妖精の守護者 第16話
真夜中。
霊安室。
アヤカの亡骸の前に佇むアキト。
その胸に輝くロザリオ。
「・・・ア・・・ヤ・・・カ・・・」
アキトの周囲が輝きだす。
アキトの右目から涙がこぼれる。
「・・・アヤカ・・・」
アキトの左目から光がもれる。
辺りを眩しいほどの光が包む。
次の瞬間アキトの姿が消えていた。
どこに行ったのか・・・それを知る者は誰も居ない。
妖精の守護者
第16話「目覚めた心」
BY ささばり
AM6:00。
病院の廊下を看護婦、ミキが歩いている。
朝は色々忙しい。
猫の手も借りたいほどである。
たくさんの書類を運んでいる。
その正面から患者が歩いてくる。
青年。
真っ白の髪。
可愛いクマがプリントされたパジャマ。
テンカワ・アキト。
「おはようテンカワさん」
そう言葉をかけるミキ。
今は忙しいから挨拶だけ。
何気ない挨拶。
「おはよう」
すれ違う。
とにかく今は忙しい。
そのまま歩いていく。
ナースステーションに入り書類を置く。
「ふー、そろそろ起床時間だからみんなを起こさないと・・・」
言葉を切る。
違和感を感じた。
何だろうと考えるミキ。
何かが引っかかる。
書類を持ってきた。
これはいつもの事。
来るとき患者にあった。
テンカワ・アキトに挨拶した。
これもいつもの事。
「う〜ん・・・・・・・・・・・・・え!!」
「ホントに返事をしたの!」
ミキに詰め寄るエリナ・キンジョウ・ウォン。
それに頷くミキ。
「とにかく探すんだ、まだ病院の外には行ってないはずだからな。ウォンさん、あなたも手伝ってください」
そう言った医師の言葉を聞くまでもなく走り出していたエリナ。
屋上へ向かうエリナ。
その後に続く看護婦達。
入院してからのアキトの日課。
それは屋上で小鳥達に餌をあげること。
(アキト君・・・)
一気に階段を駆け上るエリナ。
屋上へのドアが見えてきた。
開ける。
朝日の眩しさに一瞬目が眩む。
ゆっくりと目が慣れていく。
正面に人影が見える。
2メートルほどの高さのある柵の上。
そこに立っているアキト。
柵の向こう側に落ちたらまず助からないだろう。
「アキト君、早まらないで!」
バサバサバサバサ!
鳥の羽ばたき。
エリナの声にアキトの身体で翼を休めていた鳥達が一斉に羽ばたいていく。
「アキト君、早くそこから降りなさい!」
エリナの声にゆっくりと振り向くアキト。
柵の上で。
一瞬アキトの胸元が光る。
「アキト君!」
そんなエリナの叫びにニコリと笑うアキト。
「おはよう、エリナ」
エリナは初めて聞いた。
アキトの優しい声。
「お、おはよう・・・じゃなくて、早くそこから降りなさい!」
一瞬和んでしまったエリナだがすぐにアキトに近付いていく。
「何を怒ってるんだ?」
「いいから降りなさい!」
エリナが怒鳴ったその時。
アキトが跳んだ。
真っ白な髪がキラキラと光る。
一瞬余りの美しさに目を奪われるエリナ。
ふわり。
エリナの目の前に舞い降りるアキト。
「どうした、エリナ?」
唖然としているエリナに話しかける。
その胸元に光るロザリオ。
「ど、どうしたのじゃないわよ!あんな所に立って、落ちたらどうするつもりなの!」
そう言ったエリナにアキトが微笑む。
優しく。
ドキッとするエリナ。
彼女の知らない笑顔。
とても魅力的な笑顔がそこにあった。
「色々迷惑をかけたな、エリナ」
「よかった・・・よかった、アキト君」
その瞳からぽろぽろ涙をこぼすエリナ。
そのままアキトに抱きつくと嗚咽を漏らす。
看護婦の1人はもらい泣きしている。
エリナの背中をぽんぽんと叩いているアキト。
しばらくしてエリナを引き離すとその涙を拭う。
「エリナ・・・笑って」
「え!」
いきなりのアキトの言葉にハッとするエリナ。
「エリナは笑顔の方が素敵だ」
「ア、アキト君!」
真っ赤になりながら言うエリナ。
だが、ゆっくりと笑顔を作る。
「フッ、良い子だ」
そう言ってエリナの頭を軽く撫でる。
恥ずかしそうだが特に嫌がらないエリナ。
何故か羨ましそうにしている看護婦。
その時。
「居たか!」
そういって屋上に飛び込んでくる医師と看護婦、そしてラピス。
アキトに近寄っていく医師を押しのけラピスが抱きつく。
「アキトー!」
そんなラピスを優しく抱きしめながら頭に手を置いて撫でる。
「ラピス・・・今までゴメンな」
朝日に輝くアキトの髪がとても幻想的に見える。
そんなアキトをまじまじと見るラピス。
アキトが笑顔を浮かべる。
ポッ!
