妖精の守護者 第32話
ほんの少しだけグラスを眺めていたコウイチロウが、アキトに目を向ける。
「さてアキト君・・・何に乾杯しようか?」
「・・・そんなことは決まっていますよ・・・」
そう言ってグラスを手に取るアキト。
それを見たコウイチロウも、黙って頷きグラスを手に取る。
そしてお互い笑顔を浮かべ・・・。
「「・・・愛しい娘達に・・・」」
そう言って、2人は静かにグラスをあわせた。
妖精の守護者
第32話「殺戮人形」
BY ささばり
ナデシコ食堂。
昼食には少し早い時間なのか、辺りには少ししか人がいない。
そこに、アキトが入ってくる。
それを見たホウメイが、仕事の手を休めて声をかける。
「おやテンカワ、今日は1人かい?」
アキトは普段、ルリやルリカ、ラピスなどを連れ立って食堂に来る。
最近ではユキナを連れてくることもある。
「俺が1人なのはそんなにおかしいか?」
そう言って微笑むアキト。
その微笑みを見て、同じように笑みを浮かべるホウメイ。
「そんなことはないよ。ただ、いつも監視役をしているルリや娘達は、今日は一緒じゃないようだね」
監視。
ホウメイが何故そんな表現をしたのかというと、ナデシコ食堂のアイドル、ホウメイガールズ達の存在があるからである。
今現在も、ホウメイはアキトと自分に集中する視線を感じていた。
「まったくあの娘達は・・・アンタが食堂に来ると、途端に仕事をしなくなるんだよ」
そう言って少しだけアキトを恨めしそうに睨むホウメイ。
そんなホウメイにニヤリと笑いながらも何も言わないアキト。
その時、入り口からミナトが入ってくる。
「おや・・・彼女、もう具合はいいのかい?」
「・・・だろうな・・・」
そう言いながらミナトに軽く手を振るアキト。
それに気付き、アキトの方に歩いてくるミナト。
「さて、そろそろ仕事に戻らないと」
ホウメイはそう言うと、ミナトと一言二言はなしてから急いで厨房に戻っていった。
「ここ、良いかしら?」
「ああ、いい女との相席を断るつもりはない」
「あら、ありがと」
そう言ってアキトの向かいに座るミナト。
しばらく2人とも、無言で向かい合っている。
ルリが見ていたら、平静ではいられないような雰囲気が漂っている。
ややあって、アキトが口を開く。
「傷の具合はどうだ?」
その言葉に微笑みながら応えるミナト。
「うん・・・もう痛まないし平気よ。傷も残らないって言ってたし」
「そうか・・・良かったな」
優しい眼差しで言うアキト。
そんなアキトにフフッと笑うミナト。
「やっぱりアキト君って優しいわね」
その言葉に、何かを考える風なアキト。
「そうか?あまり自分ではわからないがな」
「優しいよ・・・あの後だってユキナちゃんと一緒に来たでしょ」
「あいつは妹みたいなものだしな。お前には感謝してるよ」
そう言って微笑むアキト。
「フフッ、ルリルリが好きになるのもわかるな」
そのミナトの一言に、急に笑顔を消すアキト。
ミナトは、そんなアキトの変化に気付く。
「ねえアキト君・・・ルリルリの事どう思う?もちろん1人の女性として」
笑いながら言っているが、その目は真剣なミナト。
その眼差しを正面から受け止めるアキトの金色の瞳。
「愛してる」
サラッと言ってのけるアキト。
「ず、ずいぶんハッキリ言うわね」
アキトが何の躊躇もなく言うので、呆気にとられてしまったミナト。
「・・・別に隠すようなことじゃないしな。確かに昔はただの妹として見ていた時もある。だが今は確かに1人の女性として愛している」
「じゃあさ、アヤカって娘のことは?」
その言葉にビクッとなるアキト。
ほんの一瞬、アキトの顔に緑の光りが走るのを見逃さないミナト。
「・・・愛してたよ・・・」
「ルリルリとどっちを選ぶの?」
真剣な顔をするミナト。
同じく真剣な顔のアキト。
「アヤカとの事は昔のことだ」
アキトの瞳を見つめているミナト。
まるでアキトの嘘を見逃すまいとしているかのように。
「・・・嘘はついていない」
