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妖精の守護者  第29話

 

 

 

 

 

「死ねぇ!」

 

恐るべき速さでイツキに迫る烈風。

立っているのがやっとのイツキはただそれを見ているだけ。

彼女に訪れるのは死。

それを回避する術は、今の彼女にはない。

 

(殺られる!)

 

イツキが死を覚悟したその時。

一陣の風が吹いた。

バキ!

横から飛び出した男の一撃を顔面に受けて吹き飛ぶ烈風。

そのまま壁際まで吹き飛ばされ、動かなくなる。

ナデシコクルーたちは何が起こったのかわからなかった。

イツキを庇うように立つ男。

その男の名は・・・プロスペクター。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第29話「死闘」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコクルー達には信じられなかった。

敵の暗殺者をプロスが倒したのだ。

そこで驚いていないのはゴートとアカツキだけだっただろう。

確かに日頃から切れ者との印象があるプロス。

だが、それはあくまで交渉や会計などにおいての話である。

どう見ても近接戦闘などに強そうには見えない。

しかし、皆がどんなに否定しようにも事実は事実。

プロスの一撃で、烈風は倒れたのだ。

 

「ご苦労様でした、カザマさん。貴重な時間をありがとうございます」

 

自らの服装の乱れを直しながら言うプロス。

その声を聞いて、イツキがぺたんと座り込んでしまう。

彼女には、烈風の攻撃はかなりこたえたようだ。

そんなイツキを労るように見ながら口を開くプロス。

 

「応急手当もほぼ終わりました。後は私にお任せください」

 

見ればゴートとメグミがミナトを艦長席のあるところまで下がらせて治療をしている。

編み笠の男の1人が油断なく視線を走らせる。

もし、ブリッジから出ようとするものなら、瞬く間に襲いかかってくるだろう。

ゴートはそれを防げないと判断して、そこで治療に専念することにした。

従軍経験のある彼と、以前看護学校に通っていたメグミなら応急手当くらいはできる。

もっとも、しょせん応急処置でしかないが・・・。

余談だが、ゴートは元軍人である。

元軍人だけあって、それなりの戦闘能力を持っている。

重火器の扱い、格闘技、ナイフを使った近接戦闘などなど・・・。

だが、彼は北辰達と闘おうとは思っていない。

何故なら彼は自分の能力をよく知っているからである。

確かにゴートは強い。

だが、それでもアキトには遠く及ばない彼が、北辰に勝てるはがはない。

ゴートは、自分の力では北辰に勝てないということを理解していた。

そして、自分より適任者がいるので彼に任せることにしたのだ。

人はそれを臆病というかも知れない。

だがそれは、自らを知っているからこそ出来る、冷静な判断。

それの出来ない人間は、死ぬほかにない。

話が、それた。

北辰に向かってゆっくりと歩いていくプロス。

ミナトの応急手当の大部分は彼がおこなったものだ。

その手際の良さに、メグミとゴートが舌を巻いたほどだ。

 

「フッ、少しは出来るようだな」

 

そう言って一歩踏み出す北辰。

眼鏡をクイッとあげながらそれに答えるプロス。

 

「いえいえ、そんな事はありませんよ」

 

そう言って微かに微笑むプロス。

もちろん営業スマイルである。

 

「フフ・・・面白い男だな・・・」

 

そう言って北辰も笑顔を浮かべる。

爬虫類を思わせる、いやらしい笑み。

 

「それよりお仲間はそれだけで?テンカワさんのお話では後4人ほど居るはずですが。それとも・・・テンカワさんの足止めにでも行きましたか」

 

「・・・全てお見通しか・・・お主の名は?」

 

北辰は賞賛の意味を込めてプロスの名を聞く。

 

「プロスペクター。あ、ペンネームみたいなものですので」

 

そう言ってにっこり笑うプロス。

さすがに名刺を渡したりはしないが。

 

「覚えておこう・・・だが白鳥ユキナの命は貰う」

 

