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「ダブルキャスト」ショートストーリー

止まった時間

作者・TOM
なんで、ここに来てしまったのだろう。

ここの噂、いや実際に起きた事は誰よりもよく知っているはずなのに…

そう、ちょうど5年前のあの時…



私は、今まさにバランスを失い屋上の手すりから落ちようとする彼女を確かに捕まえた。

助けたと思った。助けなければいけなかった。助けを求める彼女、

あの時彼女を助けられるのは自分だけだった。

しかし、彼女は私の手から離れていった。助けを求めながら、

そして助けられない私を嘲笑いながら…。私はただ呆然とするだけだった。



その時から、私の時間は止まったままだ。

「なぜあの時…」「どうしてのあの時…」その事ばかりが頭の中でぐるぐる回る。

そんな事を考えているうちにあの校舎へたどり着いた。

階段を上りおえると、忘れ様も無い風景が目の前に広がる。

夜空を見上げればあの時と同じ蒼い月が辺りをうっすらと照らしている。

さすがに照明こそ無いものの目が慣れればそれほど不自由はしない。

私は、ゆっくりと足を進めた。そして手すりから下を覗き込む

そう、まるで落とし物を探すかのように、恋人を探すかのように…

暗くてよく見えなかった、しかし私はどうしても探し出さなければいけなかった。

それを見つけなければきっと私の時間は動き出さないだろう。

気がつくと私の体は手すりを乗り越え校舎の縁に立っていた。また下を覗く。

さっきよりもよく見える気がする。さっきよりも近づいた様な気がする。

もっと近づけば、何か見つかるかもしれない。

その時、風が私の背中を押した。いや風ではなく自分自身の思いが、彼女の思いが

背中を押したのかもしれない。



安らぎが僕の心の中に満ちてくる。

「ずいぶんと待たせたね」私はそういった

彼女は5年前と同じ顔で笑っていた。いや、彼女は5年間の一人ぼっちの悲しみと

5年間の私への思いを込め微笑んでいた。

私は空を飛びながらも不思議と恐怖を感じなかった。

それはやっと逢えた彼女への思いがそうさせたのだろう。

私は静かに瞳を閉じる…

私を5年前のあの時に運ぶ…

あの悲しくも激しく愛したあの瞬間に…

そして時間は動き出した。










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