アイランドに戻る”木馬”に戻る














妖精の守護者  第36話

 

 

 

 

 

「ただいま、ルリちゃん」

 

サングラスを外し、そう言って微笑むアキト。

そのアキトに、同じように魅力的な笑顔を返すルリ。

 

「はい、お帰りなさい」

 

落ち着いた、大人の女性を感じさせる声。

そして優しい微笑み。

それを見て、アキトは衝動的にルリを抱きしめた。

 

「きゃっ!!」

 

いきなりのことで、買い物袋を落としてしまうルリ。

彼女は場所が場所だけに、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

それでも黙ってアキトに身を任せる。

しばらくしてもアキトはルリを放さない。

 

「アキトさん・・・どうしたんですか?」

 

ルリが優しくアキトに囁く。

アキトはルリを抱きしめ、その髪に顔を埋めながら言う。

 

「しばらく・・・このままで居させてくれ・・・」

 

その言葉に、ルリはゆっくりと瞳を閉じる。

 

「・・・はい・・・アキトさん・・・」

 

優しい時間が流れる。

愛しい人の存在をはっきりと感じられる時間。

その時間こそが、黒い王子テンカワ・アキトの束の間の休息だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第36話「それぞれの思惑」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木連と地球の和平が成立してから1年が経った。

様々な問題があったが、地球側、木連側双方の努力により、何とか共存できるようになっていた。

テンカワ家。

アキトの前に正座している白鳥ユキナ。

 

「で・・・うちに来たと・・・」

 

呆れながら言うアキト。

 

「そうよ・・・確かにお兄ちゃんとミナトさんが結婚するのは賛成よ。でもああイチャイチャされると、いい加減頭に来るのよ!」

 

かなりご立腹のようだ。

そんなユキナを見てアキトが言う。

 

「まあ良い・・・気が済むまで居ると良い。部屋はあるし、泊まっていっても良いから」

 

そう言った時、奥の部屋からルリが出てきた。

ストレートに下ろしている瑠璃色の髪が、とても美しかった。

 

「アキトさん、ユキナさんのお布団出しておきます?」

 

そう言って微笑むルリ。

その笑顔は、優しく、そして美しかった。

そんな彼女を、ユキナが羨望の眼差しでみている。

 

「そうだな・・・そうしておいてくれる、ルリちゃん」

 

「はい」

 

アキトの言葉にそう答えて、再び奥の部屋に引っ込んでいくルリ。

それを見ていたユキナが溜息を付きながらアキトを見る。

 

「何だ・・・ユキナ」

 

「ルリさん・・・とっても綺麗ね」

 

「・・・そうだな」

 

「うん。ただでさえ綺麗なのに、あの優しい笑顔・・・憧れちゃう・・・」

 

ルリは、ルリカとラピスの手前、姉として振る舞わなくてはならなかった。

そしてそれは、ルリの人格を年齢以上に成長させていた。

 

「・・・とにかく今日は泊まっていけ。あいつらも喜ぶ。九十九には俺から言っておいてやるから」

 

アキトがそう言うと少しすまなそうな顔をするユキナ。

 

「ゴメンね、アキト」

 

そう言ったユキナに笑顔を向けるアキト。

優しい笑顔。

アキトがこの本当の笑顔を向ける相手は、この世で数えるほどしか居ない。

 

「お前は妹も同然だ・・・困ったことがあったらいつでも来い」

 

「うん・・・ありがとうアキト」

 

ユキナがそう言ったとき、玄関の方から少しおっとりした声と、元気のいい声が聞こえてきた。

 

「ただいま帰りました」

 

「ただいま〜!」

 

ルリカとラピスである。

この2人、戦後正式にアキトの養子となった。

今では名実共にアキトの娘である。

2人共アキトの要望で、地元の中学校に通っている。

頭は良いが、アキトは人付き合いを勉強して欲しいそうだ。

2人とも友達もできて、良い学校生活を送っているらしい。

そして、その2人がリビングに姿を現す。

地元の中学校の制服に身を包んでいるルリカとラピス。

その瑠璃色の髪と薄桃色の髪が、不思議な雰囲気を醸し出していた。

ルリカとラピス。

この2人は、いつも一緒だった。

アキトの側に居るときも、学校にいるときも、常に一緒に行動していた。

明るくて、少し子供っぽいラピス。

物静かで、大人びているルリカ。

性格的に正反対なこの2人は、学校でも男女を問わず人気があった。

 

「ただいま〜、パパァ!」

 

