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妖精の守護者  第19話

 

 

 

 

 

小さいながらも、そこには幸せがあった。

少女達の笑顔が、アキトにとってのささやかな幸せ。

ふと足を止めて空を見上げる。

雲一つない青い空。

微かに微笑むアキト。

照りつける太陽に目を細める。

再びラピス達の声が聞こえてくる。

そちらに目を戻すと、シートから下りたルリカとラピスが走ってきて、そのままアキトに飛びつく。

 

「お父さん、遅いです」

 

「アキト、遅い!」

 

笑顔を浮かべながらアキトに抱き付く2人の妖精。

優しい笑顔と共にその2人を抱きしめるアキト。

木連でも、戦場でも、そして裏の世界でも恐れられている。

血に飢えた野獣、テンカワ・アキト。

その彼が今、心からの笑顔を浮かべていた。

愛する娘達に囲まれて・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第19話「守護天使」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンカワアキト宅。

アキトの寝室。

ダブルベッドの上に3人の人間が居る。

家主のテンカワ・アキトとその扶養家族のラピス・ラズリ、ホシノ・ルリカ。

 

「・・・う〜ん・・・」

 

ラピスが寝返りをうつ。

アキトの左右でラピスとルリカが丸くなっている。

彼女たちは寝る時間になると決まってアキトのベットに潜り込む。

当然アキトが寝る頃にはベットは2人に占領されているのだ。

2人を起こさぬようにそっとベッドから抜け出すアキト。

そのまま部屋を出てバルコニーに出る。

吐く息が白い。

美しい星空を見上げるアキト。

 

「もうすぐナデシコが戻ってくる」

 

ラピスとルリカ、そして事ある毎に食事を作りに来るエリナ。

そんな生活をし始めてから1ヶ月が経とうとしていた。

 

「そうしたらこの生活ともお別れか・・・」

 

たった1ヶ月。

アキトがラピスとルリカのために割いてきた1ヶ月。

ルリカもだんだん感情を表すようになってきた。

水が恐いというトラウマも克服しつつある。

ほんのわずかな期間だったが、アキトにとってもかけがえのない1ヶ月だった。

 

「今はそれで良い・・・ルリカやラピス、そしてルリちゃんのために俺はあえて戦おう。彼女たちの未来のために・・・」

 

そう言って正面を見る。

深夜にも関わらず町には明かりがともっている。

 

「・・・わかってるさ。でも今は戦う時だ・・・あいつらは生かしてはおけないんだ・・・」

 

胸のロザリオに触れる。

今は亡き少女の想いを感じる。

 

「・・・大丈夫だよ。もう逃げたりはしないよ・・・大切な人がいるから。護りたい人がいるから・・・」

 

そう言って微笑む。

アキトの前には誰も居ない。

ただアキトにはわかった。

彼女は笑ってくれた。

今も生き続けている想い。

そっと目を閉じるアキト。

部屋の中の気配が動く。

 

(ラピス・・・いや、ルリカか)

 

ガラス戸の方を向くアキト。

カラカラ。

ガラス戸が開き少女がバルコニーに出てくる。

ルリカだ。

 

「・・・お父さん・・・」

 

ギュッとアキトに抱きつくルリカ。

そんな少女の頭を撫でるアキト。

 

「ごめんねルリカ、起こしちゃったかい」

 

だがルリカは黙ったままアキトに抱きついている。

 

「・・・どうしたんだい、ルリカ?」

 

「・・・もうすぐ、お別れなんですね・・・」

 

そう言って顔を上げたルリカ。

目に涙をためている。

 

「・・・知っていたのか・・・」

 

「ごめんなさい、お父さんのお部屋をお掃除をしていたときに・・・」

 

そう言ってギュッと力を込めるルリカ。

 

「今は戦わなくてはいけない時だから・・・でも必ず戻ってくるから・・・」

 

アキトのその言葉に顔を上げるルリカ。

 

「ホントですか?私を捨てたりしませんか?」

 

