DUAL MIND 第8話
「どうしたの?シンジ君」
シンジの表情が暗く沈んでいることに気付いたヒカリがそう言って、シンジを気遣うような表情を見せる。
だが、シンジは何も答えられない。
それ程ヒカリの告白はシンジにとって衝撃だった。
その時シンジの携帯電話がけたたましく鳴ったのでシンジが出ると、何か2言3言話してから電話を切った。
そっと瞳を閉じると、ゆっくりと深呼吸をするシンジ。
そして、そんなシンジを怪訝そうに見ているヒカリとレイ。
やがてシンジはゆっくりと瞳を開くとヒカリとレイの方を見る。
「ごめん、ヒカリ・・・用が出来た。レイ、非常召集。いくよ」
「うん、お兄ちゃん」
そしてシンジたちはそのまま教室を出ていこうとするが、しかし途中で何を思ったか振り返ったシンジは言った
「ヒカリ・・・、後で話があるから。・・・・・・・・・・・・・・・大事な話だから・・・」
何か思い詰めたような表情で言うシンジにヒカリは声をかけることが出来なかった。
そして、シンジは教室を出ていった。
DUAL MIND
第8話「苦痛」
BY ささばり
特務機関ネルフ、更衣室への通路をシンジとレイは歩いていた。
シンジはどこか沈んでいるような表情で、歩き方もなんだか元気がない。
その横でシンジの顔を覗き込むように歩いているレイが口を開く。
「そんなに気にしないでよ、ね。もっと気楽に行こうよ」
何とかシンジを元気づけようとするレイだが、シンジの表情は晴れない。
ヒカリの妹を傷付けたという事実は、たとえそれが直接シンジの責任ではないとしても彼にはかなり堪えたのだ。
「気楽になんかなれないよ。ノゾミちゃんが怪我したんだよ?」
「でも絶対お兄ちゃんのせいじゃないよ!」
「うん、わかってる。・・・わかってると思う・・・」
そう言いながら足を止め俯いてしまうシンジに、ムッとしてしまうレイ。
レイとしては、自分の大好きな兄がウジウジしている所を見たくなかったのかも知れない。
キッとシンジのことを睨みつけ、普段の彼女からは想像もできないほど強い調子で口を開く。
「絶対わかってないよ!わかってたらそんな顔しないもん!」
「うるさい!少し黙っててくれよ!」
ビクッ!
廊下中に響くかのようなシンジの怒鳴り声に身を竦ませたレイは、ポロポロと涙をこぼしてしまう。
「わ、私は・・・ただお兄ちゃんのことが心配で・・・お兄ちゃんに元気を出して欲しかっただけなのに。それなのに・・・・・・・・・それなのに!!」
「レ、レイ!」
「お兄ちゃんのバカ〜!」
そう言って駆け出してしまうレイを、シンジは追うことが出来なかった。
ただ1人廊下に取り残されたシンジは、壁際まで歩いていくと思い切り拳を叩き付けた。
叩き付けた拳は確かに痛い。
だが、それ以上に彼は心が痛かった。
「・・・僕は・・・最低だ・・・」
発令所、その司令席のデスクに座る碇ゲンドウとその側に佇む碇ユイ、冬月コウゾウの両名が会話をしている。
彼ら3人は紛れもなくネルフのトップであり、常人では知りようのない知識も持っている。
よって、彼らの会話は必然的に怪しげな話になってしまう。
「間違いないのかね?」
「ええ、第四の使徒。老人たちも以外とまめですわ」
「しかし未だに信じられんな。あんなモノを作る技術があるとはな」
冬月はそう言うとメインモニターに目をやる。