いきなり真っ赤になるラピス。
そんな少女を優しい眼差しで見つめるアキト。
「ゴホン、・・・いいかねテンカワ君」
アキトに話しかける医師。
ラピスを抱いたままそちらに顔を向けるアキト。
「大丈夫なのかね?」
アキトを頭の先からつま先まで舐めるように見る医師。
「ああ、もう大丈夫だ」
ラピスを抱きしめたまま医師に言うアキト。
その表情は穏やかだ。
その表情を見てラピスも嬉しそうだ。
「目は・・・見えるのかね?」
「・・・ああ・・・」
皆そこで気付く。
「アキト、バイザーは?」
そう。
今朝のアキトはバイザーを着けていない。
あのバイザーが無くては何も見えないはず。
アキトの笑顔があまりにも自然すぎて誰も気付かなかった。
アキトの笑顔に精神を犯され、思考能力が低下していたともいえる。
唯一男性の医師だけがその攻撃からのがれていたのだ。
「そうよ、アキト君。バイザーはどうしたのよ」
そう言ったエリナに笑顔を向ける。
「あれはもう必要ない」
さらっと言うアキト。
正面からエリナの瞳を射抜くアキトの視線。
その瞳は、金色。
「ア、アキト君・・・その目・・・」
アキトに見つめられて目をそらせないエリナが何とか呟く。
その様子を見ていた医師がアキトに声をかける。
「とにかくテンカワ君、検査をしたいから来てくれ」
そう言って医師は看護婦を連れて屋上から降りていく。
「アキト、いこ」
そう言ってアキトの手を取り歩き出すラピス。
エリナもアキトに腕を絡ませ歩く。
目が見えないとは思えないほどしっかりと歩くアキト。
(ホントに見えてる・・・でもどうして?)
内心穏やかじゃないエリナ。
アキトの目が見えることは良い。
ただその色が問題なのだ。
金色。
ラピスもそうだが、まるで・・・あの少女のようだ。
アキトの心に住み着いている少女、あのホシノ・ルリ。
そう考えているといきなりドアの前で足を止めるアキト。
急に立ち止まったアキトを見るエリナとラピス。
「ちょっとアキト君、どうしたの?」
「少し、いいか?」
そう言ってラピスとエリナの手を解く。
2人に背中を向けて数歩進み出る。
3人しか居ない屋上。
アキト達の他には誰も居ない。
もちろんアキトの向いている方にも誰も居ない。
「・・・君の言葉、届いたよ・・・」
優しく言うアキト。
まるで自分の目の前に誰かが居るかのように。
そんなアキトを何も言えずに見ているエリナとラピス。
「・・・俺は確かに逃げていた・・・」
アキトは気付いたのだ。
自分の選んだ道が、復讐という名の安易な逃げ道だったことに。
復讐を生き甲斐にして、その他の辛い事全てから逃げていたのだ。
それを気付かせたのは少女。
そっと胸のロザリオをさわるアキト。
温かい想いを感じる。
優しい想いを感じる。
「・・・でも、もう逃げないから・・・」
風がそよぐ。
優しく。
そしてアキトは最高の笑顔と共に言う。
想いを込めて。
「・・・ありがとう・・・」
そう言うとゆっくりとラピス達の方へ向き直る。
そして微笑む。
「待たせたな、行くぞ」
そう言って再びドアへ歩いていくアキト。
その後を追うラピスとエリナ。
屋上から出るときに少しだけ後ろを振り返るエリナ。
「え!」
息を呑む。
「・・・まさかね・・・」
そう言ってドアの中に入っていく。
彼女は見たような気がした。
そこに少女が立っていたのを。
『・・・がんばってね、お兄ちゃん・・・』
風がそよぐ。
「・・・これを見てください」
そう言って医師がディスプレイに表示されたデータを示す。
アキトの検査が終わってすぐにエリナだけを呼び出した。
「私は医者じゃないわ」
エリナが言う。
彼女は会長秘書であって医者ではない。
カルテなど見せられてもわからない。
「これは失礼・・・まずはここ。これは眼球の検査の結果です。どうやら彼は目が見えるようですね」
「・・・」
「視力は確かにあるようです」
「・・・でもどうして・・・あれは義眼?」
どうしてなのかわからないエリナ。
医師は淡々と結果を伝える。
「・・・この瞳・・・検査の結果、この金色の瞳は間違いなくテンカワ君のものです」
「バカなこと言わないで!彼の瞳は黒のはずよ」
椅子から立ち上がりながら言うエリナ。
