Fallada

Fallada  ファラダ 1978 牡 9号族
Wildschutz
1971
Fahnentrager
1956
Grande
1948
Ticino Athanasius Terra20-b
Grossularia Aurelius Grollenicht1-a
Fahnentuch
1941
Oberwinter Landgraf Oblate14-f
Fahnenwache Graf Ferry Florise4
Wiener Operette
1965
Birkhahn
1945 鹿
Alchimist Herold Aversion9-h
Bramouse Cappiello Peregrine1-j
Wiener Oper
1960
Oliveri Macherio Fior d'Orchidea4-r
Wiener Melodie Magnat Amalaswintha6-e
Forle
1973
Salto
1958
Niederlander
1947
Ticino Athanasius Terra20-b
Najade Oleander Nella da Gubbio4-r
Siena
1951
Wirbelwind Tourbillon Wiener Blut6-e
Sonnenblume Allgau Sonnenfee3-e
Frigga
1965
Filou
1950
Berggeist Aventin Blaue Donau6-e
Fortuna Bubbles Fortunata
Florabell
1959
Birkhahn Alchimist Bramouse1-j
Fulda Burgermeister Fackel9-h
この時代になって徐々に退潮してきた伝統的なドイツ土着血統固めを、Birkhahnを用いて何とか形にした・・・という苦しいながら正当な意図の滲んだ配合・・・と言えるでしょうか。3代母FlorabellはBirkhahn≒Burgermeisterの1×2というような大変な配合ですが、これと同じ形は西側のGlobal Dancer、Gorlorなどを生んだGoldhenneなんかも同じ。
そこから更に祖母の段階ではAlchimist≒Fortunataという組み合わせクロスにAventinのインブリードでBay Ronald−Dark Ronaldを極限強化。そこに母でTeddyを入れることにより締めを作り、Bubblesの異型をスパイスにするというフランス血脈の活用で基盤を保った・・・ということでしょうか。
当馬は相似交配にTeddyでも異質なイタリア馬Ortelloのラインブリードが秀逸。

Besitzer: VE Rennstall Bastei, Zuchter: VE Gestuet Görlsdorf




Wilde Katze's 蛇頭 Note

Coyote(コヨーテ)と呼ばれる国境越え請負人がメキシコには存在し、依頼者は全財産を支払い、そのいかがわしい人物に自分の未来どころか生命までをも委ねる。

ドイツへの越境も同様で知り合いのイラク人一家はErgebirge(エルツ山脈)を越える為、それまでに稼いだ全財産をチェコ人の『コヨーテ』に払ったらしい。ドイツ人なら休日に家族連れでハイキングするようなところにもかかわらず。。。こちらは命を危険にさらすことはない。

今年の3月エクアドルのオタバロという山岳部にある小都市に家族旅行した。そこは首都キトからさらにバスで3時間程パナメリカーナという高速道路を北上したところにあり、比較的インカの影響の薄い、インディヘナの街である。

エクアドルとは赤道の意味で『エクアドルはどこにあるの?』とでも質問しようものなら。。。ってまあいいか。
標高が高いところなので晴れてると日射しは強烈で、最初の朝真ん中の娘、ハルナは『Es brennt meine Augen!』(眼が焼けちゃう!)と日なたを歩くのを嫌がった位だが、日蔭に入るとひんやりする。
そして風が強く吹き(時期的なせいか)、乾いた砂を巻き散らして鼻糞が黒くなったもんだ。冬のドイツから来たので日光浴を大いに楽しみにしてたのに曇りの日が多く、目の前にそびえる死火山イムバブーラも時々しか拝めなかった。それでもいい天気にはプールに行って何もせずに一日中過ごすという、ドイツ人大好きの正真正銘のウルラウブ(ニュアンスはあくまでも個人的なので説明出来ない)を満喫したが、僕なぞはこういう何もしないというのもいかにも暇を持て余すので(泳ぐには少し寒い)、取り敢えず、新聞買って芝生に寝転んで。。っていうパパでした。ようやく本題ですが、そこで亡命者についての記事を見つけた。
それは何枚かの紙面にわたって書かれてある。記事から幾つかの要点を拾うと


a) 国境越え請負人は「Coyoteros」、セントロ・アメリカ辺りでは「Polleros」
b) US$6000から10000が相場。
c) 2000年以来、アメリカ合衆国での移民、帰化が難しくなり、国境の警備も強化
   (新聞は2001年3月11日付)。メキシコ側でも同様に警備を強化する。
d) テキサスにあるデル・リオという地域では2001年の一月だけで11218人の不法入
   国者が逮捕された。これは去年の同月より800人弱アップ。
   2000年トータルでは1643670人が国境警備隊に逮捕されている。
   (信じられない数値だが。。)
e) Port Isabelというメキシコ・アメリカ合衆国両国境に彼ら不法入国者を収監
   する施設がある。そこの裁判官は一日に約30件の処理をする。
f) 不法入国防止対策として国境越えの危険、特に夏場の気候の厳しさを
   ラジオ、テレビを通して説く。

