メル・トロッター
「レスキュー・ミッションの先駆者」

 メル・トロッターは、背は高くないが、体格の良い人で、簡単には動かず、慎重に動く人であったことをよく覚えている。私は、彼がレスキュー・ミッションの働きについて語った一連の講義を聞く幸いを得た。その分野で、彼は、当時のアメリカで最も知識のある人物として尊敬され、アメリカの主要な都市に66あまりのレスキュー・ミッションを設立することに関与して来た。私は、彼が最初に、彼と同じような回心した浮浪者でなければ、有能なレスキュー・ミッションの働き人になれないわけではないと語ったことを思い起こす。私はまた、彼が個人的に救いの証を語るのを、一度ならず、聞いた。事実、彼の回心は、人生を変貌させる福音の力の驚くべき賜物であり、新生によって大きく変えられた典型的な実例となった。

 メル・トロッターの回心物語は、彼自身が自叙伝「この40年間」の中で語ったもの、また、フレッド・C・ザーファス著「伝記メル・トロッター」や、カール・F・H・ヘンリー著「パシフィック・ガーデン宣教」(ゾンダーヴァン社刊)から引用した。

 「メルは、若い頃、成功するのに教育はいらないと考えていた。彼の両親は、何とか、彼を学校に通わせようとしたが、彼はむしろ通りのはずれにある父の酒場と賭博場に興味があった。彼は、学校をズル休みしてはそこに通うことが多かった。」

 「メルは、父親の足跡をたどった。早くから、彼は酒の味を覚え、彼の父親のように、兄たちと共に大酒飲みになった。」

 「救われてから、トロッター氏は、何度も、『最初、私は、それほど良いスタートをしたわけではない。なぜなら、私は、父の酒場でバーテンダーをしていたからだ。人生の極めて早い時期に、ビールは、私を打ち負かし、20歳になる前に、私は、町でも代表的な大酒飲みになっていた。』と語った。」

 「彼はよく、『私は一時、馬に夢中になり、国中の馬の血統をみな調べた。私は四つ足で走るものについて、かなり知るようになった。私はいつも、最高の馬たちに夢中であった。私は飲み続け、私が知った最初のことは、酒をやめることが出来ないということだった。』と語った。」

 「ある日は、一文無しのすっからかんかと思うと、次の日には、牛が窒息するほどの大金持ちになっている。ウィスキーを買うために靴を売るような経験をする。ある日、金が有り余っているかと思うと、次の日には寝る場所を探して物乞いをしている。」

 「彼が、父親の酒場の裏で酒の味を知って以来、悪魔にとって、彼を10年もの長きにわたって酒飲みの絶望と愚かさの深みに導くことは、たやすいことであった。メルは、自分自身の弱さに絶望し、何度も何度も彼の妻に赦しを乞い、もう決して酒を飲まないと誓った。しかし、約束をした次の瞬間には、酒を飲んでバカ騒ぎをしていた。」

 「ある冬の雪の積もった晩、小さなトロッターの家に最悪のことが起きた。彼らは、隣家に出掛けており、ちょうど家に帰ってきた。夫が馬を納屋につなぎに行っている間、トロッター夫人は家に入った。しばらくしても、夫が家に入ってこないので、彼女は心配になり、夫のところへ行ってみた。彼女が納屋に行くと、夫が馬と馬車と共にいなくなっていることに気付いた。恐ろしい不安が彼女の心に満ちた。」

「何年も過ぎてから、この経験を振り返って、トロッターは、『私は、馬車を操って、町へ出掛け、馬車と馬を酒場の裏の納屋に入れると、酒場に入っていき、そこに集まっていた遊び仲間に言った。[外に、老いぼれた馬と馬車がある。酒を飲ませてくれ。みんなも何か飲んでくれ。馬に乾杯!]数時間後、約18キロメートルの道のりを、酔っぱらって、馬と馬車を失い、よたよた家に戻った。』

「私は、飲酒欲を満たすために、窃盗さえ犯した。神様は、私たちにたった一人の赤ん坊をくださった。その赤ん坊が、まだ2歳にもならない頃、私は、10日間飲み明かした後、寒いがらんとした家(それを家と呼べるなら、)に妻を探しに行った。そして、そこで、息子が母親の腕の中で死んでいるのを発見した。私はその日のことを決して忘れない。私は、その小さな子どもと、傷心の母親とを見た時、唯一考えることが出来たのは、『俺は人殺しだ!赦すことは出来ないし、赦してはならない。俺の人生は終わりにしよう!』という事だった。」

「働くことも出来ず、もしできたとしても、仕事を探しに行くだけの時間、しらふでいることは出来なかった。彼は世間体も品位もなくなってしまうところまで落ちぶれた。彼は卑しむべき人物の見本、ぼろをまとい、靴もなく、一銭の金もなくなったままだった。垢まみれの体は、彼に耐えられないほどの吐き気を催させた。」