「え!」
驚くミナト。
アキトに見透かされた。
「安心しろ、偽りはない」
「そう・・・なら良いけど」
そう言って一息つくミナト。
少し表情を和らげる。
「信じるからね」
「・・・ああ・・・」
ミナトから目をそらすアキト。
(嘘はついてない・・・嘘は・・・)
その時、アキトの背後から忍び寄る影があった。
白鳥ユキナ。
目隠しでもするつもりなのだろう。
だが。
「ユキナ・・・お前じゃなかったら殺してるぞ」
全く後ろを見ずに言うアキト。
「な、な〜んだ、気付いてたの。アキトったらお茶目なんだから」
そう言いながらアキトの横に座るユキナ。
ついでにアキトの頭を指でツンとつつく。
そんなユキナにアキトが言葉を返す。
「いつまで経ってもかわらないな・・・もう少し大人になっているかと思ったが・・・」
正面を見ながらそう言うアキトの耳を引っ張るユキナ。
「アキト、人と話すときはちゃんと相手の目を見る!それに子供なのはアンタよ!!全くお兄ちゃんもアキトも変なトコで子供なんだから!」
そんなやりとりを見ながら笑いを堪えているミナト。
「あっ!あたし注文してくるね」
そう言って席を立つユキナ。
ホウメイのもとに行って注文をしている。
「いつまで笑っている、ミナト」
「ププッ・・・だって・・・アキト君に子供だなんて言えるのユキナちゃんだけなんだもの」
その言葉に、目でユキナの後ろ姿を追うアキト。
優しい眼差し。
「あいつは昔の復讐鬼だった時の俺にも普通に接してくれたんだ。周りの奴らは俺が地球人だからって蔑んでいた。だが、あいつは俺をそんな風には見なかった。感謝してるよ・・・」
アキトは本心からそう思っていた。
木連にいたとき、まだ小学生だったユキナが自分を護ってくれていた。
毎晩悪夢に魘され、常に闇を纏っていた自分を、ユキナは見捨てずにいてくれた。
ユキナを見つめているアキトは、優しい笑顔だった。
「ふ〜ん、やっぱり良い子ね」
「ああ、それに何となく頭が上がらないんだ・・・」
苦笑いするアキト。
恐らくアキトにそんな風に言わせられるのは、この世でユキナだけであろう。
「それだけ大切に想ってるって事でしょ?」
「そうだな・・・大切な妹」
「なになに、何話してたの?」
戻ってきたユキナが会話に割り込む。
いきなりの事だったので驚くミナト。
だが、気付いていたアキトは平然としている。
「ねえ、何の話?」
そう言ったユキナを見つめるアキト。
真剣な眼差し。
その裏に隠れた企みにユキナは気付けない。
アキトの金色の瞳に見つめられて、目を離せなくなるユキナ。
「別に・・・ただお前を愛してるって言ってたのさ」
「え!・・・だ、だめだよアキト。で、でももしかしたらあたしがあまりにも可愛いから・・・」
顔を真っ赤にしながら、身悶えしているユキナ。
それを見てククッと笑うアキト。
「ばか・・・冗談だ」
「は?・・・あー、ひっどいアキト!あたしの純真な心をもてあそんだのね!うわ〜ん!!」
そう言って顔に手をあてて泣くユキナ。
その横からほっぺたをつまむアキト。
「嘘泣きはやめろ」
「あは、ばれた?」
そう言ってペロッと舌を出すユキナ。
そのやり取りを見て、またしても笑っているミナト。
目の端に涙まで浮かべながら。
「ぷぷ・・・だ、だめ・・・可笑しすぎる・・・・・・やっぱり良いわ、アキト君とユキナちゃん・・・」
もはや何も言えないアキトだった。
格納庫。
木連に向かう途中、2機のゲキガンタイプに迎えられたナデシコ。
「木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体、突撃宇宙軍優人部隊少佐、白鳥九十九」
「同じく少佐、月臣元一朗」
「「到着いたしました」」
その2人を歓迎するナデシコクルー。
ついでに地球連合の代表としてミスマル・コウイチロウもいる。
「お久しぶりです、白鳥さん。それと、初めまして、月臣さん」
そう言ってニッコリ笑うユリカ。
「よろしく頼むよ」
