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妖精の守護者  第18話

 

 

 

 

 

「どうしたんですか、お父さん」

 

それでもお父さんと呼ばれる事がかなり嬉しいアキト。

 

「いや、何でもないよ。じゃあ行こうか」

 

そう言ってルリの手を取るアキト。

 

「あ!・・・」

 

声を上げるルリ。

温かい。

今までだれもくれなかった温かさがそこにあった。

アキトは気にしない。

ニコニコしながらルリを引っ張って歩いていく。

そんなアキトを見ながらルリはいつしかその手を強く握りしめていた。

初めて感じた温かさを、失いたくなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第18話「陽のあたる場所」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンカワアキト宅。

アキトはネルガルの用意した高級マンションについた。

エリナに任せたところ、用意されたのがここである。

アキトはかなりの高給取りで、ついでに裏の仕事もしていたのでその財産はかなりのものである。

もっとも今回はアカツキが迷惑料と言うことで、全てネルガルから金を出している。

 

「結構広いな」

 

あちらこちらをチェックしていたアキトがそう漏らす。

家具などもすでに用意されていた。

全てエリナの手配したものだ。

この部屋に住むのは3人。

家主のテンカワ・アキトとその扶養家族のラピス・ラズリ、ホシノ・ルリカ。

結局クローンのルリにまともな戸籍があるわけでなくアキトが名前を付けた。

何個も名前を考えたがあまりにもルリに似ているため、「ルリ」と言う名前が頭から離れなかった。

結局付けた名前は「ホシノ・ルリカ」。

ルリの妹として戸籍が作られた。

部屋の中をチェックするアキトの後をちょこちょこついてまわるラピスとルリカ。

 

「さて、2人とも。とりあえず好きな部屋を使っていいよ」

 

そう少女たちに声をかけるアキト。

 

「部屋、アキトと同じがいい」

 

「私も、お父さんと同じが良いです」

 

真顔でアキトを見つめる2人の妖精。

何となく予想していたアキト。

 

「1つの部屋に3人分の荷物はおけないよ。とりあえず1人1部屋・・・いいかい?」

 

そう言ってニッコリ笑う。

笑顔だが有無を言わさぬ凄みがある。

その顔を見て渋々と部屋を物色しに行くルリカとラピス。

2人が居なくなるとキッチンに行くアキト。

かなりの広さだ。

 

「問題は食事だな・・・たまにエリナが作りに来ると言っていたから、その時は良いとして・・・あの子達は育ち盛りだからな。いい加減な物は食べさせられないし・・・かといって俺が作っても味の保証はない。そもそも辛いな・・・包丁を握るのは・・・」

 

キッチンで悩んでいるアキトの頭に、ラピスの声が聞こえてくる

 

(アキト)

 

(何だ、ラピス)

 

(ルリカと一部屋で良い?ここの部屋なんか広くて怖い、1人じゃイヤ)

 

(・・・いいよ、好きにしな)

 

(うん、ありがとうアキト!)

 

そんな会話が終わり再び悩み出すアキト。

だが、ついに決心する。

 

「辛いなんて言ってられないな。ルリカやラピスのためにも俺が作らないとな。まあ調味料なんてだいたい量は覚えてるし、実際味見しなくてもある程度は作れるし・・・あの子達に味見をさせて確認すればいいか。あとは・・・俺が我慢すれば・・・」

 

そう言って少し寂しそうな顔をするアキト。

彼のコックとしての誇りがいい加減な料理を作ることを拒絶する。

だが、そんなもの今のアキトには価値のないものだった。

そこにラピスとルリカが入ってくる。

 

「アキト・・・どうしたの?」

 

心配そうに声をかけるラピス。

その横で同じように心配そうにアキトを見上げるルリカ。

 

「いや、何でもないよ。それより買い物に行こう。洋服とか色々必要だしね」

 

そう言ったときちょうど玄関のチャイムが鳴り、ウィンドウにエリナの顔が映る。

 

『アキト君、そろそろ行かない?』

 

「わかった、今出るから待っていろ」

 

そう言うと玄関に向けて歩いていくアキト。

その後を付いていくルリカとラピス。

ルリカにとっては、初めてのお買い物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で・・・何でこんなに買う?」

