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「ダブルキャスト」ショートストーリー

回り道

作者・TOM
夕焼けで真っ赤に染まった駅のホームで眩しさから目を背けようともしない一人の少女が

立っていた。

ちょっと注意深い人なら彼女のもつ並々ならぬ決意を秘めた瞳に気づく事であろう。

何の注意力も持たない軟派な男達でも彼女の持つ尋常で無い気迫に押され近づく

ことも出来ない。

少女の名前は「美月」。




きっと彼は分かってくれる。きっと彼はここには現れない。

なぜって?、信じているからよ、彼を。

それに今、会ってしまったら自分の覚悟が揺らいでしまいそう。

彼に抱かれすべてを忘れる事ができれば・・・

でも、それじゃあダメ!!。それじゃあ何も変わらないの!!。

そう、これから歩む第一歩は彼に繋がっている。この道を歩けば必ず彼に会える。

ちょっと彼とは離れるけれども、もっと彼に近づくにはこうするしか無いのよね。

これから進む道の彼方には、彼が私を待っている。私も彼を待っている。

この事を忘れない限り、私は絶対に戻ってくる。




暑い・・・なんでこんなに暑いんだ?第一なんで夏は暑いんだ?

涼しくても良いじゃないか・・・。

段々いらついてくる心もマンションのドアまで来ればあっという間にご機嫌になる。

そう、ドアを開ければそこにはガンガンにエアコンの効いた部屋とキンキンに冷やされたビール、そしてなにより美月が・・・。

ドアを開けるといつも聞き慣れた美月の僕を出迎える声が聞こえない。いつもなら

「ただいまー」

の声を掛ける前に

「おっかえりー!!」

という元気の良い声が飛んで来るのだが・・・?

それどころか生暖かい空気のお出迎えと来たもんだ。

「どっかに買い物に行ってんのかな?」靴を脱ぎ居間へと続くドアを開け、

一刻も早くこの暑さから逃れるためエアコンのスイッチを入れる。

エアコンからも、やはりまだ生暖かい風が流れ出て来る。この分だと冷えるのにも時間がかかりそうだな。

そんなことを思いながら冷蔵庫に行き、目的の一つでもあった冷えたビールを探そうとする。

と、冷蔵庫のドアを開けた途端信じられない物を目にした。

そう確かに中にビールは入っていた。しかしその量が尋常ではなかった。

冷蔵庫は3段の棚に別れているのだがいつもなら下段に5,6本入っているのだか今は違う、

中段と下段がすべて缶ビールで占められていた。

ハム、チーズ、マーガリン、そういった物は全て上段に詰め込まれていた。

「なんだこりゃ?」

僕はそんなに飲まないぞ・・・美月も判っているはずなのに。

ふと脇に目をやるとそこにも箱に入ったままのビールがさらに2ケースほど置いてあった。

クエスチョンマークがばかりが頭の中に浮かぶ。




一本だけ手に取り椅子に座り二口ほど喉に流し込むと今日一日の疲れがため息とともに

吐き出される。

と、はじめてそこでテーブルの上に置かれた封筒に気が付いた。妙な胸騒ぎを覚えながら手に取り便箋に目を通す。




「あなたをはじめ部員の人達、特に部長や佐久間さん、本当にごめんなさい。・・・・・・」

そんな書き出しで始まる手紙だった。

その頃になってやっと効いてきたエアコンが冷気を吹き出していたがそれよりも冷たいものが私の体を駆け巡った。

もう途中の文などどうでもよかった。

斜め読みしていくうちに決定的な一文にたどりついた。




「あたしは暫くあなたやみんなの元から離れ自分と向き合ってこようと思います。

あなたの元にいてはどうしても甘えてしまいきっと自分を取り戻すことは出来ないでしょう。

そうなってはまた今回のようなことが起きないとは限りません。どうか分かって下さい。

きっと自分を取り戻しまたあなたの元に帰ってきます。それまでほんの少しの間自分を一人にさせて下さい」。




それを見て私は美月を追い掛けたい気持ちにブレーキを掛けなければならなかった。

そう、自分も果たしてこのままで良いのだろうかと思ってはいた。

いつまたあの"美月"が自分の前に姿を現すか分からない、もう現れないとの保証もない。

そのとき自分は良い、自分一人ならどうなってもかまわない。でもほかの人達は。

それに美月が正気に戻ったときまた美月に負担を掛けてしまう。

自分の気持ちなら決まっている。すぐ美月を追い掛けて説得しマンションに連れ帰る。

そうする自信もある。しかし今の美月の気持ちになってみれば自分がいてはならないのだ。

自分がいてはかえって美月のやろうとしている事の邪魔にしかならないだろう。

そう、どこかでこの悪循環を断ち切らなければいけなかったんだ。

好きだからこそ今そばにいてはいけない。こんな事ドラマの中だけだと思っていた。

大丈夫、美月は必ずまたここに戻って来る!!手紙にもそう書いてあるじゃないか。

「大丈夫、きっと大丈夫さ。美月なら」。

そう自分に言い聞かせる様に、美月にも言い聞かせる様にそっとつぶやく。

ふと手元の便箋を見るともう一枚何か書いてあった。





"PS"
ビールは一日一本まで!!飲み過ぎ厳禁!!無くなるまでには戻ってきてるよ!!




