妖精の守護者 第3話
「無理ですね。今の彼はラピスがいなければ1人で起き上がることもできない。ましてや失った味覚や臭覚を治すなど・・・。我々の科学技術は昔とは比べ物にならないほど発達しています。・・・だからこそ不可能なこともわかってしまいます」
「・・・不可能」
その声に驚いて振り返る九十九と元一朗。
そこにはラピスによって支えられて立っているアキトがいた。
「テンカワ君・・・」
しばらく俯いていたアキトが顔を上げた。
その顔を見てゾッとする九十九。
これが先程あれだけ爽やかな笑顔を浮かべていた青年なのだろうか。
その顔は醜くゆがんでいた。
憎悪。
そして吐き出すような声。
「・・・殺してやる・・・北辰・・・」
ラピスがそんなアキトを悲しそうな目で見上げていた。
妖精の守護者
第3話「裏切り、そして帰還」
BY ささばり
「「「いただきます」」」
白鳥家。
まだアキトがこの家に来て間もない頃。
4人の人間が食卓に着いているのに声が3人分しか聞こえてこない。
白鳥九十九。
その妹白鳥ユキナ。
ラピスラズリ。
いただきますと言ったのはその三人。
もっともラピスの声はほとんど聞こえないが。
そして何も言わないテンカワアキト。
全く無表情のままただひたすら食べる。
そんなアキトにイライラするユキナ。
「ジトー」
そんなユキナの視線を無視して食べるアキト。
いや、何とか耐えているアキト。
「全く!少しは美味しいって顔してもいいじゃない。いつも何もいわずに食べるだけで、少しは作る私の身にもなって欲しいわね」
ユキナはアキトが味覚を無くしている事を知らなかった。
毎日毎日無表情で食事をするアキト。
そんなアキトに腹を立てるユキナ。
せっかく作っているのに感謝の言葉もない。
これで機嫌を損なわない人はいないであろう。
アキト自身にもその事はわかっていた。
「・・・すまない」
全く感情のない声。
そんなところがまたイライラする。
「ちょっとアキト!いくらお兄ちゃんと元一朗の弟子だからっていい加減にしてよ!」
「やめなさいユキナ!」
九十九がユキナを諫める。
そこには日頃妹に甘い九十九はいない。
厳しい顔をしている。
「お、お兄ちゃん」
そんな兄の様子に驚くユキナ。
「・・・いいんだ、九十九。ごめん、ユキナ」
そう言って部屋を出ていくアキト。
その後を追うラピス。
振り返りユキナを睨む。
「ユキナ、嫌い」
そう言って再びアキトを追う。
普段感情を表さないラピスの激情を目の当たりにして驚くユキナ。
「ユキナ、ちょっと来なさい」
そう言うと立ち上がる九十九。
「ちょっとお兄ちゃん?」
そう言いながら九十九の後を追うユキナ。
九十九の自室。
「どうしたのお兄ちゃん」
そう言うユキナを無視してコンピューターを起動する九十九。
「これを見ろ」
そう言ってディスプレイをユキナに見せる。
そこに映っていたのは1人の青年だった。
人のたくさんいる屋台で客にラーメンを作っているアキト。
その隣でラーメンを運びながらアキトに微笑む少女。
「こ、これアキト?」
ユキナは信じられないという様に呟く。
普段見ている感情がないアキト。
それとはかけ離れた光景がそこにあった。
微笑んでるアキト。
客の他愛のない冗談に笑っているアキト。
一生懸命ラーメンを作っているアキト。
横にいる少女に微笑みかけているアキト。
「ど、どうして。・・・これがあのアキトなの。でも・・・私はアキトが笑ってる所なんて見たこと無いよ」
何も言わない九十九。
「ねえ、教えてお兄ちゃん。これアキトでしょ。じゃあ今のアキトは一体何なの?」
やがてゆっくりと口を開く九十九。
「アキトは・・・」
九十九が見せたのはアキトの居た施設にあったアキトを拉致する前の調査映像。
次々と明かされるアキトのこと。
それを聞いてユキナは泣いていた。
自分でも知らないうちに。
2人の男が向かい合っている。
1人は髪を腰まで伸ばしている男。
腰に鞘におさめたままの日本刀を構えている。
居合い。
対するは黒いバイザーをして目元を隠している男。
武器を持たずに全くの自然体で立っている。
そしてその2人を少し離れたところから眺めている男。
白鳥九十九。
(元一朗の方が分が悪いか・・・)
練武場。
そこには額に入った「激我」の文字。
日本刀を構えた月臣元一朗。
自然体のテンカワアキト。
(やはり元一朗は動けないか・・・それにしてもアキトの気は)
殺気。
いや、そもそも人間の発する事の出来る物ではない。
獣。
血に飢えた野獣。
端から見ている九十九にもその凄さがわかる。
(これで6割か・・・天賦の才を復讐に使うとは)
アキトは本気を出していない。
もし出せば元一朗と九十九、2人がかりでも倒せないだろう。
「そろそろ行くぞ、元一朗」
口元をニヤリと歪めてそう言うアキト。
闇が動く。
あらゆる物に破壊をもたらす闇が。
「くっ!」
その動きを辛うじて捉える元一朗。
ピキーン!
