラングレー。

シンジに平手打ちをくらわした彼女は、ムスッとしながらシンジの後ろ姿を睨み付けている。

さらにその横で、シンジの手際の良さを再認識している少女は、洞木ヒカリ。

そしてその正面に居るのは、この家の家主、赤木リツコの娘のマナ。

鋭い視線をアスカに向けながら、むしゃむしゃとパンを食べている。

 

「まあ、だいたい事情は分かったわ。あんた達の事はね」

 

そう言ったアスカの顔は、まだ怒っているように見える。

そんな彼女の横で、苦笑いをしているヒカリが口を開く。

 

「アスカもいきなりひっぱたくなんてやりすぎよ」

 

「・・・暴力女・・・」

 

マナが、ぼそっと呟く。

彼女はシンジを叩いたアスカに対して、あまり好意的ではないようである。

 

「ぐっ・・・・・・でも、シンジが女を引っ張り込んでると思ったのよ」

 

「大丈夫よ、シンジ君はそんないい加減な人じゃないから」

 

そう言ってアスカを慰めるようにヒカリが言う。

マナはつまらなそうに目を逸らすと、こくこくと牛乳を飲む。

そんな少女達を尻目に、黙々とマナのお弁当を作っているシンジ。

 

「ところでヒカリって、いつもこんな早くからシンジの家に来てるの?」

 

「うん、私の家はみんな早いから食事の用意も早くないといけないの。そうすると結構時間余っちゃうから」

 

「ふ〜ん。私も明日からこの時間に来ようかしら?」

 

そう言ったアスカを、冷たい視線で見るマナ。

シンジに悪い虫が付いたのを、快く思っていないようだ。

 

「ヒカリお姉ちゃんは良いけど、あなたは駄目」

 

そんなマナの言葉にカチンときたアスカが、椅子から立ち上がる。

それにあわせて、同じように立ち上がるマナ。

ヒカリは、やれやれと言った顔をして、黙って紅茶をすする。

こういうときの落ち着きようは、シンジの幼なじみというに相応しいものだろう。

 

「あんた、さっきから生意気なのよ!ガキのくせに!」

 

「私、ガキじゃないもん!それに、シンジをぶったくせに、いつまでここにいるつもりよ。この年増!」

 

そう言い合い、今にも衝突しそうなアスカとマナ。

その2人を止めたのは、シンジだった。

 

「ハイハイ2人とも、もうその辺にしておこうね。リツコ姉さんが徹夜で疲れて寝てるっていうのに、これ以上騒ぐのなら・・・・・・覚悟できてるんだろうね」

 

そう言いながらにっこり笑うシンジだが、その瞳は全く笑っていない。

マナがいやいやをするように頭を振る。

彼女にはわかっていたのだ。

シンジが笑いながら脅しをかけてくるときは、本気で怒る寸前だということが。

ヒカリはその様子を、紅茶をすすりながら静観している。

 

「マナは良い子から、もう騒がないよね?」

 

にっこり笑うシンジに、怯えた様子でこくこく頷いているマナ。

シンジはそれを確認して、マナの前に包みを出す。

 

「じゃあ、いい子のマナにはお弁当。今日は僕の作ったお弁当だけど我慢してね」

 

そう言ってマナに弁当の包みを渡すと、つづいてアスカに対して視線を走らせる。

アスカはむくれながらシンジを睨んでいるが、彼の視線に少しだけ腰が退ける。

 

「で、アスカはまだ騒ぐ?・・・・・・もし騒ぐなら、お帰りはあちらだよ」

 

「なっ、何よ!あたしが悪いって言うの!?」

 

先程よりさらに大きな声を出したアスカを前に、ついに笑顔を消すシンジ。

それを見て、マナが身を竦めた。

一瞬、危険な雰囲気が部屋の中を満たすが・・・。

カチャ。

絶妙なタイミングで、ヒカリがティーカップを置いた音が響いた。

その音で、シンジが表情を和らげる。

張りつめた空気が、嘘のように消えていた。

 

「アスカ、シンジ君を怒らせる前に謝った方が良いと思うよ?」

 

ただでさえシンジの視線におされ気味だったアスカに、ヒカリが冷静に止めを刺す。

アスカは少しの間「うう〜」と唸っていたが、やがて俯くと、本当に小さな声で呟く。

 

「・・・ごめんなさい・・・」

 

その返事に満足して頷くと、シンジはニッコリと微笑む。

そして、今度は何事も無かったかのように流し台に向かい、洗い物を片付け始める。

ホッと胸をなで下ろすアスカとマナ。

ヒカリは、再び紅茶をすすっている。

そして、誰1人として口を開かない、とても静かな時が流れる。

シンジの皿を洗う音だけが、辺りに響いている。

しばらくして、アスカがシンジに声をかける。

 

