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妖精の守護者  第39話

 

 

 

 

 

『クッ・・・これ程とは!!』

 

急いで距離を取る夜天光を、すぐさまブラックサレナが追う。

 

「諦めろ北辰・・・俺からは逃げられん」

 

『おのれ・・・おのれ!』

 

そう言ってジャンプシステムを作動させる北辰。

ゆっくりと光り出し、動きが止まる夜天光。

だがそれを見逃すアキトではない。

 

「ボソンジャンプは諸刃の剣だ。・・・こんな時に使うとはな」

 

ソードを構え、夜天光にぶつかるような勢いで接近していくブラックサレナ。

 

「終わりだ・・・北辰!」

 

『跳躍!!』

 

ブラックサレナのソードが夜天光のボディーを貫く。

それと同時にボソンジャンプする夜天光。

そしてそれに巻き込まれたブラックサレナ。

淡い光を残して消える2機。

辺りに静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

第39話「始まりの地」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

元一朗の静かに言い、黒いアルストロメリアのクローが残っていた六連を貫く。

すぐにクローを引き抜き、六連と距離を取る。

次の瞬間、六連は爆発四散していた。

 

「やったな、元一朗」

 

そばに寄って来る白いアルストロメリア。

2機はゆっくりと大地に降り立つ。

さすがに無傷とはいかなかった様で、元一朗のアルストロメリアは右腕がなかった。

 

「おう、俺達にかかればあの程度はな」

 

そう言って親友の映るウィンドウを見る元一朗。

その時。

 

「馬鹿な!・・・アキトが・・・」

 

取り乱した九十九の声が聞こえてくる。

その顔に浮かぶのは驚愕。

 

「どうした、九十九。アキトがどうした?」

 

そう言うが九十九は聞こえていないのか、何かを凝視している。

 

「おい、九十九!」

 

再び声をかける元一朗。

そこで、やっと気付く九十九。

ウィンドウに映る九十九の顔は、かなり動揺していた。

 

「元一朗・・・ブラックサレナの機体反応が・・・」

 

「サレナの機体反応?」

 

九十九の言葉にウィンドウを確認する元一朗。

ブラックサレナの機体反応がない。

撃墜されたのかと思い、急いで状況を確認する元一朗。

しばらくして、状況が明らかになる。

北辰の駆る夜天光の周囲に発生するボース粒子。

夜天光に急接近するブラックサレナ。

そして一瞬後、夜天光とブラックサレナの機体反応が消失する。

 

「ば・・・馬鹿な・・・北辰のジャンプに巻き込まれた?・・・」

 

呆然と呟く元一朗。

他人のジャンプに巻き込まれる危険性を知っているのだ。

 

「まずいな・・・どこに飛ばされているかわからないぞ!」

 

そう叫ばずにはいられない元一朗。

火星の極冠には、ジャンプシステムを制御している遺跡がある。

ボソンジャンプをする際に、まず遺跡がジャンプする物質の質量、出現席の座標の計算など、様々なことを計算する。

そして、それらの演算が完了するとジャンプを開始する。

だが、仮に演算が終了してからジャンプが完了するまでの間に不確定要素が発生すると、ジャンプ後の出現などに大きな誤差を出す。

それ程不安定なシステムなのである。

遺跡は、その仕様の殆どが未だに解明されていない。

それだけに、ジャンプのミスは何を引き起こすかわからない。

かなりの確率で、死ということも有り得るのだ。

九十九と元一朗は、自らがジャンパーなだけにその辺りの事をわきまえていた。

 

「アキト・・・無事でいてくれよ・・・」

 

九十九が呟く。

先程からブラックサレナの機体反応を探している。

だが、見つからない。

この火星に出現していれば、恐らく発見できているはずだった。

それなのに、機体反応が発見できない。

この火星にいないのか、この時間に出現していないのか。

それとも・・・。

 

「とにかく九十九・・・ひとまず艦に戻ろう」

 

そう提案する元一朗。

確かに機動兵器より戦艦の方が、探査能力に長けているはずである。

 

「ああ・・・それにナデシコBと、アキトの乗ってきた戦艦に行けば何かわかるかも知れない」

 