かなり興奮しているようだ。
「お、落ち着いて・・・そうです。おっしゃる通りです。あの金色の瞳は特定の遺伝子操作をほどこしたものにのみ現れるもの」
「どういう事なの?」
「おそらくは・・・人体実験の影響から来る突然変異かと。なにぶん他に理由が思いつきませんので」
そう言って医師はディスプレイに別のデータを表示する。
「それは?」
「彼の左目にあるものです」
エリナの顔が厳しくなる。
小声で医師に話しかける。
「他には?」
「私だけです」
「ならこの後すぐにその情報は破棄して」
「はい、それじゃあ結果を。この物質ですが以前の物とは純度が全然違いますね。今まで見つかってないほどの高純度の物です・・・詳細はこのディスクに・・・」
ディスクを受け取ると何か考えるエリナ。
しばらくして医師に鋭い視線を向けた。
「他のデータはすぐに破棄しなさい」
頷く医師。
そしてまた別の物を表示する。
「彼のその他の感覚はここに来たときと同じですね。上半身の感覚麻痺、聴覚減衰、味覚と臭覚にいたっては完全に消失してますね。味覚と臭覚以外はラピスとのリンクで少しはマシになっていますが・・・」
そこで言葉を切る医師。
辛そうなエリナの顔を見てしまったから。
「でも、一つ不思議なことがありましてね」
「え?」
「彼の肉体です。ここ数ヶ月入院していた人間とは思えない程鍛えられています。普通どんなに鍛えていた人間でも入院すると衰える物ですが、彼の今の肉体は全く衰えていません。完璧に鍛え抜いてあります・・・何時鍛えたかわかりませんがね」
そう言ってから医師がディスプレイを切ってエリナに言う。
「結論を言いましょう、もう退院しても構いませんよ」
「それじゃあ!」
目に見えて喜ぶエリナ。
だが医師は申し訳なさそうな顔をする。
「勘違いなさらないでください」
「え?」
「もはや我々の医学ではどうすることもできません。ならばせめて自由にさせてあげるべきだと思いまして」
「そんな・・・それじゃあアキト君は・・・彼はどうなるの!?」
医師に掴みかかるエリナ。
黙ってされるがままになる医師。
「答えなさい!アキト君はこれからどうなるの!?」
だが医師はすまなそうに言うだけ。
「申し訳ありません・・・それすらもわからないのです」
「そんな・・・」
「すぐに死ぬ・・・ということはないと思いますが。いずれ・・・そう遠くない時期に、そういう時が来ることだけは覚えておいてください」
「そんな・・・どうして・・・どうして・・・」
俯いて泣いているエリナを辛そうに見ている医師。
だが誰かが言わなければならない。
アキトの主治医として、彼は逃げることを許されなかった。
「アキト君、あなたこれからどうするの?」
明日の退院を前に部屋を片付けているエリナはアキトに話しかける。
医師の話がエリナの頭の中によみがえる。
だが顔には出さない。
アキトは自分のベッドで寝ているラピスの髪をいじっている。
「ナデシコに行く」
そう言ってエリナの方を向くアキト。
エリナも手を休めてそんなアキトを正面から見る。
「復讐のため?」
そうたずねるエリナの顔は真剣そのものだ。
それに答えるアキトも真剣な顔をする。
その金色の瞳がエリナを見つめる。
「確かにそれもある・・・否定はしない」
「それも・・・じゃあなんのため?」
「・・・ルリちゃんを護る。ナデシコはいずれ北辰達と戦うことになる。その時にルリちゃんを護りたい」
「・・・」
アキトの言葉を聞いて何も言えなくなるエリナ。
ルリのため。
そのために戦いに赴く。
アキトはそう言ったのだ。
悔しい。
だが、そんなアキトを好きになってしまったのは自分。
「・・・他人のために死ぬつもり?」
声が震えるのを何とか堪えるエリナ。
「他人じゃない、ルリちゃんは・・・家族だ」
一瞬アキトの心が揺れる。
それを見逃さないエリナ。
「でもあの子はあなたのことを・・・」
「もう決めたことだ」
その言葉を聞いて俯いてしまうエリナ。
そんな彼女に声をかけようとするアキト。
「エリナ・・・」
「駄目・・・」
俯いていたエリナが呟く。
「え?」
「駄目・・・駄目!絶対に駄目!」
そう言って顔を上げるエリナ。