「ねえシンジ?」

 

「ごめんアスカ。悪いけど少し待ってて」

 

アスカに素っ気なく答えると、急いで残りの洗い物を片付ける。

その答え方が、まずかった。

シンジは洗い物を終えて、手を拭くとゆっくりと振り返る。

そこに待ち構えていたのは・・・・・・鬼。

 

「あんたまさか、ヒカリ以外の女を家に引っ張り込んでたりしないわよね?」

 

にっこり笑って訊いてくるアスカだが、その目は笑ってない。

先程のシンジと、全く同じようなことをしている。

立場が完全に逆転した瞬間だった。

 

「そっ、そんな事あるわけ無いじゃないか。だいたい僕は居候なんだよ?」

 

アスカの目に宿る殺気に冷や汗をかきながら、シンジが答える。

 

「そう、ならいいわ」

 

そういって、大人しく席に戻るアスカ。

その様子を見てほっとするシンジだったが、今日の彼はついてなかった。

ふいにドアが開き、登場したのは赤木リツコ。

 

「おはよう、ママ!」

 

「あっ、リツコ姉さん、おはようございます」

 

2人揃って、リツコに朝の挨拶をする。

そんな2人に、優しい微笑みを返すリツコ。

 

「おはよう、マナ、シンジ君。・・・・・・シンジ君、ごめんなさい。いつも家事を押しつけてしまって」

 

「いいえ、構いませんよ。リツコ姉さんが疲れているときくらい、僕がやりますよ」

 

「ふふっ、ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」

 

「ところで、もう少し寝て無くて良いんですか?徹夜だったんでしょ?」

 

「会議が入っているのよ。まあ、それが終われば帰って来られるし、今日は久しぶりにみんなで晩御飯を食べましょうね」

 

そう言って微笑むリツコ。

リツコとシンジ、マナの周りだけ、家族のほのぼの空気が漂っている。

そして、リツコは次にヒカリの方を向く。

何故かは知らないが、アスカのことは無視している。

 

「おはようございます、洞木さん」

 

「はい、おはようございます」

 

ヒカリとのんびりと朝の挨拶を交わすリツコ。

 

「ほらマナ、そろそろ用意しないと遅刻するわよ?」

 

「は〜い」

 

そう言って、椅子から立つと自分の部屋に戻るマナ。

その間、アスカは完全に無視されている。

そこでやっと、彼女はアスカの方を向く。

 

「あら、アスカじゃない。こんな所でどうしたの?」

 

沈黙。

アスカは、はらわたが煮えくり返っていた。

別に、リツコがここに居ることを怒っているわけではない。

何しろこの部屋は、赤木リツコの家である。

問題は、リツコの服装だった。

どうやら、リツコはベッドから出て、着替えずにそのままキッチンに来たようである。

今日は少し大きめの、シルクのパジャマを着ている彼女は、何とも言えない色香を漂わせていた。

そう、その姿は、アスカの嫉妬をあおるほど美しかった。

まだ中学生のアスカでは、どう足掻いても手に入れることの出来ない大人の色香。

格の違いを見せつけられ、プライドを粉々に打ち砕かれた瞬間だった。

 

「あんた・・・・・・今わざと無視してたでしょ」

 

ぷるぷると震え出すアスカ。

 

「フフッ、そんなことないわよ?・・・・・・さてと、シャワーでも浴びてこようかしら。シンジ君、また一緒に入る?」

 

ガタガタ!

リツコの言葉に、アスカと、そして何故かヒカリが椅子を蹴って立ち上がる。

ニコニコしているリツコは、どう見てもアスカより上手だった。

 

「リツコ姉さん、あんまりアスカをからかわないでよ。それに、『また』ってなんですか?」

 

「昔は、よく一緒に入ったじゃないの」

 

「昔って・・・・・・まだ僕が4つや5つの頃じゃないですか」

 

「ふふっ、そうね。あの頃のシンジ君、とても可愛かったわ」

 

そう言って、何故かうっとりしているリツコ。

シンジは、苦笑いを浮かべている。

平和な会話である。

 

「ちょっとあんた達、なに私を無視してるのよ!それにヒカリ、あんたも真っ赤な顔して悶えないでよ!!」

 

アスカの怒声が朝のキッチンに響く。

そして、次に部屋に響いたのは平手の音。

それと同時に、部屋から学校に行く準備を整えたマナが出てくる。

 

「あの・・・・・・シンジ、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?」

 

その声で、一同は正気に戻る。

皆が、時計を見つめる。

その様を見ながらリツコは1人欠伸をし、バスルームの方へ向かって歩いていく。

やがて、その場にいた全員が急いで玄関に向かったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校。

朝のホームルームにはまだ時間があるようで、生徒達が幾つかのグループに分かれて談笑している。

そんな朝の時間に、窓際の席に突っ伏しているのは碇シンジ。

何故だか疲れた様子で、顎を机の上にのせている。

 

