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「季節を抱きしめて」ショートストーリー
〜春の夢〜
作:芥
あれから一年がすぎた・・・
麻由が消え、トモコが去ったあの春の雨の日から一年
あの日、泣いて僕を止めるトモコを見て、初めてトモコが自分のことをどれほどに
思っていてくれたかを感じた
本当に胸が痛くなるほどに・・・
それなのに、あの時僕は麻由を追うことを選んだ
どうしても、麻由をほうっておく事ができなかった
もし、麻由を見捨ててしまえば、これから先そのことを一生後悔するにはちがいな
かった
けれども、結局、麻由を見つけることはできず、部屋に戻ったときにはトモコの姿も
消えていた・・・
あれ以来僕はトモコと会っていない・・・会っていないと言うよりは話をしていない
というほうが正しいのかもしれない
偶然に顔を合わせたことは何度かあった
でもそんな時は、決まって、お互いに目を伏せ、うつむいたまま、その場をやり過ご
していた
「ああ・・・今年はもう悲恋桜が咲いたんだ・・・」
去年はほかの桜が咲いても、なお咲く気配すら見せなかった悲恋桜
それが今年はいまや満開になるかというほどだ。
「なんだか不思議な感じだな・・・」
今日も僕はこの悲恋桜へと続く道を通っている
去年はトモコと歩いたこの道を・・・
「あら、トモコの彼じゃない?」
振り返ってみるとそこにはトモコの友達がいた
「違うでしょメグミ、元彼でしょ?!」
少々ズキッときたが何とか顔にはださないように努める
「あ、どうも・・・珍しいですね、こんなところで会うなんて・・・」
「うん、私たちも不思議なんだけど、急に悲恋桜が見たくなって」
「へえ、そうなんだ。あれ、今日はトモコは?一緒じゃないんだ」
と、言いつつ、内心ほっとしていた。今、この状況にトモコがいたらきっと気まずく
なっていただろうし・・・
「あっ、それが、最近トモコ大学に来てなくて・・・」
「え?」
「うん、それで電話なんかも通じないし・・・」
「・・・え?!」
「なんかあったのかなって心配で。そっかあなたも知らないんだ」
「あの、それっていつ頃から・・・」
「いつ頃だっけ、ユウコ?本当に最近だよね?」
「そうね・・・そうだ、ちょうど悲恋桜が咲き始めた頃・・・」
気がつくと僕はバイクをとばしていた
言いようのない不安にかられていた
あの時の不安と同じ・・・そう、麻由がいなくなったあの時と・・・
いったいどれくらいの時間がたったのだろう
実際の時間はたいしたこと無いのだろうが、自分にはとてつもなく長い時間に思えた
「・・・・・・トモコ・・・・・・」
やっとトモコの家についた時のことも、よく覚えていない
気がついたときにはトモコの家のドアを叩いていた
「トモコ!トモコ!!開けてくれ?!トモコ?」
ほとんど叫ぶような声でトモコを呼びながら、力いっぱいにドアを叩く
ガチャ
鍵のあく音が聞こえた
そして次の瞬間ドアが開き、中から現れたのは・・・目を丸くして驚いているトモコ
の顔だった
「どうしたの、いったい・・・」
「あれ・・・トモコ・・・なんともない・・の・・・?」
「えっ、ええ私は別に元気だけど・・・ちょっと、それより君のほうこそ大丈夫なの
?」
「えっ?」
気がつくとその場に座り込んでいた、・・・どうやら腰が抜けてしまったらしい
「やっ、あの・・トモコの友達から、トモコが最近大学に来ないし、連絡もつかな
いって聞いて」
「そっか・・・それで心配してきてくれたんだ」
「まあ・・その・・・一応・・ね」
「・・・ありがとう」
「・・・・・・」
そういわれてから初めてトモコとは疎縁状態だったことを思い出した
安心したのと気恥ずかしさから思わず顔を伏せてしまった
僕はいったいどんな顔しているんだろう
トモコはいったいどんな顔で僕を見ているんだろう
でも僕には顔を上げることができなかった・・・トモコの目を見ることが・・・
しばらく沈黙が続いた後、不意にトモコが口を開いた
「・・・せっかくきてくれたんだし・・・お茶でも飲んでく?」
一年以上ぶりにトモコの家に入ったとき、なんだか妙に緊張してしまった
そういえば、初めてトモコの家に入ったときもこんな感じだった
