
| Gidron ギドロン 1976 牡 46号族 | ||||||
| Santamoss | Santa Claus 1961 鹿
| Chamossaire 1942 栗
| Precipitation | Hurry On | Double Life | 2-i |
| Snowberry | Cameronian | Myrobella | 6-e | |||
| Aunt Clara 1953 黒鹿
| Arctic Prince | Prince Chevalier | Arctic Sun | 10-c | ||
| Sister Clara | Scarlet Tiger | Clarence | 3-o | |||
| Feemoss 1960 鹿
| Ballymoss 1954 栗
| Mossborough | Nearco | All Moonshine | 6-e | |
| Indian Call | Singapore | Flittemere | 2-u | |||
| Feevagh 1951 鹿
| Solar Slipper | Windsor Slipper | Solar Flower | 10-c | ||
| Astrid Wood | Bois Roussel | Astrid | 1-k | |||
| Geografia 1968
| Gist 1951
| Gibrid 1940
| Budynok | Brimston | St. Macheza | |
| Gazelle | Grey Boy | Bezzabotna | ||||
| Septima 1939
| Press Gang | Hurry On | Fifinella | 3-i | ||
| Smies | Sirocco | Sprawka | ||||
| Galerea 1963
| Kharkov 1950
| Harras | Ladro | Houssiere | ||
| Gundine | Lord Tullus | Gunda | ||||
| Geologia 1955
| Gazon | Zagar | Gaiti | 23-a | ||
| Gamfa | Fanlaw | Ganza | ||||
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父のSantamossは、偏屈師のページを読んでいる方ならお分かりの、超ステイヤー兄弟Levmoss、Le Mossの兄弟にあたります。で、父がやはりスタミナのHurry Onを伝えるSanta Claus。とはいえ、Santa Claus自身は愛2000ギニーを勝っていますし、Levmossも凱旋門を勝ってるのですから、その辺でまだ「総合力」をかろうじて伝えられたのがこの種牡馬の成功の要因か?この馬のHurry Onクロスなんかも、そういう意味でクラシック距離での適性に役立ったかもしれないですね。 母系はほとんどわかりません(^^;が、ロシア血統の中にさりげにGraf Ferryが入って中欧らしさを残しますね。 |
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Besitzer: Fritz Borrack(Dresden)
長い間僕はドレスデンには「Heimatlos(故郷喪失)」という心の病を患っている人が多いと思っていた。東ドイツ崩壊のために、である。しかし先日友人から「いや、それは間違っている。『Heimatlos』とは亡命者などが自分の祖国から離れ戻れないときに使う言葉で、僕らの場合は『Heimat ohne Vaterland(祖国なき故郷)』だ」と教えられた。
友人が集まってもよって好んで口にするのはたわいのない昔話である。そういえば数ヶ月前ベルリンに友達を訪ねたときヴィオラという女友達は「私は情緒不安定なところがあり、しかも他人の心に入り込むのが下手で・・・恐らくこれは母が私が小さい頃から私を『Wochenkrippe(かなり小さな時から預けられる保育所)』に預かれていたからだ」とはじめ、最終的には「東ドイツの人間が短気なのは1歳半で皆強制的にオムツを取り上げられた時に生じた『劣等感』による後遺症のためだ!」と言う始末。因みにこの背景には東ドイツ時代、男女平等のため女性も男性と同じように働いていたので、このような保育所も今現在より多くあったのである。その後東ドイツでも母親は生後1年間は家で赤ちゃんの世話をすることの出来るよう、法律が出来たらしい。
と、話はそれたが1990年以降生まれてきた子供たちにとっては、この統一ドイツがVaterlandでありHeimatでもあるが、国境の変化や侵略の歴史的事実を前にすると、この先また何が起こるか分からない、というのが中欧(Mittel Europa)に住む人の考えであろう。
さて、GidronはSantamoss, Geografiaと両親とも輸入馬で母は特にソビエトのミステリアスな血統を持つ芦毛の牝馬である。Gidronは2年目の産駒である。なにしろここまで芦毛のダービーないし重賞勝ち馬を資料で見たことがないし、さぞかし人々の印象に残ったであろうと想像する。しかしこの馬2歳時は無名で、何か記事を読んでいても「よっぽど期待されてなかったのかな?」という印象。
ヴィンターファヴォリテンにWintetour(Fahnentrager×Winterfreude)というそれっぽい名前の馬が勝ったときは全く無名であったGironだが、初めての一線級とのレース、春季生産賞(東独2000ギニー)を快勝、一躍3歳馬のトップへ。そしてその後、まだ実力を疑う声を打ち払う、人民牧場賞(ドレスデン競馬場、今も最後のダービートライアルとしてラーデバーガー・ピルスナー大賞として残っている2200mのレース。1999年はHibiscusが勝った)を圧勝。Gidron人気は動かせないものになった。
ダービーは12頭だて、シャドーロールをつけた芦毛に人々の関心は集中していただろう。
ゲートは開きBassistが先頭へ、誰もがGidronの走りに注目している、かなりのハイテンポに見える、800mを過ぎてもこの「Lokal-Fighter」は衰えない、そしてそのまま4馬身差で3コーナーを過ぎたところ観客からざわめきが起き始める。なにしろ全頭後方のGidronを待っていて、Bassistの逃げを許しているのだ。しかしここまで、最終コーナーの入口でOrpheus(父Aveiro)が交わしトップへ、Gidronはほぼ最後の位置どり、マルティン・ロルケ騎手は全く他馬の動きに関心ないようだ。そして直線はじめてマルティンがアクションを起こすとGidronは大外から加速、内Negroに馬体を併せても一瞬で1馬身差ゴール板を過ぎていった。2着Negro、3着Flugel(父Zigeunersohn、後重賞2勝)、以下Orpheus、Dammerschein(父Marino)、Ernesto(父Irha)。2.31.7は速い時計の決着と言える。
Gidronはその後DDR大賞に1着降着(勝ったのはOrpheus)、国際開催のモスクワ賞では2頭のポーランド馬、Czubaryak(後にオイロパ賞でNebosの2着)とAkceptのアタマ・ハナの3着と惜敗。戻ってヘルプスト大賞を勝ち、1955年Faktotum以来の2頭目の3冠馬になる。明け1980年、サラブレッド生産賞、国際友好賞(4歳馬の競走、国際開催のプログラム)に勝つがその後「フォーム」を崩しグラディツ牧場で種牡馬になる。産駒はAjanという馬がいるが、戦績は分からず。資料では東西統一後も何頭か産駒は走っていたが、のち半血用の種牡馬になっていたような記事を読んだ記憶が・・・SantamossはGidronの成功により一流種牡馬扱いになったようで、Fernzug(母Fehla)、Elton(母Ems)ほか多数クラシック級や重賞勝ち馬を出したが、孫の代が駄目だったようだ。(以前偏屈師がGidronの血統を見て「産駒は3マイルが適正距離か」と言っていたが・・・)
芦毛というのは気の疲れるものである。しかし子供が生まれてその色を失ったとき「特別である自分」も同時に消え去り、劣等感を父に見るのか?Heimat ohne Vaterになったとき、いくらかの自由が手に入るのだろう。ウルトラQで見かけなかったか?
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