Fuji Rock Festival '99

GIG REPORT

Phishたるsuzukiくん


米には魚。 そんなsuzukiくんが書いてくれました、唯一無二のPhishレポート。


苗場で泳ぐスズキ フィッシュ 


PHISH。

その名を初めて聞いたのは、97年の秋頃。ミュージック・マガジン誌上にてでした。確か巻頭のカラーページでの特集だったと思います。このとき、すでにPHISHの特集を組むというのがいかにもMM誌らしいです。99年のフジロックをMM誌らしく語るとすれば、PHISHとFEMI KUTIのみなのでしょう。

それはいいとして、その特集の内容は、PHISHというバンドが単独ライヴで10万人ぐらい動員したというものでした。しかも3日間ぐらい。なんでもキャンプをして見に来る人もいるそうで、97年のフジロックを体験し終えた俺は、「なんだか、ひとりフジロック状態だな」などと、大学の図書館で思っていました。
「90年代のGREATFUL DEAD」という形容もすでにされていましたが、DEADも聞いたことがない俺には想像がつきませんでした。とにかく印象に残ったのは、PHISHというすごいバンドがいるらしいということ。

PHISHという名は、しっかり俺の頭の中にインプットされましたが、CDを買おうという気にはなりませんでした。理由その1、メンバーがオッサンらしい。その2、MM誌が好んでいる。つまりは、懐古主義の古くさいバンドという印象があったからです。そんなわけで気にはなっていたけど、未聴のまま。
そういえば、Katsさんと始めて会ったときの会食中、Katsさんがアメリカに留学されていたと言うことで「PHISHってバンド知ってます?」と訊ねたのですが、「知らないなぁ」という返事をもらいました。Katsさんは覚えてないでしょうけど。

月日は流れ、99年。フジロックの出演者が発表され、その中にPHISHの名を見つけました。スマッシュの掲示板でも徐々にPHISHが盛り上がりつつあり、今までPHISHのPの字も言わなかったような俺の友達までが「PHISHだけでも観たい」とのたまう始末。
でも俺の中では、そんなに盛り上がっていませんでした。理由その1、メンバーがオッサンらしい。理由その2、MM誌が好んでいる。
結局、ちょっと観られればいいやぐらいにしか考えずに苗場へ。

初日に会場を探索している際、天国広場付近のわき水のところで、見知らぬ男性2人組と会話したのですが、その人達も「俺ら、PHISH目当てなんですよ!」と興奮気味。ちゅうかPHISHって、そんなに日本で人気あったの?

1日目のグリーンステージでのPHISHは、会場をうろちょろいている間に見逃してしまい、その夜の天国広場でのステージは、UNDERWORLDとバッティングしたために断念。2日目の天国広場でのライヴは、もちろんBLURとバッティングしているため断念。
その間、一緒に行った友達はPHISHづけだったようで、1日目のグリーン、天国、2日目の天国、どれもこれも観たらしく、「とにかくPHISHは観ろ」と、いきなりPHISH広報部長になっていました。2日目の夜に、俺のテントに遊びに来たyas-bさん(以下、やっさん)に対しても、「PHISHいいですよ」と宣伝活動に余念がありませんでした。(その友達は、2日目を終えて帰りました。)

で、3日目。冗談混じりに「PHISH見に行きましょうよ」とやっさんを誘っていたら、マジで見に行くことに。俺の予定では、PHISHを1時間観て、そのあとHAPPY MONDAYSで締めくくることになっていました。なんせ、4時間もやるらしいので。
軽い夕立の中、PHISHを待つ俺とやっさん。天国広場には、いかにもPHISH HEADSといった風情の外国人さんもチラホラ。みんなすでにハイな状態。なんか、ものすごいことが起きそうだと、俺も興奮気味に。

で、PHISH登場!演奏開始!
・・・・ここからは、言葉になりません。
とにかく、すごい!何がすごいかよく分からないけど、すごい!ものすごくて、俺は踊るしかできない状態。 フジロックの番組を見た人なら、ある程度は分かっていただけるかもしれませんが、ものすごく淡々としているんです。淡々としていながら、馬鹿テク。あのギターの方、どこ見てるか分からないような視線で、メチャクチャ弾きまくるんです。ドラムの人は、しらっとわけの分からないフィル入れるし。「曲、終わるのかな〜」と思ったらイン・テンポに戻ってまた延々演奏するし。(というか、イン・テンポの中でメチャクチャやってるのかも知れない。ものすごいリズム感。)
ものすごい演奏力と、延々続くインプロに飲まれて、ホント、踊るのみ。また、客も客で各々勝手に踊ってるし。
4時間のセットは、1時間を終えたところで30分の休憩に突入。で、やっさんを見れば、やっさんも興奮気味。ちゅうか、興奮のるつぼ。もう、こんなもの見せられたら、今さらHAPPY MONDAYSに行くことなんて不可能でしょ。俺もやっさんも、ここに残ることを決意。
30分の休憩の後も、相変わらずPHISHは馬鹿素晴らしい演奏を繰り広げ、客も馬鹿素晴らしい態度で踊りまくる。もう説明不可能。俺は途中で踊りながら寝ちゃったし。とにかくPHISHはその後3時間半、ノンストップで演奏しまくるのでした(マジで曲間1分未満)。

本編が終わり、アンコールで2曲やって、PHISHのステージは終了。そして俺のフジロック'99も終了。 全部終わったあとのやっさんの一言。

「奇跡だ!」

ホントです。あれは奇跡です。んで、その奇跡を3日間連続で作り上げたPHISHって一体何者?
とにかく、あんなライヴを観たら、民生もBLURも全てが記憶の彼方に。俺のフジロック'99は、PHISHが全てでした。俺の友達が、PHISH広報部長になった気持ちもよく分かるというものです。

もう、PHISHにインタビューしたいですね。「あんたら、何がきっかけでそうなったの?」、「その音とおよそ似つかわしくないそのTシャツはなんなの?」、「あんたら、馬鹿でしょ?」

PHISHのライヴを振り返ってみて、音楽の可能性をまた感じることができました。 いつの頃からか、笑点の大喜利の答えがあらかじめ用意されたものだと知ったときの悲しさ、そういう感覚を音楽においても持っていました。そして、それに慣れっこになっていました。
でも、PHISHを見たら、「もしかしてその場で、演奏する曲決めてんじゃねえか?」といった、音楽を聴き始めた頃の素直な疑問が蘇ってきました。んで、たぶんその疑問、ホントに正しそうだからPHISHは怖いです。

今年のフジはPHISHのためのフェスティバルだったと言っても、間違いではないでしょう。99年にフジロックがあったから、PHISHは日本で演奏することができました。70年代にフジロックがあったら、DEADもWHOも日本に来ることができたでしょう。そう思うと、99年のフジロックに参加できて、俺はとても幸せです。

俺にはまた夢がひとつ増えました。 いつかアメリカでPHISH見てやるぞ。

鈴木良一 presently known as suzuki






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Last updated: 9/ 2/ 99