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妖精の守護者  第37話

 

 

 

 

 

当然だが、この話を知ったアキトは激怒した。

最初彼は自分一人でユーチャリスを動かそうと思っていた。

彼自身もIFS強化体質であり、戦艦のオペレーターも出来る。

オモイカネもいるので、いざアキトがブラックサレナで出撃してもユーチャリスが沈められることは考えにくい。

そして何よりルリ達を戦いに駆り出すのがイヤだったのだ。

黒い王子と3人の妖精達の睨み合いは3時間に及んだという。

結局折れたのはアキトの方だった。

一歩も引かないルリ、涙目で何かを訴えかけてくるルリカとラピスに、アキトはついに敗北したのだ。

後に、この話を聞いた地球連合宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウはこう呟いたという。

 

「どうだアキト君、家族は良いものだろう」

 

彼は、自分の仲間を見つけて嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第37話「火星の後継者」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半年後。

地球連合宇宙軍本部ビル。

 

「火星の後継者だと!?」

 

デスクを叩きながら立ち上がるミスマル・コウイチロウ元帥。

連合宇宙軍総司令。

 

「はい。火星の後継者と名乗る組織が火星極冠遺跡を占拠。首謀者は草壁春樹・元木連中将です」

 

そう言ったのはアオイ・ジュン中佐。

地球連合宇宙軍第三艦隊・第三戦隊所属、戦艦アマリリスの艦長である。

彼の指揮官としての能力は、かなり高いと言えるだろう。

女性関係以外での冷静な判断力。

攻守において、そのバランスの良さは軍内部でも非常に有名である。

 

「草壁・・・あの男か・・・」

 

実際に会ったことのあるコウイチロウが呟く。

火星の後継者達が和平会見と偽って接触してきた事件。

それ以来、草壁は行方不明となっていた。

 

「火星を守備していた第七艦隊はどうなった」

 

「火星周辺を哨戒していた第7艦隊・第7戦隊は敵の猛攻を受け全滅。同第16戦隊もほぼ壊滅しました。何とか逃げ延びたのは、戦艦1、巡洋艦2、その他駆逐艦数隻。そのどれもが戦闘不能状態に陥っています」

 

「・・・艦隊司令長官のサイトウ中将は?」

 

「・・・戦闘開始45分後に、敵戦艦のグラビティーブラストの直撃を艦橋に受け・・・・・・」

 

「そうか・・・逝ったか・・・」

 

そういって、部屋においてある巨大な水槽を見るコウイチロウ。

そこには、大小様々な魚が泳いでいる。

連合宇宙軍中将、サイトウ・タケオ。

彼は、コウイチロウが士官学校にいたときからの親友だった。

 

「馬鹿者が・・・今度の休暇に一緒に釣りに行くのではなかったのか?・・・」

 

悲しそうな表情で呟くコウイチロウ。

それでも、すぐに普段の顔に戻る。

友の死は、確かに悲しむべき事だ。

だが、今はその時ではない。

 

「しかし、第七艦隊が簡単に破れたところを見ると敵はよほどの戦力を・・・」

 

そう言ったジュンをチラリと見て、口を開くのは初老の男。

地球連合宇宙軍参謀総長、ムネタケ・ヨシサダ大将。

その知謀は計り知れないと言われ、連合宇宙軍で多くの将官、佐官達から信頼されている。

 

「裏切り・・・ですかな?」

 

「裏切り・・・。サイトウほどの男が裏切りなどで・・・」

 

そう言って、コウイチロウは悔しそうに拳を握りしめる。

 

「閣下・・・どこで道を間違えられたのか」

 

地球連合宇宙軍少将、秋山源八郎が遠い眼をしながらいう。

そんな源八郎を見ながら考えていたコウイチロウ口を開く。

 

「・・・草壁とはどんな男かね?」

 

「そうですな・・・その胸に気高き理想を抱えている人物。しかしその理想が、他人にとっても理想だと考えてしまう人物」

 

「なるほど・・・同じ夢を見ている間は、理想的な指導者というわけですな?」

 

頷きながらそう言うムネタケ。

そして、ムネタケと視線を合わせうなずきあうコウイチロウ。

 

「すぐに皆を召集。直ちに対策を練る。それと・・・彼に連絡してあげてくれ」

 

