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妖精の守護者  第33話

 

 

 

 

 

敵の攻撃をかわしたアキトが、抜き身の日本刀を下から跳ね上げる。

それが敵の編み笠を切り飛ばす。

そこに隙が出来るはずだった。

だが、実際に隙が出来たのはアキトの方だった。

その隙を敵は逃さない。

ジャキン!

アキトの義手が切り飛ばされる。

 

「アキトさん!」

 

ルリが叫ぶ。

だが、アキトはルリの声に反応しない。

驚愕の表情を浮かべ、敵を見つめていた。

 

「くっくっくっ、どうしたテンカワアキト。お前の望んだ者を連れてきてやったぞ」

 

北辰の言葉を受け、ルリ達は敵に目を向けた。

そこにいたのは女性。

流れるような黒髪をした美しい女性。

かつて、アキトが愛した女性。

 

「ア・・・アヤカ・・・」

 

呆然と呟くアキト。

アヤカはアキトを見つめている。

だがそれは、アキトの知っている美しい光りを宿す瞳ではなく・・・。

人形のような、虚ろな瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第33話「現実」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつら、いきなり撃ってきやがった!」

 

いきなり攻撃してきた虫型兵器。

その攻撃をかわしながら反撃するリョーコ。

 

「どうなってるんだ・・・これじゃあ和平なんか・・・」

 

次々と虫型兵器を落としていく。

ナデシコの方も苦戦していた。

 

「射程距離外まで下がれないか?」

 

艦長代行、アオイジュンが指揮をとっている。

ナデシコの横でもトビウメが防戦している。

 

「無理。アキトを待つ」

 

「これ以上下がったらお父さんを回収できなくなります」

 

2人の妖精の眼差しがジュンに集中する。

その真摯な眼差しを正面から受け止めると頷くジュン。

 

「・・・わかった。エリナさん、何とか回避行動をとって!」

 

そう言っているジュンの横でユキナが心配そうにスクリーンを見ている。

 

「お兄ちゃん・・・」

 

ドーン!

急に大きく揺れるナデシコ。

 

「機関部中破、回避行動がとれません!」

 

メグミの報告にジュンがすぐに指示を出す。

 

「エステバリス隊に連絡、直ちにナデシコの防御・・・トビウメにはもっと下がらせろ・・・あの艦じゃ保たない!」

 

そのとき。

一条の火線が走る。

それに次々と爆発する敵。

 

「これは・・・グラビティーブラスト」

 

急ぎ状況を確認するジュン。

ナデシコのピンチに駆け付けたのは・・・なんと木連艦隊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコ艦内某所。

数人の人影が、ジャンプアウトしてくる。

その数、6人。

皆、編み笠をかぶっている。

 

「隊長のご命令だ。テンカワ・アキト不在のうちにラピス・ラズリ、ホシノ・ルリカ両名を手に入れるぞ」

 

そう言って行動に移す男達。

倉庫のような所から出て、通路を疾走する男達。

目指すはターゲットの居るブリッジ。

目的は、妖精の誘拐。

だが、一路ブリッジに向かう侵入者の前に、1人の男が立ちはだかる。

眼鏡をかけているその男の名は、プロスペクター。

 

「ここから先は、行かせませんよ」

 

笑顔を浮かべながら言うプロス。

男達は直ちに小太刀を抜き構える。

 

「おやおや、せっかちですね。女性に嫌われますよ?」

 

そう軽口を叩くプロスに、強烈な殺気が襲いかかる。

常人なら、発狂しているであろう濃密な殺気。

その中で、プロスは1人笑顔を浮かべている。

 

「見られたからには、死んでもらうぞ」

 

侵入者の1人が、一歩踏み出す。

侵入者の全身から発せられる殺気が、通路に溢れる

 

「残念ですが、私は死ねません。罪滅ぼしをしなくてなりませんからね」

 

そう言うのプロス。

その瞳には、深い後悔の色があった。

 

「なら、死んで罪滅ぼしをしろ!」

 

そう言って侵入者の1人がプロスに向かって駆け出す。

圧倒的なスピード。

プロスは動かない。

眼鏡を、中指でクイッとあげると呟く。

 

「・・・テンカワさんの留守中、彼の大切な人たちは私が護ります・・・」

 

男が肉薄した瞬間、プロスが動く。

僅かに横にステップし小太刀をかわすと、その右手が男の首を薙ぐ。

次の瞬間、プロスの横を通り抜け倒れる男。

ドサッ!

