妖精の守護者  第10話

 

 

 

 

 

「まだ駄目だ、俺にはやらなきゃならない事がある。それが終わるまでは・・・」

 

そう言ってウィスキーを一気に飲み干すと席を立つアキト。

 

「ごちそうさま・・・ラーメン美味かったよ」

 

そう言って立ち去っていくアキト。

後に1人残されたホウメイ。

残りのウィスキーを飲み干すとため息をつく。

 

「テンカワ・・・何をそんなに焦っているんだ?今のアンタは、死に急いでるよ」

 

ホウメイの呟きは誰も居ない食堂に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第10話「予感」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室に戻ってきたテンカワ・アキト。

辺りを見回しため息をつく。

 

「そうか・・・ルリもラピスもミナトのところか」

 

何となく広く感じる部屋。

寂しさを感じる。

いつもいるはずの人がいない。

たったそれだけの事なのに。

 

「弱くなっているのか・・・俺は」

 

アキト自身も気付いていた。

ナデシコに乗ってから自分は変わったと。

いや、正確にはルリに再会してから。

ルリに逢う前は常に復讐の事で頭が一杯だった。

ドス黒い感情が常に心を満たしていた。

笑ったことなどほとんどない。

凍り付いた心。

だが今はどうだ。

ルリの存在は確実にアキトの心を溶かしていた。

ゆっくりとイスに座るアキト。

そのまま息を吐く。

 

「謝らないとな、ルリにも」

 

食堂での事を思い出す。

胸が痛む。

 

「こんな痛み・・・もう忘れたと思ったがな」

 

そのままゆっくりと目を閉じるアキト。

昔を思い出す。

ルリと一緒に屋台をやっていたあの頃。

楽しかった日々。

笑顔を浮かべていた自分。

 

「・・・ルリ・・・」

 

しばし沈黙が流れる。

ズキ!

刺すような痛み。

右手で頭を押さえるアキト。

IFSリンクの白色光とは違う、緑の光を放つ顔。

いつもの痛み。

アキトに復讐を思い出させる痛み。

アキトの心と身体を蝕んでいく痛み。

 

「ハハ、そうだよ。この痛み・・・最高だぜ北辰」

 

そう言って口元を歪めるアキト。

見た者全てを凍り付かせるかの様な壮絶な笑み。

 

「フフフ、フハハハハ。そうか北辰。待っていろ、すぐに見つけだして殺してやるよ」

 

しばらく笑い続けるアキト。

まるで狂ってしまったかの様に。

いや、すでに狂っているのかもしれない。

真っ暗な部屋に響くアキトの笑い声。

だがその声もだんだん小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。

 

「・・・俺は・・・間違っているのか?・・・」

 

その問いに答える者はいない。

真っ暗な部屋の中に再び沈黙が流れる。

その時。

 

(イヤー!)

 

アキトの頭の中に響くラピスの悲鳴。

その声にハッとなるアキト。

 

「ラピス!まさか・・・」

 

そう言った時アキトのコミュニケが作動してルリが顔を出す。

 

『アキトさん、ラピスが・・・ラピスが!』

 

その声を聞きながらすでに部屋を飛び出しているアキト。

 

「わかってる、すぐに行く!」

 

廊下を走るアキト。

ナデシコ艦内の地図は頭に入っている。

全力でミナトの部屋に向かう。

 

「くそ・・・迂闊だった・・・ラピス!」

 

すぐにミナトの部屋が見えてくる。

ドアがスライドする。

部屋の中に飛び込むアキト。

 

「いやー!やめて、もう許してー!」

 

そこにいたのは悲鳴を上げながら暴れるラピスと、それを必死で抱きしめているミナト。

そしてどうすることも出来ずにいるルリだった。

 

「どけ!」

 

そう言ってミナトを退かすとラピスを抱きしめるアキト。

 

「いやー」

 

「落ち着けラピス!」

 

「やめてー!もうやだよー!」

 

「ラピス!俺だ、アキトだ!大丈夫だから!」

 

ビク!