「それは困ります。和平に使者を殺されればどんな誤解を招くかわかりませんからねえ。まあ、元々それが目的でしょうが」

 

そう言ったプロスの顔付きが引き締まる。

鋭い眼光が北辰に突き刺さる。

そして、北辰も笑顔を消した。

 

「賢しいと・・・長生き出来ぬぞ!」

 

そう言って一気に間合いを詰める北辰。

 

「殺!」

 

北辰の抜きはなった小太刀が一閃する。

木連式抜刀術。

並の男ならその一撃で死んでいただろう。

だが、それをわずかな身体の動きでかわすプロス。

プロスは、これ程緊迫した状況下においても相手の動きを冷静に見ていた。

彼は紛れもなく戦士だった。

さらにもう一刀抜こうとした北辰の抜き手を、一瞬で間合いを詰めたプロスが右手で押さえる。

 

「シッ!」

 

刹那、プロスがボディアッパーを放つ。

それをガードすると、再び北辰が刀を振るう。

だが、プロスには見えているのか楽にその刀をかわす。

 

「ほう!」

 

北辰が感嘆の声を上げる。

北辰の知る中でこれ程の使い手はいない。

アキトには絶対的な戦闘能力がある。

だが、プロスのそれは違っていた。

戦闘能力ではアキトに遠く及ばない。

それでも北辰と互角に戦える理由、それは経験である。

プロスは戦い慣れしていたのだ。

それ故、戦闘が上手いのである。

しかも闘いながら、上手くユキナを庇うように位置を移動している。

北辰は楽しくて仕方がなかった。

猛者との戦いは、彼に何よりも幸せな時間を提供してくれる。

 

「すばらしい!!」

 

北辰のその声とほぼ同時にプロスが仕掛ける。

敵には敵の間合いがある。

そしてそれと同じく、プロスにはプロスの間合いがある。

その拳が届くだけの距離。

それは、小太刀を抜いている北辰の間合いではなく、紛れもなく素手のプロスの間合い。

鋭い踏み込みと共に、強烈な突きを放つ。

辛うじてガードする北辰。

だが、プロスの拳はガードの上からでも効く。

さらに、次々とパンチを繰り出すプロス。

余裕は、与えない。

それが戦いの鉄則。

だが、その攻撃を一瞬で見切る北辰。

プロスの腕を掴んで投げようとする。

木連式柔。

アキトや北辰ほどの使い手になれば、投げる瞬間に腕の関節を折ることもできる。

だがそれよりほんの一瞬早く、自ら跳ぶプロス。

危機を脱し、再び距離をとる。

そして、お互い動きを止める。

 

「やりおるわ・・・」

 

感心したかのように北辰が言う。

余裕の表情を浮かべている。

実際北辰には余裕があった。

対するプロスもまた余裕である。

 

「いやはや、大したものです。その技はテンカワさんに教えていただいていましたから、何とかかわすことが出来ました」

 

そう言ったプロスは余裕の表情である。

ほんの10秒ほどであったか、しばらく黙って睨み合うプロスと北辰。

刹那、プロスが動く。

すっと後ろに下がる北辰。

だが、プロスの手が伸び、北辰の黒衣を掴む。

 

「むっ!」

 

ほんのわずか、北辰の動きが妨げられる。

その瞬間を逃さず、北辰に密着するプロス。

刹那、突き上げるようなアッパーを放つプロス。

バン!