少し離れたところに、男の首が落ちた。

 

「な、なんだと!」

 

侵入者達は動揺した。

行く手を塞いでる、笑顔を浮かべた眼鏡の男。

この、どう見ても強そうに思えない男が、彼らの仲間を一撃の下に殺したのだ。

いつの間に抜いたのか、プロスは右手に鈍く光る肉厚のナイフを握っている。

男とすれ違う瞬間、そのナイフで男の首を切り飛ばしたのだ。

 

「・・・貴様・・・何者だ?」

 

侵入者達の問いには答えず、左手でもう一本ナイフを抜くプロス。

こちらはさらに肉厚で、かなり大型のナイフだ。

 

「あの時と同じ・・ですか」

 

ゆっくりと歩き出すプロス。

その両手に握られている肉厚のナイフが不気味な光をたたえている。

 

「な・・・何だこいつ!」

 

そう言いながら、1人の男がプロスに襲いかかる。

振り下ろされる小太刀。

ガキン!

それを容易く右手のナイフで受け止めるプロス。

 

「隙だらけですね」

 

プロスは敵の凶刃を受け止めると同時に、その左手の大型ナイフで敵の首を刺し貫いていた。

そして、そのナイフを横に払う。

吹き出す鮮血が、プロスのシャツに跳ねる。

首を半ば断ち切られ絶命した男が、プロスの足下に倒れ込む。

それを一瞥し、再び歩き出すプロス。

ゆっくりと侵入者達に近付いていく。

 

「・・・まさか・・・隊長の言っていた『道化師』か?・・・」

 

侵入者の問いには答えないプロス。

彼はいつも通りの笑顔を浮かべている。

だが、その笑顔で侵入者達は確信した。

道化師。

裏の世界で知らぬ者は居ないほどの暗殺者。

その暗殺者が、彼らの行く手を阻んでいる。

 

「・・・クッ、クソ!」

 

侵入者達が後ずさる。

そこで、ふと足を止めるプロス。

 

「逃がしはしません」

 

そう呟くプロスの脳裏に、火星の研究所での光景が浮かぶ。

炎上する研究所。

大量の血を流し、息絶えているアキトの両親。

その前に佇み、笑みを浮かべている自分。

吐き気がした。

 

「忌まわしい過去ほど忘れることは出来ない・・・か」

 

プロスの言葉遣いが変わる。

鋭い眼光が侵入者達を射抜く。

 

「・・・彼の大切な人たちを護る。それが私の罪滅ぼし・・・」

 

そう言った瞬間、プロスの姿が消える。

もはや、眼で追えるスピードではなかった

 

「・・・贖罪のため、今一度『道化』を演じることにしよう・・・」

 

その声に、驚いて振り向く侵入者達。

そこには死のピエロが、薄笑いを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火星の後継者、旗艦内。

アキトは動けない。

 

「アヤカさんって・・・あの・・・」

 

記憶麻雀の時に見た光景を思い出すルリ。

研究所でのアキトの記憶。

そこでアキトに微笑んでいた黒髪の少女。

アキトが愛した少女。

アヤカ。

その少女が、アキトの目の前にいる。

武器を構え、虚ろな目を彼に向けている。

 

「アキトさん・・・」

 

心配そうにアキトを見るルリ。

そのアキトは、驚愕の表情でアヤカを見ている。

ルリは初めて見た。

いや、ルリだけではない。

九十九も元一朗も、ユリカもミナトも、当然コウイチロウやゴートも初めて見た。

あのテンカワ・アキトのあれほど驚愕した表情を。

アキトとアヤカ。

その時、2人の時間は止まっていた。

 

「アヤカ・・・どうして・・・」

 

呆然と呟くアキト。

アキトの前には無表情に立つアヤカ。

日本刀を構えている。

 

「ふはははは、どうだテンカワアキト。かつて愛した女に武器を向けられる気分は!」

 

北辰の言葉を受け、一歩踏み出すアヤカ。

 

「・・・クッ・・・」

 

一歩引くアキト。

 

