グループワーク・トレーニング(GWT)と構成的エンカウンター(SGE)との違いについての考察

 

学校教育を中心とした実践者から「GWTとSGEはどう違うのか?」という質問が多くよせられている。しかし、残念ながら「GWTとは何か?」ということが、GWTの実践者の中でコンセンサスを得られた形で明確に定義されていない現段階では、「ここがこう違っている」という明確な回答を行うはできない。

しかし、我々GWTネットワークがGWTの創設者の故坂野公信先生から直接学んだことをベースにして、「GWTとSGEとの違い」を我々なりに『ひとつの考え方』として考察を行ってみたい。是非多くのGWT実践者またはSGE実践者からもご意見をいただいて、単なる学術研究という観点(どっちが良い悪いとか優れている、優れていない)ではなく、あくまで実践的観点からの違いを把握し、子供達の状況、また、実施の目的等によって効果的な手法を選択するための知識として活用できたらと考えている。

是非、このことに興味のある方はご意見をメールでお寄せいただきたい。そして頂いたものは併せてこのホームページにも掲載をさせていただければと考えている。

 

1.歴史的な観点から

@グループワーク・トレーニング

創始者:坂野公信(1931−2000)
広島大学卒業後、医療ケースワーカー、福岡YMCA総主事(ジェネラル・ディレクター)を経て1997年人間開発研究所を設立(所長に就任)。企業・病院・地方自治体等の要請にこたえて、自己への気づきの研修、対人関係訓練等の講師として全国で活躍をする。また(財)日本レクリエーション協会人材開発委員会委員長を務め、レクリエーション運動における人材育成に情熱をかたむけていた。

昭和51年(1976)「グループワーク・トレーニングGWT研究会編(代表/坂野公信)」(発行:(財)日本レクリエーション協会)として発表。昭和40年代に実践してきたプログラムをまとめたもの。

内容的にはレクリエーション・リーダー養成プログラム(技法)としての色彩が強く、立教大学キリスト教教育研究所(JICE)のヒューマンリレーションズ・ラブ、東京山手YMCA指導性開発委員会のリーダートレーニング、カウンセリング・ワークショップ等のプログラム(技法)の影響を強くうけて創られていた。

当時の横浜国立大学助教授:伊藤博氏、東洋大学助教授:坂口順治氏、西南学院大学教授:白樫三四郎氏、九州大学名誉教授:関計夫氏、ユースワーク研究所所長:松本勉氏、九州大学教授:諸岡和房氏、立教大学キリスト教教育研究所所長:柳原光氏の影響を受けていると書籍の中で紹介されている。

その後GWTはレクリエーションの分野だけではなく、企業教育、看護教育、社会教育分野でも活用されるようになり、1989年「学校グループワーク・トレーニング」(監修:坂野公信、著者:横浜市学校GWT研究会)が出版されたことによって、学校教育にも広く紹介され実践されるようになった。また現在は日本グループワークトレーニング協会も設立され、企業教育分野・社会福祉分野・生涯学習分野・学校教育分野を中心に普及がされている。

 

A構成的エンカウンター

創始者:国分康孝(1930−)
東京教育大学、同大学院を経て、ミシガン州立大学大学院修了。東京理科大学教授、筑波大学教授を経て、現在聖徳栄養短期大学教授。日本カウンセリング学会理事長。

昭和56年(1981)「エンカウンター(心とこころのふれあい)」(発行:(株)誠信書房)として発表。昭和40年代から折衷主義を標榜し、育てるカウンセリングとして提唱していたものをまとめたもの。

内容的には、エンカウンターの概要(原理)、集団心理療法・集団カウンセリングとの違い、エンカウンター・グループの内容とその実施上の留意点等がまとめられている。

その後は、国分氏の提唱する「構成的グループエンカウンター」はエンカウンターのもうひとつの方法である「非構成的グループ・エンカウンター」との構造的比較がすすみ、日本人間性心理学会等で議論され、その立場を明確に確立させていった。また、1986年には「教師と生徒の人間関係づくり−エクササイズ実践記録集」(国分康孝監修)が出版されたことによって、学校教育分野において特に大きく普及を果たした。

 

