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妖精の守護者  外伝

 

 

 

 

 

木連。

何処の家々も夕食の準備を始める時間帯。

ここ白鳥家でもそれは同じ。

ただし、1つだけ普通の家庭と違うところがある。

それは、夕食の準備をしているのが、まだ小学生の少女だと言うこと。

とても活発そうな少女。

鼻歌を歌いながら料理を作っている。

彼女の名は白鳥ユキナ。

 

「ちょっとアキト〜、そこにあるお皿持ってきて〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の守護者

外伝「ユキナの事情」

BY ささばり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鳥家は普通の家とは少し異なっている。

白鳥家の家族構成は、兄の九十九、妹のユキナの2人だけである。

両親はすでに他界している。

兄は木連軍のエリート。

ユキナは未だに小学生である。

兄は軍で働き、妹はそのかわりに家事を一切引き受ける。

兄妹2人で、がんばって生きてきたのだ。

だが、その生活にも変化が訪れた。

2人の居候が増えたのだ。

テンカワ・アキト、ラピス・ラズリの両名である。

テンカワ・アキトは火星圏の人間、つまり木連人から見れば地球人である。

木連人も、一応地球人である。

過去に不当に地球から追放された人々が、木連に国家を築いたのだ。

だから木連では、地球人は自分たちを迫害し、追いやった憎き敵だと思われている。

アキトが初めてこの家に来たのはおよそ半年前。

白鳥九十九、月臣元一朗はある作戦で火星の後継者の施設を制圧した。

その施設は、誘拐してきた人達に過酷な人体実験を行う非合法の研究施設だった。

救出作戦でもあったが、九十九達はそこで信じられない光景を見た。

生存者が、いないのである。

施設自体もぬけの殻。

あるのは通称ゴミ捨て場と呼ばれる場所の、おびただしい数の死体だけ。

必死の捜索の結果、そのゴミ捨て場に2人の生存者がいるのを発見した。

辛うじて生きているという状態のテンカワ・アキト。

そして、それに寄り添うように座っているラピス・ラズリだった。

何とか一命を取り留めたアキトが生き甲斐として縋ったもの。

それは復讐だった。

そして、彼は優秀な軍人であり、木連式柔や木連式抜刀術など、数々の格闘術に長けている九十九と元一朗に弟子入りしたのである。

だが、地球人のアキトに木連での行き場などあるわけはない。

そこで、九十九がアキトとラピスを引き取ったのだ。

 

「アキト〜!」

 

ユキナは呼びかけるが、返事はない。

いつもの事である。

仕方なく様子を見に行くユキナ。

 

「ちょっとアキト、居ないの?」

 

そう言ってキッチンから顔を出す。

するとそこにアキトがいた。

漆黒の髪。

黒いバイザー。

何故か真っ黒な服。

まるで闇を纏っているかのような、そんな印象を抱かざるを得ない。

だが、そんな闇の中にある一輪の可憐な花。

神々しい金色の瞳と薄桃色をした綺麗な髪をもつ少女。

ラピス・ラズリ。

アキトの膝の上に座り、微笑んでいるようだ。

 

「ちょっと、アキト!」

 

菜箸を持ったままアキトにどすどすと近付いていくユキナ。

そんなユキナをキョトンと見ているラピス。

だが、アキトはそちらすら向かない。

その顔はあさっての方を向いている。

 

「聞・い・て・る・の、アキト!」

 

そう言ってアキトの耳元で大声を出すユキナ。

すると、アキトがため息を付く。

 

「・・・そんな大声を出さなくても聞こえている・・・」

 

ユキナの方を向くわけでもなく言う。

その声に感情はない。

 

「聞こえてるんならさっさとお皿持ってきなさいよ!」

 

腰に手を当ててそう怒鳴るユキナ。

だが、アキトは全く相手にしていない。

ラピスがうるさそうにユキナを見る。

アキトと一緒にいるのが大好きなラピス。

自分のお気に入りの時間を邪魔されて少し機嫌が悪い。

 