「彼・・・アキトにですか・・・」

 

すでにユリカのことをきっぱり諦めていて、今は1人の友人として付き合っているジュン。

その為現在はアキトとの確執はなく、かなり仲が良いと言えるだろう。

 

「彼は必ず動く。だが勝手に動かれては我々としては彼を犯罪者として扱わなくてはならない・・・だが最初からこちらと一緒に動いているということにすれば・・・」

 

「なるほど・・・そうですね、わかりました」

 

そう言って頭を下げると部屋を辞すジュン。

その後ろ姿を見ていたコウイチロウが1人呟く。

 

「我が友よ・・・仇は取る・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

そう言ったのはスーツを着た長髪の青年。

そして、その言葉に軽く頷くのは白髪の青年。

 

「で、何の用だ?」

 

「こっちに来てくれ」

 

そう言って心なしかゆっくりと歩き出す長髪の青年。

その後を黙ってついていく白髪の青年。

コツ、コツと音がする。

白髪の青年がついている杖のようだ。

長髪の青年は、白髪の青年を気遣ってゆっくり歩いているようである。

しばらく歩いただろうか。

2人の目の前に、巨大な扉が出現する。

 

「さあ、ここだ・・・」

 

長髪の青年がそう言うと、2人の前の巨大な扉が開く。

そして、その奥にあった物は・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火星周辺。

現在ここで、火星の後継者と連合宇宙軍の大規模な戦闘が行われていた。

 

「数が違いすぎる・・・何とかしないと・・・」

 

地球連合宇宙軍第四艦隊・第四戦隊所属、ナデシコB艦長のミスマル・ユリカが呻く。

連合宇宙軍は火星の後継者との戦いに、第四艦隊を投入した。

第四艦隊はナデシコBの存在もあって、かなりの戦闘力を持っている。

それが、敵の圧倒的な戦力の前に苦戦していた。

 

「艦長、このままではフィールドが持ちません!」

 

そう言ったのはマキビ・ハリ。

ナデシコBのオペレーターをしている。

ホシノ・ルリと同じ、遺伝子操作により生まれたマシンチャイルドである。

 

「火星の後継者がこれ程の戦力を持っているなんて・・・」

 

いかにユリカが天才でも、多勢に無勢。

第四艦隊は善戦しているが、数が違いすぎる。

 

「早く見つかりすぎた・・・なんとか白鳥さん達が来るまで・・・」

 

連合宇宙軍の指揮官達は、明らかに火星の後継者を軽視していた。

優秀な指揮官の条件。

それは、敵の戦力を遙かに凌駕する戦力を展開させることにある。

地球では主に少数で多数を破ることが、天才的な指揮官、作戦家の条件だと思われがちである。

確かに、少数で多数を破ることは称賛に値する。

だがそれはその前段階にあって、敵より多くの戦力を揃えられなかったというだけである。

この際の地球連合宇宙軍も同じであった。

すぐさま戦闘準備を整えられてのが、第四艦隊だけだったのだ。

だが、地球連合宇宙軍はその第四艦隊だけで十分だと考えたのである。

それだけ地球連合宇宙軍の指揮官は無能だったと言えるだろう。

実際には、第四艦隊だけで押さえられるような敵ではなかったのだ。

ムネタケ・ヨシサダはすぐにこの事に気付き、第五、第六艦隊も出撃させたのだが、それも間に合わず第四艦隊と火星の後継者の艦隊は交戦状態に入ってしまったのだ。

 

「第五、第六艦隊は?」

 

ユリカがそう言ったとき、オモイカネから警告が来る。

エステバリス隊が離れすぎている。

 

「エステバリス隊、出過ぎないで!」

 

ユリカがそう言うと、ウィンドウにリョーコが出る。

 

『そんなこと言ったってよ・・・こんなに数か違うと・・・よ!』

 

苦しそうに言うリョーコ。

ガイも、ヒカルも、イズミも、そして新たに加わった高杉三郎太も。

機動戦艦ナデシコBエステバリス隊、通称『ライオンズシックル』。

その実力は、コンビネーション、単機の実力、全てに置いて他の隊を凌駕していた。

それが、敵に追われるようにしてナデシコから離れていく。

 