「ルリカを捨てるわけないじゃないか」

 

そう言ったときルリカの瞳が揺れる。

アキトは見逃さない。

彼の心の目はルリカの心にある不安を見抜いていた。

 

「俺のこと信じられない?」

 

「・・・信じたいです。でも不安なんです・・・お父さんがルリさんの所に行ったら、きっとルリさんの偽物、クローンの私は捨てられるって」

 

「ルリカ!」

 

アキトが怒鳴る。

ビクッとするルリカ。

ゆっくりと膝を折るとルリカの顔を正面から見るアキト。

 

「ルリカ、よく聞くんだ。ルリカはルリの偽物、クローンなんかじゃない。ルリカはルリカだ。それに俺はルリカを捨てたりなんかしないよ」

 

そう言ってそっとルリカを抱きしめるアキト。

 

「お、お父さん・・・」

 

抱きしめられた。

ただそれだけなのに、彼女の不安は嘘のように消えていく。

後に残るのは、胸の高鳴りだけ。

 

「こんなに可愛い娘を捨てるわけないじゃないか」

 

そう言ってからルリカを放すとその瞳を見る。

ルリカと同じ金色の瞳。

目をそらせなくなってしまうルリカ。

全てを見通す神の瞳。

 

「今度そんな事言ったら・・・晩御飯抜きだからね?」

 

そう言って微笑む。

アキトのセリフに思わず吹き出してしまうルリカ。

 

「ご飯作っているの・・・私ですよ?」

 

「う〜ん・・・となると晩御飯抜きは俺か?」

 

困った顔をするアキト。

こんな表情は2人の娘にしか見せない。

そんなアキトを見て、ルリカの顔に笑顔が戻る。

 

「私、馬鹿ですね」

 

そう言った少女の頭に手を伸ばすと黙って撫でるアキト。

頬を赤く染めながら、されるがままになるルリカ。

しばらくしてアキトがその手を離す。

何となく名残惜しそうなルリカ。

 

「俺を信じて・・・ね?」

 

本当に優しい、心からの笑顔。

アキトの笑顔だけあれば、他には何も要らない。

ルリカがそう思わずにはいられないほどの笑顔。

 

「ごめんなさいお父さん。もう言いません」

 

ペコリと頭を下げるルリカ。

とても可愛らしい仕草。

 

「よし、じゃあもうお休み。何時までもここに居たら風邪を引くし、朝起きられなくなるよ」

 

「はい。お休みなさい、お父さん」

 

そう言って部屋に戻っていくルリカ。

それを見送った後、再び星空に目を向けるアキト。

じっと星空を見上げている。

 

「あのころは復讐さえ終われば死ぬつもりだった。いつ死んでも良いと思っていた。・・・でも、今は死にたくない。あの子達の側に居たい・・・」

 

そのアキトの表情が微かに曇る。

 

「だが俺の身体はすでに血にまみれている。これ以上あの子達の側にいてはいけないのかも知れない・・・」

 

そしてしばらく黙って星空を眺めているアキト。

 

「それでも・・・俺はあの子達と・・・」

 

一緒にいたいと思うアキト。

一緒にいてはいけないと思うアキト。

相反する二つの気持ちがアキトの中でせめぎ合う。

そして自らの寿命。

 

「生きたい・・・たった、たったそれだけが望みなのに・・・」

 

不安。

退院はしたが自分でもわかる。

別に治ったから退院できたわけではない。

手の施しようが無いから退院できた。

それが意味している事はただ1つ。

逃れようのない運命。

 

「いけないのか?それがいけない事なのか?」

 

生きたい。

たったそれだけの事が。

それすらも今の彼には難しかった。

ゆっくりと俯いてしまう。

 

「・・・神様・・・俺は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキト宅。

午前中にもかかわらず、部屋のカーテンは引かれロウソクの火が辺りを照らしている。

 

「「メリークリスマス!」」

 

「ああ、メリークリスマス」

 

