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妖精の守護者  第35話

 

 

 

 

 

ラピスとルリカは、アキトと夕食の約束をして展望室を出ていった。

再び静かになる室内。

そこに一人残されたアキト。

黙って夕日を見つめている。

アキトの脳裏に浮かぶ、アヤカの笑顔。

何よりも大切だった存在。

どんなことをしてでも、護るべきだった。

だが・・・殺した。

次第に、アキトの瞳に涙が浮かんでくる。

 

「・・・すまない、アヤカ・・・」

 

その瞳から、ついに涙がこぼれ落ちる。

 

「頼む・・・火星の後継者との戦いが終わるまで・・・それまでは、俺が生きることを許してくれ・・・」

 

アキトは泣いていた。

静かに肩を震わせ・・・泣いていた。

そんな彼を、夕日が赤く染めていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球と木連の間で正式に和平が成立したのは、それから3ヶ月後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第35話「束の間の休息」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和平成立後、日本は初めての夏を迎えていた。

とある下町風の路地を、2人の男達が歩いてる。

そのうち1人の髪は強い日差しを受けて美しく輝き、見る者全てを不思議な気持ちにする。

魅了。

一言で言えばそうであろうか。

彼はサングラスをかけている。

だが、それでもすれ違う女性達が、皆振り返る程の美しさをその男は持っていた。

男の胸元のロザリオが日の光を受けて輝いている。

男の名はテンカワ・アキト。

アキトは木連との戦いが終わった後、非常に多忙であった。

戦争終結の立て役者。

和平成立に尽力した英雄。

黒い王子、テンカワアキト。

あらゆるマスメディアが彼のことを伝えた。

何故こんな事になったのか、彼は大体の事を察していた。

恐らく軍が、戦争の真実から民衆の目を逸らすためにたてた偽りの英雄。

戦争ではありがちなでっち上げの英雄である。

アキトを軍の関係者にすることも忘れない。

英雄は、軍人でなくてはならなかった。

そのため、現在のアキトはちょっとした有名人である。

『黒い王子、テンカワアキト』といえば年齢を問わず女性達から絶大な人気がある。

彼の映っている軍のポスターなどは、本来無料のはずであったが、裏でかなりの高値で取り引きされているほどである。

そんなアキトと並ぶようにして歩く、眼鏡をかけた壮年の紳士。

彼の名はプロスペクター。

かつては『道化師』と呼ばれ、裏の世界では知らぬ者が居ないほどの暗殺者。

すでに引退したとはいえ、その戦闘能力は全く衰えていない。

裏の世界での知名度では、明らかにアキトよりプロスの方が上である。

その2人がゆっくりと、まるで町並みを見て楽しんでいるかのように歩いている。

 

「この辺りは良いですなあ・・・風情があって」

 

のんびりというプロス。

そんなプロスの言葉に頷くアキト。

 

「そうだな・・・とても穏やかな気持ちになる」

 

そう言ったアキトの顔を見るプロス。

しばらくアキトの顔を見た後、再び正面を向く。

子供達が路地を元気良く走り回っている。

その手に水鉄砲を持ち、互いに撃ち合っている。

その様を、微笑みを浮かべながら見ているアキト。

 

「日頃仕事に追われていますと、こうした何気ない時間が掛け替えのないものに感じますなあ」

 

そう言って同じように微笑むプロス。

そのまましばらく歩き続ける2人。

やがて、表情を引き締めると口を開くアキト。

 

「それで・・・奴らの動向は?」

 

「あなたの予想通り、しばらくは息を殺して隠れているのではないかと思います」

 

「だろうな・・・。雑魚どもを使って多少は動くだろうが、本体は出てこないだろう」

 

アキトとプロスはいつになく真剣な顔をしていた。

強い日差しが照りつける。

だが、2人は汗1つかいていない。

 

「いつ火星の後継者が動き出すとお思いですか?」

 

プロスがクイッと眼鏡をあげながら訊く。

その言葉に、一瞬プロスを見るが、すぐに視線を戻すアキト。

 

「・・・恐らく、草壁が部下を押さえられなくなった時だろう」

 