上記からも判るように、GWTのスタート、SGEのスタートは共に昭和40年代である。この昭和40年代の日本は、昭和39年の東京オリンピックからはじまった高度経済的成長のまっただなかあり、企業教育分野を中心としてラボラトリー・トレーニング、Tグループ、エンカンターグループ、感受性訓練、人間関係ワークショップ等が盛んに行われていた時代である。もともと日本におけるこれらのグループアプローチに関する流れのスタートのひとつは、立教大学キリスト教教育研究所(JICE)が1958年に行った教会集団生活指導者研修会であり、その後、(株)ビジネスコンサルタント等の企業研修会社によって、様々な理論や技法が外国から紹介され、これらがお互いに影響しあいながら、いろいろな研修技法が生まれていったのである。

ここからは我々の推測であるが、坂野氏も国分氏もラボラトリー・メソッドをはじめとするこの時代のいろいろな研修技法や理論の影響を受けながら、それぞれのGWT、SGEをまとまていったのではないか。つまり、GWT、SGEには共通するベース(たぶんそれは「Tグループ」ではないかと考えている)があり、それぞれの創始者のフィールドの違い、理論構築の方法によって、その違いも生まれていったのだと考えている。具体的にいえば、坂野氏はGWTを企業・病院・地方自治体といったフィールドで実践し、理論を構築していった。それらのフィールドでは、「対人関係」「リーダーシップ」「チームワーク」「組織活性化」「自己への気づき」といったことが強く求められており、GWTはグループアプローチ、体験学習を前提として、その方法を使って学習をすると効果的である、具体的にはソーシャルスキルの習得(行動科学的側面)・自己への気づき(心理学的側面)等のための学習技法というスタイルで成熟してきたのである。それに対し国分氏のフィールドは心理学(カウンセリング心理学)であり、SGEはその中でも「非構成的グループ・エンカウンター」との比較からその理論を明確にしていった。そしてまた國分氏の折衷主義を基本とすると「実際に役に立つエンカウンター」を考案する過程で、Tグループの要素(グループアプローチ・体験学習等)を有効な手段として組み入れていった。つまりSGEは「心とこころのふれあい」というエンカウンター本来の目的を前提とし、それを効果的に広めるまたは実践する手段として「グループアプローチを活用」するというスタイルでSGEは成熟してきたのではないだろうか。つまりこの両者の違いを最終的に整理すると、GWTは手段からはじまり目的を対応させる形で構築された、逆にSGEは目的からはじまり手段としてそれが選ばれたという違いがあるのではと推測している。そしてさらにつけ加えると、それぞれが普及する過程で、創設者の考え方が多くの研究者、実践者等のいろいろな人たちによって成熟(微妙な変化)された形として現在のGWT、SGEはあるのだと私は思っている。

 

2.実践的な観点から

では上記の歴史的観点からの違いが、実践的な面ではどのような違いになって現れているかを考えてみたい。しかし、ここで大変残念なのは我々が直接国分氏のSGEの研修を受けておらず、書籍およびSGEを学んだ方が実施をしたSGE体験をベースに記載をするため、本質的な勘違いをしている危険性を感じながら書いていることである。ぜひこの点はSGEの実践者からのアドバイスを頂きたいと感じている。

下記の表に個別の違いを明記したが、GWT、SGEとも「体験」「ふりかえり」という基本的構造は同じである。では何が違うかといえば、それは(1)体験の進め方の違い、(2)進行役の姿勢、バックボーンの違いの2点であると考える。具体的にいえばGWTは体験自体より「ふりかえり」に重点を置き、気づいたことを一般化して行動変容(日常に活かす)することを最終目標に置いている。それに対し、SGEはもちろん「シェアリング」も大切だが、体験自体の中で生まれる「心とこころのふれあい」等の体験の本質に重点を置いている気がする。

また、GWTは「自己への気づき」と共に「リーダーシップ」「コミュニケーション」といったソーシャルスキル、グループの動きを感受性を高め把握する「グループプロセス」を見る目を養う、といった行動科学的な面をアドバイザーが重視するため、「必要なグループへの介入」「詳細なふりかえり用紙の設問設定」等が意識的に行われることもある。このようなアプローチはSGEでは少ないと感じている。

