SHELTER


 この本を買ってから何年くらいになるんだろうかと思って奥付をみると、copyright1973、2年間で資料を集め5ヶ月で編集したとある。表紙のデザインも内容の構成からも、一目で「ホール・アース・カタログ」の血筋であることがわかるが、たしかに、巻末のクレジットに11人の編集者の名前などの他に、「ホール・アース・カタログ」の続編「ホール・アース・エピローグ」の予告と編集への参加の呼びかけが、Stuart Brant(注)らの名で書かれている。この本に取り上げた「shelter」は地域を選ばず世界中におよび、昆虫の巣や石器時代の竪穴式住居もバックミンスター・フラーのドームも、シェルターという枠でくくって、どんな構造なのかを伝え論じている。

 じっくり読んでみる気になったのは、翻訳の監修をしてくれないかと依頼されたからで、はずかしいことに、これまでの長い間、写真や図をながめたりパラパラと文を読んだりはした程度だから、本を読んだとはちょっと言えない。翻訳の原稿を読み、ところによっては原文を読み比べてみてこの本に潜む力のほどがわかって来た。ここにはシェルターそのものだけでなく、この本をつくったアメリカという生き方がよく見える。

 たとえばアドビーについて、といってももちろんPhotoshopをつくっているアドビーではなくて日干し煉瓦のことだが、土の選び方に始まって、レンガを乾燥させるときの積み重ね方や壁の積みかたにいたるまでがイラスト入りで書いてある。大部分の日本人にとっては、建築材料から自分たちで作ろうという発想はない。あるいは 、チュニジア民家のドームの屋根をレンガ職人がひとりで積んでいる写真がある。彼は手首に紐の端を結びつけ、もう一方の端をドームを構成する球の中心に固定してある。すると、紐をピンと張るようにして手を動かせば、自然に手は球面上を動くことになる。だから螺旋を描くようにしてレンガを重ねてゆけばドームができてしまうんだという素朴なやり方に、なるほどと感心する。また、丸太から手斧はつりで角材をつくるのに、プロの職人は丸太の上に乗り自分の足元にむかって左側に斧を振り下ろすのだが、これはやはり危険だから私は丸太の前に立って、向こう側に45°の角度の面をつくるようにして手斧はつりをやるんだ、というようなことが図解入りで書いてある。あくまで具体的、体験的、それゆえ根源的にシェルターを考えている。

 日本人にとっては、大工仕事というのは職人の高度な技として受け継がれてきたものだから、素人からは遠く離れた彼方にあるけれど、アメリカという文化にとってはそうじゃないんだということを実感させる。この本のタイトルがHOUSEでなくSHELTERであることもそうした明瞭な意志の表れであって、住宅というものは、まず雨露をしのぎ外敵を防ぐという機能を自分たちでつくることからはじまるのだと彼らは考えているらしい。その同じ文化の上に、社会は自分たちでつくるのだという考えが載っている。だから、陪審員制度のもとに素人が裁判に参加するなどということになるし、まちを自分たちでつくるという意識もつよくなるのだろう。同じ理由から、自分のいのちは自分で護ると言って、あくまでも銃を持つ権利を手放さないことにもなるのだろうけれど。

 使われている資料の多さと広さやレイアウトのしかたを見れば、インターネットという概念はこのような情報の形式の延長線上に自然につくられてきたのだということが分かる。世界中の情報を、多くの人たち多くの場所から集められるということも英語という言語が支配的であるおかげだが、こういう本に安い価格を付けられるのも、英語で書かれているおかげですこぶる大きなマーケットが期待できるからだ。リサイクルや環境の保護という姿勢も、1973という時代に、すでにこの本のあちらこちらに表れている。

(注)Stuart BrantはHow Buildings Learnの著者でもある。

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