宇宙軍最強の戦艦、ナデシコB。

そしてアキトが乗ってきた、純白の最新鋭戦艦。

今は、それらの性能に賭けるしかない。

 

「よし、戻るぞ」

 

「ああ」

 

すぐさま飛び立つ白と黒のアルストロメリア。

急いで艦隊の所まで戻る。

彼らはその時、一心に親友の無事を祈ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルリ・・・パパが・・・パパが!!」

 

ユーチャリスのブリッジ。

今にも泣きそうになりながら言うラピス。

その瞳には涙が浮かんでいる。

忽然と消えたブラックサレナの機体反応。

夜天光のボソンジャンプに巻き込まれたのだ。

一体どこに飛ばされているのか見当も付かない。

 

「お父さん・・・」

 

そう言って俯いているルリカ。

先程から必死で探している。

センサー翼を展開しているユーチャリスの探査能力は、完全に火星全域を覆っている。

それなのに、ブラックサレナの機体反応がない。

その結果に絶望し始めるルリカ。

だが、ルリはそんなルリカ達に声をかける。

 

「ラピス・・・ルリカ・・・あなた達はアキトさんを信じられないのですか?」

 

そのルリの言葉にハッとするラピスとルリカ。

 

「ルリ・・・」

 

「ルリさん・・・」

 

二人してルリの顔を見る。

自分たちの姉代わりの、この美しい女性の顔を。

その顔に、不安はない。

この状況にあっても、取り乱していない。

 

「アキトさんは言いましたよ。『俺は負けない』って・・・だから信じましょう・・・アキトさんを・・・私達の大好きな人のことを・・・」

 

そう言って微笑むルリ。

ルリは、アキトのことを信じているのだ。

その顔を見て、同じように微笑むラピスとルリカ。

 

「うん!」

 

「はい!」

 

そんな2人を見て少し気が楽になるルリ。

実際ルリがアキトの心配をしていないかというと嘘になる。

だが、ルリはここで取り乱すことは出来なかった。

ルリカやラピス達がいるのだ。

自分がしっかりしなくては。

アキトがここにいない今、自分がしっかりしなくてはならない。

ルリカ達を不安にさせる訳にはいかなかった。

ラピスとルリカが元気良くなったのを見て、ゆっくりと目を瞑るルリ。

別れ際のアキトの笑顔が思い浮かぶ。

 

(アキトさん・・・どうかご無事で・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり空中から光が溢れる。

そこからゆっくりと染み出してくるのは、漆黒の機動兵器。

テンカワアキトの愛機、ブラックサレナ。

完全に姿を現し、ゆっくりと着地する。

その側に北辰の愛機、夜天光が乗り捨てられている。

ハッチを開けて外に出るアキト。

アキトの純白の髪が風になびく。

そこから見渡せる光景。

ユートピア・コロニー。

 

「ユートピア・コロニー・・・俺の故郷・・・」

 

夜天光に北辰は居ない。

だが、アキトには北辰が何処にいるかわかっていた。

2人の戦いが始まった場所。

あの場所に北辰は居る。

その事をアキトは確信していた。

天を見上げ、眩しそうに目を細めるアキト。

雲が、ゆっくりと流れている。

アキトはしばらく何もせずに、ジッと天を見上げている。

その金色の瞳は、一体何を見ているのか。

 

「・・・これも運命なのかも知れないな・・・」

 

アキトはそう言って片手に杖を持つと、ゆっくりとブラックサレナから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユートピア・コロニーは和平成立後も特に何も手を加えられていない。

そして、以前ナデシコのディストーションフィールドが潰した場所も、遺体と生存者の捜索だけで他はそのままになっている。

すでに捨てられた都市。

木連との戦争の時、バッタどもが蹂躙したであろう町並み。

当時の建造物も、辛うじて残っているという感じである。

それらを懐かしそうに見ながら歩いていたアキト。

この都市には、懐かしい思い出があった。

彼は、ある家の前で止まる。

 

「・・・」

 

黙ってその家を見ているアキト。

表札はない。

門の所に『売り家』と書いてある看板が立っている。

しばらくその家を見ているアキト。

その昔、この家にはある家族が住んでいた。

有名な科学者夫婦と、神童と呼ばれたその1人息子。

そして、その家族の一員となった、瑠璃色の髪をした可愛らしい少女。

そこには、温かい家族の記憶が残っていた。

アキトはしばらくその場に佇んでいたが、やがて視線を逸らして再び歩き出す。

再び見慣れた町並みが続く。

角を曲がり、大通りに出る。

 