「どうしたテンカワアキト、早く殺せ。いつもの様にな。汝の腕ならたやすいであろう・・・フフフ」

 

ゆっくりと近付いてくるアヤカ。

 

「アヤカ!俺だ、アキトだ。わからないのか!」

 

必死に呼びかけるアキト。

その姿にいつもの冷静さはない。

だが、アキトの言葉には全く反応しないアヤカ。

 

「無駄だ、テンカワアキト。ヤマサキの洗脳は完璧だ」

 

「北辰・・・貴様・・・」

 

北辰を睨むアキト。

 

「ふふふ、さあどうする。道は2つに1つだ。ここで女に殺されるか・・・女を殺すか」

 

北辰のその言葉と同時に一気に間合いを詰めるアヤカ。

 

「な!」

 

強烈な斬撃を何とか防ぐアキト。

そのまま鍔迫り合いをする。

だが、片腕のアキトはかなり分が悪い。

いつもならそこから攻撃するのだが、今回は相手が相手。

じりじりと後退する。

 

「どうだテンカワアキト。様々な強化を施した我が『人形』は」

 

「クッ、目を覚ませアヤカ!俺がわからないのか!」

 

「・・・」

 

アキトの問いに反応を示さないアヤカ。

ただ虚ろな目でアキトを見ている。

 

「無駄だと言っておる・・・それとも、ここで朽ち果てるか?」

 

そう言った北辰は可笑しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アヤカとアキトの攻防を見ている九十九と元一朗。

 

「元一朗・・・」

 

「ああ・・・あのアヤカという女、強い」

 

元一朗の額に汗が浮かんでいる。

元一朗が冷や汗をかくほど、それ程アヤカは強かった。

スピード、パワー、そして技、どれをとっても超一流と言わざるを得ない。

その実力を、その身で味わった九十九と元一朗だからこそわかる。

アヤカは、強い。

 

「まずいな・・・今のアキトじゃ・・・」

 

九十九が呟く。

だが、その意味がわからないルリ。

 

「え、どういう事ですか?」

 

横にいる九十九の方を見るルリ。

それに気付き、九十九が口を開く。

 

「あのアヤカと言う女性、恐ろしいほどの使い手です」

 

「あのアキトが受け止めるのに精一杯だったからな」

 

九十九の言葉に賛同する元一朗。

並の相手ならば、アキトは敵の斬撃を受けるような真似はしない。

敵の刃が自分に当たるより早く、敵を斬り殺す。

だが、先程のアキトはいかに相手が知り合いとは言え、辛うじて受け止めた感がある。

 

「それじゃあ・・・アキトさんは」

 

アキトを心配そうに見ながら言うルリ。

 

「以前のアキトなら問題なかっただろう。自分に敵対するものは誰であろうとも殺しただろうからな」

 

「殺しただろう」と言う言葉にピクッとなるルリ。

彼女には、あまり馴染みのない言葉だからだ。

その事に元一朗達も気付いたが、今は言葉を選んでいる場合ではない。

 

「しかし・・・今のアキトは優しすぎます。いや、この場合は甘いと言うべきでしょうか・・・」

 

辛そうにアキトを見ている九十九。

優しさは、戦闘時には甘さと言わざるを得ない。

特に、今の様に生死を賭けた戦いでは。

昔の闇を纏っていた頃のアキトとは違う。

そこに居たのは血に飢えた獣ではない。

可哀想なくらい弱々しい、ただの人間だった。

 

「それじゃあ・・・アキトさんは・・・」

 

「・・・恐らく・・・」

 

九十九はそこから先を口にすることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコのブリッジは慌ただしかった。

 

「どうなってるんだ!?木連艦隊同志が砲火を交えるなんて!!」

 

「でも、助かったのは確かね。こちらに砲火が集中しなくなったわ」

 

ジュンの叫びを聞きつつも、冷静に判断するエリナ。

だが、判断は出来ても理由までは解らない。

 

「何が起こっているの?」

 

木連艦隊同志の戦闘を見て、ユキナが呆然と呟く。

皆が、その光景に目を奪われていた。

敵の同士討ちは本来歓迎すべき事だろう。

だが、理由が解らないだけに釈然としない。

 

「おやおや・・・大変なことになってますね」

 