そこにはUNの攻撃を受けながら宙に浮いて移動する使徒が映っている。
「我々はエヴァを持っている。なら同じように老人たちがあんなモノを持っていても不思議はあるまい」
そう言って口元を歪めるゲンドウに、鋭い視線を向ける冬月。
「碇は現状を楽観視しているようだが・・・」などと思っているのかも知れない。
冬月とてネルフの副司令としてかなりの情報を知っている。
当然「老人達」が誰のことなのか冬月は知っているし、その力の強大さがどの程度のものかも理解していた。
つまり、冬月は自分達がどのくらい分が悪い戦いをしているかも知っているつもりだった。
「しかし解せんな。いくら何でも早すぎはしないか?」
「ああ・・・恐らくはサードの能力を測るためだろう。あの老人達も前回の戦いがまぐれなのか、エヴァの暴走なのか、それとも紛れもなくサードの実力なのか、計りかねているのだろう」
先の第3使徒との戦いで、初号機は第3使徒を一分もかからずに始末している。
これは、如何なる条件においても発生するはずのないと考えられていた事象であった。
つまり、誰1人として初号機がこれ程圧倒的な力を持っているとは考えていなかったのである。
そこで問題になるのがパイロットの能力である。
サードチルドレン碇シンジの能力がずば抜けているのか、それとも暴走した初号機が通常では考えられないほどの能力を発揮したのか。
または、初号機が第3使徒を倒したのは全くのまぐれなのか。
実際の所シンジではなくリュウヤの存在が大きいのだが、現在はネルフの情報改ざん等により初号機の暴走という見方が一般的になっている。
「どのみち我々に選択肢はない。迫り来る使徒を倒すだけか・・・」
「所詮老人たちの掌の上・・・ですわね?冬月先生」
「仕方あるまい。我々はひたすら踊るしかない」
ユイの言葉にそう答える冬月に、ゲンドウ口元を歪めて笑う。
「かまわんよ冬月。今は踊っておく・・・。だが、いつまでも同じ舞台で踊るとはかぎらん」
「老人達の用意した舞台から私達の舞台へ・・・。老人達の悔しがる顔が目に浮かびますわ」
ユイは心底嬉しそうに言っているし、ゲンドウも怪しげな笑顔を浮かべている。
唯一まともな冬月だけが現実に直面している問題を口にする。
「それには我々の舞台まで行けなくては話にならん。サードチルドレン・・・大丈夫なのか?シンクロ率が著しく低いようだぞ」
冬月がゲンドウに訊く。
その言葉に少し辛そうな顔をするユイ。
ゲンドウはユイを気にしながらも冷たい言葉を吐く。
「起動さえしていればどうとでもなる。それにここで死ぬようならレイを出すまでだ」
「・・・レイが戦闘で使いものになるとは思えんがな。第一起動テストに一度も成功していないだろ」
「・・・シンクロはできている。起動するのも時間の問題だ。それに、我々はエヴァに頼るしかない」
そう言ったまま押し黙ると、メインモニターに映る初号機を見るゲンドウ。
冬月もやれやれといった感じでメインモニターを見る。
その時ただ1人だけ、ユイだけはサブモニターに映るサードチルドレン、碇シンジを見ていた。
シンジの表情は無表情。
戦いを前にして、冷静沈着といった表情で黙々と戦いの準備をしている。
だが、ユイはそんなシンジに何か違和感を覚えていた。
(シンジ、あなたはどうしてそんな悲しそうな目をしてるの?一体何があったの?)