「懐かしいな・・・よくルリちゃんとこの道を歩いたっけな・・・」

 

かつてそこには春になると美しい桜が咲いた。

桜吹雪の舞い散る中、ルリとアキトはこの道を一緒に歩いたことがあった。

 

「ひたすら真っ直ぐな道・・・特に何が良いというわけではなかった・・・ただルリちゃんと歩いていることが好きだったのかも知れないな」

 

片手で杖をつきながら歩くアキト。

あの頃の、まだ少年だった自分。

そして、自分よりさらに幼かったルリのことを思い出す。

自然に、口元に笑みが浮かぶ。

 

(きれいですか・・・確かにきれいです。でも、散ってしまったらそれで終わりですよ。そうして人々から忘れられてしまうだけの存在・・・)

 

初めてルリと桜並木を歩いたとき。

桜並木を初めて見たときにルリの言った感想。

まるで昨日のようにアキトは思い出す。

あの時アキト自身もまだ子供だった。

少し寂しそうに言うルリに何も言えなかった。

ふと足を止めるアキト。

枯れ果てた巨木を見る。

 

「違うよルリちゃん・・・終わりじゃない・・・たとえ今は散ってしまっても、また1年後に綺麗な花を咲かせてくれる。ほんの少し別れてしまうだけ・・・また来年こんな綺麗な桜に会えるんだよ・・・そしてまた次の年、そのまた次の年・・・毎年会えるんだよ」

 

そこで言葉を切る。

脳裏にルリの笑顔が浮かぶ。

 

「だからこう考えなきゃ・・・終わりなんかじゃない・・・始まりの準備をするために、少しお別れするだけなんだ・・・また来年僕たちに綺麗な花を見せてくれるためにね」

 

そう言ってそっと目を瞑る。

心の中で、幼い頃のルリに、桜を見ながら寂しそうにしているルリにそう言ってあげる。

その幼いルリは、驚いたようにアキトを見ている。

そして、笑ってくれた。

そうですね、と言ってくれた。

アキトは、ゆっくりと目を開ける。

 

「桜か・・・また、見られるかな?」

 

そう呟き、再び歩き出すアキト。

遠くに大きな建物が見えてくる。

ネルガル研究所跡地。

忌まわしき始まりの地。

全てがあそこから始まった。

大きなフェンスに囲まれた広大な土地。

そして、焼け跡が痛々しい巨大な研究棟。

再び足を止めるアキト。

研究所の正門の側、そこでアキトは足を止めた。

そこは、アキトがラーメンの屋台を出していた場所。

アキトの両親、ルリ、イネス、そして多くの人たち。

皆がアキトのラーメンを美味しそうに食べてくれた場所だった。

アキトの脳裏に皆の笑顔が浮かぶ。

 

「・・・テンカワ特製ラーメン・・・か・・・」

 

アキトの口元に笑みが浮かぶ。

懐かしい過去。

だが、所詮は過去。

もう、あの日には戻れない。

思い出を振り切るようにして、正門に向かって歩き出すアキト。

歩きながら、自然に胸元のロザリオを触っているアキト。

 

「・・・この先に、奴がいる・・・」

 

そう言って足を止め、そっと目を瞑るアキト。

後一歩歩けば、研究所の敷地内に入る。

あの男の待つ、研究所に・・・。

だが、アキトに恐怖はなかった。

自分を想ってくれている人たちがいるから・・・。

自分を護ってくれる様々な想いを感じたから・・・。

そっと目を開けるアキト。

その金色の瞳には、強い光が宿っていた。

 

「みんな・・・力を貸してくれ・・・」

 