等々。
a)についてはおそらく色々な呼び名があるのだろう。
Polleroは鳥肉屋、又は鳥を飼育する人の意味で正しいけどCoyotero(コヨテロ)の方はコヨーテでもおかしくないかもしれない。 僕はコヨーテといつも聞いていたのでこちらを使う。
陸路で米国へ不法入国する場合、中米、中南米の者は当然メキシコでコヨーテに大枚はたかなければいけないが、例えばエクアドルからメキシコに辿り着くまで沢山の国境を越えなければならないし、それに限らず危険とはいつも隣合わせ。いくら同じ言葉を話すといってもね。
警官に限っていえば金さえあれば賄賂が効くだろう。

b)は次の一例で考えるほうがわかり易い。
グワテマラ人のマルコ君(28歳)の場合。(中米なのでポジェロを使う)彼はグワテマラ市でバスの運転手だったで生活に不自由していた訳ではないが『よりよい生活状況を求めて』嫁と3人の子供を残してポジェロに身を委ねる。先ず最初にUS$2500支払う。ポジェロ曰く『バスに一寸揺られるだけさ。全て上手くゆく。心配するなよ。10日、いや遅くても15日後には米国にいることになる。』
10日後マタモロスというメキシコにあるテキサス州との国境の街に着いたのはいいが、そこで足止めされ、身を隠すように指示され、寒さに震えながら野宿。ほんのすこしの米と豆しか与えられない。
その後、空っぽの部屋に2日間他の25人の同郷人達と缶詰め状態。
3日目に別のポジェロが来て脅喝されUS$500巻き上げられる。そのポジェロはその金でもって100%確実に入国出来るよう手配すると言った。そしてそいつは26人を連れ出すが、行方をくらます。そして3人目ポジェロが現われ、更にUS$500を奪う。そして最終的に見るからに『いかつい連中』が登場。彼ら26人から有り金全部と金目になりそうなもの全てを奪い去っていった。

ようやくある夜明けにブラボ河越え。しかし渡った後どこへ行けば教えてもらえず,うろうろしてるうちに逮捕。他の同郷人達の運命はわからないが、一人の同郷人は泳ぎを知らず水中に沈んでいった。彼は旅行中マルコに何度も奥さんと3歳になる娘の写真を見せながら話しをしてたそうな。

あー、これならマルコ逆にイタリアへ行けば。。と訳分からんが。
心理的にはピンサロのボッタクリというか、後には引けないんでしょうね。
あと自国に借金してるケースも多いらしいので、強制送還されれば返済地獄が待っているし。

Falladaという名前でいつも思い浮かぶのはスペイン語で失敗を意味する"fallar"の過去分詞でマルコの場合も途中既に"Esta Fallado"。最終的に"Mi aventura fue fallada"って感じで。
実際はベルリンの作家Hans Falladaから取ったんだろうけど。




Falladaは2歳時2戦1勝3着1回。そして明け3歳2連勝しDDR2000ギニー、ホペガルテンのFruejahrszuchtpreis der Dreijaehrigenの1600mに進むがここでまさかの8着凡走。勝馬は後種牡馬にもなる名馬Cil。
原因は騎手乗り換わりで、フレグマティシュな馬なので騎手が道中馬を励まさないといけないがそれをしなかったとのこと。次走ドレスデンのトライアルを難なく勝ちダービーへ。
この年の対抗馬達を見るとAblauf(by Balustrade、ヴィンターファボリテン勝ち。後、種牡馬)、Cil(by Luciano、種牡馬としてDDR最後のダービー馬Filutekを輩出。この後DDR-St.Legerを勝つ)、Lolita(by Zigeunersohn、牝馬クラシック2冠。母はLove is AllでDDR後期名牝系)その他Wombat(by Balustrade),Witold(by Aveiro)と名馬が揃ってるかな。

ダービーでは一番人気に推される。これは当時名ジョッキーで現ホペガルテンでトレーナーのMartin Roelkeの騎乗というのも一つのファクターだっただろう。彼はここまで既にTauchsport,Antrieb,Gidronでダービーを制している。結局、当日Ablaufは怪我で出走取消、12頭で争われ、Witoldがレースを引っ張りFalladaは4、5番手、他の有力どころCil,Lolitaは後方から。そして前を走る馬が疲れ、最終コーナーの手前で下がってきたところでFalladaがスパート。彼をマークしていたCrisが結局2着に粘るが、大外から飛んでくる予定のCilは伸びず。
LolitaはCilよりいい脚で伸びてきたが既に勝負は決まった後だった。