『いくら何でもこのままじゃやばいな』

 

そう言うのは金髪の男、高杉三郎太。

敵機動兵器に良いようにされている。

流れが火星の後継者に傾いている。

その流れを何とか変えられないか、必死に考えるユリカ。

だが、彼女が考えつくのはただ1つ。

新たな戦力、それだけである。

 

「どうしよう・・・アキト・・・」

 

ユリカが珍しく狼狽する。

その時、ユリカの斜め後ろに立っていた壮年の男が口を開く。

 

「艦長・・・少し落ち着きなさい」

 

「えっ・・・提督?」

 

提督と呼ばれたその人物は、地球連合宇宙軍第四艦隊・第四戦隊司令官、ムネタケ・サダアキ少将。

父はムネタケ・ヨシサダ大将である。

普段は少しうるさいくらいの提督なのだが、さすがに少将にまでなった人物である。

有事の際の冷静さは、その階級に相応しい。

余談だが、この時代の地球連合宇宙軍の体質は、いわゆる20世紀前半の某国の軍部のように官僚化されていない。

それ故、無能な人物が将官になることはまずない。

つまり、将官級の人物はそれなりの能力を持っていることになる。

 

「あなたは、このナデシコの艦長なのよ?もう少し落ち着きなさい」

 

「でも、提督・・・」

 

ユリカは少し不安げな顔をする。

だが、ムネタケ・サダアキの表情からは不安など感じられない。

 

「大丈夫よ。このまま落ち着いて戦線を維持しなさい。今はここで引かずに、第五、第六艦隊を待つのが最善よ」

 

そう言われて、ユリカの心も落ち着いてくる。

ムネタケ・サダアキの能力の高さはユリカ自身が知っている。

その彼が落ち着いている。

ただそれだけで、ユリカの心も落ち着いてくるのだ。

 

「提督、取り乱して申し訳ありませんでした」

 

そう言って頭を下げるユリカ。

それを見て、ニヤリと笑うサダアキ。

 

「そうそう、わかればいいのよ。あなたはこの私が認める数少ない軍人なのだから」

 

サダアキがそう言ったまさにその時。

 

「本艦側面にボース粒子の増大反応!数2つ・・・機動兵器クラスです!」

 

その言葉を聞いて、サダアキは「ほらね」とでも言いたそうな顔をしている。

次の瞬間光の中から現れる2機の機動兵器。

敵機も一瞬動きを止める。

 

『助太刀する!』

 

ジャンプしてきたのは黒と白の機動兵器。

ネルガルの新型、アルストロメリア。

そしてその2機を駆るのは、月臣元一朗と白鳥九十九。

その背後からグラビティーブラストが来る。

圧倒的な火力で敵を破壊していく。

連合宇宙軍の艦隊。

第五艦隊と第六艦隊が駆け付けたのだ。

白いアルストロメリアから通信が来る。

 

『・・・遅れてすみません』

 

第五艦隊所属、白鳥九十九がそう言うと、ユリカはニッコリ笑う。

 

「いいえ、白鳥中佐と月臣中佐が来てくれたからにはもう安心です」

 

『私達の艦が先行します・・・エステバリス隊はいったん下がって』

 

そう言うとアリストロメリアで次々と敵を落としていく九十九と元一朗。

 

『なぜ草壁などに従う!』

 

黒いアリストロメリアが敵に通信する。

 

『月臣少佐・・・これも新たなる秩序のためです』

 

敵が動きを止める。

火星の後継者には元木連の兵士が多い。

戦艦や機動兵器も木連の物が多いのである。

木連人にとって、元一朗と九十九は未だ英雄であり、かつての階級で呼ばれる事が多い。

彼らの説得も九十九と元一朗の役目である。

 

『新たなる秩序だと?確かに新たなる世界には新たなる秩序がいる。だが草壁はお前達を利用しているだけだと言うことになぜ気付かない!』

 

『閣下はそんな方ではありません!』

 

『草壁に徳無し・・・気付いているんだろう』

 

『それでも・・・我らは引き返せないのです!』

 

そう言って一気に黒いアルストロメリアに殺到する敵。

左腕のライフルで敵を撃ち、接近するものはその右腕のアンカークローで容赦なく撃破する元一朗。

 

