必死に呼びかけるユリカにモニターの中のフクベが笑いかける。
『君に教えることなど私には何もない。私はすでに必要ない人間だ。後は若い君たちが生き残ればいい・・ザザ・・君たち・・ザザ・・生きてここか・・ザザ・・さらばだ』
ナデシコがチューリップの中に完全に入る。
チューリップが完全に閉じる。
そして通信は切れた。
「さて、どうなる事やら」
そう言ってブリッジを出ていくアキト。
誰もが彼と同意見だった。
これからどうなるのか。
それは神のみぞ知ることだった。
妖精の守護者
第9話「ナデシコ食堂」
BY ささばり
バン!
持っていたファイルを机の上に叩き付けるエリナ。
「バカなこと言わないで!何かの間違いでしょ!」
そう言ってアカツキを睨み付ける。
「おいおいエリナ君、落ち着きたまえ。普段冷静な君らしくもない」
「落ち着けるわけないでしょ!ナデシコが火星で消息を絶ったなんて」
「ナデシコ・・・心配なのはテンカワ君だけだろ?」
そう言ってニヤニヤしながらエリナを見るアカツキ。
頬を赤く染めながら視線を逸らすエリナ。
「な、何言ってるのよ。バカじゃないの!」
「ふ、まあいい。とにかくナデシコは火星でチューリップに入った。テンカワ君が居ながらチューリップに入ったんだ。だから大丈夫だよ」
「どうしてそんなことが言えるのよ!」
「テンカワ君があの子を危険な目に遭わせるわけないだろ?」
「・・・ホシノ・・・ルリ」
そう呟くと、悔しそうに唇を噛みしめるエリナ。
「とにかく僕らは待っているしかないよ・・・大丈夫、テンカワ君は帰ってくるよ」
「・・・そうね・・・」
そう言って少しだけ落ち着きを取り戻したエリナ。
ファイルを取り部屋を出ていく。
エリナが出て行った後、閉まったドアを見ながら呟くアカツキ。
「やれやれ・・・あのエリナ君がすっかり可愛くなっちゃって。ちゃんと責任取ってくれるのかな、テンカワ君」
チューリップに飲み込まれたナデシコ。
する事が無くて暇である。
「今日こそはアキトさんを食堂に引っ張って行くから、手伝ってラピス」
そう言ったのはホシノルリ。
アキトの部屋の前。
横にいるラピス・ラズリに話しかける。
「うん」
そう返事をするラピス。
それを聞いて頷くルリ。
「オモイカネ、ロックをはずして」
そう言うルリの前に「ルリさんの行為はプライバシーの侵害に相当します」と言う文字が出る。
オモイカネ。
ナデシコ搭載のAI。
そして、ルリのお友達。
「お願いオモイカネ、家族3人で食事をしたいの」
そうルリが言ったときプシュという音がしてアキトの部屋へのドアが開く。
ルリのは弱いオモイカネ。
開いたドアから中に入るルリ。
その中でデスクに座り、ビスケットの様な物を口にしているアキトと目が合う。
「・・・どういうつもりだ、ルリ」
やや怒気をはらんだアキトの声。
そんなアキトにひるまずにルリが進み出る。
そのままデスクの上に乗っているビスケットや錠剤を掴んでゴミ箱に捨てる。
「アキトさん、こんな物食べていたら体に悪いです。私たちと食堂に行きましょう」
「断る」
身も蓋もないアキトにさらにラピスが追い打ちをかける。
「アキト・・・行こ。ホウメイの料理美味しいよ」
「ラピス・・・お前まで」
「さあ行きましょうアキトさん。ホントに美味しいんですから、ホウメイさんの料理」
そう言うとアキトの右腕を取り食堂に連れていくルリ。
アキトの服の裾を掴んで放さないラピス。
ルリは知らなかった。
なぜアキトが食堂に行かないのかを。
そのまま2人に連行されているアキト。
しばらくすると食堂に着く。
皆ルリとラピスに注目する。
そこで顔をしかめる。
いつもいないはずの男が2人といたからだ。
テンカワアキト。
どうしてあの子たちがあんな男と。
そんな感情が渦巻いている。
皆が注目する。
「おや、ルリにラピスじゃあないか。うん?アンタ確か・・・テンカワアキト」
