Grandfather's Clock REMIX
Grandfather's Clock
に寄せて。



天野さんの手による『夕闇の時代』という作品がある。

結構衝撃的な絵だが、決して負のイメージではない。

悲しみ以外の感情を持って迎えられたアルファさんの停止である。

(左の絵にリンクしてあるので訪問しておいてください。)




そして私はこの後のストーリーを夢想している。





- SCENE.001

ガラガラガラ(引き戸の音)

ツピッ 『女性を一名発見、Aタイプと思われる。』

『.ザ......ザザッ...』

了解。
おい、イヤリングを。」

「はい。」

二つの白い防護服の片方が、座り込む女性のイヤリングになにやら機械をあてる。

「! 驚きましたね、この人 A7の初期型ですよ。」
(初期型) 
「そんな言い方してるとまた大佐にどやされるぞ!」

「あ、すいません!」

「おまえは知らんだろうが、彼女たちのおかげで俺達がどれだけ救われたか。」

「はぁ。」

「まぁいい。 よし、収容するぞ。」

「はっ」

動かない女性を二人してカプセル状の担架に乗せる。

「あの、少尉、」

「ん?」

「自分らが収容した Aタイプの人達って、その、生き返れるんですか?」

- SCENE.001




















- SCENE.002

報告します。
スカル小隊、VFエリアにて 1名の Aタイプを収容。」

「御苦労様、少尉。」

はっ ありがとうございます。
...その、大佐?」

「なに?」

今日収容した人、リングが古くて名前が読み取れなかったんですが、
緑の髪で M2らしく、以前大佐が言われていた、って大佐!?」


茶色っぽい紫の髪の大佐は 話の途中で部屋を飛びだしていた。


「少尉、大佐どうしたんですか?」

外にいた伍長が顔を出して聞く。

「なに、懐かしい顔に会いに行ったんだよ。」

「は?」

...だけど、どうするんだろうな...
蘇生を望まない人もいるって聞いたけど。」

「あ、やっぱり生き返れるんですね。」

いや、完全じゃないことも多い。
身体が動かなかったり、記憶が無かったりな。」

- SCENE.002




















- SCENE.003

目を閉じた彼女がいる。

よく知った女性だ。

息をしていない。

緑の髪。

少しだけピンクの肌。

目を覚まさない。

 しずく
医療用のベッドに横たわる その腕を パタタッと涙の雫が濡らした。


まだ息を弾ませたまま、隠そうともせず涙するココネがいる。

ベッドの脇で。

飛びつきたいのを我慢しているのか、両手を握りしめて。


アルファさん。
あれから何年経ったと思ってるんですか?
ずっと探してました。
ずっと、ずっと...
もう一度お話ししたいです!
.....』


涙を拭う。

 わけ
私たちの生まれた理由、知ってますか?
私、やっと A7の

「あのぅ、初瀬野大佐?」

「あ、はい?」

医療スタッフの一人が遠慮がちに話しかけてきた。

「お知り合いの方ですか?」

「え、ええ。」

その、この後の措置はどうしましょう?
蘇生を試みますか?」


すぐには答えられない。


「...あの、丸子さんは?」

「えぇと、(ぱらぱらとカルテをめくる)容態に変化はないようですね。」

つまり まだ記憶が戻っていないということだ。

「...そう。」

小さな呟きとともに、目を閉じたままのアルファの顔をじっと見つめるのだった。

- SCENE.003




















- SCENE.004

「っていう夢を見たんですよ。」

「へぇー、100年以上も先の夢ねぇ。」

カフェアルファの丸テーブルをココネ、アルファ、子海石先生が囲んでいる。

「そーか、私は死んじゃってるのか。」

「ああっ私がそう望んでるとかじゃありませんよ、絶対!」

「わかってるって。」(微笑