北辰の編み笠が飛ぶ。

辛うじてかわした北辰だが、頬が縦に裂け鮮血が弾ける。

さらに後退しようとする北辰。

だが、プロスは北辰の足に踏み込みの足を重ねて北辰の後退を妨げる。

 

「フッ!」

 

短い吐息とともに放ったプロスの掌底が北辰に炸裂する。

北辰は十字ブロックでその攻撃を防いでいた。

だがプロスの掌底の威力で、北辰は右手の小太刀を取り落としてしまう。

そこで、北辰がにやりと笑う。

間合いは、お互いの拳の届く距離。

プロスの足が北辰の足を踏みつけていて、これ以上離れることは出来ない。

 

「面白い!!」

 

北辰は掌底を放つ。

全身のバネを使った攻撃。

だが、その攻撃を軽く捌くプロス。

 

「ならばこれはどうだ!」

 

そう言って左手の小太刀で強烈な突きを放つ北辰。

その瞬間、プロスがパッと足を放す。

そしてそのまま華麗なバックステップでかわす。

だが、今度は北辰が逃さない。

前進する瞬間右手で落とした小太刀を拾い、そのまま斬りつける。

それは、僅かにかわされた。

 

「小賢しい!!」

 

そう言いながらさらに連撃でプロスを襲う白刃。

だが、プロスは冷静だった。

一撃目、プロスのベストと薄皮一枚を切り裂くが、彼は気にしない。

二撃目、どこから取り出したのか、電卓でその凶刃をそらす。

そして三撃目を紙一重でかわすと同時に攻撃に転じる。

鋭い踏み込みとともに、北辰の鳩尾に肘打ちを入れるプロス。

だが、その攻撃の威力を後ろに飛び殺す北辰。

それを少しだけ驚いた表情で見ているプロス。

 

「おや?今ので終わりませんか」

 

北辰もほとんど効いていないのか、ただ意外だという風な顔をする。

 

「・・・ふむ、やりおるわ・・・そうか、プロスペクター・・・なるほど。汝があの『道化師』か・・・」

 

そういってプロスのことを舐めるように見る北辰。

 

「おやおや、酷いじゃありませんか。私は道化を演じたりはいたしませんが?」

 

北辰の言葉に戯けてみせるプロス。

緊張感も何もない。

 

「ふふ・・・そういうところが道化であろうに・・・フフフ・・・実に愉快だ・・・」

 

道化師。

ほんの5年ほど前まで、裏の世界で知らぬ物は居ないほどの凄腕の暗殺者がいた。

プロスペクターである。

彼は裏の世界で『道化師』と呼ばれていた。

何故そう呼ばれていたか、そして何故引退したかは謎である。

結局彼自身も晩年までその事を語ろうとはしなかった。

 

「やれやれ、困りましたな。まさかそれを知る方がいらっしゃるとは・・・世間は広いようで狭いですなぁ・・・」

 

しみじみというプロス。

この状況下でもこういう態度が出来る。

それこそ道化であろう。

プロスの言葉を聞き相槌をうつ北辰。

 

「あの『道化師』にこんな所で会えるとはな・・・・」

 

微笑みを浮かべるプロスと、面白そうに笑う北辰。

その2人の戦いを見ていたクルー。

ただあまりの早さによくわからなかったが。

 

「プロスさん、強かったんだね」

 

ユリカが呟く。

彼女には何がなんだかわからなかった。

ただ、強いということのみ判断できた。

誰もが同じだった。

ゴートですら、プロスと北辰の攻防が辛うじて見えた程度であった。

普段のプロスからは想像できない。

そこにいたのは調停のプロ、プロスペクターではなく・・・。

暗殺者『道化師』としての顔を持つプロスペクターだった。

 

「さて、そろそろ諦めてくれませんか」

 

眼鏡をクイッとあげるプロス。

だが北辰はニヤリを笑う。

 

「滅」

 

プロスらしからぬ事だった。

彼はほんの一瞬だが忘れたのだ。

ユキナを護らねばならないと言うことに。

1人残っていた男が、北辰の声と共にユキナに向かって疾走する。

とっさに動くプロスに、隙を与えないように北辰が接近する。

 

「どこを向いておる、『道化師』!」

 

プロスの顔を薙ぐ白刃。

真っ二つになって宙を舞う眼鏡。

 

「クッ!」

 

