【参考資料1】


人間関係トレーニングの誕生と展開

 1946年の夏、アメリカ合衆国コネティカット州ニューブリテン市において、今日のグループ・ダイナミックスの基礎を築きあげたLewin,Kらの研究者の協力を得て、マサチューセッツ工科大学集団力学研究所とコネティカット州教育局人種問題委員会との共催によるワークショップが開催された。それには、ソーシャルワーカー、教育関係者、産業界の人びとや一般市民が参加し、公正雇用実施法の正しい理解と尊重を促進する地域社会のリーダー養成を行おうとしたのである。具体的な問題としては、ユダヤ人とアメリカ人の雇用差別の撤廃を推進するために、ワーカーが再教育を行い、人間関係能力の向上を目指したグループトレーニングが実施されたのである。

 そのワークショップのプログラムは、現場の問題をもちより問題解決のためのグループ討議を行ったり、ロールプレイングなども取り入れられた。1日のプログラムが終わった後、Lewinの発案で観察者をおくことにし、グループの中で何が起こっていたか(リーダーやメンバーの行動の分析と解釈)を話し合い、どのようにグループが成長していったか(グループの発達過程)などをお互いにシェアしていたのである。

 グループメンバーからスタッフミーティングへの出席の希望が出され、そのミーティングを観察することになり、その時、調査研究者のグループ状況についての報告を聞いていたあるメンバーが、その内容に異議を唱え出し、そこにいた他のメンバーもそれを補足し始めたのである。結局は、リーダー、調査研究者、参加メンバー全員が、一堂に会して、3時間におよぶ討論になったのである。その討論の中では、今、その場で話し合っている人たちの間で起こっていることにも焦点があたることとなり、そのことから、その人自身の行動、他のメンバーの行動や集団行動について深い理解を得ることができたのである。

 グループの相互作用過程において、「いまここで」生起している現象に対する認知を解釈が各メンバーで異なり、そのことをデータとして出し合いながら吟味することにより、刻々と変化していくグループの真実なプロセスを理解することができ、そのことを通してグループが成長していくことを発見したのである。(Benne,K.D.,1964;山口真人,1989;津村俊充,1990a;星野欣生,1990)。

 それは、メンバーが、自分自身の行動やそれがまわりに与える影響などについて、データを把握し、防衛的にならずに、それらのデータを考察することができるようになれば、自分自身、他者への反応、他者の行動、集団行動などについて、有意味な学習ができるといった新しい学習方法の発見であった。

 学習方法を後に、ラボラトリーメソッドによる学習−体験学習−と呼ぶ。

 Lewinらにとってはこうした出来事は衝撃的であり、グループ・ダイナミックスや人間関係に関する学習は、それらについて講義するよりも参加者がその時その場でまさに体験していることを学習の素材として用いる体験学習が有効であることを確信したのである。翌1947年夏、メイン州べセルにおいて、前記ワークショップと同じトレーニングスタッフで、3週間のプログラムが行われたのである。それは「基礎的技能トレーニング(basic skills training)」と呼ばれ、その後「Tグループを中心とする研修(human relations laboratory)」へと発展していったのである。

 Tグループとは、広義に、Tグループセッションを中心にした人間関係トレーニングのプログラム全体をさす場合と、狭義にはTグループセッションの意味とで用いられる場合とがある。このTグループセッションでは、時間や場所などを限定して、「いまここで」おこっていることを学習素材にしながら、主体的に生きるとはとか、人間関係の本質は何かとか、自己や他者の理解と受容、もしくは、グループ内の相互作用の理解などを深めながら、信頼関係を形成していくための能力を磨いていく学習の場であるといえる。

 こうした学習者自身の体験をもとに学ぶラボラトリーメソッドによる学習は、1948年以降は、NTL(National Training Laboratories:アメリカ教育協会〔NEL〕の訓練部門、現在はNTL Institute for Applied Behavioral Science) が主催し、アメリカだけでなく、世界中に広まり、現在に至っている。現在も6月から8月にかけての夏の期間はメイン州べセルにおいて、数多くのワークショップが開かれている。その他の期間も、アメリカ全土でさまざまな国の人たちが集まり、今日の問題、たとえば、ジェンダーの問題、環境の問題などさまざまな問題をとりあげながら、国際的にトレーニングが行われている。

 ラボラトリーを邦訳すると「実験室」となり、研究者(第三者)が参加者を被験者として操作し、研究をするための場であるという意味にとらえやすいのであるが、ラボラトリーメソッドによる教育・研修では、参加者自身が実験者でもあり被験者でもある。それは参加者自らの対人関係を確認したり、発見したり、新しい自分のあり方を試みる場となるようにプログラムしていくことが大切になる。そのために、教育者あるちはファシリテーターは参加者のそうした学習を促進する役割を担うための働きが必要であり、高度なスキルを養わなければならないのである。

 人間関係トレーニングのプログラムが実施された当時には、Lewinに代表されるグループ・ダイナミックスの研究者たちの指導が強くあったことより、ラボラトリートレーニングのプログラム構成の目的というのは、社会変革のための推進体(change agent)となるリーダーをどのように養成をするかということであり、そのためにはどのようなスキルや理論が必要であるかが重要な関心事であった。その後、1960以降には、非指示的カウンセリングの創始者であるRogers,C.R(1968)が、「集中的グループ体験は、おそらく、今世紀のもっともすばらしい社会的発明である」と記述し、カウンセラーの養成からはじまったグループアプローチを「ベーシック・エンカウンター・グループ(basic encounter group)」と称し、グループを用いた人間関係トレーニングがアメリカ西海岸を中心にして発展していったのである。そのグループ体験は、1人ひとりの人間の存在を尊重し、「いまここで」の関係に生きるととき、メンバー相互に驚くほどのエネルギーの集中が起こり、その時個人やグループの変化成長が起こることを彼自身が発見していったのである。