「そうですな・・・。たとえ勝機が無くても、いずれは主戦派の部下を圧されて開戦に追い込まれるでしょうな」

 

「ああ。そうなれば・・・その時が最後の戦いだ」

 

アキトのその言葉に、プロスは黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンカワアキトとプロスペクター。

最強の暗殺者である2人が、黙って下町を歩いている。

プロスは周囲の気配から、複数の人間達が自分達をガードしている事を察している。

ネルガルシークレットサービス。

アキトは現在、軍は退役扱いとなっている。

だから現在はネルガルに所属しているし、当然警護もネルガルが行っている。

アキト自ら鍛えた、ネルガルシークレットサービス。

軍の特殊部隊ですら彼らとの戦闘は避けるという。

恐らく現在最強の戦闘集団であろう。

もっとも、護る側より護られる側の方が強いというのもある意味滑稽ではあるが・・・。

2人で黙って歩いていると、ふいにプロスが口を開く。

 

「テンカワさん」

 

「なんだ?」

 

「少し・・・お疲れのようですね」

 

「フッ、何を馬鹿なことを・・・」

 

プロスの言葉を鼻で笑うアキト。

だが、プロスは少し語調を強める。

まるでアキトを叱るかのように。

 

「少しはご自分の事もお考えください」

 

その言葉に足を止めるアキト。

プロスも、足を止める。

アキトはサングラスを外し、プロスに向き直る。

 

「何が言いたい?」

 

「あなたは常に戦っておられます。死と隣り合わせで・・・。もう少しご自分を労ってください。あなたにもしもの事があったら、あの娘達が悲しみますよ?」

 

アキトの脳裏に、愛おしい妖精達の笑顔が浮かぶ。

誰よりも大切な存在。

自然に笑みがこぼれる。

 

「あいつらのためにも俺は戦わなくてはならない」

 

「・・・それはそうですが・・・お体の事もありますし・・・」

 

プロスのその言葉に、微笑むアキト。

だが、プロスはその微笑みが痛々しくて見ていられなかった。

 

「人は何時かは死ぬ。それが少し早いだけだ」

 

「もう、どうしようもないのですか?」

 

「だろうな。アイちゃん・・・イネスさんが言うにはあと5年・・・生きられれば奇跡だそうだ」

 

そう言ったアキトの顔が一瞬緑色に光る。

すぐさまそれを隠すかのようにアキトは歩き出す。

その後ろ姿をしばらく見つめているプロス。

 

「5年・・・ですか。まさか・・・それ程とは・・・」

 

プロスは悔しそうに呟き、アキトの後を追うようにして歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくしてプロスと別れたアキトは、ある寺まで来ていた。

石段を登り、寺の門前まで来て、アキトが足を止める。

自分の護衛のシークレットサービスに対して一言言う。

 

「ここから先は来るな」

 

そして、再び歩き出すと寺の境内に入っていくアキト。

ゆっくりと歩いていく。

やがて、墓地に出た。

そこで、彼はふと足を止める。

墓地の中、目指す墓の前に1人の女性がいた。

ミズハラ・ユミ。

アキトは、彼女のことを覚えていた。

無意識のうちに彼は胸元のロザリオを握りしめる。

そして、再び歩き出す。

ユミは、アキトに気付いたが何も言わずに墓の前にしゃがんでいる。

アキトは彼女の後ろに立つ。

そして、黙って目を瞑る。

暑い夏の日。

蝉の鳴き声が辺りから聞こえてくる。

 

「お久しぶりですね・・・アキトさん・・・」

 

ユミが、アヤカの墓を見ながら言う。

 

「・・・ええ・・・あの病院以来ですね・・・」

 

アキトはそう言いながらサングラスを外す。

黙って立ち上がり、アキトに場所を譲るユミ。

アキトは墓前に歩み出ると、手に持っていたお菓子の袋を見る。

魔法のプリンセス、ナチュラルライチスナック。

余談だが、キャラクターカードはすでに第4弾になっている。

それをそっと供える。

 

「あの子・・・あなたのことが本当に好きでした・・・」

 