その声に皆がハッとして、ブリッジの入り口に目を向ける。

そこにいたのはプロスペクター。

 

「プロスさん、一体どこに行って・・・あれ、着替えました?」

 

「いやはや、コーヒーを飲んでいてこぼしてしまいましてね・・・着替えさせていただきました」

 

そう言ってニコニコしているプロスが、まさかつい先程殺人を犯してきたとは誰も思わない。

 

「それよりプロスさん、これ・・・どうなっているか解りますか?」

 

そう言ってジュンがオモイカネウィンドウを指し示す。

そこには、木連艦隊同志の戦いが映し出されている。

 

(・・・なるほど、さすがテンカワさん。抜かりなく木連側に情報を流しましたか・・・)

 

内心そう思いながら、顔はニコニコしているプロス。

プロスも、和平会見の相手が火星の後継者だと言うことに気付いていた。

だからこそ、アキトの留守を狙って襲いかかってくる侵入者達の存在に気付いたのだ。

 

「とにかく、後から来た艦隊・・・味方ではないにしても、現時点で共闘できることは確かでしょう」

 

そう言って、ふと視線を下げるプロス。

入り口より一段低くなっている場所。

そこには、必死にオモイカネとアクセスしているラピス、ルリカの姿がある。

 

「テンカワ・アキトの妖精・・・ですか」

 

そう言いながら視線を上げ、オモイカネウィンドウを見る。

そこに映っているのは、火星の後継者の旗艦。

その中で行われている死闘に、当然プロスは気付かない。

だが、彼は何故か胸騒ぎがした。

俗に、第六感と呼ばれるもの。

だが、裏の世界に生きてきたプロスにとっては、その第六感は信頼出来るものであった。

 

「テンカワさん・・・」

 

そう呟きながら、再びラピスとルリカを見るプロス。

テンカワアキトの大切なもの。

愛らしい少女達が、そこにはいる。

 

(テンカワさん・・・あなたが護るべき者はここにもいます。ですから・・・どうかご無事で・・・)

 

プロスは、アキトの無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、火星の後継者の旗艦。

 

「・・・アヤカ・・・」

 

呟くアキト。

アヤカは、虚ろな目をアキトに向けている。

アキトの肉体に、ググッと力がこもる。

 

「ごめん、アヤカ!」

 

そう言ってアヤカをはじき飛ばすと、一気に距離を詰めるアキト。

強烈な震脚と共に、肩から体当たりを入れようとする。

だが、アキトに普段ほどのスピードがない。

それは疲労のためか、甘さのためか。

『人形』のアヤカにそれをかわすことは容易であった。

くるりと体を入れ替えアキトの背後にまわるアヤカ。

次の瞬間、強烈な回し蹴りがアキトを襲う。

それを後ろ向きのままかわすと、振り向きざまアキトの日本刀がアヤカの胴を薙ぐ。

峰打ち。

ドガッ!

吹き飛ばされ壁に衝突するアヤカ。

だが・・・全く効いていないのか、何事もなかったように再び武器を構える。

 

「・・・そんな・・・」

 

信じられないというようなアキト。

 

「テンカワアキト・・・手加減して勝てる相手ではないぞ・・・ましてや峰打ちなど・・・まだまだ未熟よ」

 

一瞬アキトの意識が北辰にそれる。

その時。

接近してきたアヤカが日本刀を袈裟切りに振り下ろす。

 

「チィ!」

 

辛うじてかわすが、服がばっさりと切り裂かれる。

 

「アヤカ!もう止せ!」

 

叫ぶアキト。

 

「・・・」

 

アキトの叫びもアヤカには届かない。

さらに接近するアヤカ。

かわすアキト。

だが、一瞬の隙をついて北辰の投げた小刀が、アキトの足を貫いた。

 

「グッ!」

 

北辰が足を狙ったのは動きを止めるため。

アキトの痛覚の事を彼は知らない。

下半身の痛覚はあるアキト。

苦痛に顔を歪めて膝をつく。

 

「迂闊なり、テンカワアキト」

 

クックックッと笑う北辰。

 

「卑怯な!」

 

九十九が叫ぶが北辰はそれをあざ笑うだけ。

 

「生死をかけた戦いに卑怯などない。死すれば、所詮それまで」

 

