◆ 友達の死 ◆  

<利奈> 彼女とは高校の3年間同じクラスだった。特別仲が良かったわけじゃない。  

骨髄移植から約3ヶ月後、私は退院した。それと入れ代わるように、今度は彼女が入院した。病名は結局聞いてないんだけど.....  

彼女のお見舞いに初めて行ったのは、自分が退院して2ヶ月くらい経った頃かな? 改装したばかりの病院はまるで“ホテル”みたいにきれいで、彼女の病室は個室だった。 『羨ましい』そう言った私に彼女は「でも淋しいよ」と言って、病室にある大きな窓の外を指差して「あっちが家なの...」と淋しそうに笑った。  

彼女の病院は隣の「市」だった為、お見舞いに何度も行けなかったけれど、自分の体が順調に回復する中で、彼女の事も気になっていた。そんな私達は数回、手紙のやりとりをした。 病人になって初めて感じる心の痛み、悲しみ。お互いの思いを打ち明ける事で共感し慰め合って頑張ってた。私がバイトを始めた事、車の免許を取得した事、彼女はそんな私をいつも「羨ましい」と言ってた。  

彼女から「一時、退院できる事になった」と聞いた時は 自分の事のように嬉しかった。 ピザを食べた事がないという彼女と「一緒に食べに行こう」と約束をして、そんな日が来る事を楽しみにしていた。でも数日後、「再入院になっちゃったんだ」という手紙が届いた。 彼女が私に綴った言葉ひとつひとつが涙に変わって行った。 この時に初めて自分で体験した<痛み>とはまた別の心の痛みを味わった。そう、今までの自分とは逆の立場。 家族、親戚、友達、私を支えてくれてたすべての人がきっと、この時の私と同じ痛みを感じていたのだと知った。「何もしてあげられない」というもどかしさの中、ただ時だけが過ぎて行く。  

数カ月後、1本の電話。「利奈が亡くなったんだ」 呆然としていた。それまでも入院中に何度か「人の死」を目の当たりにして来たけど それとは別の...張り詰めた糸が切れたかのように、頭の中が真っ白だった。『これは夢なんじゃないか?』そう思いながら電話を見つめていた。 止まらない涙を拭いながら、夢じゃない現実なんだと何度も言い聞かせる。 でも、その現実を実感する度に不安が増していった。もしかして私も...と... それまで見て来た亡くなった人を思い出しながら、いつか私もこんな日を迎えるのかもしれないという想像ばかりが膨らんでしまう。 人間なんて明日はどうなっているのかなんて分からない。  

お通夜の日、泣き止まない私に彼女のお母さんが話し掛けてくれた。 利奈はいつも「享子ちゃんみたいに元気になるんだ」「享子ちゃんが目標なの」と お母さんに話していたと聞いた。 <静かに眠ってるだけだ>と思う程、綺麗だった彼女の顔を見つめながら 私は彼女の分も頑張って生きて行くんだと誓った。 正直に言えば、今でも何かにつまずいたり壁にぶつかったりする。その度に自分の考えや行動、そして今の自分の存在事態が本当に正しいのか分からなくなる 。時には逃げ道を作り、現実逃避して現実に背を向ける事もある。そんな時にいつも、彼女の存在を思い出す。そしてこう語りかけるんだ。

『利奈、私はあなたに恥ずかしくない生き方をしてますか?』