嬉しそうに声を上げるラピスとルリカ。

それに笑顔で答えるアキト。

特にルリカにとっては初めてのクリスマス。

部屋のすみにあるツリーは、エリナが買ってきたものだ。

料理はラピスとルリカが作り上げた。

アキトに教えられて、2人の家事能力はかなりの水準に達していた。

黙々と食べるアキト。

それを見つめるラピスとルリカ。

その視線に気付いたアキトが微笑む。

 

「大丈夫、よくできてるよ」

 

そんなアキトの言葉を聞いてホッと一息付くと自分達も食べ始める。

アキトは2人に味覚は治ったと嘘を付いている。

1ヶ月くらいなら、と思って付いた嘘。

特にルリカにはあまり心配をかけたくないから。

大切な時間。

かけがえのない時間。

それが今日終わる。

今日アキトはナデシコに向かう。

 

「もぐもぐ・・・ホント・・・もぐ・・・美味しい・・・」

 

「ラピス、物を食べながら喋っちゃ駄目だよ。お行儀が悪い」

 

そう言ったアキトの顔は笑っている。

 

「お父さん、それ私が作ったんです。美味しいですか?」

 

「ああ、美味しいよ」

 

3人で食事をするのもこれが最後かも知れない。

ラピスもルリカもその事がわかっていた。

だからこそ笑顔を絶やさない。

そうして食事も終わる。

その時アキトが部屋に戻っていった。

どうしたんだろうと思うラピスとルリカ。

しばらくして大きな包みを2つ持ってくるアキト。

 

「2人にクリスマスプレゼントだ」

 

そう言ってそれぞれに包みを渡す。

アキトから2人へのプレゼント。

 

「開けて良い?」

 

そう言うラピス。

アキトが頷くとその場で包みを開ける。

中に入っていたのは洋服。

かなり大きなパーティーでないと着られないような、本格的なドレス。

しばらく見ていたがすぐに自分たちの部屋に行き、着替えるラピスとルリカ。

すぐにアキトの前に出てくる。

 

「アキト・・・これ似合う?」

 

「お父さん、私は?」

 

そう言って2人でクルッとまわる。

ドレスの裾がふわりと舞う。

 

「ああ、2人ともよく似合ってる。とても素敵だよ」

 

そう言って微笑むアキト。

アキト、必殺の微笑み。

ルリカもラピスも頬を赤くしながら、その笑顔にしばし見惚れる。

そんな2人を少しからかってみるアキト。

 

「ふふふ、どうした2人共。顔が赤いぞ?」

 

「な、何でもないです。ありがとうございます、お父さん」

 

「何でもない。ありがとう、アキト」

 

そう言ってアキトに幸せそうな笑顔を向ける2人の妖精。

そんなことがありながらも幸せな時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソファに腰を下ろしているアキト。

その両側にはアキトに寄り添うようにラピスとルリカが居る。

3人とも何も言わない。

言葉はいらなかった。

だだお互いの身体に感じる温もりだけが安心できた。

アキトには感じない。

だが彼の心は感じる。

確かな温もりを。

そして自分の温もりで2人も安心できる。

それは優しさ。

ラピスもルリカも何も言わない。

ただ黙って別れの時を待つ。

この1分1秒を大切にするかのように。

わずか1ヶ月だけの生活。

だがラピスとルリカにとってそれはかけがえのない思い出。

終わりは・・・すぐそこに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょこまかとしやがって!」

 

カワサキシティにいきなり現れた人型兵器に苦戦を強いられるナデシコエステバリス隊。

ネルガル研究所の建物が爆発を起こし、中から出てきたのは謎の人型兵器。

その数2体。

さらにそれと同時に無数の虫型兵器も出現している。

 

「これでどうだ、ガイスーパーナッパー」

 

敵に接近しながら攻撃しようとするダイゴウジ・ガイ。

あえて言っておくが、本名はヤマダ・ジロウ。

だが彼の攻撃があたる前に消える敵。

ボソンジャンプ。

それが彼らを苦しめていた。

 

