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DUAL MIND  第9話

 

 

 

 

 

『チャ〜ンス!!』

 

ミサトの叫び声がシンジの耳に聞こえてくる。

シンジもこの勝負、勝てると確信していた。

負けるわけには行かなかったのだ。

この初号機にはヒカリが乗っているのだから。

敵のATフィールドを破った以上、これ以上戦いを長引かせる必要はない。

一気にカタをつけようと考えていたシンジの心に隙が生まれる。

 

<よせ、シンジ!>

 

リュウヤが止めるのも聞かずに使徒に接近しようとするシンジ。

その時、発令所のマヤの声が聞こえた。

 

『シンジ君逃げて!』

 

「えっ?」

 

シンジにはその意味がわからなかった。

刹那、シンジの視界一杯に光が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUAL MIND

第9話「美しき歪み」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し前、発令所。

その広い空間にシンジ激痛に歪んだ顔の映像と、耳を覆いたくなるような絶叫が響いていた。

一部の人間達が慌ただしく動く中、ほとんどの者達が我を忘れてシンジの表情を見ていて。

シンジはその容姿からネルフ内においてもかなり人気があり、現在組織内部のホームページで彼の特集が組まれているほどである。

そのシンジが苦痛に顔を歪めている。

発令所にいた多くの人たちがそのシンジの表情と絶叫に身を震わせていた。

だが、発令所でもわずかに例外はいる。

碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、そして葛城ミサトである。

ゲンドウと冬月はその役職上、感情を表に出さないようにつとめていたので顔色1つ変えることはない。

ミサトは軍人であり、そして現在進行している使徒迎撃作戦の作戦担当でもある。

そんな彼女は自分の立場と仕事をわきまえているので、つまらない情に流されることはない。

作戦立案者は、冷徹なほど良い。

作戦立案者は情に流されるのではなく、情を利用できなくてはならないのだ。

 

「状況、どうなってるの!」

 

「初号機、左腕部切断されました!シンクロ率0.8%低下。初号機パイロットの神経パルスも乱れています!このままでは精神崩壊も・・・・・・・・・えっ?なにこれ?」

 

「どうしたの?報告は最後まで明確に行いなさい!」

 

「初号機パイロットの左腕に裂傷!!出血しています!!」

 

「馬鹿な!そんな事有り得ないわ!!」

 

マヤの報告を聞いて声を荒らげるリツコ。

エヴァが傷付いたのと同じようにシンジまで傷付いたのだが、そんなこと理論的には有り得ないはずだった。

それが、今目の前で起こっている。

 

「出血量はどう?」

 

「・・・それ程ではありませんが、戦闘が長引くと危険です」

 

ミサトの問いにそう答えるマヤ。

現状を打破する手段、そして使徒を倒す手段を必死で考えるミサト。

彼女の横では、先程とはうって変わって冷静な顔で自分の仕事をしているリツコの姿があった。

リツコも、今は自分の仕事をすることがシンジを救う一番の近道だと感じていたのだろう。

 

(さすがリツコね。それじゃあ私も自分に出来ることをしなくちゃね)

 

ミサトはくるりと振り返りネルフ総司令、碇ゲンドウに視線を向けて口を開く。

 

「作戦部は零号機の戦線への投入を要請します」

 

その一言で発令所に衝撃が走る。

現在零号機は起動実験に成功していないため、その出撃など普通は考えられなかった。

だからこそ、総司令の碇ゲンドウに要請する必要があった。

 

『私が出る!!私がお兄ちゃんを助ける。零号機でお兄ちゃんを助けるの!』

 

レイはミサトの言葉を聞いていたのだろう。

兄のために何かしてやりたい・・・そんな気持ちでいっぱいだったのだろう。

だが、ゲンドウの答えは一言だけ。

 

「零号機は現状のまま待機だ」

 

その声は日頃レイに甘い父親としてではなく、ネルフ総司令としての物だった。

サングラス越しでもわかるほどの強烈な眼光がミサトを貫く。

 

(溺愛している自分の娘を囮にするつもりはない・・・か)

 

