W.傾聴の技術


1.なぜ、会話が食い違うのか


(1) フィルターの存在

  話し手が、自分の「空腹」という状態を伝えるために、「ごはんまだ?」ということばを選んだとします。聞き手は、「ごはんまだ?」ということばを、「彼はお腹がすいたのだ。」と解釈すれば、話し手と、聞き手のずれは生じません。しかし、「ごはんまだ?」という言葉は、「彼は急いでいるのだ。」と解釈することもできます。そこで、「何をそんなに急いでいるの?」と応答すると、会話はすれ違います。また、「ごはんまだ?」ということばを、「お前は仕事が遅い!」という叱責と解釈することもでき、「いちいちうるさいわね!私だって一生懸命やってるのよ!」と応答するとけんかになります。


 私たちの会話がすれ違う原因は、言葉を挟んで、話し手と、聞き手の間に言語化するプロセスと、ことばを解釈するプロセスが存在するためです。
 「言語化」、「解釈」というプロセスが、話し手と、聞き手のあいだのフィルターとなっていて、伝えたいことと、伝わったこととの間に、微妙なずれを生じさせる原因になっているのです。




 このようなずれが生じない、上手な聞き方は、自分の解釈が正しいかどうかを、話し手に向かってフィードバックしながら聞く事です。
 先ほどの例で言えば、「お腹がすいたの?」とか、「急いでいるの?」とか、「怒っているの?」とフィードバックすることで、話し手のことばの真意を確かめるという方法が、有効です。

 会話がすれ違ったとき、話し手が発した言葉の両側に、言語化、解釈という二つのフィルターを通って、状況や、感情、事情などが、伝達されたことを頭に入れておくと、無用の摩擦が生じません。

 

 

(2) セルフ・エスティーム

  私たちの、言語化と、解釈のプロセスに、大きな影響を与えるのが、セルフ・エスティームです。セルフ・エスティームは、「自尊感情」とか、「自己評価」と翻訳することが出来ます。
 そこで、あなたが、自分をどのように評価しているかを、以下の簡単なテストをして、数値化してみましょう。

selfesteem.jpg

1〜10までの質問に答え、○をつけた数字を合計します。
ただし、3,5,8,9,10の質問は、点数の順序を左右逆転して、計算します。

あなたは、何点でしたか?

selfesteem3.jpg まず、自尊感情についてのテストですが、テストの結果出た数字が、どのような意味を持つのかは、これだけでは、全く分かりません。そこで、参考までに、ある大学の、大学生220人に対して行われた調査の結果を掲載しておきます。

 この調査では、最高点が47点、最低点が14点、平均が32.5点でした。
 28点〜37点の間に、220人中101人入っていることから、その間に点数があれば、普通と考えることが出来ます。

 低めの点数が出た人は、人の話に耳を傾けるとき、自分は、必要以上に、自分が責められていると感じたり、人を疑いと不信の目をもって見やすい傾向があると、自戒して、傾聴すればよいわけです。

 

 

 もうひとつ、自分が傾聴するときに、気をつけなければならないそれぞれの持つ価値観に関するテストをしてみましょう。

selfesteem2.jpg

 自尊感情が低い人は、話し手が発した「ことば」を、批判や、非難の言葉として受け取る傾向が強くなります。また、自分の状態や、状況を表現するときに、自分を弁護するような表現を選んだり、人を攻撃する表現を選んだりする傾向が強くなります。
 肯定的な自己評価を持っていることは、傾聴する際に、大切な要素になります。

次に、どのような価値観を持っているかに関するテストでは、○の位置が、左に偏っている傾向がある人は、自分を不当に低く評価し、その結果、他の人をも、自分と同じように、疑いと不信の目をもって見る傾向があると、警戒する必要があります。
また、○の位置が、右に偏っている傾向がある人は、他の人を自分と同じように、信頼しうる者と見る傾向があり、批判されても、それで自分自身の価値が下がるわけではないと、正しく受け止めることが出来る能力があると考えることが出来ます。
もう一度、このテストの文章を読み返し、それぞれの項目を、はっきりと否定する事の出来る価値観を持つことが出来るよう、自分自身に語りかけてみましょう。