そう言って、鞄をその辺に放り投げたラピスが、アキトに飛びついてくる。

それを優しく抱きしめるアキト。

 

「お帰りラピス」

 

アキトの言葉に満面の笑みで答えるラピス。

ラピスはアキトの養子になるのを境に、アキトのことを『パパ』と呼んでいる。

そしてそのラピスから遅れることわずか、ルリカがアキトの側に寄ってくる

 

「ただいま帰りました、お父さん」

 

そう言って恥ずかしそうに頬を染めながら、ちょこんとアキトの横に座るルリカ。

 

「ああ、お帰りルリカ」

 

ルリカを抱き寄せると、耳元で囁くアキト。

その行為を嬉しそうに受け入れるルリカ。

 

「そうだ・・・今日はユキナが泊まって行くぞ」

 

そう言って、アキトが両腕で抱いていた少女達2人を離す。

 

「ホント!」

 

「本当ですか?」

 

アキトの言葉に嬉しそうにするルリカとラピス。

歳の近いこの3人は本当に仲が良い。

アキトにとっても嬉しい限りだ。

 

「うん!いっぱいお喋りしようね!」

 

「うん!」

 

「はい」

 

ユキナの言葉に、2人とも嬉しそうに返事をする。

そんな3人を笑顔で見ているアキト。

ルリカとラピス。

2人は、自他共に認めるファザコン娘達である。

2人ともアキトの養子になってから、ますます彼に甘えるようになった。

心からアキトを愛していたのだ。

それゆえの、過剰なまでの愛情表現。

アキトも、まるでそれを望んでいるかの様に、娘達を溺愛していた。

そしてそれが、徐々に彼女たちの行為をエスカレートさせていくことになる。

後のこの2人は、その過剰な愛情からアキトとの肉体的な関係までも求めてしまう。

そしてアキトも、自分を求めてくる娘達を拒もうとはしなかった。

昔の、アヤカを殺す前のアキトならそうはならなかっただろう。

だが、愛情に関して完全に壊れてしまったアキトの心は、その劣情を娘達に向けることをためらわなかった。

何故ならアキトは、それが娘達を自分の側に置くための手段だと思い込んでいたから・・・。

側に置けば、愛する者を護れる。

結局その考えが、アキトを終生とらえて離さなかったのである。

ラピスとルリカ。

この2人には、アキトが全てだった。

そしてそれが、後に2人を逃れられない運命に誘う。

過剰な愛情が、ラピスとルリカの羅針盤を狂わせることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあアキト、また後でね!」

 

ユキナがそう言って、ルリカとラピスと3人でリビングを出ていく。

それを嬉しそうに見ているアキト。

温かい家族。

そして多くの友人達。

その誰もが、アキトにとっては掛け替えのない存在だった。

だが、その想いを護るために彼は戦わなくてはならなかった。

次の瞬間ゆっくりと笑顔を消していくアキト。

彼が纏うのは闇。

そして心を覆うものは、殺意。

 

「アキトさん・・・」

 

リビングに入ってきたルリが、アキトの表情を見て心配そうに声をかける。

その言葉にすぐに笑顔になるアキト。

 

「ルリちゃん・・・今夜少し出かけるから。だからしっかりと戸締まりするんだよ」

 

アキトの言葉に悲しそうな顔をするルリ。

 

「また・・・行くんですか?」

 

その言葉にルリを見るアキト。

アキトの強烈な眼光がルリを射抜く。

一瞬ルリが身震いする。

アキトの冷たい視線。

それが、ルリにある情景を思い出させる。

全身にアヤカの返り血を浴びた、殺人鬼テンカワアキト。

あの時の凄惨な情景は、一生ルリの頭から離れることはなかった。

だが、それでもルリがアキトの側に居られた理由。

それは、彼女が本当にアキトのことを愛していたからだろう。

 

「ルリちゃんは余計な事を気にするな・・・いいな」

 

アキトの言葉は普段よりかなり語調が強い。

それ故に、そのアキトの言葉には逆らえないルリ。

アキトはこれから人を殺しに行く。

そうとわかっていながら、ルリは黙って頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

薄暗い部屋。

むせ返るような血の臭い。

辺りに散らばる大量の書類。

そして・・・死体。

その中にたたずむ人影。

テンカワ・アキト。

冷たい目で死体を見下ろしている。

死体は皆白衣のような物を着ている。

だが、その中の一体だけは、すでに人の原型をとどめていない。

ただの肉塊と化していた。

何をどうすれば人体をここまで破壊できるのか。

そう思わずに入られない程、その死体だけは損傷が激しかった。

ここは火星の後継者の研究所。

アキトはナデシコからおりてから狩りをしていた。

火星の後継者、特にその研究員達を。

すでに、アキトの入れられていた研究所にいた研究員達は、ヤマサキをのぞきすべて血祭りに上げている。

 

「これで・・・残りは北辰達とヤマサキだけか・・・」

 

ニィと口元を歪めるアキト。

そして、側に転がっている肉塊に目を向ける。

アキトの顔に、緑色の光りが走る。

グチャ!