少しだけシンジに同情してしまうミサト。

ミサトは何かにつけてシンジと衝突しているが、別にシンジを嫌っているわけではない。

どちらかと言えばシンジのことを不憫に思っているほどである。

ただ、軍人としての彼女の勘がシンジに対して常に警鐘を鳴らしているのだ。

いや、正確にはシンジの中にいる別の存在に対してだが、ミサトはまだその事に気付いていない。

 

『そんな、それじゃあお兄ちゃんが!』

 

「命令だ、ファーストチルドレン」

 

そんな親子喧嘩が展開されているのを余所に、発令所は異常に緊迫していた。

初号機が、使徒に近接戦闘を仕掛けたのだ。

だが、それらの攻撃全てがATフィールドに阻まれている。

 

「 シンクロ率低下。起動指数ギリギリです」

 

「わかっているわ、チルドレンでもない人間を乗せて、さらにはあれだけの苦痛を味わい、出血まで伴っているのよ。あれだけの動きが出来る時点で大したものだわ」

 

そう言ったリツコの耳に警告音と共に伊吹マヤの悲鳴のような報告が聞こえてきた。

 

「使徒内部に高エネルギー反応。そんな、これは・・・・・・・・・シンジ君逃げて!」

 

ほんの一瞬、使徒の身体が淡く光を放つ。

そして次の瞬間。

ドーン!

使徒の発射した光が初号機を貫いた。

その背後の山が吹き飛ぶ。

初号機の頭部からは血が噴き出し辺りを濡らす。

発令所の誰もが息を呑む光景。

ガックリとうなだれ力を無くした初号機の腹部に、再び使徒の光の鞭が突き刺さる。

 

「初号機、頭部及び腹部破損!パイロット生死不明、モニターできません!!」

 

マヤが絶望的な報告をする。

その様子を見ていたユイはその場にしゃがみ込んでしまう。

 

「・・・う、うそよ。こんなの・・・うそに決まってるわ」

 

そんなユイの呟きが聞こえる。

あのゲンドウですら席から立ち上がっていた。

ミサトもリツコも信じられなかった。

 

「チッ・・・私としたことが!」

 

悔しそうに吐き捨ててモニターを睨み付けるミサト。

まさかあの様な攻撃をしてくるとは夢にも思わなかったのだ。

彼女たちは光の鞭にばかりに気を取られていて、使徒が他の攻撃方法を持っているとは思っていなかった。

 

「こ、こんな事が・・・」

 

リツコの前でなおも惨劇は起こる。

初号機の首に鞭を巻き付けた使徒が、そのまま初号機を遠くに投げ飛ばしたのだ。

兵装ビルに叩きつけられる初号機。

頭部と腹部、そして左腕から飛び散る初号機の血が辺りの兵装ビルを鮮やかに染め上げる。

 

『いや・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん、お兄ちゃん!』

 

発令所にレイの泣き叫ぶ声がむなしく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリが目を覚ましたときシンジはすでに気を失っていた。

頭と腕から流している血がLCLに溶け込んでいる。

初号機からのフィードバッグにやられたのだ。

シンクロ率から考えると本来の痛みの半分程度なのだが、頭部を貫かれるほどの痛みがどの程度なのか想像すら出来ない。

 

「シンジ君。・・・酷い、どうしてこんな。シンジ君、シンジ君、大丈夫?シンジ君!」

 

シンジの身体を抱きしめるようにして声をかけるヒカリだが、シンジが目を覚ますような気配は全くなかった。

ヒカリは怯えていた。

こうしている間にも怪物は目の前に迫っており、ヒカリは自分達の運命が死に向かいつつあるという事を実感した。

 

「シンジ君、シンジ君。ねえ、目を覚ましてよ!」

 

だがシンジは目覚めない。

 

「私があんな所にいたから・・・私がシンジ君の邪魔をしたから・・・」

 

シンジを抱きしめながら言うヒカリは、今にも泣きそうな顔をしている。

死ぬのが怖いのではなく、自分のせいでシンジまで死に巻き込んでしまうのが怖かったのだ。

 

(そうだ、落ち着かなくちゃ。・・・考えるのよ、ヒカリ。きっと何かシンジ君のために出来ることがあるはずよ)

 

数回深呼吸して自らを落ち着かせようとするヒカリ。

ただの中学生がこれ程の極限状態で冷静にいられるなど普通は有り得ないことだった。

だが、シンジを助けないとという想いが、ヒカリの精神を強くしていたのかも知れない。

伊達にシンジの幼なじみをやっている訳ではない。

 

(何か・・・何かあるはずだわ。・・・・・・・・・・・・・・・あっ!)