半分ほど残ったコーヒーカップを置きながらアルファが少し切なそうな顔を見せる。

「でもホントに満足して死ねるのならいいな。」

ええ、どうなったら満足か まだ全然わかりませんけどね。
それに私達って本当に死ぬんでしょうか?」

そうねぇ。
今のところ寿命で死んだ A7はいないからね。」

「.....」

「.....」

「といっても、正直あなたたちが どれだけ生きることになるか私にもわからないのよ。」

「はぁ。」

「昔とはだいぶ違ってきてるしね。」

顔を見合わせる A7の二人である。

「ま、100年とは言わないけど、あと何十年かは普通にやっていきたいよね。」

「そうですね。」(微笑



『ホント、そうですね...』



「でもそれって夢じゃないかも知れないわよ。」

「はい?」

「あなたには時を見通すチカラがあるわ。」

先生がココネに妙なことを言う。

「わたし、ですか?」

以前、にぎやかだった遠い夏休みのこと あなたから聞いたけど、
あなた達が知ってるはずないのよ。ココネさんが生まれたときには
もうそんな夏休みはどこにもなかったわ。」

「でも、」

ううん。
いい? 夢ってのはいろいろな力を持ってるのよ。」

う〜ん、そうなんでしょうか...
じゃぁ、今度のこの夢はどんな意味が...」

「そういえば その夢って、いつ見たの?」

「え?」

それまで笑みをこぼしていたアルファが いきなり真剣な眼差しをよこした。


数秒の沈黙。


「いつ見たか わからない夢って、まだ夢の途中なのよ。」

その瞬間、カフェアルファの背景が消え、
どことも知れない黒い空間にテーブルだけが浮いていた。

「いつ?.....いつって...」

思い出そうとするココネだったが、何かに拒まれているように思い出せない。

「わからないのね。」

そう悲しげな顔で諭すように言うアルファ。

先生も同じ色の瞳でココネを見ていた。

「ココネ...」

一粒の涙と共にアルファがココネに手をさしのべる。


そして全ての視界が暗闇に沈み、はじけた雫が白く輝く。










「隊長! 隊長?」

薄く眼を開けると見知った顔が心配そうにのぞき込んでいた。

「どうかしたんですか? 隊長が居眠りなんて...」

見ていた夢と目の前の現実が暫く共存する。

「隊長?」

大丈夫よ。 ちょっと昔のこと思いだしてただけ。
...これが最後のオペレーションだから。」


数年前、夕凪の時代の終了を宣言した世界は、種の保存を念頭に置いた大規模な
移民の準備を始めた。 そして、月やいくつかのラグランジュ点に忘れられた 海風の
時代の遺産(大型航宙戦艦)を転用した移民船の艤装が始まった矢先のことである。
超長楕円軌道をもつ太陽系第十惑星 雷王星と共にやって来た宇宙生物との交戦
状態に突入したのだ。 強力な遺産の運用により当初は優勢だった地球側も宇宙生
物の物量に押されるようなる。そこで、元々そっち方面の能力の高い Aタイプたちが
召集され、特務部隊が編成された。 彼女らはめざましい戦果をあげる。 しかし、長
引く戦闘に両陣営の消耗も激しく、宇宙生物側はついに雷王星の軌道を変えた。


そして、地球に接近する第十惑星を撃破すべく、今、ココネを筆頭とするトップガンナー
たちが出撃しようとしているのだ。


「そうですね、これが成功すればこの戦争も終わりですよね。」

「ええ。」

「ま、失敗しても終わりそうだけど。」

お気楽に あははと笑う、ココネより小柄な少女である。

「陽子ちゃんたら、もう。」

つられて笑いを禁じ得ないココネだが、ふいに見ていた夢を思い出す。


「さっき、夢を見てたわ。」

「夢ですか?」

「そう、昔の夢。 あれ? 未来かな?」

「? どっちなんです?」

う〜ん、未来の夢を見てた昔の頃の夢、ね。
そこでは何だか大佐って呼ばれてたけど。」

「ヤですよ、死んで二階級特進なんて!」(この時、ココネは少佐)