「ユキナ、うるさい」

 

「う・・・とにかくアキト、お皿持ってきてよ!」

 

そう言って来たときと同じ、足音をどすどすさせながらキッチンに引っ込んでいくユキナ。

そこで初めてアキトが動く。

自分の上からラピスをおろすと、ゆっくりと立ち上がり食器棚に向かう。

なぜか料理の献立を知っている彼は、迷うことなく数種類の皿を選び出す。

そして、キッチンの入り口まで持っていく。

そこで、止まる。

 

「ユキナ・・・さっさと取りに来い」

 

冷たい声。

彼のその声を聞いて恐怖を感じないのはこの世でもわずか数人だろう。

ちなみに、白鳥ユキナもその希有な数人のうちの1人である。

 

「ありがと」

 

そう言って笑顔を浮かべると皿を受け取るユキナ。

皿を渡すと黙って元いた場所に戻っていくアキト。

 

「う〜ん・・・相変わらず駄目みたい・・・」

 

少し悩むように考えるユキナ。

アキトは、この家に来て以来一度もキッチンに入ろうとしない。

ユキナ自身、昔のアキトがコックだった事、今のアキトは味覚と臭覚両方がないと言うことを知っている。

何とか食事の用意などを手伝わせようとしているのだが、相変わらずキッチンにだけは入ろうとしないアキト。

 

「まあ、気長にやろ。うん、そうしよう」

 

そう言いながら再び料理に専念するユキナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズダン!

 

「グハッ!」

 

1人の男が壁に叩きつけられ、力を失い崩れ落ちる。

 

「・・・弱い・・・他に誰かいないのか?・・・」

 

1人漆黒の服を着ているアキトが道場にいる人たちを見回す。

その誰しもがアキトと目を会わさないようにしている。

打・投・極。

その全てが融合している木連式柔。

主に木連での戦闘術、格闘術とはこれのことを指す。

その道場で、アキトは乱取りをしていた。

道場では実力者で通っている相手を、すでに6人も倒しているアキト。

アキトはここ半年で、恐ろしいほど強くなっていた。

さすがに、九十九や元一朗、そして2人の師匠であるここの道場主には勝てないが。

 

「・・・ちっ、雑魚どもが・・・元一朗、お前が相手をしろ・・・」

 

そう言って、上座の方に座っている師範代、月臣元一朗を見据えるアキト。

その視線を受けて、ゆっくりと立ち上がる元一朗。

 

「良いだろうアキト。俺が相手をしてやろう」

 

そう言って道場の中心まで進み出る元一朗。

それを黙ってみているアキト。

 

「良いぞ・・・かかって来い」

 

自然体のままアキトを誘う元一朗。

それに軽く舌打ちするアキト。

 

「余裕でいられるのも今のうちだ!」

 

そう言ってアキトが動く。

恐ろしい速さで元一朗との距離を縮める。

 

「ハァ!」

 

素早い踏み込みと共に鋭い突きを繰り出すアキト。

だが、それをわずかに体を動かしただけでかわす元一朗。

同時にアキトの胸部に元一朗の掌底がヒットする。

 

「グハッ!」

 

はじき飛ばされるアキト。

それを見て他の練習生達がアキトに対して罵声を浴びせる。

アキトはその才能と氷のような雰囲気、そして地球人という理由で嫌われているのだ。

だが、それを一睨みで黙らせると、アキトに声をかける元一朗。

 

「いつも言っているだろ。邪になりし拳では俺には勝てんと」

 

その言葉を聞きながら、ゆっくりと起きあがるアキト。

彼は非常にうたれ強い。

上半身の痛覚がないため、痛みによる意識の混濁などがないのだ。

 

「俺には・・・他に縋るものがないんだ・・・」

 

立ち上がりながらぽそっと呟くアキト。

 