 

ヒカリの脳裏に何かが浮かんだ。

遥か昔、シンジもヒカリもまだ子供だったの頃。

その頃のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼いヒカリが必死にシンジの身体を揺する。

2人で山奥まで来て迷ってしまったのだ。

シンジの探検に無理を言って付いてきたヒカリが運悪く崖から足を滑らせ、彼女を助けようとして庇ったシンジが怪我をしたのだ。

 

『シンジくん・・・しんじゃやだよ・・・おきてよ・・・ねえ、おきてよ!』

 

そう言ってシンジを必死で起こそうとするヒカリ。

幸いヒカリにはかすり傷一つなかったようだが、彼女を庇ったシンジは頭を打ったのか頭部から血を流している。

涙をポロポロとこぼしながら必死にシンジに呼びかけるヒカリ。

辺りはすでに暗くなっている。

 

『シンジくん・・・シンジくん!』

 

ピクリとも動かないシンジに必死に呼びかける少女。

その時。

ガサ!

茂みが揺れる音がしたので、驚いてそちらを見るヒカリ。

だが、何もいない。

それでも辺りから迫り来る気配に、無意識のうちに恐怖しているヒカリ。

 

『シンジくん・・・おねがいだからおきてよ!』

 

ガサ!

またしても茂みが揺れたのでそちらを見るヒカリの眼前に現れたのは・・・野犬。

薄汚れた野犬が3匹、牙を剥きながらヒカリ達に近付いてくる。

 

『ヒッ!』

 

身のすくむような恐怖の中、ヒカリはすぐにシンジを庇うように立つ。

シンジの後に無理に付いてきて足手まといになり、そしてそのせいでシンジは怪我をしてしまった。

だから自分がシンジを護らなくては、と思ったのかも知れない。

 

『こないで・・・シンくんにはゆびいっぽんふれさせないんだから!』

 

気丈にも野犬からシンジを護ろうとするヒカリにゆっくりと近付いてくる野犬達。

グルルルルルル・・・。

野犬のうなり声に足が震えるのを必死で我慢して、シンジを庇うように立つヒカリ。

そしてついに・・・野犬の一匹がヒカリに襲いかかった。

咄嗟に目を瞑ってしまうヒカリ。

その時、一瞬あたりの空間が歪んだような気がしたヒカリ。

キーン!

キャィン!

美しく澄んだ音と野犬の鳴き声が辺りに木霊し、次の瞬間辺りを包んでいた陰湿で重々しい雰囲気が消滅する。

そこでヒカリは、恐る恐る目を開ける。

ヒカリは確かに見た。

そこにはヒカリを庇うように野犬たちと対峙している1人の少年がいた。

その少年は碇シンジ。

服装も後ろ姿も何処から見ても碇シンジなのだが、ただ一点だけヒカリの知っている彼とは違っていた。

あまりの美しさに、状況も忘れて見惚れてしまうヒカリ。

シンジの髪は、銀色に輝いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリは昔のことを思い出していた。

昔シンジが自分をかばって怪我をして、そして気絶してしまった時の事。

その時野犬に襲われそうになって、その時に起こった不思議な出来事の事を。

 

「そうだ・・・リュウヤさん。リュウヤさん起きて!このままじゃシンジ君が死んじゃう!シンジ君を助けて!」

 

ヒカリは必死だった。

自分のために死にそうになっている親友を助けたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<シンジ・・・・・・・・・駄目か、完全に気を失ってるな。このままじゃ殺される・・・か>

 

リュウヤの言葉は余り死を嫌がっているようには思えない。

もしかしたら、彼にとって死とは特別なことではないのかも知れない。

 