恐る恐る顔を上げるラピス。

 

「ア、アキト・・・?」

 

その問いにかすかに微笑むアキト。

次の瞬間、アキトに力一杯抱きつくラピス。

 

「アキト、アキトー!怖かったよ、もう嫌だよ、お願いだから私を捨てないで!私を1人にしないで!」

 

大粒の涙を流して抱き付いてくるラピスを抱きしめながら、背中をぽんぽんと叩くアキト。

 

「大丈夫だよラピス、俺がついてる。俺が必ず護ってやるから・・・だから安心してお休み」

 

ミナトもルリも今まで見たことのないアキトに戸惑う。

しゃくり上げているラピスを慰めるアキト。

およそ普段の彼からは想像が出来ない姿だ。

しばらくしてラピスの可愛い寝息が聞こえてくる。

疲れたのか、アキトの腕の中で眠る少女。

そのラピスをベッドにそっと寝かす。

そしてサラサラとしたその前髪を少し整えてやるアキト。

 

「アキトさん、どういう事なんですか?」

 

立ち上がったアキトに問いかけるルリ。

同じく横でアキトに目を向けているミナト。

 

「ラピスには、トラウマがあるんだ」

 

そう語り出すアキト。

 

「トラウマ?」

 

「ラピスはな、人体実験をされていたんだ。しかもルリ、お前にされていた物よりもっと過酷な。非合法のラボでな」

 

「人体実験・・・」

 

ルリが呆然と呟く。

 

「あれは人間のする事じゃない・・・」

 

「そんな、こんな小さな女の子を!」

 

そう言って怒りをあらわにするミナト。

 

「言ったろ、非合法だと。それからラピスは魘されるようになった」

 

「じゃ、じゃあアキト君が一緒に寝てあげているのは・・・」

 

「たまに昔の夢を見るらしい。忌々しいあの時の夢を」

 

ギリ!

左腕を右手で握りしめるアキト。

その表情が険しくなる。

緑の奔流が浮かぶ。

バイザーをしていてもわかる。

その顔に浮かんだのは憎悪。

 

「ま、まさか・・・アキトさんも・・・」

 

ルリは気付いてしまった。

アキトもその非合法のラボで人体実験されたと言うことに。

ルリの言葉には応えずアキトは部屋を出ていこうとする。

ドアの前で振り向きルリを見る。

 

「ルリ、ラピスの手を握っていてやってくれ。お前はもうラピスの家族だ。きっとラピスも安心するだろう。・・・ミナト、2人を頼む」

 

アキトはそう言って部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはミナトの部屋。

ベットではラピスがスヤスヤと眠っている。

その手を握っているルリ。

イスに座りながら日本茶を飲んでいるミナト。

 

「私・・・酷いこと言っちゃったかしら」

 

ミナトが呟く。

 

「え?」

 

ルリがミナトの方を見る。

ミナトは日本茶をもう一口飲む。

 

「さっきアキト君の部屋に行ったのよ。そこで「アンタロリコン?」とか言っちゃったのよ」

 

「アキトさん、ラピスのために一緒に寝てたんですね。・・・私、バカですね。アキトさんの事疑って」

 

「明日謝っておかないと・・・一緒に謝ろ、ルリルリ」

 

「はい、ミナトさん。・・・ところで」

 

そう言ってジロリとミナトを睨む。

その視線になぜか冷や汗をかくミナト。

 

「な、何かな〜。ルリルリ・・・はは」

 

「アキトさんの所・・・何時行ったんですか」

 

ジロリ!

 

「ちょ、ちょっとルリルリ。さっき少しだけ行ったのよ」

 

「飲み物を買いに行く・・・って言ってませんでしたか?」

 

ギロ!

 

「ヒッ!ちょっと行っただけなのよ。そんなに怒らなくても」

 

「こんな夜中にですか?」

 

ギン!

 

「あ、あはは。ごめんねルリルリ、謝るからそんなに怒らないで」

 

あまりの眼光の鋭さに死を覚悟するミナト。

 

(ひ〜ん、助けてアキトく〜ん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから何日か何事もない日々が続いた。

ラピスはあの晩以来ルリにもすっかり懐いてしまい、今は主にルリと寝ている。

アキトはその事を喜んでいた。

自分と居るよりその方が良いと。

そう考えていた。

アキトはちょくちょくナデシコ食堂に通うようになった。

閉店後のホウメイと酒を飲むこともしばしばある。

そのアキト。

今はブリッジにいる。

周りのクルー達は皆寝ている。

ルリだけが起きているようだ。

艦長ミスマルユリカの姿はない。

 

「ん?」

 

「どうしたんですか、アキトさん」

 

そう言ってアキトを見るルリ。

そんなルリにやや穏やかな表情を見せるアキト。

 

「いや、そろそろ通常空間に戻れるような気がする」

 

アキトの言葉を肯定するかのように、タイミング良くオモイカネから報告が入る。

前方の空間に異常が生じる。

 

「アキトさん、艦長は?」

 

「さあな、俺はずっとルリの側にいたから知らん」

 

