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妖精の守護者  第32話

 

 

 

 

 

ほんの少しだけグラスを眺めていたコウイチロウが、アキトに目を向ける。

 

「さてアキト君・・・何に乾杯しようか?」

 

「・・・そんなことは決まっていますよ・・・」

 

そう言ってグラスを手に取るアキト。

それを見たコウイチロウも、黙って頷きグラスを手に取る。

そしてお互い笑顔を浮かべ・・・。

 

「「・・・愛しい娘達に・・・」」

 

そう言って、2人は静かにグラスをあわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第32話「殺戮人形」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコ食堂。

昼食には少し早い時間なのか、辺りには少ししか人がいない。

そこに、アキトが入ってくる。

それを見たホウメイが、仕事の手を休めて声をかける。

 

「おやテンカワ、今日は1人かい?」

 

アキトは普段、ルリやルリカ、ラピスなどを連れ立って食堂に来る。

最近ではユキナを連れてくることもある。

 

「俺が1人なのはそんなにおかしいか?」

 

そう言って微笑むアキト。

その微笑みを見て、同じように笑みを浮かべるホウメイ。

 

「そんなことはないよ。ただ、いつも監視役をしているルリや娘達は、今日は一緒じゃないようだね」

 

監視。

ホウメイが何故そんな表現をしたのかというと、ナデシコ食堂のアイドル、ホウメイガールズ達の存在があるからである。

今現在も、ホウメイはアキトと自分に集中する視線を感じていた。

 

「まったくあの娘達は・・・アンタが食堂に来ると、途端に仕事をしなくなるんだよ」

 

そう言って少しだけアキトを恨めしそうに睨むホウメイ。

そんなホウメイにニヤリと笑いながらも何も言わないアキト。

その時、入り口からミナトが入ってくる。

 

「おや・・・彼女、もう具合はいいのかい?」

 

「・・・だろうな・・・」

 

そう言いながらミナトに軽く手を振るアキト。

それに気付き、アキトの方に歩いてくるミナト。

 

「さて、そろそろ仕事に戻らないと」

 

ホウメイはそう言うと、ミナトと一言二言はなしてから急いで厨房に戻っていった。

 

「ここ、良いかしら?」

 

「ああ、いい女との相席を断るつもりはない」

 

「あら、ありがと」

 

そう言ってアキトの向かいに座るミナト。

しばらく2人とも、無言で向かい合っている。

ルリが見ていたら、平静ではいられないような雰囲気が漂っている。

ややあって、アキトが口を開く。

 

「傷の具合はどうだ?」

 

その言葉に微笑みながら応えるミナト。

 

「うん・・・もう痛まないし平気よ。傷も残らないって言ってたし」

 

「そうか・・・良かったな」

 

優しい眼差しで言うアキト。

そんなアキトにフフッと笑うミナト。

 

「やっぱりアキト君って優しいわね」

 

その言葉に、何かを考える風なアキト。

 

「そうか?あまり自分ではわからないがな」

 

「優しいよ・・・あの後だってユキナちゃんと一緒に来たでしょ」

 

「あいつは妹みたいなものだしな。お前には感謝してるよ」

 

そう言って微笑むアキト。

 

「フフッ、ルリルリが好きになるのもわかるな」

 

そのミナトの一言に、急に笑顔を消すアキト。

ミナトは、そんなアキトの変化に気付く。

 

「ねえアキト君・・・ルリルリの事どう思う?もちろん1人の女性として」

 

笑いながら言っているが、その目は真剣なミナト。

その眼差しを正面から受け止めるアキトの金色の瞳。

 

「愛してる」

 

サラッと言ってのけるアキト。

 

「ず、ずいぶんハッキリ言うわね」

 

アキトが何の躊躇もなく言うので、呆気にとられてしまったミナト。

 

「・・・別に隠すようなことじゃないしな。確かに昔はただの妹として見ていた時もある。だが今は確かに1人の女性として愛している」

 

「じゃあさ、アヤカって娘のことは?」

 

その言葉にビクッとなるアキト。

ほんの一瞬、アキトの顔に緑の光りが走るのを見逃さないミナト。

 

「・・・愛してたよ・・・」

 

「ルリルリとどっちを選ぶの?」

 

真剣な顔をするミナト。

同じく真剣な顔のアキト。

 