そんな中3人を出迎えたのはホウメイ。
彼女の技量がナデシコ食堂を支えている。
「・・・」
何も言わないアキト。
「あ、ホウメイさん。これから3人で夕食なんです」
「へえ、でもテンカワってここ初めてだろう。今までどうしてたんだい」
そうたずねるホウメイに短く返事を返すアキト。
「部屋で・・・今回は無理矢理連れてこられた」
「そうかい。それで、アンタ何か好きな物はあるのかい?今日は特別に作ってあげるよ」
そう言うホウメイ。
だがアキトの返した言葉は皆の想像をはるかにこえていた。
感情のない声。
「好きな食べ物など無い。必要な栄養価さえとれていればどれも同じだ」
そんなアキトの答えに驚くルリ。
悲しそうな目をしてアキトを見ているラピス。
「てめえ、ホウメイさんの料理が食べられないってのか」
客の1人がアキトにくってかかる。
「そんなことは言っていない」
「言ってんじゃねえかよ!」
「やめな!喧嘩するんなら出ていってもらうよ!」
そう言うホウメイの声がナデシコ食堂に響く。
途端にしゅんとなって席に座る客。
まったく変わらないアキト。
「アンタ、じゃあ嫌いな物は?」
そうアキトにたずねるホウメイ。
その言葉にアキトは答えを返した。
その答えはルリの想像を絶する物だった。
「・・・ラーメンは、食いたくないな」
「!!!!!・・・アキトさん?」
「そうかい、じゃあ適当に作ってきてあげるよ。ルリとラピスは?」
そう言って2人に注文を聞くとそのまま厨房に入っていく。
「アキトさん!どうしてあんな事を?」
ルリが向かいに座ったアキトに言う。
やや怒っているようだ。
それを無視するアキト。
その横で心配そうにしているラピス。
(アキト、ルリはアキトのこと心配しているだけ)
アキトの頭の中にラピスの声が聞こえる。
繋がっている2人だからこそ出来ることだ。
(わかっている。だけど・・・)
(アキトはルリに冷たすぎる。ルリはアキトの家族なんだよ)
(・・・)
(ルリが言ってた。アキトラーメン作ってたって。だからアキト料理も凄い上手だって)
(・・・)
(ルリが可哀想)
(・・・黙れ、ラピス!・・・)
ビク!
ラピスの体がふるえる。
「あいよ、お待ち」
そう言って料理を持ってくるホウメイ。
ルリとラピスの前には火星丼。
そしてアキトの前にはチャーハン。
「さあ食べてみなテンカワ。きっと気に入るから」
そう言うホウメイ。
その時ルリは気付いた。
ラピスが俯いているのを。
「どうしたのラピス」
そんなルリを横目にアキトが一口チャーハンを食べる。
みな注目する。
(駄目か・・・)
レンゲを置く。
アキトはポケットからカードを取り出してルリに放る。
そして席を立つ。
「ルリ、そのカードで払っておけ」
チラッとラピスを見る。
下を向いている。
おそらく泣いているのだろう。
だがアキトは視線を戻すと、食堂から立ち去っていった。
「何だ、あのやろう」
そう言う客達。
ホウメイは何か複雑な顔をしていた。
1人部屋に戻ってきたアキトはイスにドサッと座るとため息を付く。
「何も感じなかったな」
そう言って目を瞑る。
ラピスが泣いているのがわかる。
「ごめん、ラピス。今は、許してくれ・・・」
そう言って眠りに落ちていった。
(ここは何処だ?)
薄暗い部屋。
アキトの知らない女の子がいる。
『アナタダレ』
感情のこもっていない声。
すでに思うように体が動かないアキト。
辛うじて顔だけを向ける。
『ルリちゃん!・・・じゃない。髪の色だって違うのにな』
そう言うと女の子は少し首を傾げる。
『ルリ・・・ダレ?』
またもや感情のない声。
そんな女の子を見ているアキト。
(家に来たばかりのルリちゃんみたいだ・・・いや、もっと酷いな)
そんなことを考えていると少女が話しかけてきた。
『アナタモ・・・ワタシデジッケンスルノ。ワタシヲイジメルノ』
その言葉に愕然とするアキト。
(こんな子供まで!)