澄んだ音を立てて日本刀が半ばから折れる。
元一朗の喉元に突きつけられるアキトの手刀。
「そこまで!」
「なあ、ホントにこれで良かったのか?」
練武場。
アキトの立ち去った後残った九十九と元一朗。
「俺達はアキトに復讐を考え直させようと柔の道、正しき精神を教えようとした。だがそれは、結局ただの戦闘マシーンを作ってしまっただけだった」
そう言った九十九の顔は苦渋に満ちていた。
「気付いていたか、九十九。アキトがあの日以来笑っていない事に」
「ああ、たまに見せるのは醜くゆがんだあれか」
口元を歪めるあの笑い。
いや、あんな物は笑いとは言えない。
あんな物は見たくない。
「戦闘マシーン。いや、血に飢えた野獣・・・アキト」
「ねえアキト、お兄ちゃんは?」
ならず者から助けてもらった後ユキナはアキトと並んで帰路についていた。
「軍に行くと言っていた」
ユキナの方を見ずに言うアキト。
「ジロジロ」
「・・・何だ、ユキナ」
アキトの視線は前を向いている。
ユキナはそんなアキトの耳を引っ張り自分の方に寄せる。
「アキト、人と話すときはちゃんと目を見て」
仕方なくユキナの方を向くアキト。
「よろしい!」
そう言うとユキナは少し前に走っていき、そこでクルッと振り返る。
「ねえアキト。今日の晩御飯何が良い?」
そう言ったユキナにある少女の幻影を見るアキト。
とても懐かしい少女。
離れ離れになってもう2年以上経つ。
(ねえアキトさん。今日の晩御飯は何ですか?)
今でも鮮明に思い出す少女の声。
はにかむ様な少女の笑顔。
愛しい少女。
「・・・ルリ・・・」
ルリの事を思うアキト。
笑みが浮かぶ。
「ア、アキト。笑ってるの?」
そう言うユキナを無視してさっさと歩いていくアキト。
取り残されるユキナ。
「ちょ、待ってよ!アキト〜」
「バカな、納得できません!」
そう言ってデスクを「ドン!」と叩く九十九。
その横で元一朗も同感だという様に上官を睨み付けている。
「なぜなら彼は我々の」
「親友・・・か?」
そう言う上官に言葉を失う九十九。
さらに言葉を続ける上官。
「だまされるな、白鳥少佐。先程彼が佐藤少将の息子に怪我をさせたと連絡があった。所詮薄汚い地球人と何ら変わりなかったと言うことだ」
そんな上官に噛み付く元一朗。
「しかしそれは白鳥少佐の妹を佐藤少将の息子さんが襲おうとしたのを助けただけでアキト自身には全く非はありませんが」
「だが佐藤少将が凄い剣幕でな、これはもはや上の命令なんだよ」
「そんなことは逆恨みです。それにアキトは今までボソンジャンプの実験にも協力してくれていたじゃないですか。それを・・・まさか、邪魔になったから消すんですか?」
かなり興奮している九十九。
「とにかく2人はここにいたまえ。そうしていれば片が付く。テンカワアキトとラピスラズリにはこの際だから死んでもらうよ」
「まさか、すでに暗殺者を・・・」
愕然とする九十九と元一朗。
すぐに部屋から出ていこうとする2人。
だがドアの所に立っていた兵士がマシンガンを構えている。
「大人しくしているんだ。そうすればすぐ終わる」
どうすることもできない2人。
(すまん、アキト。せめて逃げ切ってくれ)
九十九と元一朗は祈ることしかできなかった。
(なんだ?)