「・・・何?・・・」

 

アキトが何を言ったのかよく聞こえなかった元一朗。

立ち上がったアキトはゆっくりと構える。

その顔に緑色の光が浮かぶ。

殺気が道場内に溢れる。

練習生達は皆息をのむ。

元一朗も同じである。

アキトの今の実力では自分には勝てない。

それは元一朗にもわかっている。

だが、アキトの殺気は尋常ではない。

それはまさに死神。

死神が、闇の衣を纏いて元一朗の魂を狩ろうとしている。

そんな錯覚さえ覚える。

恐怖が、ほんの一瞬元一朗の心をかすめる。

が、彼はアキトの実力を完全に把握していた。

殺気に惑わされるようなことはない。

 

「・・・気迫だけでは俺は倒せんぞ・・・」

 

「だまれ!」

 

瞬間、アキトが疾る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間ほどたったある日。

深夜、白鳥家。

九十九は軍の夜勤で家にいない。

 

『うわあああああ〜!!!!』

 

家中に響く悲鳴に目を覚ますユキナ。

ふと時計を見る。

AM2:12。

どんなにしっかりしていようとも、まだ小学生のユキナにこの時間起きるのは辛い。

だが、そんなことは言ってられなかった。

急いでアキトの部屋に行く。

アキトが毎晩魘されていることは知っているユキナ。

 

「アキト!」

 

ビクッ!

アキトの部屋に入ったユキナは、蛍光灯の明かりに眩しそうに目を細める。

そして、部屋のすみで震えているアキトを見る。

アキトは、部屋を暗くして眠ることが出来なかったのだ。

トラウマ。

そう言えば一言で済むかも知れない。

だが、実際はそんな一言で片付けられるものではない。

アキトは極端に暗闇を怖がっていた。

心に闇を持つこの青年がである。

 

「アキト・・・」

 

ビクッ!

ユキナの声にアキトが震える。

 

「イ・・・イヤだ・・・」

 

そう言って部屋のすみで震えているアキト。

恐怖。

それがアキトを支配している。

 

(アキト、またあんなに震えて・・・・・・・・・どうして・・・誰がこんな・・・)

 

ユキナの心に沸々と怒りがこみ上げてくる。

アキトが実際どんなことをされたかは知らないユキナ。

だが、それでも尋常ではないことは理解できた。

 

「お願いだから・・・もう止めてくれ・・・」

 

がたがた震えながらユキナを見ているアキト。

ユキナの知っている青年はいない。

そこで震えているのは、何かに怯えているただの子供でしかなかった。

 

(アキト・・・可哀想・・・)

 

ゆっくりとアキトに近付くユキナ。

こうなったアキトを見るのは初めてではない。

最初は驚いたが、今では自然に身体が動く。

 

「アキト」

 

「もう・・・イヤだ・・・」

 

震えながらそう呟いているアキトをそっと抱きしめるユキナ。

ビクッ!

一瞬身震いするが、すぐにユキナにすがりつくアキト。

 

「う・・・うう・・・」

 

木連式柔の使い手のこの青年が、まだ小学生の少女に縋り付き嗚咽を漏らす。

余りにも滑稽な、だが、誰も非難できない状況。

自分の胸にあるアキトの頭を撫でているユキナ。

 

「アキト・・・大丈夫。もう誰もいじめないから・・・もう誰も酷い事しないから」

 

そう言いながらアキトを抱きしめているユキナ。

そのままアキトの布団に移動して横になると、彼が落ち着くまで側に居てあげようと思った。

その少女は、その時紛れもなくアキトの母であっただろう。

お化けに怯える息子を抱きしめる母親。

まだ小学生のユキナが、確かに母親としての慈愛を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん・・・もう朝〜・・・」

 

翌朝、アキトの布団で目を覚ますユキナ。

体を起こそうとして、全く動けないことに気付く。

 

「え・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!」

 