母親としての本能か、ユイはシンジの瞳に悲しみの光りが宿っているのを見抜いていた。
「またこれか・・・。いい加減にして欲しいよ」
眼鏡の少年、相田ケンスケがそう言った。
ここはシェルターの中。
地上で始まる戦いに巻き込まれないように避難してきた人達で溢れかえっていた。
「なんやケンスケ、どないした?」
そう言ったのは常にジャージを着ている少年、鈴原トウジ。
少々喧嘩っ早いところがあるが、非常に男らしく義理人情に厚いと男子の友達は多い。
「上じゃ何かが起こってるはずなのにTVはまったく情報を流そうとしないんだ」
「なんやそないなことか。そんなんどうしよもないやろ」
「・・・トウジ。相談なんだけど」
「なんや」
「外に出たいんだ。・・・どうしてもロボットを見てみたいんだ」
少し考えていたトウジがケンスケの肩を叩く。
「わかった、一緒に外に行ったるわ」
そう言ってどこかに行こうとする2人の事をじっと見ていた人物がいた。
洞木ヒカリ。
2人がドアから出ていくのにあわせて立ち上がると同じドアから出ていく。
その瞳に浮かぶものは、決意。
「よっしゃ、これでええ」
「サンキュウ、トウジ」
「ああ、ほな行こか」
そう言ってシェルターから外に出ようとした2人は、迂闊にも自分達の後ろに立っている人物の存在に気付かなかった。
それが、2人の敗因となった。
「ちょっと、あなた達何やってんの!」
一瞬身を竦めると恐る恐る背後を見る2人。
そこには泣く子も黙る委員長、洞木ヒカリが立っていた。
それを見て、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、冷や汗を流すトウジとケンスケ。
「い、いや。これは・・・」
「言い訳はいいからさっさとみんなの所に戻りなさい!」
「そ、そんな・・・」
「いいから早く戻りなさいよ!」
「わかった。わかったからそないな大声出さんといてくれ!」
そう言ってとぼとぼ戻っていくトウジとケンスケ。
2人が完全に見えなくなってからヒカリは開いているドアへ歩いていく。
「わたし・・・何やってるんだろう」
そう呟くとドアから外に出ていった。
死が荒れ狂う、戦場へ。
地上に射出された初号機は第四使徒シャムシエルと対峙していた。
その光景を発令所から見ているミサト。
「初号機、使徒のATフィールドを中和しきれていません!」
その伊吹マヤの言葉に忌々しそうに唇をかむミサト。
初号機のパレットライフルの弾がATフィールドに阻まれ使徒まで届いていないのだ。
これではいかに有効な兵器だったとしても役には立たない。
『クソッ・・・効いてないのか!!』
忌々しそうに吐き捨てるシンジの声が発令所に木霊する。
初号機が前回の戦いで見せた圧倒的な力は、今回は見る影もなくなっている。
「リツコ、何とかならないの?」
側に立っている親友に訊ねるミサトだが、そんなに簡単に解決策が見つかったら苦労しない。
リツコは様々な情報が映るモニターを睨みながら口を開く。
「無理ね。最低でも40%程のシンクロ率がないと、第四使徒のフィールドを中和できるほどのATフィールドは生み出せないわ」
「何よ・・・全然足りないじゃない!!」
「使徒のATフィールドを完全に中和できなかったとしても、その防御能力はかなり下がっているはずよ」
「じゃあ何で効いてないのよ!!」
ミサトの怒鳴り声に顔をしかめると、視線をメインモニターに移すリツコ。
そこには使徒の攻撃をかわして何とかパレットライフルを撃っている初号機が映っている。
「マヤ、どう?」
「はい。現在、使徒のATフィールドの効果は当初の3割程度に低下しています。それでもパレットライフルが効いていないとなると・・・」
マヤの報告を聞いて苦々しい表情をするリツコに鋭い視線を向けるミサト。
その視線を受けて、リツコが口を開く。
「・・・明らかに威力が不足しているわね。あれでは足止めにもなりはしない」
「ATフィールドを完全に中和できなければ効果のない兵器など役には立たない・・・という訳ね」
そう言って腕を組むと、1人考え込むミサト。
武器の威力がないことはわかったが、それと初号機の今の戦いは全く別問題だ。
ほとんどの人間はシンジの戦い方を見ても何も思わなかっただろうが、ミサトは違った。
(あの馬鹿・・・全く戦いに集中してないわね)
ミサト自身も実戦経験があり、その彼女から見て今のシンジの戦い方は余りの情けなさに言葉もない。
(どうしたのシンジ君。あなたの実力はこんなものなの?)