ただ側に居ただけ、アキトはその事を言ったに過ぎない。

だがルリはそんなアキトの言葉に何となく赤くなる。

アキトは変わった。

以前のようにルリを冷たくあしらったりしなくなった。

ルリがラピスを仲間に引き込んだと言うこともある。

アキトはルリに少しずつ穏やかな表情を見せるようになった。

もっともルリの望んでいるあの笑顔ではないが。

ルリとラピスは確実にアキトの心を溶かしていた。

2人の妖精が、黒い王子の凍り付いた心と仮面を溶かす。

 

「ルリ、俺はブラックサレナに行く。何かあったときのためにな」

 

そう言ってブリッジを出ていこうとするアキト。

それを呼び止めるルリ。

 

「アキトさん!」

 

「なんだ?」

 

「あ、あの。必ず私とラピスの元に帰ってきてくださいね」

 

しばらく無言だったアキト。

少し表情をゆるめてルリを見る。

 

「・・・わかった」

 

そう言ってブリッジを出ていった。

残されたルリは。

オモイカネで艦長の居場所を探していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってるんだ、あのバカは」

 

そう呟いたアキト。

通常空間に復帰したナデシコは戦場に出てきてしまったのだ。

その後艦長の軽率な行動が連合軍に甚大な被害を与えてしまったのだ。

 

『アキトさん、他のパイロットももうすぐ着きますので、先行して発進。敵無人兵器を牽制してください』

 

コックピットに映し出されるルリの顔。

ほんのり頬が赤いような気がする。

 

「了解・・・それよりルリ、顔が赤いぞ」

 

『え!な、何でもないんです』

 

アキトの指摘にドキドキしながら応じるルリ。

いつもならユリカやメグミが乱入してくるところだが今はプライベート回線。

邪魔する者はいない。

 

「最終チェック完了、オールグリーン。ブラックサレナ発進位置に」

 

『あ、アキトさん!』

 

一大決心をして声をかけるルリ。

その顔はやや上気しているが、真剣そのものである。

 

「なんだ」

 

淡々と言うアキト。

 

『あの、後で話したい事があります。だから、だから絶対無事に帰ってきてください』

 

どこか必死なルリ。

それを感じたのかこちらも真面目な表情をするアキト。

 

「・・・わかった。ブラックサレナ、テンカワ出るぞ」

 

そう言って出撃していくアキト。

実は、ルリはある決心をしていたのだ。

もし通常空間に戻れたら。

その時は伝えよう。

アキトに自分の気持ちを・・・と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬時に右にロールして敵のバルカンをかわすブラックサレナ。

高機動形態。

そのまま敵中を突っ切る。

フィールドにより敵機が破壊される。

 

「脆いな」

 

すぐさま旋回して前方の敵戦艦にグラビティーブラスト・ライフルを撃ち込む。

さすがに敵艦のフィールドによって防がれるがその間にいた敵機を多数破壊する。

 

「やはり戦艦はこの程度では倒せんか・・・そこ!」

 

すぐさまナデシコに向かおうとするバッタどもをカノン砲で撃ち落とす。

その時コックピットのディスプレイに警告が表示される。

それを見てニヤリと笑うアキト。

ブラックサレナに向けて一斉に発射されるミサイル。

バーニアが火を噴き、一気に加速していくブラックサレナ。

迫り来るミサイルを急旋回で難なく振り切る。

そのまま敵の背後に回り数十機を一気にロックする。

ミサイルポッドからほとんどのミサイルを発射する。

そしてミサイルから逃れた敵を丁寧に撃ち落としていく。

 

「ふふふふ、ゴミめ・・・無人なのが残念だがな」

 

その顔には狂気すら見える。

先ほどからかすかに感じる頭痛が、アキトを狂気の世界に誘う。

その隙に背後に敵が寄ってくる。

だがそれすらもアキトの張った巧妙な罠だった。

まだミサイルの残っているミサイルポッドを外す。

ジョイントを外すときの衝撃で、慣性にブレーキがかかるミサイルポッド。

避けきれなかった敵がそれにぶつかる。

なかのミサイルが誘爆して大爆発が起きる。

それに巻き込まれる敵機。

その数は数えきれない。

 

『待たせたな、アキト!』

 

出撃してくるナデシコのエステバリス隊。

そう言ったのはスバル・リョーコ。

その声を聞き合流すると通常形態になるブラックサレナ。

 

「相変わらずスゲー腕だな、アキト」

 