しみじみと言うユミ。

アキトは、何も言わずに黙っている。

 

「あなたは今や知らぬ者がいないほどの有名人」

 

「・・・今の俺がいるのは、アヤカちゃんのおかげです・・・」

 

そう言ってユミの方を見るアキト。

ユミの瞳は悲しみをたたえている。

そう簡単に、娘を失った悲しみは消えないのだろう。

言葉を続けるアキト。

 

「俺はアヤカちゃんに出逢えなければ、あの病院で朽ち果てていたでしょう」

 

そこで、言葉を切るアキト。

無意識のうちに右手が胸元のロザリオに触れる。

想いを感じる。

自分の心を護ってくれる守護者の存在を、確かに感じる。

 

「俺は彼女に命をもらいました。あの時のアヤカちゃんの言葉・・・確かに届きました」

 

少女が死に際に病院のベッドで言った言葉。

今もアキトの心の支えとなっている言葉。

 

『逃げちゃ駄目だよ、お兄ちゃん』

 

その言葉は、アキトの心に確かに届いていた。

 

「あの子は・・・あなたに立ち直ってもらいたかったのでしょう。そして・・・出来る事ならあなたを護りたかったのでしょう」

 

アキトを見つめながら言うユミ。

アキトは、何も言わない。

ただ、黙ってユミを見つめている。

アキトが何も言わないので、ユミは言葉を続ける。

 

「わかっています。あなたは強い方です。黒い王子・・・英雄と言われるほどの人・・・」

 

そこでいったん言葉を切るユミ。

そして立ち上がると、アキトに向き直る。

 

「でも・・・でもあの子は、きっとあなたの心を護りたかった・・・」

 

その時、ユミの目から涙がこぼれる。

しっかりとアキトを見つめながら涙を流すユミ。

そんな彼女に、そっと手を伸ばすアキト。

その手で、涙を拭う。

 

「あの時も・・・そして今でも護ってくれていますよ」

 

「え?」

 

驚いたように言うユミ。

アキトは、1つ頷くと再び口を開く。

 

「アヤカちゃんは・・・今でも俺を護ってくれていますよ」

 

そこでニッコリと微笑むアキト。

魅力的な笑顔。

ユミは考えていた。

アヤカは、最後にこの笑顔を見られて幸せだったのだろうかと。

 

「・・・幸せだったに決まってますよね・・・」

 

そう言ったユミに頷くアキト。

 

「今も、幸せですよ・・・きっと」

 

アキトの言葉を聞いて笑顔になるユミ。

 

「あの・・・いつもここに来てくれてますよね?」

 

それには何も答えないアキト。

だが、ユミはその沈黙を肯定とみた。

 

「ありがとうございます」

 

アキトに対して深々と頭を下げるユミ。

そんな彼女に優しく声をかけるアキト。

 

「俺が生きている限り、ここには来ます・・・それが、俺のアヤカちゃんへの想いですから・・・」

 

その言葉を聞いてユミが頭を上げる。

目の前に、アキトの笑顔がある。

苦しんで、壊れて、それでも立ち直った青年の笑顔。

ユミは嬉しかった。

何故なら、自分の娘がこの青年の笑顔を取り戻したから。

この青年の笑顔こそ、娘の生きた証なのかも知れないと。

ユミはそう考えずにはいられなかった。

そして彼女は、アキトを見ながら言った。

 

「・・・あの子の言うとおり・・・アキトさんは笑顔の方が素敵ですわ・・・」

 

そう言ってアキトの金色の瞳を見つめる。

アキトの白い髪が、強い日差しを受けてキラキラと輝いている。

蝉の鳴き声が、やけに遠くから聞こえてくるように感じる。

そんな、ゆったりとした時間。

 

「それじゃあアキトさん・・・私はこれで・・・」

 

そう言ってお辞儀をするユミ。

 

「ええ・・・またいずれお会いできることを・・・」

 

そしてユミが帰っていく。

その後ろ姿が見えなくなるまで、アキトは黙ってアヤカの墓の前に立っていた。

ユミが見えなくなると、再びアヤカの墓を見るアキト。

何をするでもなく、黙って少女の墓を見つめる。

 