「いいか、ジャンプに巻き込まれたら助からない。注意するんだ!」

 

そう言ったのはアカツキ・ナガレ。

ここにアカツキが居た事は幸運と言えた。

アキトの補充として、ナデシコでエステバリスのパイロットをしているアカツキ。

彼はアキトを通じてジャンプに関してかなりの知識を持っていた。

彼の警告により皆なるべく遠距離からの攻撃をしている。

約1名接近戦を仕掛けているバカがいるが。

 

「オメーらの相手をしている暇はねーんだよ!」

 

次々と襲いかかってくる虫型兵器を巧みにかわし、ライフルで撃ち落としていくリョーコ。

 

「やるね〜、さすがリョーコ君」

 

戯けた調子だがこちらも虫型兵器を次々と落としていくアカツキ。

 

「くそー、どうにかして出てくる場所はわかんねーのか!」

 

リョーコが叫ぶ。

彼女の射撃の腕はかなりの物だが、やはり消える敵には苦戦している。

ただでさえ虫型兵器が多いのに、その上謎の人型兵器までも相手にしなければならない。

敵人型兵器の胸部からグラビティーブラストが発射される。

辛うじてかわすリョーコ機。

シティが破壊される。

 

「このままじゃ町がなくなっちゃうよ〜」

 

破壊された町を見ながらヒカルが言う。

 

『オモイカネからデータを送ります。それによって敵の行動はほぼ予測可能です』

 

冷静なルリの声。

アキトと別れてから別人のように暗くなってしまった彼女。

ミナトですらルリの笑顔を殆ど見ていない。

ウィンドウに映ったルリの顔に感情はない。

その事に心を痛めているナデシコクルー。

ちなみに先日まで作戦行動中だったナデシコには、アキトが退院したことは伝わっていない。

知っているのはアカツキとプロス、ゴートだけである。

それに、今はそれどころではない。

エステバリスのコンピュータにデータが送られる。

 

「オーシ、みんな行くぞ!」

 

そう言って攻撃を仕掛けるリョーコ。

瞬時にジャンプする敵人型兵器。

コンピュータが敵出現ポイントを知らせてくる。

 

「3秒後、右30度!集中砲火だ!」

 

ジャンプアウトした敵にエステバリス隊が集中攻撃する。

かなりの数の弾がヒットし敵は後ろに崩れる。

 

「おっしゃー!・・・って、チョット待て。もう一体はどうした!」

 

敵は2機。

彼らは一体しか倒していない。

 

『みんな、誰でも良いから早く戻ってきてください!』

 

その時メグミの声が聞こえてきた。

ほとんど悲鳴に近い。

 

「まさか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それホント!?」

 

そう言ったのはユリカ。

ナデシコのブリッジ。

カワサキシティの近くで戦況を見ていたナデシコ。

虫型兵器が果敢に攻撃を仕掛けているが、ナデシコのディストーションフィールドを破れるはずがない。

しばらくして敵人型兵器の一体が急にこちらに向かってきたのだ。

 

「はい、敵人型兵器、連続ジャンプにより急速接近中です」

 

ルリが報告する。

そうしている間にも近付いてくる敵。

 

「ディストーションフィールドは?」

 

「効いています」

 

ルリの言葉にホッと一息つくナデシコクルー達。

 

「じゃあ大丈夫よね」

 

ミナトが安心したのかそう呟く。

まだいまいちボソンジャンプについて理解していないナデシコクルー。

そこに、隙が出来る。

 

「ディストーションフィールド内にボース粒子の増大反応」

 

ルリの報告にブリッジの中は騒然とする。

前方の空間が輝き出す。

 

「フィールド内にボース粒子反応・・・まさか!」

 

ユリカが叫ぶ。

自分の判断ミスが皆を死に追いやる。

彼女は気を抜いたのだ。

ディストーションフィールドが効いていると言われた時。

油断せずに回避行動をするべきだった。

 