「それは私も嫌ね。」(苦笑

「でも、このオペレーションをこなせば そのくらい上げてくれるかも。」

「なに言ってるの、これが終われば階級とか関係ない普通の暮らしに戻るのよ?」

「あ、そうか。」

また笑みを見せる。


「ねぇ、陽子ちゃんはどうなったら死んじゃってもいい、とか思えると思う?」

「は?」

「私たちはヒトの何倍も長く生きられるけど、満足して死んでいった人っているのかなって。」

そうですねぇ...
この戦争ではいないと思いますよ。」

「それはそうでしょうね。」(苦笑

少なくとも あたしはまだまだ死にたくありません。
やりたいこといっぱいあるし。」

うん。 そうよね、私もそう。
だから、」

その時、艦内放送がかかった。

オペレーション "UNBREAKABLE"、
要員は直ちに所定のブリーフィングルームへ集合してください。 繰り返します−』

「さ、行くわよ。」

「はい!」





20時間後、作戦宙域は雷王星まであと一歩に迫っていた。

だが、この作戦に間にあった戦艦、巡洋艦もほとんどが沈み、
護衛の艦載機も、最後の一群に突入しようとするココネの隊を守れるかギリギリだろう。


「させない!!」




わずかに突破できたココネの隊も満身創痍であった。
まともに航行できるのはココネと陽子の機だけだ。
各機の状態をチェックし作戦続行不能と判断した機には離脱を命じた。
同時に自分の機が D兵器を失っていることに驚愕する。
陽子機をかばったときの被弾により破壊されていたのだ。
その陽子機もハッチが作動せず、D兵器を射出できなかった。