「いつも俺を護っていてくれる・・・君は・・・今でもあの約束を守ってくれてるんだね・・・」

 

そう言って1人墓石の前に佇むアキト。

蝉の鳴き声が、いつの間にか止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで隠れている気だ?・・・それに、ここは死者が眠る穏やかなるべき場所・・・お前らの来て良い場所ではない」

 

アキトのその言葉で、アキトから少し離れた所にある墓石の裏から出てくる編み笠の男。

北辰ではない。

ただの監視役だろうか。

 

「隊長からのご命令だ。死んでもらう!」

 

その声は未だ少年の声だった。

だが、その事は特にアキトに影響を与えない。

牙を剥く者は、老若男女問わず全て敵である。

 

「・・・死ぬ気か、少年・・・」

 

アキトは彼のことを見ない。

視線は未だアヤカの墓石を見ている。

 

「少年だと・・・舐めるな!!貴様を殺して恨みを晴らす!!」

 

その言葉に、やっとアキトは男の方を向く。

アキトの視線を受けて、男は編み笠を外す。

それは、まだ16かそこらの少年だった。

 

「貴様がいなければ我らの計画を妨げる者は居ない!!・・・・・・そうなれば、父さんも浮かばれる!!」

 

この少年の言う『計画』については、多少説明しなくてはならないだろう。

火星の後継者はジャンプシステム解明の為に、大規模な誘拐計画を立てていた。

アキトが誘拐されたときとは違う、完全にジャンパー限定の誘拐計画である。

そのため和平成立後、火星の後継者、特に北辰一派によるジャンパー誘拐事件が多発していた。

アキトとシークレットサービスは、それらの救出や誘拐の阻止を行っていたのだ。

誘拐されたのは十数人。

アキト達はそれも全員救出している。

それだけでも大したものだが、アキトはさらに誘拐の阻止をしたのだ。

とくに誘拐の阻止に関して、アキトは神懸かり的なところを見せていた。

完全に北辰一派の動きを読んで先手先手を打っていた。

その事でアキトが殺害した火星の後継者の手先は100名を越えているだろう。

北辰もさすがに諦めたのか、最近では月に1度ほど起こるだけとなった。

それも、アキトが防いでいる。

アキトが何故それ程敵の動きを見抜いているのか。

それは周囲の人間から見ても不思議だったのだろう。

アキト自身、それは『天佑』だと言っている。

だが、実際は違うであろう。

彼が火星の後継者の目論見を察知し、事前から作成していたジャンパー達のリスト。

独自の電子情報網、人的情報網。

シークレットサービス達の能力。

この全てと、そしてアキトの神懸かり的な先読みの能力。

それら全てがあわさって、初めてそこまで防ぐことが出来たのだろう。

アキトはこの功を大いに誇って良いのだが、火星の後継者との戦いの後も、彼自身その事を自らの功績として語ろうとはしなかった。

結局、彼の死後その友人達よりこの話があがり、アキトの功績は世間に広く知られるようになったのである。

話を、戻す。

敵である少年を金色の瞳で見据えながら、アキトが口を開く。

 

「名は?」

 

「お前に殺された烈風が一子、今は旋風という号を預かる者!!」

 

そう言って少年は小太刀を抜く。

それを平然と見ているアキト。

アキトはすでに少年の技量を見抜いていた。

少年の技量は、アキトに刃向かうには余りにも未熟。

 

「・・・俺に勝てないことがわからないのか?・・・」

 

アキトは少年を見る。

少年の目に宿るのは決意。

答えを聞くまでもなかった。

少年は、引くわけにはいかなかったのだ。

 

「・・・同じか・・・この俺と・・・」

 

そう言ってサングラスをかけるアキト。

 

「ここを血で汚す気はない・・・とりあえず墓地から出ないか?」

 

「ふざけるな!!」

 

激昂する少年。

その言葉を聞いて、アキトが口元に笑みを浮かべる。

そして、冷たい言葉を吐く。

 

「・・・なら、父のもとに行くがいい・・・」

 