「敵人型兵器、フィールド内にジャンプアウトします」

 

そう言うルリの報告に皆青くなる。

目の前に現れる敵。

ナデシコを護るものはない。

 

「みんな、誰でも良いから早く戻ってきてください!」

 

メグミが必死にエステバリス隊に呼びかける。

だがもう1機に気を取られていたエステバリス隊はまだカワサキシティの中。

間に合いそうもない。

敵人型兵器の胸部がゆっくりと開いていく。

グラビティーブラストの発射口。

それを見て皆動けなくなる。

 

「あ・・・」

 

誰かが呟く。

そこにあるのは絶望。

皆が死を覚悟する。

目の前に迫った死。

ルリ達にそれから逃れる術はない。

 

「これで終わりですか・・・以外と呆気ないですね」

 

無表情のまま呟くルリ。

その瞳はやや虚ろだった。

 

「アキトさんは居ない・・・なら・・・生きていたって・・・」

 

時間の流れがやけにゆっくりに感じるルリ。

ゆっくりと目を閉じる。

まるで死を受け入れるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな女の子が立っている。

その顔に表情はなく、辺りを見回すでもなく目の前の少年を見ている。

 

(これは誰?・・・これは・・・6歳の時の私・・・)

 

17歳のルリが、6歳のルリを少し離れたところから見ている。

子供の頃の自分を見ている。

何となく不思議な光景。

 

『あなたは誰ですか?』

 

そう目の前の少年に尋ねる6歳のルリ。

すると少年は笑顔で答える。

 

『僕?僕はテンカワアキト、よろしくねルリちゃん』

 

少年の浮かべている温かい笑顔。

それを黙ってみているルリ。

 

『はい、よろしくお願いします』

 

少ししてからぺこりと頭を下げる。

 

(あれ・・・初めて会ったときのアキトさん・・・)

 

6歳のルリの前に立っている少年。

年の頃は10歳か11歳くらい。

とても魅力的な笑顔をしている。

すでに学士課程も半ば終了している天才。

 

(私・・・ものすごく無愛想。可愛くない子供・・・でも、アキトさんは・・・)

 

場面が変わる。

昼のテンカワ家、キッチン。

その日は実験が休みだったルリ。

テーブルについている。

その前にチャーハンとスープが並べられる。

アキトが作ったのだ。

 

『アキトさん・・・大学の講義はないんですか?』

 

『え?・・・うん、無いよ』

 

そう言ってもくもくチャーハンを食べるアキト。

同じようにチャーハンを食べるルリ。

 

『最近大学に行ってないんじゃないですか?』

 

『・・・もう行かなくて良いんだよ・・・あそこには』

 

そう言ってルリを見つめるアキト。

アキトの黒い瞳がルリの金色の瞳を見る。

 

『・・・一応聞いておきますけど・・・どうしてですか』

 

『うん、ネットでの通信教育に切り替えたんだ・・・だからこれからはルリちゃんといっぱい遊べるよ』

 

そう言ってニッコリと笑うアキト。

だがルリは冷たい目でアキトを見ている。

 

『私・・・アキトさんと遊ぼうとは思いませんし、そんな暇もありません。ですからそんなことしてもらう必要はありません』

 

そう言って黙ってチャーハンを食べるルリ。

そんなルリを悲しそうに見ているアキト。

それっきり、その昼食時の2人の会話はなかった。

 

(私・・・アキトさんは私の事を思ってしてくれたのに・・・バカ・・・)

 

昔の自分を見て情けなくなってくるルリ。

アキトの気持ちを平気で踏みにじる自分。

アキトの悲しそうな顔が頭から離れない。

すると場面が変わる。

研究所への道。

綺麗な桜並木の道。

桜吹雪の散る中、アキトとルリが並んで歩いている。

 

『ルリちゃん、とても綺麗だね』

 

そう言ってルリに笑いかけるアキト。

ちらっとアキトの方を見ただけで、何も言わずに無表情で歩くルリ。

アキトもそれ以上何を言って良いのかわからず黙ってしまう。

しばらく黙っていたルリがふと足を止めて桜の木を見上げる。

 