いずれにしろ、GWT自体アドバイザーの個性によって、正直いろいろなGWTが存在する事実があり、明確なGWTとSGEの違いを明きからにすることは出来ないが、坂野氏が「GWTの目的はパティシペーターシップの養成」、國分氏が「SGEの意義は主体性の回復であり、SGEはありたいようなあり方を模索する能率的な方法」と言っているように、GWT・SGEそれぞれが最終的に目指すものの違いから来る実施スタイルの違いであると考えている。

 

グループワークトレーニング(GWT)
構成的エンカウンター(SGE)
バックボーン

@行動科学・リーダーシップ・コミュニケーション

Aグループダイナミクス・小集団理論

Bアドラー心理学(発達心理学)

Cカウンセリングマインド

D創造性開発技法

Dソーシャル・グループワーク

@カウンセリング心理学

Aエンカウンター

Bグループアプローチ(グループプロセス)

実習のステップ

@実習

Aふりかえり(個人のふりかえり・グループのふりかえり)

Bまとめ、一般化(小講義・仮説化)

@エクササイズ

Aシェアリング

実施のねらい

@個人の心理的成長

・自己への気づき

A個人の社会的成長(行動変容)

・ヒューマンスキル、ソーシャルスキルの習得

・各種理論と体験の融合

・感受性の成長

Bグループ(組織を含む)としての成長

@個人の心理的成長(潜在能力の開発)

・リレーション体験(心とこころのふれあい)

・個の自覚

普及分野

・学校教育

・レクリエーション

・企業教育

・看護教育

・社会福祉(福祉レクリエーション)

・生涯学習(市民活動分野を含む)

・学校教育

・企業教育

重点

・体験からの気づきに重点(ふりかえり時)

・文字化、行動レベルの表現に重点

・まとめは「理論」と「体験」の融合(体験的理解)に重点

・体験自体(ふれあい)に重点

アプローチ
教育的
教育的
進行役
アドバイザー
リーダー

 

3.目に見える表面的・具体的な相違点(GWTの視点から見て)

(1)GWTには組織実習・創造性開発実習等も含んでおり、実習の種類(範囲)が違う。

(2)GWTでは実習時間が1時間なら「ふりかえり」も1時間くらいは設定することが良いという「ふりかえり」重視の考え方があり、実際「ふりかえり」の時間が長く設定されている。(学校GWTの一部を除く)

(3)GWTでは基本的に、文字化を伴う「個人のふりかえり」、それを口頭で発表する「グループのふりかえり(わかちあい)」という2ステップの「ふりかえり」を原則として行う(ウォーミングアップで行う場合を除く)。

(4)GWTでは「一般的な理論」と「今起こった体験」の融合という目的で小講義(体験の一般化)を行うことが多くある。(学校GWTの一部を除く)

(5)GWTでは実習(ふりかえりを含む)の状況により、ある意味で指示的なアプローチでグループに介入することがある。(学校GWTを除く)

(6)GWTではトレーニングの種類により、ある意味で指示的なアプローチで個人に介入することがある。(「自己発見の旅」等の特殊な場合のみ)

(7)GWTでは「行動レベル」を重要視し、具体的行動変容につながるアプローチという観点で実習のまとめを行うことが多い

(8)。GWTでは実習は失敗体験、未完成体験でも大きな気づきがあると考えているので、「実習がうまくいくこと」はあまり重要視していない。

 

 

<参考文献>

GWT関係

・GWT研究会「グループワークトレーニング」日本レクリエーション協会、遊戯社1976

・坂野公信・高垣芳郎「人間開発の旅」遊戯社1981

・坂野公信「リーダーのGWT」遊戯社1988

・坂野公信・横浜市学校GWT研究会「学校グループワーク・トレーニング」遊戯社1989

・坂野公信・横浜市学校GWT研究会「協力すれば何かが変わる−続・学校GWT」遊戯社1994

・坂野公信・佐藤靖典・三信巌・薗田碩哉・和田芳治「新グループワーク・トレーニング」1995

SGE関係

・國分康孝「カウンセリングの技法」誠心書房1979

・國分康孝「エンカウンター(心とこころのふれあい)」誠心書房1981

・國分康孝編集「構成的グループ・エンカウンター」誠心書房1992

・國分康孝「カウンセリング心理学入門」PHP研究所1999