DUAL MIND 第2話
しばらくしてユイは顔を上げた。
そこにはここしばらく見られなかった笑顔があった。
「ありがとう、あなた」
「ああ」
そして二人は墓石を背に歩き出した。
ユイの顔にはもう暗い影は浮かんでいない。
二人で並んで歩きながら、ユイは思い出していた。
弟の死を知った時、絶望の中泣き崩れた時、確かに聞いた言葉。
確かに聞いたシンジの言葉。
「だいじょうぶ。りゅうやおにいちゃんはここにいるよ。ぼくといっしょにいるよ」
DUAL MIND
第2話「第三新東京市」
BY ささばり
<・・・ん・・・・んじ・・・しん・・しんじ・・・シンジ!>
「う〜ん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?」
ここはマンションの一室。
部屋の中にはほとんど何もない。
部屋の中にあるのは小さなタンスとダブルベット。
それしか無い。
いや、正確にはそれと少年が一人。
碇シンジ。
それが彼の本名である。
「何だ。兄さんか。人の眠りを邪魔するなっていつも自分が言ってるくせに」
不機嫌そうに髪を掻き上げながら言うシンジ。
ところで、おかしな事に部屋の中にはシンジ1人しかいない。
それなのに、シンジは誰かに話しかけている。
<寝せといてやっても良いが、遅れるぞ。行くんだろ、第三新東京市に>
「は?」
半ば寝ぼけながら常にしている腕時計に目をやる。
時間が止まる。
だが止まっているのはシンジの時間。
時計が止まってくれるはず無い。
次の瞬間、部屋にシンジの叫びが響いた。
「遅刻だ〜!」
「父さんと母さんに会いに行くだけなのにどうしてみんなついて来るんだろう。」
シンジが一人、歩いている。
商店街の中をリニアの駅に向かって歩いていく。
声をかけてくる店の人に軽く挨拶を返しながら。
彼はその容貌と人当たりの良さで、商店街でも人気者だった。
<仕方がないだろ、シンジ。文句ならおまえの父親に言え>
突如、シンジの頭の中に声が響く。
しかしシンジはその事に驚くことはなく、平然と頭の中で言葉を返す。
まるで、それがいつもの事かの様に。
(父さんに?)
<ああ、シンジの父親、碇ゲンドウ>
(うーん。父さんの仕事は理解しているつもりだけど・・・これはチョットね)
そう言うとシンジはあたりの気配を伺う。
実はマンションを出たときから気付いていた。
自分を監視している気配に。
(5,6,・・・7人。いや、8人かな?)
<はずれ。正解は7人。後の1人は違うな>
(でも凄い視線を感じるよ。さっきから背中に突き刺さってるよ。)
<恋する乙女は怖いと言うことだ>
(は?)
一瞬訝しげな表情をしてしまうシンジ。
<わからないのか?>
(・・・なにが?)
<鈍感>
(え?)
彼には熱い視線に込められている意味が分からなかった。
自分が美形だということに気付いていなかったから。
だがはっきり言って殺気に近い。
<で、実際どうするんだ?少し運動するか?俺は構わないがな>
(止めとこうよ。向こうも仕事だし、父さんの命令でしょ・・・それで怪我しちゃ可哀想だよ)
<そうか・・・。優しいな、シンジは>
シンジの頭に優しく、労るような声が響く。
そうしている内に駅に着いたシンジは、ちょうど来たリニアに乗っていった。
そう、第三新東京市を目指して。
「これ、ホントなの?チョッチ異常じゃない?」
特務機関ネルフ。
国連直属の非公開超法規的組織。
わずか29の若さでその組織の作戦部長にもなった女性が、報告書を読みながらそんな事を言っている。
葛城ミサト1尉。
ちなみにかなりの美女である。
「あら、すべて事実よ」
書類などが散乱している部屋。
ミサトの部屋である。
そしてそう言ったのは金髪の女性。
特務機関ネルフの技術部に所属している。
赤木リツコ博士。
技術部のナンバー2である。
ちなみにこちらもかなりの美女である。
「それにしてもね〜。うちの諜報部の監視を撒いた回数、半端じゃないわよ」
「そうね。でもまだまだあるわよ。ほら、次のページ」
「なに?・・・え、何よこれ」
しばし呆然とするミサト。
そこに書いてあった情報が異常だったのだ。