 

街を歩きながら言うアキト。

その右腕に自らの腕を絡ませているエリナ。

 

「あら、女の子ですもの。服の10着や20着当たり前よ」

 

「それはそうだが・・・」

 

自分の左腕にぶら下がっている紙袋を見る。

物凄い量になっている。

しかもこれだけではない。

この何倍の量の物を配達してもらうよう手配した。

ラピスとルリカが特に気に入った物だけは、アキトが持ち帰ることにしたのだ。

それでもこの量である。

もっともエリナがいなければ両手に分けられるので、幾分楽なのだが。

 

「・・・まあまあ、可愛い娘たちの為よ?」

 

その娘達は今アキトの前を歩いている。

ルリカとラピスも1つずつ紙袋を持っている。

何も持っていないのはエリナだけ。

 

「・・・ついでにこれは何だ」

 

ルリカとラピスの買い物の中に混じる高級ブランドの紙袋。

エリナの買った物である。

 

「あら、安かったじゃない?」

 

何故か買わされてしまったアキト。

いかに高級ブランドといっても、値段的にはアキトにとってはした金と言っていい。

だが、そういう問題ではない。

問題は、ラピスとルリカの買い物のはずが何故エリナの買い物にまで付き合うのかということ。

 

「・・・まあ良い」

 

そう言って黙々と歩くアキト。

その前を歩く2人の少女。

その時。

ドン!

ルリカが向かいから歩いてきた男にぶつかった。

男がまるでわざと当たるかの様に歩いてきたのだ。

 

「あ、ごめんなさい」

 

ぺこりの頭を下げるルリカ。

とても可愛らしい仕草だ。

だが男は。

 

「このクソガキ、人にぶつかっておい・・・」

 

男が文句を言い切る前に、いきなりルリカを庇うように現れたアキト。

チャッ!

左手に紙袋をいっぱい持って、右手で男の眉間に銃を突きつける。

エリナが唖然としている。

今まで腕を組んでいたはずのアキトの、余りの素早さに。

 

「今なんて言った?」

 

「な、なにって・・・」

 

「クソガキ・・・とか言わなかったか?」

 

「い、いえ!と、と、とても可愛らしいお嬢さんで!」

 

「そうか、ありがとう。じゃあ行くから」

 

そう言って口元を歪めるアキト。

男は壊れたロボットの様にこくこく肯いている。

それを見て銃をしまうと、ルリカの方に振り向く。

影になっていてルリカからはアキトが男に銃を突きつけているのは見えなかった。

ラピスとルリカを促して再び歩き出す。

その後をついていくエリナ。

ルリカの足取りが何となく重いのがアキトにはわかった。

しばらくしてアキトが口を開く。

 

「さて、とりあえず今日は帰ろうか。ルリカも疲れただろ?」

 

「い、いえ・・・私は別に・・・」

 

遠慮してか、何とか疲れを隠そうとするルリカ。

 

「ルリカ・・・」

 

アキトの声。

優しい声色だが、ルリカは何故か逆らいがたいものを感じた。

 

「・・・ごめんなさい・・・少し疲れました、お父さん・・・」

 

そういったルリカの頭を撫でるアキト。

 

「フッ、素直な子は好きだよ」

 

その言葉に赤くなるルリカ。

アキトはそんなルリカを見て口元に笑みを浮かべると、エリナとラピスを見て言う。

 

「さて、帰るぞ」

 

「うん、アキト!」

 

「そうね、それじゃあ先に行って車を回してくるわ。ここで待ってて」

 

そう言って先に歩いていくエリナ。

そんなエリナを見ているアキト。

それと同時に周囲に気を配るアキト。

 

(3人、4人・・・5人か・・・みんな暇だな)

 

気配から自分たちをガードしている存在を再確認するアキト。

部屋を出たときより2人減っている。

 

(2人はエリナのガードか)

 

3人とも黙ってエリナを待つ。

しばらくすると、傍らでルリカの動く気配がする。

つんつんとアキトの服の裾が引っ張られる。

 

「なんだい、ルリカ?」

 