<どうするかな。このまま放って置くわけにはいかないし>

 

状況の割にはやけにのんびり考えているリュウヤ。

 

<それにヒカリちゃんを巻き添えには出来ないし。・・・まあヒカリちゃんは俺のことを知っているから見せても良いんだが・・・>

 

そんな時ヒカリの声が聞こえてきた。

 

『そうだ・・・リュウヤさん。リュウヤさん起きて!シンジ君が死んじゃう!シンジ君を助けて!』

 

<・・・シンジを助けて・・・か。もうしばらくは大人しくしてようと思ったけど、ヒカリちゃんのお願いじゃあな・・・。しかし、俺も甘いな>

 

次の瞬間、シンジは目を覚ましていた。

いや、正確にはシンジの内にあるもう1つの人格が。

碇リュウヤ。

その瞳は赤い光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初号機再起動、パイロット意識正常。シンクロ率上昇・・79・86・・95・・99,89%で安定しました」

 

「そんなはずないわ!!異物を挿入している今の状態でこんなシンクロ率あり得ないわ!」

 

リツコが叫ぶ。

理論的に有り得ない事だからだ。

 

「各部損傷・・・そんな・・・再生していきます!」

 

マヤの報告に皆が驚いた。

確かに頭部、腹部、切断されて左腕に焼けただれた右手、至る所の損傷が回復している。

 

「凄い・・・・・・・・・・・・・・・はっ、シンジ君は!」

 

一瞬うっとりしかけたリツコはサブウィンドゥに目を向けた。

しかしそこには何も映っていない。

 

「どうしてエントリープラグの映像映らないの?」

 

ミサトがオペレーターに聞く。

 

「音声、映像、両方ともパイロット側から切られています。プラグ内のレコーダーも作動していません」

 

「あの馬鹿、また勝手に!」

 

そこにマヤからの報告が入ってくる。

その声は希望に満ちていた。

 

「初号機が強力なATフィールドを展開!使徒の攻撃を完全に遮断しています!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この程度のフィールドも貫けないとは・・・まあ、所詮No.04ではこの程度かも知れんな」

 

皮肉っぽい笑みを浮かべている少年。

肉体の、魂を入れる器は碇シンジの物だが、その魂は碇シンジとはまったく別物だった。

 

「あの・・・・・・・・・・・・リュウヤさん?」

 

「久しぶりだね、ヒカリちゃん」

 

躊躇いがちに訊いてきたヒカリにそう言ってニッコリ笑うリュウヤ。

その笑顔に一瞬シンジだと錯覚してしまうヒカリ。

 

「本当にリュウヤさんなの?・・・シンジ君は無事なんですか!」

 

そう言って縋り付いてくるヒカリに、笑顔を浮かべながら優しく言うリュウヤ。

 

「大丈夫だよ。少し気を失っているけど、すぐに気付くよ。傷も血は止まったし大丈夫だ」

 

「ホントに?」

 

そんなヒカリの頭に手を乗せると優しく撫でる

そんな行為に気持ちよさそうにするヒカリ。

ヒカリを見つめる瞳は赤。

まるでそれが唯一リュウヤの存在を示しているかの様に。

 

「ヒカリちゃんは優しいね。・・・好きだよ、そういう娘は」

 

「え!」

 

いきなりの事で頬を赤らめるヒカリ。

そんな少女を眩しそうに見ていたリュウヤが、一瞬ニヤリとすると口を開く。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

「えっ?」

 

「いつまでも良いようにやられているのは気に入らないんでね。ヒカリちゃん、しっかり掴まってな。抱き付いてても良いから」

 

「は、はい!」

 

ヒカリが顔を真っ赤にしながらもしっかりと頷くのを確認すると、スッと目を細めて使徒の映るモニターを見るリュウヤ。

次の瞬間、その瞳が輝きを増す。

そして、不思議なことに先程まで黒かった頭髪が銀色に輝き出す。

 

「あのときと同じ・・・」

 

その美しさに目を奪われながらヒカリはそう呟いた。

 

「ヒカリちゃん、俺のことは秘密だから、誰にも言っちゃ駄目だよ」

 