そう呟くとゆっくりと歩き出した。

北辰の待つ、研究所跡に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火星、研究所跡地。

男は、1人佇んでいる。

辺りを見回すでもなく、ただそこに立っている。

だが、ただそれだけで男は確かな存在感を示している。

その圧倒的な存在感。

誰が見ても、その男がただ者ではないことがわかるだろう。

男の名は北辰。

火星の後継者の闇を司る存在。

多くの部下を抱え、自らその先頭に立ち暗殺を重ねる暗殺集団の長。

木連式柔、木連式抜刀術の免許皆伝になりながら、人を殺すことを生業とし道を誤った哀れな男。

北辰は昔の思い出に浸っていた。

 

「・・・本名など・・・とうの昔に捨てた・・・」

 

口元に笑みを浮かべて、ゆっくりと目を瞑るとそう呟く北辰。

彼にも、理想に燃えた若かりし頃があった。

自らの正義を貫き、悪と呼べる存在を許せないと感じていた頃もあった。

親友の草壁と共に、木連のために必ず地球の奴らを倒そうと誓ったときもあった。

恋をし、生涯を誓い合った女性も居た。

愛する女性との結婚も決まり、彼は人生に一抹の不安も感じていなかった。

愛する女性、親友、自らの正義、木連軍での地位。

それら全てが彼と共にあり、彼の人生を鮮やかに彩ってくれるはずだった。

だが、ある時それが壊れた。

通り魔。

それが、彼のその後の人生を大きく変えた。

被害者は、学校帰りの小学生と、それを庇った通りすがりの女性。

小学生は幸い軽傷ですんだが、それを庇った女性は助からなかった。

その女性こそ、一週間後に北辰との結婚を控えた女性だった。

そして、さらに北辰を不幸が襲う。

捕まった通り魔は、軍高官の息子であった。

多少精神的に異常をきたしてはいたものの、正常な判断の出来る犯人が、全くの無罪放免になったのだ。

木連では、軍の、特に優人部隊の権力が非常に強い。

国を支配していると言えるほどである。

通り魔は、当時優人部隊のリーダーだった父の権力により完全に無罪となっていたのだ。

北辰は、その事を告発しようとした。

だが、それは事前に阻止され、さらに北辰は軍を追われることとなった。

草壁は何とか北辰が軍に復帰出来るように尽力したが、それも全て優人部隊のリーダーにより阻止されてしまった。

木連軍は、腐っていた。

将来は木連軍の大将にもなれたであろう男が木連軍に絶望せねばならなかったほど、当時の木連優人部隊は腐敗しきっていた。

そして、北辰は草壁の前から姿を消した。

彼はその後6年ほど、行方をくらましていた。

そして6年後、北辰は帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教会。

そこでは神聖な儀式、結婚式が行われていた。

6年ほど前に通り魔事件を起こした男と、その妻となるはずの女性。

花嫁はもちろん自分の夫となるべき人物がそんな事件を起こしていたとは知りもしない。

神々しい雰囲気の中、美しい花嫁をその手に抱いているのはその花嫁の夫となるべき男ではない。

美しい花嫁を抱いているのは、黒衣を纏いし悪魔。

暗殺者、北辰。

鈍く光る小太刀が花嫁の首筋に当てられている。

 

『馬鹿な!何故奴が!!』

 

会場は騒然となっていた。

式には軍の高官達も出席するため、教会の周囲には警備が配置されていた。

新郎の父、木連優人部隊のリーダーは直ちに警備の兵を呼ぶが、誰1人応答しない。

すべて、北辰の手の者に殺されていた。

北辰は騒然となる周囲を壊れた笑いと共に見ている。

 

『待て、早まるな!!』

 

仕方なく参列していた草壁が、これから起ころうとしている儀式を止めようと叫ぶ。

だが、北辰はそんな草壁を一瞥しただけだった。

そして、儀式が始まる。

北辰が悪魔に魂を売る儀式。

 

『我を覚えておるか?』

 

静かに新郎に問いかける北辰。

だが、新郎には思い出せなかった。

 

『そうか・・・。我のような男など忘れたか・・・』

 

そう言う北辰の腕の中で、花嫁の女性が震えている。

その女性の頬に舌を這わせる北辰。

余りの恐怖と不快感に身を固くする花嫁。

そして、その様を何も出来ずに見ている無力な新郎。

スウッと目を細めて新郎を睨む北辰。

 

『なら・・・覚えておるか?6年前に汝が路上で刺殺した女性を?』

 