『もう止すんだ・・・なぜ同じ人同士で戦わなくてはならない!』

 

『白鳥少佐・・・申し訳ありません』

 

『ク・・・閣下・・・あなたはなぜ、皆を巻き込むのですか』

 

そう言って仕方なく敵を撃墜していく九十九の白いアルストロメリア。

次第に流れが変わってきた。

そこに駆け付ける機動兵器部隊。

一気に敵機動兵器部隊を押し戻していく。

 

『白鳥中佐、お待たせいたしました』

 

先頭のスーパーエステバリスからの通信。

パイロットはカザマ・イツキ大尉。

 

『カザマ君、深追いはしなくて良い。とにかく全艦隊の陣形を再編成する時間を稼いでくれ』

 

『了解です、白鳥中佐』

 

徐々に火星の後継者を押していく連合宇宙軍。

だが意地があるのかなかなか粘る火星の後継者。

 

「グラビティーブラスト、チャージして!」

 

敵の動きが乱れたのを見逃すユリカではない。

すぐに命令が実行される。

 

「発射!」

 

敵艦隊に走る火線。

続いて起こる大爆発。

 

「敵、8.5%消失!」

 

その一撃で敵は陣形を保てなくなった。

後退するようだ。

それを見て帰還してくるエステバリス隊。

 

「敵の損耗率、25%を越えました。撤退していきます」

 

「そう・・・第五と第六艦隊の援軍が効いたようね。ハーリー君、ご苦労様」

 

この戦いで必死にナデシコBを制御した少年に労いの声をかけるユリカ。

 

「いえ、艦長・・・」

 

やや赤くなりながら答えるハーリー。

そんなハーリーに少しすまなそうな顔をすると、ゆっくりと目を瞑るユリカ。

先ほどの元一朗達と火星の後継者達との通信を思い出す。

 

「結局理想を持っているのは一部のトップだけ。後はそれについて行っているだけ」

 

彼らがそれ程理想に燃えているとは考えにくい。

どちらかと言えば過去の君主を捨てられない、と言うことの方が大きいのだろう。

 

「後には引けない・・・か。アキトならなんて言うかな」

 

ぽろっとこぼした名前にハーリーの耳がぴくっと動く。

 

(アキトアキトって・・・やっぱりあのテンカワアキトかな?)

 

ハーリーはユリカに想いを寄せていた。

その明るさ、能力、そして何よりも自分をいたわってくれるその心遣い。

年上のお姉さんに淡い恋心を抱いていた。

だがそのユリカからたまに聞く名前。

アキト・・・。

何となく機嫌の悪くなるハーリー。

そんな彼はともかく、とりあえず戦闘が終わるのでよかったと思うクルー達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルガル研究所、機動兵器格納区画。

 

「どうだいテンカワ君。これこそが現在のもてる技術を全て注ぎ込んだ『ブラックサレナ』。正式版だよ」

 

誇らしげにいうアカツキ。

微かに頷くとブラックサレナを見上げるアキト。

 

「一回り小さくなったか?」

 

初めて見た時から感じていた事を口にするアキト。

以前乗っていたものより一回り小さい。

エステバリスとほぼ同じ位の大きさだ。

 

「うん、今回のは追加装甲じゃない。単一のブラックサレナという機動兵器だからね」

 

「追加装甲じゃない・・・と言うことは、中にエステバリスは入っていないということか?」

 

アキトがそう言うとアカツキの横に立っていたエリナが書類を出す。

 

「そうなるわね。はい、これ資料」

 

その資料に軽く眼を通すアキト。

カノン砲とソードは今まで通りだ。

ただ、機動性が以前のものに比べて10%程上昇としているのが気になるアキト。

以前のブラックサレナも、異常とも言える機動性を持っていた。

それが、さらに上昇しているのだ。

 

「大した性能だな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だこれは?」

 

そう言ってブラックサレナから出ている尻尾のようなものを指すアキト。

 

「テールバインダー・・・コンピュータの端末など細かい物をあつかう時に使うんだよ。ついでにそれ自体でも攻撃できるよ」

 

アカツキの言葉に意外そうにするアキト。

 

「コンピュータの端末をいじれるような繊細な動きをしなくちゃいけない物を、武器として使うのはまずいと思うが?」

 