何とかかわしたプロス。

だがユキナを守りに行くほどの余裕はない。

イツキはまだ動けないでいた。

いきなりのことでゴートも、メグミも動けない。

ユキナは、編み笠の男を見ていた。

動くことも出来ず、ただ、迫り来る死を見ていた。

その時、誰かが彼女の前にたった。

ルリだった。

彼女が何故ユキナを庇おうとしたのかはわからない。

だが、確かに彼女は両腕を開き、編み笠の男からユキナを庇おうとしている。

 

「邪魔をするか、モルモット風情が!!」

 

編み笠の男はそう言って刀を振りかぶる。

彼は立ちふさがるルリも、そしてターゲットのユキナも殺せることを確信していた。

だが、その男は知らなかった。

ホシノ・ルリ、白鳥ユキナには最強の守護者がいることを。

迫り来る男に目を瞑ってしまうルリ。

 

「駄目ー!!」

 

ユキナの絶叫。

そして死の刃がルリに振り下ろされる、まさにその時。

ドドン!

銃声。

半ばで折れる刀。

頭部を打ち抜かれて吹き飛ばされる男。

プロスと離れ、北辰はブリッジの入り口にゆっくりと目をやる。

そこに銃を構えて立っている男がいた。

 

「・・・来たか・・・テンカワ・アキト・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ア・・・アキト?)

 

ユキナは入り口に立っている白銀色の髪をした男を呆然と見ていた。

漆黒の服を着て、銃を構えているその男。

ユキナには彼が誰だかわかった。

たとえ髪の色が違っても、ユキナは彼のことを知っていた。

いや、忘れるはずがなかった。

どんなに逢いたかったかことか・・・。

その男の名はテンカワ・アキト。

ユキナの瞳に涙が浮かんでくる。

その時アキトは、北辰に目をやっている。

アキトも北辰も、黙ってお互い見つめ合っている。

宿敵。

お互いがお互いを意識せずにはいられない。

やがてアキトが銃をしまい北辰から視線を逸らすと、ゆっくりとミナトの所まで歩いていく。

 

「アキトさん!」

 

「ミナトの容態は?」

 

ルリの歓喜の叫びに冷静に訊くアキト。

それに答えるのはゴート。

 

「なんとか血は止まったが・・・すぐに本格的な処置を施さねば・・・」

 

命が危ない。

そう言うのをためらうゴート。

それを察したアキトが北辰に目を向けながら言う。

 

「今のうちに医務室へ運べ。ここは任せろ」

 

「すまん、テンカワ!」

 

そう言ってミナトを運んでいくゴートと、それに付き添うメグミ。

そして、再び北辰から視線を逸らし、懐かしい少女を見る。

背も伸び、少しずつ大人になりつつある少女。

白鳥ユキナがそこにいた。

 

「アキト!」

 

懐かしさのあまり、ルリが抱き付くより早くアキトに飛びつくユキナ。

 

「あっ・・・」

 

先を越されて悔しそうなルリ。

アキトはユキナをしっかり抱きとめている。

金色の瞳は、ユキナを見つめていた。

 

「久しぶりだな・・・ユキナ・・・」

 

そう言って笑顔を浮かべるアキト。

その笑顔にユキナは状況を忘れる。

今この場所で殺されそうになったことなどすっかり忘れてしまう。

それ程魅力的な笑顔だった。

 

「な・・・なによ!いきなり居なくなって私がどんなに心配したかわかってるの!!」

 

頬をやや赤く染めながらアキトに言うユキナ。

その瞳には涙が浮かんでいる。

 

「すまない・・・あの時は時間がなかったんだ」

 

アキトは自分に強烈な視線が浴びせられているのを感じるが何とかこらえる。

まあ、誰からかはあえて言わないが・・・。

右手で軽くユキナの背中を叩いてやる。

 

「ユキナ・・・せっかく逢えたんだから、笑ってくれ、な?」

 