そう考えながらメインモニターを睨み付けるミサト。
そこには辛うじて敵の攻撃をかわしながら反撃している初号機が映っている。
だが、パレットライフルから発射される銃弾はその全てが使徒のATフィールドに阻まれている。
(あの時、私は心の底から恐怖していたわ。たかが14歳の少年に・・・。それが何?何なのあのザマは?)
初号機が反撃しても使徒には全く効いていないので、どう見ても初号機が逃げ回っているようにしか見えない。
「この前の戦いと同一人物とは思えないわね。何なのあの無様な戦い方は・・・」
もしも初号機のパイロットがシンジでなかったら、リツコですら「無様」だといったのかも知れない。
初号機は、それほど情けない戦いをしていた。
「クソ、思うように身体が動かない」
そう言いながらパレットライフルを放すと後方へ体を反らす。
一瞬遅れて使徒の光の鞭がパレットライフルごと空間を薙ぐ。
シンジは苦戦していた。
第四使徒の武器、光の鞭。
その変幻自在な攻撃の前に手も足も出ない初号機は、完全に防戦一方に追い込まれていた。
その鞭の動きはすでに常人が反応できる速度を超えていた。
それでも辛うじてかわせるのは、それだけシンジの戦闘能力が高いことを示している。
シンジは同年代の人間は言うに及ばず、格闘技のプロと戦っても引けを取らないだろう。
リュウヤの力を借りればほぼ無敵に近い戦闘能力が得られる。
だが今リュウヤの力は借りていない。
いや、リュウヤ自身がシンジに力を貸すことを拒絶していたのだ。
そのためシンクロ率から考えるとシンジは実力の半分も出せず、これ程の苦戦を強いられているのだ。
<いい加減にしないと死ぬことになるぞ!>
リュウヤが叱咤する。
彼はシンジのことをよく理解していた。
一見強そうに見えるシンジが、精神的に非常に脆い部分を持っているということを。
シンジは見ず知らずの人間なら傷付けることも厭わず、必要があれば簡単に殺すだろう。
だが、それも知り合いとなれば話は別である。
彼にとって大切な幼なじみの洞木ヒカリ、その妹をシンジは傷付けたのだ。
その事を戦闘中もずっと自分の中で責め続けているのだ。
そんなシンジが戦いに集中できるはずもなく、自然とシンクロ率は下がり、動きにも精彩を欠いているのだ。
(だってノゾミちゃんを傷つけたんだよ?)
<くだらん感傷だ。そんなことは奴を倒してから考えればいい!>
シンジがリュウヤのように考えられればどんなに楽なことか。
だがシンジはそう考えられなかった。
繊細とも言えるのかも知れないが、現状ではそれは単なる弱さでしかない。
(僕は兄さんじゃない!そんな風に割り切れるわけ無いじゃないか!)
<ならここで死ね!だが忘れるな・・・お前の負けはレイちゃんやリツコちゃん、それにヒカリちゃんの死でもあることを!>
ヒュン!
横薙ぎに来た鞭を辛うじてかわす初号機だが、もはや反撃することすら出来ない。
シンジの精神には、もはや使徒と戦うだけの余裕は残されていなかった。
少し前、発令所。
「エヴァ初号機、シンクロ率下がっています。現在31.4%・・・・・・このままでは起動指数を割るのは時間の問題です!」
伊吹マヤの報告に愕然とする発令所の面々。
人類の最後の砦、初号機が完全に押されている。
しかもパイロットの調子が悪い。
いざとなればまったく戦力とはならない零号機も出撃しなくてはならないだろう。
「シンジ君、どうしたというの?」
リツコが心配そうに呟くその横で苛立ちを隠すことが出来ないミサト。
「まったく、戦いながら寝てんじゃないの!?」
「落ち着きなさい、ミサト。シンジ君は良くやっているわ」
「良くやってる!?あんな無様な戦いを見てよく言えるわね!」
「シンジ君にも調子の悪いときくらいあるわ!」
発令所で2人の女性の言い争いが始まろうとしていたが、それを止めたのは冬月の一言だった。
「君たちはここを何処だと思っておる」
ぴたりと口げんかを止めるが、お互いそっぽを向いてしまうリツコとミサト。
そこにマヤから報告が入る。
「初号機、パレットライフルを破壊されました!!」
「たく、あのバカ!すぐに新しいのを出して!」
ミサトの命令は即座に実行されるがシンジにそれを取りに行く余裕はない。
パレットライフルの用意された兵装ビルに近付くことも出来ず、逃げ回るだけの初号機にミサトが拳を握りしめる。
「シンジ君、早くライフルをとりなさい!」
『そんな余裕・・・無いんだよ!』
初号機は辛うじて使徒の鞭をかわしている。
それだけでも称賛に値するところだが、ミサトは作戦指揮官としてシンジの泣き言を許すわけには行かなかった。
「いいから早くとりなさい!これは命令よ!」
『うるさい!邪魔するなよおばさん!!』
グサ!