「アヤカとの事は昔のことだ」

 

アキトの瞳を見つめているミナト。

まるでアキトの嘘を見逃すまいとしているかのように。

 

「・・・嘘はついていない」

 

「え!」

 

驚くミナト。

アキトに見透かされた。

 

「安心しろ、偽りはない」

 

「そう・・・なら良いけど」

 

そう言って一息つくミナト。

少し表情を和らげる。

 

「信じるからね」

 

「・・・ああ・・・」

 

ミナトから目をそらすアキト。

 

(嘘はついてない・・・嘘は・・・)

 

その時、アキトの背後から忍び寄る影があった。

白鳥ユキナ。

目隠しでもするつもりなのだろう。

だが。

 

「ユキナ・・・お前じゃなかったら殺してるぞ」

 

全く後ろを見ずに言うアキト。

 

「な、な〜んだ、気付いてたの。アキトったらお茶目なんだから」

 

そう言いながらアキトの横に座るユキナ。

ついでにアキトの頭を指でツンとつつく。

そんなユキナにアキトが言葉を返す。

 

「いつまで経ってもかわらないな・・・もう少し大人になっているかと思ったが・・・」

 

正面を見ながらそう言うアキトの耳を引っ張るユキナ。

 

「アキト、人と話すときはちゃんと相手の目を見る!それに子供なのはアンタよ!!全くお兄ちゃんもアキトも変なトコで子供なんだから!」

 

そんなやりとりを見ながら笑いを堪えているミナト。

 

「あっ!あたし注文してくるね」

 

そう言って席を立つユキナ。

ホウメイのもとに行って注文をしている。

 

「いつまで笑っている、ミナト」

 

「ププッ・・・だって・・・アキト君に子供だなんて言えるのユキナちゃんだけなんだもの」

 

その言葉に、目でユキナの後ろ姿を追うアキト。

優しい眼差し。

 

「あいつは昔の復讐鬼だった時の俺にも普通に接してくれたんだ。周りの奴らは俺が地球人だからって蔑んでいた。だが、あいつは俺をそんな風には見なかった。感謝してるよ・・・」

 

アキトは本心からそう思っていた。

木連にいたとき、まだ小学生だったユキナが自分を護ってくれていた。

毎晩悪夢に魘され、常に闇を纏っていた自分を、ユキナは見捨てずにいてくれた。

ユキナを見つめているアキトは、優しい笑顔だった。

 

「ふ〜ん、やっぱり良い子ね」

 

「ああ、それに何となく頭が上がらないんだ・・・」

 

苦笑いするアキト。

恐らくアキトにそんな風に言わせられるのは、この世でユキナだけであろう。

 

「それだけ大切に想ってるって事でしょ?」

 

「そうだな・・・大切な妹」

 

「なになに、何話してたの?」

 

戻ってきたユキナが会話に割り込む。

いきなりの事だったので驚くミナト。

だが、気付いていたアキトは平然としている。

 

「ねえ、何の話?」

 

そう言ったユキナを見つめるアキト。

真剣な眼差し。

その裏に隠れた企みにユキナは気付けない。

アキトの金色の瞳に見つめられて、目を離せなくなるユキナ。

 

「別に・・・ただお前を愛してるって言ってたのさ」

 

「え!・・・だ、だめだよアキト。で、でももしかしたらあたしがあまりにも可愛いから・・・」

 

顔を真っ赤にしながら、身悶えしているユキナ。

それを見てククッと笑うアキト。

 

「ばか・・・冗談だ」

 

「は?・・・あー、ひっどいアキト!あたしの純真な心をもてあそんだのね!うわ〜ん!!」

 

そう言って顔に手をあてて泣くユキナ。

その横からほっぺたをつまむアキト。

 

「嘘泣きはやめろ」

 

「あは、ばれた?」

 

そう言ってペロッと舌を出すユキナ。

そのやり取りを見て、またしても笑っているミナト。

目の端に涙まで浮かべながら。

 

「ぷぷ・・・だ、だめ・・・可笑しすぎる・・・・・・やっぱり良いわ、アキト君とユキナちゃん・・・」

 

もはや何も言えないアキトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

格納庫。

木連に向かう途中、2機のゲキガンタイプに迎えられたナデシコ。

 

「木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体、突撃宇宙軍優人部隊少佐、白鳥九十九」

 