 Rogersが始めたエンカウンターグループでは、彼の主張するクライエント中心療法(client-centered therapy)の視点をグループ状況に持ち込むことから1対1のメンバー相互の理解・出会いに強調点がおかれている。その他にもさまざまなセラピーによるアプローチも加味されたプログラムへと展開してきている。今日では、Tグループに代表される学習的指向の強い学習集団から治療的な指向の強いグループ体験まで、かなり幅広いグループ体験が世界各地で行われるようになっていている(津村,1990b)


日本における人間関係トレーニング

 日本におけるラボラトリーメソッドによる人間関係トレーニングの歴史をたどってみると、1949年に、イリノイ大学のLeedz,W.L.を講師として招き、九州大学を中心にしてグループ・ダイナミックス研究と実践とをとりいれたのが、わが国最初の人間関係トレーニングとよぶことができるであろう(日本グループ・ダイナミックス学会,1951)。

 それからほぼ10年後の1958年の夏に、初めて日本で実践的にTグループを中心とした人間関係トレーニングが行われている。世界中のキリスト教教育に関係する人たちが集まって、世界キリスト教協議会、日曜学校協会主催の第14回基督教教育世界大会が青山学院大学で行われ、その一環として、山梨県清里で、第1回協会集団生活指導者研修会(Laboratory on the Church and Group Life)として人間関係トレーニングが11泊12日で実施されている。これには、アメリカとカナダのトレーナーが10名ほど集まり、日本の参加者は英語が堪能な教職者、宣教師などが35名参加して実施されたのが、そもそものはじまりである。(中掘仁四郎,19841985)。その後、研修参加者が自主研修を行いながら、2年後の1960年に第2回協会集団生活指導者研修会がアメリカからコンサルタントを招いて行われ、その後、立教大学キリスト教教育研究所(Japan Institute of Christian Education:略称JICE)が設立され、今日までTグループを用いた人間関係トレーニングの歴史をつくり上げてきているのである。

 その他に、九州大学では、1961年にTグループを取り入れたグループ・ダイナミックス研修会が開かれている。これは、日本におけるダイナミックス研究の礎になっている。また、名古屋大学においても、水原泰介ら(1960)は、大学生を対象にしたリーダーシップトレーニングを行いその実施結果を報告している。しかし、日本の大学における研究および教育実践はそれほど活発に展開されるには至っていない。

 日本におけるTグループを用いたラボラトリートレーニングの教育実践は、前述のJICEを中心に繰り広けられ、それまで、アメリカから導入された定型的なトレーニングを実施していた企業組織・団体に個人の態度変容のトレーニングとして取り入れられるようになっていった。JICEは、今日の日本におけるラボラトリートレーニングの草分け的存在であり、わが国におけるTグループを用いた人間関係トレーニングの歴史には、大きな影響を与えている。

 JICE設立からしばらくして、トレーニングを営利の主たる目的とする民間団体も組織されるようになり、Tグループ、特に1960年代1970年代にはST(sensitivity training)と称したトレーニングが隆盛することになる。その隆盛の中で、トレーニング中に自殺者が出たり、個人の尊厳を危うくするような「しごき」に似たトレーニングが行われるなど、いくつか不幸な出来事が起こっている(中堀,1990)。それは日本経済が高度成長期にさしかかったことも手伝い、効果として参加者に衝撃的な体験をもたらすように、操作的なアプローチが開発されていったと言ってよいだろう。それは、参加者に強いインパクトを与え、高度成長期の企業戦士を育成することをねらったものにほかならないのである。最近、それらの経緯をルポルタージュとして出版物が刊行されている(福本博文,1993)。トレーニングを実施する際には、トレーニング実践における倫理観、人間観が問われているにもかかわらず、1人ひとりの人間尊重を基盤とした人間観が欠落していたといっても過言ではないだろう。そうしたことを顧みて、中堀は、倫理基準の確立の必要性を提唱している。

 1968年には、カリフォルニア大学のMassarik,F.を招き「日本STグループ研究会」が開かれているが、その後急速に企業にSTが導入されたにもかかわらず、現在に至っては衰退してきている。その原因は、STが個人の成長には寄与した部分はあったが、生産性に直結せず企業の研修目的とは異なったことや、前述の操作的なアプローチが招く心理的なダメージの負債が大きく影響していると考えられる。本来のTグループやSTの目的は、現代社会で失われつつある個人の主体性と創造性を回復することであり、自己・他者・グループ・相互作用などへの社会的感情性を育て、グループの中に起こっていること(プロセス)に気づく力を養成し、そのプロセスへの柔軟な働きかけを可能にする行動力を育てることにあったのである。そして、いかに民主的な風土を作り出していくことができるか、またそのために社会変革のための推進体として機能することができる人材を創り出すことが目的である。しかし、今日的な問題として、類似の目的をかかげ自己啓発セミナーと称して多額の参加費を取り、研修の成果を円コントロールであるとして、マルチ商法的なトレーニングが横行している社会現象には、元来の人間関係トレーニングを指向する筆者としては、憂慮している。

 Tグループの誕生から50年が経過しようとしているなか、もう一度そのトレーニングの意味を問い直す時がきているといえよう。

<出典>

対人関係の社会心理学 長田雅喜編 1996 福村出版株式会社(P232-237

執筆者 津村俊充 南山短期大学教授 第8章日本人の対人関係 第2節日本人の人間関係トレーニング