『大丈夫、俺は君をいじめたりしないよ』
『ホントニ?』
『ああ、本当だよ。ねえ、君名前は』
しばらく少女が考え込む。
そして口を開く。
『ナンバーゼロニトヨバレテル。ソレガナマエ』
『そんな、そんなの名前じゃないよ』
『ソウナノ?』
『ああ。そうだ、俺が名前を付けてあげるよ』
『ホント』
『ああ。うーん、何が良いかな。そうだ!』
『・・・』
『ラピス、ラピス・ラズリ。どうかな』
『ラピス・ラズリ・・・イイ、ソレデイイ。ワタシハラピスラズリ・・・』
『うん、よろしくラピス。俺はテンカワアキト』
そう言ったアキトの顔にぺたぺた触る。
そしてラピスはこういった。
『アキト・・・アタタカイ。・・・イママデダレモクレナカッタ・・・アタタカサ』
そこで目が覚めた。
自室で眠ってしまったようだ。
時計はすでに23時をまわっている。
頭の中にラピスの泣き声が聞こえてくる。
(・・・ラピス・・・)
(アキト!アキトアキト、ごめんなさいアキト。お願いだから私を捨てないで!)
ラピスの声がアキトの頭に響く。
(ごめんね、ラピス。さっきはどうかしていたんだ。だから許して欲しい)
(アキト、私のこと嫌いになってない?)
消えてしまいそうなラピスの声。
そんなラピスに申し訳ない気持ちで一杯のアキト。
(ラピスのことを嫌いになるはず無いじゃないか。ごめんねラピス)
そうするとにっこり笑うラピスのイメージが届く。
(ううん、いいの。アキトが許してくれれば)
(うん、ごめんね)
そうしてラピスとの会話をやめる。
「ごめんね、ラピス。俺はお前を傷つけてばかりだな。・・・それにルリも」
そう言ってイスから立ち上がるアキト。
部屋を出ていこうとするアキト。
ドアを開けるとそこに1人の女性が立っていた。
ハルカ・ミナト。
女性は男を睨んでいる。
ハルカミナト。
男は何を考えているのかわからない。
テンカワアキト。
アキトが先に口を開く。
「で、何のようだ。ハルカ・ミナト」
「アンタねー、いったい何考えてるの!」
「なんのことだ?」
そんなアキトに怒りをあらわにするミナト。
「アンタいい加減にしなさいよ、ルリルリのことなんだと思ってるの?あの子はアンタのこと心配してるのよ。それを何なのよ!聞いたわよ、さっきの食堂でのこと!」
アキトの胸ぐらを掴むミナト。
されるがままになるアキト。
「答えなさいよ、アキト君」
そんなミナトにアキトはたずねた。
「ルリとラピスは?」
「私のところにいるわ。もうあなたにルリルリ達を任せておけないわ」
「そうか」
「そうかですって!一体何様のつもり、アキト君!」
「別に」
そんなアキトにさらにカッとするミナト。
「ルリルリからあなたの事聞いていたわ。アルバムとかもたくさん見せてもらっていたわ。だからあなたとルリルリが一緒に住むと聞いたときも何も言わなかった。でもあんまりじゃない!ルリルリはあなたに笑って欲しいだけなのよ。昔のように・・・。それが今のアキト君はルリルリを悲しませてるだけじゃない。何がテンカワアキトは死んだよ。カッコ付けるのもたいがいにしなさいよ」
何も言わないアキト。
「それにアンタ、ルリルリの事放って置いてラピスちゃんと一緒に寝てるんですって。ルリルリの気持ちも考えてあげなさいよ。それともアンタホントにロリコンなの?」
そこまで言われても黙っているアキト。
「何とか言いなさいよ、アキト君!どうしてルリルリに優しくしてあげないの。訳を言いなさい!」
その言葉を聞いてアキトが動く。
ミナトを抱き上げるとベットまで連れて行きその上に放る。
そしてミナトの上に覆い被さる。
「ちょ、ちょっと!」
「俺に一晩付き合ったら教えてやるよ」
パン!
