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「季節を抱きしめて」ショートストーリー

(無題)
作者・主人公
悲恋桜、僕の通う大学の校内に立つ何かと曰く付きの桜の木である。

怨霊とか恋人が別れるとか、何でそのように言われるかは調べたことがないから分からないが。

しかしそのようなジンクスは僕は信じたくない。

普段は気にもしないたわいのない話だが、僕は一度経験したことがある。

高校の時好きだった娘を永遠に失った苦い経験。

もちろんその時のことがこの桜に関係しているとは思っていない、

しかしもしあのときあの娘とこの桜の木の下で会う約束をしていなかったらと、

時たま思うことがある。




麻由、あの娘とうりふたつで同じ名前の女の子。

記憶を失い僕と一緒にその記憶を探している女の子。

彼女と出会い三日め、昨日から家にとめている。

正直に言うと今彼女のことばかり考えている状況だ。

彼女があの娘にそっくりといったところが僕をその気にさせるのかもしれない、

実際あの娘と同棲しているような気分だ。

憧れだった時間、あきらめざる終えなかった願い。

もちろん麻由はあの娘ではない、麻由は麻由として接しなければならない。

その麻由とであったのもあの悲恋桜。

僕は信じない、この桜のジンクスなど信じない。

麻由が僕の前からいなくなるなんてあり得ない。

そう信じたい。




午後、麻由と駅前で待ち合わせ、彼女と合流して今日は市内の女子校を訪ね歩いた。

途中お巡りさんに痴漢と勘違いされたこともあったがそれ以外はそれと言って問題なく事がすんだ。

結局この日に得た事は麻由が市内の学校の学生ではないと言ったことだけ。

僕はほっとしていた。

麻由が記憶を戻したとき僕たちの関係はどうなるのだろうか、

麻由は僕のことを覚えていてくれるだろうか。

もし覚えていたとしても当然彼女は実家に帰らなければならない、

今までのように一緒にいられなくなる。

麻由にも彼女の家族にも悪いと思ってはいるが

このまま麻由の記憶が戻らないことを僕は密かに望んでいた。

麻由、まゆ、麻由、まゆ、・・・・・・・・・・・・・

麻由とあの娘とのことが交差するかのように僕の頭を駆けめぐる。

僕はひどい男だ。

親切面して麻由に接してはいるが、僕は何一つ彼女の立場で今の状況を考えていない。

彼女の今の心理状況、自分のことが何も分からない不安、

彼女の立場で考えれば記憶を戻し彼女を元の生活に戻すことが今一番しなければならない事なのに。

本当なら早くにも警察に届けるべきなんだ。

心のどこかで麻由をあの娘と置き換えてみている、

彼女が喜ぶとあの娘が喜んでいるようで気持ちがいい、

もっと彼女の笑顔が見たくていろいろとやってしまう。

ただのエゴにすぎない、僕はそんなにいいやつじゃない。

僕は僕がやりたかったことをただやっているだけ。

僕は甘えているびすぎない、麻由の優しさや明るさに。




夜、僕と麻由はベットに寄りかかり窓の向こう側の桜を見ていた。

花見会場で麻由の代わりに酔っぱらいに殴られたところがまだ痛むが、

その痛みも今はなぜか心地いい。

麻由は僕に寄りかかっている。

「ごめんなさい、私の代わりに・・・・・・・・・・・。」

申し訳なさそうに彼女はささやく。

彼女は先ほどの自分がとった行動が気になってしょうがない様子だった。

花見をしていた酔っぱらいが桜の枝を折っているところをものすごい勢いで止めに入ったのだ。

確かにあのときの彼女の行動は少し大げさなものがあったかもしれない。

しかし彼女のしたことは決して間違ったことではないはずだ。

「大丈夫何かのきっかけで記憶が戻ることがあるよ・・・・・・・・・

そしたら何も心配することはなくなるよ。」

不安な顔をしていた彼女を慰めるかのように僕は心にもないことを口にした。

「ありがとう・・・・・・・・・・・一緒にいてくれて嬉しい・・・・・・・・・。」