1 Fallada 2:37,5
2 Cris (by Cavalier)
3 Lolita
4-1-1/2

その14日後、国際競走のFreundschaftpreis2400mでもハンガリー馬Rosso、DDR古馬トップクラスで今季既にドレスデン大賞を勝っているDämmerschein、そのDämmerscheinにPreis der Vollblutzuchtに土をつけたFlügel(by Zigeunersohn)他に快勝。しかしDDR大賞を目前にして骨折。勝馬は同じく3歳でクラッシック戦線には参加していないGazellus(単勝28.4)。
2着のFlügelはFreundschaftpreisで打ち敗かしていただけに惜しまれるところだった。
そしてこの年のInternationaler Meetingはプラハで開催されソ連からはダービー牝馬で後にオイロパ大賞3着になるStruna(by Athens Wood),Gasolit(by Anilin)Boprit(by Purple Peril)等が参加したが、プラハなら遠征の苦もないだろうし、Gazellusが3着に入ったワルシャワ賞(勝馬Boprit)ならひょっとして。。。とも思うのだが。

スタッフの努力により1982年にターフに戻っては来たが、以前のフォームは失われており、引退。チェコのミモン牧場に送られる。
2〜4歳9戦6勝入着1回。





野猫  『どうして密入国なんぞ、思い立ったんだ?バスの運転手で暮らしていく
     のは苦しいのか?』
マルコ 『いや、食っていく分には平気さ。いざとなったら生まれた村に
     住んでる姉貴に頼めば、一寸した金なら工面してくれるし。彼女の
     旦那の家族が村の有力者に結構顔効くんだ。』
野猫  『それなら村に戻ればいいじゃないか。お前会う度、村の話してるぞ。
     仕事は休みも少ないし、シンディーもこの都会で3人の子供育てる
     より、村に戻ればお前のパードレスやタンテが彼女を助けてくれるだろ?
     アメリカに知り合いでもいるのか?』
マルコ 『そのタンテ・ブランカが今、アメリカ暮らしさ。野猫はわからんかも
     しれないけど、ここじゃあ外から見れば皆仲良くやってるように
     見えても中では全員が憎みあってるってこともあるから。。。シンディー
     もその辺わかってるから、それを提案しないのさ。』
野猫  『・・・・お前はしかしアメリカ人の友達もいないし、どうしてそん
     なにあの国に希望を抱けるのか、俺にはわからんよ。』
マルコ 『じゃあお前はどうなんだ?この先日本に戻って何かしようと思って
     るのか?以前、質問した時、日本にはもう戻らないだろう・・・っ
     て答えてたけど俺はなんか今一つ理解出来なかった。』
野猫  『・・・俺も実はわからないんだ。何をしているのか、したいのか。』
マルコ 『俺は少なくとも、向こうで稼いで家族に仕送りでもして、出来れば
     は英語話せるようになってって。。           
     しかしお前はハポネスだし、出入国自由だし、そもそも日本
     で不自由無く暮らせるじゃないか。
     それともこんな国に【亡命】でもしたいのか?
     それとも"para conocer el mundo"いや、世界中の女を知る為
     か?ハッハッハッ。。』
野猫   『向うのグリンガが民族衣装買ったついでに又開くってのも聞いた
     事ないけどな・・・正直、俺は亡命者になったような気分が
     するんだよ。メキシコで知り合ったある親父が別れ際に『お前にはカーサ
     (家)が必要だよ。とてもひとりぼっちに見える。内気には見えないけど、
     何かが足りてないと自分でもわかってるんだろ。』って言われてね。
     いかにも年寄りらしい忠告だけど、なんか心に残ってね。』
マルコ  『俺の場合はこの国のなんともいえない閉塞感からのがれたい、
      っていうのもあるかもな。お前も知ってるだろうが大統領が
      ラジオでいきなり『これからは私のいうことが法律である』なんて
      言いだすような国だし。。。笑うなよ、ついこないだの話だぜ。イン
      ディヘナの虐殺は海外からの調査団が来て最近は減ってきてるらし
      いけど、本当のところはわかんないぜ、実際カンポのほうじゃあ
      住民登録なんかしてる奴少ねえし、殺されたってわかるもんか。』
野猫   『犬死は御免だってことか。希望ってのはは罪だな。
      これで人生台無しにする奴がどれだけいる?
      "Y si muero mañana, que sepan mis compañeros
     que he permanecido fiel al ideal de mi vida;que mis camaradas
     sepan que di mi sangre por la patria.Si muero mañana,será
     para que siga viva la esperanza de un hermoso
     porvenir.
マルコ  『腹減ったな。なんか食いにいくか?』
野猫   『ポジョしか思い浮かばんけどな』
マルコ  『Sale.丁度、今手元に2500$あるしね』



ドイツの再統一後、DDRの馬、特に種牡馬は淘汰されて、最早競走馬用に価値のあるものは殆どドイツには残されていない。
Falladaは2001年の現在もミモン牧場で現役種牡馬として繋養されている。

マルコは失敗したが、ブラボー河を渡り、アメリカから家族に手紙を書いてるものもいるのだろう。
あの途方に暮れる長さの国境は米国ですらコントロールしきれずラティーノを誘惑し続ける。




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