シンジの一言で二の句の継げなくなるミサトは、まるで石像のように固まっている。
その横で同じように固まっている金髪の美女が1人。
(・・・無様ね・・・私達・・・)
今にも涙を流しそうなリツコ。
『クソッ、早すぎる!』
もはや反撃することすらままならないシンジを何も出来ずに見守るしかないユイ。
実の息子が大変な時なのに助けることもできない。
何もできない。
黙って見ているしかない自分が情けなかった。
しかし次の瞬間、ユイとリツコの悲鳴が重なった。
「シンジ!」
「シンジ君!」
兵装ビルに退路を断たれた初号機の動きが一瞬止まり、その眼前に使徒が迫った。
初号機の見せた一瞬の隙を見逃してくれるほど、第四使徒は甘くなかった。
戦場ではほんの些細なミスが命取りになる。
ヒュン!
刹那、使徒の鞭が初号機の腹部を刺し貫いていた。
発令所にシンジの絶叫が響く。
『うわああああぁぁー』
「う、うそ。負けちゃうの?」
シェルターを出たヒカリはずっと戦いを見ていた。
怪物の鞭のような物に手も足もでないロボットが、目にも止まらぬ怪物の攻撃についに武器まで失ってしまう。
次第に追いつめられ、そしてついには退路のなくなるロボット。
次の瞬間、怪物の攻撃がロボットの腹部を貫き、そのまま鞭を振り回しロボットを空中に投げ飛ばした。
「え、こっちに来る?って、きゃああああぁぁー」
「ぐ、ここは・・・使徒はドコだ?」
そう言って痛みを堪えながら辺りを見回したシンジはそのまま固まってしまう。
エヴァのポップアップウィンドゥに映し出された人物、洞木ヒカリがしゃがみ込みながらこちらを見上げていた。
「ど、どうしてヒカリがここに!?」
シンジの思考が止まる。
シェルターに避難しているはずのヒカリがそこにいた。
<シンジ、よそ見するな。奴が来るぞ!>
リュウヤの叱咤にハッとするシンジ。
使徒は初号機のすぐ目の前に迫り、その鞭が怪しくうごめいている。
(ヒカリが・・・ヒカリが居る・・・。これじゃあ迂闊に動けない)
逃げ場のないシンジは覚悟を決めると油断なく使徒を見つめる。
そして、次の瞬間光の鞭が初号機に殺到した。
(掴めるか!?)
