妖精の守護者 第26話
「良い引き際だ。・・・よほど優秀な指揮官がのって・・・!!!!」
急に言葉を切るアキト。
右腕が、痙攣している。
動かそうとするが動かない。
「クソッ!・・・いい加減にしろ!!」
そう言いながら力を込めると、今度は簡単に動く。
先程動かなかったのが嘘かの様に・・・。
右腕を握ったり開いたりしているアキト。
ホッと一息つく。
そして、自嘲気味な笑みと共に言葉を吐き出す。
寂しそうな声で。
「・・・罪を犯した、それ故の罰か・・・」
そんなアキトの呟きは誰にも聞こえなかった。
そしてそのころナデシコでは敵指揮官の通信文をもらったユリカが暴れていた。
その暴れっぷりはまさに快男児だったという。
妖精の守護者
第26話「大切な想い」
BY ささばり
展望室に1人佇んでいるアキト。
現在の時刻はAM2:00。
夜勤組以外は皆寝ている時間だ。
当然展望室にいるのはアキト1人のはずである。
だが・・・。
「どうしたんだ?ここはお前達の居て良いところではないぞ」
誰かに話しかけているアキト。
辺りには誰も居ない。
艦内を常に監視しているAIのオモイカネにも、展望室にいるのはアキト1人だとしか認識できていない。
だが、アキトは明らかに誰かと話している。
「・・・そうか・・・」
そう言いながら胸のロザリオを触るアキト。
彼には確かに見えていたのだ。
人ならざるもの。
その想い。
伝えたい想いを。
ゆっくりと出口に向かって歩いていくアキト。
開くドア。
そこで振り返る。
「伝わるよ・・・想い」
そう言って微笑むと部屋を出ていった。
『記憶を?』
『そう、記憶をだ』
そう言ってリョーコの疑問に答えるアキト。
何故かメインクルーで麻雀をしている。
やけに面子が多いが。
『つまり引いた牌によって他人と記憶を共有できるという事ね』
イネスが言いながら牌を捨てる。
『おそらくは・・・ポン・・・』
これはアキト。
そして牌を捨てる。
『ごめんなさいアキトさん、それロンです』
アキトの捨て牌、アキト柄の牌であがるルリ。
アキト清一色。
『ルリちゃん・・・見ない方がいいと思うよ』
『いいえ、アキトさんの全てを知りたいんです』
勝負の世界は厳しいのだとでもいうようなルリの答え。
微妙に頬が赤かったりするが・・・。
だが、アキトは心配だった。
ルリが耐えられるのかと。
自分の忌まわしき記憶に。
1分後、ルリは泣いていた。
忌まわしき実験の記憶を見てしまったのだ。
『アキトさん・・・』
『君には知られたくなかったな・・・あんな事』
そう言ってルリから目をそらすアキト。
アキトの強いられた実験の数々は、ルリの想像を絶するほどの物だった。
自分だったら自殺していただろうと思うほどの過酷な実験。
そして、ルリはそのアキトの記憶で1人の女性を見た。
アキトと共に人体実験されている少女。
艶やかな黒髪の少女。
アキトの愛した少女。
『アヤカ・・・さん』
ビクッ!
ルリの呟きを聞いてアキトが辛そうな顔をする。
『・・・好きだったんですね・・・』
ルリが悲しそうに言う。
アキトも辛そうに答える。
『・・・昔の話さ・・・』
「つまり・・・第二艦隊が敵を押さえている間に相転移砲を使って殲滅・・・か」
相転移砲。
以前月面で装備したYユニットに装備してある兵器。
それを使用する作戦が皆に伝えられている。
だが、その作戦にいまいち乗り気ではないアキト。
「アキト君・・・どうしたの?」
そう訊いたのはエリナ。
事ある毎にアキトにちょっかいを出してルリと衝突している。
「・・・相転移砲ね・・・あんなものを使わなくちゃ勝てないとは・・・」
「え?」
「核と違って汚染の心配はないが、理論的には一方的な虐殺の出来る兵器だ」
アキトはこう見えてもナデシコ艦内、いや、世界的に見ても天才と言える頭脳の持ち主。
だからこそ、相転移砲の兵器としての有用さも、恐ろしさもわかる。
「そんなに凄いの?」
艦長のユリカが訊く。
いまいち理解していないようだ。
「凄い?・・・そんな生易しい物じゃない。まあ悲鳴を上げる暇もないし、血も死体も残らないだろうな・・・だからこそその悲惨さがわかりにくいし、使う側もそれ程罪悪感がないだろう」
「・・・」
アキトの言葉に誰もが言葉を無くす。
「まあ作戦は作戦だからな・・・第二艦隊が全滅する前に行こうか」
「うん、アキト」
そして作戦の再確認が行われ解散となった。
部屋を出ていこうとするアキトにラピスとルリカがついていく。
「アキトさん!」
部屋から出て行くアキトを見つけて追いかけるルリ。
走っていき横に並ぶ。
「あの・・・アキトさん」
「なんだい?」
そう言ってニッコリ笑うアキト。
ドキ!
