◆ 結婚 ◆
22歳になったばかりの冬に私は家を出た。当時つき合っていた彼と「同棲」する為だ。彼とはその時が3度目の付き合いだった。1度目はお互いの仕事の関係ですれ違いが多く、思うようにならない事を相手のせいにして会う度、電話をする度にケンカしていた。「お互いに相手を思いやる気持ちがもてないのなら...」という事で別れた。
でも1ヶ月もしない内に復活。2度目に付き合いだした私達は前回の別れが嘘の様にうまくいっていた。しかし、その関係も5ヶ月しかもたなかった。彼の浮気だ。「もう勝手にすれば!」それが2度目の別れ言葉だった。でもどこかで「彼は私の所に戻ってくる」と思っていた。案の定、1ヶ月後に彼は私の所に戻って来た。だからといって、簡単に受け入れる事はできない。そんな私に彼が出した条件が「同棲」だった。
私は22歳。彼は28歳。もちろんこの同棲には「結婚」が前提にあったし、お互いの親も当然、結婚をするものだと思っていた。彼は仕事の都合で私よりも早く出勤し、帰るのも私よりも遅かった。夕方には仕事を終えて帰る私は夕食(夜食に近い)を作りながらも自分一人の時間を過ごし、何の不満もなかった。平日休みの彼と日曜休みの私は、1日中べったりと一緒に過ごした事はなかったけれど、彼が帰ってから食事をして、お風呂に入って、寝るだけの平凡な毎日でも私は十分に幸せだった。そんな生活が半年ほど続いた頃、彼の行動がおかしくなった。何かにつけて外出をするのだ。彼が休みの日は私が帰るまでには帰宅して、その日だけは2人で外食をしていたのに毎週の様に友達と食事をするようになった。「貴重な休みだから....」あまり束縛をしたくない私はそれでも全然かまわなかった。私にだって友達との付き合いがあるし、同棲してるからといって必ず毎日一緒にいなければいけないとは思ってなかったから。でも彼はその外出からの帰りが深夜、そして朝帰りへと変わって行った。さすがの私も何かを感じていた。
そんなある日、私は彼に無断で実家に泊まった。そして次の日、帰宅した彼は重い口を開いた。「自分達の先にはもう結婚が待ってる。でもそれが最近、不安になって来た。子供ができないお前と、これからもずっと2人きりでやって行く自信がない。今は好きだから一緒にいるだけでいいけれど、やっぱり自分は普通の家庭を持ちたい。そう考えた時に、お前に子供ができない事を理由にして責めてしまう自分が嫌だから....今の自分はそれを超えられるほどお前の事を愛する事ができない。ごめん....」そう話した彼は初めて私の前で泣いた。「わかった」それしか言えず、彼を責めることもできなかった。それは、彼が泣いたからではなく、<子供ができない>という事実をどうする事もできなかったから。
その日のうちにできるだけ荷物を整理して、次の日、彼が帰るまでに自分の荷物を車に詰め込み私は実家へと帰った。荷物を車に詰め込んで、理由も言わず、当たり前のように、冷静に、淡々として帰った私に母親は何も言わなかった。それがその時の私のせめてもの救いだった。私の中で、彼への想いが冷めていたわけではなく、反対に彼を想えば想うほど冷静になった。
私と彼には共通の友達が何人かいたけれど、彼と別れたからといって、友達と別れるつもりはなかった。
数週間後、その中の友達が私にこう告げた。「アイツ○○って子とつき合い出したらしいぞ」私は一瞬にして凍り付いた。「○○ちゃん.....」それは彼の職場の部下で、もちろん私も知っていた。私の知っている子だからショックだったのではなく、彼女はバツイチの子持ちだったのである。あの時彼が「子供が欲しい」と強調した理由がやっとわかった。言葉が出ない。家に帰った私は泣き続けた。この時、初めて「死にたい」と思った。生きて行く為には母親になる夢を捨てなければならなかった。<幸せになりたい>と願う私の全てを否定されたようだった。こんな思いをするなら、あの時に死んでしまえばよかった...とさえ思った。 生きている意味がわからない....
そんな私は家出をした。母親に何も告げず、仕事も休み、名古屋から離れた友達の所に身を寄せた。その時はただ、自分が抱えてる現実から逃げたかった。だから友達の所にいる時は、反対に笑いながら過ごしてた。友達はなにも聞かずに泊めてくれた。
5日経ったある日、私は何事もなかったかの様にひょっこりと帰っていった。その時の母親の怒りようは半端じゃなかった。「ごめんね」それだけ言った私は部屋に隠り、泣きじゃくった。「現実からは逃げられない」それが答えだったから。でも、泣いてても誰も助けてくれない。ふさぎ込んだ毎日を重ねる度に自分が小さくなって行く気がした。誰のせいでもない。誰のせいにもしたくない。彼をつなぎ止められなかったのは自分だから....悔しい。悲しい。苦しい。そう思うほど、自分を変えたかった。「結婚」に挫折したからと言って、全てを失ったわけじゃないから。
悲しい現実。「生きて行く方がツライのかも.....」でも私は逃げたりしたくはなかった。ありのままの自分を受け入れる事が「幸せ」になる為に必要な事だと思ったから。
22歳の8月のこと。