「おはようさん、シンジ」

 

そう声をかけてきたのは鈴原トウジ。

男子生徒のなかでは、特にシンジと仲が良いようである。

そんな彼は、シンジの顔を見て僅かだが驚愕の表情を浮かべる。

 

「・・・なんや、らしくないのぉ。誰かにやられたんかい?」

 

「いや、ちょっとね」

 

そう言ったシンジの頬には、誰が見てもわかるほどくっきりと手の痕が付いていた。

通常、喧嘩などというレベルでシンジが殴られるとは考えられない。

トウジは、以前シンジに絡んでいた不良達が、ものの数秒で打ちのめされたのを目撃している。

シンジが、たかが喧嘩でやられるはずがない。

となれば、自ずと答えは見えてくる。

 

「はあ、そりゃ難儀なこったな。綾波か・・・・・・委員長か?」

 

シンジはその問いには答えられない。

なぜなら、その選択肢に今回の原因の少女が含まれていないからである。

シンジが曖昧な笑みを浮かべていると、それを鋭く察するトウジ。

 

「シンジ、まさか・・・・・・」

 

「トウジの考えているとおり、他の子だよ」

 

「うっ、裏切りもん!」

 

トウジが泣きそうな顔をするのを、シンジは苦笑いを浮かべながら見ている。

さらには、たまたま聞いていた数人の男子生徒からも、殺気の籠もった視線が注がれる。

 

(兄さん、なんだかヤバイ様な気がするんだけど)

 

<何がだ?>

 

(ただでさえヒカリやレイと仲良くしてるとみんなから色々言われるのに、この上アスカまで来たらどうなるやら・・・・・・)

 

<気にするな、所詮もてない男達のひがみだ>

 

(でも、この前だってレイの親衛隊なんて訳のわからないモノが来たし・・・・・・)

 

先日、学校に通うシンジとヒカリの前に、謎の一団が立ちはだかった。

自称、綾波レイ親衛隊。

その、捻りも何もないネーミングを聞いたとき、さすがのシンジも苦笑いをしたという。

なんだかんだいって喧嘩をふっかけてきた相手を、シンジはめんどくさそうに殴り飛ばしていた。

さすがに手加減していたので、誰も死ななかったようだが。

 

<まあ良いじゃないか。お前がそれだけ幸せって事だよ>

 

あくまで他人事のようにいうリュウヤに、シンジは溜息を付いた。

そうしている内に担任の先生が教室に入ってきた。

 

「あー、今日は転校生を紹介します。さあ、入ってきて」

 

そう言って入ってきた少女を見て男子がどよめく。

皆、その少女の美しさに驚いているからだ。

男子のほぼ全員が、お近づきになろうと心に決めた。

だが、彼らは知らなかった。

その少女が、すでにシンジのものであったということを。

 

「ドイツから来た惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく」

 

アスカは挨拶もそこそこに、シンジに向けて駆け出していく。

皆が唖然としている中、シンジに抱きつくアスカ。

 

「よろしく!シンジ」

 

シンジは男子からの殺気のこもった視線を、冷や汗をかきながら受け止めていた。

先程とは違い、男子のほぼ全員からの視線。

教室全体に、張りつめた空気が漂う。

 

(兄さん、どうしよう。まさか、アスカがここまでするなんて・・・・・・)

 

<諦めろ、お前はそういう星の下に生まれたんだ>

 

(そ、そんな〜)

 

シンジの魂の叫びは誰にも聞こえない。

誰もシンジに同情しない。

あるのはシンジの親衛隊のアスカに対しての嫉妬に狂った目。

そして男子の殺気のこもった視線だけだった。

 

「は〜。ほんまに難儀なこっちゃ」

 

そんなトウジの呟きが、シンジの耳に届いた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話、いかがでしたでしょうか。

アスカと加持が、それぞれの生活を始めようとしています。

アスカは中学校に通うことになりますが、なにやらトラブルを起こしそうな気がします。

加持は、ネルフ本部に異動になり、早速その手腕を発揮しています。

それと、ある危険な人物が再登場しました。

戦略自衛隊所属、広瀬タケユキ三佐です。

以前シンジのことを追い詰めた、あの男です。

彼は、今後もかなり話しに絡んでくると思います。

さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか?

よろしければ、ご意見、ご感想などお送りくださいませ。

それでは、次回をお楽しみに。

 




艦長からのお礼


敵だ。

男の敵だ!(笑)

まあ、シンちゃん親衛隊もあるみたいですから・・・バランスが取れていいのかな?(爆)


さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!

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