状況を理解するユキナ。

驚き、次に赤面してしまった。

アキトの両腕にガッチリ抱きしめられている。

まるで抱き枕のようになってしまったユキナ。

頬を赤くしながら何とか脱出しようと試みるが、身動き1つ出来ない。

だが、ふとアキトの顔を見る。

そこには普段見ることの出来ないような、安らいだ寝顔がある。

 

「・・・もう、子供なんだから・・・」

 

もう少しだけこのままでいても良いかなと思うユキナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキトは相変わらず毎晩魘されるものの、それから数日は酷い状態にはならなかった。

変わらない日常が続いていた。

だがある日・・・。

 

「・・・ふう・・・やっと朝か・・・」

 

自分の部屋で目を覚ますアキト。

パジャマが汗でぐっしょりと濡れている。

彼が自分で目を覚ますのは非常に珍しいと言える。

魘され、起きる。

これの繰り返しなのでよく眠れず、やっと寝られたと思ったら朝なのだ。

当然自分で起きることは出来ず、いつもユキナが文字通り叩き起こしに来ていた。

アキトを叩き、さらには踏みつける事の出来る人間は、この木連にも数えるほどしかいないが。

 

「珍しいな・・・ユキナが起こしに来ないとは」

 

そう言って布団から出ると、身支度を整えるアキト。

家の中が静まり返っている。

みんな留守なのかと思った。

すると、普段ユキナの部屋に寝ているラピスが、いきなり部屋に駆け込んできた。

 

「アキト、ユキナおかしい」

 

あまり感情のない口調だが、何かを懸命に伝えようとしているラピス。

それを察するアキト。

 

「部屋にいるのか?」

 

「うん」

 

それを聞いてユキナの部屋に向かうアキト。

いきなりドアを開けようとして、ふと思いとどまる。

 

(女の子の部屋にはいるときはノックぐらいしなさいよ!)

 

そう言ったユキナを思いだしてしまうアキト。

しばらく考えた後、ノックをする。

コンコン。

だが、返事はない。

 

「入るぞ」

 

一言断って部屋に入るアキト。

女の子らしい部屋、そこにあるベッドにユキナが寝ていた。

 

「おい、ユキナ・・・」

 

そこでユキナがおかしいのに気付く。

呼吸が荒く、頬が微かに赤い。

近付いていくアキト。

 

「・・・あれ・・・アキト・・・」

 

ボーっとしながらアキトを見るユキナ。

アキトはベッドの横に膝を折ると、ユキナのおでこに手を当てる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ラピス、来い・・・」

 

上半身の感覚のないアキトに熱が計れるわけがない。

アキトがそう言うと、近付いてくるラピス。

 

「何?アキト」

 

「ユキナのおでこを触れ」

 

「・・・うん・・・」

 

そう言ってユキナのおでこをぺたっと触るラピス。

 

「・・・どうだ・・・」

 

「熱い」

 

「・・・熱があるのか。風邪でも引いたか?」

 

そう言うとユキナが口を開く。

 

「・・・大丈夫だよ、アキト・・・ちょっとボーっとするだけだから・・・」

 

そうはいっているが、非常に辛そうだ。

無理に起きようとするユキナを手で制するアキト。

 

「大人しく寝ていることだ」

 

「でも・・・」

 

「黙って寝ていろ」

 

そう言ったアキトの口調には有無を言わせぬものがあった。

黙って頷くユキナ。

それを見て、アキトは部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「38度6分か・・・」

 

ユキナの差し出した体温計を皆がら言うアキト。

ユキナは辛そうに息をしている。

 

「・・・解熱剤でも飲ませるか・・・しかし・・・」

 

掛け布団の上に出ているユキナの腕を布団の中に入れながら呟くアキト。

薬を飲ませるにはまず何か食べさせなければならない。

 

「・・・ラピス・・・が作るれるわけないか・・・」

 

そこまで言ってタンスから替えのパジャマを取り出すアキト。

 