その冷たい問いかけに、男は答えられなかった。

ただのノリで通り魔をした。

被害者のことなど、覚えてもいない。

全て父親が処理してくれた。

彼の父は木連優人部隊リーダー。

それだけで、当時は全ての罪が許されたのだ。

 

『そ、そんな昔のこと・・・』

 

新郎がそう言った。

北辰は、しばらく黙っていたが、ややあって口を開く。

 

『・・・そうか・・・忘れたか・・・』

 

刹那、花嫁の純白のウェディングドレスが真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

儀式は完成した。

かつてはその胸に正義を抱いていた男が、死神として生まれ変わったのだ。

どれ程時間が過ぎたであろうか。

血塗られた教会の中、かつての親友同士が向かい合っている。

教会の中には、草壁と北辰しか居ない。

辺りには無惨に切り裂かれた死体が3体。

新郎、新婦、そして新郎の父の死体が無惨に転がっている。

 

『お前・・・どうするつもりだ?』

 

鋭い視線で北辰を見据えている草壁。

他の人間達は全て逃げてしまった。

だが、草壁だけは逃げなかった。

親友を捨てることなど、彼には出来なかったのだ。

 

『草壁・・・我はもう表の世界には戻れぬ』

 

久しぶりに会った親友に、少しだけ寂しそうな表情を向ける北辰。

その表情を見て、草壁は北辰が消えてからずっと思っていた事を口にする。

 

『・・・お前も知っている通り、今の木連軍は腐りきっている』

 

草壁の言葉に、スウッと目を細める北辰。

暗殺者、北辰。

親友の草壁すら、身震いがする。

 

『・・・だから、俺はこの腐敗を一掃しようと思う・・・。それが、あいつへの手向けだから・・・』

 

そう言って少し遠い目をする草壁。

北辰の婚約者。

彼女は、草壁の妹でもあった。

 

『・・・草壁・・・』

 

『すまん。・・・北辰、俺は軍のトップに立つ。そして腐敗を一掃する。だが、そのためにはかなり汚いこともやらなければならない』

 

その草壁の言葉に、ニヤリと笑う北辰。

親友が自分に何を求めているか、北辰には正確に理解できた。

 

『クックックッ・・・フッハッハッハッ!わかった。汝は表舞台に立ち軍を支配するがよい!汚い仕事は全て我が引き受けよう!』

 

『すまん、・・・・・・・』

 

草壁は北辰の本名を口にする。

だが、北辰はゆっくりと首を横に振った。

 

『草壁・・・その名はすでに捨てた。今は北辰と名乗っておる。我はすでに人にして人の道を外れた外道・・・』

 

次の瞬間、草壁の全身にナイフが突き付けられていた。

草壁は6人もの男達に囲まれていたのだ。

強烈な殺意に、身動き1つとれない草壁。

草壁とて木連式柔、抜刀術を極めた男である。

その彼が、こうも簡単に接近され、そしてナイフを突き付けられている。

 

『・・・この俺が気づけないとは・・・』

 

『・・・散れ・・・下僕ども・・・』

 

北辰が静かに宣言すると、男達は消えていた。

草壁を襲っていた強烈な殺気も、男達が消えると同時に霧散していた。

 

『大したものだ。あれほどの猛者がいるとは』

 

『あれとて一部にすぎん』

 

その言葉に生唾を飲み込む草壁。

そんな彼に、さらに言葉を続ける北辰。

 

『・・・力は大きい方が良い。この世は力が全てを決める・・・』

 

『世界を変えるのも力か?』

 

『・・・ああ・・・我が力を汝に・・・。それが、我らの正義・・・』

 

そういってニヤリと笑う北辰。

草壁は、そんな北辰に掛ける言葉が見あたらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ・・・思い出に浸るとは・・・らしくない」

 

背後から接近してくる圧倒的な存在感を感じながら、ゆっくりと目をあける北辰。

 

「・・・草壁も連合宇宙軍に降参した。潮時だったのかも知れんな」

 

そう言って薄笑いを浮かべると、ゆっくりと空に目を向ける。

空は青い。

 

「我はいつも心に虚無を抱いていた」

 