 

(3) 沈黙に対する恐れ

  人と話し合っているとき、ふと、言葉がとぎれ、二人とも黙ってしまうことがあります。「沈黙」が起きたのです。そのようなとき、みなさんはどうされますか?
 沈黙する二人の間に緊張感が生じた時、その緊張感から解放されようとして、何かを語り出さねばと焦り、何か、話題を繋がなければと、苦労をされてきたのではないでしょうか?
 しかし、焦って語るとき、木に竹を接いだような、つまらない対話になってしまいます。互いの対話が、より深いレベルに達するためには、この沈黙を恐れてはいけません。
 傾聴するとき、「沈黙」は、非常に重要なポイントです。「沈黙」を恐れる人は、傾聴することが出来ません。沈黙に耐えきれず、こちらが話し始めては、相手の語るチャンスを奪うことになるからです。
 沈黙に傾聴することによって、その意味を知る必要があります。自分に相対している人は、その沈黙の中で、何を語っているのかを考えるのです。いくつかのケースを想定することが出来ます。

@ 最初、何から語ろうかと、考えを整理するための沈黙。

A 人に言われて、渋々やってきた場合、気乗りしない面接での沈黙。

B 問題があまりにも苦痛に満ちたものである場合、とても言葉にならず沈黙する場合があります。

C 自分の側の話が一段落して、相手の応答を待つ際の沈黙。

D 激情や興奮、涙をこらえて、沈黙している。

E 自分の考えをまとめるための沈黙。

F 相対して沈黙する中に満足と充実感、喜びがあふれている場合。

 相手の沈黙が、どのような沈黙であるかを傾聴し、焦らないことが大切です。

 

(4) 傾聴を妨げる九つの態度

@ 話し相手を閉め出す。
「あいつの話はちっとも面白くない。」「どうせたいしたことは言わないんだ。聞いてもしょうがない。」

A 早まった結論を出す。
「何度も聞いているから、君の結論は分かっているよ。」

B 自分の期待や予想を読み込む。
「そこで話を止めてごらん。後はぼくがちゃんと最後まで言ってあげるから。」

C いやな部分に耳をふさぐ。
「君が、そんなことを言うなんて信じられない。本当は、そんなつもりで言ったのではなかったのだろう? 言うはずがないよ。」

D 空想の羽を広げる。
「君の話を聞いていると、次から次へといろんな考えが浮かんで来るよ。君の話は、まどろっこしくて・・・」

E 答えを予行演習する。
「君に対するすばらしい答えが浮かんできた。早く、しゃべるのを止めて、聞いてくれないかな。」

F 感情的な言葉に反発する。
「君は、『○○○』と言ったな!赦せない!」

G 話し方を評価する。
「あなたの話し方は、『かっこいい』、『気持ち悪い』、『知的だ』、『論理的でない』・・・。それが気になって、少しもあなたの話が耳に入ってこない。」

H 相手の人格を否定する。
「あんな風に、権力をかさに、強圧的に話す人の言葉なんて、聞く気になれない。」

 

2.効果的傾聴法

(1) 沈黙があってよい

  相手との会話の中に、沈黙が生じても、恐れないことです。あなたが、沈黙を恐れず、ゆったりとした気持、相手に耳を傾けようとすると、きっと、その沈黙が、豊かな、深い会話を生み出すきっかけになります。こちらが焦ると、相手も、それに気づいて、焦りはじめますから、良いことがありません。
 沈黙を恐れないこと、いや、むしろ、沈黙を大切にすることが、効果的傾聴法の第一歩です。

 

(2) 相手の感情に焦点を当てる

  言葉の背後にある感情に注目して傾聴することが大切です。たとえば、【例2】において、眠れないと訴える患者Aさんの辛い感情に注目して、「眠れなかったのですか?辛かったですね。」と、看護師が言葉を返していたら、Aさんは、「はぁ」とため息を付くことなく、会話が深まっていったのではないでしょうか。
 語り手の言葉の行間に隠された感情に耳を傾けることが、効果的傾聴法の第二歩です。