「ま、まあその辺は技術の進歩って事で良いでしょ」

 

やや顔を引きつらせながら言うエリナ。

 

「・・・まあいいか。しかし凄い性能だな、高いだろ」

 

値段のことを言っているアキト。

高性能でコンパクトというのは最もコストがかかる。

 

「まあね。ただ量産する計画はないから」

 

「ほう・・・なぜ?」

 

元々サレナシリーズの量産計画を聞いていたアキトの疑問。

 

「誰も乗りこなせないんだよね。月臣君も白鳥君も舌を巻いていたよ。テンカワ君はこんな物に乗っていたのかと」

 

「誰も乗れない・・・あなた以外わね」

 

そう言いながらさりげなくアキトに近付くエリナ。

微かにエリナの方を見るアキト。

少しだけ口元に笑みを浮かべるが、すぐにアカツキに向き直る。

 

「すまないな、アカツキ」

 

「良いさ、こいつの実戦データが欲しいのも事実だし。それに約束忘れないでよ」

 

そう言ってニヤリとするアカツキ。

 

「軍人になる・・・か?」

 

少しイヤそうな顔をしながら言うアキト。

軍というのは気に入らないらしい。

 

「うん、今回の行動はそう言う条件で宇宙軍から承認を受けたんだから。それにその他にもいろいろね」

 

「なぜ俺なんかが欲しいのかね」

 

「君の名声は今や子供でも知っているよ・・・黒い王子。君にあこがれて軍に入る人もいるだろうからね」

 

先にも述べたが、アキトは和平成立の立て役者になっていた。

もちろん軍が英雄に仕立て上げたのだ。

架空の経歴をでっち上げ、軍人として存在させた。

ついた階級は大佐で現在は退役扱いである。

この若さで大佐など、いかに戦時中であったとしても普通は有り得ない。

さらにアキトの外見などを巧みに利用して、ある種アイドルのようにされていた。

ついた呼び名は『黒い王子様』。

軍からは彼のポスター発行された。

 

『集まれ、未来のエースパイロット!!』

 

そんなスローガンのポスター。

軍服を着て敬礼をしているアキトと、その背後に写る、地球連合宇宙軍公式機動兵器エステバリス。

彼に憧れてエステバリスのパイロットを目指す少年達もいる。

この様に、テンカワアキトの存在は周囲にとって、とても劇的だった。

 

「・・・まあいい。それで・・・いつ出られる?」

 

「準備が出来次第・・・恐らく2日後」

 

アキトの問いにそう答えるアカツキ。

 

「わかった」

 

そう言ってエリナに資料を返すと、2人に背を向けて歩いていくアキト。

コツ、コツ、と杖をついている。

アキトはここ半年で左足が不自由になっていた。

和平会見で北辰により付けられた傷。

その後遺症により常に足を引きずっているアキト。

そんなアキトの後ろ姿を見ているアカツキとエリナ。

 

「やっと終わるわね」

 

「ああ・・・これが終われば彼もまっとうな道に戻れる」

 

「そうね」

 

そう言ってブラックサレナを見上げるエリナ。

漆黒の機動兵器。

アキトの纏う漆黒の鎧。

絶対的な力の象徴。

エリナはアキトに返された資料をぎゅっと抱きしめる。

 

「アキト君を護って・・・お願いね」

 

当然ブラックサレナは何も答えない。

だが、エリナにはその沈黙がとても頼もしく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球連合宇宙軍本部ビル。

 

「戦況はどうかね」

 

ミスマル・コウイチロウが言う。

 

「敵は火星極冠遺跡付近まで後退、現在我が軍が追撃にかかっております。いや〜、それにしてもきわどかったですな。まさか火星の後継者があれほどの戦力を持っているとは・・・」

 

そう答えたのは秋山源八郎。

その言葉に頷くのは、ムネタケ・ヨシサダ。

 

「確かに・・・。今まで何故気付かなかったのか不思議ですな」

 

「敵はどこにでも居ると言うことだ。この連合宇宙軍とて例外ではない」

 

コウイチロウのその言葉を、ムネタケも源八郎も認めざるを得ない。

報告される情報が、故意に改ざんされている恐れもある。

 