鼓動が早くなるルリ。
だが何とか気を取り直して質問する。
「最近幽霊が出るって噂があるんですけど・・・アキトさんは見ましたか?」
その言葉に少しだけ考えるアキト。
「いや・・・幽霊には会ってない」
「そうですか・・・」
ホッとするルリ。
だが。
「幽霊ってのが何かわからないから・・・ただ、変な奴らには会った」
「変な奴らって誰ですか、お父さん」
そう言ってアキトの左腕にしがみつくルリカ。
アキトの左腕は義手だが、ルリカには関係なかった。
義手であっても大好きなアキトの腕だから。
「なんて言えばいいのかな・・・そう、想い・・・かな?」
「想い?」
ルリとアキトの間に割り込むようにして、アキトの右腕にしがみつくラピス。
まさに鉄壁の守り。
「そう・・・想いだよ・・・」
そう言って胸元のロザリオを見るアキト。
ラピスには何となくわかった。
アキトが何を言っているのかが。
「とにかく危なくはないんですね?」
ラピスとルリカに羨ましそうな視線を向けながら言うルリ。
「ああ・・・」
「そうですか・・・」
そうして4人で歩いていく。
ルリは自分はどうしようかと思ったが、結局アキトの後ろからついて行くことにした。
作戦の準備をしようとするナデシコ。
だが、そこで問題が発生した。
「駄目です、全てサルタヒコ側からブロックされます。このままではYユニットは使用できません」
ルリの報告に頭の痛いゴート。
Yユニットを使えなければ相転移砲が撃てない。
そうなれば今回の作戦は失敗する。
「そんな危ない武器は使うなって事なんじゃないの」
のんびりと言う操舵士、ハルカ・ミナト。
その言葉に頷いている通信士、メグミ・レイナード。
「どうやらYユニットに人を派遣するしかないようだな。パイロット達に行ってもらおう」
そう言うゴートに難色を示すプロスペクター。
「それが・・・何故かみなさん性格が変わってしまっているようで・・・」
「性格・・・何故だ?」
「さあ・・・それに幽霊が見えるなどと言って・・・」
プロスのその言葉に反応するクルー達。
だが、その中でもルリは特別だった。
ルリは正面を見ている。
誰も居ないはずの空間。
「どうしたのルリルリ?」
ミナトの問いかけにも答えないルリ。
正面に目を向けたまま固まっている。
そこに居るモノが見える。
居るはずのないものが。
ナデシコのクルーではない。
1人の青年・・・そして1人の少女。
その2人が楽しそうに話している。
「・・・誰?・・・」
「しかし自転車か・・・何年振りかな」
Yユニットへの通路をテンカワ・アキト、アカツキ・ナガレ、マキ・イズミの3人が自転車で走っている。
Yユニットの制御を回復するために。
だが、何故かYユニットの通路には電流漏れが起こっていて普通には先に進めない。
そのため、電流を遮断する自転車でYユニットのコントロールルームに行くことになった。
「ジャンプすればいいんだけど・・・あいつらがな」
呟きながら自転車を走らせるアキト。
「ねえ、テンカワ君」
横を走っているアカツキから声がかかる。
いつもの彼からは想像もできないほど弱々しい声。
「何だ、アカツキ」
アキトの声は冷たい。
それに、何故か殺気を放っている。
「そ、そんな怖い声出さないでよ。誰が一番先にサルタヒコにつくか競争しないかい?」
「面白そうだな」
「それでさそれでさ、勝ったら相手の物を1つもらえるんだ」
「ふ、いいだろう」
「2人とも、私の身体が目当てなんでしょ」
そう言うイズミにニヤリと笑うアキト。
「クックックッ、それも面白そうだな」
「それじゃあテンカワ君、僕が勝ったらルリ君をもら・・・」
そこまで言ってアカツキは黙ってしまう。
自転車で走りながら、アカツキに銃を突きつけているアキト。
銃口がピタリとアカツキの眉間を狙っている。
「テ、テンカワ君」
「ルリは俺の女だ」
次第に、辺りに殺気が満ちていく。
そして、アキトの顔には壮絶な笑み。
「・・・」