避けることも出来ずに、咄嗟に両手を突きだし繰り出される鞭を素手でつかむ初号機。
「グゥ!」
何とか鞭を掴んだものの、両手に走る激しい痛みに顔をしかめるシンジ。
見る見るうちに熱で焼けただれていく初号機の手。
そのためシンジの手にも激痛が走る。
そんなシンジに発令所からリツコが声をかける。
『シンジ君、彼女をエントリープラグに乗せて。急いで!』
シンジは即座にその命令を実行した。
彼には考えているような余裕はなかったのだ。
初号機を現状でホールドし、エントリープラグを排出する。
もしもこの時に使徒が何らかのアクションを起こしていたら、人類は滅亡への道を歩んでいただろう。
だが、幸い膠着状態だったせいか、使徒は何のアクションも起こさずにいた。
しばらくしてヒカリがエントリープラグに飛び込んできたのですぐさま再エントリーが始まる。
「な、何なの。水?・・・・・・・・・・・・えっ?」
エントリープラグの中に入ったヒカリが見たもの。
それは、スクリーン一杯に映し出された怪物と苦痛に顔を歪めているシンジだった。
「シンジ君!・・・な、何でシンジ君がこんな所に」
あまりにも異常な状況に混乱しているヒカリがそう声を上げる。
しかしシンジにはヒカリの問いに答えている余裕はなかった。
腹部と両腕の痛みはもはや限界まで来ていた。
刹那、掴んでいた鞭を振り回し使徒を投げ飛ばす初号機が居た。
『シンジ君、はやくパレットライフルを取って反撃しなさい!!』
ポップアップウィンドウに映るミサトがそう言っているが、シンジの耳には入っていなかった。
「クッ・・・意識が・・・」
何とか歯を食いしばり激痛に耐えるシンジ。
両手と腹部に耐え難い激痛が走り、徐々にシンジの意識を奪っていく。
(こんな所で・・・)
使徒を睨み付けながら必死に意識を保とうとするシンジ。
痛みだけで出血していなかったのが唯一の救いだったが、それでも一瞬意識が遠のく。
その時・・・。
「シンジ君、前!!」
ヒカリの言葉にハッとするシンジ。
眼前に迫る使徒。
「チッ!」
「キャア〜!!」
初号機が咄嗟に横に転がると、今まで初号機がいた地面を使徒の鞭がえぐり取っていた。
急いで使徒との距離を取る初号機だが、その動きは実に鈍い。
ミサトが無様と表現したのも仕方がないのかも知れない。
「・・・クッ・・・クソッ・・・」
脇腹を押さえながら呻くシンジ。
そのシンジに抱き付きながら震えているヒカリ。
「な・・・何なのあれ?・・・ねえシンジ君・・・あれは何なの?」
「大丈夫だよ・・・・・・。あいつは僕が倒すから・・・」
震えているヒカリを安心させるように笑顔を浮かべるシンジ。
だが、余りにも弱々しいシンジの言葉に、ヒカリはやっとシンジの異変に気付く。
「シンジ君、怪我したの!?」
「ヒカリ・・・何でもないよ」
笑顔を浮かべているシンジだが、その苦しそうに歪んだ表情が彼の苦痛を物語っていた。
「何でもなくない!いいから見せてみて!」
そう言ってシンジの脇腹を見るヒカリ。
だが、そこに傷口はない。
「・・・怪我をしたわけじゃないんだ。でも、痛みは感じる・・・」
「・・・そんな・・・」
シンジの苦痛に歪んだ顔にヒカリは息を呑む。
シンジが少しぐらいの苦痛を表情に出さないことは、彼と長い付き合いのヒカリは知っていた。
そのシンジが、苦痛に顔を歪めている。
震える両手で必死に操縦桿を握り、歯を食いしばり苦痛に耐えている。
『シンジ君何をしてるの!?反撃しなさい!!怪我をしたのはあなたじゃないのよ!!そんな程度我慢なさい、男の子でしょ!!』
ポップアップウィンドウに映るミサトがまるで掴みかからんばかりにシンジを怒鳴りつける。
そこで、カチンときた幼なじみの少女。
「何言ってるんですか!シンジ君こんなに痛がっているんですよ!?」
そう言ったヒカリにミサトは一瞬唖然とするが、すぐに邪魔な民間人を怒鳴りつける。
『民間人が口出しすることじゃないわ!』
「そんなこと関係ないじゃないですか!!シンジ君が痛がっているんです!早く病院に行かないと・・・」
『使徒を倒せば嫌でも連れて行ってあげるわよ!』
そのミサトの言葉に、目の前に迫る異形の化け物を見るヒカリ。
刹那、その異形から放たれる光の鞭が初号機に襲いかかる。
避けることも出来ずに咄嗟に左腕を突き出す初号機。
次の瞬間、初号機の左腕は肘の少し下辺りから切り飛ばされた。
「ウワァァァァ!!」
自らの左腕を押さえて絶叫するシンジに、ヒカリは言葉を失っていた。
口では形容できないような激しい痛みがシンジの左腕に走り、次の瞬間鮮血が吹き出しLCLにとけ込む。
シンジは左腕も含め、全身の激痛ですでに正気を失いかけていた。
「・・・クソッ・・・殺してやる・・・」
シンジの口から漏れる汚い言葉にヒカリが息を呑む。
彼の瞳は血走り、そこには危険な輝きを宿している。
「殺してやる!!」
シンジは使徒のATフィールドを中和しようと試みるが、やはり完全に中和することは出来ない。
それでも、シンジは気にしなかった。
初号機は前に出る。
前に出るしかなかったのだ。
一足飛びに使徒の懐に飛び込み、中段突きを打ち込む。
ズドン!
