チャールズ E.フラー <古風なリバイバリスト>  チャールズ E.フラーの名は、クリスチャン世界において、長年にわたって、現在活 躍中のどんなクリスチャン指導者よりも、よく、知られてきた。彼の古風なリバイバル・ アワーは、世界中、英語が使われている所ならどこででも、聞かれた。彼は、その当時か らずっと、他の誰よりも、たくさんの人に福音の物語を届ける器として評判が高い。  以下の出来事の写しが、レイダー大会の賛美指導者であったアーサー・W・マッキー氏 の財布の中に長い間入っていたが、後に非常に貴重なものとなった。  「1917年にさかのぼるが、当時、私は、クリスチャンホーム出身の、成功した青年 実業家であった。しかし、私は、大学において、神への信仰を失っていた。「その年のあ る日曜日、ちなみに、それは、七月の第三日曜日であったが、私は、好奇心から、ロサン ジェルス市にあるオープン・ドアの教会に、ポール・レイダーの説教を聞きに行った。私 は、求道者の席に着いた;ポール・レイダーがキリストとその十字架について、聖霊によ って大変力強く語ったので、私は、自分自身が、ひとりの失われ、破滅した、罪人にすぎ ないとわかって、深い罪の自覚を得た。彼は、エペソ1:18,19からメッセージを語 った。」  「私は、その時には、私の何が問題であるのかは分からなかったが、前の座席に頭をも たれかけて、深い罪の自覚に震えた。午後の集会が終わり、私はハリウッドの公園へと自 動車を走らせた。そこで、私は自分のツーリングカーの後部座席に跪いた。そして、その 祈りの格闘の後に、私は、神に、私を救って下さるよう、また、救って下さるなら、私と 私の能力を用いて、主のために、他の人々に遣わして下さいと祈った。」  「私は、新しく生まれた。そして、そこから、もう一度ポールの説教を聞くために、夜 の集会へと戻った。その説教は、私にとって、天来のマナのようであった。私の心は、ま さに、喜びではち切れそうであった。そして、実業界で出世し、お金をもうけようという すべての欲望が、私から去った。私は、ただ、主がお許しになるなら、神が私を用いて、 神のために魂を勝ち取る仕事をさせてほしかった。」  「後に、私は、カンザス州のマックファースンとインディアナポリスにおける協議会で、 ポール兄弟と、祝福された交わりを持った。彼は、私がいつも使っている聖書に、自分の 名前を書き入れ、その下に、『地上に於ける天国の数日』と書いた。確かに、協議会の間、 共に交わりを持った数日間は、天国の日々であった。」  「私は、他の大勢の人々共に、天の栄光の中にあるポールに向かって、『ポール兄弟。 あなたが神の言葉を語ったとき、聖霊がそれを用いて、私に罪の自覚をもたらし、私は救 われました。それ故に、私は今あるのです。』と言いたい。」