アキトは片膝をつき、北辰を睨んでいる。

その視線を受け、北辰はさらにアキトの精神を追い込む事にする。

 

「来い、アヤカ」

 

北辰の言葉に、黙って彼の側に歩み寄るアヤカ。

その背後に、北辰が立つ。

アキトをあざ笑うかのように、後ろからアヤカの身体に手を回す北辰。

その腕が、アヤカの胸を愛撫する。

 

「汝は、誰の物だ?」

 

「・・・北辰様の物です・・・」

 

感情のないと思っていたアヤカの顔に、恍惚とした表情が浮かぶ。

それを見て、顔に緑の奔流が浮かぶアキト。

 

「クックックッ・・・そう怒るな、テンカワ・アキト。この女にすでに自由意思はない。そうであろう・・・アヤカ」

 

「はい。私の全ては北辰様の物・・・心も、身体も・・・そして私の命も・・・」

 

そう言ったアヤカの表情は、完全に北辰に陶酔していた。

それを見たコウイチロウが、驚きの声を上げる。

 

「まさか!!『人形』が感情を持つというのか!!」

 

「フッ、少しは知っているようだな。だが、技術の進歩は著しい・・・」

 

まるでアキトに見せつけるように、アヤカの身体の感触を楽しむ北辰。

 

「それに・・・感情が無くては伽をさせる時の楽しみが減るではないか。そうであろう、テンカワアキト?」

 

刹那、アキトがナイフを投擲した。

狙いは北辰。

だが、そのナイフは僅かに狙いをはずれた。

アキトがナイフを投げる瞬間、北辰はわずかに動き、巧みにアヤカを盾に使ったのである。

一瞬の動揺が、ナイフの狙いを逸らす。

もっとも、アキトにとってはそれで良かったのかも知れないが・・・。

 

「さて・・・アヤカよ、あの男を殺せ。さすればまた可愛がってやろう」

 

そういって、アヤカを離す北辰。

名残惜しそうな顔をするアヤカ。

だが、それも一瞬。

すぐに表情を消し、ゆっくりとアキトに近付いていくアヤカ。

 

「・・・ここで死ぬか、テンカワ・アキト」

 

アキトの姿を見てあざ笑う北辰。

アヤカを見つめるアキト。

 

(・・・もう・・・だめなのか・・・)

 

アヤカが刀を振り上げる。

それを呆然と見ているアキト。

死を待つかのように。

そして・・・。

ついにその凶刃が振り下ろされた。

その時、アキトに声が届いた。

 

(逃げちゃ駄目だよ、お兄ちゃん!!)

 

「アキトさん!!」

 

一瞬にして覚醒するアキト。

ガキン!

右腕の刀でその凶刃を受け止める。

 

(・・・やるしか・・・ないのか・・・)

 

後ろにはルリ達がいる。

逃げるわけには行かない。

刹那、アキトが動いた。

アヤカの腕を取り、背負い投げを繰り出す。

だが、アキトは片腕。

不十分な投げ技でやられるような『人形』ではなかった。

アヤカは地面に落ちる寸前に身体を捻り、一瞬でアキトと距離を取る。

 

「木連式柔か・・・無駄だ・・・その女にその程度の攻撃は通用せん」

 

面白そうに見ている北辰。

再びアキトに近付いてくるアヤカ。

それを見つめているアキトの瞳には、深い悲しみがあった。

 

(・・・愛してたよ、本当に・・・でも、俺はまだ死ねないよ・・・俺には護りたいものがあるから・・・)

 

そして、アキトの目つきが変わる。

ゆっくりと腰を落とす。

冷たい金色の瞳がアヤカの瞳を射抜く。

アヤカも足を止める。

日本刀を鞘に収めると抜刀術の構えをする。

対するアキトは抜き身の刀を構える。

そのまま全く動かない2人。

達人だけが持つ、剣の結界。

お互い見つめ合ったまま動かない。

 

「ア、アキトさん・・・まさか・・・」

 

ルリが呟く。

誰しもその状況を見守る。

その時、ゆっくりとアキトが瞳を閉じる。

 

(・・・ごめん・・・殺すよ・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一気に間合いを詰めるアヤカ。