「確かに・・・。しかしそれはそれとして、我々はどう動きましょうか。第四から第六艦隊までを投入、さらに第三艦隊も投入してますからなあ」

 

源八郎はそう言いながら、ムネタケの方を見る。

だが、ムネタケは何も答えずにニコニコしている。

 

「まあ、とりあえず現状を・・・。現在は火星極冠遺跡付近で戦闘が起こっています。数において我が連合艦隊が圧倒していますが、彼らは窮鼠と化しているようですので、その抵抗は激しい・・・」

 

その言葉を聞き、ムネタケがゆっくりと口を開く。

 

「大軍に兵法なし」

 

「それだけで?」

 

そう訊いた源八郎に「うん」と言って頷くムネタケ。

 

「しかし、敵も必死になっているのか、その守備力はかなり強固ですが?」

 

その源八郎の言葉に、スッと目を細めるムネタケ。

それこそ、地球連合宇宙軍参謀総長の真の顔。

その眼光に、源八郎も真面目な顔をしてムネタケの言葉を待つ。

 

「それじゃあ、小細工を1つ」

 

そう言って、一息つくと再び口を開くムネタケ。

 

「強固なものほど、柔軟性を欠く。1つ穴をあけてやれば、簡単に崩れるよ?」

 

「穴・・・ですか?」

 

源八郎がそう聞き返した時、コウイチロウの前に1つのウィンドウが開く。

 

『総司令、テンカワ大佐がお見えです』

 

その報告を聞いてムネタケがニヤリと笑うのを、源八郎は確かに見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙空間。

純白の艦、ユーチャリス。

ブリッジには4人しか居ない。

アキトはコウイチロウ達にあったその日のうちに、ユーチャリスで宇宙空間に出た。

 

「戦況はどうだい?」

 

艦長席に座り、ルリの情報を求めるアキト。

その右腕でオモイカネにもアクセスしている。

 

「どうやら火星の後継者達の抵抗は強いようです。ですが、このまま行けば連合宇宙軍が負けることはないかと・・・」

 

オペレーター席に着いているルリ。

その左右後方にラピスとルリカが同じように座っている。

 

「・・・どうするの、パパ?」

 

情報を集めながら言うラピス。

 

「・・・お父さん・・・こちらはいつでもいけます・・・」

 

そう言ったルリカを見ながらゆっくりと立ち上がるアキト。

片手に杖を持つ。

 

「オモイカネ、今から艦長の全権限をルリに移行」

 

『了解』

 

そう表示するオモイカネウィンドウ。

 

「それじゃあルリちゃん・・・俺が戻り次第宇宙軍と合流・・・すぐに火星全域のシステムの掌握を開始だ」

 

そう言ってルリの返事を待たずに歩き出すアキト。

 

「アキトさん!」

 

「お父さん!」

 

「パパ!」

 

3人の妖精がアキトを呼び止める。

その声にゆっくりと振り返るアキト。

 

「行ってくるよ」

 

そう言って微笑むアキト。

 

「「「いってらっしゃい」」」

 

ルリ達も笑顔で送る。

その笑顔を見て、アキトは再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火星極冠遺跡。

その地下にある火星の後継者仮設研究所。

 

「け、研究所内にボース粒子反応!!」

 

計器を見ていた男が叫ぶ。

辺りにいた研究員達が騒然となる。

 

「ジャンプアウト・・・まさか・・・」

 

1人の研究者、ヤマサキ・ヨシオは呆然と呟いた。

彼の目の前に次第に光が溢れてくる。

そこから染み出すように現れるブラックサレナ。

ゆっくり着地するとハッチが開き、1人の男が出てくる。

黒いバイザー。

黒い戦闘服。

そして真っ白な髪。

テンカワアキト。

そこから飛び降りるとすかさず銃を抜く。

ドンドンドンドンドン!