「あの、今日はありがとうございました」

 

そう言ってぺこりと頭を下げるルリカ。

キョトンとするアキト。

礼を言われる理由がわからなかった。

 

「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございます」

 

そんなルリカを見て、その頭に手を置きクシャクシャっとするアキト。

 

「おっ、お父さん!」

 

赤くなりながら叫ぶルリカ。

右手でサングラスを外すアキト。

 

「ルリカ、俺達は・・・家族なんだぞ。そんなことは気にしなくて良いよ」

 

やはり家族という言葉を使うのに抵抗があるアキト。

だがルリカにはかなり効いたようだ。

 

「家族・・・」

 

そう呟くルリカを抱きしめるアキト。

義手である左手に荷物を持っている状態で、器用なことをする。

そんな行為に顔を真っ赤にするルリカ。

 

「そう、家族だよ・・・もう1人じゃないんだよ」

 

「・・・ありがとうございます、お父さん・・・」

 

そう言って目をつぶるとアキトに身体を預けるルリカ。

するとラピスが、ひしっとアキトの後ろから抱き付く。

 

「ルリカずるい。私もアキトにくっつく」

 

ちなみにここは公道である。

ラピスやルリカを羨ましそうに見ている女性達が多数足を止めている。

その時やっとエリナの車が来る。

ゆっくりと離れる3人。

 

「さ、車が来たから早く乗るんだ」

 

「はい」

 

「うん!」

 

返事をしてテクテクと車に向かうルリカとラピス。

その後ろ姿を見ているアキト。

まだ火星にいた頃、よくルリと買い物をした。

その頃を思い出す。

まだ家族という言葉を何のためらいもなく口に出来たあの頃。

まるであの頃に戻ったかのようだった。

 

「・・・家族・・・か・・・」

 

「お父さ〜ん!」

 

「アキト〜!」

 

車から呼んでいる少女達を見る。

ルリカ。

ラピス。

掛け替えのない家族。

少しだけでも、少しの期間だけでも家族としていられる。

そう思うと自然と笑みが浮かぶアキトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

テンカワ宅。

 

「どうしたんだい、2人そろって?」

 

ソファに身を沈めていたアキトの前に、神妙な面持ちのラピスとルリカが来る。

さっそく買ってきた服に着替えていた。

 

「あのね、アキト、料理を教えて欲しいの」

 

「お願いします、お父さん」

 

そう言ってぺこっと頭を下げるルリカ。

つられて下げるラピス。

 

「・・・どうしてだい?」

 

少し真面目な顔をするアキト。

話の内容が内容である。

彼の心が・・・微かに痛む。

 

「アキトのために何かしたいの」

 

「俺のため?」

 

「うん、アキトさっき味覚治ったって言ってたよね。でもやっぱり私とルリカで作る」

 

味覚が治ったなど、当然嘘である。

多少鈍いがある程度治ったと言ったアキト。

2人に余り心配を掛けたくないアキトがついた嘘。

実際は味も匂いも全く感じない。

 

「お父さんのために何かがしたいんです」

 

2人の眼差しは真剣そのもの。

その金色の瞳がアキトの心を動かす。

その眼差しに込められた想いが。

ゆっくりとため息をつくアキト。

 

「わかった・・・教えてあげるよ。だから美味しい物を頼むよ」

 

アキトの言葉を聞いてニッコリ笑うラピス。

微かに笑うルリカ。

 

「うん、がんばって作る!」

 

「私もきっと美味しい物を作って見せます」

 

そう言ってキッチンに歩いていくラピスとルリカ。

それを見てゆっくりと立ち上がるアキト。

 

「そうだな・・・教える方が気が楽だし・・・それに、あの子達だけになった時にも必要だろうし」

 

アキトの呟きはルリカやラピスには聞こえなかった。

別れは必ずやって来る。

ナデシコの帰還。

それがアキトと2人の別れの時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食が終わり再びソファーに座っているアキト。

目を閉じている。

耳から聞こえる微かな音。

そして感じる気配。

アキトのそれは常人を遙かに凌駕している。

自然にどこに誰がいるかわかるほどだ。

 