「同じく少佐、月臣元一朗」

 

「「到着いたしました」」

 

その2人を歓迎するナデシコクルー。

ついでに地球連合の代表としてミスマル・コウイチロウもいる。

 

「お久しぶりです、白鳥さん。それと、初めまして、月臣さん」

 

そう言ってニッコリ笑うユリカ。

 

「よろしく頼むよ」

 

握手をするコウイチロウと九十九。

辺りをうかがう元一朗。

九十九は敵に甘いところが多々、見受けられる。

だからこそ周りに気を配る元一朗。

 

「和平交渉の代表団は7日後到着の予定です。我々は一足先に来てその事を伝えに来ました。これが、正式な書状になります」

 

「そうか・・・ご苦労でしたな」

 

コウイチロウがそう言ったとき、格納庫にユキナが入ってくる。

その後ろから歩いてくるイツキ。

そしてミナト。

 

「お兄ちゃん!」

 

そう言って九十九に飛びつくユキナ。

それをしっかりと受け止める九十九。

 

「元気だったか?」

 

「うん!」

 

元気に返事をするとゆっくりと離れるユキナ。

イツキも九十九と元一朗の前に来る。

そこで、敬礼をする。

九十九と元一朗も、挙手の答礼をする。

 

「すまない、カザマ君。妹が迷惑をかけた」

 

「いえ・・・。それより月臣少佐までお見えになるとは」

 

「ああ・・・こいつ1人では心配なんでね。それに、アキトに会うのも久しぶりだからな・・・」

 

元一朗がそう言ったとき、ちょうど格納庫に入ってくるアキト。

黒い戦闘服を纏うアキト。

雪のように白い髪が、格納庫の照明を受けて輝いている。

 

「ア・・・アキトか?」

 

そう言ってアキトに目を向ける元一朗。

微笑みながらその視線を受け止めるアキト。

 

「久しぶりだな、元一朗」

 

「あ、ああ・・・・・・・・・・・・しかし、変わったな」

 

「そんなに変わったか?俺はそうは思わないんだが」

 

アキトはそう言って少しおどけてみせる。

それを見て少し笑う元一朗。

 

「外見も変わったが、中身は相当だな・・・まあ良いことだと思うがね」

 

「そうか・・・まあそれは良いとして・・・元一朗、面白い物が見られるぞ」

 

そう言って視線を九十九とミナトに向けるアキト。

つられて見る元一朗。

そこには見つめ合ったまま動かない九十九とミナトの姿があった。

真っ赤になっている九十九。

確かにいつもの凛とした彼ではない。

 

「・・・確かに・・・これは滅多に見られないな・・・」

 

やや呆れながら言う元一朗。

九十九とミナト、2人はしばらくそのまま見つめ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

先程までナデシコ食堂で、ささやかながら歓迎会が開かれていた。

今ではそれもお開きとなり、アキトの部屋に九十九、元一朗、ミナトがいる。

備え付けの家具以外ないアキトの部屋は、何となく肌寒く感じた。

 

「なんとお礼を言えばいいのか・・・ユキナの命を救ってくれてありがとうございます!」

 

いきなり土下座してミナトに頭を下げる九十九。

 

「そ、そんな・・・いいのよお礼なんて」

 

そこまで礼を言われると逆に困ってしまうミナト。

 

「いえ、あなたは妹の命の恩人です。いずれ改めてお礼を・・・」

 

「だからお礼なんて・・・」

 

困ったようにアキトを見るミナト。

笑いを押し殺していたアキトが言い放つ。

 

「九十九、その辺にしておけ。ミナトも困っているぞ」

 

「しかし、アキト・・・」

 

「いずれ礼をすればいい。こんな所で土下座されても迷惑なだけだぞ」

 

その言葉にゆっくりと立ち上がる九十九。

 

「そうなのか?」

 

「ああ・・・それに地球では礼は身体で払うと決まっている」

 

「「な、なに!」」

 

アキトの言葉に九十九と元一朗が驚きの声を上げる。

その反応に笑いを抑えきれないアキト。

 

「ククッ、冗談だ・・・期待させたか?」

 

その言葉に赤くなる2人。

 

「あれま・・・真っ赤」

 

さすがに呆れるミナト。

いち早く立ち直った元一朗がアキトに怒鳴る。

 