満たされぬ日々。

悪戯に人を殺し、それでも何か空しいものを感じていた北辰。

それがある日、彼の人生を華やかに彩る出来事が起きた。

テンカワ・アキトとの出会い。

それが北辰の心を満たす。

 

「そう・・・我はテンカワアキトに出会い、そして満たされた・・・」

 

男が迫ってきているのがわかる。

最強の暗殺者である北辰を、唯一殺すことが出来る男。

堅いものが地面を叩く音が聞こえてくる。

北辰はそれが男のつく杖の音だということを知っていた。

北辰の顔に一瞬、満面の笑みが浮かぶ。

その清々しい笑みを見たことがある者は、今は亡き婚約者だけだったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杖をつきながら歩くアキトの目に、1人の男が映る。

その男は、1人佇み空を見上げている。

やがて、アキトに気付いたのかゆっくりと男が振り向くと、口を開く。

 

「・・・待っていたぞ、テンカワアキト・・・」

 

研究所。

今も忘れない・・・アキトと北辰が初めて出会った場所。

杖をつきながらゆっくりと歩いていくアキト。

そして、北辰から少し離れた所に止まる。

2人の立っている位置。

この位置こそがあの忌まわしき日、初めて2人が相対したときの位置。

 

「おたま・・・持ってくるべきだったかな」

 

そう言って微かに笑うアキト。

それに同じく微かな笑顔で答える北辰。

 

「フッ・・・そうだな」

 

それっきりお互い少し黙る。

沈黙。

2人の間に、やけにのんびりとした空気が流れる。

 

「これ程の漢になるとは・・・正直思わなんだぞ」

 

しみじみという北辰。

北辰の言葉に笑みをこぼすアキト。

 

「それは、誉めているのか?」

 

「フフッ・・・そうだな・・・」

 

2人は動かない。

ただ、お互いを見ているだけ。

 

「全てがここから始まったからな・・・・・・お前と初めて逢ったこの場所から・・・」

 

コツ、コツ。

杖で地面を叩いているアキト。

 

「汝の誘拐・・・そしてその後の実験・・・我は全て見ていた」

 

アキトが黙って北辰を見据える。

北辰は、言葉を続ける。

 

「何時からであったか・・・汝の成長を見るのが楽しみになったのは」

 

「フッ、息子の成長を見守る父親の心境か?」

 

北辰の言葉に面白そうに笑うアキト。

北辰も、笑っている。

 

「そうかも知れんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・汝は常に我の想像を上回った」

 

何か懐かしさに浸っているような北辰の声。

アキトもそれに答える。

 

「お前達に復讐することが全てだったよ・・・」

 

「その復讐心が汝を成長させたのであろう?だからこそここへ来た・・・」

 

そう言ってアキトの目を見る北辰。

アキトの金色の瞳は、強い意志を宿している。

その美しい瞳から目が離せなくなる北辰。

アキトの瞳には、それ程人間的な魅力があった。

 

「復讐だけでは、人は前に進めない」

 

そこでゆっくりと胸のロザリオを触るアキト。

 

「確かに俺は復讐を忘れたわけではない・・・だが・・・それだけではない」

 

アキトの顔をジッと見ている北辰。

そしてアキトの表情から何かを感じ取ったのだろう。

一息つくと、ゆっくりと小太刀を抜く北辰。

 

「やはり汝は我の想像を超えている・・・すばらしい・・・」

 

アキトは何も答えずに、手に持った杖でコツコツと地面を叩いている。

それを見ていた北辰が再び口を開く。

 

「この期を逃せば、汝と戦える機会などもう無いだろう」

 

北辰の言う通りであろう。

アキトの身体は徐々に衰えている。

左足はすでに自由に動かすことが出来ない。

恐らく後5年と経たずに彼はこの世を去るだろう。

アキト自身も知っていること。

そして、北辰もその事を察していた。

常に命を狙い合っているこの男達。

彼らはこの時、お互いもう逢えなくなるという事に、確かに未練を感じていた。

普通に考えれば極めて異常なこの心理も、この瞬間だけは許されていた。

それだけ2人の関係は特別だった。

 

「そうだな・・・俺にはもう時間がない・・・」

 

「フフ・・・我も同じよ」

 

北辰のその言葉に、初めて驚愕の表情を浮かべるアキト。

北辰は、自虐的に笑っている。

 