雷王星は目の前である。

可能性のある手はひとつしかない。

しかし、同時に失うものがココネを逡巡させた。


ところが その当人の明るい声がモニターから流れる。

「じゃぁちょっと行ってきます。」

「陽子!?」


お調子者だが腕は確かだった。

ココネの右腕とも言うべき存在でもあった。


「...私も一緒に行くわ。」

「ダメです!」


帰還できる確率が極めて低いことはわかっていた。

それでも即答する陽子に少し驚く。


「ダメですよ、隊長。」

バイザー越しの顔は泣いてるような、笑ってるような表情を見せていた。


昨日はあんなこと言ったけど、今ならわかります。
今、地球を救えるのが自分しかいないなら、それをするのは満足できることです。」


「陽子ちゃん...」


「それに、この D兵器の Dは Dimensionの Dだって聞きました。」

惑星単位の質量をどうこうできる兵器はひとつしかなかった。

「博士の話じゃ時間と空間を超えるそうですよ。」


「.....」


「またどこかで逢えるかも。」

笑顔でそう言う。


だから隊長、ひとりで行かせてください。
隊長が待っててくれることがイチバン嬉しいんですから!」


D兵器の発動予定ポイントが近づいていた。


もはやココネも、自分も行くというのがわがままと理解した。

機体を減速させ、できるだけ涙を見せないように見送る。

「待ってるわ、陽子ちゃん...」


モニターの中で陽子が親指を立ててみせた。





雷王星 地表から 120km、モニターの陽子の笑顔がノイズに変わる。

そして陽子の機を中心に黒い闇が急速に広がり、
惑星が次元の向こう側に落ちていった。


「陽子ぉぉ!」










『陽子ぉぉ!』

シーツを跳ね飛ばしてバッと起きる。


今がいつなのか少し混乱する。

室内の装飾があれから 10年経っていることを告げていた。


今日は先日 発見されたアルファさんの処遇をどうするか決めなければならない。


頬に涙のつたった跡があった。

陽子はまだ帰ってきていない。

- SCENE.004




















- LAST SCENE

リーンゴーン

厳かな鐘の音が Aタイプ達の合同葬儀場に響き渡っていた。
 ひつぎ
白い記念塔の地下へと 縁の者に支えられた柩がいくつも納められていく。


リーンゴーン


少しして その列とは反対の側から黒いワンピースに身を包んだココネが出てくる。

お別れを済ませてきたのだろう、泣かないつもりでいたが その目はいくらか赤かった。

そして塔のてっぺんを見上げて もう一度 心に描く。

アルファさん、またいつか逢いましょう。
お話ししたいことが たっくさんあるんです。

いつになるかはわかりませんけど。

それまで...さよならです!』


そびえる白亜の塔は、雲ひとつない きれいな青空の中で静かに輝いていた。

ここに集う全ての者の心を映して。


リーンゴーン

- LAST SCENE




















- CURTAIN CALL

「君がいなくなると ここも寂しくなるよ、ココネ君。」

「はっ。」

ガーランド総督の執務室にココネが退官の挨拶に来ていた。

「君を慕う者も多い、いつでも戻ってきてくれたまえ。」

「は、はぁ。」
 ことぶき
「総督、ココネ君は寿退官なんですから、戻ってこい、はその、」

副官が小声でいさめる。

「おお、そうだったな、すまんすまん。」

ココネもちょっと頬を染める。


「それで、これからどうするんだね?」

「はい、移民船に乗ろうと思います。」

「ほう! あれに乗るのか!」

エリダヌス座イプシロン星をめざす恒星間ジェネレーションシップである。

月で博物館になっていた 1世紀も前の鳥のような船を改装したものだ。
 ほし
航行期間およそ 150年、この地球に戻ることは予定されていない。

「それはますます寂しくなるな。」
 かお
しかしココネの幸せそうな表情に総督もそれ以上は言わない。

「!? しかし、あれに乗るには確か条件が?」

何かを思いだした副官がふと呟く。

総督も『そういえば?』という顔でココネの顔を見る。

「はい。 先週 処置を受けました。」

そう言うココネには何か決意が見て取れた。

「...そうか、おおそうか、そうか、そうか。」

その意味するところを理解した総督はやたらと嬉しそうにそう繰り返す。

目を細めて、まるで孫を前にした ただのおじいさんのように。


そうか、そうか。

うむ。 では元気で。
航海の無事を祈っているよ。」

「はっ ありがとうございました!」

総督と副官にそれぞれ敬礼をしてココネが退室する。


「総督? 彼女の受けた処置とは例のあれでしょう?」

「だろうな。」

「すると彼女はもう...」

ココネ君の選んだ道じゃ。
わしは嬉しいよ。」

「ですね。」

そう言ってココネの出ていったドアを愛おしげに見つめる総督達だった。





半年後。

移民船の出航。

搭乗のためのシャトルからは Aタイプの塔がよく見えた。

まるで見送ってくれているように。





そして...










「ねぇ、おかあさん、この子の名前ね、」

大きな おなかに手を当てながら娘が言う。

「女の子なら 陽子 にしようと思うの。」

思わず淹れかけていたお茶をこぼすところだった。

驚きを隠せずに娘の顔をまじまじと見る。

「...お前に陽子の話をしたかしらね?」

「ううん? 誰?」

「いえ、うん、いいのよ。」

「なあに? もう物忘れするトシ?」

「なに言ってるの!」

「あ、でもシワが増えたような?」

ま。
お前もあと二十年もすればこうなるのよ。」

んふふ。 いいわよ。
若い頃はわかんなかったけど、この子ができてよくわかるもの。
おかあさんが選んだ永遠の意味。」

そう言われて頬を染めてしまう。

「よくそんな恥ずかしいこと真顔で言えるわねぇ。」

「だって、おかあさんの子だもーん。」

「この子ったら、もう。」


船の旅路が終わるのは陽子の更に孫の代だろうか。

でもその頃にも この心のカケラが受け継がれていることを
確かに思い 嬉しくなる母であった。

- CURTAIN CALL





- FIN -