ヨコハマ買い出し紀行ロゴ(小橙) そのひとコマに ロゴ
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      << ムサシノ運送 世田谷支店 >>
 
 古株らしい女性(既婚)が、初々しい女の子二人を前にしている。
 
 「第六条よ。」
 
   
社員就業規則
 第六条  運搬物の保護義務
  第一項  社員は、運搬物が御客様からの預かり物であることを意識しなければならない。
  第二項  社員は、運搬物を粗雑に扱ってはならない。
  第三項  社員は、運搬物を不慮の事故から保護するよう努めなければならない。
   第三項補記  社員は、所属する部署(支店)の長が定める保護技術の習得訓練を受講すること。
 
 「ね、ちゃんとあるでしょ?」
 
 「はぁ、それで、これなんですか?」
 
 細い目をした女の子が、もらったばかりの手帳の文字と、
 制服など支給品の一番上に置かれたモノを見くらべている。
 
 「そう。」
 
 「でも、そこまでする必要があるんでしょうか...」
 
 もう一人の女の子が不安そうに聞く。
 
 「そうねぇ、ほかの支店じゃ合気道とか教えてるらしいけど、うちは昔からこれなのよ。」
 
 「...」
 
 「...」
 
 なんとなく顔を見合わせる二人。
 
 「だーいじょうぶよ、そんな難しいもんじゃないから。
じゃ、新人はあなたたち二人だけだから、いっしょに受けてきてね。」
 
 「はい。」「はい。」
 
 と、返事はしたものの、いきなり先行き不安になる二人。
 
 そして、手に取ってみた拳銃を、ずいぶん重たく感じるのであった。
 

 
 薄暗いが結構広い地下室。
 
 ドアを開けた二人を、長身の男が迎える。
 
 「お、来たな。」
 
 「おはようございます。」ます。」
 
 ちょっとユニゾンしきれていない。
 
 「ん、俺が教官の冴羽だ。」
 
 「よろしくお願いします。」
 
 ぺこり。
 
 「じゃぁ、まず、何を学ぶかだが、目的から言って、長距離よりも短距離の射撃だな。
まぁ、君達に支給される電気弾は、そもそも4mぐらいしか使えない。
それから、急襲に備えて近接戦用のクイックドローを身につけてもらう。」
 
 予備知識もない二人は、ただ聞くだけである。
 
 「後は半年毎の定期訓練でカンを鈍らせないようにすること。
何か質問は?」
 
 ちょっと顔を見合わせて、ココネが聞く。
 
 「あの、実際これが役に立ったこととか、あるんでしょうか?」
 
 「あるよ。」
 
 さらっと言う。
 
 「あるん、ですか...」
 
 ちょっと言葉の詰まる二人に、教官が冗談めかす。
 
 「最後は確か...8年前かな。」
 
 「8年?」「なんだぁ...」
 
 拍子抜けしながらも、少し安心する二人である。
 
 「じゃ、他になければ、早速いってみようか。」
 
 「はい、教官。」
 

 
 午前中は固定標的と模擬弾による単純な射撃訓練。
 
 教官が二人にフォームをつけている。
 
 「しかし、新人教育も久しぶりだなぁ。」
 
 「そういえば、同年代の人って見ないですね?」
 
 「うん。 ここ数年、新人は採ってないよ。
今年は退職するやつがいるんで募集があったんだ。
ほら、いただろ? おばさんが一人。 あいつだよ。」
 
 「誰がおばさんですって?怒りマーク
 
 いきなりドアが開いて、冒頭の女性が入ってくる。
 
 「か、香、来ないんじゃなかったのか!?」
 
 「来ちゃまずいのかしら?」
 
 見透かしたような言い方である。
 
 「香さん、辞めちゃうんですか?」
 
 「ん? うん。 もう少ししたら、おなかが大きくなっちゃうのよ。」
 
 ちょっと、はにかみながらも、嬉しそうに言う。
 
 「あ、おめでた?」
 
 と、香のおなかに目が行くが、まだ目立ってはいない。
 
 「いつなんです?」
 
 「まだ半年先。」
 
 「へぇぇ。 あ、旦那さんて、どんな人なんですか?」
 
 「旦那? こいつよ。」
 
 といって教官を指さす。
 
 「えっ あ、はぁ、そうなんですか...」
 
 言われてみると教官と香は妙に間がよかった。
 
 
 しかし、そんなシーンを見るココネが少し寂しそうなのは、暗い照明のせいなのか。
 

 
 午後はクイックドローのまねごとである。
 
 「では実戦を想定してやってみるぞ。
後ろから襲ってきた敵に、いかに速く銃口をつきつけられるか、だ。」
 
 二人とも、少しおもしろくなってきたのか、よく聞いている。
 
 「じゃ、まず俺が後ろから抱きつ...(ハッ)」
 
 教官の後ろでは、どこから出したのか 100t と描かれた、でかいハンマーを振り上げた香が立っている。
 
 「...コホン。 えっと、二人で交互にやってもらおうかな。」
 
 そのセリフに満足した香は、目を丸くしている二人にウィンクするのであった。
 
 
 ところが、訓練自身も最初からつまずいてしまっていた。
 
 ココネが後ろから抱きつく。 控え目に。
 
 ぺちょ。
 
 それと同時にモーションに入る。
 
 ...はずなのだが、なぜかシバちゃんの動きが続かない。
 
 「う、...ココネって、結構のね。」
 
 「?...な、なに言ってるの!?」
 
 一瞬何のことやらわからなかったが、気がつくと頬を染めて慌てて離れる。
 
 「こらこら、ふざけてると暴発するぞ!」
 
 「気をつけてね。 死にはしないけど、跡が残るわよ。」
 
 ホントは電気弾はまだ入っていないが、緊張感を出すためにおどかす先輩達である。
 
 「ちなみこれがその跡だ。」
 
 教官が自分のシャツを少しめくると、左脇腹が3cmくらい焦げたようになっている。
 
 『こ、これはシャレにならない。』
 
 と思う二人に、香が追い打ちをかける。
 
 「ちなみに撃ったのは私。」
 
 それは別の意味でシャレになっていなかった。
 
 「ちょっとふざけただけなのに、ホントに撃つんだもんなぁ。」
 
 「8年も前のこと、グジグジ言わない!」
 
 「へいへい。」
 
 
 そんなやりとりを見ながら、ココネが小さく口にする。
 
 「ホントにこれ使うことなんかあるのかなぁ...」
 
 「ないと思うけどなぁ、あたしゃ。」
 
 目の前のすちゃらか夫婦を見ながらそう言うシバちゃんであった。
 
 ごもっとも。
 

 
 だが、数年後、ある事件をきっかけとして、この訓練も敬遠されていくようになるのである。
 
 それは、時代がそれを必要としなくなってきたのはもちろんのこと、
 この訓練が「おちゃめさん」を想定していなかったからなのは言うまでもない。
    
 

 
     − あとがき −
 
 こんな訓練受けてれば、条件反射的に身体が動いちゃうようになるんですかね。(苦笑)
 
 しかし、う〜ん、なんか冴羽夫妻のせいで焦点がぼけてしまったような気がするな。 反省。
 
 それはともかく、ココネとシバちゃんは同期入社です。絶対!
 
 で、シバちゃんはまだ十代で、未発達だったってことにしよう。(電気衝撃)
    


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