エステバリス隊ではアキトの評判はかなりの物だった。

なんと言っても実力の世界。

皆アキトの実力を嫌と言うほど知っている。

実戦で。

そしてシミュレーターで。

エステバリス隊の全員がアキトに戦いを挑んで秒殺されている。

最高記録はリョーコの9秒687である。

それほどアキトの能力はずば抜けていた。

 

「で、どうするんだテンカワ」

 

そう聞いたのはダイゴウジ・ガイ。

エステバリス隊の皆がアキトの意見を求めている。

リーダーはリョーコ。

だが豊富な実戦経験、そして卓越した戦闘能力。冷静な判断力と戦局全体を見通せる目を持っているアキトに誰しも一目置いている。

以前リョーコが仲間に言ったセリフがある。

 

「あいつはただのパイロットにおさまる器じゃねえよ」

 

だからこそ皆アキトに意見を求める。

 

「この戦闘に俺達が進んで参加する必要はないだろ。ナデシコの防御を固めておく、それ以外の戦闘は要らないな」

 

「そんなんで良いのか、敵はウジャウジャいるぜ」

 

そう言ったリョーコ。

それに淡々と答えるアキト。

 

「さっき見た戦力図でははっきり言って連合軍の負けるような戦いではない。それに敵へは主にナデシコの方から攻撃をしてもらう。こんな乱戦に首を突っ込んでも仕方がない。俺達は寄ってきた敵だけを倒してナデシコを護る。そうすれば連合軍にもこちらが戦っているように見える。損はない、・・・それに確かナデシコは連合軍と仲違いしたんだろう」

 

「よーし、みんな寄ってきた敵を各個に迎撃。油断するなよ!」

 

リョーコから指示が出る。

 

「「「了解」」」

 

ガイ、アマノ・ヒカル、マキ・イズミが応じる。

アキトは返事を返さない。

次々と襲いかかってくる敵を正確な射撃で落としていく。

まるで敵の動きを読んでいるかのように。

 

『相変わらずスゲーな』

 

「余所見しているとやられるぞ、リョーコ」

 

『わーってる・・・よ!』

 

そう言ってリョーコも敵を攻撃する。

が、ライフルの攻撃に敵が耐えている。

 

『ちっ、どうなってるんだ!』

 

『バッタくんもフィールドが強化されてるようね』

 

何とか敵を倒しているイズミ。

そこに叫び声とともに暑苦しい顔が出てくる。

ガイである。

 

『ならば・・・ガァイ、スーパーナッパァー!』

 

言っていることはバカだが確実に敵をしとめている。

 

『どつきあいか・・・それなら得意だぜ!』

 

ガイと共に接近戦に挑むリョーコ。

実はナデシコのエステバリス隊は強い。

皆プロスの選んだ最高の人材だ。

アキトとブラックサレナが強すぎて目立てないが、皆エースと言えるだけのものを持っている。

次々と片付けられる敵。

その時。

シャリーン・・・。

虚空より響きし音。

 

『よ〜し、あらかた片づいたな』

 

『やっと終わった、バッタくん強くなってるんだもん』

 

余裕ができたのか会話を始めるリョーコとヒカル。

シャリーン・・・。

 

『おい、みんな無事か?』

 

『『『大丈夫!』』』

 

リョーコの問いに返事をするヒカルたち。

だがその中にアキトの声はない。

訝しく思ったリョーコが問いかける。

 

『おい、アキト!返事をしろ』

 

モニターでアキトのことを見ようとするリョーコ。

 

『アキ・・・ト?』

 

その顔に浮かぶ憎悪の形相。

緑色に光る顔。

歯を食いしばっている。

アキトは何かに気を取られていた。

知っている気配に。

おぞましい気配に。

シャリーン・・・。

シャリーン・・・。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ささばりです。

アキトの心をルリの存在が癒していきます。

ルリに対しては段々普通になっていくアキト。

だが彼を蝕んでいるトラウマが、狂気の世界に誘う。

次回はどんな展開になるか、お楽しみに。

感想もお待ちしてます。

それでは。

 


艦長兼司令のお礼。

ささばりさんのハイペース、持続中であります。

爪の垢でも煎じて飲むか・・・・

いや、ウチももうちょいです。

ホントですってば!(笑)


さて、憎悪に身を委ねるアキト。

憎しみは人の身を焦がす・・・・って言ったのは誰だったかな?

アキトが焦げ付かないことを切に祈りたいもんです。

私はぱわふりゃアキト派だから(笑)

ささばりさんにメールを出してハイペースの糧にしましょう!



メールはここよん♪


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