瞳を閉じたままじっとしているアキト。

アヤカの抜刀術がアキトを襲う。

それを、ほんの僅か下がりかわすアキト。

アヤカの刀が浅くアキトの身体を切り裂く。

そこで、目を開くアキト。

その瞳にあるものは悲しみの光り。

一歩、踏み込むアキト。

アヤカが、とっさに後ろに逃げる。

一瞬、アキトの脳裏に少女の笑顔が浮かぶ。

誰よりも愛していた、アヤカの笑顔が。

だが、それでも彼は躊躇しなかった。

刹那、アキトの日本刀が一閃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人は動きを止めていた。

しばし、時間の流れが止まる。

北辰も、ルリ達も何も言わずにその様子を見ている。

ゆっくりと構えをとくアキトとアヤカ。

お互い見つめ合う。

アヤカが日本刀を落とし、ゆっくりとアキトに歩み寄っていく。

お互いの手が届く距離。

アヤカの瞳に、優しい輝きが宿る。

アキトの知っている、アキトの愛したアヤカの瞳。

 

「・・・アキト・・・」

 

アヤカの口から言葉が漏れる。

その声は、アキトの知っているアヤカのものだった。

アキトの知っている、アキトの愛したアヤカの声。

 

「・・・ア、アヤカ?・・・」

 

「・・・アキト・・・逢いたかった・・・」

 

そう言ってアヤカはにっこり笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、アヤカの胸部から血が吹き出す。

アキトの一撃は、アヤカの上半身を深々と切り裂いていた。

吹き出す血。

その血がアキトを赤く染める。

かつて愛していた・・・いや、今も愛していたかも知れない女性の血が・・・。

ゆっくりとアキトの方に倒れてくるアヤカ。

その様子を呆然と見ているアキト。

抱き留めるでもなく、ただ呆然と。

アキトに寄り掛かるようにして、ゆっくりとずり落ちていくアヤカ。

 

「・・・あっ・・・」

 

アキトがやっとの思いでそう言ったとき、アヤカはアキトの足下に崩れ落ちていた。

アヤカの血の海に1人たたずむアキト。

あまりの惨劇に顔を背けるミナトとユリカ。

ルリは・・・震えながらアキトを見ていた。

 

「ふ・・・ふははははは!まさか本当に斬るとは・・・冷酷な男よのう」

 

笑っている北辰。

アキトは呆然とアヤカを見ている。

 

「・・・アヤカ?・・・」

 

「愉快だ!実に愉快だ!その女、汝のことを思いだしたようだが、まさかそれを斬り殺すとは!」

 

「・・・アヤカ・・・そんな・・・」

 

アキトはアヤカを見ながら1人呟いている。

それを、北辰の笑いが遮る。

 

「ふははははははははは!・・・見てみろテンカワアキト!!仲間が汝を見ている目を・・・まるで化け物でも見るような眼をしているぞ!!!」

 

「・・・黙れ・・・」

 

アキトが呟く。

 

「その女、洗脳されてからも譫言のように汝の名を呼ぶ時がある。よほど汝を想っていたのだろうな。その想いはヤマサキの洗脳にも勝った。それを汝は平然と斬り殺した・・・フフフ、相変わらず血に飢えているようだな。ホシノルリよ、その殺人鬼だけはやめておけ・・・汝もいつ斬り殺されるかわからんぞ・・・フフ、フハハハハハハハ!」

 

その言葉にビクッとするルリ。

アキトを見る目は・・・。

恐怖。

 

「そうだ、その眼だ!その眼が汝の本心。テンカワアキトに恐怖を感じている汝の本心だ!」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

吼えるアキト。

信じられないスピードで北辰に迫り、その日本刀を一閃する。

だが。

キーン!

澄んだ音を立て、半ばから折れて宙を舞う日本刀の切っ先。

正面から北辰に衝突してはじき飛ばされるアキト。

アヤカの死体から流れ出る血の海に無様に転がる。

 

「ディストーションフィールドだと!」

 

ゴートが叫ぶと同時にマシンガンを撃つ。

だがそれも全てはじかれる。

 

「汝の女・・・確かに返したぞ・・・フフ、フハハハハハ!」

 

北辰の周りが輝き出す。

 

「まさか、単独の跳躍法か!」

 

元一朗が叫ぶ。

 

「・・・テンカワアキトよ・・・今日は本当に愉快だ・・・礼を言うぞ・・・」

 