握手をするコウイチロウと九十九。
辺りをうかがう元一朗。
九十九は敵に甘いところが多々、見受けられる。
だからこそ周りに気を配る元一朗。
「和平交渉の代表団は7日後到着の予定です。我々は一足先に来てその事を伝えに来ました。これが、正式な書状になります」
「そうか・・・ご苦労でしたな」
コウイチロウがそう言ったとき、格納庫にユキナが入ってくる。
その後ろから歩いてくるイツキ。
そしてミナト。
「お兄ちゃん!」
そう言って九十九に飛びつくユキナ。
それをしっかりと受け止める九十九。
「元気だったか?」
「うん!」
元気に返事をするとゆっくりと離れるユキナ。
イツキも九十九と元一朗の前に来る。
そこで、敬礼をする。
九十九と元一朗も、挙手の答礼をする。
「すまない、カザマ君。妹が迷惑をかけた」
「いえ・・・。それより月臣少佐までお見えになるとは」
「ああ・・・こいつ1人では心配なんでね。それに、アキトに会うのも久しぶりだからな・・・」
元一朗がそう言ったとき、ちょうど格納庫に入ってくるアキト。
黒い戦闘服を纏うアキト。
雪のように白い髪が、格納庫の照明を受けて輝いている。
「ア・・・アキトか?」
そう言ってアキトに目を向ける元一朗。
微笑みながらその視線を受け止めるアキト。
「久しぶりだな、元一朗」
「あ、ああ・・・・・・・・・・・・しかし、変わったな」
「そんなに変わったか?俺はそうは思わないんだが」
アキトはそう言って少しおどけてみせる。
それを見て少し笑う元一朗。
「外見も変わったが、中身は相当だな・・・まあ良いことだと思うがね」
「そうか・・・まあそれは良いとして・・・元一朗、面白い物が見られるぞ」
そう言って視線を九十九とミナトに向けるアキト。
つられて見る元一朗。
そこには見つめ合ったまま動かない九十九とミナトの姿があった。
真っ赤になっている九十九。
確かにいつもの凛とした彼ではない。
「・・・確かに・・・これは滅多に見られないな・・・」
やや呆れながら言う元一朗。
九十九とミナト、2人はしばらくそのまま見つめ合っていた。
翌日。
先程までナデシコ食堂で、ささやかながら歓迎会が開かれていた。
今ではそれもお開きとなり、アキトの部屋に九十九、元一朗、ミナトがいる。
備え付けの家具以外ないアキトの部屋は、何となく肌寒く感じた。
「なんとお礼を言えばいいのか・・・ユキナの命を救ってくれてありがとうございます!」
いきなり土下座してミナトに頭を下げる九十九。
「そ、そんな・・・いいのよお礼なんて」
そこまで礼を言われると逆に困ってしまうミナト。
「いえ、あなたは妹の命の恩人です。いずれ改めてお礼を・・・」
「だからお礼なんて・・・」
困ったようにアキトを見るミナト。
笑いを押し殺していたアキトが言い放つ。
「九十九、その辺にしておけ。ミナトも困っているぞ」
「しかし、アキト・・・」
「いずれ礼をすればいい。こんな所で土下座されても迷惑なだけだぞ」
その言葉にゆっくりと立ち上がる九十九。
「そうなのか?」
「ああ・・・それに地球では礼は身体で払うと決まっている」
「「な、なに!」」
アキトの言葉に九十九と元一朗が驚きの声を上げる。
その反応に笑いを抑えきれないアキト。
「ククッ、冗談だ・・・期待させたか?」
その言葉に赤くなる2人。
「あれま・・・真っ赤」
さすがに呆れるミナト。
いち早く立ち直った元一朗がアキトに怒鳴る。
「貴様ー、よくも嘘をついたな!」
「そう怒るなよ元一朗。これは地球式の挨拶なんだ」
「嘘付け!」
その時コミュニケが作動してウィンドウに表示される。
そこにはルリが映っていた。
『アキトさん、ブリッジに来てください。今、木連の草壁中将って方から通信がありました。それで今から和平会見をするって』
ルリの言葉を聞いて訝しく思う九十九と元一朗。
「それはおかしい・・・まだ我々が到着してから1日しか経ってない。予定は7日後だぞ。どう思う九十九?」