「ユキナ、寝汗をかいたままじゃ良くない。着替えろ」

 

そう言ってベッドの上にパジャマを放るアキト。

だが、ユキナは荒い息をするだけでアキトの言葉には反応しない。

 

「・・・まあいい・・・」

 

仕方なくアキトはユキナを着替えさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ・・・何だろ、この匂い」

 

ボーっとしながら鼻を動かすユキナ。

いい匂いがする。

 

「お兄ちゃんは料理なんて出来ないし・・・まさか・・・」

 

そう呟いたとき、ドアが開いてアキトが入ってくる。

その手に持っているお盆の上に、土鍋と水の入ったコップを持っている。

 

「起きられるか?」

 

ベッドの横に座るアキト。

 

「・・・うん・・・」

 

ベッドの上で上半身を起こすユキナを、お盆を脇に置き手伝うアキト。

肩から上着を掛けてやる。

 

「これを食べてから薬を飲め」

 

そう言って土鍋からお椀に何かをよそう。

お粥。

それと数種類のやくみが盛ってある皿から、少し取りお粥の上にのせる。

熱はあるが少しお腹が減っていたユキナ。

アキトからお椀を受け取る。

 

「これ・・・アキトが作ったの?」

 

たかがお粥、されどお粥。

信じられないといった風にアキトを見るユキナ。

 

「今回だけだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、二度と作らない・・・」

 

寂しそうに言うアキト。

その表情も心なしか沈んでいる。

 

「アキト・・・」

 

アキトを労るようなユキナの声。

それに気付き、話題を変えるアキト。

 

「ラピスに味見させたから大丈夫だ。冷めないうちに食え」

 

再びお粥を見るユキナ。

なぜただのお粥がここまで美味しそうに見えるのか。

そう思ってしまうユキナ。

やくみを少し混ぜるとお粥を口に運ぶ。

 

「・・・美味しい・・・」

 

やくみの味がお粥に花を添える。

文句無しに美味しいと思ったユキナ。

 

「・・・まだあるからゆっくり食べろ・・・」

 

そう言ったアキトを見るユキナ。

アキトが、少し優しい顔をしているように思えた。

それからのユキナは凄かった。

余りの美味しさにどんどん食べる。

様々なやくみにより色々な味を楽しめた。

しかもそれがどれも非常に美味しい。

やくみ自体までもが手作りなのである。

味覚がないとは思えない程の味と手の込みようである。

 

「・・・美味しいか?・・・」

 

アキトの問いかけに黙って頷き、再びお粥を食べ始めるユキナ。

 

(俺の最後のお客さん・・・か・・・)

 

そう思いながらユキナを見つめているアキト。

お粥。

ユキナの食べている何の変哲もないただのお粥。

それはアキトの、生涯最後の料理だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中、ユキナの部屋。

 

「39度2分・・・駄目だな・・・熱が下がらない」

 

そんな声にふと目を覚ましたユキナ。

 

(・・・あれ・・・何か冷たい・・・)

 

熱でボーっとしているのでゆっくりと目を開ける。

おぼろげに見えるのはテンカワ・アキト。

 

(アキト・・・布団かけないと風邪引く・・・)

 

ポーッと見ているユキナ。

だが、アキトは気付かない。

掛け布団から手を出すユキナ。

 

(あれ?・・・またパジャマが違う・・・)

 

ぼんやりと考えるユキナ。

 

「どうした、ユキナ」

 

ユキナが起きたことに気付いたアキトが声をかける。

 

「・・・アキト・・・」

 

ポーッとしながら聞くユキナ。

それに穏やかな顔をしているアキト。

 

「大丈夫か?」

 

(え!)