『きれいですか・・・確かにきれいです。でも、散ってしまったらそれで終わりですよ。そうして人々から忘れられてしまうだけの存在・・・』

 

そう言ったルリにどう声をかければいいのかわからないアキト。

しばらく黙っているとルリがアキトを見る。

 

『こんな物を見て喜んでいるなんて・・・ただのバカじゃないですか?』

 

そう言って再び歩き出すルリ。

しばらく呆然と見ているアキト。

 

(わたし・・・わたし・・・)

 

自分のしていた事を改めて見て泣きそうになるルリ。

どんなに邪険にされてもルリに構うアキト。

その姿が痛々しい。

 

(ごめんなさい・・・アキトさん・・・アキトさん・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フラッシュバック。

17歳のルリの前に次々と現れる過去の光景。

どんなに冷たくしても自分に優しくしてくれるアキト。

そんなアキトに対して次第に感情を表していくルリ。

どんなに邪険にしても自分のことを第一に考えてくれるアキト。

そんなアキトに段々惹かれていくルリ。

料理の勉強をしているアキト。

その背中を見つめているルリ。

ルリに笑顔を向けるアキト。

 

(・・・私・・・いつからアキトさんの事を好きになったのかな?・・・)

 

事あるごとにアキトの笑顔を探しているルリ。

早く実験を終わらせてアキトに逢いたい。

いつの間にかそう考えるようになっているルリ。

ラーメンの屋台を始めるアキト。

実験が終わった後、すぐにその屋台を手伝うルリ。

実験で疲れたルリを、アキトの笑顔が癒してくれる。

自分が子供なのが悔しかった。

アキトは自分のことを、女性としては見てくれていない。

 

(私は・・・ただの義妹・・・)

 

アキトの笑顔を見る度に、胸が締め付けられる。

 

(どうして私は子供だったの?・・・もしあの時アキトさんと同じ歳だったなら・・・もしそうだったならこの想いを・・・この想いを・・・)

 

そして・・・。

炎上する研究所。

そこで1人の男に会う。

 

『テンカワアキト、ホシノルリだな』

 

全てが狂いだす。

1人の編み笠の男の出現によって。

それからの生活はルリにとって意味のないものだった。

アキトの居ない生活など・・・ルリにとって何の意味のないもの。

それ程までにアキトの存在は大きかった。

何度も自殺しようとした。

アキトのいない世界などいても意味がない。

だが出来なかった。

きっと生きて再会できる、そう思ったから。

 

(・・・再会はした・・・でも・・・)

 

数年後、アキトとの再会を果たす。

だが・・・彼は変わっていた。

 

『君の知っているテンカワアキトは死んだ』

 

冷たい声。

無表情の顔。

どんなに突っぱねても優しい笑顔を向けてくれていたアキト。

そのアキトが、笑顔1つ見せない。

 

(私・・・何も知らなかった・・・)

 

アキトは恐らく辛かったのだろう。

変わってしまった自分をルリに見られる事が。

だがルリは昔のアキトに戻って欲しくてアキトにつきまとう。

それが・・・アキトを傷付ける。

 

(無神経・・・私の・・・バカ・・・)

 

そして、またしても別れ。

ルリは、アキトの笑顔を取り戻すことが出来なかった。

もう昔の優しかった青年はいない。

あの笑顔は、何処を探しても見つからない。

ルリの大好きだったアキトは、もう何処にも居ない・・・。

 

(・・・アキトさん・・・最後にもう一度逢いたかった・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際には1秒にも満たない時間だったのだろう。

ゆっくりと目を開けるルリ。

目の前に迫る死。

ルリにそれを回避する気は、既に無い。

 

「アキトさん・・・お見舞い・・・行けませんでしたね・・・」

 

呟くルリ。

生きる気力の感じられない声色。

 

「・・・さよならですね・・・」

 