「さあ?・・・だが、草壁閣下が来るなどとは聞いていないな」
「・・・とりあえずブリッジに行くか。ここじゃあ状況がわかりづらい」
そう言って部屋を出ていくアキト。
九十九達も後に続く。
アキトは歩きながら考えていた。
九十九と元一朗は嘘をついていない。
それに木連軍の正式な予定なら、急に日程が早まるという事はない。
ならば・・・。
和平成立に反対する者が何かを画策しているのだろうか。
アキトは歩きながら知らず知らずのうちに、自分の左腕を握りしめていた。
その顔には歓喜の表情。
「来たか・・・火星の後継者」
地球側和平会談メンバー。
戦艦ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ。
地球連合宇宙軍和平会見団代表、ミスマル・コウイチロウ中将。
シャトル操舵士、ハルカ・ミナト。
情報収集・管理、ホシノ・ルリ。
護衛、ゴート・ホーリー。
護衛機ブラックサレナ・パイロット、テンカワ・アキト。
今このメンバーが木連の戦艦の中にいる。
ミナトとルリについては無理についてきたと言った方が良い。
ナデシコの方はラピスとルリカががんばっている。
正面にいるのは草壁春樹中将。
畳張りの部屋で皆正座している。
木連将校達の横には日本刀がおいてある。
白鳥九十九、月臣元一朗は地球側に座っている。
護衛と言う理由である。
「茶菓子はいつ出てくるのかな?」
「ア、アキトさん!」
のんびり言ったアキトをいさめるルリ。
「いや、いっぱい用意してあるようだし」
何となく普段より明るいアキト。
「え、どうしてわかるんですか?・・・」
その問いには、答えないアキト。
「それでは、目を通して貰いたい」
草壁の言葉と共に皆一斉に用意された文書を開く。
アキトは興味がないのか、文書を開こうとはしない。
あるいは、書かれている内容に薄々気付いていたのかも知れない。
「な・・・何なんですかこれは!」
ユリカが驚きの声を上げる。
何とか怒りを抑えるコウイチロウ。
「和平のために作成した物だが?」
白々しい草壁。
「そうでしょうか?地球圏の武装放棄、各国憲法や議会の停止、財閥の解体、政治理念の転換・・・地球を植民地にするつもりですか?」
冷静にルリが発言する。
「そう見えるのかね?それは君が子供だからじゃないのかな」
ルリを見下したような草壁の視線。
「確かに私は子供です。ですがそれでもわかることはあります」
「その通り・・・貴殿は本気で和平を望んでおるのか?」
コウイチロウが静かに問う。
だが、草壁は笑みを浮かべたまま答えない。
九十九も、黙ってはいられなかった。
「この文書の撤回をお願いします!この席は和平会談のはずです。その席でこのような文書を出すなどとは・・・閣下は何を考えているのです!」
「木連の安泰」
呟く草壁。
「なら文書の撤回を!!これは木連にとっても・・・」
「だまされるな、白鳥少佐!」
九十九をたったの一言で黙らせる草壁。
その雰囲気は、中将という階級に相応しいものだった。
威厳が、草壁の身体からみなぎっていた。
それに対抗できるのはコウイチロウだけだろうか。
「地球など悪なのだ!なぜ正義の我らが悪の帝国と和平をしなければならない!」
「閣下、それではなぜこのような席を?この軽挙妄動がご自分の首を絞めると言うことに、何故気付かないのです?」
落ち着いている元一朗。
冷静な元一朗の視線が草壁を射抜く。
元一朗は気付いていた。
伏兵の存在に。
アキトは今回の和平会見の陰謀に気付いていた。
そして、その事を元一朗にだけは知らせておいた。
九十九は顔に出る。
だからある意味アキトに近い、闇を纏える元一朗に話したのだ。
先ほどのアキトの言葉。
事前に元一朗と打ち合わせておいた言葉。
茶菓子・・・伏兵のことである。
「地球と我らが並ぶことはありえん。地球は我らに支配されるのがふさわしいのだ。そしてそれを教えるために!」
「閣下!」
「黙れ、悪の帝国のスパイが!」