「貴様ー、よくも嘘をついたな!」

 

「そう怒るなよ元一朗。これは地球式の挨拶なんだ」

 

「嘘付け!」

 

その時コミュニケが作動してウィンドウに表示される。

そこにはルリが映っていた。

 

『アキトさん、ブリッジに来てください。今、木連の草壁中将って方から通信がありました。それで今から和平会見をするって』

 

ルリの言葉を聞いて訝しく思う九十九と元一朗。

 

「それはおかしい・・・まだ我々が到着してから1日しか経ってない。予定は7日後だぞ。どう思う九十九?」

 

「さあ?・・・だが、草壁閣下が来るなどとは聞いていないな」

 

「・・・とりあえずブリッジに行くか。ここじゃあ状況がわかりづらい」

 

そう言って部屋を出ていくアキト。

九十九達も後に続く。

アキトは歩きながら考えていた。

九十九と元一朗は嘘をついていない。

それに木連軍の正式な予定なら、急に日程が早まるという事はない。

ならば・・・。

和平成立に反対する者が何かを画策しているのだろうか。

アキトは歩きながら知らず知らずのうちに、自分の左腕を握りしめていた。

その顔には歓喜の表情。

 

「来たか・・・火星の後継者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球側和平会談メンバー。

戦艦ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ。

地球連合宇宙軍和平会見団代表、ミスマル・コウイチロウ中将。

シャトル操舵士、ハルカ・ミナト。

情報収集・管理、ホシノ・ルリ。

護衛、ゴート・ホーリー。

護衛機ブラックサレナ・パイロット、テンカワ・アキト。

今このメンバーが木連の戦艦の中にいる。

ミナトとルリについては無理についてきたと言った方が良い。

ナデシコの方はラピスとルリカががんばっている。

正面にいるのは草壁春樹中将。

畳張りの部屋で皆正座している。

木連将校達の横には日本刀がおいてある。

白鳥九十九、月臣元一朗は地球側に座っている。

護衛と言う理由である。

 

「茶菓子はいつ出てくるのかな?」

 

「ア、アキトさん!」

 

のんびり言ったアキトをいさめるルリ。

 

「いや、いっぱい用意してあるようだし」

 

何となく普段より明るいアキト。

 

「え、どうしてわかるんですか?・・・」

 

その問いには、答えないアキト。

 

「それでは、目を通して貰いたい」

 

草壁の言葉と共に皆一斉に用意された文書を開く。

アキトは興味がないのか、文書を開こうとはしない。

あるいは、書かれている内容に薄々気付いていたのかも知れない。

 

「な・・・何なんですかこれは!」

 

ユリカが驚きの声を上げる。

何とか怒りを抑えるコウイチロウ。

 

「和平のために作成した物だが?」

 

白々しい草壁。

 

「そうでしょうか?地球圏の武装放棄、各国憲法や議会の停止、財閥の解体、政治理念の転換・・・地球を植民地にするつもりですか?」

 

冷静にルリが発言する。

 

「そう見えるのかね?それは君が子供だからじゃないのかな」

 

ルリを見下したような草壁の視線。

 

「確かに私は子供です。ですがそれでもわかることはあります」

 

「その通り・・・貴殿は本気で和平を望んでおるのか?」

 

コウイチロウが静かに問う。

だが、草壁は笑みを浮かべたまま答えない。

九十九も、黙ってはいられなかった。

 

「この文書の撤回をお願いします!この席は和平会談のはずです。その席でこのような文書を出すなどとは・・・閣下は何を考えているのです!」

 

「木連の安泰」

 

呟く草壁。

 

「なら文書の撤回を!!これは木連にとっても・・・」

 

「だまされるな、白鳥少佐!」

 

九十九をたったの一言で黙らせる草壁。

その雰囲気は、中将という階級に相応しいものだった。

威厳が、草壁の身体からみなぎっていた。

それに対抗できるのはコウイチロウだけだろうか。

 

「地球など悪なのだ!なぜ正義の我らが悪の帝国と和平をしなければならない!」

 

「閣下、それではなぜこのような席を?この軽挙妄動がご自分の首を絞めると言うことに、何故気付かないのです?」

 