そう言ってユキナを見つめるアキト。

その金色の瞳が少女の心を射抜く。

そして、ユキナの頭に右手を置き、クシャクシャッとする。

すると恥ずかしそうだが、嬉しそうに笑顔を浮かべるユキナ。

それを見て、頷くとゆっくりとユキナを離すアキト。

 

「アキト?」

 

「ユキナ・・・少し待っていろ。今は北辰を殺すのが先だから」

 

そして、舞う。

ふわり。

ブリッジにいた誰もがその美しさに目を奪われた。

軽やかにプロスの横に降り立ち、北辰と対峙するアキト。

 

「遅れてすまない、ミスター」

 

「いえいえ、構いませんよ。それより足止めは?」

 

北辰から目を逸らさずに言うプロス。

 

「処理した」

 

そう平然と言うアキト。

プロスもその事については予想していたので何も言わない。

 

「・・・後、お任せしてもよろしいですかな」

 

「ああ。北辰を殺すのは俺だからな・・・その代わり・・・」

 

「ええ・・・彼女たちは私が責任を持ってお守りしますよ」

 

そう言って下がるプロス。

一歩前に踏み出すアキト。

それを見て微かに笑う北辰。

 

「テンカワアキト、やはりあの程度では足止めにもならなかったか・・・」

 

その問いには答えないアキト。

 

「以前2人は倒したはずだが」

 

アキトが言ったのは、1人はチューリップから抜けた直後。

そしてもう1人は病院前で。

北辰の手先は倒しているはずだった。

それなのに、今回も6人いる。

 

「駒はいくつでもある」

 

平然と答える北辰。

そう、北辰にとって彼らはたかが駒でしかない。

 

「・・・なるほど・・・所詮は雑魚か・・・」

 

何故か1人納得しているアキト。

それにニヤリと笑う北辰。

しばし、沈黙が流れる。

誰も、ナデシコクルーの誰もが言葉を発することが出来ない。

それ程の重苦しい空気が流れている。

やがて、アキトが言葉を紡ぎ出す。

 

「アヤカはどこだ・・・北辰」

 

それを鼻で笑う北辰。

 

「フッ、汝ほどの男がまだあの女に固執するか」

 

そう言った北辰を見据えるアキト。

表情は非常に穏やかである。

だが、北辰へのプレッシャーは強くなる。

金色の瞳が強い光を放つ。

 

「答えろ・・・北辰」

 

アキトからのプレッシャーに耐える北辰。

並の人間なら、それだけで精神が破壊されていたであろう。

だが、北辰とて恐るべき手練れ。

 

「フフフ・・・次にあったときに会わせてやろう」

 

あくまで余裕を見せる北辰。

 

「お前に次などない。ユキナを殺そうとした罪を償い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここで死ね」

 

優しい声で言うアキト。

それだけに、それを聞いていたクルー達は寒気がした。

 

「ふふふ・・・面白いことを言う。それにしてはここまで来るのに時間がかかりすぎたな・・・また調子が悪いのではないか?」

 

以前ブラックサレナの中で苦しんだ時のアキトを思い出している北辰。

アキトの悶える姿。

アキトの絶叫。

そのどれもが甘露。

北辰の顔に浮かぶ恍惚とした表情。

 

「調子が悪いか試してみるか?」

 

そう言って構えるアキト。

それを見てニヤリと笑う北辰。

 

「・・・よかろう、テンカワ・アキト・・・」

 

同じく構える。

そして・・・。

 

「破!」

 

仕掛ける北辰。

白刃の煌めきがアキトを襲う。

だが、それを華麗な動きで受け流すアキト。

続けざまに何度も斬りつける北辰。

空を切り裂く音と、一瞬の白刃の煌めきだけがルリ達には見えた。

北辰の斬撃はそれ程の速さを持っている。

だがアキトの流れるような動きに、全く傷を与えられない。

ナデシコクルー達には残像も見える。

 

「やりおる!」

 

歓喜の叫びを上げながらさらに攻撃を繰り返す北辰。

そのすべてを受け流していくアキト。

刹那、フワッと舞ったアキトが北辰の背後に回る。

北辰すら、見失うほどの速さ。

ズダン!