草壁がそう叫んだとき、その横に座っていた男が銃を抜く。
銃口の先は・・・白鳥九十九。
「動くな!・・・白鳥少佐、実に残念だ。君ほどの男を殺さなくてはならないとはね」
「な・・・閣下、なぜ」
自らの尊敬する上官、草壁に殺すと言われて九十九は動揺していた。
草壁は、真剣な眼差しで九十九を見つめる。
「木連のためだ。君の死は地球側の陰謀として本国に発表される」
「そんな!」
ミナトの叫び。
それが、引き金となった。
「白鳥少佐、木連のために死ね!」
次の瞬間、部屋に銃声が響いた。
「ば、化け物・・・」
発砲した男が呆然と呟く。
そこには、左腕を九十九の胸の前に出しているアキトがいた。
表皮の破れたアキトの義手。
機械的な部分が見える。
アキトは、義手で銃弾を受け止めたのだ。
それはまさに、神業としか言いようがない。
「草壁・・・無駄だよ。俺の前で九十九を殺せると思うな」
「・・・貴様、何者だ・・・」
「テンカワ・アキト・・・・・・・・・・・・お前ら火星の後継者を狩る者だ」
ニヤリと笑うアキト。
草壁は、背筋に何か冷たいものが流れるのを感じた。
アキトがすでに、自分たちの正体に気付いていることを悟った草壁。
「・・・ほう、いつ気付いた」
草壁の雰囲気が変わっていく。
ゆっくりと、殺気を放つ。
まるでアキトを威圧するかのように。
「この艦に乗る前から」
「なるほど・・・北辰が警戒するのもうなずける」
「やはりユキナの暗殺も・・・」
草壁の殺気を全く気にしていないアキト。
彼を恐れさせられる存在など、この世に存在しないのかも知れない。
アキトの言葉に頷く草壁。
「そうだ、私が指示した」
「な!」
九十九が驚きの声を上げる。
「全ては人類の未来のため、新たなる秩序のため!」
草壁の言葉に鼻で笑うアキト。
「偉そうに言うな・・・お前の未来のためだろ」
ゆっくりと立ち上がるアキト。
「そうだ・・・それがいずれは人類の未来の為になる!」
その言葉に、再び引き金を引こうとする男。
「させん!」
一瞬早く元一朗が日本刀を抜き、男の腕を切り飛ばす。
辺りに絶叫が響く。
「月臣!」
「閣下、いや火星の後継者!おとなしくしろ!」
「フフ、この艦に乗っている兵達は全て火星の後継者の兵達だ。おとなしくするのはお前達だ」
草壁の言葉と共に襖を開けて兵士達が入ってくる。
すぐに銃を構えてアキト達を囲む。
「これからは木連でも地球でもない。火星の後継者が全てを支配するのだ」
「・・・なるほどね・・・」
アキトの雰囲気が変わる。
草壁もその事に気付く。
「・・・1人で何が出来る・・・テンカワアキト」
その言葉を聞いてニヤリと笑うアキト。
一歩踏みだし、ルリ達に見られないように・・・。
「たったこれだけで何ができる、火星の後継者」
「なに!」
次の瞬間アキトが動いた。
その動きは誰にも見えなかった。
いや、草壁には辛うじて見えた。
何とかアキトの一撃をかわす。
かわされたアキトは、そのまま敵兵に襲いかかった。
同時に、九十九と元一朗も動いていた。
アキトの師と言っても過言ではない九十九と元一朗。
アキトの動きに対応して瞬時に動く。
一瞬にして崩れる包囲。
「テンカワ!」
敵から奪ったマシンガンを撃つゴート。
次々と敵を倒していくアキト。
日本刀を抜いて敵を切り捨てていく九十九と元一朗。
ユリカ達を庇うように立つコウイチロウ。
まれに近付いてくる敵も、漢の剛拳の前に無惨に散る。
次々と敵兵は倒れていく。
狭い部屋のなか、これだけの混戦の中で銃を撃つわけにもいかず、敵兵は日本刀を抜きアキト達と戦っていた。
ゴートもすでにナイフ・ファイティングに切り替えている。
「ふむ・・・ここは引くか」
そう言って逃げる草壁。
「草壁が逃げる!」
元一朗が言うがすぐに部屋のあらゆる出口に鉄の扉でふさがれる。
ドンドンとそれを叩く元一朗。
「・・・逃げたか・・・」
敵の首をへし折りながらアキトが呟く。
その敵が、最後であったようだ。