まったく緊張感のない声色でそう言うと音声回線のみを開くリュウヤ。

 

「これより使徒を殲滅する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発令所は歓声に包まれていた。

先程まで圧倒的だった使徒の攻撃が初号機まで届いていないのだ。

 

「初号機の音声回線回復します」

 

マヤの報告の後、シンジの声が聞こえてくる。 

 

『これより使徒を殲滅する』

 

何かが違うと感じさせるシンジの口調。

普段のシンジなら単に冷たいと印象のある声だっただろう。

だが、今の声は根本的に違っていた。

使徒殲滅を楽しんでいる、そう受け取れるような口調だった。

 

「シンジ君?」

 

そんな声に動揺を隠せないリツコ。

さらにレイがシンジに通信を開いた。

 

『お兄ちゃん、大丈夫なの?ヒカリは無事なの?』

 

それに答えるシンジの声は優しさに満ちている。

「ああ、やっぱりシンジ君だ」皆がそう思わずにはいられない声。

 

『大丈夫だよ、レイちゃ・・・レイ。心配かけてごめんね』

 

何故か違和感を覚えるが、兄の優しい言葉に何も言えないレイ。

この時レイは、本能に近い部分でシンジの変化に気付いていた。

彼女の遺伝子が、シンジに起こった変化を敏感に感じ取っていたのかも知れない。

だが、レイ自身がその事を意識したわけではない。

そこへ、ミサトの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「すぐに後退しなさい!その間こちらで時間を稼ぐから!」

 

『必要ない』

 

シンジは落ち着いた声で答える。

いや、落ち着いたというより少し冷たすぎりような気がする。

まるで遊びを邪魔されて怒っているかのような、そんな雰囲気を感じ取れる。

 

「シンジ君、これは命令よ!早く後退しなさいと言っているのよ!」

 

怒鳴りつけるミサトだが、スピーカーから返ってきた言葉は・・・。

 

『無能な人間の命令に従うつもりはない。黙っていろ、葛城1尉。人の楽しみを邪魔するなよ』

 

その言葉に何も答えられなくなるミサト。

恐ろしい・・・。

そう感じてしまうほどの冷たい声だった。

それもそのはず、今ミサトの言葉に答えたのは彼女の知っているシンジではなく、彼女がまったく知らない碇リュウヤという存在なのだから。

 

「初号機、プログレッシブナイグを装備」

 

マヤの報告にミサトも含めた全員がメインモニタに注目する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと立ち上がっていく初号機に、何度も鞭で攻撃する使徒。

しかし初号機の強力なATフィールドの前ではその攻撃は無意味だった。

そして完全に立ち上がった初号機が雄叫びを上げた。

 

『グウオオオォォー』

 

その雄叫びに、辺りの山々にいたあらゆる動物達が身を震わせ、発令所にいる人間達も余りの禍々しさに悪寒がした。

 

「さてと、楽しませてもらおうか」

 

リュウヤがそう言うと初号機のATフィールドが消失する。

そして、その隙を逃さずにすぐさま使徒の鞭が初号機を襲う。

キュイン!

一瞬火花が散り、初号機のプログナイフが使徒の光の鞭を上手く弾く。

続けざま、さらに使徒が光の鞭を振るう。

 

「・・・この程度か?」

 

そう言いながら目にも留まらぬスピードで繰り出される使徒の攻撃を、左腕のプログナイフで的確に捌いていく。

 

『そんな、どうしてあんな動きが出来るの!』

 

リツコの声が聞こえてきたがリュウヤは気にしなかった。

久しぶりの戦闘が、彼の気分を高揚させていた。

刹那、使徒が光を放つ。

シンジを倒した光。

だが初号機は角度をつけて展開したATフィールドで難なくそれを防ぐ。

 

「どうした?効かないぞ!!」

 

そう言った瞬間、初号機が動いた。

シャムシエルの繰り出す鞭をいとも容易くかわすと、一気に間合いを詰める。

次の瞬間、使徒の右の鞭が根本から切断されていて宙を舞う。

目にも留まらぬ一撃。

 

「おやおや・・・以外と脆いな」

 