「・・・病んでいるのか?・・・」

 

「うむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう長くないそうだ・・・それに、肉体もすでに限界よ」

 

北辰とて若くはない。

肉体的な絶頂期はとうに過ぎているだろう。

それでも、今も超一流の暗殺者であり続ける。

 

「お互い・・・これが最後という事か・・・」

 

アキトの言葉を受けて、北辰は自ら纏っている黒衣を脱ぎ捨てる。

同じように、アキトも漆黒の外套を脱ぎ捨てる。

 

「我は・・・この瞬間のために今まで生きてきたのかも知れんな・・・」

 

そう言ってゆっくりと構える北辰。

小太刀の切っ先が美しい光をたたえている。

だが、アキトはまだ構えない。

 

「なあ北辰・・・。もしも俺達が同じ星に生まれていたら、そうしたら俺達はもっと違った関係だったのか?」

 

アキトがそう訊いたのは至極当然のことだったのかも知れない。

宿敵、復讐。

それらの言葉により強烈に意識し、惹かれあう2人。

たとえ悪い意味であれ、これ程お互いを意識する関係など普通は有り得ない。

アキトの問いかけに、北辰は構えをとったまま口を開く。

 

「敵ではなく友か・・・それもおもしろき事かも知れんな」

 

北辰の言葉を聞き、杖を投げ捨てるとゆっくりと構える。

2人の間に信じられないほどゆったりとした時間が流れる。

お互いがまるで旧知の友かのように。

しばらく2人で向かい合っている。

 

「それではテンカワアキト・・・」

 

「ああ・・・ケリをつけよう・・・北辰」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北辰が動いた。

 

「チェェェェェェェェェ!」

 

掛け声と共にアキトとの距離を一気に縮める北辰。

それはアキトの想像をはるかに越える速さだった。

アキトは全く動かない。

彼の左脚はすでに思うように動かなかった。

もし下手にかわそうとすれば、動かない左脚の為に彼は体勢を崩してしまうだろう。

北辰は、一直線にアキトに向かってくる。

そう、かつてこの場所で、アキトが北辰に向かっていったように。

アキトも北辰も、お互いに憎悪は感じていない。

負の感情など超越した何かが、お互いの心には存在した。

一瞬、ほんの一瞬だがアキトと北辰がお互いに微笑みを浮かべる。

そして、アキトに体当たりするかのような勢いで、北辰が強烈な突きを放つ。

それは、北辰の全身全霊をかけた一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてアキトは、その一撃を避けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトの胸に、北辰の小太刀が突き刺さっている。

だが、それだけ。

アキトは一歩たりとも下がらない。

北辰の全身全霊の一撃を、真っ正面から受け止めていた。

 

「見事だ・・・テンカワアキト」

 

そう言って満足そうに笑みを浮かべる北辰。

アキトの右拳が、北辰の胸元にそえられていた。

アキトには、それだけで充分だった。

ごふっ!

北辰の口から血があふれ出す。

膝をつきそうになるのを、アキトにしがみつき何とか堪える北辰。

 

「ここで朽ち果てるか・・・・・・・・・・・・・・・・・・我も未熟よのう」

 

そう言って、アキトを軽く突き放すとフラフラと後ろに下がる北辰

一歩、また一歩と後ろに下がっていく。

そして、数歩下がったところで立ち止まり、アキトを見つめる。

 

「・・・さらばだ、テンカワアキト・・・」

 

そう言って北辰はゆっくりと倒れた。

アキトは天を仰ぐ。

空は、不思議なほど青かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数秒ほど天を仰いでいたアキトが、ゆっくりと顔を下げる。

 

「・・・俺は嘘つきだな・・・」

 

そう呟いたアキトの口元からも血が垂れてくる。

ゆっくりと胸に刺さっている小太刀を引き抜く。

ブシュ!