「毎日教えていれば・・・俺がいなくなっても大丈夫だな」

 

料理の作り方を教えたアキト。

ラピスとルリカの努力もあって、初めてにしてはなかなか良い物が出来た。

味はわからなかったが、おそらくは美味しかったはずだ。

入れた調味料の量からみて、それ程酷い味にはならなかっただろう。

 

「こんな時間が過ごせるとはな」

 

そう言って胸のロザリオにさわるアキト。

脳裏に浮かぶ少女の面影。

 

「君のおかげだね。君に出会わなかったら、こんな生活は出来なかっただろう・・・ありがとう」

 

その言葉に少女が微笑んだように思えるアキト。

今も感じる少女の優しさ。

想い。

しばらくそのままでいるアキト。

その時気配が動く。

ラピスとルリカが部屋を出たのだ。

そしてリビングに入ってくる。

 

「お父さん・・・寝てるんですか?」

 

「アキト・・・寝てる?」

 

そう言ってくる2人にゆっくりと目を開くアキト。

 

「いや、起きてるけど・・・どうしたんだ?」

 

「・・・」

 

少し赤くなっているルリカ。

そんなルリカをみてラピスが口を開く。

 

「ルリカね、アキトとお風呂入りたいんだって」

 

さらっと言ってのけるラピス。

ますます赤くなるルリカ。

 

「・・・それは良いが、訳を聞いても良いかい?」

 

いたって冷静なアキトの声。

アキトにとって異性と風呂に入るという事は、慣れている事もあって特別なことではない。

しかも相手は子供である。

だがいくら研究所で育てられたとは言っても、一般常識は持ち合わせているルリカ。

その少女がそういうのには訳があるのだろうとアキトは思った。

 

「・・・それは・・・」

 

アキトの言葉に表情の曇るルリカ。

その瞳を見つめていたアキト。

何となくわかった。

ルリとラピスにも同じ様なことがあった。

トラウマ。

研究施設の試験水槽に入れられていた彼女たち。

その為か、風呂とシャワーを極度に怖がる。

ラピスもそうだが、かつてはルリもそうだった。

ルリの場合も両親か、その両親がが研究で忙しかった時は、アキトが一緒に入ってあげていた。

そのかいもあって、ルリはそのトラウマを克服することが出来た。

ラピスにしても同様である。

ただラピスの場合は、木連にいた頃にユキナが意外としっかりしていたので、アキトは可能な限り彼女にまかせていた。

 

「いいよ」

 

アキトの言葉にすぐに笑顔になるルリカ。

 

「ありがとうございます、お父さん」

 

そう言って頭を下げる。

まねをして一緒になって頭を下げるラピス。

そんな2人の仕草に顔が緩んでしまうアキト。

某提督と同等、またはそれ以上の親バカになる素質を持っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

某所。

薄暗い部屋の中、数人の男達がいる。

学者風の男。

小太りの男、そしてその傍らに立つ2人の男。

 

「・・・ならば夜天光はブラックサレナには劣っていないということか?」

 

そう言ったのはスーツを着た小太りの男。

 

「そう言えますね・・・しかし標的は1年ほど前に出来た試作機ですので、開発としては我らが劣っています」

 

そう言って辺りをきょろきょろ見回している。

 

「くっ、なんとしてもネルガルより上に行かねば・・・クリムゾンがトップに立つのだ!そうすれば俺の地位も約束される。そのために情報を売ったのだ!」

 

「・・・」

 

学者風の男は辺りを頻りに気にしている。

小太りの男が端末を操作し資料映像を出す。

そこにあるのはブラックサレナの設計図。

 

「これはかなりの極秘事項だからな・・・あの若造もまだまだ甘い」

 

若造とはネルガル会長、アカツキ・ナガレの事である。

 

「ですが・・・もう私はおります・・・」

 

弱々しい声を出す学者。

訝しく思う小太りの男。

 

「なぜだ・・・もっと役に立ってくれなくては困る!」

 

その声にビクッとなる学者。

 

「確かにこれは手に入れました・・・しかし、ここ数日その研究員と連絡が取れないのです。このままじゃ・・・」

 

「消されたのか?」

 