【例5】精神科を受診した若者とドクターの会話

患者D  ; 「カレンダー、レコーダー、キカイダー」
ドクター ; 「お待たせして済みません。どうぞお座りください。さて、どうなさいましたか?」
患者D  ; 「どうなさい、こうなさい、ごめんなさい。」
ドクター ; 「大丈夫ですよ。こうしろ、ああしろと命令しませんから。何かお困りなんでしょう?」
患者D  ; 「命令、指令、ハンレイ。裁判官が死刑だって。ぼく、死刑になんかなりたくないよ。成田から飛行機で逃げる。アメリカ。こわい。マフィア。ゴッドファーザー・ツー。毛布にくるまれて、車ごと、ぬいぐるみは海の中・・」
ドクター ; 「大丈夫ですよ。ここは病院ですから。」
患者D  ; 「病院だって病人だって!ちゃんちゃらおかしいぞ。アンタ何もの?ぼくはクマさん。」
ドクター ; 「これは失礼しました。私はこの病院の医師で大平と申します。」
患者D  ; 「あんたオオヒラ、ぼくテヅカ・オサム。嘘、嘘、ぼくクマさん。クマさん動物園嫌い。檻の中に閉じこめられてオロオロ。」
ドクター ; 「誰でも病院に来るのはいやですよ。でも、具合の悪いときは仕方ありません。どこが具合悪いのですか?」
患者D  ; 「ぼく、お困り、おこもり、盛りだくさん。毒を盛られて死んだのかも知れない。」
ドクター ; 「誰かに毒を盛られたような気がするのですね?」
患者D  ; 「狙われているんですよ。ぼく・・・」(ここで沈黙)
ドクター ; 「今日は、ここまでにしましょう。疲れたでしょう。続きは次回ということにして、少し、安定剤を出しましょうか?」
患者D  ; 「安定剤。セレネースは嫌い。ウィンタミン好き。バナナは嫌い。イチゴが一番。1リットルのイチゴ・ミルク。」
ドクター ; 「それでは、ウィンタミンを出しましょう。」

 上記の会話は、精神科医が「支離滅裂」と呼ぶ症状を持った患者さんと、受診した病院のドクターとの会話です。音や意味のつながりだけで、次々に単語が繰り出されてきて、全く意味不明に思えますが、そのような中で、言葉のひとつひとつにとらわれるのではなくて、患者は、ストレスにさらされて、身を守ろうとして、意味不明な言葉で防壁を作ろうとしているのだ・・・と耳を傾け、巧みにその感情をくみ取り、薬の処方にまで会話を進めているところに注目しましょう。(大平健著「やさしさの精神病理」<岩波新書>より、編集を加えて引用)

 

(3) 安易な励ましをしない

【例3】において、弱音を吐く患者Bに対して、医師が励ましています。医師としては、「弱音を吐く患者を励ましてどこが悪い!」と開き直りたくなる場面です。しかし、患者の側からすると、ここで、励まされたら、二の句が継げないというか、後に、やるせない感情が残ってしまうのです。
日本で最初のホスピス病棟の部長として活躍してこられた柏木哲夫先生は、卵巣ガンで亡くなられた元看護師の女性から、遺言のように、その事を指摘され、非常にショックを受けたと書いておられます。
柏木先生は、医師が、末期の患者さんとの会話の中で、知らず知らずのうちに安易な励ましをしてしまう原因として、医師の側に、「死」という言葉が患者さんの口から出てくるような場面を避けようとする無意識の恐れがあるからだと分析します。「死」に関する会話に発展しては収拾がつかない、お手上げだという恐れや不安があるため、その会話をかっこよく締めくくりたいので、安易な励ましをするのだというのです。
しかし、それでは、患者の側に、やるせない感情が残ってしまう。そこで、いろいろ学んだ中から、柏木先生は、次のような「理解的態度」をもって、同様の患者Eさんの訴えに耳を傾けられたと言います。