ミサトの中にある常識と、その事はかけ離れていた。
「書いてあるとおりよ。何者かが諜報部の目をかいくぐって彼を誘拐しようとした事件が54件。そしてその全てを単独で乗り切っているわ、彼。」
「でも相手はプロでしょ。そんなの無理じゃない」
「でも彼はその無理な状況を全て乗り切っているわ。たった一人で・・・」
ミサトは言葉を無くして資料を読んでいる。
死傷130人。
そう、シンジは人を殺しているのだ。
相手もまっとうな道の者ではないので、それが問題になることはない。
だが、相手はプロである。
ただの中学生のシンジが殺せるとは思えなかった。
「事実よ」
「・・・」
「ミサト?」
「シンジ君のことは解ったけど、こっちのは何?」
そう言ってリツコにもう一つのファイルを見せる。
それをのぞき込んだリツコの顔が青ざめる。
そこに書いてあった名前を見てしまったから。
碇リュウヤと・・・。
「そ、そんな!どうしてあの人のファイルが!」
その様を間近で見ていたミサトは驚いた。
自分の友人がここまで感情をあらわにすることは、非常に珍しかったからだ。
「どうしたのよリツコ。そんなに大声あげて、らしくないわね」
「な!何でもないのよ!ただちょっと・・・」
「リツコ〜」
そう言うミサトの瞳は輝いていた。
「な、なによ」
「別にー、何でもないのよ。ただこの子とどういう関係なのかなって。チョッチ気になってね・・・」
ミサトの目は完全に人をからかっている目だ。
「この子?」
そこにあったのは20歳くらいの青年の写真。
少し目つきは悪いが美形と言って過言ではない顔立ち。
白と言うよりは銀に近い髪の毛。
そしてその瞳の色は赤。
「この赤い目、レイみたいね」
リツコは写真から目を離せないでいた。
彼の写真なら自分の部屋にもある。
母の仕事の関係で子供の頃から研究所に来ることが多かったリツコ。
高校の入学式の時にねだって一緒にとってもらったのだ。
そのときの写真の彼は今でもリツコの部屋で優しい微笑みを浮かべ、部屋に帰ってきた彼女の疲れを癒している。
しかし、この写真の彼は違った。
まるでリツコを誘っているかの様な挑発的な笑みさえ浮かべていた。
そしてその瞳。
赤。
リツコは彼のこの瞳も好きだった。
吸い込まれそうな赤い瞳。
彼の瞳は、まるで魔力を持っているかの如くリツコの心を離さなかった。
それ程好きだった赤い瞳。
だからこそ同じ赤い瞳を持つ、空色の髪の少女にも優しくできるのだ。
「で、リツコ。この子とはいったいどういう関係なの?」
葛城ミサト、赤木リツコ、ともに三十路前。
20歳などまだ子供なのだろう。
ニヤニヤしている友人に、ゆっくりと口を開くリツコ。
「彼、私たちより年上よ」
その言葉は泣き出しそうなほど弱々しかった。
「えっ!でもどう見ても二十歳くらいじゃない」
信じられないといった風な声を上げるミサト。
実際どう見ても20歳くらいにしか見えない。
リツコは言葉を続ける。
その目から、涙がこぼれる。
「・・・生きていたら・・・だけどね」
ミサトは何も言えずにファイルに目を落とす。
そこにはこう書かれていた。
”2004年11月21日 死亡を確認 享年24歳”
すぐに顔を上げ、すまなそうにリツコを見るミサト。
そんなミサトにリツコは何も言わずに、涙を拭うと身を翻す。
「あっ、リツコ!!」
その声を無視して、ミサトの部屋を出るリツコ。
そして、背後で閉まったドアに寄り掛かりながら、ポツリと呟いた。
「私の方が年上になっちゃったわね、お兄ちゃん」
特務機関ネルフ、司令室。
異様に広いこの部屋に人影が3つ。
1人はデスクに座り肘をつき指を組み合わせ口元を隠す。
サングラスをしているためその表情をうかがうことは出来ない。
サングラスと髭が印象的な男。
ネルフ総司令、碇ゲンドウ。
その脇に控えているのは初老の男と温かな微笑みを浮かべた美女。
「良かったのか?碇」
初老の男が言った。
ネルフ副司令、冬月コウゾウ。
特務機関ネルフのナンバー2である。
「問題ない」
「しかし、葛城君の運転はもの凄いそうだぞ」
「死ぬ訳ではあるまい」
その会話を聞いていた美女が初めて口を開く。