強烈な震脚と共に肘打ちを繰り出すアキト。

北辰は・・・かわせない。

ドン!!

その一撃に弾き飛ばされ、床に転がる北辰。

そして、動かなくなる。

しばしの沈黙。

誰しもその光景を呆然と見ていた。

アキトが、北辰を倒した。

それを皆が認識するまで、ゆうに10秒はかかっただろう。

次の瞬間あたりから歓声が聞こえてくる。

 

「アキトさん、やりましたね!」

 

「アキト、凄い凄い!さすが私の王子様!」

 

そう口々に言っているルリとユリカ。

先程とは一転、明るい雰囲気がブリッジを包み込む。

侵入者は全て倒されたのだ。

しかし、その雰囲気を叩き壊すアキト。

彼はたった一言だけ口にした。

静かに、一言だけ。

 

「・・・茶番は終わりにしろ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトの一言で、辺りがシーンとなる。

皆が、どう言うことかとアキトを見る。

 

「・・・北辰・・・効いていないのはわかっている・・・」

 

アキトがそう言ったとき、北辰の身体が揺れる。

笑っているのだ。

 

「・・・その若さで大した功夫だ、テンカワ・アキト」

 

床に倒れたまま北辰が口を開く。

 

「だが、やはり本調子ではないようだな。以前の汝なら今の一撃で我を倒すこともできたであろうに」

 

ゆっくりと立ち上がる北辰。

再び刀を構える。

北辰の言う通り、以前のアキトなら今の一撃で全てが終わっていただろう。

だが、あの時・・・北辰の背後に回ったとき、彼の動きは一瞬鈍った。

それに気付いたのは、恐らく北辰とプロス、そしてオモイカネだけだっただろう

北辰には、その一瞬で充分だったのだろう。

北辰は自ら前に飛びその衝撃を軽減したのだ。

 

(・・・頼む・・・保ってくれ・・・)

 

アキトがそう考えていたその時。

いきなり跳ね起きた烈風が、アキトに向かって走り込んできた。

北辰から視線を逸らし、そちらを向く。

 

「死ねえぃ!」

 

ニヤリ。

口元を歪めたアキトが一歩前に踏み込む。

烈風の刀が顔のすぐ横を通過する。

トン・・・。

軽く相手の胸に手を当てたアキト。

皆にはそう見えた。

だが次の瞬間。

ビクン!

烈風の身体が震えたかと思うと、目や鼻、耳、口などから血を吹き出す。

そしてゆっくりと倒れていく。

ブリッジに血の臭いが充満する。

すぐに換気が施される。

 

「邪魔をするな・・・今いい所なんだ」

 

そう言って微笑むアキト。

はっきり言ってアブナイ。

だが。

 

「アキトかっこいい・・・」

 

「アキトさん・・・」

 

頬を赤らめているユリカとルリ。

少しズレているようだ。

アカツキもアキト見て驚いていた。

アキトの強さもさることながら、その武術の異様さに。

 

「どうして触っただけなのにあんな風になるんだろう?木連式柔・・・じゃないよね?」

 

内心の恐怖を押し隠して戯けて言うアカツキ。

 

「俺、アキトに絶対逆らわないようにしよ・・・」

 

「あ、あたしも・・・」

 

アキトを見ながら呟くリョーコとヒカル。

イツキも目を見張っていた。

北辰の実力ははっきり言って桁外れである。

それを翻弄するアキトの戦闘能力。

 

「あれが・・・黒い王子」

 

何となく赤くなるイツキ。

それは憧れだろうか。

 

「くっ、またしても暗勁か・・・」

 