そして、ボソンジャンプする北辰。

 

『・・・こっちから何か光り・・・奴らが・・・いるかも・・・』

 

遠くから敵兵の声が聞こえてくる。

今まで気付かれなかったのが不思議なくらいである。

 

「みんな・・・先に行ってくれ・・・」

 

全身血に染めながらアキトが呟く。

皆、その声に身を震わす。

 

「ア・・・アキトさん!駄目です・・・アキトさんも一緒に・・・」

 

何とか恐怖を振り払い言うルリに、ゆっくりと視線を向けるアキト。

その視線にルリは言葉を切る。

冷たい視線。

ゆっくりと足から小刀を引き抜く。

その光景に皆、目を背ける。

 

「・・・アキト・・・」

 

アキトに声をかける元一朗。

 

「死ぬなよ・・・」

 

そう言って皆通路を歩き出す。

歩きながら振り返るルリ。

血まみれになりアヤカの死体の前に立ちつくすアキト。

その背中が、酷く弱々しく見えた。

 

「ルリルリ・・・私達って最低ね」

 

ミナトがルリの肩に手を乗せる。

 

「ミナトさん・・・」

 

「アキト君は私達を護るために好きだった女の人を斬った。それなのにさっきの私達、アキト君をただの人殺しのようにみてた・・・最低ね」

 

「・・・はい・・・」

 

すぐに格納庫が見えてくる。

そのままヒナギクに乗り込むと何とかナデシコに戻る。

それまでの間、誰1人として口を開かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ!

喉を切り裂かれ倒れる敵兵。

すでに同じ様な死体が20体ほど転がっている。

通路に、むせ返る様な強い血の臭いが立ちこめるが、臭覚の無いアキトは何も感じない。

アキトは、足を引きずりながらアヤカの側に行き、その場にぺたんと座り込む。

アヤカの亡骸を引き寄せ、軽く抱きしめる。

 

「アヤカ・・・久しぶりだね」

 

そういって愛おしそうにアヤカの髪を撫でるアキト。

アヤカはアキトに何も答えない。

すでに彼女の魂は、この世には無い。

だが、そんなことは気にせずにアヤカの亡骸に語りかけるアキト。

 

「少し見ないうちに、凄く綺麗なったね」

 

アキトの顔に笑みが浮かぶ。

アヤカの亡骸を抱き起こし、その顔に頬ずりをする。

異常な光景。

アキトのこの時の精神状態は、異常としか言いようがなかった。

ドーン!

物凄い揺れがアキトを襲う。

恐らくこの艦が、木連艦隊からの砲撃の直撃を受けたのだろう。

だが、アキトは動かない。

 

「なあアヤカ・・・どこで、おかしくなったんだろうな?」

 

愛おしそうにアヤカを抱きしめながら、呆然と呟くアキト。

 

「こんなのってないと思わないか?せっかく君と逢えたのに・・・せっかく、生きて君と逢えたのに・・・。君を助けるために強くなった・・・それなのに・・・」

 

アヤカを助けること。

それは、アキトが生きてきた理由でもあった。

古代火星で力を得た。

復讐の為、ルリ達を護るために、そしてアヤカを助ける為に力を得た。

 

「クックックッ・・・必ず助けるだと?結局・・・結局助けられなかったじゃないか」

 

アヤカを抱きしめている腕に力を込めるアキト。

だが、すぐにその力を抜く。

 

「ああ、ごめんね・・・痛かっただろ?」

 

そういってアヤカの頬をその右手で撫でる。

 

「あの時、力があれば・・・君の側に居られたのにな・・・」

 

そう言って、愛おしそうにアヤカの亡骸を抱きしめているアキト。

静かな時間が流れる。

5分ほど経っただろうか。

ドーン!