「アキトさん・・・」
心配そうにルリがよってくる。
そっとアキトの義手に触れる。
「平気だ・・・それは義手だからな」
「・・・でも・・・」
心配そうにアキトを見つめるルリ。
その頭にぽんと右手を乗せる。
「ありがとう、ルリちゃん」
「い、いえ!」
真っ赤になるルリ。
「アキト、閉じこめられたようだ」
鉄の扉を調べていた元一朗が言う。
その言葉を聞いても焦らないアキト。
九十九から日本刀を受け取り、納刀したままのそれを腰に構え、ゆっくりと腰を落とす。
そして、目を閉じた。
「アキトの奴、やるつもりか?」
「・・・ああ、出るぞ・・・老師ですら恐れたアキトの剣・・・」
ルリも見つめる。
刹那、音もせずに切り裂かれ、背後に倒れる鉄の扉。
アキトが抜いたことに気付いたのは、元一朗と九十九だけだった。
「相変わらず見事だ・・・いや、さらに腕が上がったな」
「これなら老師も認めてくれるのではないか?」
そう言ってアキトに近付く元一朗と九十九。
ゆっくりと刀を鞘に収めるアキト。
「あんなジジイに興味はない。自分より弱い人間に認めてもらう必要はないだろ」
アキトの言葉。
それは過信ではない。
誰も反論できない事実。
絶対的な実力を持った者だけが口に出来る真理。
「さて、さっさと行くぞ」
そう言って先ほど倒した敵から銃を抜き取るアキト。
残弾数を確認すると、部屋から出る。
その動きは、もはや人ではなかった。
ドンドン!
待ちかまえていた敵を簡単に撃ち抜く。
「よし、行くぞ」
そう言ってアキトの後に続く元一朗。
敵にとってはアキトは驚異だった。
アキトにとっては壁も、天井すらも床と同じでしかない。
その四方を踏み台にして、あらゆる位置から敵に襲いかかった。
血煙を上げ、敵が倒れる。
「こいつ、化け物か!!」
敵兵は、アキトの動きが早すぎて的を絞れない。
闇雲に撃ち出される銃弾が、跳弾となり辺りを飛び交う。
だが、それすらもアキトにはあたらない。
運すらもアキトに味方していたのだ。
銃弾が無くなると、素手で敵を攻撃し始めるアキト。
ルリ達は、そんな死体の中を歩いていた。
先の通路では、アキトが殺戮を繰り返している。
「ば、化け物だ!俺はこんなのと戦うのはごめんだ!」
当然、逃げようとする者もいる。
だが、アキトは逃がさない。
背後から、その首筋をナイフで薙ぐアキト。
吹き出す鮮血、そしてその瞬間のアキトの恍惚とした表情。
その表情を見た敵は皆、戦意を無くした。
後は、哀れな人間どもをアキトが殺すだけだった。
しばらくして気付くと、辺りに敵はいなくなっていた。
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
獣のように荒い息を吐くアキト。
さすがの彼も、疲労は隠せない。
そこに、九十九達が追いついてくる。
「アキトさん!」
ルリの怒鳴り声に、アキトがそちらを向く。
アキトは何とか呼吸を整える。
「ルリちゃん怪我はない?」
「アキトさん!危ない事しないでください!アキトさんにもしもの事があったら・・・私・・・私!」
そう言ってアキトに抱き付くルリ。
それを右腕でそっと抱きしめるアキト。
「ごめんルリちゃん。俺は・・・!」
刹那、強烈な殺気がアキトに叩き付けられた。
アキトに、凶刃が襲いかかる。
瞬時にルリを突き飛ばすと、かわそうとアキトも動く。
一瞬遅れて、アキト達のいた空間を薙ぐ一条の光り。
アキトは相手と距離を取る。
そこには、抜き身の日本刀を構えている人物が立っていた。
編み笠をかぶる、黒衣の人物。
「・・・やるな・・・」
アキトが声をかける。
だが、相手はそれには答えない。
黙って刃を構える。
刹那、圧倒的なスピードでアキトに迫る敵。
白刃が閃く。
それを、僅かにかわすアキト。
だが、アキトは疲労の為か、いつもの様な判断力を失っていた。
「なに!」
アキトが叫ぶ。
敵は、アキトの脇を抜け、その後ろにいた元一朗とルリに襲いかかったのだ。
ギン!