その言葉を聞いて、一瞬恐怖に震えた少年だが、すぐさまそれを拭いアキトに殺到する。

そんな彼に、アキトは笑みを浮かべているだけ。

 

「死ねー!テンカワアキト!!」

 

少年の刃がアキトの身体に触れようとしたその時。

トン。

横に避けたアキトが少年の首筋に手刀をたたき込む。

一瞬の出来事だった。

わずか一撃で少年は気を失い地面に倒れる。

再び蝉の鳴き声が聞こえてくる。

アキトは、倒れた少年を冷たい目で見下ろしている。

 

「・・・ここを血で汚す気はないんでね・・・」

 

そう言って、再びアヤカの墓に目を向けるアキト。

ゆっくりとサングラスを外し、その顔に優しい笑顔を浮かべる。

 

「ごめんね、騒がしくして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それじゃあ、また来るから・・・」

 

そう言って、少年の襟首を掴むとその場から離れ墓地を出ていくアキト。

その数分後、あたりに銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墓参りを終えると、一度自宅に戻りシャワーを浴びたアキト。

誰も居なかったせいもあり、すぐにマンションを出て知り合いの家に向かい歩いていく。

その手には、駅前にある美味しいと評判のケーキ屋の箱を持っている。

向かう先は、白鳥家。

九十九とユキナは、アキトの住んでいるマンションから歩いて30分ほどの場所に住んでいた。

そこへ、アキトは向かっていた。

ふと横の国道を見ると、かなり渋滞しているのがわかる。

強い日差しと自動車の発する熱で物凄い暑さにも関わらず、アキトは汗1つかいていない。

車の中にいる女性から乗っていかないかと、頻繁に声をかけられる。

だが、アキトはわざわざこの渋滞にはまる気はなかったのだろう。

それらの誘いをやんわりと断ると、1人歩いていく。

しばらく歩いたとき。

 

「アキトー!」

 

よく知っている少女の声が聞こえてきた。

背後から何者かが急速に接近してくる。

だが、アキトは別に足を止めないし、避けようともしない。

すると。

 

「待ちなさいよ、アキト!」

 

抱き付き。

いきなり背後からアキトに抱き付いた少女がいた。

白鳥ユキナ。

だがアキトは足を止めない。

ユキナを背中にぶら下げながら歩く。

 

「あの〜、アキト?」

 

「・・・ユキナ、楽しいか?・・・」

 

あからさまに呆れているその声に、仕方なくアキトの背から降りると横に並ぶ。

そのユキナを見るアキト。

この辺りの高校の制服に身を包んでいる彼女。

昔よりだいぶ大人っぽくなった少女。

黄色いカチューシャが目を引く。

高校でも男子からかなり人気があるらしく、よく告白されたりしているらしい。

だが、その割には誰かと付き合っているという話は聞かない。

アキトが左手を伸ばし、ユキナの持っている大きな荷物を持ってやる。

 

「ありがとう!」

 

そう言うユキナに微笑みつつ、再び正面を向くアキト。

しばらく、黙って歩く。

 

「ねえアキト、家に来るの?」

 

アキトを上目遣いに見るユキナ。

その問いに正面を向いたまま答えようとして、ふと思い出したようにユキナの方を向くアキト。

 

「ああ、そのつもりだ」

 

何を分かり切ったことを、と思うアキト。

だが、ユキナはアキトの答えに本当に嬉しそうに笑う。

 

「やった!!」

 

何やらガッツポーズしているユキナ。

そんな彼女を、口元に笑みを浮かべながら見ているアキト。

 

「土産も買ってきた」

 

そう言ってケーキの箱を見せる。

それを見た瞬間、ユキナの顔色が変わった。

驚きの表情でアキトを見ている。

 

「ちょっとアキト、これ・・・並んだのよね」

 

ユキナがそう言ったのには理由がある。

アキトが持っているケーキ。

これは超有名店のケーキなのである。

評判のケーキを求め、常に女子高生達の行列が出来ることで有名な店。

その女子高生達に混じり、ケーキを買う黒い王子。

かなり、危険な香りがする・・・。

 