少し崩した丸文字でこんなことが書いてあった。

それを見て初めて僕の顔に笑みが浮かんだ。

「まったく、食い物はどこに入れるんだよ」

一人にやけながらそんなことをつぶやく。




それから僕の美月抜きの生活が始まった。いや正確にはまた気ままな一人暮しにもどった

という感じだろうか。

帰国予定日を過ぎても戻らない叔父夫婦からはたった一本の電話だけだった。

「よう、久しぶり!!おまえどうしてた?」

どうしてた、だと?あまりに能天気な言葉にさすがに文句の一つも言いたくなる。

「どーしてただって?それはこっちのセリフだよ!!

どこにいるかもわかんないし!!いったい今どこでどうしているんだよ?」

「はっはっは、いやどうもすまんのう」

まったく誠意の感じられない謝罪を聞き流しながら次の言葉を待つ。

「いやー向こうでさ凄く良い風景見つけちゃってな、しばらく絵を描いてるから帰国はもうちょっと先になるよ、

これで次の個展も期待してくれ、まあよろしく頼むよ」

まったく何が期待してくれだ、何がよろしく頼むだよ、気ままな芸術家夫婦だな。

まあ、そんな気楽な人達だからこそ僕も肩を張らずにここで暮らして行けるのだが。

そんなことを思いながら帰国したら美月のことをどう説明したものかと悩んでいたので正直助かったとの思いもあった。

「ふーん、そう。こっちは脳みそが半熟になるくらい暑いよ。どーぞごゆっくり」

と、イヤミたっぷりの口調で話そうとするが、もうすでに相手は受話器を置いた後らしく発信音だけが耳にこだました。




まあそうしてつまらない日常を送ってもうだいぶ過ぎた。

缶ビールの残りも1ダースを切る頃になるとさすがにそわそわし始めてしまう。

いったい美月はいつ帰ってくるんだろう。

不思議と「帰ってこないのでは」などという不安は全く無かった。

それだけに美月の帰りが待ち遠しかった。

そう、今日にでも。いや今にでも美月があのドアのチャイムを鳴らし帰ってくるのでは

そう思う日が続き缶ビールの残りが残り5本を切る頃から

とうとう僕は大学にも出席せずマンションでずっと待ちつづけることにした。




そしてこれがいよいよ最後の一本。冷蔵庫から取り出してテーブルの上に置く。

妙な感動がそして恐れが僕の心に忍び寄って来た。

ちょっと前までは美月を信じて疑わなかった自分だがこうしてあらためて最後に残った一本の缶ビール。

そして表れなかった美月。この二つの真実が自分の上に覆いかぶさってくる。

ひょっとしたらまだ何処かにビールが置いてあるのでは?

かすかな希望を胸にそう広く無いマンションの中を歩き回り引っ掻き回す。当然だが何処にもビールは置いてなかった。

いっそのこと今日は飲むのを止めようか。そんな馬鹿な考えまで浮かんで来る。

どんなにあがいても明日はやって来るのに。「ずっとそうするつもりか?」と自問自答し苦笑する。

大丈夫、この一本を飲めば美月は帰って来るさ。いやこの最後の一本を飲まない限り美月は帰ってこないさ。

そんな自分勝手な結論をつけ周りに雫の付いた缶ビールを大事に飲み干す。

味など分からなかったが空になった缶を握り潰し玄関を見つめる。今日はもうここから動け無いだろう。





すっかり明るくなっている東の空で目が覚めた。眠るつもりなど無かったのに。

そんな事を寝ぼけた頭で考えながら右手で握りつぶしたままの缶ビールを見つめる。

ここでやっと自分の置かれている状況に気づき、慌てて周りを見渡す・・・

しかし美月はいなかった。自分の唾を飲む音がやけに大きく聞こえて来る。

とその時それに負けないくらい大きな音が自分の耳を打った。

「ピンポーン♪」

これを聞いた途端、寝起きにもかかわらず僕の体は電気仕掛けのようにすばやく反応し

インターフォンに出るのももどかしく玄関に向かってドタドタと足を進めていた。

「本当か?」

「帰ってきたのか?」

「美月ではなかったら・・・」

そんなことを考えながら今までで一番長く感じた廊下を早足で進む。

玄関の向こうにもその足音は聞こえたのだろう。こちらが声を掛ける前に向こうから

話し掛けてきた。

「こんにちはー、三河屋でーす」。

ちょっと低い女性の声だが、すぐに美月が声色を変えて遊んでいるのに気付いた。鍵など咋夜から掛けていなかった。

勢いよくドアを開けると、そこにはどれだけ待ち焦がれたか、美月がビールを片手に

微笑んでいた。

「三河屋でーす、ビールと待ち人をお届けに・・・」

僕は最後まで美月に喋らせずに、胸の中に包み込んだ。五感全てを使って美月を感じ取る

美月も力を抜き僕にもたれかかってくる。

「ちょっと遅刻だね、美月、おかえり」。

美月は顔を上げて悪戯っぽい笑顔を浮かべながら

「ちょっと、道を間違えてね・・・回り道をしていたらずいぶん遅くなっちゃった」







これからつくられていく、二人の映画。

脚本に書かれているのは題名だけ、中は真っ白なままだ。

いや美月のかわいらしい字で何か書きこみがしてある。

「大丈夫!!彼はアドリブの方が上手いから」。との事だ。

えっ題名?

もちろん・・・



「ダブルキャスト」



























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