アキトの危険な笑顔に何も言えなくなるアカツキ。
「あいつは俺の物だ。手を出せば殺す・・・クックックッ」
「アキト君、大胆ね」
イズミは2人のやり取りを見ながら呟いた。
「あ〜ら、アキト君大胆」
「凄い・・・アキトさんのもの・・・きゃっ!」
ミナトとメグミはそう言ってルリを見る。
メグミの方は少々いけない想像をしてしまったようだ。
ディスプレイでアキト達のやり取りを見ていたブリッジ。
ルリは真っ赤になって俯いている。
一言で言えばアキトの告白である。
しかもかなり過激な。
「ねえルリルリ、結婚式には呼んでね」
ニヤニヤしながらルリをからかうミナト。
「ミ、ミナトさん!」
真っ赤になりながら叫ぶルリ。
「ルリちゃんだけずるい。ユリカぷんぷん!」
まだあきらめきれていないユリカ。
「ふん、馬鹿みたい。ルリみたいな子供がアキト君を満足させられるわけないじゃない」
エリナが悔しそうに吐き捨てる。
その様子を楽しそうに見ているミナト。
「でも・・・何かアキト君達性格変わってない?」
こくん。
真っ赤になりながらも頷くルリ。
「・・・アキトさん・・・」
その視線はアキトに釘付けになっていた。
一体何処だかわからない場所。
『どうやら本当に記憶が繋がっているようね』
そう言ったのはイネス。
相変わらず麻雀をしている。
この中でアキト関係の牌、役はかなり危険視されている。
女性クルー達は涙無しでは見られないアキトの過去。
ただ、例外としてラピスとルリカがいる。
2人は麻雀がわからないので見てるだけである。
よってアキトの過去を見ることは出来ない。
『だがここにはちゃんと俺達の人格がある。となると今俺達の身体を動かしているのは何だ?』
牌を引きながら言うアキト。
『普段抑圧を受けている部分が表面化しているはずよ』
『つまりいつも大人しい人が凶暴になって、凶暴な人は大人しくなっているということか。もし抑制していればだが』
『そう言う事ね・・・』
そう言って牌を捨てるイネス。
『これ・・・いつまで続くのかな?』
ユリカがそう言いながら牌を捨てる。
目が真っ赤なのはアキトの過去を見てしまったからだ。
『さあ・・・何時までだろうな・・・ん?これは・・・アイちゃん・・・』
アキトの言葉にビクッとなるイネス。
アキトの持っている牌には、アイという名の少女が描かれていた。
火星が木連の手に落ちたとき、出会った女の子。
『なるほど・・・そう言うことか』
そう言ってイネスの方を見るアキト。
イネスは少し潤んだ瞳でアキトを見つめていた。
「そんな・・・兄さん。死んだんだろ?」
「どうして・・・あなたがここに?」
呆然と呟くアカツキとイズミ。
彼らのは見えていたのだ。
アカツキの前には青年。
そしてイズミの前にも・・・。
アカツキの兄、そしてイズミの婚約者。
「どうして、どうして今更出て来るんだよ!」
「もしかして・・・私を迎えに来てくれたの?」
2人とも自分の仕事も忘れて、目の前の人物に話しかけている。
アキトはそんな2人を見てからゆっくりと正面に目を向ける。
そしてゆっくりと微笑む。
アキトの前には。
ミズハラ・アヤカ。
「やあ、アヤカちゃん」
声をかけたアキトにニッコリと微笑む少女。
確かに少女は存在していた。
ゆっくりとアヤカに向かって歩いていくアキト。
そして足を止める。
「一緒に来るかい?」
アヤカが頷いたのがわかる。
それを確認して再び歩き出すアキト。
「彼らはそっとしておいてくれ。これは避けては通れない事だから」
そう言ってアカツキ達を置いて先を急ぐアキト。
アキトの後を何かがついてくるのがわかる。
想い。
黙々と歩くアキト。
しばらくして1つの部屋の前につく。
そしてドアを開ける。
Yユニット管制室。
そこには木連の無人兵器が巣くっていた。
これのおかげでサルタヒコが命令に従わなかったのだ。
ゆっくりと近付いていくアキト。
銃を取り出す。
「余計な手間をとらせるなよ」
ドンドンドンドンドンドン!
