1年ほど前に初めて会ったとき、「世界が100人の村だったら・・というメールが来たことありませんでしたか?それを転送して下さいというんですが」ときかれて、ぼくはFAXでもらったからこちらもFAXで転送した・・・というような話になった。「私は伝承文学のことを研究していて、その伝わり方に興味があったので、100人の村のことを本にするんです。印税をペシャワール会に寄付しようと思っているから、福岡に行ったときにペシャワール会の本部に寄って、もしかすると何百万円か寄付するかもしれないといったけれど、本気にしてくれなかった」と池田さんは笑い話のように言っていた。でも、マガジ
ンハウスが六本木に大きな看板を出すというので、きっとミリオンセラーになるだろうとぼくは思った。空襲を受け、原爆を落とされた日本人にとってみれば、アフガニスタンに対するアメリカの襲撃は、どうみても弱いものいじめじゃないかと、直感的に感じ取ったにちがいないからだ。
すでに数年前、彼女は「ソフィーの世界」の翻訳で大ミリオンセラーを経験していたから、多少のヒットで動揺することもなかったのだろうが、本当にミリオンセラーになっても迷うことなく寄付をし、「100人村基金」というのを作り、みずから積極的に活動している。彼女たちのつくる女学校は年間70万円の予算で200人もの生徒が勉強できるのだというから、授業中に生徒が携帯電話で話しているような日本の学校をひとつなくせば、アフガニスタンに何百もの学校ができるというわけだ。
アフガニスタンの学校への協力を募るメールをもらう前に、こちらからチョムスキーの映画のことをメールで知らせた時の返事にパレスティナの様子が、こう書かれていた。
・・・・・私はあれから、パキスタンにアフガン難民の女子中学をつくるやら(年間予算70万円で200人の女の子を教育できるのです。詳しくはお会いして)、日本国内に拘束されているアフガン難民の支援に走るやらで、人生が変わってしまいました。
まあ、たいしたことはやっていなくて、そういうことをやっておられる方々の、マスメディアや政治家への伝声管の役割が主ですが、誰かのために自分を利用できるときには利用してしまえ、こんなラッキーなことはない、と思っています。
こないだFoEというきわめて戦闘的なNGOを通じて、パレスティナに個人住宅用給水タンクを100基送りました。
100人村基金(総額3480万円)にちなんで100基。といっても、1基6000円です。
ふだんからイスラエル人居住区にはたっぷりと給水されるのに(畑に撒く分も。
だから果物が輸出できる)、パレスティナ人居住区にはさっぱり。
生活用水も不十分。
それで、ちょろちょろとでも水が出るときにタンクに貯めておく。
それが彼らの命綱です。
ところが、イスラエル軍は、通りすがりにまるでゲームのようにタンクを撃っていくのだそうです。
それが悔しい、というので、FoEはタンクが壊された端からつけかえるアクションを起こしました。
これは、アメリカ人とイスラエル人とパレスティナ人の組織で、アメリカ人が一番多く、ヨーロッパやアジアにもブランチがあります。
まずアメリカから6000基のタンクが行ったそうです。
現地から電話で、「タンクに100人村基金@日本、と文字を入れたい、英語でなんて書こう?」と言ってきました。
私は、「文字など書いたらよけいなお金がかかる、文字などなくても水は出るのでは?」と言いました。
そうではないのだそうです。
文字を書くのは数十円。
そして、パレスティナの人びとに大切なのは、世界が見守っている、というメッセージなのだそうです。
それがパレスティナ人の勇気になると。
勇気とは、99,9999…%にとっては、自爆テロなんかすることではない。
どんなひどい目にあっても、ユーモアをもってふつうの暮らしをすることだそうです。
お母さんたちにとっては、「宿題やったの?」と子どもたちを追い回すことが、勇気。
現地に行って来た人たちは、みなそう言います。
住宅街のどまんなかを戦車が通ったために半壊した家で、コーヒーテーブルを囲み、よそ者を見ると、「飲んでいかないか?」と陽気に声をかけてくれるのだそうです。
書いていても涙がにじみます。
すごいですよねえ!