返す刀でもう片方の鞭も切断する。

武器を奪われもがく使徒はもはや攻撃してくる気配はない。

初号機はすぐさま相手を地面に押し倒し、その上に乗り拳を使徒に叩き付けた。

使徒から肉片が飛び散り、辺りの兵装ビルが使徒の体液で彩られていく。

その情景を見た発令所の人々は、みんな吐き気のようなものを感じていた。

だが、その景色の美しさに酔いしれ、興奮状態にあった人間が1人だけいた。

碇シンジの肉体を支配する、碇リュウヤであった。

 

「どうした、反撃しないのか?」

 

上手くコアに当てないようにして、次々と拳を繰り出していく初号機。

第四使徒は為す術もなく、コアの周りの身体を叩きつぶされていく。

にちゃ。

粘液質な音が聞こえて、初号機の拳が使徒の体液で糸を引いている。

 

「弱い・・・実に弱い」

 

リュウヤがつまらなそうに呟く。

起きあがり、使徒と距離を取るとゆっくりと腰を落とす初号機。

よろめきながら浮き上がってくる使徒が、最後の力を振り絞ってか光線を放つ。

キーン!

初号機の展開したATフィールドが澄んだ音を立て、光線を簡単にはじき飛ばす。

その間、初号機は微動だにしない。

ただジッと、使徒に向けて腰を落として構えているだけ。

 

「痛みと恐怖に悲鳴を上げない獲物は面白くない。だから、もういい・・・」

 

彼の瞳が強い光を放つ。

次の瞬間、初号機は目にも止まらぬほどのスピードで使徒の懐に潜り込んでいた。

そして、皆は聞いた。

初号機パイロットの漏らした言葉を。

全てが凍り付くような冷たい声を。

 

「コ・ワ・レ・テ・シ・マ・エ」

 

次の瞬間、初号機の右腕が使徒のコアを貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

淡い月明かりの中、シンジとヒカリは歩いていた。

ミサトとリツコ、そしてなぜかレイに説教されたヒカリをシンジが待っていたのだ。

 

「シンジ君があのロボットを動かしていたんだ」

 

そう言って横を歩くシンジの顔を見る。

その瞳も髪も漆黒。

まるで昼間見た光景が嘘に思えるほど、吸い込まれるようなとても美しい黒色。

頭と腕に巻かれた包帯すらもシンジの美しさを際立たせるアクセサリーでしかない。

 

「うん・・・。でもノゾミちゃんは僕のせいで・・・」

 

「ちがう!そんな事無い!それにシンジ君が戦ってくれたからノゾミもあの程度の怪我で済んだんだから!」

 

「でも・・・」

 

ヒカリに対して本当に申し訳ないという表情のシンジ。

そんなシンジを見て足を止めたヒカリが泣きそうな表情をする。

 

「やっぱりシンジ君は昔のまま、全然変わらない。そうやって自分を責めて、自分を傷つけて・・・」

 

そう言ってそっとシンジの頭に手をのばすヒカリ。

本来なら入院しなくてはならないほどの怪我だったのだが、シンジは検査だけで入院はしなかった。

 

「さっきリュウヤさんに聞いたの。シンジ君がどんなにノゾミの事で胸を痛めているか・・・。どんなに大変な事をしてるのか。そして、どんなに傷付いているか・・・」

 

ヒカリが視線を落としシンジの左腕を見ると、そこには何重にも包帯が巻かれている。

シンジの左腕は、かなり深い切り傷を負っていたのだ。

このため現在は初号機のフィードバックシステムに関する見直し作業が行われている。

 

「大丈夫・・・かすり傷だよ」

 

そう言ってシンジはヒカリの手に自らの手を重ねるようにする。

だが、その手を振りほどくヒカリ。

 

「大丈夫じゃない!!・・・このままじゃ、このままじゃいつか死んじゃうわ!!」

 

そう言いながらぽろぽろと涙をこぼすヒカリ。

涙を拭うことも忘れてシンジを見つめる。

 

「ヒカリ・・・お願いだから泣かないで」

 