彼女のこの一言で僕は嫌悪感におそわれた、自分勝手な自分自身に。

麻由には幸せになってもらいたい、その気持ちに嘘はない。

しかし彼女を失う事はおきてほしくない。

しかし僕の心をどうしようもない不安がおそっていくる。

近いうちに麻由は僕の前から姿を消すだろう、そんな気になってならない。

自分のことしか考えない僕に対する天罰か、それともあの悲恋桜の呪いのせいなのか・・・・・・。

信じてたまるか、・・・・・・・・・・・・もう好きな娘を失ってたまるか・・・・・。

麻由が僕の手を握る。

柔らかく暖かい感触、僕の不安を追い払ってくれるような安心感を与えてくれる。

僕は彼女の手を握り返しながら今このひとときを大事にしようと思った。

静かで暗い部屋で風で揺れる桜の枝の音を聞きながら、僕らはそのまま眠りについた。




そして恐れていたことが起こった。

トモコと麻由の鉢合わせ、トモコから僕がした事を聞きショックを受けたのか、

麻由が雨の中アパートから飛び出したのだ。

僕も後を追った。

トモコが僕をとめようとしたが、振り切るかのように僕はトモコの元から離れていった。

トモコのことをものすごく傷つけただろう、

しかしこのときの僕は少しも彼女のことを気にもとめなかった。

麻由、麻由、麻由、麻由、麻由、麻由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

僕は走った、とにかく走った。

麻由が僕から離れていく、僕の前から去っていく。

麻由を探した、右か、左か。

麻由、麻由、麻由、麻由・・・・・・・・・・・・・・・・・・

麻由が僕の前にいない、目の前にいない・・・・・・・・・・・・・・・

怖い、怖くてたまらない、どこだ・・・・・・・・・どこにいたんだ。




!!。

麻由!!・・・・・・。

麻由がいた・・・・・・僕の目の前に・・・・・雨の中を逃げるようにただひたすらに走っていた。

「麻由ーーーーーーーーー。」

僕はがむしゃらに走った、麻由に向かってともかく走った。

端から見れば滑稽だったかも知らない。

もう、あの娘とか記憶とかどうでもよかった。

記憶が戻るなら戻ってもいい、死んだ人間のことも、僕のことも忘れるなら忘れても・・・・・・・

しかし麻由だけは麻由だけは失いたくなかった。

麻由は麻由だ、どうなろうとも麻由は麻由だ。




転んで立ち上がろうとする彼女を捕まえ、塀に押しつけた。

「話聞いてくれるよね?」

僕たちは見つめ合った。

麻由も抵抗しようとしない。

僕は麻由にぶちまけた、自分の素直な気持ちを全て麻由にぶちまけた。

とにかく必死だった。

「ほんとに・・・・・・・・・・?」

麻由も僕のことを信じてくれたのか、その表情に警戒したようなかげは感じられなかった。

しばらくして互いの唇を重ね合わせた。

ファーストキスにも関わらず緊張はしなかった。

ただ唇の感触を感じながら僕の心はやすらいでいた。




「う・・・・・ああ・・・・・。」

麻由がいきなり頭を抱え始めた。

「どうしたんだ・・・・・麻由。」

麻由は僕に抱きつき話し始めた。

「どうして・・・・・どうしたその花びらを持ってるの・・・・・・・。」

花びら・・・・・・そう言えば二日前に悲恋桜の根本で光る桜の花びらを拾ったが、そのことか?

「せっかく捨てたのに、・・・・・・・・あなたのそばにいたくて・・・・捨てたのに・・・・・・」

何のことだ・・・・・麻由は何を言っているんだ。

麻由は泣いていた、僕に向けられたその顔には涙が流れていた。

「記憶が戻ったの・・・・・・・・・・・・・私の記憶が・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「私・・・・・・麻由、あのとき・・・・・・悲恋桜であなたと別れた後事故で死んだ・・・・・。」

!!。

僕は何もいえなかった、死んだはずの人間が今僕の目の前にいる。

そんなことがあるのか?