何となく違和感を感じる。
気配を消そうとする人間がいる。
アキトは五感が不自由なのでそういうことに人一倍敏感なのだ。
第六感。
野生のカン。
そんなアキトの変化に気付くユキナ。
「どうしたの、アキト」
そういうユキナをいきなり押し倒す。
「だ、駄目だよアキト。私まだ中学生なんだよ」
「静かに」
ピシ!
そんな音がしてアキトのすぐ頭上の壁がはじける。
「え、なに?」
何が起こっているのかわからないユキナ。
(クソ、狙撃だと。・・・狙いは俺か。・・・となるとここにいるとユキナが危険か)
アキトの右腕から鮮血が飛ぶ。
その血がユキナの顔にかかる。
「え?」
(痛みは感じない・・・か)
「ア、アキト・・・血が出てるよ。一体何が起こってるの!」
「どうやら俺が邪魔になったらしい・・・」
「どういうこと、邪魔って。それにその怪我をなんとかしないと」
「大丈夫だ、痛みは感じない」
そういっているアキトの横にモソモソとラピスがはってくる。
「ユキナ」
いつもとは違う感情のこもっているアキトの声。
そんなアキトの顔を見つめる。
バイザー越しにその瞳を見つめる。
「今までありがとう。九十九や元一朗によろしくな」
「え?」
(アキトが笑ってる)
「じゃあな、・・・ラピス行くぞ」
そういうとラピスを抱えて飛び出していくアキト。
部屋には呆然としているユキナだけが残されていた。
「ち、逃げ道がない」
だんだん追い込まれてきたアキト。
もう何人殺したかわからない。
いかに強いと言ってもラピスを護りながら戦うのには限界がある。
「アキト、ラピスは置いていって」
「駄目だ」
(俺が狙われているんだ。恐らくラピスも狙われる。置いていったら殺される)
きゃ!
そんな声を上げるラピス。
銃弾がかすったのだ。
「クソ、やるしかないのか」
そういうとアキトはポケットから青い宝石を取り出す。
そしてラピスを抱え上げると目を閉じる。
思念でラピスと会話する。
(すまないラピス。お前を巻き込んでしまって)
表には出さないアキトの感情がそこにあった。
(良いの、アキトは私の全て。アキトのいない世界では私は生きていけない)
(すまん、ラピス)
アキトの体が光り出した。
ジャンプフィールドが形成される。
アキトが呟く。
「・・・ジャンプ・・・」
つづく
<あとがき>
こんにちは、ささばりです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
実は私が初めてナデシコを見たのはおよそ一年ちょっと前。
ちょうど二輪の免許を取りに教習所に通っていたとき。
ポスターが貼ってありました。
劇場版のルリがシートベルトを締めているポスターが。
その時初めてナデシコの存在を知りました。
で、本編を見ましたがまさかルリが子供だったとは・・・。
次はルリが出てくるのかな?
まあとにかく今後もよろしくお願いします。
艦長兼司令からの発艦指令(?)
ささばりさんから早くも3話が届きました!
いやぁ・・・段々とダークな方面へ・・・
というか、ダークな方面へ突っ走ってますなぁ(笑)
結局味方はラピスしかいなくなるし。
これからどーなるんでしょ?
うーむ、負けないように私も続きを書かなアカンわ(爆)
次もお待ちしてますよん♪
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