辛うじて敵の凶刃を受け止める元一朗。
だが、次の瞬間。
「グフッ!!」
「キャア!!」
強烈な前蹴りを喰らい、元一朗がルリを巻き込みながら後ろに吹き飛ばされる。
「おのれ!!」
横から強烈な斬撃を打ち込む九十九。
だが、それすらもかわされた。
「グッ!」
九十九は強い衝撃を足に受け、倒れ込む。
敵が、強烈な下段蹴りを九十九にいれたのだ。
刹那、身を翻し再び疾走する敵。
その先には、ユリカとミナト。
とっさにマシンガンを撃つゴート。
だが、当たらない。
ユリカとミナトは、共に動けない。
「させん!」
コウイチロウが、2人を庇うように立つ。
敵は、無言のまま刃を振り下ろす。
誰もがコウイチロウが斬られると思った瞬間。
漢は、口元に笑みを浮かべていた。
「お父様!!」
ユリカの歓喜の叫び。
コウイチロウは、敵の凶刃を両の掌で挟み込んでいた。
白刃取り。
「フフフ・・・甘いわ!」
コウイチロウの全身の筋肉が盛り上がる。
鍛え抜かれた漢の肉体は、伊達ではなかった。
徐々に、敵を押し返していく。
「・・・この・・・漢、ミスマル・コウイチロウ・・・・・・まだまだ若い者には負けん!!」
そう叫びながら敵をはじき飛ばすコウイチロウ。
だが、敵はすぐに体制を整え、再び獲物に向かい疾走を始める。
狙いは、ルリ。
だが、アキトがそれを許すはずがなかった。
敵とルリの間に立ちはだかる。
アキトの存在に足を止める敵。
「大した腕だ」
敵は、動かない。
アキトの雰囲気が違うことに気付いたのだろうか。
九十九と元一朗もすでに起きあがっている。
2人とも超一流の戦士。
油断さえしなければ、先程のような事にはならない。
「お前、強化しているな」
アキトが言う。
強化。
それは、様々な薬物によって人体を強化、殺戮兵器を作り出すことである。
常人の数倍の能力。
そして、薬物とマインドコントロールにより、感情を持ち合わせない人間。
当然、そういった人間は主に兵士などに使用された。
彼らは主に『人形』と呼ばれていた。
だが、それも西暦2080年に国際条約で禁止されたのだ。
もっとも、非合法な裏の世界ではそんなものは関係ないが。
「・・・『人形』と戦うのは初めてだな」
歴史にも精通しているアキトは、そう口にする。
その言葉に、露骨に顔色を変えるコウイチロウ。
「お父様?」
ユリカが心配そうにコウイチロウを見る。
だが、コウイチロウは青い顔をしてかすかに震えている。
「・・・『人形』だと?・・・まさか・・・」
コウイチロウだけがアキトの言葉の意味を、正確に理解できた。
余談だが、コウイチロウは若い頃、『人形』と戦ったことがあった。
コウイチロウの妻を巻き込んだ爆弾テロ。
そのテロを行ったテロリスト達の秘密兵器が、まさに『人形』であった。
妻の敵討ちと意気込んだコウイチロウだったが・・・。
コウイチロウの指揮していた歩兵大隊が、わずか十体の人形のために、死傷795名という悲惨な状態に陥ったのだ。
結局全ての人形を破壊することにより、その戦いは幕を閉じた。
その際コウイチロウも、自らの手で一体の人形を始末している。
後にコウイチロウはその戦いを振り返り、『あの時ほど、死を身近に感じたことはない』と語っている。
話を、戻す。
顔色を変えたコウイチロウを視界の端におさめつつも、ゆっくりと敵に近付いていくアキト。