「そうに決まってます・・・このままじゃ消される!私も身を隠さなければ!」

 

そう言って取り乱す学者。

 

「・・・何か知っているか?」

 

小太りの男は脇に立つ大男に話しかける。

スーツを着た大男は少し考えた後口を開く。

 

「ネルガルの番犬・・・でしょうか。ネルガルに敵対する者を消す暗殺者がいるという話を聞きます・・・あくまで噂ですが」

 

「何故噂なのだ?」

 

するともう1人のスーツの男が口を開く。

 

「わかっている事は、ネルガルに潜入したり、ネルガルからの内通者は確実に消されているということだけ。存在するのかどうかも確証はありません。何せ皆消されていますので・・・年齢、性別など一切不明。いえ、そもそも個人なのか集団なのか、それすらもわからないのです」

 

スーツの男達は恐怖と共にその事を口にする。

余程のベテランか駆け出しの者以外、裏の世界の者でネルガルにちょっかいを出そうとする者は居ない。

 

「ふん、くだらん!そんな居るか居ないかもわからん奴を・・・ならその研究員がそいつにやられたとでも言うのか?現にブラックサレナの設計図は持ち出せているではないか!」

 

だがそんな小太りの男の声を聞いてはいない学者。

恐怖に歪んだ顔で何かをブツブツ言っている。

そこでハッとする。

 

「そうか・・・奴だ・・・そうに決まってる!あいつは私達を狙ってる!あいつも・・・あいつも消された・・・そうだ、奴は怨霊だ!あの研究所から来た怨霊だ!」

 

男がまるで狂ったかのような叫び声をあげる。

その時・・・。

 

『その通りだ』

 

低い男の声が聞こえてきた。

刹那、部屋の照明が全て消える。

プシュ!

気の抜けたような音と共に頭を撃ち抜かれる学者。

瞬時に小太りの男を左手で床に引き倒すボディーガード。

懐に右手を入れて銃を握ると、辺りをうかがう。

足音1つしない。

それどころか気配すらない。

ゆっくりとドアのある方に向かうガード達。

ガードの2人に挟まれるようにして床を這っている小太りの男。

コンピュータのウィンドウの明かりだけが部屋を照らしている。

 

「な、何だ・・・何が起こった!」

 

そう言ったとき、小太りの男に何かがかかった。

なま暖かい物・・・血。

驚いてそちらを見る。

そこには首を切り裂かれ、大量の血を吹き出しているモノがあった。

ガードの男である。

 

「ヒイ!」

 

驚き後ずさる小太りの男。

ドン。

もう1人のボディーガードに当たる。

すぐに振り返りその男に怒鳴る。

 

「何をしている、早く私を逃がせ!貴様らには高い金を払っているのだぞ!」

 

だが・・・。

グラリ。

ゆっくりと前のめりに倒れていくボディーガード。

ドサ!

そんな男を助け起こそうとする。

 

「おい、何をふざけ・・・ヒイ!」

 

男の視線は釘付けになっていた。

ボディーガードに首がなかった。

首を切断するなど、常識では考えられない。

 

「ヒイ・・・た、頼む・・・助けてくれ!金ならいくらでも出す!欲しい物なら何でもやる!だから・・・」

 

立ち上がると闇に向かって悲鳴のような声を上げる小太りの男。

だが・・・。

シュッ!

男は最後までしゃべることが出来なかった。

首を切断され絶命する。

ゆっくりと倒れる小太りの男。

その背後にいつの間にか立っていた人影。

黒いバイザーをかけ目元を隠している男。

テンカワ・アキト。

漆黒に染められている髪。

黒い衣装。

右腕に握られている小太刀は刃こぼれ1つしていない。

その事からもアキトの尋常ならざる技量がうかがえる。

 

「・・・これで最後か。ネルガルからクリムゾンに通じているパイプは全て断ち切った・・・依頼は完了だな」

 

アキトの裏の仕事。

暗殺。

ネルガルからクリムゾンに情報を売っている者を消す。

依頼人はアカツキである。

この事はお互いしか知らない。

そう、エリナですら知らないのだ。

 

「・・・」

 

黙って撃ち殺した男を見ているアキト。

その顔に緑の奔流が浮かぶ。

そして、ゆっくりとその死体に近付いていく。

 

「お前・・・覚えているぞ・・・よくもアヤカを・・・」

 

おもむろに足をあげるアキト。

グシャ!