辺りにいた研究員を撃ち殺していく。

逃げまどう研究員達。

だが誰1人逃がさぬようにして撃ち殺していく。

すぐにそこにいた20人ばかりの人たちを撃ち殺すアキト。

それを呆然と見ているヤマサキ。

 

「・・・久しぶりだな・・・ヤマサキ・ヨシオ」

 

「や・・・やあテンカワ君、やはり君だったんだね。あの時研究所にいた人たちを殺していたのは」

 

「そうだ・・・その研究員の生き残りも貴様だけになった」

 

そう言って、ニヤリと笑うアキト。

ヤマサキは、震えながら辺りの様子を見る。

 

「何故彼らを殺したんだい?」

 

アキトに撃ち殺された研究員を見ながら言うヤマサキ。

そこには女性の姿もあった。

 

「お前と話すのに邪魔だったんでね・・・些細なことだ」

 

闇を纏っているアキト。

身体の震えが止まらないヤマサキ。

 

「君の言った通りになるのかね・・・皆殺しにするって」

 

「そうだな・・・貴様と北辰を消せば俺の復讐は終わる」

 

アキトがそう言ったとき、そばに落ちていた銃を拾おうとするヤマサキ。

だが・・・。

ドン!

 

「ギャアアアア」

 

指を一本吹き飛ばされ悲鳴を上げるヤマサキ。

それを見て笑いがこみ上げてくるアキト。

 

「おいおい・・・まだ指一本だぞ?そんなに痛がるなよ」

 

そして、ゆっくりとヤマサキに近付いていくアキト。

一瞬彼の顔に緑色の光りが浮かぶ。

コツ、コツとあたりに響く音は、アキトがついている杖の音。

自分の腕を押さえて、余りの痛みで涎を垂らして呻いているヤマサキ。

それを見ながら銃をしまい、左腕の裾からナイフを抜くアキト。

ヒュン!

次の瞬間、ヤマサキの耳が切り落とされる。

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ヤマサキは余りの激痛に声も出ない。

その様を見ながら、床に落ちたヤマサキの耳を踏みつぶすアキト。

 

「テ・・・テンカワ君・・・。た・・・頼む・・・許して・・・」

 

そう言って右腕を伸ばすヤマサキ。

ゴキ!

問答無用でその右腕をへし折るアキト。

 

「・・・まだ命乞いできるほどの理性が残っているか・・・」

 

「あ・・・ひぃ・・・」

 

ヤマサキはまともに話すこともできない。

すでに、激痛で彼の精神は壊れかけていた。

そんな彼を見てニヤリと笑うアキト。

ヤマサキの苦しむ様は、アキトに性的興奮に近いものを与えてくれる。

そして、その快楽に呼応するかのように、緑色の光を放つアキトの顔。

 

「クックック・・・・気持ちいいぞ。あの時俺をいたぶり・・・そしてアヤカを辱めたお前の苦しむ様を見るのは・・・」

 

そう言って杖を振りあげると、ヤマサキの左腕に叩き付けた。

何とも形容しがたい音がして、ヤマサキの腕がへし折られた。

だらしなく涎を垂らしながら、悶えているヤマサキ。

それを極上の笑顔と共に見ているアキト。

 

「貴様の言うとおりだ・・・人間は脆いな」

 

ヒュン!

空を切り裂く音がして、ヤマサキの顔にアキトの杖が炸裂する。

数メートル吹き飛び、顔を押さえて倒れるヤマサキ。

恐らく、前歯を全て折られたのだろう。

そんなヤマサキを見ながら嬉しそうに笑うアキト。

 

「普通の人間がいたぶれば、お前はすぐ死ぬことが出来るだろう。だが・・・」

 

そう言いながらヤマサキを引きずり起こすアキト。

そして。

フッ!

軽い吐息と共に、ヤマサキの腹部に掌底をいれるアキト。

 

「ごほっ」

 

吹き飛ばされ、口から汚物を吐きながらのたうちまわるヤマサキ。

アキトは明らかに手加減していた。

今のアキトが本気を出せば、掌底の一撃で人間を殺害することなど容易いことだ。

だが、簡単に殺したりはしない。

 

(それじゃあ・・・面白くない。なあアヤカ?)

 

アキトの脳裏にアヤカの笑顔が浮かぶ。

 

(クックックッ・・・君もそう思うかい?)

 

笑みを浮かべながら、ヤマサキに近付くアキト。

 

「俺は暗殺者だ。どうすれば人を殺せるか熟知している」

 

そして、ヤマサキの手、しかも吹き飛ばされた指の傷を踏みつける。

辺りに再びヤマサキの絶叫が響く。

その声に身震いするアキト。

心地よい瞬間。

そして、壮絶な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「そして逆に・・・どうすれば人を殺さずにいたぶれるかも知っている」

 

そして、アキトが銃を抜く。

ドンドン!!