落ち着いている元一朗。

冷静な元一朗の視線が草壁を射抜く。

元一朗は気付いていた。

伏兵の存在に。

アキトは今回の和平会見の陰謀に気付いていた。

そして、その事を元一朗にだけは知らせておいた。

九十九は顔に出る。

だからある意味アキトに近い、闇を纏える元一朗に話したのだ。

先ほどのアキトの言葉。

事前に元一朗と打ち合わせておいた言葉。

茶菓子・・・伏兵のことである。

 

「地球と我らが並ぶことはありえん。地球は我らに支配されるのがふさわしいのだ。そしてそれを教えるために!」

 

「閣下!」

 

「黙れ、悪の帝国のスパイが!」

 

草壁がそう叫んだとき、その横に座っていた男が銃を抜く。

銃口の先は・・・白鳥九十九。

 

「動くな!・・・白鳥少佐、実に残念だ。君ほどの男を殺さなくてはならないとはね」

 

「な・・・閣下、なぜ」

 

自らの尊敬する上官、草壁に殺すと言われて九十九は動揺していた。

草壁は、真剣な眼差しで九十九を見つめる。

 

「木連のためだ。君の死は地球側の陰謀として本国に発表される」

 

「そんな!」

 

ミナトの叫び。

それが、引き金となった。

 

「白鳥少佐、木連のために死ね!」

 

次の瞬間、部屋に銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、化け物・・・」

 

発砲した男が呆然と呟く。

そこには、左腕を九十九の胸の前に出しているアキトがいた。

表皮の破れたアキトの義手。

機械的な部分が見える。

アキトは、義手で銃弾を受け止めたのだ。

それはまさに、神業としか言いようがない。

 

「草壁・・・無駄だよ。俺の前で九十九を殺せると思うな」

 

「・・・貴様、何者だ・・・」

 

「テンカワ・アキト・・・・・・・・・・・・お前ら火星の後継者を狩る者だ」

 

ニヤリと笑うアキト。

草壁は、背筋に何か冷たいものが流れるのを感じた。

アキトがすでに、自分たちの正体に気付いていることを悟った草壁。

 

「・・・ほう、いつ気付いた」

 

草壁の雰囲気が変わっていく。

ゆっくりと、殺気を放つ。

まるでアキトを威圧するかのように。

 

「この艦に乗る前から」

 

「なるほど・・・北辰が警戒するのもうなずける」

 

「やはりユキナの暗殺も・・・」

 

草壁の殺気を全く気にしていないアキト。

彼を恐れさせられる存在など、この世に存在しないのかも知れない。

アキトの言葉に頷く草壁。

 

「そうだ、私が指示した」

 

「な!」

 

九十九が驚きの声を上げる。

 

「全ては人類の未来のため、新たなる秩序のため!」

 

草壁の言葉に鼻で笑うアキト。

 

「偉そうに言うな・・・お前の未来のためだろ」

 

ゆっくりと立ち上がるアキト。

 

「そうだ・・・それがいずれは人類の未来の為になる!」

 

その言葉に、再び引き金を引こうとする男。

 

「させん!」

 

一瞬早く元一朗が日本刀を抜き、男の腕を切り飛ばす。

辺りに絶叫が響く。

 

「月臣!」

 

「閣下、いや火星の後継者!おとなしくしろ!」

 

「フフ、この艦に乗っている兵達は全て火星の後継者の兵達だ。おとなしくするのはお前達だ」

 

草壁の言葉と共に襖を開けて兵士達が入ってくる。

すぐに銃を構えてアキト達を囲む。

 

「これからは木連でも地球でもない。火星の後継者が全てを支配するのだ」

 

「・・・なるほどね・・・」

 

アキトの雰囲気が変わる。

草壁もその事に気付く。

 

「・・・1人で何が出来る・・・テンカワアキト」

 

その言葉を聞いてニヤリと笑うアキト。

一歩踏みだし、ルリ達に見られないように・・・。

 

「たったこれだけで何ができる、火星の後継者」

 

「なに!」

 

次の瞬間アキトが動いた。

その動きは誰にも見えなかった。

いや、草壁には辛うじて見えた。

何とかアキトの一撃をかわす。

かわされたアキトは、そのまま敵兵に襲いかかった。

同時に、九十九と元一朗も動いていた。

アキトの師と言っても過言ではない九十九と元一朗。

アキトの動きに対応して瞬時に動く。

一瞬にして崩れる包囲。

 