半ば吹き飛ばされた男の頭をさらに踏みつぶす。

手にはブラックサレナのデータが入っているディスクを持っている。

目を瞑り集中するアキト。

次の瞬間、部屋に光があふれる。

その光が消えたとき、部屋に残っていたのは物言わぬ骸だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから半月。

平穏無事な日々が続いている。

ラピスとルリカの料理の腕も、少しずつだが確実に上がってきている。

夜になると何故かアキトのベッドに潜り込んでくるラピスとルリカ。

ルリカも良く笑うようになった。

そんな少女たちを優しく見守るアキト。

 

「公園か・・・何年ぶりかな」

 

1人呟くアキト。

遠くからラピスの声が聞こえてくる。

ここは市民公園。

町中にある公園にしては、その膨大な敷地面積と自然の多さが人気となり、今日のような休日は家族連れやカップルでにぎわうことになる。

特に今日は12月とは思えぬほど暖かい陽気に包まれていた。

芝生をゆっくりと歩いていくアキト。

多くの人たちとすれ違う。

家族連れとは軽く挨拶を交わす。

陽気と同じように、皆の心も温かい。

すれ違った女性達が、アキトの容姿に目を奪われ振り返っている。

真っ白な髪も、この日差しの中では幻想的に見えるらしい。

アキトの足下に転がってくるボール。

しゃがんでそれを拾うと、取りに来た男の子に手渡してあげる。

お辞儀をすると立ち去っていく少年。

再び歩き出すアキト。

しばらくしてまた足を止める。

少し先にシートを敷き、そこに陣取っている少女達。

ラピスとルリカ。

2人とも他愛もない冗談を言って笑っているようだ。

他愛もない冗談で笑える。

これがルリカの成長を表している。

その2人の傍らに置いてある大きな包み。

早朝から起きて、ラピスとルリカが作ったお弁当。

ルリカとラピスがアキトに気付く。

 

「お父さん、こっちです!」

 

「アキト〜、早く〜!」

 

懸命に手を振る2人。

その2人の笑顔に、心が温かいものでいっぱいになるアキト。

ゆっくりと手を振ってみたりする。

それにさらなる笑顔で応えるラピスとルリカ。

2人の方へゆっくりと歩き出すアキト。

小さいながらも、そこには幸せがあった。

少女達の笑顔が、アキトにとってのささやかな幸せ。

ふと足を止めて空を見上げる。

雲一つない青い空。

微かに微笑むアキト。

照りつける太陽に目を細める。

再びラピス達の声が聞こえてくる。

そちらに目を戻すと、シートから下りたルリカとラピスが走ってきて、そのままアキトに飛びつく。

 

「お父さん、遅いです」

 

「アキト、遅い!」

 

笑顔を浮かべながらアキトに抱き付く2人の妖精。

優しい笑顔と共にその2人を抱きしめるアキト。

木連でも、戦場でも、そして裏の世界でも恐れられている。

血に飢えた野獣、テンカワ・アキト。

その彼が今、心からの笑顔を浮かべていた。

愛する娘達に囲まれて・・・。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話はいかがでしたでしょうか。

この話は、一応アキトの心のリハビリのために書きました。

一部を除けばほのぼのしています。

ルリカも明るくなってきました。

アキトも復活しました。

ここまで来れば、そろそろナデシコにいるあの子の出番でしょう。

お話の感想などもたくさんくださると嬉しいです。

それでは、次回をお楽しみに。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

アキト、順調にパパやってますねぇ(笑)
一部ダークな場面もありますが(血塗られた描写、と言った方が適切かも(笑))

彼の歳でもパパになるのは嬉しいのだろうか?
どーなんでしょう、そこんとこ。

さて、次回はナデシコみたいですな。
本筋って感じでしょうか(失礼!)



さあ、暗殺者にして2児のパパ、アキトが見たければささばりさんにメールを出すんだ!


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