アキトの頬を平手打ちするミナト。
「バカにしないで!私はそんな女じゃないわよ!」
「・・・」
「どいて、アキト君。人を呼ぶわよ!」
「・・・感じないな・・・」
「え?」
アキトの様子がおかしい。
その事を感じ取るミナト。
「アキト君?」
「感じないな、痛みなんか!」
「ヒッ!」
いきなりの事に驚くミナト。
アキトの顔に浮かぶ緑の奔流。
「怖いのか、この顔が!好きでこうなった訳じゃないのに!」
「そ、そんなつもりじゃ・・・」
「痛みだけじゃない、何も感じない!」
そう言ってミナトの胸を掴む。
身を固くするミナト。
「こうして掴んでいるお前の胸の感触も!お前にわかるか、この俺の気持ちが!何も感じない!このバイザーがなければ何も見えない!ラピスがいなければ1人で立ち上がる事もできない!どんな料理を食べても味も、匂いもわからない!お前にこの俺の気持ちが分かるのか!」
余りの剣幕に何も言えないミナト。
日頃ため込んでいることを吐き出したアキトは、少しずつ冷静になっていく。
「俺は・・・」
そう言ってミナトから離れる。
ベットの上で身を起こすミナト。
「あ、アキト君?」
そんなミナトに背中を向けて歩き出すアキト。
ドアの前で止まる。
「・・・すまない・・・」
「え?」
「それと、今の事ルリには黙っていてくれ」
「アキト君、あなた・・・」
「ルリとラピスを頼む、ミナト」
そう言ってドアから出ていくアキト。
後に残されたミナト。
アキトの叫びが頭から離れなかった。
「好きでこうなったわけじゃない・・・どういう事?」
「おや、テンカワじゃないか」
そう言ったのはホウメイ。
ここはナデシコ食堂。
24時で閉店なのだ。
客は1人もいない。
「ラーメン1つ」
そう言ったアキトに何も言わずにラーメンを作るホウメイ。
カウンター席に座るアキト。
しばらくしてアキトの前に湯気の立ったどんぶりが置かれた。
それを無言で食べるアキト。
「アンタ、あのテンカワラーメンのテンカワアキトだろ?」
その言葉にピクッとするアキト。
「私だって料理人さ。美味しい物を作る料理人は気になるし、それに一度だけアンタ料理を食べたことあるんだよ。アンタが火星のレストランのシェフをやっていた時にね。」
スープまで飲み干すアキト。
「その時私は自分が修行不足だって事を痛感したね。アンタの料理はどれも私の物より美味しかった」
「・・・昔の話さ・・・」
「・・・なあテンカワ。アンタの事はイネスさんから聞いたよ。でもね、せめてちゃんとした食事くらいはしておくれよ」
「・・・」
「そうしないとさ、ルリもラピスも可哀想だよ」
「・・・」
「それに、あんたも・・・」
そのままお互い何も言わない。
ホウメイはどんぶりを下げてそれを洗う。
アキトはそのままカウンターに座っている。
するとホウメイがグラスを2つとウィスキーの入ったボトルを持ってきた。
1つをアキトの前に置きウィスキーを注ぐ。
もう1つを自分の前に置くとウィスキーを注ぐ。
「・・・なぜ俺に構う・・・」
アキトがグラスを掴みながら言う。
氷がカランと音を立てる。
「アンタはさ、私の師匠なんだよ。私がここまで来られたのはアンタの料理を食べたからなんだよ」
「・・・」
「ねえ、あんた。もしも死ぬ気なら・・・もしそうなら、ルリやラピスのために生きてあげてくれないか?」
沈黙。
広い食堂には2人しかいない。
カラン。
氷が鳴る。
「・・・そうだな・・・それも良いかも知れないな・・・」
そう言ってウィスキーを流し込むアキト。
穏やかな顔をしている。
「そうしなよ。きっとあの子たちも喜ぶよ」
そう言ってウィスキーを飲むホウメイ。
「でも」
「?」
「まだ駄目だ、俺にはやらなきゃならない事がある。それが終わるまでは・・・」
そう言ってウィスキーを一気に飲み干すと席を立つアキト。
「ごちそうさま・・・ラーメン美味かったよ」
そう言って立ち去っていくアキト。
後に1人残されたホウメイ。
残りのウィスキーを飲み干すとため息をつく。
「テンカワ・・・何をそんなに焦っているんだ?今のアンタは、死に急いでるよ」
ホウメイの呟きは誰も居ない食堂に吸い込まれていった。
つづく
<あとがき>
どうも、ささばりです。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
今回はチューリップの中にいるときの話です。
ついにホウメイさんが出てきました。
ただアキトとホウメイの関係は、テレビとは逆の立場になっています。
個人的に気に入っているキャラクターなので、今後も出てくる予定です。
感想メールもお待ちしていますので、よろしくお願いします。
それでは次回、おたのしみに。
艦長兼司令からのあれこれ(笑)
えーと、艦長です。
やべぇ・・・・ネタ被りそう(笑)
ま、そこらへんはなんとかします(←ホントか?)
しっかし・・・このペース、見習いたいもんです、マジで。
最近は仕事を言い訳に逃げてるような気もするしなぁ(笑)
こっちもがんばりますです、ハイ(笑)
さあ、ウルトラハイペースなささばりさんにメールを!
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