初号機の震脚に辺りの大地が震える。
だが、初号機の拳も使徒を護るように輝く赤い光の壁に阻まれる。
「クソッ・・・邪魔だよ!」
さらに、流れるように初号機が一歩踏み込み、肩から強烈な体当たりをいれる。
キーン!
またしても一瞬赤く輝く六角形の壁が浮かび上がるが、使徒が初号機の気迫に圧されるかのように少しだけ下がった。
『行けるわよ、シンジ君!!』
発令所のミサトの声が聞こえてきた。
そのミサトの声とほぼ同時に、初号機は使徒の懐に飛び込んでいた。
一瞬、初号機のシンクロ率が50%程まで跳ね上がる。
「・・・死ね・・・死ね!!」
エントリープラグの中、ヒカリが見ている前でそう叫ぶシンジ。
初号機の踏み込みに恐怖したのか、使徒が後ろに下がろうとする。
だが、シンジは逃がさない。
ドン!
強烈な震脚と共に掌底を繰り出す初号機。
次の瞬間、使徒の光りの壁が弾け、そして消えた。
『チャ〜ンス!!』
ミサトの叫び声がシンジの耳に聞こえてくる。
シンジもこの勝負、勝てると確信していた。
負けるわけには行かなかったのだ。
この初号機にはヒカリが乗っているのだから。
敵のATフィールドを破った以上、これ以上戦いを長引かせる必要はない。
一気にカタをつけようと考えていたシンジの心に隙が生まれる。
<よせ、シンジ!>
リュウヤが止めるのも聞かずに使徒に接近しようとするシンジ。
その時、発令所のマヤの声が聞こえた。
『シンジ君逃げて!』
「えっ?」
シンジにはその意味がわからなかった。
刹那、シンジの視界一杯に光が広がった。
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
今回のお話はいかがでしたでしょうか。
第四使徒戦の話です。
心に問題を抱えたまま第四使徒と戦おうとするシンジ。
前回はリュウヤの力も有り圧倒的でしたが、今回はどうなるでしょう。
まあ、すでに負けそうですが。
ちなみに、この作品ではトウジとケンスケはほとんど出番がないような気がします。
だから、エヴァに乗るのもヒカリになってしまいました。
さて、今回のお話を読んで感想等ありましたら、是非ともお送りください。
よろしくお願い致します。
それでは、次回をお楽しみに。
艦長からのお礼
なんといいましょうか。
眉一つ動かさずに人を殺戮できる。
シンちゃんにはそんな子に育って欲しいです(爆)
さて、ささばりさんの作品は近い内に独立艦の方に移します。
そうです!
我々のサイトが始まって以来の「P−31」「H−88」共通艦です。
同時にささばりさんには大佐に昇進していただきます。
・・・これも初めてだ(笑)
特例ってことで。
さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!