でもあの頃はしかたが無いといえばしかたが無い、なにせ初めて異性の家にあがった
のだ
動揺するなというほうが無理がある、少なくとも僕にとってはだけど・・・
だけど・・・今は・・・
「はい、コーヒーはいったわよ・・・ん、どうしたのよ、そわそわしちゃって?」
「あ・・・いや、部屋の模様替えしたんだなって思って・・・」
なんとか動揺をさとられまいと、てきとうなことを言う
「ああ・・そうね。ずいぶん前のことなんだけど、君は知らないわよね・・・」
そうトモコが言った後お互い黙り込んでしまい、気まずい沈黙が続いた
しまった・・・なんとかしなきゃ・・・何か話題はないか、話題は・・・
「ああ、そうだ、」
「そういえば元気だったんなら、どうして大学に来てなかったの?」
トモコが無事だったんですっかりどうでもいいことになってたけど、これは聞いてお
かなくちゃ・・・
「それに電話も通じなかったっていうし・・・」
「それは・・・」
不意にトモコがうつむく
[・・・?」
いったいどうしたっていうんだろう?何かまずいことでも聞いてしまったのだろうか
?
トモコは下を向いたままいっこうに動こうとしない
けどその目からは明らかに戸惑いの色が感じられた
「・・・・・・」
「あのさ・・・、話したくないんだったら別に良いんだ」
「・・・・・・」
「そ、それじゃあそろそろ失礼するね、コーヒーご馳走さま」
そういって立ち上がろうとした瞬間・・・
「待って!」
トモコが僕を呼び止めた
「・・・夢を・・・見たの」
「夢?」
「そう、夢」
そう言いながらもトモコの顔は暗く沈んでいた
いや、今だけじゃない。今日のトモコは全体的におかしい
いつもの元気さが無い
いくら久しぶりとはいえ・・・これはただ事とは思えない
「・・・どんな夢?」
「・・・あの子が出てきた夢・・・悲恋桜の下で・・・あの子が出てきた夢・・・」
「?!」
外は先程までの夕焼けが嘘のように黒い雲がたち込めてきていた
今にも雨が降りそうなほどに・・・
−−−以下トモコの見た夢−−−
トモコがふと目を覚ますと(夢の中での話でだけど)そこは満開に咲いた悲恋桜の下
だった
「あら?あたしなんでこんなところに・・・?」
「ここは・・・悲恋桜?でも、昨日まで花なんか咲いてなかったわよね・・・」
そう、ぼんやりとつぶやきながら悲恋桜を見上げていると、不意にまばゆい光がふり
そそいだ
「キャッ?!」
あまりの眩しさに目を覆い隠そうとする・・・が、その光の中に見覚えのある顔を見
た気がした
そして、光が徐々におさまるとそこにはやはり、一年前の少女”麻由”が立っていた
「・・・お久しぶりです、トモコさん」
「あんたねえ、『お久しぶりです』じゃ無いわよ!いったい今までどこいってたのよ
?
あいつだってずっとあんたのこと心配してたのに・・・何でいなくなったりしたのよ
?!
今までいったいなにやってたのよ!!」
トモコがものすごいけんまくでまくしたてた
「すみませんでした、本当に・・・」
それに対して麻由はほんとに申し訳なさそうな顔を浮かべている
それを見てトモコも少し落ち着いたのか、口調が少し柔らかくなった
「・・・とりあえず今までのこと、話してもらえるかしら。話はそれからでいいわ」
「はい、お話しします、全てを・・・」
そういって麻由の顔が、何かを決意したような顔に変わる
「私は・・・桜の精なんです」
「ちょっと、なに馬鹿なこといってんのよ。そんな事あるわけ・・・」
「聞いてください!」
「信じられないのも無理はありません。でも、本当の事なんです。私は桜の精として
はまだ新米なんです。
それでこの、悲恋桜に舞い下りたとき足を滑らせてしまって、そして、その時に記憶
を失ってしまったんです。」
「・・・・・・とても信じられない話だけど・・・それが本当だとして、
だったら今まで何やってたの?どうして今になって現れたのよ?」
「桜の精は春の間だけの存在・・・本当はもっと早くにお会いしたかったのですが・
・・
それと今日、こうしてトモコさんの前に現れたのはお願いがあったからです」
「お願いって・・・私に?」
「はい、トモコさんにしかできない事・・・どうか、あの人を助けてあげてほしいん
です」
「ちょっと、何言ってるのよ!あいつはあの夜、私よりあなたを追いかける事を選ん
だのよ?