アキトが踏みつけると、肉塊は不気味な音を立てる。

 

「お前のことも覚えてるぞ・・・こんな雑魚に・・・アヤカを・・・」

 

グチャ!

グチャ!

グチャ!

アキトは飽きることもなく、何度も、何度もその肉塊を踏みつけていた。

その顔に笑みを浮かべながら・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトは着替えをすませてからマンションに戻ると、玄関から部屋の中に入る。

 

「お帰りなさい、アキトさん」

 

玄関でアキトの帰りを待っていたのはルリ。

そんなルリに少し驚くアキト。

 

「ルリちゃん・・・夜更かしは駄目だよ」

 

「私・・・もう子供じゃありません」

 

そう言ってアキトに抱き付こうとする。

が、アキトはそれを許さない。

 

「・・・しばらく俺に触れるな・・・」

 

絶対的な強制力のある声色。

アキトは人を殺した後、しばらくは誰にも触らせない。

以前はそんなことはなかった。

だが、アヤカを殺して以来、彼は変わった。

彼は人を殺した後、必ずと言っていいほど幻覚を見る。

自分の右腕から、血が滴っているのだ。

殺した相手の血が滴る、呪われた右腕。

そんな腕で、愛する者に触れるわけにはいかなかった。

汚したくないのだ・・・愛する者を。

ルリの脇を抜けるとシャワールームに向かうアキト。

そんなアキトを少し悲しそうに見ているルリ。

だが彼女はもう少女ではない。

1つの野望を胸に秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血の臭いか・・・臭いは感じないはずなのにないのに・・・」

 

病的と言うほど何度も体を洗うアキト。

その鍛え抜かれた肉体。

無数の傷がある肉体。

その傷1つ1つに血の臭いがしみこんでいるような気がする。

 

「もうすぐだ・・・もうすぐ終わる・・・」

 

シャワーを浴びながら1人呟くアキト。

後はヤマサキと北辰のみ。

そう考えていると、不意に背後のドアが開く。

 

「アキトさん・・・」

 

ルリが入ってきたのだ。

 

「ルリちゃん・・・大胆だね」

 

そう言って振り返るアキト。

と同時にアキトに抱き付くルリ。

 

「ルリちゃん・・・血の臭いが移る」

 

「構いません」

 

そう言ってアキトにキスをするルリ。

ルリを抱きながらされるがままになっているアキト。

しばらくしてゆっくりと唇を離すルリ。

アキトを見つめながら口を開く。

 

「アキトさん・・・いつまで続くんですか?」

 

そう言ったルリは必死だった。

アキトの行っている凶行。

知っていても止めることが出来ない自分。

 

「・・・心配かけてごめん・・・でも・・・後はヤマサキと北辰だけだから」

 

「後・・・2人もですか?」

 

そう言ったルリの辛そうな顔。

その顔を見ているアキトも辛い。

 

「これだけは譲れないんだ・・・これだけは・・・」

 

そんなアキトの言葉に頷くルリ。

 

「わかってます・・・わかってるんですけど・・・」

 

そう言ってアキトの胸に顔を埋める。

しばらく2人でそうしてシャワーに打たれている。

ゆっくりと時間が流れる。

2人だけの時間。

 

「ルリちゃん」

 

優しく声をかけるアキト。

顔を上げるルリ。

そこには優しい笑顔があった。

ルリの大好きな、あの笑顔が。

 

「大丈夫・・・もうあの頃の様にはならないから」

 

ルリを見つめる金色の瞳。

アキトを見つめる金色の瞳。

ゆっくりと笑顔を浮かべるルリ。

 

「・・・はい・・・」

 

ルリはアキトの笑顔を見て安心した。

この笑顔は嘘をつかない。

アキトはアキトのままでいてくれる。

そう考えると、無性にアキトが愛おしくなるルリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

ネルガルの研究所内にあるイネスの研究室に来ているアキト。

イネス・フレサンジュによる検査を受けているのだ。

 