全てを諦めているような声色。

ルリはすでに、生者ではなく死者だった。

その時ルリの前に、オモイカネウィンドウが表示される。

 

『ルリは何のために今まで生きてきたの?』

 

その表示を大きく目を見開いてみているルリ。

 

(・・・わたし・・・)

 

アキトが北辰に拉致されたとき。

アキトと再会できることを信じて、ルリは自殺せずに生きた。

そこに再び表示されるオモイカネの言葉。

その言葉が、ルリの心に突き刺さる。

 

『あの人はまだ、死んでない』

 

「オ・・・オモイカネ?・・・」

 

『あの人に逢うためだけに・・・今を生きている』

 

それを見ているルリ。

完全に開く敵機動兵器のグラビティーブラスト発射口。

すぐ側まで、死は近付いてきていた。

 

(・・・死にたくない・・・)

 

ルリはそう思った。

 

(まだアキトさんに伝えてないのに・・・)

 

ルリの手の甲が、徐々に輝きを増していく。

 

(アキトさんはまだ生きてる・・・アキトさんに逢いたい・・・)

 

正面の敵を睨み付けるルリ。

 

(まだ・・・死ねない!)

 

「オモイカネ!」

 

ルリの瞳が輝く。

瞬時に命令を実行するオモイカネ。

ドン!

間一髪グラビティーブラストをかわすナデシコ。

 

「ルリちゃん!」

 

ユリカが叫ぶ。

ルリの顔は今までとは違った。

生きることに執着する生者。

 

「死にたくない・・・アキトさんに・・・アキトさんに逢いたい!」

 

そう叫びながら何とかナデシコを動かすルリ。

しかし、次の第2射はさすがに避けられなかった。

敵のグラビティーブラストがナデシコのディストーションブレードを直撃する。

爆発が起こり、ナデシコを護っているフィールドが消失する。

そこに殺到する虫型兵器。

ナデシコが・・・蹂躙されていく。

正面から、ブリッジを狙うように迫ってくる虫型兵器。

 

「そんな・・・だめなの?」

 

衝撃に耐えながら呆然と呟くルリ。

脳裏に浮かぶアキトの笑顔。

 

(アキトさん!!)

 

ルリが死を覚悟したその時。

ブリッジに1つのオモイカネウィンドウが開く。

 

『ボース粒子の増大反応』

 

ブリッジ前方、虫型兵器とナデシコの間に光が溢れる。

次の瞬間、その光から出た一条の火線が敵を薙ぎ払う。

その一撃で、ブリッジを襲おうとしていた虫型兵器数十機が一気に破壊されたのだ。

 

「グ、グラビティーブラスト・・・」

 

ユリカが呆然と呟く。

ルリも目の前の光景から目が離せないでいた。

光の中から現れるモノに。

 

「・・・あ・・・ああ・・・」

 

そこにある光景に、次第に涙が溢れてくるルリ。

涙で滲んでよく見えないが、ルリにはわかった。

ずっと求めていたものがそこにある。

ずっと逢いたかった、最愛の人がそこにいる。

光の中から現れたのは闇。

ナデシコに乗っている者なら知らぬ者は居ない。

圧倒的な戦闘力を持つ、漆黒の機動兵器。

それは神の与えた奇跡。

闇を纏いし守護天使の降臨に、ルリは涙していた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

アキト、やっとナデシコと接触です。

ラピスとルリカは置いてきぼりですが・・・。

次回ですが、真・アキトとルリの再会です。

どうなる事やら・・・。

感想等お待ちしてますので、どんどん送ってくださいませ。

それでは、次回でお会いしましょう。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

ヒーローは自分の出番を心得ているものです。
やはり一番おいしいところをかっさらっていくのが主人公。
うむ、強い主人公はこーでなくちゃね(笑)

さて、ナデシコにアキトが御帰還ですな。
この先どうなるでしょう?


さあ、ヒーローぶりがよく似合うアキト(笑)が見たければささばりさんにメールを出すんだ!


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