 

アキトの言葉に驚くユキナ。

普段のアキトからは考えられない程優しい声色。

ユキナの知らないアキトがそこにいた。

 

「・・・うん」

 

内心ドキドキしながら言うユキナ。

顔が熱いのは熱のせいだけではないようだ。

 

「まだ熱がある・・・大人しく寝るんだ」

 

そう言ってユキナの手をベッドに戻すアキト。

そして、立ち去ろうとする。

 

「・・・まって・・・」

 

ユキナの弱々しい言葉に足を止めるアキト。

どんなにしっかりしていると言ってもユキナはまだ小学生。

何となく心細かったのだろう。

黙ってユキナの側まで戻ってくるアキト。

 

「わかった・・・ここに居てやるから、大人しく寝るんだ」

 

その言葉に再びまどろんでいくユキナ。

アキトの顔を見る。

夢の世界に落ちていくユキナに、微かにアキトの言葉が届いた。

 

「・・・大丈夫、ここにいるよ・・・」

 

いつものアキトとは全く違う口調。

その声に、兄と同じ様な優しさを感じたユキナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん・・・朝・・・」

 

ゆっくりと目を開けるユキナ。

時計を見ると朝6時半。

しばらく何かを考え込む。

 

「アキト・・・何か優しかったな。でも夢だよね、あんなアキト見たこと無いもん」

 

ぼんやりと覚えているアキトのことを思い出す。

普段のアキトからは想像もできない優しいアキト。

自分のためにお粥を作ってくれたアキト。

何となく、温かい気持ちになる。

 

「・・・気分もいいし、よし!」

 

そう言って身体を起こすユキナ。

ぽと。

頭から何かが落ちる。

タオルだった。

明らかにユキナの熱を冷ますために置かれたものだろう。

まだ湿っているところを見ると、こまめに取り変えられていたようだ。

 

「これ・・・もしかして・・・」

 

タオルを摘んでいると、部屋にアキトが入ってくる。

その右手には、洗面器を持っている。

洗面器の中には、たくさんの氷と水が入っている。

 

「ユキナ・・・起きていて良いのか?」

 

「うん、もう大丈夫!」

 

そう言ってにっこり笑うユキナ。

それを黙ってみているアキト。

 

「・・・ねえアキト・・・」

 

「ん?」

 

「ずっと側に居てくれたの?」

 

そう言って上目遣いにアキトを見るユキナ。

アキトの右手の指が変色している。

恐らく何回も何回も冷たい氷水の中に手を入れたからだろう。

しばらく黙っているアキト。

 

「それに・・・お粥も作ってくれたし・・・」

 

「・・・礼だ・・・」

 

ぶっきらぼうな口調。

 

「え?」

 

「いつも世話になっている礼だ」

 

そう言って、優しい顔をするアキト。

それを見て、ユキナは思った。

 

(アキト、やっぱり優しい・・・なんか、お兄ちゃんみたい・・・)

 

アキトはユキナの手からタオルを受け取ると、一人部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは木連。

いつもと同じ、何処の家々も夕食の準備を始めている。

ここ白鳥家も然り。

キッチンでその腕を振るうのは、まだ小学生の少女。

鼻歌を歌いながら料理を作っている。

ボブカットの髪が揺れている。

白鳥ユキナは今日もご機嫌である。

 

「ちょっとアキト〜、お皿持ってきて〜!」

 

そう叫ぶが、相変わらず返事がない。

 

「アキト、聞こえてるんでしょ!」

 

キッチンから顔を出すユキナ。

アキトと九十九がいる。

漆黒の髪。

常に外さない黒いバイザー。

いつもの真っ黒な服。

それを見て何となくため息をつくユキナ。

 

(あんなカッコだからみんな誤解するのよ)

 

アキトの横でラピスが寝ている。

その寝姿はハッキリ言って人様に見せられるようなものではない。

寝言で「・・・アキト・・・んん・・・」と言っているのが聞こえる。

いったいどんな夢を見ているのやら・・・。

そこで、ハッとするユキナ。

 

「ちょっと、アキト!」

 