再び爆破音が辺りに響き、強烈な振動が艦を襲う。

辺りの壁や天井が崩れはじめる。

通路は、瓦礫の山、そして火の海と化していた。

それをボーっと見ているアキト。

 

「アヤカ・・・このまま火にのまれたら、温かいだろうな」

 

すでに冷たくなっているアヤカの亡骸。

アキトは、このままアヤカの亡骸と共に炎に巻かれても良いと思っていた。

だが、その時。

アキトの脳裏に浮かぶルリの顔。

恐怖に彩られたルリの表情。

 

「所詮人殺し・・・・・・・フフフ・・・フハハハハハ!!」

 

アキトは笑っていた。

あの時のルリの目が忘れられなかった。

彼女は、間違いなくアキトをただの人殺しとして見ていた。

それが、アキトには可笑しかった。

惨めだった。

一頻り笑うと、再び辺りを見回すアキト。

炎は、すぐそこまで来ていた。

 

「アヤカ・・・お別れしないと・・・」

 

悲しそうな笑顔と共に、別れの言葉を口にする。

 

「・・・アヤカ・・・」

 

ゆっくりと、アヤカと唇を合わせるアキト。

アキトの知っている彼女の唇は、とても温かかった。

だが、それを知っているアキトにとって、今のアヤカの唇は余りにも冷たすぎた。

アヤカの髪を整えるアキト。

そして、その亡骸を床に横たえると、ゆっくりと立ち上がる。

辺りを見回す。

先程の爆発で、艦内は酷い荒れようだった。

すでに退路はない。

ボソンジャンプをするために集中するアキト。

次第に周囲が輝いていく。

左目の宝石が光を放つ。

 

「・・・君を連れては行けないんだ・・・」

 

ジャンパーではないアヤカを連れていくことは出来ない。

余りの悔しさに握りしめた右拳から、血が滴り落ちる。

 

「ゴメンね・・・おれは・・・自分が生き残りたいが為に君を殺した・・・」

 

三度、強烈な振動が艦全体を揺るがす。

だが、その揺れにもアキト自身は揺るがない。

一瞬アキトの足の傷から、ブシュッと血が噴き出す。

だが、アキトは気にしない。

ジッとアヤカの亡骸を見つめている。

そして・・・。

 

「・・・ゴメンね・・・君を助けられなかった・・・」

 

次の瞬間アキトの姿がかき消える。

後には物言わぬ骸のみが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラックサレナは、ナデシコに戻ってきた。

収容されるブラックサレナ。

格納庫には出迎えのクルー達が待っていた。

ハッチが開く。

そこから出てきたアキト。

血まみれだった。

 

「ア・・・アキト?」

 

リョーコが呟く。

あまりにも酷い姿。

左腕の義手も半ばからなくなっている。

 

「アキト・・・何があったの?」

 

ユキナも呆然と呟く。

アキトは今にも壊れてしまうような、そんな儚さを醸し出している。

ゆっくりと下りてくるアキト。

 

「アキト!」

 

「お父さん!」

 

あまりの様子にアキトに駆け寄ろうとするラピスとルリカ。

だが・・・。

 

「来るな!」

 

あまりにも強い調子のアキトの言葉に、足を止める2人。

アキトは2人を避けるように歩いていく。

片足を引きずるようにして・・・。

その正面にはルリ。

アキトの行く手を塞ぐように立っている。

 

「アキトさん・・・私・・・」

 

そう言うルリを避け、1人歩いていくアキト。

 

「アキトさん!」

 

すぐに後を追おうとするルリ。

ラピスとルリカも同じようにする。

だが・・・。

 

「来るなと言ってるんだ!」

 

怒気をはらんだアキトの声。

あまりのプレッシャーに3人とも足を止めてしまう。

顔だけ後ろに向けるアキト。

血で赤黒く変色している。

 

「・・・今は、1人にしてくれ・・・」

 

そう呟くと、フラフラと歩いていくアキト。

ルリ達は、誰1人としてその後を追うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回の話、いかがでしたか。

どんなに力があっても、どんなに相手を想っていても、どうすることもできない現実。

その辛い現実のなか、再びアキトは壊れようとしています。

アキトは、人を殺すという事の罪の重さを、今回ほど感じたことはないでしょう。

感想、お待ちしております。

それでは、また次回お会いしましょう。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

うぬ、今回はちょいへう゛ぃーですなぁ。
とはいえ気持ちまで重くなったわけじゃないですが(笑)

私の不謹慎な感想は、”壊れたアキトと、その壊れた先にあるものが見たいなぁ”です。
ささばりさん、てなわけで派手によろしく(爆)

さあ、壊れアキトが見たい人はささばりさんにメールを出すんだ!(爆)


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