「テンカワ!」

 

敵から奪ったマシンガンを撃つゴート。

次々と敵を倒していくアキト。

日本刀を抜いて敵を切り捨てていく九十九と元一朗。

ユリカ達を庇うように立つコウイチロウ。

まれに近付いてくる敵も、漢の剛拳の前に無惨に散る。

次々と敵兵は倒れていく。

狭い部屋のなか、これだけの混戦の中で銃を撃つわけにもいかず、敵兵は日本刀を抜きアキト達と戦っていた。

ゴートもすでにナイフ・ファイティングに切り替えている。

 

「ふむ・・・ここは引くか」

 

そう言って逃げる草壁。

 

「草壁が逃げる!」

 

元一朗が言うがすぐに部屋のあらゆる出口に鉄の扉でふさがれる。

ドンドンとそれを叩く元一朗。

 

「・・・逃げたか・・・」

 

敵の首をへし折りながらアキトが呟く。

その敵が、最後であったようだ。

 

「アキトさん・・・」

 

心配そうにルリがよってくる。

そっとアキトの義手に触れる。

 

「平気だ・・・それは義手だからな」

 

「・・・でも・・・」

 

心配そうにアキトを見つめるルリ。

その頭にぽんと右手を乗せる。

 

「ありがとう、ルリちゃん」

 

「い、いえ!」

 

真っ赤になるルリ。

 

「アキト、閉じこめられたようだ」

 

鉄の扉を調べていた元一朗が言う。

その言葉を聞いても焦らないアキト。

九十九から日本刀を受け取り、納刀したままのそれを腰に構え、ゆっくりと腰を落とす。

そして、目を閉じた。

 

「アキトの奴、やるつもりか?」

 

「・・・ああ、出るぞ・・・老師ですら恐れたアキトの剣・・・」

 

ルリも見つめる。

刹那、音もせずに切り裂かれ、背後に倒れる鉄の扉。

アキトが抜いたことに気付いたのは、元一朗と九十九だけだった。

 

「相変わらず見事だ・・・いや、さらに腕が上がったな」

 

「これなら老師も認めてくれるのではないか?」

 

そう言ってアキトに近付く元一朗と九十九。

ゆっくりと刀を鞘に収めるアキト。

 

「あんなジジイに興味はない。自分より弱い人間に認めてもらう必要はないだろ」

 

アキトの言葉。

それは過信ではない。

誰も反論できない事実。

絶対的な実力を持った者だけが口に出来る真理。

 

「さて、さっさと行くぞ」

 

そう言って先ほど倒した敵から銃を抜き取るアキト。

残弾数を確認すると、部屋から出る。

その動きは、もはや人ではなかった。

ドンドン!

待ちかまえていた敵を簡単に撃ち抜く。

 

「よし、行くぞ」

 

そう言ってアキトの後に続く元一朗。

敵にとってはアキトは驚異だった。

アキトにとっては壁も、天井すらも床と同じでしかない。

その四方を踏み台にして、あらゆる位置から敵に襲いかかった。

血煙を上げ、敵が倒れる。

 

「こいつ、化け物か!!」

 

敵兵は、アキトの動きが早すぎて的を絞れない。

闇雲に撃ち出される銃弾が、跳弾となり辺りを飛び交う。

だが、それすらもアキトにはあたらない。

運すらもアキトに味方していたのだ。

銃弾が無くなると、素手で敵を攻撃し始めるアキト。

ルリ達は、そんな死体の中を歩いていた。

先の通路では、アキトが殺戮を繰り返している。

 

「ば、化け物だ!俺はこんなのと戦うのはごめんだ!」

 

当然、逃げようとする者もいる。

だが、アキトは逃がさない。

背後から、その首筋をナイフで薙ぐアキト。

吹き出す鮮血、そしてその瞬間のアキトの恍惚とした表情。

その表情を見た敵は皆、戦意を無くした。

後は、哀れな人間どもをアキトが殺すだけだった。

しばらくして気付くと、辺りに敵はいなくなっていた。

 

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

 

獣のように荒い息を吐くアキト。

さすがの彼も、疲労は隠せない。

そこに、九十九達が追いついてくる。

 

「アキトさん!」

 

ルリの怒鳴り声に、アキトがそちらを向く。

アキトは何とか呼吸を整える。

 