ヤマサキの両足を撃ち抜く。

ヤマサキの絶叫。

その絶叫がまた、アキトに快楽を提供する。

彼の宿敵がアキトの悲鳴を甘露と言ったのと同じように、アキトにとってもヤマサキの悲鳴は甘露だった。

 

「・・・あ・・・悪魔め・・・」

 

辛うじてそう口にするヤマサキ。

そしてその言葉を聞いて、一瞬笑みを消すアキト。

スウッと、彼の顔に浮かぶ緑の奔流も消える。

 

「悪魔?・・・悪魔だと?」

 

ぷすう。

気が抜けるような軽い音をたてて、アキトの右手の人差し指がヤマサキの左目に突き刺さる。

 

「ギャアアアアアア!!」

 

激痛で絶叫をあげるヤマサキ。

彼が意識を保っていられるのが不思議なほどである。

 

「くっくっくっ・・・。なるほど。こんな事をして楽しんでいる俺は、確かに悪魔かも知れないな。さすがヤマサキ博士、物知りだな」

 

そういってニッコリ笑うアキト。

その笑顔は、美しかった。

天使。

死に瀕している自分を天使が迎えに来たと、そう錯覚するヤマサキ。

だが、ヤマサキがそう錯覚するのも無理はなかった。

何故ならアキトは、まさに天使としか言いようのない、それ程美しい笑顔で人をいたぶり殺そうとしていたのだから。

 

「出血多量で死ぬか・・・ショック死するか・・・それとも・・・どうなるかな?まあ、安心しろ。もしもの時はちゃんと止めは刺してやる。・・・だから、それまで楽しめ。いや、楽しませてくれ・・・。クックッ・・・クックックック・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん・・・大丈夫でしょうか」

 

少し心配そうなルリカ。

ここ戦艦ユーチャリスでは、3人の妖精達がアキトの帰りを待っている。

 

「うん・・・さっきのパパ、少し怖かった」

 

ラピスも心配そうである。

 

「ルリさんは心配じゃないんですか?」

 

そう言ったルリカに微笑むルリ。

 

「大丈夫・・・あの人はそんなに弱い人じゃありませんから。必ず私達の元に返ってきてくれますよ」

 

「・・・そうですね」

 

「うん、そうだね」

 

「さあ、アキトさんが帰ってきたときのために準備をしておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人佇むアキト。

その前にあるのはかつて人だったもの。

すでに原形をとどめていない肉塊。

 

「フッ・・・人間は思ったより頑丈だな・・・。そうだろヤマサキ?」

 

だが、骸は何も答えない。

ただの肉塊と化したヤマサキを冷たく見下ろすアキト。

しばらくそうしていたが、やがてゆっくりとブラックサレナのコックピットに戻る。

そしてすぐに、そのカノン砲で研究所内を破壊していくアキト。

最後にヤマサキの死体に照準を合わせる。

ドン!

床ごと消え去るヤマサキ。

すでに崩れ始めている研究所。

アキトのブラックサレナが次第に光り出す。

 

「・・・後は・・・北辰だけだ」

 

アキトが呟いた次の瞬間、ブラックサレナは消えていた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

ついに、火星の後継者との戦いが始まりました。

アキトとユーチャリスはまだ参戦してませんが・・・。

しかし私の話は、ユリカがとっても情けないです。

ムネタケのことは・・・ノーコメントです。

アキトも壊れてますし、次回はどうなることやら・・・です。

皆様、今回のお話はいかがでしたか。

是非とも感想をお送りください。

ちゃんと返事を書かせていただきますので。

それでは、次回でお会いしましょう。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

普通は”壊れた”描写を読んだりしたら嫌悪感などを感じるのでしょうが。
私としてはのんびりした雰囲気よりもこちらを取りますね。
私もイカレた人間の一人、ということでしょうか?(笑)

さあ、いよいよクライマックス!
次回、刮目して待て!!


拷問描写が妙に上手いささばりさんにメールを出すんだ!(爆)


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