「美味しい物にはそれだの価値があるだろう」

 

美味しい物。

そう言ったアキトだが、彼の味覚はすでに死んでいる。

 

「アキト・・・」

 

アキトを労るように見るユキナ。

だが、アキトはすでに気にしていないのか、笑顔を浮かべている。

 

「気にするな・・・気分の問題だ」

 

別に美味しい物でなくてもアキト自身問題はない。

味覚がなければ美味しいかどうかは関係がなかった。

ただ、彼は自分以外の人たちに出来るだけ美味しい物を食べて欲しかったのだ。

自分の分まで皆に美味しい物を食べて欲しかったのだろう。

他愛のないお喋りをしながら歩くアキトとユキナ。

すでに国道から離れ、住宅地に入っている。

しばらくすると遠くにユキナの住んでいるマンションが見えてくる。

 

「お兄ちゃんいるかな?」

 

「さあ?特に連絡してないからな・・・居なければ帰るつもりだったし・・・」

 

淡々と言うアキト。

アキトのマンションとユキナのマンションの距離は、かなり近い。

会えなかったからと言って、どうということはない。

 

「う〜ん・・・今日は非番だから多分居ると思うんだけど・・・」

 

腕を組んで考え込んでいるユキナ。

そんな彼女の揺れる髪に目をやりながら、アキトがふと疑問を口にする。

 

「それよりユキナ、夏休みまで学校とは・・・さては・・・補習だな・・・」

 

その言葉にビクッとアキトの方を向くユキナ。

アキトは何故か口元に笑みを浮かべている。

今にもクックックッ、と声が聞こえてきそうだ。

 

「ち、違うよ!!アキトに勉強教えてもらってるのに補習になんかなるわけないでしょ!これでも学年で10位以内に入ってるんだから!!」

 

必死に弁解するユキナ。

実際彼女は頭が良い。

なにせテンカワ・アキトが直々に教えているのだ。

アキトの教え方は非常にわかりやすく、ユキナの成績も鰻登りだそうだ。

 

「・・・それは凄いな・・・」

 

「えへへ」

 

アキトに誉められて照れるユキナ。

 

「それじゃあ部活か何かか?」

 

「うん」

 

そんなことを話していると、ユキナの住んでいるマンションに着く。

エレベーターで5階まで上がり、部屋の前までいく。

そして、ドアを開ける。

 

「それじゃあどうぞ、アキト」

 

「ああ、邪魔する」

 

そう言ってアキトが入ってくるのを見て、靴を脱いで部屋に入っていくユキナ。

 

「ただいま、お兄ちゃん!!」

 

リビングには白鳥九十九が居た。

彼は、1人でお茶を飲んでいた。

 

「ユキナ・・・早かったな」

 

ゆっくりと湯飲みをテーブルに置き、ユキナに笑顔を向ける九十九。

そんな九十九に笑顔で答えるユキナ。

仲の良い兄妹。

ずっと2人で生きてきた。

 

「お兄ちゃん、アキトが来てるよ・・・アキト〜、さっさとこっち来なさいよ〜!!」

 

その声に、右手にケーキの小箱を持ったアキトがリビングに入ってくる。

ユキナが慕い、九十九が信頼する男。

アキトは、ゆっくりとサングラスを外した。

 

「・・・お邪魔するよ、九十九・・・」

 

そういって爽やかに笑うアキト。

九十九もユキナも、アキトの笑顔を見ると心が和む。

アキトの笑顔は、木連との戦争終結を境にますますその輝きを増した。

九十九もユキナも、アキトの愛する大切な存在。

彼らへの愛情が、その笑顔をすばらしいものに変えていた。

 

「そ・・・それじゃあ私着替えてくるね!」

 

顔を真っ赤にしながらそう言うと、自分の部屋に入っていくユキナ。

それを見て、九十九の向かいの席に腰を下ろすアキト。

九十九がお茶を飲みながらアキトを見る。

アキトはその金色の瞳で、ジッと九十九を見ている。

ややあって、アキトが口を開く。

 

「ユキナ、後何年かすれば良い女になるな」

 