敵を蜂の巣にする。
次の瞬間横に跳ぶアキト。
ドサ!
アキトのすぐ横にもう一匹敵が落ちてくる。
その頭部を左拳一振りで叩きつぶす。
物凄い力である。
他に敵が居ないことを確認すると、通信を開くアキト。
「・・・ルリちゃん、終わったよ」
『あ、はい!・・・確認しました。お疲れさまでした、アキトさん』
「どうしたんだ、ルリちゃん。顔が赤いよ?」
『な、何でもないです!』
そう言って通信が切れた。
「どうしたんだ?・・・まあいい、そろそろ戻るか」
そう言って背後の空間を見る。
そこには誰も居ない。
「・・・」
何もない空間。
そこをじっと見つめるアキト。
「それじゃあ・・・またな」
『うん!』
「つまりサルタヒコに寄生した敵が、コミュニケを通じてIFS処理をしたあなた達を1つのネットワークとして認識したのよ」
イネスの説明。
結局作戦は成功し、ナデシコクルーは相転移砲の圧倒的な威力を目の当たりにした。
そして作戦成功後、何故今回の様な事が起こったのかを検証している。
その説明にユリカが手を挙げる。
「あの〜イネスさん。私とイネスさんはIFS処理なんかしてませんけど」
「それは・・・」
言葉に詰まるイネス。
チラッとアキトを見る。
何故か頬が赤らんでいる。
その視線を正面から受け止めるアキト。
小さく頷くと口を開く。
「・・・その事に関しては、まだ確証が得られていないから何とも言えんな・・・」
「そうなんだ・・・」
「ああ、すまんな」
しばしの沈黙。
しばらくして、アカツキが口を開く。
「なあテンカワ君、それじゃああれも敵の仕業なのか?」
「・・・」
アカツキの質問にゆっくりと目を瞑るアキト。
「お前はどう思う?」
「俺は・・・だって兄さんは死んだんだよ」
「でも・・・確かに見えた。あの人が・・・」
そう言って少し俯くイズミ。
「私も見えました・・・小さな女の子と男の人ですけど」
その言葉を聞いて、ゆっくりと目を開けるアキト。
そしてルリに微笑むと、周りを見渡す。
皆真面目な顔でアキトを見ている。
「アカツキ、イズミ・・・お前達はあいつらに逢えた事を後悔しているのか?」
「「え?」」
「彼らはお前達に逢いたがっていたよ」
「・・・て事は・・・」
「まさか・・・本当の幽霊・・・」
呆然と呟くリョーコとヒカル。
その呟きにゆっくりとかぶりを振るアキト。
「想い・・・何時までもお前達と共にある想い・・・」
「想い?」
良くわからないと言ったアカツキ。
「お前達の心の傷。彼らはそれを癒すために、あえてお前達に逢いに来た」
「心の・・・傷?」
呆然と呟くアカツキ。
俯いているイズミ。
「わかっているのだろ、お前達も」
そう言って視線をずらすアキト。
その視線の先には誰も居ない。
少なくとも皆にはそう見える。
胸元のロザリオを触るアキト。
「感じないかい・・・想いを?お前達を包んでいる・・・温かい想いを」
視線を戻したアキトが、アカツキとイズミを交互に見る。
そして、アカツキとイズミもゆっくりと笑顔を浮かべる。
「そうだな・・・想いか」
「そうね・・・」
その答えに満足そうに頷くアキト。
その時ルリは確かに見た。
アカツキ、イズミの背後に立つ人影を。
温かい眼差しで2人を見つめている青年達を。
そして・・・アキトの横に立っている1人の女の子を。
ニコニコしながらアキトに寄り添っている・・・黒髪の女の子を。
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は、記憶マージャンのお話です。
ルリに少しだけアキトの過去のことがばれてしまいました。
まあ、アキトの隠し事が全てばれたわけではありませんが・・・。
イネスさんのことに気付いたアキト。
どうするのか・・・。
感想メールお待ちしていますので、沢山ください。
お願いします。
それでは次回をお楽しみに。
艦長からのあれこれ
はい、艦長です。
幽霊。
一度お目にかかってみたいれす(笑)
いやなんせ、その手のことにまったく縁がないもんですから。
金縛りも経験無いし。
・・・またどうでも良いこと書いてしまったな(笑)
さあ、大胆な発言をしたことに気づいているのかいないのか、そんなアキトが見たかったららささばりさんにメールを出すんだ!