「ルリちゃん怪我はない?」

 

「アキトさん!危ない事しないでください!アキトさんにもしもの事があったら・・・私・・・私!」

 

そう言ってアキトに抱き付くルリ。

それを右腕でそっと抱きしめるアキト。

 

「ごめんルリちゃん。俺は・・・!」

 

刹那、強烈な殺気がアキトに叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトに、凶刃が襲いかかる。

瞬時にルリを突き飛ばすと、かわそうとアキトも動く。

一瞬遅れて、アキト達のいた空間を薙ぐ一条の光り。

アキトは相手と距離を取る。

そこには、抜き身の日本刀を構えている人物が立っていた。

編み笠をかぶる、黒衣の人物。

 

「・・・やるな・・・」

 

アキトが声をかける。

だが、相手はそれには答えない。

黙って刃を構える。

刹那、圧倒的なスピードでアキトに迫る敵。

白刃が閃く。

それを、僅かにかわすアキト。

だが、アキトは疲労の為か、いつもの様な判断力を失っていた。

 

「なに!」

 

アキトが叫ぶ。

敵は、アキトの脇を抜け、その後ろにいた元一朗とルリに襲いかかったのだ。

ギン!

辛うじて敵の凶刃を受け止める元一朗。

だが、次の瞬間。

 

「グフッ!!」

 

「キャア!!」

 

強烈な前蹴りを喰らい、元一朗がルリを巻き込みながら後ろに吹き飛ばされる。

 

「おのれ!!」

 

横から強烈な斬撃を打ち込む九十九。

だが、それすらもかわされた。

 

「グッ!」

 

九十九は強い衝撃を足に受け、倒れ込む。

敵が、強烈な下段蹴りを九十九にいれたのだ。

刹那、身を翻し再び疾走する敵。

その先には、ユリカとミナト。

とっさにマシンガンを撃つゴート。

だが、当たらない。

ユリカとミナトは、共に動けない。

 

「させん!」

 

コウイチロウが、2人を庇うように立つ。

敵は、無言のまま刃を振り下ろす。

誰もがコウイチロウが斬られると思った瞬間。

漢は、口元に笑みを浮かべていた。

 

「お父様!!」

 

ユリカの歓喜の叫び。

コウイチロウは、敵の凶刃を両の掌で挟み込んでいた。

白刃取り。

 

「フフフ・・・甘いわ!」

 

コウイチロウの全身の筋肉が盛り上がる。

鍛え抜かれた漢の肉体は、伊達ではなかった。

徐々に、敵を押し返していく。

 

「・・・この・・・漢、ミスマル・コウイチロウ・・・・・・まだまだ若い者には負けん!!」

 

そう叫びながら敵をはじき飛ばすコウイチロウ。

だが、敵はすぐに体制を整え、再び獲物に向かい疾走を始める。

狙いは、ルリ。

だが、アキトがそれを許すはずがなかった。

敵とルリの間に立ちはだかる。

アキトの存在に足を止める敵。

 

「大した腕だ」

 

敵は、動かない。

アキトの雰囲気が違うことに気付いたのだろうか。

九十九と元一朗もすでに起きあがっている。

2人とも超一流の戦士。

油断さえしなければ、先程のような事にはならない。

 

「お前、強化しているな」

 

アキトが言う。

強化。

それは、様々な薬物によって人体を強化、殺戮兵器を作り出すことである。

常人の数倍の能力。

そして、薬物とマインドコントロールにより、感情を持ち合わせない人間。

当然、そういった人間は主に兵士などに使用された。

彼らは主に『人形』と呼ばれていた。

だが、それも西暦2080年に国際条約で禁止されたのだ。

もっとも、非合法な裏の世界ではそんなものは関係ないが。

 

「・・・『人形』と戦うのは初めてだな」

 

歴史にも精通しているアキトは、そう口にする。

その言葉に、露骨に顔色を変えるコウイチロウ。

 

「お父様?」

 

ユリカが心配そうにコウイチロウを見る。

だが、コウイチロウは青い顔をしてかすかに震えている。

 

「・・・『人形』だと?・・・まさか・・・」

 