おたまを持ったままアキトに近付いていくユキナ。

ユキナの方すら向かないアキト。

 

「ほろほら、そんな所に座ってないで、さっさとお皿持ってきなさいよ!」

 

腰に手を当ててそう怒鳴るユキナ。

それを聞いているだけのアキト。

 

「・・・」

 

何も言わない。

あの日以来、ユキナはアキトの優しい声を聞いていない。

表情もいつもの無表情なものだ。

当然キッチンにも入っていない。

アキトから目を逸らさないユキナ。

いきなりアキトの耳を摘むと自分の方に引き寄せる。

 

「アキト、人と話すときはちゃんと目を見る!!」

 

そう言ってアキトを睨み付けるユキナ。

一方的にユキナがアキトに話しかけているだけだが・・・。

それでもユキナの方を向かないアキト。

 

「・・・何よ・・・私の裸見たくせに・・・アキトのえっち・・・」

 

そう呟くユキナ。

自分で言っておながら赤面してしまうユキナ。

そこでアキトがため息を付く。

仕方なくといった風に立ち上がると食器棚に歩いていく。

驚いたようにユキナを見つめる九十九。

その視線に気付くユキナ。

 

「なあに、お兄ちゃん?」

 

「お前・・・凄いな。あのアキトが大人しく言うことを聞くなんて」

 

不思議そうにユキナを見る九十九。

彼にしてみれば当然だろう。

アキトは木連式柔の道場でも稽古の相手がいないほど恐れられている。

そのアキトに、ユキナは命令をしている。

しかも、アキトはそれに従っているのだ。

 

「お前・・・アキトが怖くはないか?」

 

その九十九の言葉に、キョトンとするユキナ。

 

「何で?・・・お兄ちゃんはアキトが怖いの?」

 

「い、いや・・・ただ・・・」

 

「アキトは優しいよ」

 

「え?」

 

九十九は何のことかわからなかった。

ユキナはアキトが優しいといった。

だが、九十九にとって優しいアキトなど想像もつかない。

 

「私はアキトが優しいって知ってるから。だから怖くないよ」

 

ユキナは優しい笑顔を浮かべながら言った。

そして、彼女はキッチンに戻っていく。

それを見ている九十九。

 

『アキト〜、ぐずぐずしないで〜』

 

キッチンからユキナの声が聞こえてくる。

それに答えるように、皿を持ってキッチンの入り口まで行くアキト。

すると、それを取りに来るユキナ。

 

「ありがとう、アキト!」

 

にっこり笑って言う少女に、アキトが答える。

 

「・・・ああ・・・」

 

何となく優しい声色。

それにいつものような、無表情な顔ではない。

そこにあったのは穏やかな、優しい表情。

ユキナがあの日見た、優しいアキト。

そんなアキトに、その少女をこう言ったという。

 

「またお願いね、アキト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木連に、1人の少女がいる。

まだ小学生でありながら、家の家事を一手に引き受けている少女。

笑顔が可愛い、元気な女の子。

彼女の名は白鳥ユキナ。

この世で唯一、黒い王子を使役できる少女である。

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

<あとがき>

どうも、ささばりです。

このお話はいかがでしたでしょうか。

この話は本編の第3話辺り、アキトがまだ木連にいるときの話です。

これで、アキトとユキナの関係がどんなものか感じていただければ幸いです。

外伝では、本編で書いてなかったエピソードを書こうと思います。

もし連載が終わればその後を何話か書こうかな、とも思いますが。

感想メールお待ちしています。

その他、書いて欲しいシーンなどがありましたらメールください。

それでは、この辺りで。

 


艦長からのあれこれ

はい、艦長です。

小学生のユキナちゃん。
どんな感じでしょ?(笑)

連載を怒濤の勢いで進めているというのにさらに外伝まで・・・
ささばりさん、すごいや(笑)


さあ、もっと外伝が読みたければささばりさんにメールを出すんだ!


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