「おかしな所はない?」

 

そのイネスの言葉に、自らの左脚の太股を撫でるアキト。

その部分には、傷跡が残っている。

その傷跡のことを知っている女性は多いが、何故その傷跡が出来たかを知る者は少ない。

 

「少し左足に違和感がある・・・まあ仕方がないことだがな。油断した俺が悪い」

 

アキトの言葉を聞きながら検査結果に目を通すイネス。

 

「そうね・・・あなたの言う通り、左足の太股付近に異常があるわ・・・おそらくは・・・」

 

そこで言葉を切るイネス。

明らかに、その先を口にすることに躊躇している。

 

「ハッキリ言え・・・お前らしくもない」

 

そんなアキトの言葉に一瞬身震いするイネス。

だがすぐに気を取り直すと、口を開く。

 

「あの時の・・・和平会見の時の傷・・・これのせいね。あなたに自覚症状があることを考えるとかなり危険ね。近いうちに動かなくなるかも知れないわよ」

 

最後の方を辛そうに言うイネス。

アキトは和平会見の時、北辰の投げた小刀で足を貫かれている。

傷自体は治ったのだが、最近少し違和感を覚える。

だから今回イネスに調べてもらいに来たのだ。

イネスの言葉を聞いても顔色1つ変えないアキト。

しばらくしてゆっくりと口を開く。

 

「そうか・・・そうだろうな」

 

「あの時言ったはずよ?普通の生活をしてさえいれば3年か4年・・・もしかしたら5年は生きていられるって・・・。それなのに、あなたは今も危険なことをしている」

 

「自分の命より大切なものがある」

 

そう言ったアキトの顔を、悲しそうに見つめるイネス。

アキトの笑顔は、美しすぎた。

彼の魂を掴んではなさい死神の存在など、微塵も感じさせない。

 

「・・・まったく・・・まあいいわ。他は大丈夫よ・・・。検査でも特に異常は出てないわね」

 

「わかった・・・」

 

そう言ってゆっくり立ち上がるアキトに、声をかけるイネス。

 

「・・・お兄ちゃん、もし身体がおかしくなったらいつでも連絡して。どんなことがあってもすぐ行くからね!」

 

イネスのその言葉に、ありがとうと言って微笑むアキト。

そして帰ろうとしたアキトの服を、イネスが掴む。

 

「・・・たまには部屋にも来てよ・・・。1人じゃ寂しいよ・・・」

 

捨てられた子犬のような目でアキトを見つめるイネス。

イネス・フレサンジュの時の自信に満ちている表情とは違う。

アキトと2人きりの時だけ見せる、その弱々しい表情。

その顔を見てニヤリと笑うアキト。

 

「やれやれ、ずいぶん甘えん坊だな」

 

そう言ってイネスの頭を撫でてやるアキト。

その行為に、嬉しそうな表情を浮かべるイネス。

アキトがそんな彼女の耳元に唇を寄せ、そっと囁く。

 

「・・・なら、今ここで相手をしてやる。ドアに鍵をかけろ・・・」

 

その言葉に、イネスは顔を真っ赤にしながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日々平穏。

ホウメイがナデシコをおりた後開いた店。

様々な国の料理をメニューにくわえている。

味には定評があり、食事時にはかなり繁盛する。

すでに閉店時間を過ぎているので客は誰も居ない。

いや、1人だけいる。

 

「・・・いいのかい?家に帰らなくて・・・」

 

アキトの横に座りグラスを傾けるホウメイ。

同じくグラスを傾けるアキト。

 

「ああ・・・少し飲みたい気分なんだ」

 

カラン。

アキトのグラスの氷がなる。

ホウメイがすぐに注ぎ直す。

 

「検査・・・悪かったのかい?」

 

「・・・左足・・・もうすぐ駄目になるそうだ・・・」

 

検査結果を話すアキト。

アキトはよくこの店に遊びに来ている。

店の開いているときは家族で。

閉まっている時間には1人で来て、ホウメイと酒を飲む。

この2人はお互いを、性別年齢を超えた友人だと思っている。

だからこそアキトは自分のことをホウメイに話す。

ホウメイは、アキトの寿命のことも早くからアキト自身に聞いていた。

余談だが、一時期ルリが2人の関係を勘ぐったときがあった。

だがその時はアキトの「俺が愛してるのはルリちゃんだけだ」と言う言葉で撃退されている。

 

「治るあてはないのかい?」

 