ピク。

一瞬、九十九の顔がひきつる。

そして、アキトを睨み付ける。

 

「お前・・・手を出すなよ」

 

そう言って、今にもアキトに攻撃でも仕掛けそうな九十九。

それに対してニヤリと笑うアキト。

 

「フフ、俺からはな」

 

「まったく・・・。それより、ルリさん達は元気かい?」

 

「ああ・・・たまには家に遊びに来い」

 

九十九はアキトの家にあまり行ったことがない。

もっぱらアキトが九十九の家に来ることが多いからだ。

ちなみにユキナは、暇さえあればアキトの家に遊びに行っている。

 

「わかった・・・。次の休暇の時にでもお邪魔させてもらうよ」

 

そう言った九十九に、アキトは満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM5:00。

今は夏なので、まだまだ明るい時間である。

1時間ほどで九十九の家を辞してきたアキトは、1人自宅に向かい歩いている。

一人歩きながら、色々なことを考えるアキト。

木連との共存は、まだぎこちないがそれでも上手くいっているだろう。

木連出身の人たちと地球出身の人たちの間での差別も、特に起こっていないように思える。

もちろん、全ての問題が解決されているとは言い難い。

だが、それは当たり前なのだ。

初めから完璧に出来る人間は居ない。

問題が起こって、それを解決しようと努力して、可能な限りその問題を減らそうとする。

そう言った地道な努力が、今の地球と木連には必要なのだ。

アキトは1人歩いている。

木連の軍人からは死神と恐れられるアキト。

だが、同時に黒い王子として多くの人たちに慕われている。

それら多くの人たちは、本当の彼を知らない。

どんなに強かろうと、彼も1人の人間である。

その心は傷付きやすい。

そして、その傷は容易に癒すことは出来ない。

いや、すでに癒すことは出来ないのかも知れない。

ふと、足を止めるアキト。

自宅マンションの前の道を、よく知った女性が歩いてくる。

彼女は買い物袋を両手で持っている。

美しい瑠璃色の髪を、昔とは違いストレートにおろしてる。

アキトは、口元に笑みを浮かべて歩き出す。

その女性を見ただけで、アキトの心は安らぐ。

彼女の名は、ホシノ・ルリ。

アキトが愛してやまない、美しい妖精。

ルリもようやくアキトに気付き、嬉しそうな顔をする。

そして、2人がお互いに歩み寄る。

 

「ただいま、ルリちゃん」

 

サングラスを外し、そう言って微笑むアキト。

そのアキトに、同じように魅力的な笑顔を返すルリ。

 

「はい、お帰りなさい」

 

落ち着いた、大人の女性を感じさせる声。

そして優しい微笑み。

それを見て、アキトは衝動的にルリを抱きしめた。

 

「きゃっ!!」

 

いきなりのことで、買い物袋を落としてしまうルリ。

彼女は場所が場所だけに、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

それでも黙ってアキトに身を任せる。

しばらくしてもアキトはルリを放さない。

 

「アキトさん・・・どうしたんですか?」

 

ルリが優しくアキトに囁く。

アキトはルリを抱きしめ、その髪に顔を埋めながら言う。

 

「しばらく・・・このままで居させてくれ・・・」

 

その言葉に、ルリはゆっくりと瞳を閉じる。

 

「・・・はい・・・アキトさん・・・」

 

優しい時間が流れる。

愛しい人の存在をはっきりと感じられる時間。

その時間こそが、黒い王子テンカワ・アキトの束の間の休息だった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話はいかがでしたか。

木連との和平が成立して、少し経ってからの話です。

まだ、火星の後継者との戦いは始まっていません。

少しだけのんびりとした日常です。

ルリは少し大人びています。

何時までも、少女ではないでしょうから・・・。

皆様、感想等お送りください。

それでは、次回をお楽しみに。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

なにかこう、ダークな雰囲気になりかけたところでほんわかムードへ。
毎度ながら秀逸でございます(笑)

私がやったら全編ダークになるだろうし(爆)



さあ、アキトのこれからが見たければささばりさんにメールを出すんだ!


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