(相手が人で無いのなら・・・俺も人を捨てるまでだ)
アキトの心に、闇が広がっていく。
師の言葉を頭の中に反芻する。
アキトの心の闇を見抜き、その闇との共存をアキトに示唆した、古代火星で出逢った漢。
闇を、支配せよ。
アキトの心を闇が覆い尽くす。
それはアキトを、人から獣に変える。
「・・・九十九、借りるぞ・・・」
九十九から抜き身の日本刀を引ったくるアキト。
「死ね」
アキトが動く。
瞬時に敵との間合いを詰め、袈裟切りに敵を斬りつける。
アキト必殺の一撃。
だが、それを簡単に避ける敵。
アキトの動きも、疲労のせいか精彩を欠く。
再び、間合いを取る。
「その身なり・・・北辰の手のものだな」
「いかにも、我が手の者よ」
アキトの言葉に答えたのは、新たに影から出てきた男。
北辰。
「・・・北辰か、最近よく会うな」
アキトの言葉に、九十九と元一朗が油断なく構える。
だが、2人は北辰の気配に圧されていた。
「あれが北辰」
冷や汗を流す元一朗。
「なるほど・・・あの気配は危険だ」
「九十九にもわかるか・・・あんなのがアキトの敵とはな」
「むう、ただ者ではないな」
九十九と元一朗、そしてコウイチロウは、すぐにルリやミナト、ユリカを護るように位置を変える。
ゴートもマシンガンを構える。
そのまま、誰1人として口を開かない。
アキトも、北辰も、そして編み笠の敵も、皆黙っていた。
しばしの沈黙の後。
北辰が、笑みを浮かべながら口を開いた。
「お届け物だ・・・テンカワアキト」
北辰のその声を聞いた敵が動く。
死の刀が、アキトの前髪を数本切り飛ばす。
恐ろしい腕である。
敵の攻撃をかわしたアキトが、抜き身の日本刀を下から跳ね上げる。
それが敵の編み笠を切り飛ばす。
そこに隙が出来るはずだった。
だが、実際に隙が出来たのはアキトの方だった。
その隙を敵は逃さない。
ジャキン!
硬質な物を切断する音が辺りに響き、アキトの義手が切り飛ばされた。
「アキトさん!」
ルリが叫ぶ。
だが、アキトはルリの声に反応しない。
驚愕の表情を浮かべ、敵を見つめていた。
「くっくっくっ、どうしたテンカワアキト。お前の望んだ者を連れてきてやったぞ」
北辰の言葉を受け、ルリ達は敵に目を向けた。
そこにいたのは女性。
流れるような黒髪をした美しい女性。
かつて、アキトが愛した女性。
「ア・・・アヤカ・・・」
呆然と呟くアキト。
アヤカはアキトを見つめている。
だがそれは、アキトの知っている美しい光りを宿す瞳ではなく・・・。
人形のような、虚ろな瞳だった。
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
今回のお話、いかがでしたでしょうか。
白鳥九十九、死にませんでした。
良かったです。
そして、ついに登場してきました。
アヤカ。
しかも、アキトの敵として。
アキトはアヤカを助けることが出来るのでしょうか。
さて、今回のお話で感想等ありましたら、是非ともお送りください。
お願い致します。
それでは、また次回お会いしましょう。
艦長からのあれこれ
はい、艦長です。
今回は妙に長かった・・・
読み終えた後の感想です。
愛するもの(愛したもの?)との対面、対決。
アキトの決断や如何に!?
さて、良いところで引っ張るささばりさんにメールを出すんだ!(爆)