優しさ。
そんな想いのある声色。
「あら、ミサちゃんなら大丈夫ですよ」
ネルフ副司令兼技術部特別顧問、碇ユイ。
特務機関ネルフのナンバー2。
そしてその技術部のナンバー1である。
「ミサちゃんの車。ジェットコースターみたいでとても面白いですわ、冬月先生」
そのユイの言葉に、唖然としている冬月。
何故か冷や汗をかいているゲンドウ。
だが、当のユイはニコニコしている。
しばらくの沈黙の後、ゲンドウの絞り出すような声が聞こえた。
「・・・も、問題ない」
その頃、シンジは第3新東京市に着いていた。
リニアから降り、ゆっくりと伸びをするシンジ。
「やっと着いたよ。長かったね」
シンジは手ぶらである。
手荷物1つ持っていない。
彼は物に執着するタイプではなかった。
物は、金さえあれば買える。
そう思っているのだ。
親元を離れて3年。
彼は、色々な世界を見てきた。
1つ所に定住することはなく、本来義務教育である中学校にすら行っていなかった。
もっとも彼は日本にいなかったし、居たとしても学問という観点から見れば、彼は中学教育など必要なかった。
「第3新東京市・・・すっかり変わっちゃったね」
辺りには人っ子1人居ない。
だからこそ、彼は気兼ねなく言葉を口にする。
自分の中にいる、ある特殊な存在に対して。
<まあ、ここを去るときはまだ工事中のものがたくさんあったからな>
シンジの頭の中に声が響く。
もう10年も付き合っている、自分の中にいるもう1人。
「もう・・・3年も経ったんだね」
<そうだな・・・・・・・・・シンジ、戻ってきたことを後悔してるのか?>
頭の中の声に、しばし考えるシンジ。
緩やかな風が、シンジの髪を揺らす。
シンジは笑顔を浮かべていた。
この街に帰って来ることは、本当は陰鬱で仕方なかったシンジ。
だが、ふと思い出したのだ。
この街には、大切な人たちが居る。
その人達との再会を考えると、自然に笑みが浮かんでくる。
「後悔してないよ・・・・・・・・・・・・みんなに逢えると思うと、嬉しくてね」
<そうか・・・・・・・・・だが辛いぞ。恐らく逃げることは出来ない>
シンジはその言葉には何も答えられない。
彼は自分が何故この街に来たか、把握していたから。
両親のもとに帰ってきたとは思っていない。
両親など、彼にとっては忌み嫌う存在でしかない。
シンジは黙って歩き、改札口に着く。
何故か、自動改札が閉まっている。
「あれ・・・壊れてるのかな?」
そう言いながら軽やかに自動改札を飛び越える。
改札を抜けると、ガランとした空間がある。
人が、誰1人居ないのだ。
辺りを見回すこともなく、駅から出るシンジ。
そこで、ふと足を止める。
<しかし辺りに誰も居ないというのはどういうことだ?>
「たぶんこのサイレンが原因じゃない?」
そう言ってから空を見上げる。
雲1つない青空が広がっていた。
空色。
(あの子、元気かな?)
相変わらずサイレンが鳴っている中、シンジは歩き出した。
彼は、辺りに流れているアナウンスを全く聞いていなかった。
『・・・ただいま、政府による非常事態宣言が発令されました・・・・・』
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
第2話、いかがでしたでしょうか。
主役のシンジ君、登場しました。
彼は、3年ほど前から第3新東京市を離れていました。
それも、自分の意志で。
TV版のシンジ君とは違って、強いシンジ君になります。
少なくとも、自分で前に進むだけの勇気は持っているようです。
さて、感想等ありましたら是非お送りくださいませ。
それでは、また次回でお会いしましょう。
艦長からのお礼
シンちゃん登場。
・・・・ツボにはまりました(笑)
あたしゃこういう主人公が2番目に好きです(笑)
自分で書くSSもそーゆーのが多い(爆)
(ちなみに1番好きなのは、有能だけど人間的に壊れてるキャラクターです(爆))
ああ、シンジの活躍が早くみたい・・・
ささばりさん、次も頼んまっせ(笑)
さあ、なんとなくプレイボーイの資質十分なシンジが見たければここにメールを出すんだ!(爆)