私に何ができるのよ?第一、何であんたにそんな事頼まれなくちゃなんないのよ!」
「トモコさん、それは違うんです・・・」
「何が違うって言うのよ?!」
「あの人は私を選んだわけじゃないんです。あの人が追いかけていたのは高校時代に
亡くなられたという
もう一人の麻由さんなんです」
「どういうこと?」
「あの人は麻由さんが亡くなってから、『自分が出来る事をやっておけば』という後
悔にずっと縛られていました。
人にはたとえ忘れる事ができなくても、引きずってはいけない思い出もあるのに・・
・」
「・・・・・・」
「でも、やがてあなたと出会い、あなたの優しさに助けられ、少しづつ辛い思い出か
ら解き放たれていきました。
それなのに・・・私が・・・私があの人の心をかき乱してしまったんです・・・」
そういった麻由の頬を一筋の涙がつたった
「・・・桜の精は本来、人々に春の訪れを告げ、人々を幸せな気持ちへと導くのが使
命なんです。
それなのに、私と会った事であの人は更に2つの辛い思いをかかえてしまったんで
す」
「2つ?」
「はい、一つは私をはっきりと助けられないままどこかへ行かせてしまったという後
悔、
もう一つはトモコさんの気持ちに答えてあげられなかった、という後悔です」
「どうしてあなたにそんな事が分かるのよ?」
「分かるんです・・・桜の花がいろいろな思いを運んできてくれるから・・・」
「・・・・・・」
「トモコさんお願いします。どうかあの人の心をもう一度春へと導いてください」
「あなたはそれで良いの?あなたはどうする気なのよ?あなただってあいつの事・・
・」
「私は・・・桜の精はあなたたちの世界では暮らせないんです・・・・・・。
トモコさん、あの人は私にとって本当に大事な人、
だから本当に幸せになってもらいたい・・・
だからこそトモコさんにお願いするんです。
もし、トモコさんがあの人の事をもうなんとも思っていないならこの事をお願いでき
ません
でも、トモコさんはあの人の事をまだ・・・ですよね?」
「そっ、それは・・・」
「クスッ、それじゃあ、よろしくお願いしますね。悲恋桜が満開になる頃・・・きっ
とまた会えるはずですから・・・」
「そう・・・そんな夢を見たの・・・」
トモコの見たという夢の話を聞き終わって僕はやや呆然としていた
<もっともこの時トモコは一番最後の自分の気持ちの事は話さなかったようだが>
「で、でも・・・たんなる夢でしょ?いくら麻由がでできたからって・・・」
正直言って単なる夢であってほしくはなかった。
でも、そんな期待を自分自身で打ち消すように僕はそう言った
「ええ・・・そうね、ただの夢ね、でもね・・・」
「・・・・・・?」
「私が朝起きた時、これが手の中に握られていたの」
そう言ったトモコの手のひらの中にあったのは、淡く光ってさえいるように見える一
枚の綺麗な桜の花びらだった
「・・・?!」
「これで私もただの夢とは思えなくて・・・それでなんだか気がのらなくて大学へ
行ってなかったの
それに、電話もなんだか出る気がしなくて」
「そうだったんだ・・・」
僕はそう言いながら、トモコの手のひらの中の一枚の桜の花びらを見つめつづけてい
た
僕はもうトモコの夢をただの夢とは思えなくなっていた
もちろん、偶然服についた桜の花びらが何かの拍子に・・・、という考え方もできな
くはなかった、けど・・・
「ねえ」
「ん?」
「・・・悲恋桜へ、行ってみようか」
それから、お互いほとんど無言のままバイクで悲恋桜へ向かった
自分でもなぜ悲恋桜へ向かうのか分からなかった
ただ、行かなければいけないような気がする、としか言う事ができなかった
恐らくトモコもそのことをそれとなく感じていて、だから何も聞かずについてきてく
れたのだろう
いや、もしかしたらトモコも同じ気持ちなのかもしれない