コウイチロウだけがアキトの言葉の意味を、正確に理解できた。

余談だが、コウイチロウは若い頃、『人形』と戦ったことがあった。

コウイチロウの妻を巻き込んだ爆弾テロ。

そのテロを行ったテロリスト達の秘密兵器が、まさに『人形』であった。

妻の敵討ちと意気込んだコウイチロウだったが・・・。

コウイチロウの指揮していた歩兵大隊が、わずか十体の人形のために、死傷795名という悲惨な状態に陥ったのだ。

結局全ての人形を破壊することにより、その戦いは幕を閉じた。

その際コウイチロウも、自らの手で一体の人形を始末している。

後にコウイチロウはその戦いを振り返り、『あの時ほど、死を身近に感じたことはない』と語っている。

話を、戻す。

顔色を変えたコウイチロウを視界の端におさめつつも、ゆっくりと敵に近付いていくアキト。

 

(相手が人で無いのなら・・・俺も人を捨てるまでだ)

 

アキトの心に、闇が広がっていく。

師の言葉を頭の中に反芻する。

アキトの心の闇を見抜き、その闇との共存をアキトに示唆した、古代火星で出逢った漢。

闇を、支配せよ。

アキトの心を闇が覆い尽くす。

それはアキトを、人から獣に変える。

 

「・・・九十九、借りるぞ・・・」

 

九十九から抜き身の日本刀を引ったくるアキト。

 

「死ね」

 

アキトが動く。

瞬時に敵との間合いを詰め、袈裟切りに敵を斬りつける。

アキト必殺の一撃。

だが、それを簡単に避ける敵。

アキトの動きも、疲労のせいか精彩を欠く。

再び、間合いを取る。

 

「その身なり・・・北辰の手のものだな」

 

「いかにも、我が手の者よ」

 

アキトの言葉に答えたのは、新たに影から出てきた男。

北辰。

 

「・・・北辰か、最近よく会うな」

 

アキトの言葉に、九十九と元一朗が油断なく構える。

だが、2人は北辰の気配に圧されていた。

 

「あれが北辰」

 

冷や汗を流す元一朗。

 

「なるほど・・・あの気配は危険だ」

 

「九十九にもわかるか・・・あんなのがアキトの敵とはな」

 

「むう、ただ者ではないな」

 

九十九と元一朗、そしてコウイチロウは、すぐにルリやミナト、ユリカを護るように位置を変える。

ゴートもマシンガンを構える。

そのまま、誰1人として口を開かない。

アキトも、北辰も、そして編み笠の敵も、皆黙っていた。

しばしの沈黙の後。

北辰が、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「お届け物だ・・・テンカワアキト」

 

北辰のその声を聞いた敵が動く。

死の刀が、アキトの前髪を数本切り飛ばす。

恐ろしい腕である。

敵の攻撃をかわしたアキトが、抜き身の日本刀を下から跳ね上げる。

それが敵の編み笠を切り飛ばす。

そこに隙が出来るはずだった。

だが、実際に隙が出来たのはアキトの方だった。

その隙を敵は逃さない。

ジャキン!

硬質な物を切断する音が辺りに響き、アキトの義手が切り飛ばされた。

 

「アキトさん!」

 

ルリが叫ぶ。

だが、アキトはルリの声に反応しない。

驚愕の表情を浮かべ、敵を見つめていた。

 

「くっくっくっ、どうしたテンカワアキト。お前の望んだ者を連れてきてやったぞ」

 

北辰の言葉を受け、ルリ達は敵に目を向けた。

そこにいたのは女性。

流れるような黒髪をした美しい女性。

かつて、アキトが愛した女性。

 

「ア・・・アヤカ・・・」

 

呆然と呟くアキト。

アヤカはアキトを見つめている。

だがそれは、アキトの知っている美しい光りを宿す瞳ではなく・・・。

人形のような、虚ろな瞳だった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話、いかがでしたでしょうか。

白鳥九十九、死にませんでした。

良かったです。

そして、ついに登場してきました。

アヤカ。

しかも、アキトの敵として。

アキトはアヤカを助けることが出来るのでしょうか。

さて、今回のお話で感想等ありましたら、是非ともお送りください。

お願い致します。

それでは、また次回お会いしましょう。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

今回は妙に長かった・・・
読み終えた後の感想です。

愛するもの(愛したもの?)との対面、対決。

アキトの決断や如何に!?

さて、良いところで引っ張るささばりさんにメールを出すんだ!(爆)


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