そのコーヒーのために、タンクを送りました。
その勇気のために、文字を書いてもらいました。
Japanは、ニホンコクではなくて、日本地域のわたし・たち、の心です。・・・・・・>>
*******学校の支援を募るメールは、下記の内容だった。******
もうすぐ911が巡ってきます。
みなさまにはどんな1年でしたでしょうか。
わたしは、無我夢中で作った絵本『世界がもし100人の村だったら』が思わぬ反響をいただき、人生の一部がすっかり変わってしまいました。
まず、印税で「100人村基金」を立ち上げ、今までにおよそ1,900万円あまりの緊急の寄付をさまざまなところに受け入れていただきました(寄付先一覧を添付しました)。
そして、アフガンからに限らず、難民は世界各地から日本にも逃げてきていること、なのにその多くが収容所に入れられ、自殺にまで追いつめられていることを知り、支援をしたり法律改正を求めておられる弁護士・市民のみなさんのお手伝いに加わりました。
さらに、『世界がもし100人の村だったらA』を作る過程で、世界の貧困問題を解く鍵のひとつは女子教育だ、ということに気づき、最良の現地協力者をえて、仲間と共にパキスタンにあるアフガニスタン難民キャンプに女子中学校を作るお手伝いをすることになりました。
以下は、私がメンバーになっているCHANCE!というMLに投稿した告知です。緊急の「配る支援」から、息の長い「育つことの支援」へ。「アルイルム女学院」とは長いおつきあいになりそうです。
【転送大歓迎】
7月15日、CHANCE!のふたごのMLに、以下のように告知したアルイルム女学院の初めての新学期が始まりました!
http://www.freeml.com/message/chance-action@freeml.com/0002347
http://www.freeml.com/message/chance-forum@freeml.com/0006782
アルイルム女学院が初めての始業式をむかえたとの知らせが、9月7日、現地のゼヤーさん(JIT*パキスタン・スタッフ)からハールーンさん(JIT)経由で、ジャミーラ高橋さん(JITアルイルム女学院担当)に入りました。
*JIT=ジャパン・イスラミック・トラスト。大塚モスクの管理運営組織。
6月19日、シャムシャット・オールドキャンプに女子中学を作ろう、と決めてからわずか2カ月半。
この急展開からは、現地のみなさまの期待の大きさが伝わってくるように思います。
8月4日に開校、とお知らせしましたが、考えてみれば、パキスタンでは7、8月は夏休みです。
この日から教室に生徒があふれるということではありませんでした。
モスクの回廊が学校になっている例などを考えると、いわば「ここを学校にする」と決めたときが「開校」なのでしょう。アルイルム女学院の場合は、8月4日、廃屋にペンキをひと刷毛塗ったときが「開校」だったのでした。
その後、校舎の整備と並んで、200名定員で生徒を募集したところ、最終的に、250名以上の入学希望者が殺到。
なんともおおらかなことに、全員を受け入れたようです。当初は、全校1学年でスタートする計画でしたが、簡単なテストと面接をし、生徒たちの学力に応じて、いくつかの学年に分けられたようです。
くわしいことや写真などは、ゼヤーさんの手紙を待っているところですが、わたしたちはこれからもこのようなすてきな臨機応変さに、うれしく「ほんろう」されていくことでしょう。
すべてはみなさまのご支援のおかげです。
ありがとうございます。
見守る会は8月15日に第1回の送金をしました(30万円、送金手数料8,000円*)。
アルイルム女学院基金の現在高は450,973円です。
これからも、ご支援よろしくお願いいたします。
*手違いがあり、割高になってしまいました。申し訳ありません。これからは少しでも安い送金方法を考えます。
銀行にお振り込みくださったみなさま、もしもこれをご覧になりましたら、メールいただければ幸いです。今後、メールマガジンの発行などを考えております。
この記事は、ご寄付いただいたみなさまのリストと共に、MATSUDA SACHIYOさんの「大塚モスク アフガニスタンへ衣料を贈ろう! オフィシャルサポートサイト」にも載せていただきました。
http://www.eeeweb.com/~backup/
<振込先>
アルイルム女学院基金
東京三菱銀行 西荻窪支店 普通 0948977
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主催: JAPAN ISLAMIC TRUST
担当:ジャミーラ高橋
03−3332−1265
jamila@gray.plala.or.jp
協力:アルイルム女学院を見守る会
池田香代子・いしぐろあつこ・
なかのゆか
03−5938−6251
hon-yaku@abox4.so-net.ne.jp