烈風の異様なやられ方に唸る北辰。

彼にはアキトの使う技に心当たりがあった。

だがそれは今では失われ、遺跡に僅かにデータが残っているだけの・・・古代火星の武術。

今の時代、誰も体得していないはずの、木連式柔などとは違う一撃必殺の武術。

 

「安心しろ北辰。たとえ肉体は衰えても、貴様を殺すだけの力は残っている」

 

そう言ってゆっくりと構えるアキト。

それを見て2,3歩後ろに下がる北辰。

 

「ふ、ふふふ、ふははははは。やりおるわ、テンカワアキト。この我が恐怖を感じるとはな」

 

狂ったかのように笑う北辰。

それを見て、笑顔になるアキト。

 

「安心しろ、すぐに感じなくなる」

 

優しく、笑顔のまま言うアキト。

北辰も徐々に冷静さを取り戻してくる。

 

「まさかこんな簡単な仕事すら出来ないとは・・・小娘1人殺すことも出来んとはな」

 

火星の後継者の影、暗殺者『北辰』とも有ろうものが少女1人殺せなかった。

それは、彼のプライドをほんの少しだけ傷付けた。

 

「ユキナは俺の妹も同然だ。殺させるわけにはいかない」

 

そう言ってスッと目を細めるアキト。

 

「なるほど・・・あやつの作戦はそもそも穴があったしな。お主のいるこの艦内で白鳥ユキナを殺すなど・・・不可能に近い」

 

北辰の言葉に表情が動くアキト。

 

「あやつ・・・黒幕か?」

 

そう言ったアキトには答えない北辰。

 

「ふ、お喋りが過ぎたようだな・・・ではそろそろ我は去ろう」

 

そう言うと北辰の周囲が輝き出す。

ボソンジャンプして逃げるようだ。

 

「逃がすと思う・・・グッ!!」

 

とっさに動こうとしたアキトだが、急に身体の力が抜ける。

何とか体勢を崩すのだけは免れたので、ルリ達に悟られはしなかったが・・・。

 

「惜しい・・・実に惜しい・・・クックックックッ」

 

アキトを嘲笑うかのような北辰。

すでに北辰の周りにはジャンプフィールドが形成されている。

もう間に合わない。

仕方なく追う事を諦めるアキト。

 

「北辰・・・次は殺す」

 

そのアキトの言葉にニヤリと笑う北辰。

 

「・・・その衰えた身体でどれ程生きていられるのかな?復讐人、テンカワアキトよ・・・」

 

次の瞬間ジャンプしている北辰。

それを確認してから、ゆっくりとユキナ達の方に歩いていくアキト。

身体は、元に戻っている。

 

「アキト・・・」

 

そう言って改めてアキトの変わり様を見るユキナ。

真っ白になってしまった髪。

金色の瞳。

だがアキトの表情には優しいものがある。

アキトの金色の瞳がユキナを見つめる。

外見は多少変わっていても、まぎれもなくユキナの大好きだったアキトだ。

 

「本当に久しぶりだな、ユキナ」

 

アキトの表情はとても優しいものだった。

ユキナは再び泣きそうになってしまった。

 

「うん、アキト・・・元気そうだね」

 

「まあな・・・それより命拾いしたな。後で礼を言っておけ」

 

アキトはブリッジに向かう途中、オモイカネに頼んでブリッジの監視映像の記録を見たのだ。

 

「あの人、バカよ・・・あたしなんか庇っちゃってさ・・・」

 

そう言ってうつむくユキナ。

 

「やれやれ・・・」

 

ぽんっとユキナの肩に手を置くと、その肩を抱きいきなり歩き出すアキト。

 

「ちょ、ちょっとアキト、どこ行くのよ!?」

 

顔を赤くしながら照れ隠しに怒鳴るユキナ。

 

「医務室・・・ミナトに会いに行く」

 

「そんな、どんな顔して会えばいいのか・・・」

 

そう言って悲しそうな顔をするユキナ。

そんなユキナの頭の上に手を置いて、優しく撫でる。

 

「あ・・・」

 