小太刀を抜いた時、ほんの一瞬だけ血飛沫が上がる。

そのまま少し歩くと研究所の建物の壁により掛かる。

 

「痛みはなくとも・・・か」

 

そう言ってズルズルとずり落ちていくアキト。

背後の壁に、血の痕がべっとりと付いている。

アキトの金色の瞳は、北辰の死体を見ている。

 

「・・・どうやら俺とお前はよほどの腐れ縁らしいな・・・」

 

胸の傷から流れ出る血もかなりの量になっている。

それを自分で見て、何となく笑ってしまう。

自分は常に血にまみれている。

そう考えると滑稽で、笑わずにはいられなかった。

しばらく笑みをこぼした後、ゆっくりと目を瞑るアキト。

 

「・・・地獄でもお前と一緒か・・・北辰・・・」

 

徐々に呼吸が荒くなってくるアキト。

時折咽せて血を吐く。

 

「・・・・・・さん・・・」

 

微かに誰かの声が聞こえた。

身体を揺さぶられる。

 

「誰だ・・・」

 

そう言うが、目を開けようとはしないアキト。

彼は疲れ切っていた。

そして、張りつめていた糸が切れてしまった。

北辰の死と共に。

自然に胸のロザリオに手がいくアキト。

 

「アヤカちゃん・・・君は天国にいるんだろ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、逢えないね・・・。」

 

そう言って自らの命が尽きるのを待っているアキト。

 

「・・・アキトさん!・・・」

 

また声が聞こえてきた。

それはアキトのよく知っている声。

アキトの愛する女性の声。

 

「・・・ルリちゃん?・・・」

 

ゆっくりと目を開けるアキト。

目の前に涙をポロポロこぼしたルリが居る。

そこで、両側から誰かに抱き付かれている事に気付くアキト。

ルリカとラピスだ。

 

「アキトさん!」

 

アキトの血に全身を染めながら、必死にアキトに呼びかけるルリ。

だがアキトは、ルリの呼びかけを他人事のように聞いていた。

 

「アキトさん!!死んじゃ駄目です!!負けないって言ったじゃないですか!!もう私を1人にしないでください!!」

 

アキトに必死に呼びかけるルリ。

だが、その声すらもアキトには遠い別世界の事に思える。

 

「お父さん!!お願い・・・死んじゃイヤ!!死んじゃイヤです!!」

 

「パパァ・・・やだよ・・・おいていっちゃやだよ〜!!」

 

血まみれになりながらアキトに抱き付くルリカとラピス。

だが、その2人の声もやけに遠くから聞こえてくる。

何となく、人が集まって来ているのがわかる。

だが、アキトの目の前は次第に暗くなってくる。

 

「もう・・・復讐も・・・終わった・・・だから・・・」

 

アキトはすでに死を覚悟していた。

このまま死ぬことも、仕方がないと思っていた。

所詮運命からは逃れられない。

そう思っていた。

だが、その時。

 

(・・・お兄ちゃん・・・まだ駄目だよ・・・)

 

アキトの頭にハッキリと響いた、幼い少女の声。

少女の笑顔がアキトの脳裏に浮かぶ。

目を大きく見開いたアキト。

その瞳からゆっくりと涙が流れ落ちる。

 

「そうか・・・そうだね・・・まだ・・・死ねないね」

 

そう呟きながら、ゆっくりと右腕をルリの方に延ばすアキト。

その指先が、ルリの頬に触れる。

ルリは、その手を握るわけでもなく、呆然とアキトを見ていた。

アキトは止めどもなく涙を流している。

いずれ死ぬことはわかっている。

それも、普通の人よりもかなり早く。

だが、アキトはまだ死ねなかった。

まだ・・・愛する人を置いて逝くわけにはいかなかった。

 

「・・・だって、これからが・・・これからが本当の・・・」

 

そして、アキトの右腕が力無く地面に落ちた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

今回のお話はいかがでしたか。

北辰との一騎打ち。

2人が初めて出逢ったあの場所で、2人は最後の戦いをしました。

そして、長かったアキトの戦いもついに終わりました。

感想等ありましたら是非お送りください。

さて皆様、長らくご愛読いただいた『妖精の守護者』も、ついに次回で最終回となります。

最後ですので今まで以上に気合いを入れて書きたいと思います。

それでは次回、『妖精の守護者』最終回をお楽しみに。

 



艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

何も言いません。

あとは黙って最終回を待つのみ!



とっとと最終回見たけりゃささばりさんにメールを出すんだ!(次が最終回だと、なんとなくこのセリフもイヤな感じだ(笑))


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