麻由の話によると彼女は死後、悲恋桜の精霊になったという。

それから一年近く精霊として悲恋桜の元で僕のことを見ていてくれていたらしい。

しかし僕と会いたがっていた彼女はこの世に実体化するために、

精霊としての記憶を桜の花びらに閉じこめ記憶を捨てたらしいのだ。

記憶を捨てたのは一か八かの賭だったらしい、

記憶がなくなれば悲恋桜の呪縛から解放されると言うのだ。

「しかし私、記憶を戻してしまった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もうあなたの側にいられない・・・・。」

そう言う麻由の姿が透けて見えてくる。

「私、ずっとあなたの側にいたかった・・・・・・・・・・。」

麻由!!。

麻由は消えていった。

僕の目の前から。




あれから二週間たった。

あの日から僕は悲恋桜に毎日足を運んでいる。

悲恋桜、麻由がいる場所。

しかし麻由の姿は見えない、声も聞こえない、そこにあるのは大きな桜の木だけだ。

この桜の元で出会った恋人は必ず分かれる、

こんなジンクス信じていないつもりだった、そのつもりだった。

しかし高校の時麻由としに分かれたとき、僕は心の奥でこのジンクスを信じていたのだろう。

信じていないつもりでいただけだったんだ。

そんなジンクスただのインチキだったのに。

あの後、僕は大学の図書館で悲恋桜のことを調べたがこのジンクスの事はどこにも載っていなかった。

誰かが言い出したどうしようもない噂、そんなものを僕は信じていたんだ。

「ごめんな、お前のこと不吉な桜の木だなんて信じちまって。」

麻由が記憶を戻したのも、僕があの光る花びらを手にしたのも

全てそのことを信じていたことがいけなかったのかもしれない。

人の気持ちは多く集まると、その気持ち道理に物事に影響するって何かの本で読んだことがある。

今更、こんな事思ってもしょうがないことだけど・・・・・。




ん?

この場から去ろうとしたとき、背中から暖かいものが感じた。

言葉にしようがないほどの、何か懐かしい暖かさ。

悲恋桜!?

後ろを向いてもそこには悲恋桜しかなかった。

しかしあの感じはいったい。




夕方、日も落ち辺りが暗くなり始めた頃僕はアパートに到着した。

!!。

部屋の明かりがついている、僕は階段を上り玄関の前で立ち止まった。

鍵が開いてる、まさか泥棒?

僕はドアに耳をつけると何か音が聞こえた。

「まな板をたたく音!?」

まさかトモコ?

そう思いながらドアを開け部屋に入った、みそ汁のいい香りがする。

台所の方に目をやるとそこに信じられない人が立っていた。

「麻由!!」

麻由だ、そこに麻由がったていた。

「あっ、お帰りなさい。」

何事もなかったかのように接しってくる彼女、僕は靴のまま部屋にあがり彼女を抱き寄せた。

「どっどうしたんですか・・・・・・・・・・・・・。」

何がなんだか分からないと言ったようにただ僕の胸の中で麻由は赤くなっていた。

どうやらこの前のことは記憶にないようだ、それどころか自分が何者なのかも忘れているらしい。

再び記憶をなくすことで僕の元に戻ってきたのか。

しかしそんな事を再度実行できるわけが無い。

もしできたとしても僕のことも忘れているはず。

悲恋桜!?

まさかあの桜が再び僕たちを引き合わせてくれたのだろうか、そんなことは分からない。

今はこの奇跡みたいな再会を素直に喜ぼうと思う。




あれから一年、僕は悲恋桜に関するサークルを作り活動している。

つまらないジンクスで振り回されさんざんな目にあったことだし、

これを機に悲恋桜のことを調べ大学に公表しようと思ったのだ。

麻由は今も記憶を戻していない状況だ。

たぶんもう戻ることはないだろう。

それが彼女が望んでいたことなのだから。





















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