【例6】末期のガン患者Eと医師との会話

患者E ; 「先生。わし、もう、あかんのと違いまっか?」
医師  ; 「だめかもしれん・・・、そんな気がするんですね。」
患者E ; 「そうだんねん。もう入院してから三月だっしゃろ。」
医師  ; 「そうねぇ。早いねぇ。もう三ヶ月になりますね。」
患者E ; 「わし、この頃、だんだん弱るような気がしましてね。」
医師  ; 「そうですか。次第次第に衰弱するような、そんな感じなんですね。」
患者E ; 「先生。わし、この頃、死ぬのが怖くて怖くて」
医師  ; 「そうですか・・・・。」
(患者Eの顔からすーっと緊張が解け、顔つきが変わり、いつもの顔になって)
患者E ; 「先生。きょう、娘がたこ焼き持ってきてくれましてね。」
医師  ; 「そうですか。よかったですね。実は、私もたこ焼き大好きなんですよ。」

安易な励ましをしないというのが、効果的傾聴法の第三歩です。

 

(4) 上手にフィードバックする

相手との会話の中で、上手に、自分が理解したことを、相手に伝えてあげると、会話が一層深まります。5ページに出てきたフィードバックを上手に行うことが、効果的な傾聴には、不可欠です。そのフィードバックには、三つの目的があります。

@ 反射
話し手のことばを、鏡で反射するように、相手に返してやります。【相槌】うなずく、「そうですか。」と合いの手を入れる。【繰り返し】たとえば、「夕べ、よく眠れなかった。」と聞いたら、「夕べ、よく眠れなかったのですね?」と返すのです。【言い換え】人によっては、オウム返しに自分のことばを真似たと、面白くない感情を抱く人もいます。そんなときは、「寝不足でしんどいのですね?」とか、「寝不足で調子が良くないのですね?」などと、言い換えることもできます。【要約】あまりに話が長くてまとまりがない場合、その内容を要約して繰り返します。このように、相手の心を映し出す鏡となってあげることで、会話はスムーズに流れはじめ、話し手は、自分の心にある感情や、話したいと思っていることを最後まで話すことができます。

A 明確化
私たちが聞きながら、「反射」というフィードバックをしているうちに、話し手は、自分の口から出てきたことばを、他人の声で再び聞くという作業によって、自分の内面を客観的に見ることができるようになり、次第に、あるいは突然、漠然としていた自分自身の姿に気づきます。また、「反射」する事で、聞き手も、漠然としていた相手の訴えが、どのようなことであったのかに気づきます。これが、明確化ということです。
明確化のためには、「反射」だけでなく、「質問」する事も、有益です。ただし、質問するときには、二者択一を迫る「閉ざされた質問」ではなくて、いくらでも、自分の好きなように答えることの出来る「開かれた質問」をすることが大切です。また、「指摘」する事も、明確化の大切な技法ですが、そのタイミングを誤ると逆効果です。

B 支持
支持するということは、相手の主張を認め、ほめるというフィードバックの方法です。それによって人は、自分自身を肯定的に見ることができるようになりますし、他人の助言にも耳を傾ける余裕が生まれます。短期療法や、SFA(ソリューション・フォーカスト・アプローチ)の学びでは、ワンダウン・ポジションとか、コンプリメントと呼ばれていた技法がこれに近いと言えます。

  上手に、フィードバックをしながら傾聴するということが、効果的傾聴法の第四歩です。

 

(5) 全身で聞く


人の話に耳を傾けるということは、単に、耳で聞くという作業以上のものです。人が、自分の話に耳を傾けてもらっているという実感を持つのは、相手の目、相手の姿勢などから感じ取ることが多いようです。相手が傾聴してくれているという実感を持つ姿勢は、どのようなものであるか、考えてみましょう。

効果的傾聴法の最後の一歩は、全身で聞くということです。