「・・・無理だろうな・・・」

 

その言葉を聞いてホウメイの表情が曇る。

それを見て言葉を続けるアキト。

 

「そんな顔するな・・・足が動かないからといって死ぬ訳じゃない。それに身体が不自由でもがんばっている人はたくさんいる」

 

「そりゃそうだけど・・・あの子達には話すのかい?」

 

「ああ・・・隠していてもいずれはばれる。それに・・・家族だからな」

 

そう言って微笑むアキト。

とても爽やかな笑顔。

その笑顔を見て、少しだけ心が軽くなるホウメイ。

 

「そうか・・・そうだね」

 

「ああ・・・」

 

そう言って顔を見合わせる2人。

お互いの視線がぶつかる。

大切な友。

お互い微笑みを浮かべるとグラスを一気にあおる。

 

「さ、早く帰ってあげな」

 

「ああ・・・また来るよ」

 

そう言って店を出ていくアキト。

アキトが出ていった後、1人で考えているホウメイ。

ずいぶん変わってきたアキト。

未だに心に闇は持っているようだが、ラピスやルリカ、何よりルリを愛する心に偽りはない様だ。

1人グラスにウィスキーを注ぐホウメイ。

ゆっくりとグラスを持ち上げる。

 

「テンカワとあの子達の未来に・・・」

 

そう言うと一気にウィスキーを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間ほど経ったある日。

ネルガル会長室。

ここに4人の人間がいる。

ネルガル会長、アカツキ・ナガレ。

そして、ルリ、ルリカ、ラピスの3人である。

ちなみになぜ会長秘書のエリナがいないかというと、いるとすぐにルリと喧嘩するので、アカツキが別の仕事を与えて追い出したのである。

 

「さて、いきなりだけど本題にはいるよ」

 

そう言ったのはアカツキ・ナガレ。

彼の座っているソファの向かいに少女達が座っている。

中央にルリ、その左右にルリカとラピスが座っている。

3人の顔を順に見てから、アカツキが口を開く。

 

「軍からもネルガルからも離れた君たちに頼むのは心苦しいんだけど・・・戦艦に乗ってもらえないかい?」

 

一瞬唖然とする3人。

だがすぐにアカツキを睨み付けるルリカ。

 

「私達はお父さんの側にいたいんです。それを戦艦なんかに乗ってしまったら離ればなれになります」

 

普段おとなしい彼女が本気で怒っているようだ。

そしてラピスも露骨にイヤな顔をする。

 

「パパと離れるのはイヤ」

 

そう言ってプイッとそっぽを向いてしまう。

 

「私も2人に賛成です・・・アキトさんと離れたくありません」

 

そう言って自分を睨むルリの瞳に殺気を感じるアカツキ。

だがあらかじめ予想していたので、何とか平静を保つ事が出来た。

 

「ちょっと待ちたまえ。艦長はテンカワ君だよ?」

 

「「「え?」」」

 

全く予想外の事に絶句する3人。

ほっと一息つくアカツキ。

ハンカチで汗を拭っているのはご愛嬌だ。

 

「実はね・・・もうすぐ凄いのが出来るんだよ」

 

そう言ってニヤリと笑うアカツキ。

 

「凄い・・・ですか?」

 

「そう、開発コード『ユーチャリス』。ナデシコBもこれから見れば子供の玩具だね」

 

ナデシコB。

宇宙軍最強と歌われる戦艦である。

艦長ミスマルユリカを筆頭に、クルー達の能力も超一流だ。

アカツキはそれを玩具と言ったのだ。

 

「そ、そんなに凄いんですか」

 

ナデシコBの能力を知っているルリは、アカツキの言葉がいまいち信じられなかった。

 

「うん、凄い・・・まあ性能のことは後で話すよ。それよりテンカワ君はね・・・その戦艦で最後の戦いをするつもりなんだよ」

 

最後の戦いと言うところで3人の表情が引き締まる。

 

「最後の戦い・・・ですか?」

 

ルリカが真剣な顔でアカツキを見る。

それにゆっくりと頷くアカツキ。

 

「そう・・・彼は『ユーチャリス』で火星の後継者と戦うつもりらしい。彼の実力から考えても、それは無謀な事じゃない」

 

そんなアカツキを睨むルリカ。

 

「お父さんならどんな敵にも負けません・・・でも、そんな事をしてアカツキさんに何の得があるんですか?新造戦艦一隻をお父さんに何の見返りも無しに貸すはずがありませんから」

 