「俺がついていってやるから、ちゃんと謝るんだぞ?」

 

そう言ってユキナに微笑むアキト。

さっきも見た、アキトの本当の笑顔。

とても魅力的な笑顔。

ゆっくりと頷き、頭の上からおろされたアキトの手を握りしめるユキナ。

 

「・・・いい子だ・・・」

 

そう言うと今度は黒髪の女性の方を見るアキト。

 

「おまえは見ない顔だが・・・一緒に来るか?」

 

やっとダメージの回復したイツキに言うアキト。

アキトの笑顔に見惚れていたイツキがハッとなる。

そして、その後みるみる赤くなる。

イツキは先程のアキトの戦い、そして笑顔を見てすでにアキトに崇拝に近い念を抱きつつあった。

そのアキトに、まさかいきなり声をかけてもらえるとは思っていなかったのだ。

ややあって、頬を赤く染めながら肯くイツキ。

それを確認して微笑むと、アキトはユキナと手を繋ぎブリッジから出ていく。

その後をついていくイツキ。

そのアキトの行動をただ見ているだけしかできなかったルリ。

ルリはアキトがブリッジに入ってきてから平静ではいられなかった。

ユキナと抱き合っていたアキト。

久しぶりに逢えたのだ、抱き合うくらい良いのかも知れない。

それでも、何となく腹が立った。

さらに今は手を繋いで歩いていた。

 

「あの人・・・ずるいです・・・」

 

相手は和平の使者。

何とか怒りを抑えるルリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

ここはルリの私室である。

ルリカはまたアキトの所にお泊まりで、今ここには居ない。

ラピスも今日は行っているそうだ。

ホントはルリ自身も行きたいのだが、どうしても理性と羞恥心が邪魔をする。

ルリは子供ではないのだ。

アキトの部屋に泊まればどうなるか、わからないはずがない。

それが嫌だというわけではなかった。

だが、少なくとも今のルリはアキトに抱かれる気はなかった。

暗闇の中ベッドに入り、ルリは今日起きた出来事を考えていた。

あの時何故アキトは北辰を逃がしたのか。

実際は、アキトの身体の調子が悪くなったから追う事が出来なかったのだ。

ルリはアキトの身体が一瞬変だったという事には気付いていた。

だが、アキトの身体は治ったと信じているルリは、その可能性を考えなかった。

そして、ルリが考えた結論は1つ。

アキトは、わざと北辰を逃がしたと・・・。

ルリの脳裏に、アキトと北辰の会話、そして記憶マージャンの時に見たアキトの記憶が思い浮かぶ。

黒髪の少女。

アキトに愛された美しい少女、アヤカ。

アキトの彼女への想いが、痛いほどわかった。

胸が締め付けられる。

悲しくて、悔しくて、切ない。

その瞳に涙が浮かぶ。

何とか堪えようとするが、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 

「そんなに・・・そんなに大切な人なんですか?・・・アヤカさんって・・・」

 

止めどもなく溢れる涙を拭うこともなく、茫然自失のルリは呟く。

だが、それに答えてくれるはずの青年は、ルリの側にはいなかった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

アキト君、北辰を取り逃がしました。

プロスが時間を稼いで、真打ちアキトが登場する。

なんか完全に私の趣味が入ってしまいました。

アキトの身体もそろそろやばいでしょう。

一日にこう何度も症状が出ているようでは・・・。

さて皆さん、今回のお話はどうでしたか?

感想等メールくれたら嬉しいです。

お返事書きます。

それでは、今回はこの辺りで・・・。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

今回の感想。
「クッ・・・先を越されたか・・・」(笑)
いやいや、プロスさんの使い方さ。
かっちょいいぞー!(爆)

いやいや、負けるもんか(笑)
しかし、更新速度で既に大敗(爆)

さて、なぜかまたもやフェロモンにやられた人が増えた続きが読みたければささばりさんにメールを出すんだ!(爆)


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