その涙をそっと拭ってやるシンジ。

目を赤くしながら必死にシンジを見つめるヒカリをみて、シンジの頭の中にリュウヤの声が響く。

 

<泣かないでって・・・お前のせいだろうが>

 

(・・・うん、そうだね。でも、もう泣かしたりしないよ・・・)

 

<そう願いたいな>

 

「ヒカリ」

 

「・・・なに?」

 

「心配かけちゃってごめん。・・・でも、僕は戦わなくちゃいけないんだ。これは譲れないんだ」

 

ジッとヒカリを見つめるシンジのその真摯な眼差しに、諦めたように溜息をヒカリ。

彼女にはわかってしまったのだ。

シンジが自ら戦いの道を選び、そしてその決心を覆すことなどないということに。

 

「そういう目をしたシンジ君は絶対決心を曲げないから・・・」

 

「ごめんね」

 

シンジはヒカリにハンカチを渡すと、彼女はそれで涙を拭う。

そしてヒカリは少しだけ恥ずかしそうに笑うと改めてシンジを見つめる。

 

「・・・シンジ君が自分で決めたのならいいの。私は戦いのことはわからないけど、でも・・・でももし何か力になれることがあったら言ってね」

 

「ヒカリ・・・ありがとう」

 

そう言って微笑むシンジ。

その笑顔はとても美しかった。

ヒカリでなければ卒倒していたかも知れないほどの笑顔。

シンジがいつものようなとても優しい笑顔を見せてくれたことがヒカリは嬉しかった。

そして、ヒカリはそんなシンジに同じようにすばらしい笑顔で答える。

 

「うん!」

 

「ヒカリ、明日ノゾミちゃんのお見舞いに行きたいんだけど、いいかな?」

 

「うん。きっとノゾミも喜ぶと思う」

 

そう言って2人は月明かりの下、ゆっくりと歩き出す。

ふと足を止めると空を見上げるシンジ。

月がとても綺麗な夜だった。

あまりの美しさに目を奪われる。

 

「ほら〜、シンジく〜ん!置いてっちゃうわよ〜!」

 

少し先に行っていたヒカリが振り返ると言う。

彼女のスカートの裾がふわりと広がったのが、月明かりに照らされてハッキリと見えた。

 

(兄さん・・・助かったよ。もしあの時ヒカリまで傷付いていたら、僕はきっと自分を許せなかった)

 

<ふん。大事なのは同じ過ちを繰り返さないことだ。もし同じ過ちを繰り返したら、次はないと思え>

 

(肝に銘じておくよ)

 

ゆっくりと歩き出すシンジはヒカリの横まで行くと、軽く視線をあわせ共に歩み出す。

人類の運命などという下らない物を背負わされたわずか14歳の少年。

そしてその少年を、温かい眼差しで見守っている優しい幼なじみの少女。

そんな2人を、月明かりが優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤木リツコ研究室。

ネルフ内にあるリツコの私室である。

そこで赤木リツコはじっと何かに聞き入っていた。

何度も何度も。

それは第四使徒、シャムシエルとの戦闘の記録。

何度も再生される少女の言葉。

 

『そうだ・・・リュウヤさん。リュウヤさん起きて!シンジ君が死んじゃう!シンジ君を助けて!』

 

黙って聞いていたリツコが口を開く。

 

「どういう事なの?この娘は一体何を言っているの?・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話はいかがでしたでしょうか。

今回はヒカリとリュウヤに活躍していただきました。

リュウヤの絶対的な力と、歪んだ心。

肝心のシンジはまったく良いとこなし。

第四使徒も、なんだか知らない内にパワーアップしていました。

勝手に光線なんて出すようになりましたし・・・。

しかも使徒を倒したのは良いですが、リツコが何かに気付き始めました。

どうなるんでしょうか。

さて、感想等ありましたら是非ともお寄せください。

よろしくお願い致します。

それでは、次回をお楽しみに。

 




艦長からのお礼


なんと言いましょうか。
シンちゃんダメダメですね。
誰が足下にいても踏み潰せるくらいの気概が欲しいです(笑)

そんなんだったらSSにならないでしょうが(笑)

さあ、続きが見たけりゃここにメールを出すんだ!

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