ルリカのその言葉に視線を逸らすアカツキ。

遠い眼をしている。

 

「確かにネルガルの会長としては、『ユーチャリス』の実戦における各種のデータが欲しいよ。でも・・・それだけじゃない」

 

そこで言葉を切るアカツキ。

正面から3人の妖精達を見つめる。

真摯な眼差し。

それを感じ取るルリ。

 

「罪滅ぼし・・・とでも思ってくれ。あの時・・・あの時火星で彼を救えなかった不甲斐ない男の罪滅ぼし・・・」

 

今のアカツキはネルガルの会長ではなく、テンカワアキトの親友としていったのだ。

3人ともその事を感じた。

彼は信用できる。

 

「ごめんなさい・・・この話はもうやめましょう」

 

そう言って小休止とばかりに目の前にあるお茶を一口飲むルリ。

皆それにならう。

 

「アカツキさんの気持ちは分かりました。でも私達はアキトさんにもうあんなことして欲しくないんです」

 

そう言ったルリの視線は悲しみに満ちていた。

アキトは未だに人を殺めている。

火星の後継者への復讐だけではない。

ルリ達が軍を抜けるのには、当然反対意見もあった。

ルリ達の能力を見て、再びモルモットにしようとする者まで出た。

だが、それらの人物はことごとく暗殺されてしまっていた。

ルリは知っていた。

それらの暗殺もアキトによるものだと。

アキトには、物事を暴力で解決させようとする傾向がある。

そして、アヤカを殺したときからますますその傾向が強くなってきている。

もちろんルリは、そのおかげで自分達が平和に暮らせていると言うことを知っている。

だが、それでも彼女は、アキトに人を殺めて欲しくなかった。

 

「君の気持ちは分かる。だからこそテンカワ君と共に戦って欲しい、彼が自分を見失わないように・・・君たちに、彼の帰れる場所になって欲しい・・・」

 

真剣な顔でルリ達を見るアカツキ。

その視線を受けてから、ゆっくりと瞳を閉じるルリ。

 

「私達が・・・」

 

「そう・・・君たちがいれば彼も無茶なことをしないだろう。それに『ユーチャリス』に君たちが乗ってくれればアキト君の危険も減るよ。この艦は君たちのようなIFS強化体質の子が乗るとその能力は飛躍的に上昇する。そして、その能力があれば火星の後継者など簡単に倒せるよ」

 

その言葉を聞いて、ラピスとルリカを交互に見る。

2人も決心したようだ。

そしてルリがゆっくりと目を開ける。

その瞳には、決意。

 

「わかりました・・・アキトさんのために乗ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然だが、この話を知ったアキトは激怒した。

最初彼は自分一人でユーチャリスを動かそうと思っていた。

彼自身もIFS強化体質であり、戦艦のオペレーターも出来る。

オモイカネもいるので、いざアキトがブラックサレナで出撃してもユーチャリスが沈められることは考えにくい。

そして何よりルリ達を戦いに駆り出すのがイヤだったのだ。

黒い王子と3人の妖精達の睨み合いは3時間に及んだという。

結局折れたのはアキトの方だった。

一歩も引かないルリ、涙目で何かを訴えかけてくるルリカとラピスに、アキトはついに敗北したのだ。

後に、この話を聞いた地球連合宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウはこう呟いたという。

 

「どうだアキト君、家族は良いものだろう」

 

彼は、自分の仲間を見つけて嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

皆様、いつもご愛読ありがとうございます。

今回のお話はいかがでしたでしょうか。

アキトの日常にある、安らぎと狂気。

そして、壊れていく身体。

アキトの周囲でも、皆動き始めています。

そろそろ、火星の後継者が動き出す日も近いです。

今回のお話で、感想等ありましたら是非お送りください。

よろしくお願い致します。

それでは、次回をお楽しみに。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

閑話休題とはいえ、少しだけ暗い空気を入れることも忘れない。
さすがですぜ、ささばりさん!(笑)

始まりがあれば終わりがあるのと同じように、この世に生まれ落ちればいつかはこの世に別れを告げるときが来る。
遅いか早いかは人それぞれ。

悔いのないように生きることこそ、人が生きた証。

と、偉そうに書きましたが、私は悔い多い人生です。
今のところ(笑)
たぶん一生悔やみっぱなしでしょう。
それもまた人間(笑)



さあ、長くないのにあっち方面はやっぱりお盛んなアキトが見たければささばりさんにメールを出すんだ!


アイランドに戻る”木馬”に戻る