「冬で、雪が地面を覆っていた。つい先頃、彼は、また酒を飲むために靴を売ってしまった。彼の足は鉛の塊のようで、一歩進むごとに剣で突き刺されるような痛みが体を走った。数時間前、メルはシカゴの町に転がり込むように、馬車から降りた。一月であった。ミシガン湖からひどく冷たい風が吹き込んでいた。疲れ果てて、道をとぼとぼ歩いた。メルには、慰めもぬくもりもなかった。その時、彼の酒でいかれた頭に、再び、次のような言葉が浴びせられた。「今夜、全てを終わりにしてしまえ。─湖に飛び込め、湖に飛び込め。」彼はひどく寒さで凍え、孤独で具合が悪かったのに、かまってもらえなかった。」

「自分の回心の物語を語るとき、彼はいつもこう言った。『私はシカゴのクラーク街の酒場から、ひどく酔っぱらい、一文無しで、足には靴もなく、ほとんど裸の状態で放り出された。私を放り出したバーテンダーの言葉に従って、全てを終わりにするため、ミシガン湖に向かった。』」

「元騎手で、かつて賭博場のディーラーをしていた(トランプの名人)トムは、ちょうどその晩、バン・ビューレン通りにあるパシフィック・ガーデン・ミッションの外で仕事をしていた。トムは、ミッションの戸外に立っており、暖を取るために、中に入ったほうがよいと感じていた。一日中、ブリザードが吹き荒れ寒かったが、トムの心は熱く、彼の目は鋭かった。」

「ちょうどその時、数ブロック向こうから、みすぼらしい浮浪者が千鳥足で、その通りを湖に向かって歩いてきた。元騎手の救霊者は、彼がやってくるのを見た。トムにとって、その時ほど、彼の持ち場を離れて、寒い通りから伝道集会が始まっているミッションの暖かい建物の中に入りたいと感じたことはなかった。」

 「前屈みの姿勢のメルは突然とまった。彼の肩に優しく手が置かれた;明るい声が、彼の耳に響いた。ひどく酔っぱらっているメルには、何も理解することが出来なかった。トムは彼の背中を押して、ミッションの中に入れた。空席が煙突の向こう側にあった。トムはそこに彼を座らせた。そのかわいそうな男は、そこに座ると壁に頭をも垂れかけて眠り始めた。」

 「集会の後、メルは目覚めて目を開けた。彼はどこにいたのか?彼の最後の記憶はミシガン湖へ行く途中までだった。やっと、キリスト教の集会に来ている事に気がついた。何かが彼の心と思いを突き刺した。汚い袖で目をこすった。記憶をぬぐい去ろうとして、頭を振ったが、無駄な試みであった。」

 「礼拝の最後に、ハリー・モンローは言った。『イエス様はあなたも私をも愛しておられます。祈りのために手を挙げ、あなたが心の中に主を迎え入れたいと願っていることを、神様に知っていただきなさい。』すると、メル・トロッターは彼の手を挙げ、立ち上がると、千鳥足で祭壇に向かった。モンロー氏は、その人間のくずのような男の傍らにひざまずくと、彼の肩に腕を回し、神の贖いの愛の物語を語った。ハリーが彼に希望と救いの道を語り終えると、メルはあわれみと赦しを求めて泣き出した。そして、神は、キリストによって彼を救ってくださった。その晩、神が、酔っぱらったトロッターの助けと救いを求める叫びを聞かれた時、彼をお救いくださったばかりか、彼を縛っていた枷から解き放ってくださった。彼はその時以来、一滴の酒も飲まなかったし、飲みたいとも思わなかった。」

 「しばらくして、一人の男がその足で立ち上がった。なお、ぼろを身にまとい、一文無しで、汚いぼさぼさの髪をしてはいたが、その顔には天来の光が輝き、その後、多くの人々が長く見る事になる笑顔がそこにあった。天の勇者の一人が、アメリカの指導的な伝道者の一人であり、空前絶後の働きをし、成功した伝道者の一人が、その晩、そこに立ち上がった。その男こそメル・トロッターであった。」

 「新しく見出した喜びの中で、メルは実際、彼の出会うすべての人に、その喜びについて語らねばならなかった;路上で出会うすべての酔っぱらいに、年寄りにも若者にも、白人にも黒人にも、彼は語り、多くの人が彼を信じ、彼と共にイエスの道に従った。かつて酔っぱらいの浮浪者であった男が、今なお、ドヤ街を歩いているが、もはや、恐怖が彼を捕らえる事はない。『夜の女の街』が『陽光通り』となったのである。」