ポロポロと涙をこぼしてアキトを見つめる。
「エリナ・・・」
「どうして・・・どうしてあの子じゃなきゃ駄目なの!?どうして私じゃいけないのよ!!」
普段のエリナからは想像のつかない姿。
それを黙って見つめるアキト。
「どうしてホシノルリじゃなきゃいけないの!?どうして私じゃいけないの!?お願いだから行かないで!!お願いだからあの子じゃなくて私を見て!!」
そう言ってからハッとすると俯いてしまうエリナ。
エリナを見つめているアキト。
その表情からは何も読みとることは出来ない。
エリナの肩に手を置くアキト。
「エリナ・・・頼む」
そう一言言う。
聞きようによってはかなり冷たい声色。
だがエリナは少しだけ気が楽になる。
同情だけは、されたくなかった。
顔を上げるエリナ。
「・・・わかったわ・・・会長に報告しといてあげる」
そう言ったエリナにアキトが微笑む。
「ありがとう」
その笑顔を見て、涙を拭いながら赤くなるエリナ。
エリナの肩から手を退けると、ドアに向かって歩き出すアキト。
「何処へ行くの?」
「少し風に当たってくる・・・心配するな、少なくとも自殺などしないさ」
そう言ってアキトは部屋を出ていった。
一人部屋に残されたエリナ。
その瞳からふたたび涙がこぼれ落ちる。
「頼むだなんて、そんな風に言われたら・・・断れるわけないじゃない・・・バカ・・・」
すでに消灯時間を過ぎている病院。
その屋上。
そこから見える星空がとても美しい。
転落防止用として2メートルほどの高さのある柵。
そこの上に立っているアキト。
物凄いバランス感覚である。
「星か・・・そういえば昔ルリちゃんとよく見たっけな」
1人呟くアキト。
空を見上げている。
「北辰達の研究はいずれ世界を破壊する・・・彼らはそう言っていた」
風が強く吹きつける。
だがアキトが風に揺らぐことはない。
「彼らの文明の事は北辰達もまだほんの一部しか知らないが・・・」
ふわり。
アキトが柵から降りる。
「彼らにも俺の身体は治せなかった・・・あれほど優れた文明を持ちながら」
空を見上げる。
「・・・どのみちこのままでは木連との衝突は避けられない。地球と木連が互いに食い潰せば必ず火星の後継者は出てくる。だが、その時に出てこられては遅い。何とか地球と木連双方が疲弊する前に奴らをあぶり出さないとな・・・」
そこで一息つく。
ゆっくりと屋上の中央まで歩いていく。
「・・・いいさ、彼らには視覚の礼もしてなかったしな」
そう言ってしばらく黙っている。
風がアキトの髪を凪ぐ。
1人屋上に佇むアキト。
ゆっくりと胸のロザリオを触る。
「アヤカ・・・か。君たちはそろって俺の心を助けてくれた・・・でも、俺には何もできなかった」
助けることの出来なかった少女。
壊れた心を癒してくれた少女。
だがアキトは彼女たちに対して、礼の1つすら言えなかった。
「・・・確かに未熟者だ・・・なあ北辰・・・」
そう呟くとアキトは目を瞑る。
ゆっくりと集中していく。
アキトの周囲が微かに輝き出す。
「北辰、ヤマサキ・・・」
左瞼から光が漏れる。
全身が輝き出す。
「貴様らの思い通りに世界が動くと思うな」
眩しいほどの光が辺りを包む。
アキトが正確に病室をイメージする。
「・・・ジャンプ・・・」
消えた。
淡い輝きを残して・・・。
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
お待たせしました。
アキトが復活しました。
まあ彼がナデシコに戻るまでもう少しありますが。
感想なども相変わらずお待ちしています。
それでは、続きをお楽しみに。
艦長兼司令からのあれこれ
はい、艦長です。
アキト、やっとこさ復活してくれましたねぇ。
しかも”ぱわーあっぷ”したフェロモンと共に(爆)
うーん・・・エリナさん、好きなキャラなんだけどなぁ(そこ、オバン趣味とか言わないよーに(笑))
さて、復活したアキト、対決も近いかな?
今のアキトにぴったりな言葉をひとつ。
エクラゼ・ランファーム
「虫けらどもを捻り潰せ」(by「地球連邦の興亡」)
彼等にはそれこそが相応しいでしょう。
さあ、ささばりさんにメールを出すんだ!