「・・・ついたね」
満開の悲恋桜の前に僕たちは立っていた
ややしばらくの間二人とも黙って悲恋桜を見上げ続けていた
「あ!」
トモコが不意に声を上げる
不意に、といっても僕にもその理由は分かっている、雨が降ってきたのだ
大粒の雨が瞬く間に空から凄い勢いで降り注いできた
とっさに僕たちは悲恋桜の下へと駆け込んだ
しかし、そのために僕とトモコの間が体が触れ合いそうなほど接近してしまった
「・・・・・・」
「ねえ、一つ・・・聞いてもいいかな?」
「うん、なに?」
「今日、どうして私のうちに来てくれたの?」
「どうしてって、だから大学に来てないって聞いて、それでトモコが心配になって・
・・」
「そういう事を聞いてるんじゃないの!だって、私たち別れてたのよ、一年近くも・
・・
それなのにどうして今になって・・・」
トモコはそう言って僕に背中を向けた
ただ、その声から必死に泣きそうなのをこらえているのが僕にははっきりとわかった
「・・・ごめん。ただ、トモコに何かあったんじゃないかって聞いたとき,自分でも
言いようが無いくらい不安になって、
それで、そういう事とか全部忘れて、って言うかもう頭が空っぽになっちゃてて・・
・
気を悪くしたのなら謝るよ」
「馬鹿!」
そういってトモコが僕の胸へ飛び込んできた
僕はあまりに突然の事にただ立ち尽くす事しか出来ずにいた
「どうして謝るのよ!謝ったりなんかしないでよ!私、嬉しかった・・・本当に嬉し
かったんだから・・・」
「・・・・・・」
「でも・・・でも君はまだあの子の事が忘れられないのよね
ごめんね・・・こまるわよね、こんなこと言われたって・・・・・・」
「トモコ」
「えっ・・・」
僕はトモコを抱き寄せた、いや、抱き寄せていた
「・・・・・・確かに僕は麻由の事を忘れていない、ううん、多分もう忘れる事なん
か出来ないと思う
でも、これからはトモコの事を守りたい、守っていきたい」
「そんな事言ったって、もしあの子が困っていたらほうっておけるって言うの?!」
「・・・・・・正直、もし麻由が困っていたら、何とかしてあげると思う
でも、絶対に僕はトモコのところに戻ってくる」
「どうして?!」
「僕は・・・トモコの事が好きだから」
「!」
「今になってこんな事を言うなんて卑怯かもしれない、でも、一年もかかったけどよ
うやくわかったんだ
トモコがどんなに僕の中で大きな存在だったか・・・でも、今の僕にそんなんことい
う資格なんて無いよね・・・」
「ううん・・・そんな事無いわ・・・・・・ありがとう」
そういってトモコは唇を重ねてきた
それからどれくらい時間が経っただろう
僕たちは言葉も無くただ抱き合っていた
お互いがお互いを必要としている事を実感しあうかのように・・・
「・・・・・・雨、やんだみたいだね・・・・・・」
「・・・・・・そう・・・みたいね・・・」
「そろそろ・・・いこうか」
「でも・・・」
「大丈夫、これからはまたずっと一緒なんだから・・・」
「・・・うん!」
僕たちはゆっくりと悲恋桜を後にしようとした
その時、不意にふわりとやさしい風が僕たちの横を通りすぎた
「あっ・・・」
「トモコも・・・感じた?」
「うん、今そこにあの子がいた・・・」
「ああ、麻由が・・・笑ってた・・・」
「・・・・・・」
「多分、麻由は本当に桜の精だったんだね・・・」
「そうね・・・」
それから、僕たちは、また、ゆっくりと悲恋桜を後にする
突然トモコが立ち止まりさっき僕らが麻由を感じたあたりを振りかえる
「・・・・・・ありがとう」
「ん?今、なんか言った?」
「ううん、なんでもないわ。さあ、行きましょ!」
僕たちは手を取り合って歩き始めた。満開の悲恋桜に見守られながら・・・・・・
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